すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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今回は幕間になります。宜しくお願いします。

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“クール”:日本において、放送業界で使われる用語。三ヶ月を一単位数として数える。近年の深夜アニメはその多くの作品が一クールで制作、放送される。

 ちなみに一期、二期と言う単位はシリーズ毎のまとまりを言う。更に“分割二期”と言った場合は、夏に一クール分放送した後、冬に続きの二クール目を放送するような、間を空ける放送パターンを指す。

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「……ねぇ、何? この説明、要る?」

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幕間・一クールと一週間とちょっと

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 今時の住宅では珍しいだろう急な階段をギシギシと軋ませて、二階へ向かう。

 

 階段すぐ左側の襖を軽く蹴って、合図を送ると、襖の向こうから気の抜けた声が返ってくる。

 

「ん~……? 鍵なら開いてるよー」

 

 襖を引けば、壁に沿って並ぶカラーボックスと本棚の先に据え置かれた机に向かって、倬兄(たかにい)が座っているのが目に入る。

 

 「課題を終わらせねばだ」と言って部屋に戻ってから三十分は経過していると言うのに、机の上には教科書もノートも無かった。

 

 その代わりに起動しているノートパソコンの画面には、ヒーローモノの玩具を紹介する動画が再生されている。

 

 倬兄は私を見るとイヤホンを外して、首を傾げる。

 

「どったの?」

()()()()()から何か届いたの受け取ったから」

 

 ごわごわした封筒を軽く持ち上げてみせる。

 

 合点がいったと頷く倬兄は、パソコンに視線を戻す。

 

「あー、もう届いたのか……。それ、中身出しといてもらっていい? ゴミはそこら辺に置いといていいから」

「漫画?」

「いんや、ラノベ。ちょうどそこの棚に並べてる黄色い背表紙のやつの新刊」

「ふーん……」

 

 封筒を破いて、チラシや明細と一緒に本を取り出す。

 

 表紙には、可愛い女の子がサイズの合わない西洋風の鎧を身に付けてよろけている様子が描かれていた。

 

「【“二つ目の町(ここ)”は俺に任せて先に行けっ!!】……。面白い?」

「ギャグ×(かける)ファンタジー×時々“安楽椅子探偵風ミステリー”……かな」

「それ、成り立つ?」

「成り立っちゃってんだよなぁ……。ジャ○プで言うなら銀○……、いや、スケットダ○スに近いか」

「ツッコミ役が忙しいやつ?」

「大体あってる」

 

 ふーん、と裏のあらすじに目を滑らせてみる。“今回はまさかの修羅場スタート”らしい。

 

「それさ、明日の朝まで持っててくんない? 手元にあると課題が終わる気がしないので」

 

 読みたくて仕方がないが、課題が手につかなくなると言いたいのは理解した。

 

「動画見てないで、課題やれば」

「ええ、ホントそうなんですがね? “やる気スイッチ”が固くてね?」

「……読んじゃっていい?」

「そりゃもう。どうぞどうぞ、こちらに全巻揃っとりますぞ」

 

 謎にスマートな動きで立ち上がり、棚から本を取り出して、私の前に置く倬兄。凄くキモい。

 

 倬兄が妹の私に読んでいいと言った、と言うことは、あまりエッチなシーンは多くないタイプのライトノベルなのだろう。以前勝手に読んだものは、何かにつけて“おっぱい”を連呼していてドン引きしたのは記憶に新しい。“パ○リンガル”とか、どうすれば辿り着く発想なのか、本気で分からない。

 

 それはそれとして一通り表紙を眺めてみる。とりあえず絵が可愛い事だけは確かだ。

 

 倬兄のベットに座り、一巻目から読み始める。

 

 私のページを捲る音と、倬兄がキーボードを押す音、時々、“ぐふっ”と倬兄が堪えきれなかったキモい笑い声が聞こえる。ちらと画面を窺えば、ネット小説を読んでいるらしかった。私に本を持たせた意味とは、一体なんだったのか。

 

 こちらの視線に気付いたのか、倬兄が振り返り、耳の後ろを掻いた。

 

「尋ちゃん? 部屋に持ってっちゃっていいのよ?」

「部屋に置いときたくない」

「おうふ。その台詞、中々に攻撃力があんな。そっか、友達に見られるとあれか……」

「……かなちゃんなら平気だけど」

「我が家の事をよく理解しておられるからなぁ、かなちゃんはぁ。尋ちゃんは良ーい幼馴染みを持ったなぁ~」

 

 しみじみとお祖父ちゃんの真似をした話し方する倬兄。何かムカつく。

 

「……何かムカつく」

「あ、あれ? Why(ホワイ)?」

「かなちゃんと話した? 最近」

「え? 一週間位前に、“芥川の【羅生門】読んで調べたんですけど、あの時代の京都って大変だったんですね”ってメッセージが」

 

 心の中で頭を抱える。どうしてあの娘はその方向でしか倬兄にメッセージを送れないのだろう。

 

「はぁ……」

「おろ、会話のキャッチボールはこれで終了なの? 五往復位しかしてないけど……」

 

 一方的に会話を切り上げられて、悄気(しょげ)ている倬兄に少し呆れてしまう。もう高校生なのだ、妹にばかり構っている場合じゃないだろうに。

 

 何も返事をしないまま文章を追い始めた私を見て、倬兄が部屋を出ようとする。

 

 無視に機嫌を損ねたかと思って、少し肩に力が入ってしまった。

 

 倬兄が本当に怒っているときは、落ち着くまでただただ無言になるのだ。小さいときは、いつもと違う倬兄の雰囲気が怖くて、嫌で仕方がなかった。

 

 ちなみに、ガチギレだと落ち着いた後に理詰めで追い込みをかけてるので本当に厄介。だいたいお父さんが泣かされてる。

 

 眼だけで倬兄の背中を追う。

 

「……どこ行くの?」

「え、いやコーヒーでも淹れてこようかと。尋ちゃんも飲むでしょ?」

 

 少しでも緊張して損した。

 

「練乳使うやつ?」

「そ、“チバッシュ”」

「前から思ってたけど、“チバッシュ”って何で?」

「千葉県民は皆コーヒーに練乳入れるらしいよ」

「何情報?」

「ラノベ」

「はぁ……。倬兄、それ、他所で言っちゃ駄目だからね」

「安心していい。少なくとも今のクラスじゃこんなこと話せる相手いないし」

 

 その台詞のどこに安心できる要素があるんだ。かえって心配になっちゃうだろうが。

 

「……まだ友達出来てないの?」

「小、中と一緒だった上部(うわべ)狩野(かりの)は別のクラスだしなぁ……」

「部活は?」

「部活メンバーは友達って感じじゃないんだよ。なんて言うか、“仲間”って感じ。最近よく話してるとしたらマイクだけど、マイクは部長の親友だし」

 

 急に兄の口から飛び出した外国人っぽい名前に軽く戸惑う。私のクラスにもクォーターの子は居るが、倬兄から聞くのは初めてだった。

 

「え、なに、マイクさん? 留学生?」

天歳(あまどし)マイケル。マイクはニックネームね。日本とアメリカのハーフで、アニメで麻雀を知って、日本で麻雀をやるためだけにこっちの高校に進学した男。頭脳の無駄遣いとはマイクの事だと思うよ」

「……麻雀やりたくてなんで日本?」

「全国中継されるレベルの“全国高校生麻雀大会”が実在すると信じちゃったらしくて」

「そんな馬鹿な」

「そのせいで麻雀のやり方も酷いのなんの。“キョーのオレは東場(トンバ)サイキョーたじぇ!”とか叫んで序盤だけ本気だすとか、出したリーチ棒を立てようとするとか」

 

 麻雀のルールは詳しくないが、そのアニメの真似をしたら駄目なのは何となく理解した。まぁ、血液を賭けないだけマシと思うことにしよう。“ざわざわ”。

 

 それにしても、だ。

 

「ラケット返して」

「あ、いや、一応、軟式庭球部としての部活はしてるよ? 麻雀部ではないからね?」

「“麻雀、時々ソフトテニス部”じゃん。ソフトテニス部名乗るの止めて」

「うん、怒ってるのは伝わった。ごめんなさい。尋ちゃんが部活としても、趣味としてもソフトテニス好きなのは知ってるから、うん、本当にごめん。八重樫さんにも嫌な顔されたしね、真剣に部活やってるとムカつくよね、うちの部」

 

 八重樫()()…………?

 

「八重樫さんって女の人?」

「そ、同じクラスの」

「話し相手いたじゃん!? それも女子! やったじゃん倬兄!」

 

 快挙だ! お母さんに報告しなきゃ、明日の夕飯はお赤飯確定だ。

 

「……あれよ? 話し相手って言うか、稀にメッセージのやり取りしてるだけよ?」

「連絡先まで交換出来たのっ?!」

 

 奇跡だ!! お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにも連絡しなきゃ、きっと良いお魚を送ってくれる、ニジマスとか。

 

「女子中学生らしい想像力を発揮してるのかも知れないけど、あれです、何もないよ?」

「男子高校生らしい想像力を発揮してるのかも知れないけど、あれです、そっち方面では何も期待してないよ?」

「えー……、それはそれでショックぅ……」

 

 寂しげに目を細める倬兄、(ワン)ちゃんみたいだ。

 

 私はニヤニヤを押し隠して、人差し指をピンと立ててみせてやる。

 

「お母さんが言ってたよ、“お友達から始めましょうって濁される前にお友達になっておく事、話はそれからだ。特に倬の場合”って」

「オゥ、マミー、そりゃないぜ……。それが簡単に出来たら誰も苦労しないし、お兄ちゃんの場合、そのままお友達で固定されちゃうパターンなのでは……?」

「固定して貰えるだけマシだよ?」

「そっから先は別で考えろって事ですか……、そっか……」

 

 流石に辛い現実を叩きつけすぎたかもしれない。反省。“てへぺろ”。

 

「話戻すけど、その手の本に書いてある事を雑に覚えて八重樫さんとかに喋っちゃ駄目。ラノベ作家なんて世の中で特に信用しちゃいけない人種なんだから」

「おーーっと、尋ちゃん?! 前半はもうそれで良いけど、後半のそれ色々と問題発言! ラノベに限らず作家さんって兼業しながら書いてる人も一杯居るんだからね? 信用できる人かどうかって本来職業関係ないから! そもそも一本ちゃんと物語書けるだけでも凄いことなのよ! そんな危険な思想、誰に教わったのっ」

 

 マジ説教だった。これは正直に事実を答えた方が良さそうだ。

 

「お、お父さん」

「父さんかぁ……、そうかぁ……。これは話し合いが必要ですねぇ……」

 

 目がマジだ。頑張れお父さん。

 

 この話が長くなるのは勘弁してほしい。ここは話題を変えよう。

 

「倬兄って、書いたことあるの?」

「…………あ、あ()ます」

 

 渋い顔して嫌々の肯定だ。苦い思い出、“黒歴史”ってやつらしい。“ゆにばぁす”。

 

「そんな昔のことは置いとこう。どうする? 濃いめのコーヒーに砂糖と練乳の“チバッシュ”、インスタントを牛乳だけで溶かして砂糖と練乳な“カフェ・オ・チバッシュ”、紅茶に砂糖と練乳の“チバッティ”か、牛乳で煮出した紅茶に砂糖と練乳の“チバッティ・ロイヤル”、あるいはホットミルクに砂糖と練乳を溶かす“ハイホットミルク・チバ”なんてものありますが?」

 

 長々とメニューを聞かされる。一体全体、“チバ”を何だと思ってるんだろう。ブラックとかストレートという選択肢がない辺り、甘いのとミルクがダメな人を殺す気なんじゃないかと思う内容だった。

 

「もう倬兄と同じのでいいよ」

「じゃあ“カフェ・オ・チバ”だな。砂糖をメープルシロップに変更したり、バニラオイルを足すなんてのもございますが?」

「……メープル」

「合点承知の助~」

 

 古すぎる返事と同時に部屋を出る倬兄。トトトトっと、急な階段をリズムよく下りていく足音が襖越しでも聞こえる。

 

 台所での会話まで筒抜けだ。本当に、隠し事には向かない家だ。

 

――母さん、これなに見てんの?――

――なに言ってるの倬、どこからどうみても【ファ○ブマン】じゃない――

――今は僕、ライダーの気分なので――

――“(ファイブ)”被りね――

――何故分かったし、エスパー?――

――エスパー○美ならぬエスパーアユ、悪くないのでは――

――息子は止めませんよ?――

――母親の暴走を止めるのも息子の役目よ? シ○ジ君みたいに――

――適応率が足りないのでそれはちょっと……――

――息子が母に適応してくれない、つらみを感じざるを得ない――

――あの状況で必死に適応した中学生、凄すぎるって思うな――

――それはお母さんもそう思います――

――で、母さんも“カフェ・オ・チバ”飲む?――

――バニラ増しで。ただ許容限界はある、“バニランザム”は使うなよ?――

――任務了解、“バニランザム”!――

――あぁっ……! 何て無茶をっ!――

――……お前達、本当に楽しそうな。倬、父さんにもなんかつくって――

――ちょい足し、中性洗剤でいい? ライムの香りが爽やかだと思うよ――

――あれっ、何か怒ってる?! 父さん何かしたか!?――

――スチロール樹脂の削り節もいかが?――

――まず話し合おう、倬! 必要ならちゃんと謝るから!――

――やだなぁ、冗談半分だよ――

――それ、半分は本気って事なんじゃ……。倬、父さんのこと嫌いか?――

――ん~、息子に適当な事言われてもキレたりしない父さんの事は心底から尊敬してますですよ? だから後でちゃんと話し合おうね父さん――

――怖いなぁ、後が怖いなぁ。これ、本当にヤバイもの入れてないよな?――

 

 本当、変な家族。

 

 戻ってきた倬兄から“カフェ・オ・チバッシュ”を受け取って、仕方なくラノベと一緒に自分の部屋に持っていった。ハマったわけでは断じてない、断じて。

 

~~~~~~~~~

 

 日付が変わる前に布団に入ったのだが、ガラリと窓が開けられる音で目が覚めてしまった。

 

 私の部屋の窓では無いことは確かだ。倬兄が、星でも見てるのだろう。

 

 ちらと、時間を確認する。午前三時、何を“(まにま)に”やってるんだか。

 

「風邪、引くなよな……」

 

 そう呟いて、私は二度寝に興じるのだった。

 

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 (うち)は、変な家族だ。

 

 お父さんは車の玩具に今でも夢中で遠くまで一人で大会に行くし、お母さんは漫画、アニメ、ゲーム問わず、所謂男の子向けも女の子向けも気にせず楽しんでる。

 

 両親の影響をもろに受けて育った兄は、自他共に認める漫画、アニメ、ラノベのオタクだ。

 

 そんな三人の中で、私はそこまでオタク的なモノに夢中にはなれなかった。当たり前に側にありすぎて、特別なものに思えなかったのかもしれない。

 

 その“お陰”なのか、その“せい”なのか判断は難しいが、“そういう趣味”に嫌悪感とかはない。流石にエッチなのはまだ抵抗あるけど。

 

 元々変な家族だったけど、近頃は本当に変だ。

 

 日曜の朝、“スーパーヒーロー&ヒロインタイム”に両親と私はテレビの前に集まる。

 

 本当なら部活に出なきゃならないけど、ここのところ日曜日だけは休んでる。

 

 今までなら、お父さんは眠ってる時間だったのに、わざわざ早起きまでしてる。

 

「今のはフレッシュのオマージュかしらね」

「あ、無印っぽい」

「この最終フォームはプト○ィラ思い出すわね」

「【タイ○レンジャー】並の展開の重さ……ッ!」

 

 忙しなく頼んでもいない解説をするのはお母さんだ。いつもなら黙って真剣に観入ってるはずなのに、最近、本当にうるさい。

 

 放送が終わっても、「さっき比べてたのこれ?」とお母さんのDVDとかビデオをお父さんが引っ張り出してくる。

 

 それでも、テレビの前にいる間はまだマシだ。

 

 休みと言えば車の玩具を穴だらけにして改造していたお父さんが、綺麗にシールを貼ったまま置きっぱなしにしているのを見た。シャーっと(やかま)しく走らせる音も聞こえてこない。

 

 居間で流されっぱなしになってるアニメは、お母さんの好みとは少しずれてる気がするし、ゲーム機にはうっすらと埃がかかり始めていた。

 

 画面を見るでなく、指先を見てスマートフォンをいじっているお母さんの顔は、無表情そのものだ。

 

 最近、学校帰りにかなちゃんが家に遊びに来た。

 

 何だか暗い顔をしてたから「大丈夫?」と聞いたら、泣かせてしまった。

 

「大丈夫じゃないのは尋ちゃんだよ。おじさんも、おばさんも。どうしてそんなに頑張っちゃうの?」

 

 そう聞かれたから、答えたのだ。

 

「別に平気だよ」

 

 そう答えたせいで、もっと泣かせてしまった。

 

「もう、何でかなちゃんがそんなに泣くの?」

 

 そう聞いたせいで、もっともっと泣かせてしまった。

 

「おじさんも、おばさんも、尋ちゃんも、変なんだもん、無理してるんだもん、我慢なんて、しなくて、いいのにっ」

 

 うん、そうだ。その通りだ。

 

 今の(うち)は、今の(うち)の家族は特に変だ。

 

 何よりも変なのは、倬兄が家に居ないことだ。 

 

 あの日から、倬兄と倬兄のクラスメートが家に帰ってこなかったあの日から、もう、百日。

 

 百日と聞いたら、倬兄はきっとこう言う。

 

“一クールと一週間とちょっと”

 

 もう、新しいアニメ始まってるぞ。

 

 もう、HDDの容量限界近いんだぞ。

 

 私は今日も、あの日を夢の中で思い出す。

 

 何度思い返しても、倬兄が帰ってこない理由なんか何も見つからない。

 

 だから……

 

「とっとと帰ってこいってんだ、バカ(にい)

 




設定まとめはもうしばらくお待ちください。

では、今回もお読み頂き有難うございました。

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