すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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 お待たせしました。
  
 今回、アニメで言うところの最終回一時間スペシャル的な気持ちで書いてみました。

 二万字を超えてしまい、スクロールが長くなります。どうかお目を休ませながらお読み下さい。
 では、今回も宜しくお願いします。




流れ星を数えるが如し

 手の中で光を放つ五つの丸い綿と、細かな粒子。その強い光が【神山】北側の(ほら)を照らす。

 

 精霊と妖精達に見守られながら、倬はその力を口に運ぶ。

 

 ふわりと入り込んできた綿は、すぐに口の中で溶け出すように消えて、食感は無い。光の粒子は

舌の上でパチパチと弾けて暴れる。口の中の感覚は、弾けるキャンディそのものだ。

 

「……わらわの力は“光”。当然、“癒しの”と同様に治癒の力も持つ。だが、わらわの力は、“光”による破壊の影響が上回る。何も用意せずに契約すれば、身体のどこかしらに悪影響が及ぶ恐れが強いのだ」

「だからね、うちと一緒に契約すれば、悪い影響を抑えられる、かもしれないの……」

「強力な治癒力は、時に痛みと苦しみを伴ってしまう。辛かろうが耐えて見せてくれ、霜中倬」

 

 全く水分の無い粒子を飲み込むのは一苦労だったが、これまでの精霊契約を思えば大したことは無い。

 

 “力”が食道を通り、胃まで落ちていくのを感じた。

 

 全てが胃に辿り着いた所で、腹の内側から熱さが広がり始める。

 

 火炎様の時とは、明らかに異なる熱。

 

 熱を放つ物体とは異なる、熱そのもの。別の言葉に置き換えるなら、“熱量”としか表現できなかった。

 

(――――――――ッ!)

 

 その“熱量”が身体の内側から膨れ上がる。全身から水蒸気が立ち昇っていく。

 

 肉体が燃える事すら許されないまま、崩れ去っていく気がした。

 

 体中の水分が逃げ出し、皮膚がひび割れていく。

 

 ひび割れた皮の間から、光が漏れ始める。

 

「ぁ、ぁぁっぁぁぁあああぁぁっぁあっぁぁ―――――ッ」

 

 痛い、熱い、痛い、熱い、痛い。

 

 直ぐに声帯を震えさせることもままならなくなった。無理に動かした喉が張りつき、一瞬、息が出来なくなる。

 

 意識を失わない為に、無我夢中で地面に額を叩きつける。

 

 額の鈍い痛みと、内側から引き千切られるような痛みに抗い、必死に手繰り寄せる意識に、身に覚えのない映像がちらつき始めた。

 

(これ、は……。“光の精霊様”の……?)

 

 見えたのは、大理石に似た鉱石で構築された空間の記憶だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 大理石を丁寧に削りだしたかのような大きな椅子に、幼げな少女が座っている。

 

 大きな瞳に、色の薄い金色の長い髪。

 

 倬には、その少女が十歳になったばかりなのだと言う、奇妙な理解があった。

 

「お前にはまだ早い。何度言わせるつもりだ」

 

 倬の背後から聞こえたのは、“光の精霊様”の声だ。

 

「お願いします。我々には、もう時間がないのです」

「あの男の為、か?」

「……もう、あの方との婚約は解消されました。これは、(わたくし)の意地です」

 

 倬から見れば、十歳の少女が語るには違和感しか覚えない台詞だった。それでも、彼女の表情は真剣そのものだ。

 

「だとしても、お前でなくたって……ッ」

「この国には、いえ、恐らく世界中を見渡したとしても、“光の精霊様”と契約できる者は(わたくし)しか残されておりません。ご存知でしょう?」

「契約を成功させたとして、まだ幼いお前では、あの男を止められるとは限らんのだぞ」

「構いません。これは、(わたくし)の我が儘でしかないのですから」

 

 “光の精霊様”は、一度少女に背を向ける。そのまま、手の中に輝く粒子を創り出す。その小さな手が小刻みに震えていたのを、倬は見てしまう。

 

 瞬間、視界が光に塗りつぶされる。

 

 視界が戻ると、差し込む陽光で眩しいほどだった部屋が、急に薄暗くなった。部屋に影を作る柔らかな光は、月明りによるものだ。先程のやり取りから夜にまで時間が飛んだのだと、倬は判断する。

 

――あぁ、許してしまった。許すべきじゃなかった。こうなる事は、予想出来た筈なのに、わらわはどうして……――

 

 頭に響いてきたのは、精霊様の後悔。

 

「大丈夫です。今までより、はっきり見えてる位ですよ? 世界には、こんなにも光が溢れていたんですね」

 

 白と黒の斑模様(まだらもよう)が特徴的な、立派な椅子に座る少女は、両目を布で覆っていた。両目の下から頬、首にかけて、流れた血の跡が残されている。

 

「違う、違うのだ。それは、本当の、お前の目ではない……。お前の瞳は、もう……」

 

 少女の足元で、己の顔を掻きむしらんばかりに覆い隠す、“光の精霊様”。

 

「ならば、これは精霊様が下さった“眼”です。遥か彼方を見通す、素晴らしい“眼”です」

「そうじゃない。そうじゃないんだ。わらわは、わらわは……っ」

 

――お前の、あの、大きくて美しい瞳が、大好きだったのに――

 

 突然、今度はなんの前触れもなく場面が切り替わった。

 

 剥き出しの大地に、遠くには頂上の鋭い山が見える。周囲の植物は焦げた様な姿で枯れ果て、地割れの中に砂漠が流れ込んでいく。

 

 空には、巨大な“恐ろしいモノ”が浮かんでいた。溝の彫られた持ち手を上にして、大きく波打つ異様の刀身を大地に向けている。(つるぎ)を模した形だが、刃は無い。

 

 直感があった。この“恐ろしいモノ”には刃など要らないのだと。

 

 ただそこにあるだけで、周囲を害するモノ。魔力と言う概念だけでは、これを理解する事は不可能な気さえした。

 

 その真下で、あの少女が、一人の青年にしがみ付いている。

 

 灼熱では言葉が足りない程の高熱下で、二人は全身を焼きながら、叫び合う。

 

「止めろ! 姫巫女(ひめみこ)様! 離してくれ、離せっ!」

「イヤです! お一人だけで逝って、お一人だけで勝手に責任をとったつもりになって、勝手に満足するつもりなら、私はっ、そんなの……、そんなの許しませんッ!」

 

 二人が叫び合う間にも、“恐ろしいモノ”の剣先は大地に迫り続ける。

 

『ごめんなさい、精霊様。皆を、護って……、お願い……』

『馬鹿者、馬鹿者、ばか、ばかだ……お前は、お前達はッ!』

 

 迫りくる“恐ろしいモノ”に向かって飛んでいく、“光の精霊様”。

 

 世界が、柔らかで厚い光に包まれる。

 

 それでも、それは落ちた。

 

 大地が揺れる。大地が跳ねる。大地がずれる。

 

 世界が揺れる。世界が傾く。世界が軋む。

 

 “恐ろしいモノ”が落ちたその場所に、あの娘は、愛しい人と共に消えた。

 

――人の子は愚かだ。でも本当に愚かなのは……――

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 倬を襲う痛みは依然、続いていた。

 

 全身の細胞一つひとつが、(ほど)けていく。

 

 激痛の中にあっても、感覚は研ぎ澄まされていく一方だった。

 

 神経が焼き切られ痛覚が失われている筈なのに、冷たくて暖かい不思議な力が、痛みを懸命に伝えてくるのだ。細胞一つひとつが、死を拒み、叫んでいるかに思えた。

 

 剥がれて、破れて、千切れたそれらが、出鱈目に縫い直される。

 

 技能“痛覚麻痺”も、倬を襲う苦痛を抑える役には立たなかった。

 

 激痛に耐え続ける倬が、腹這いのまま、二人の精霊様に近寄り始める。

 

「たぁ様……?」

 

 “癒しの精霊様”は、痛みに支配された倬の意識を読み切れない。

 

 ひび割れた皮膚の隙間から光が漏れる手を、“癒しの精霊様”と“光の精霊様”の頬に、そっと当てがった。契約の儀を始める前、“光の精霊様”がやってくれたのと同じように、同じ力加減で。

 

「……倬」

 

 口からは、声を出せなかった。全身を駆け巡る痛みに思考を邪魔されて、何を言っていいのか纏めることもままならい。

 

 漸く絞り出せたのは、“念話”だ。

 

『せい、れい様。みん、な、お、なじ……』

「倬、大人しく“力の受領”に集中しろ。後でいくらでも聞いてやる」

 

 途切れ途切れで、要領を得ない“念話”を受け取って、“光の精霊様”は倬を押して横に寝させようとする。だが、倬は首の皮を裂きながら頭を横に振り、“念話”を続ける。

 

『ヒ、トの、酷い所、全、ぶ、知ってる』

「……それは勿論だ。わらわ達は人の子らよりも永くこの世に居るのだから、当然だ。いいから大人しく寝ていろ」

『な、のに。人の、そばに居たいって思ってくれる。人の、(ごう)を、皆さんまで背負おうとしてる』   

「……わらわ達にもあるんだよ、倬。“業”は、わらわ達精霊にこそあるんだ。かつての人の子の“過ち”の殆どが、必要を超えた、過ぎた力を、わらわ達と共に使ったのが原因なのだ。わらわ達がそれを認めないでどうする」

 

 倬は悲しかった。精霊様達が自らを罰し続けているその事実が、悔しかった。

 

 契約者と精霊は感覚を共有しているのだ。精霊様は肉体的な痛みを受け取らない選択こそ出来るが、倬を、人の子を、痛めつけたいなどと考えてはいない。倬から伝わる苦しみに、精霊様は何時だって耐えている。

 

(早く、終わらせなきゃ、はやく……ッ)

 

 考えがあった訳ではなかった。ただ、何かしなければと思った倬は、力の入らない手で、いつもの手帳を取り出そうとする。握力が維持できず、直ぐ地面に落としてしまった。

 

 落下の衝撃で手帳が開く。そこに書かれた魔法名を見て、笑みを浮かべようとして、口元を歪める。

 

 見守っていた精霊達が、倬がやろうとしている事を察して、驚きに目を見張る。本来、意識を保つだけで精一杯の状況での魔法の行使など、集中力を維持できるはずがないのだ。

 

 倬は追加技能“常時瞑想”の精神安定作用に頼って、魔法の発動に必要なイメージを固めていく。

 

 痛みに囚われる意識と、声を出そうとする動きとを、切り分ける。それは、自覚的に“瞑想”を維持する“寺”での修行に、どこか似ていた。

 

「わ、れ……ごほっ。この、身に潜みし、闇でもって、我が身の、痛みを和ませんと、祈る者なり、“(ゆう)っ、(つう)”。…………“我が倒懸(とうけん)は陰に隠れるべし”、“今、和やかならんとするこの身に、更なる静穏(せいおん)をば”!」

 

 闇系魔法“優痛”では、如何に追加詠唱を用いても痛みが完全に消えるわけではない。それでも、誤魔化すことくらいは出来る。“優痛”はそういう魔法で、今の倬には、それで十分だった。

 

「待ってて、ください、皆さん。すぐに、終わらせます、から」

「馬鹿、お前は大馬鹿者だよ、倬。……だが、そうか、“闇の精霊”である我が弟と、お前が契約出来る訳だな」

 

 “光の精霊様”は、そう言って、倬に眩しい笑顔をくれた。

 

 

 洞の側面に、力無く体を委ね、足を投げ出して、倬は座り込んでいた。

 

 倬の頭に抱きついて、“癒しの精霊様”が泣いている。

 

「うわぁーーん! たぁ様ぁーーーー! 痛かったよねっ、苦しかったよねっ」

「有難うございます、“癒しの精霊様”。そうだ、お名前、決めないといけませんね」

「もう何でもいいよぉー。よしよしーー」

 

 全身で頭を撫でてくれる“癒しの精霊様”に、倬はなされるがままだ。

 

「“優しいコ”って呼ばれてて、“癒しの精霊”……、癒し……、治療……治癒……、ちゆ……、治優(ちゆ)。治優様と言うお名前はどうでしょう?」

 

 名前を聞いて、涙を引っ込めた“癒しの精霊様”は、光の綿をばら撒きながら洞の中を飛び回る。

 

「うちの名前、治優!? ちゆ、ちゆ! ちゆ、ちゆーー!」 

 

 特に不満は無さそうな様子だと倬は一安心して、やや離れた所から倬の瞳を覗き続けていた“光の精霊様”を見つめ返す。

 

「“光の精霊様”のお名前は考えてあったんですが……」

「ほう、聞いてやろう」

光后(こうごう)様、と言うのは如何ですか?」

「ふむ、“光”の方の文字は、何となく、こう……“ピカーッ”となってて良いな。“(ごう)”はどんな意味だ?」

「意味ですか? えっと、この字は(きさき)とも読むんですが……」

 

 “きさき”と聞いた“光の精霊様”の頬が、急にまっ赤に染まる。透き通るような肌のせいで、赤色がやけに際立って見えた。

 

「ほ、ほー……。そうかそうか、いやな、お前がわらわを妻として扱いたいと言うのなら、まぁ、それはそれで仕方ないが? だがしかし、わらわはどうあっても精霊であって、お前と(つがい)になることは出来んからしてな? いや、うん、勿論、お前の気持ちは謹んで受け取っておくのは(やぶさ)かではないし? とは言えど、他の精霊達との扱いに差を付けすぎると言うのもあまり褒められた話では無いと思ったりもするのでこれがまた厄介な」

「あっれー……? なんか雲行きがおかしいぞぉ」

 

 視線をチラチラと泳がせ始めた光后様。主に女の子の精霊様達がジト目を倬に向けてくる。

 

 宵闇様は、何時もの曖昧な表情で苦笑いしていた。

 

「………………困った姉ですまないな、倬」

 

 大物精霊と聞いていたので、“姫”よりも大人っぽい方が良いかと“后”を思いついただけで、深い意味はなかったと説明するのに四苦八苦したが、何とか理解を得ることが出来た。

 

 若干不満そうな雰囲気ではあるが、光后様は倬の身体に気を使ってくれる。

 

「なんにせよ、“力の受領”を終え、名も受け取った。疲れたろう? 今日はもう休むといい」

「休みたいのは山々ですが、本題はこれからですよ、光后様」

「……まさか、今すぐにお前の願いに力を貸せと? 本気か?」

「心配して頂いているのに申し訳ありません。ですが、私は気が小さいのです。少しでも早く、安心したい」

 

 正面に座る光后様は、今にも射抜かんとするばかりの視線を、倬に向ける。

 

「お前の願いは()た。“奴の召喚に巻き込まれた者に、その生命を守る加護を与えたい”。倬、この願いがどれだけ途方もないものか、理解しているか? わらわに、二十を超える“精霊石”を用意せよとでも言うつもりか」

「“精霊石”は精霊様自身の意志で授けるものだと理解してます。この願いは、私の我が儘で、自己満足のそれ。“石”を願うつもりはありません」

「ならば魔法だけでそれを成せと……。二十余名の人の子に同時に障壁を与え続ける。それも倬も、わらわも傍に居ないまま。それはもはや大魔法だぞ」

 

 光后様の目はますます鋭さを増していく。それを、倬は真正面から受けとめる。

 

「私の願いは、全ての、あらゆる危害から常に護って頂こうと言うものではありません」

「何?」

 

 倬の意志を読み切れていなかったことに、光后様は眉を顰め、倬の答えを待つ。

 

 大きく深呼吸をして、倬は一息で答える。

 

「召喚に巻き込まれた畑山先生と同級生達の即死の回避。それこそが私の願いです」

「なっ……!? なにを馬鹿げた事を! それこそ“奇跡”ではないか!」

 

 両手を大きく振って、光后様は即死の回避なる願いの荒唐無稽さを強調しようとする。

 

 それでも、倬は視線を外さない。

 

「いいえ。光后様と皆様のお力を合わせれば可能だと、私は確信しています」

「ええい! お前達だなっ、倬に妙な知恵を与えたのは!」

 

 今の今まで黙っていた他の精霊様を見回して、光后様は憤りをぶつける。

 

 葉っぱの傘をクルクル回しながら、森司様はしれっとした態度を崩さない。土司様も悪びれる事無く続いた。

 

「まぁ、僕らの“役目”だしな」

「そうじゃのぅ。倬が強くなるのにどうすればよいのか、それに必要な事を教えるのもまた、儂らが受け取った願いだからのぅ」

「全く、お前ら揃いも揃ってっ……! わらわ達が倬に与えた加護が弱まる事になるのだぞ!」

 

 倬に伝わってくる光后様の心は、加護を弱める事それ自体を拒否しているわけではなかった。その結果、倬を護り切れなくなることを心配してくれているのだ。

 

「光后様が仰って下さったんですよ? 私の力が“既に人としては十分なまでに高まっている”と」

「はぁ……。わらわの加護をお前がそのまま受け止めれば、あらゆる衝撃から身を護ってやれると言うのに、それを返上するのか」

「はい」

「ぅ~……、あぁ、もうよい!! それがお前の意志である事は分かった。だが、いざやるとなれば、その精霊魔法に必要な魔力は膨大なものになろう。宵闇がどれだけ隠したとしても、大きすぎる魔法の発動は人々に知れ渡るぞ。それはつまり、“奴”やお前が見た“奴の作り物”に、我らを察知される事と同義だ」

「ただ魔法の発動を隠そうとすれば、その通りかと思います。ですが」

 

 闇を揺らめかせて、宵闇様が倬の言葉を引き継ぐ。

 

「………………“奴”だけに隠すなら、別」

「おい、それは……ッ」

 

 光后様は、倬がやろうとしている事を察して、言葉を失ってしまう。

 

 呆れ顔の光后様にもハッキリ見えるように、倬は右手の人差し指を力一杯ピンと上に向けて、ある“教え”を語り始める。

 

「母さんが言っていました。“もうダメだ、隠し切れない。そう思った時は、逆に考えるんだ”と」

 

 二秒ほど間を空けて、楽し気に笑って続けた。

 

「“忍ぶどころか、暴れてやりなさい”って」

 

 光后様は、熱でも計るかのように額に手を当てる。

 

「お前なぁ……」

 

 右手を降ろしても、まだ倬の“ターン”は終わらない。

 

「現代に伝わる“祈祷師”は、儀式の演出を担っていたそうです。花火だって自分で打ち上げていたのだとか」

 

 途中で言葉を区切り、精霊様達それぞれの顔を見て、今度は拳を真上に突き出しながら倬は言い切った。

 

「“奴”以外の全人類に、いや、“奴”以外の、トータスに生きる全ての生命(いのち)に見せつける、どでかい花火を打ち上げてやりましょう」

 

 

 【神山】の高度八千メートルを超え、高度十キロメートル程の上空から、トータスを見下ろす。

 

 倬を中心に、精霊様達で輪を描く。

 

 これから行う精霊魔法の根幹を担う光后様は、倬の頭の上で目を瞑っている。

 

『改めて確認だ、倬』

『はい』

『これから使う魔法を維持するのに、お前は大量の魔力を常に消費し続ける事になる。それはおそらく、わらわとの契約で得た魔力量に匹敵しよう』

『既に、使いこなせない程の十分な魔力を持っています。問題ありません』

『即死の回避としての効果を有効にする為には、加護を与える者は少なければ少ない方が確実だ。正直言えば、二十人でも多いくらいだ。そして、あくまでも即死の回避である以上、必ずしも加護を与えた者の命を護れるとは限らん』

 

 倬も目を瞑ったまま、光后様がくれる気遣いに答える。

 

『……理解しているつもりです』

『知っての通り、今のわらわは幼精に力の一部を分け与え逃げられたまま。万全とは言えん』

『それでも尚、このような無理を実現できるのは、光后様あっての事です』

『ふっ、実に馬鹿げた魔法だ。だが、嫌いじゃない。やってやろうじゃないか。全力で祈るがいい、“祈祷師”霜中倬』

 

 シャンッ! 錫杖を鳴らし、倬は詠唱を始める。

 

 遥か高み、大気の及ばない高度を意識して、魔法名を告げる。

 

「“輝粉(きっぷん)”」

 

 ただ綺麗なだけ光の粒子を産み出す光系魔法“輝粉”を、空の上に出現させる。

 

「“光の粒は今、その輝きを鮮烈とせん”、“そこに燦然と煌かんとするは、星々と見紛うばかりなり”」

 

 追加詠唱によって、輝く粒子の持続時間延長と、一時的な位置の固定、その光が放つ色に条件付けを行う。

 

 ここまでは、下準備だ。

 

「では皆さん、始めます!」

 

 光の精霊様が、倬の頭の上に立ち上がり、額中央に留まる宝石にそっと触れる。

 

 倬の足元に、直径にして五十メートル程の光の陣が立ち現れる。

 

 大小様々な菱形がいくつも重なり合って描かれる、模様だけの魔法陣だ。

 

 輪になって倬を囲んでいた精霊達が、その魔法陣の縁に乗り込むと、その足元から、各々の陣が出現した。

 

「我が名は霜中倬、“光の精霊”光后様を始めとする精霊様方との契約者にして、祈り捧ぐ者なり」

 

 精霊が呼び出す魔法陣が、夜空に向けて多彩な光を放ち始める。

 

――我が身に宿りし加護に、我が身に(いただ)きし祝福に――

 

 手を離し、両手を広げる倬の正面に真っ直ぐ立ち上がる悠刻の錫杖。金色の輝きに深碧(しんぺき)の魔力光が差し込む。

 

――御方々(おんかたがた)との契りを介し、触れんとするを許したもう――

 

 両手を重ね、胸元に添える。

 

 そっと胸元から離す手に包まれて、抜き出される“力”の塊。

 

 その姿は、複雑な虹色に光を放つ、大きな真珠のようだ。

 

 加護の宿る“力”を頭の高さに持ち上げる。“力”をその場に留めるようにして、ゆっくりと下げた掌を上に向けた。

 

――誠有難き御力(おんちから)、その少々をば鮮やかにして、風と共に宵の空へ導かん――

 

 揺蕩う“力”を、強く優しい風が、空高く飛ばしていく。

 

 吹き抜ける風によって、漂わせていた光の粒子が、次から次へと夜空に一筋の線を描き始める。

 

~~~

~~

 

 大陸南の荒れた海洋上に、漂う舟が一隻。

 

 舟と言っても、(あし)と言うイネ科の植物を用いる葦舟(あしぶね)のような、古代の舟を模したものだ。

 

 だが、その大きさは葦船としては異様なもので、十五人が一列に並んでオールを漕いでいた。

 

「いやだぁ、もう無理ぃ……、お城に帰らせてぇ……」

 

 先頭から二番目の場所で、真面目そうな魔人族の女性が、泣きべそと一緒にオールで海水をかいていた。

 

「なぁにを言っているのかねヤンナ君! 君はもう我が研究所の正式なる構成員なのだ。城に帰る場所などあるものかね?」

 

 船首で大袈裟な身振り手振りを繰り広げながら、楽しそうに海を見回している声の高い男性は、サイエン・マッドソンと言う名前の、天災……もとい天才教授である。 

 

「そんな愉快そうに言わないで下さい! いったい誰のせいだとっ!」

「誰も何も、その決定を下したのは我らが魔王ではないか。なぁに、嘆くことなどありはしないよヤンナ君。魔王様の何たる慈悲深きことか! 研究所諸共貴重な神鳴岩(かみなりいわ)を焼失させた事になっている私に、罰を与えるのではなく海洋調査の任を下さるとは!」

 

 歌い上げるように言い切ったサイエン教授に、元魔王城勤めのヤンナ・イライーダが悲痛な声を上げる。

 

「違います! この調査自体が罰なんですよ! 今まで調査に出た者達は皆罪人です!」

「はぁ~……、調査が罰だなどと、なんと嘆かわしい」

「ぬなっ」

 

 オールを漕ぐのを休んで、失望したと言わんばかりに頭を振るサイエン教授。心外だと顔を歪めるヤンナ女史に向けて、斜め後ろに首を傾ける。

 

「ヤンナ君、私が今まで何の研究をしていたか知っているかね?」

「“雷力(らいりょく)”でしょう、知ってますよっ、嫌って程にっ!」

 

 苛立ちをオールにぶつけて滅茶苦茶に漕ぎながら、ヤンナ女史は叫ぶ。

 

 叫びを聞いてたサイエン教授は、今度は他の研究員達に大声で質問を投げかける。まるで講義でも始めんとするばかりのノリだった。

 

「宜しい! では諸君、天然自然の中で膨大な“雷力”は主にどこで観測されるかねー?」

「「「「「はい博士、雷雲(かみなりぐも)です」」」」」

「その通り! 巨大な雷が発生するのは雲だ。では、雲の多くはどこで産まれるのかねー?」

「「「「「はい博士、海洋上です」」」」」

「その通り!! そう、魔王様は我々が“雷力”の研究をしていると知り、その根源である海洋の調査を命じたわけだ! 流石は聡明たる我らが魔王様ではないか!」

 

 荒れる海の上でありながら、実に楽しそうな教授と研究員達を理解できず、ヤンナ女史は再び泣きべそをかきそうになる。

 

「ぐすっ、そんなわけないのにぃ……、もう、なんなのこの人達ぃ……。そもそも何なんですかこの舟はぁ、もっといい船だってありましたよねぇ……?」

「良ーい質問だ、ヤンナ君。私には昔馴染みに地層を愛していると公言する変人が居るのだがね? 彼が見つけた化石から復元した古代の舟、それがこれなのだよ。いやはや、木の板ですらなく、植物を束ねて舟に出来るとはなぁ。あっはっはっはっは!」

「何が面白いんですか! さっきから浸水が止まらないんですよ!」

 

 彼らの乗る大型葦舟は、もうそろそろ限界が近いらしかった。既に研究員達は漕ぐよりも侵入してきた海水を捨てるのに全力を注いでいたのだ。

 

 そんな事態をつゆも気にせず、サイエン教授は説明を止めない。 

 

「彼はな、遥か昔は大陸を十字に切り分ける大河があったのではないかと仮説を立てていたのだ。大峡谷も元は大河だったと推測していて、中々に興味をそそられたねぇ。ま、“雷力”の魅力には遠く及ばないが」

 

 そのまま“雷力”の素晴らしさを語ろうとするサイエン教授だったが、研究員達の叫びによって中断させられる。

 

「「博士! 空を見てください!」」

「お? おおっ! なんだねこの流星はっ!」

「ひいいっ。何が起こっているんですかぁ!?」

「ヤンナ君、少しは落ち着きたまえ。ちょっと数が多いだけの流星だ。死にはしない」

「無理言わないで下さい!」

 

 サイエン教授は大量の星が流れる空に驚きはしたものの、怯えるヤンナ女史とは対照的な落ち着いた態度のままだ。

 

「「「博士、大変です」」」

「はて、どうかしたかね?」

「「正面、高波が!」」

 

 星空を観測していたサイエン教授が、視線を正面に移すと、目算でおよそ三十メートル以上の波が迫って来ていた。

 

 流石のサイエン教授も、この高波には言葉を失ってしまう。

 

「おぉ、これはこれは……」

「イヤぁぁぁッ、死にたぐない゛ーーー!」

「大丈夫だ。こんな時こそ冷静に対処せねばな」

「え、まさか何か凄い魔法がこの舟に……!」

「諸君! しっかり掴まれーーー!」

「期待した私のばかーーーー!! あっ……」

 

 波に引き寄せられて舟が大きく傾き、手を滑らせたヤンナ女史が放りだされてしまう。ヤンナ女史の顔が絶望に染まる。

 

(あぁ……、ごめんなさい、お父さん、お母さん……、先立つ不孝をお許し下さい……。あぁ、オジーナ……、せめて貴女がタンスの角に足の小指をぶつけますようにっ)

 

 両親への懺悔と、自分の代わりに城勤めになった同僚への恨み節を胸に抱きながら、中空でもがくヤンナ女史。

 

 死を覚悟した時、その伸ばした手がしっかと掴まれ、力強く抱き寄せられた。

 

「ヤンナさん、頑張って」

「は、ハッセさん! ……きゅんっ」

 

 その日、流れ星が数多(あまた)流れる南の空の下で、高波に飲み込まれたマッドソン研総勢十五名の行方を知る者はまだ、どこにもいない。

 

~~

~~~

 

 一つ、また一つと、輝く光の粒が動き出す。流れる粒子は時にぶつかり合い、連鎖し、その向きを複雑に変えていく。

 

――天に掲げて祈るは、誰が為か、何が為か――

 

 両手を一杯に広げ、倬は(うた)を続ける。

 

――(かどわ)かされし者達と、意気地の足りぬ己に、せめてもの安寧を求めるが故に――

 

 これは、正直な己の心を形にする為の詠。

 

――(とつ)として訪れうる別離に抗わんとするに――

 

 流れる“輝粉”が、夜空を駆け抜けていく。

 

――万斛(ばんこく)の布石を打ちておくべし――

 

 流れる“輝粉”が、ぶつかり合い、(まばゆ)さを増していく。

 

――大地の動きに、大気の揺らぎに、白露の流れに――

 

 足元の魔法陣が、様々な色に変化する。虹色の光を反射して、流れる“輝粉”がその色を変えていく。

 

 茶色、灰色、青色、黄色、水色。

 

――昂る熱に、萌ゆる緑に、囁く闇に――

 

 一つひとつの流れる光は、瞬く毎に、照り返す輝きを変えていく。

 

 赤、緑、紫、銀、金。

 

――照らし出す光に、定めを避けるに足る前知を得ん――

 

 そして、目に痛いほどの、白。

 

~~~

 

 “お山”の中、崖に挟まれた場所に、俯せに倒れたままの角刈りの男が居た。悔しさに握りしめた拳を震わせて、地面を殴りつける。

 

「フル兄、大丈夫?」

 

 隣でしゃがむおかっぱの少女が、男に声をかけた。

 

 フルミネ・モンドは、一度大きく深呼吸してから返事をする。姿勢は、俯せのままだ。

 

「ニュアか。……怪我は無い。もう、ここで怪我なんかしない」

「ん、そっか」

 

 しゃがんだままのニュアヴェル・C・ソルセルは、それ以上の事は口にしない。

 

 そこに、灰色のにょろにょろした妖精のつっちー達が、地面から生えるようにして現れる。

 

「「「おしかったなー、おしかったー、“りとらい”だなー」」」

「当然、です。次もお願いします、つっちー様」

「「「“さま”いらないなー、いらないのになー、フルフルはまじめなー」」」

「……その呼び方は、なんとかなりませんか?」

「「「「いやか? いやか? いやなのかー……?」」」」

「……い、いえ、どうぞ、お好きに」

 

 つっちーとフルミネのやり取りにニュアヴェルは笑みを浮かべる。

 

 フルミネは腕で目を隠したまま横に転がって、仰向けになった。

 

「……倬は、たった一回で成功させたって言うのにな」

 

 未だ第三の試練を突破出来ない事を自嘲するフルミネに、ニュアヴェルの顔は、少し寂し気だ。 

 

 拗ねる子供のように、ニュアヴェルは口を尖らせる。

 

「最近のフル兄、倬の事ばっかり」

「は……? いや、そんな事ないだろ」

 

 少し顔をずらして、片目だけで幼馴染の少女を見るフルミネ。釈然としない様子である。

 

「ある。ね、つっちー」

「「「そうなー、“えぶりでい”きいてくるなー」」」

「いや、それは、あれだ、アイツがなかなか挨拶に来ないから」

 

 “お山様”の妖精であるつっちー達に反論できないフルミネは、とっさに言い訳を取り繕う。ニュアヴェルはと言えば、両膝の間に顔を埋めるようにしてフルミネを見つめる。

 

「倬のこと、心配?」

「俺より実力が上だろうが、アイツは弟弟子だ。出て行ってから、一度も顔を出さずに死ぬなんて許されない」

「私は、心配しないって決めてる。今は、フル兄の方が心配」

「なんだよ」

「無理してるのは、フル兄も一緒」

 

 そう言われて、もごもごするフルミネの態度ははっきりしない。 

 

「…………俺が、誰の為に無理してると」

「何?」

「なんでもない! …………って、なん、だ、これ」

 

 素直にもごもごの内容を聞き返えされて、誤魔化そうと体を起こしたフルミネの目に、夥しい数の流れ星達が飛び込んできた。驚きに、今までの会話が頭から吹き飛んで行ってしまう。 

 

 フルミネとニュアヴェルを囲んでつっちー達が集まり、体をびょんびょん弾ませ始める。 

 

「「「あれあれー! たか、たかー!」」」

「これを……、倬が?」

「流石、私の弟、やることが違う。ぶっ飛んでる。良いと思う」

 

 この流れ星の原因が倬だと教えられ、何故かニュアヴェルが自慢げに胸を反らしてうんうんと頷く。

 

 フルミネの方は、大きく溜息をついてしまった。 

 

「はぁ、差を見せつけてくれる。俺も負けてられない。つっちー様、すぐにでも試練に再挑戦させてください」

「「「つぎなー、そうなー、さんじゅうにちごかなー」」」 

「えっ」

「「「フルフルがんばりすぎなー、ここなおすのにじかんいるなー、はしってまっててくれなー?」」」 

 

 崖に挟まれた試練の場で、頭上で降り続ける流星を眺めることもままならず、フルミネは石化でもしてしまったかの如く、硬直してしまった。

 

「“どんまい”、フル兄」

 

 

 星々の降る勢いは、どんどん増していく。

 

 “祈祷師の里”では、全ての住民が外に出て、流れ星を見守っていた。

 

 【ハイリヒ王国】の魔法師であるツェーヤ・オバンサもまた、縁側に座って空を見つめる。

 

「どうだろうねぇ、こいつが吉兆なのか凶兆なのか。騎士様はどう思う?」

 

 剣の素振りを中断して、夜空を埋め尽くさんばかりの流星に惚けていた王国騎士アラン・ソミスは、かぶりを振る。

 

「正直、わかりません。これほどの規模の流星群の訪れを、王国の天文学者や“占い師”、あるいは教皇様が予見していれば、何かしら“お言葉”があるはずですが……」

「そうだろうねぇ。王国の民としては教皇様からのお達しを待つしかないかね。……さて、私らはそんな感じだが、“お山様”を奉じるあんた方にとってはどっちだい? 師祷のばあ様よ」

 

 ツェーヤの声に応えるようにして、師祷ソルテ・C・ソルセルがアランの真後ろに突然現れた。

 

「ふふふっ、気づかれてたか」

「うわぁっ!!」

 

 全く気配を感じ取れていなかったアランは、酷く慌てる。

 

 ツェーヤは眉を軽く上げただけで、文句を言うわけでは無いらしい。

 

「ま、()()()揶揄(からか)われてきたからね。来てると思ったんだよ」

「いつもいつも、突然現れるのを止めて頂けませんか、師祷様」

「老い先短い(ばばあ)の趣味を奪おうってのかい……? 今時の若者は酷いねぇ……、ごほごほ」

 

 驚きに心臓の辺りを抑えるアランだったが、師祷ソルテはわざとらしく咳き込んで、年寄りであることをアピールしてくる。

 

 年寄りの悪ふざけを軽くあしらうツェーヤは、改めて本題を聞き直した。

 

「私よりよっぽど元気なばあ様が良く言うよ。んで、どうなんだい、これは吉兆なのか、凶兆なのか」

「なんだってそんなことを気にするのかねぇ。ただの数の多い流れ星だろう?」

「里の連中がそわそわしてるんでね。なんだい、私らがいなけりゃ、お祈りでもしたそうじゃないさ」

 

 辺りを見回すツェーヤに(なら)って、里の様子を確認した師祷ソルテは高らかに声を上げて笑い出す。

 

「あははははっ、成程、成程。そうさねぇ、あたしらにとっちゃ、これは吉兆でも、凶兆でもないさぁ」

「あん?」

 

 “じゃあなんだよ”、とでも言いたげな態度のツェーヤに微笑みを向けてから、師祷ソルテは星々を仰ぎ見て、答えを告げた。 

 

「強いて言うのなら、“吉報”、かね」

「“吉報”ねぇ……、一体全体、誰からの(しら)せなんだか」

「まぁまぁ、細かい事はいいじゃないか。それよりも、どうだい一献。師祷様が漬けた自慢のピーシェ(ざけ)だよ?」

 

 腰の後ろに回していた手に、持っていた紐でくくられた(かめ)を掲げて、酒を勧めてくる師祷ソルテ。その顔は、よく見るとほのかに赤味を帯びている。どうやら、既に少しだけ酔っているらしかった。

 

「随分と機嫌のよろしい事で。まあ、星見酒ってんなら、付き合うとしようかね」

「ほれ、騎士様も。今日みたいな日くらい、あんた方の神様だってお許しになるだろうさぁ」

「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」

「そう来なくっちゃねぇ」

 

 

~~~

 

 

 詠に込めた願いに呼応し、空に浮かぶ“力”もまた、激しく明滅し始めていた。

 

――それは盾、それは兜、それは鎧、あるいは時に、牢固(ろうこ)なる壁であれ――

 

 魔法陣から放たれた、オーロラの如き光の帯が、大陸全土の雲を切り裂き、霧散させる。

 

――詠は今、流るる星の如くなりて、(あまね)現世(うつしよ)に降り注げ――

 

 シャン、シャンと目の前に浮かぶ錫杖を堂々と響かせて、光后様と呼吸を合わせる。

 

「「“護光(ごこう)”」」

 

 祈りを込めた“力”が、(そら)で炸裂する。

 

 大きくて絢爛な“花火”が、トータスに降り注ぐ。

 

 

~~~

 

 

 夜空の異常事態に、町中が騒がしい事になってしまっている【宿場町ホルアド】には、“勇者御一行”の中で【オルクス大迷宮】での訓練を続けながら、大迷宮攻略を目指す生徒達が宿泊していた。

 

 食事を終え、外で連携の確認をしていた男子生徒三人組が、ポカンと口を開けて、大量に星が流れる夜空を眺めている。

 

「なぁ、重吾」

「なんだよ、健太郎」

「これ、なんだと思う?」

「……流れ星、だろ」

「いや、ここまで来るとなんか怖ぇんだけど! 流れ星の明りで影が出来てんだけど! 何か爆発したぞ!」

「……異世界、だからな」

「そう言う問題じゃなくねぇか!? なぁ?!」

 

 三人がそれぞれの見解を言い合っている所に、女子生徒が二人、やってくる。

 

 空を見上げたまま歩いてきた吉野真央が、大柄な永山重吾の隣に並ぶ位置に立ち止まった。

 

「メルド団長が明日の訓練内容で確認があるって、“仲良し三人組”を呼んでるよ」

「……その呼び方、なんか嫌だな」

「さっきね、メルド団長がそう言ってたんだよ。“いつもの仲良しな三人”って」

 

 顔を顰める重吾に、真央の隣にいた辻綾子が笑いながら付け足した。綾子の声を聞いた健太郎は、夜空と綾子との間で、視線を忙しなく移動させる。

 

「つ、辻も、この流れ星って言うか、流星群? 見てたのか?」

「あはは。それはもう、見ようと思ってなくても目に入るよ。凄い綺麗だよね。多分、地球じゃ見られないよ、こんな光景」

「あ、あぁ、そうだな! うん、俺も綺麗だと思って見てた。うん。いやー、貴重な体験だよなぁ!」

 

 もう一人の男子生徒が怖ぇって言ってたじゃんか、と口走ろうとするのを腕づくで止め、健太郎は宿に向けて体を反転させる。

 

「“里”なら、もっと見えてるのかな」

 

 綾子が零した言葉に、健太郎の身体が硬直した。歩幅を限界まで狭くして、聞き耳を必死に立てる。

 

「北の山脈に近いんでしょ? 山の中って話だし、ここよりハッキリ見えてるかもね」

 

 事もなさげに真央が予想を語り、更に続けた。

 

「ま、修行の頑張り過ぎで、ぐっすり眠ってるかもしれないけど」

「それなら、その方が良いかも」

 

 二人はそのままクスクス笑いながら、近くの広場に向かって歩き出す。

 

 対して、未だに異常なスローペースを保って歩いている健太郎。

 

「なぁ、健太郎」

「なんだよ、重吾」

「そんなに気になるなら、話に混ざって来いよ」

「んな真似が出来るかっ! おらっ、とっとと団長のとこ行くぞ、二人とも!」

 

 急に早歩きになった健太郎を、残された二人は視線を交わした後、苦笑いを浮かべて追いかける。

 

 そんな“仲良し三人組”と擦れ違う様にして、宿から出てきたのは小柄な女子生徒、谷口鈴だ。きょろきょろと周囲を見渡して、広場の出店やベンチを巡り始める。 

 

 鈴に気付いて声をかけたのは、八重樫雫だった。

 

「鈴、どうかしたの?」 

 

 声をかけられて振り向けば、ベンチに並んで座る雫と白崎香織が鈴の視界に入る。

 

「あ、カオリン、シズシズ。絵里探してたんだけど、見てない?」

「絵里ちゃん? 絵里ちゃんならこっちには来てないよ」

 

 軽く首を傾げて答えた香織につられて、鈴も首を傾げる。

 

「おっかしいなぁー、悪い物でも食べたのかなぁ」

「鈴と違って、絵里は拾い食いなんてしないでしょ?」

「なにぃ! 鈴だって拾い食いなんてしないよー!」

 

 にやっと笑いながら雫が言った冗談に、大袈裟に怒って見せる鈴。

 

 そっとベンチの真ん中を開けて、その場所をぽんぽんと叩く香織は、柔らかく微笑んでいる。

 

「まぁまぁ、鈴ちゃんも座って一緒に見ようよ。絵里ちゃんも、鈴ちゃん探して歩きまわってるのかもしれないし」

「なるほど、一理ある。二大女神に挟まれるのも、また一興か……」

「鈴、適当言ってないでとっとと座りなさい」

「はーい」

 

 暫くの間、三人は夜更けの天体観測に興じた。

 

 雲一つない夜空に流れ続ける星々を見つめながら、彼女達はトータスに召喚されてからの事をポツポツと語り合った。生徒達の殆どが口にするのを躊躇う、既に異世界に来てから三ヶ月以上経ってしまった事実についても、自然と話題に上った。

 

 この世界で過ごしてきた時間を思い返し、鈴は一人の男子生徒を思い出した。召喚されてから一ヶ月もしない内に王国を離れて、未だ一度も帰って来ていないクラスメイトの一人のことだ。

 

「……“お寺”でも、これ見てるかな」

「霜中君?」

 

 召喚された者達、特に【オルクス大迷宮】攻略を目指す生徒達は、主にメルド団長経由で倬が書いている報告書の内容を聞かされているのだ。“お寺”と聞いて、倬の話だと察した雫が、鈴の顔を覗く。

 

「あ、いや。何となくさ、一人で修行に行って全然帰ってこないじゃん? 今頃どうしてるのかなって」

「そうね……。今頃、(そら)を見上げて“まにまに”してるんじゃないかしら」

 

 考え込むように言葉を区切ってから言った雫の答えを、鈴は正しく理解できなかった。

 

「……へ? “マニマニ”? “ニマニマ”じゃなく?」

「確かに、霜中君なら“まにまに”してそうだね!」

 

 成程納得! とばかりに頷く香織。

 

「今の香織なら何て送る?」

「そうだなぁ……、“師匠、空が大変です!”かな。何て返って来るかな?」

「そうね……。“流星群って言うより流星雨。これは凄い。本当に凄い。寧ろヤバイ”とかかしら」

「言いそう!」

「あ、でもあれね。“ところで、この手のメッセージは南雲君に送ったらどうでしょうか?”とか足してきそうね」

 

 【オルクス大迷宮】で奈落へと転落した南雲ハジメの生存を信じる香織の想いを受けて、雫はあえて、ハジメの名前を口にした。

 

「あ~、“それあるー”……」

 

 突然、メッセージのやり取りをシミュレーションし始めた雫と香織に鈴はついていけなかった。倬その人について、オタクであること位しか知らなった鈴は、シミュレーションの内容を意外に感じてしまう。

 

「霜中君、そう言う事書いちゃう人なの?」

「香織には割と厳しいのよ」

「“南雲君のID、知らないです……”」

 

 香織はまだ続けるらしい。雫もそれに乗っかる。

 

「“……え。何でですか? 何やってるんですか?”」

「ぐすっ……。言いそう……。“教えて頂けませんか?”」

「“すいません。僕も知りません。ごめんなさい。それではこの辺で失礼します。おやすみなさい”」

 

 あくまで雫の想像とは言え、酷いやり取りだと鈴は若干引いていた。

 

「ですます調なのが嫌だね……」

「可能な限りやり取りを早く終わらせようとしてくるのよね。二往復位で“おやすみなさい”は入って来るわ」

「えー……」

「でも質問にはちゃんと答えてくれるんだよ? 本当だよ?」

「なんでカオリンが霜中君のフォローしてるの……?」

 

 星降る夜を眺めつつ、ホルアドの夜もまた、更けていくのだった。

 

~~~

~~

 

 流星で埋め尽くされる夜空から遠く、大地の奥深くには、男女の荒い息遣いだけが響く空間があった。

 

 ギリシャのパルテノン神殿を思わせる造りの柱が、長方形を描いてその場所に立ち並ぶ。柱同士の間を薄いカーテンで埋める事で、流れ込む風量は適切に調節されている。

 

 中央に備え付けられた、天蓋を持つ大きなベット。細かな装飾が丁寧な仕事を感じさせる。

 

 純白のシーツに皺を寄せて、仰向けに寝そべる男性と、彼に馬乗りになる女性。

 

 男性の身体には、贅肉など皆無だった。損なわれた左腕、瞑ったままの右目が、彼の乗り越えてきた戦いの過酷さを物語る。

 

「ぐっ……」

 

 与えられる快感に声を抑えようとするたびに、鍛え上げられた筋肉を覆う皮膚の下で、赤黒い線が浮かびあがった。

 

 赤黒い力の流れを、男の腰元に座したままの女性が、愛おしそうに指一本だけでなぞる。

 

 その女性の、小柄で起伏の少ない体つきだけを見れば、年の頃十から十二歳程の少女に映る事だろう。

 

 だが、痩せすぎでない適度な肉付きと、しなやかな腰のくびれ、その腰まである美しい金髪、彼女の纏う雰囲気全てが、妖艶さを醸し出していた。

 

「んん……ッ」

 

 恍惚の表情を浮かべ、女性は天井を見上げる。全身を細かく震わせて、切なげに吐息を漏らしたあと、そのまま目を細め、虚空を見つめ続ける。

 

「はぁ、はぁ……。どうか、したか?」

「ずっと、上の方で魔力を感じた、気がした。何も、感じなかった?」

「俺、は、魔力、なんて、感じる、どころじゃ」

 

 男は荒くなった息を整えるのに必死な様子だ。女性はそんな男の右隣に寝転び、腕と胸の間の窪みに頭を乗せる。より距離の近い腕枕だ。

 

 ごく自然に、その金色に輝く髪を愛おしそうに撫でられ、幸せに目を細める女性は、上目遣いで男と見つめ合う。

 

「なら、私の気のせい」

「いや、あれだ、もしかしたら、ほら、他の挑戦者かもしれないし、念の為確認」

「今すぐじゃなくても、平気」

 

 なにやらしどろもどろになり始めた男に、女性は覆い被さってその言葉を否定する。

 

「それなら、今日はもう、休んで明日……っ」

「……ふふっ。こっちのハジメは、まだまだ暴れたりないって言ってる」

「待……っ、ユェ……ッ!」

「はぁ……ん、ぁっ……!」

 

 二人の熱を冷ますには、この場所の空調は、いささか弱すぎるのかもしれない。

 

~ 

~~

~~~

 

 【神山】上部、普段ならば眼下に雲海が広がる高度に、今は雲一つない。

 

 精霊魔法の発動を成功させ、結界外の岩場に精霊達に囲まれながら座る霜中倬は、炒った豆を魔法で粉砕している。この豆は、“樹海”に帰した亜人族の子供達から、森司様経由で貰ったものだ。 

 

「流れてるのぅ」

「つっちー! “しゅーてぃんぐすたー”!」

 

 土司様がつっちー達と一緒に体を揺らして、楽しそうだ。

 

「………………“光の”姉さんは見つかった。契約も出来た。加護も得た」

「…………これから、どうする?」

 

 倬の肩で空を見ていた宵闇様とよいくんが、寸分違わぬ同じ角度で身体を斜めにして聞いてきた。 

 

「そうですね、修行を続けながら皆を還す方法を探すのは決まってますが……」

 

 とりあえずの目的が達成されて気が抜けてしまった事もあり、倬はこれからの具体的な行動目標を直ぐに答えられなかった。

 

 どうしたものかと考えつつ、金属製の()し器に布を纏わせ、細かく砕いた豆をそこに入れる。

 

「しもさま、わいたよ~。くぅちゃんがね、くうきでぎゅ~ってしたの~」

「かーくんも体を燃やした、超燃やしたぜ?」

「あはは、流石ですね、たすかります」

 

 “炎の妖精”かーくんと“空の妖精”くぅちゃんが、ヤカンを使って湧かしてくれたお湯を、挽いた豆に少しずつ注いで、鍋に抽出したコーヒーもどきを入れていく。濾し器やヤカン、鍋にカップは、“お山”や元アモレ様の家から持ってきてもらったものだ。

 

 出来上がったコーヒーもどきをカップに注ぎ、精霊様と妖精達に配る。

 

 真っ先にカップを受け取った“風の妖精”ふぅちゃんは、口元を“いー”っとさせて見るからに苦そうな顔になっていた。

 

「ふぅちゃん、おさとういれたい……」

 

 ふうちゃんと自分のカップに、風姫様が大匙にして二杯程ごそっと砂糖を入れつつ、コーヒーもどきを一口飲んでから、考えを聞かせてくれる。

 

「精霊探しは止めないんでしょ? それなら“海の精霊”に会いに行きましょうよ」

 

 “氷の妖精”ゆっきーのカップに息を吹きかけて冷やしていた雪姫様も頷いている。渡されたアイスコーヒーもどきを飲むゆっきーも、同意見の様だ。

 

「ワタクシも賛成です。“海の精霊様”はとても真面目で“ちゃーみんぐ”な方なのです。きっと力を貸してくれるでしょう」

「あなたさまー、ゆっきーもあいたいなー」

 

 更に砂糖を足していた風姫様は、“海の精霊様”の居場所について心当たりがあるらしい。

 

「確か、今は西の海に居た筈よね」

「西、となればエリセンの近くでしょうか」

 

 大陸西側はこれまでの旅ではほぼノータッチだった。他の精霊様にも出会えるかもしれないと自分のコーヒーもどきを用意しながら倬は考え込む。

 

 そこに、火炎様がコーヒーもどきを蒸発させながら、身体を揺らめかせて話しかけてきた。

 

「ここから西に向かうなら、道中に大火山に寄っても良いか? あそこも長いこと噴火していないのでな、少し心配だ」

「大火山って昔は火炎様の“寝床”だったんですよね。グリューエンって名前からしてナイズさんの大迷宮なのは確実なんでしょうし、寄り道してみましょうか」

 

 西の海に向かうとすれば【グリューエン大火山】を横切ることになる。大迷宮でもあるのなら、そこでも神代魔法を得られる筈だ。

 “奴の作り物”と言う存在を知った以上、強力な魔法は獲得しておくべきだろう。シュネーにも魔法を使いこなしたいのなら、全ての神代魔法を手に入れろと言われたのを思い出す。

 

「たか、ほかにも大事なことがあるぞー?」

 

 こう頭の上から話しかけていたのは、“光の妖精”ひかりちゃんである。“光の精霊”光后様は、確かに一人の“幼精”に逃げ出られているが、新たに妖精を呼び出すことは問題なく可能なのだ。

 

「うむ、“護光”の強化だな。逃げ出したわらわの“幼精”と、もし出会えるなら“月の精霊”にも力を貸してもらいたいところだ」

 

 精霊魔法によって発動した“護光”は、即死の回避を可能とする大魔法ではある。だが、光后様が本来の実力を発揮できれば、更なる効果の付与も可能なのだ。新たな精霊様と契約を成功する事でも強化が期待できる。

 

「う~、“月の精霊”ちゃんね~……」

 

 ところが、空姫様の表情は美味しそうにコーヒーもどきを飲んでいた時とは打って変わって、険しいと言うよりは、悩ましそうなものになっていた。

 

「あれ、空姫様?」

 

 心配になった倬が詳しい話を聞こうとしたのだが、バチっと電撃をスパークさせて移動してきた“雷の妖精”らいくんに通せんぼされてしまう。

 雷皇様も隣にやって来て、冷汗をかいているのが分かる。

 

「だめだ、たかどの! それいじょういけない!」

「す、すまない、倬殿、触れないであげてほしい。そのな、色々あったんだ、空姫姉さんと“月の精霊様”は」

「りょ、了解しました」

 

 酷い焦った様子の雷皇様に逆らう訳にもいかず、倬は大人しく従う事にする。

 

「主殿、ここまで随分忙しかったでござる故、拙者はしばし腰を据えてみるのも宜しいかと思います」

 

 話を戻してくれたのは、取っ手の無い湯飲みでコーヒーもどきを飲んでいた刃様だ。“刀剣の妖精”やっくんが剣を構えて素振りを始める。

 

「あるじどの! けんのけいこするナリよ! おあいてつかまつる!」

「“剣断ち”は切れ味が良すぎて、扱いが難しいですからね。本格的な近接戦闘の稽古ですか……」

 

 ステータスを持て余したままの倬より技量が勝る達人は、探せば居る筈だ。代表的な人物としてはメルド団長の名前が上がる。

 

 しかし、それでも尚、“ステータス任せの暴力”によって稽古が成立しない事が大いにあり得てしまう。対人戦闘の訓練相手は、慎重に探す必要がありそうだ。

 

 倬の膝の上で自分の妖精を抱っこしていた“癒しの精霊”治癒様は、いつも通り休息を勧めてくれる。

 

「治優はお休みした方が良いって思うなー。ねー、ちぃちゃん?」

「うんうん、ちぃちゃんもさんせー。たぁさま、ねんねしよ?」

 

 髪留めをしていないだけで、大きさ以外の見た目が全く変わらない“癒しの妖精”の名前は、ちぃちゃんに決まった。やや舌足らずだが、やっぱり倬を寝かせたいらしい。

 

 続いて倬の真横で元気に手を挙げた精霊様は、音々様だ。

 

「はいはーい! 音々、教会のお掃除手伝ってほしいなー」

「ねねちゃんとスティナちゃんだけだと、きょーかいぜんぶはたいへんなの!」

 

 ダンディーンの教会にある鐘が“寝床”であり、出来る範囲でスティナの手伝いをしている“音の妖精”ねねちゃんは、倬を教会に向かわせようと、大変さを全身で表すのに一生懸命だ。

 

「うたきかせにいくっていってたろ! みんなよろこぶぞ!」

 

 こう言ったのは“森の妖精”もりくんだった。脱いだ葉っぱの帽子でカップを隠しているが、森司様に甘い樹液を入れてもらっているのはバッチリ見えている。

 

 木製のスプーンでコーヒーもどきを混ぜていた森司様も、なにやら考えがあるようだ。

 

「僕としても、変成魔法で試してもらいたい事がある。“奴の作り物”の事もあるしな、諸々の準備をしてからでも遅くはないんじゃないか?」

「あ。それなら、わたしが飼ってる鳥にもやってみて欲しい事があるわ」

 

 変成魔法の可能性を確かめたいと考えていたのは、風姫様もだったらしい。

 

「家畜に変成魔法を、ですか? ダッシュの時みたいな使い方なら、ありかもしれませんね」

 

 興味を惹かれた倬だったが、神代魔法である変成魔法は、必要な魔法陣が複雑かつ巨大なものになりがちであることが気になった。そもそも魔法式が特殊であり、調査や実験的な事をするとしたら集中できる環境が欲しいと考えたのだ。

 

「いっその事、一週間位時間を作りますか……。師祷様にも、ちゃんと会ってご挨拶したいですし」

「……きーくん、それがいいっておもう、な」

「兄さんの事だ、結局は休み中も忙しくしてそう……、だけどな」

「それは、まぁ、やらなきゃならなそうな事が山積みなので……」

 

 山の上の超低気圧のせいで、いつも以上に体が希薄になっている霧司様と“霧の妖精”きーくん。ただコーヒーもどきを()()()()()影響で、霧が茶色っぽくなっている。

 

 のんびりは出来なさそうと言われて、ちょっと生き急ぎ過ぎていたかもしれないと、倬は王国を離れてから今日までを振り返る。

 

 土さんと出会ってほんの二ヶ月ちょっとで、随分と自分の状況も、置かれている立場も変わってしまっている事を確認して、苦笑する。

 

(治優様に休めって言われちゃうの、当然かもな……)

 

 だから、せめて、今日この日くらいは、思いっきり気を抜いてやろうと、改めて星空を見る。

 

 勢いよく流れる、精霊魔法の余波による(いろとりど)りの光達。その中に、控えめにスッと流れる星を見た。混じりけの無い、本物の流れ星だ。

 

 今の流れ星に願い事を三回唱えると言うのは、やっぱり無理があるなと苦笑して、それでも綺麗だったと喜びの溜め息をついてから言ってみる。

 

「なんにせよ、たまには星見ってのもいいもんですね」

 

 薄明の空を、今も派手に流れる光達を眺めながら、皆で揃って入れ直したコーヒーもどきをちびちびと飲む。

 

「いやしかし、派手にやったものだ」

「ホントにね~」

 

 光后様の機嫌よさげに漏らした独り言に、気を取り直した空姫様がのほほんと同意する。

  

 そんな何気ない精霊達の会話を聞きながら、倬はまたコーヒーもどきを口に運ぶ。

 

 この豆は、一杯目よりも二杯目の方が美味しい。そんな気がした倬なのだった。

 

 




第二章、完。
 
 今回のタイトル元は《星を数えるが如し》でした。 

 ……はい、と言うことで如何でしたでしょうか。

 続く第三章の開始は、第一章終了時と同様、暫くお待ちいただくことになってしまいます。
 遅くとも八月中には投稿開始出来れば、と考えている所です。

 お待ちいただいている間に、本文中で説明しなかった設定、現在の霜中君のステータス、“護光”の詳細な効果等を説明する人物・設定まとめ、更に短いお話を生存報告代わりに投稿するつもりですので、再開までのお暇つぶしにお読み頂ければと思います。

 さて、ここで少しだけ、第三章の流れに言及しておきます。

 第三章は原作との合流に向かっていく展開になります。
 ただ、霜中君の旅に必要な下準備の為に、合流するのは三章終盤になってしまう上、本格的な合流は第四章からの予定なので、やきもきさせてしまうかもしれませんが、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

 また、もしお時間がありましたら、活動報告も更新する予定ですので、そちらもお読みいただければ幸いです。

 では、第二章最終話までお読み頂き、本当に有難うございました!

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