すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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お待たせしました。今回もよろしくお願いします。



光が和んで壁と同化す

 トータスにおいて【神山】とは、最早それ自体が御神体と言っていい程の信仰の対象であり、神の象徴だ。人間族の最高神であるエヒト神は、この山に建造された神殿に仕える教皇を介し、人々にその意志を、救いの力を授けるとされているのである。

 

 故に、この山と神殿には、許可無き不届き者を拒む、神の御業を思わせる程に強固な結界が張られている。一部、参拝者用に解放されている道はあるが、一度その道を外れれば侵入者として検知され、神殿騎士らによって拘束、尋問の憂き目にあってしまう事だろう。

 

 そんな【神山】の西側中腹に、本来あってはならない侵入者が一人。

 

『まさかこんなに早くここに戻ってくることになるとは、予想してませんでした』

『それは俺達も同じだ。“奴のお膝元”に“寝床”構えようなどと、普通の精霊なら思いつかん』

『“くーる”に燃えるかーくんも青ざめる発想だな。かーくんなら反対するぜ』

 

 火炎様と“炎の妖精”かーくんも、予想外の展開に驚きを隠せないらしかった。それほどに精霊達にとって“奴”の存在は忌避されているのである。

 

『それにしても、雷皇様のお力すごいね! バリバリッ、ドーンッで着いちゃうんだもん!』

『ええ、雷皇様と契約していたお陰で、ここまであっという間でしたからね。助かります』

『あんまりヨイショされると反応に困る。倬殿の役に立てたならそれでいいが』

 

 “癒しの精霊様”と話をして直ぐに【神山】へ向かう事に決めた倬は、技能“飛空”と“雷同”による高速飛行でここまでぶっ飛んで来たのだ。かつて土さん達にぶっ飛ばされた経験も役に立った。

 

 加えて“闇纏”の効果により、【神山】の結界は作動しなかった。如何に優れた結界であっても気配が消失している倬を検知することは出来なかったようだ。

 

『…………ここからが、大変』

『よいくん、どういうことですか? 一応、精霊様の気配は感じてますけど……』

『………………“光の”姉さんはな、寝相が悪いんだ』

『宵闇様、寝相とは?』

『………………寝相は、寝相だ。光の速さで寝返りをうつんだ。多分、“光の”姉さんが“寝床”にしてるのは、麓の国を含めた山全域の馴染みの良い岩とか、だと思う。………………間違いなく、一ヵ所だけじゃない、はずだ』

『ね、寝返りが一国規模、ダイナミック過ぎる……』

『流石は大物精霊でござるな、主殿。拙者、憧れるでござるよ』

『刃様が同程度の影響力持った場合って、世界中の刃物が一斉に暴れだす大惨事になるのでは……?』

 

 眠っている間も光速で移動していると言う“光の精霊様”と話をする為には、精霊の力が強く残った岩などを見つけ、そこで待ち構える必要があるのだ。精霊様達で“網”を張り、呼びかけて目を覚ましてもらう事になる。

 

『たぁ様、たぁ様っ! あっちに気配が残ってるよー!』

『んんっ、流石に“たぁ様”って呼ばれるのはなんだか照れくさいですね』

『えー? 嫌ー?』

『いえ、慣れないだけで、“癒しの精霊様”のお好きにお呼びください』

『よかったぁ。たぁ様、たぁ様ー』

 

 倬の頭の周りをぐるぐる回る“癒しの精霊様”は、同属性の気配に浮かれている様子だ。少し離れた所に飛んでいる空姫様は何やら複雑そうな表情である。

 

『“たぁ様”~……、むぅ~』

『空姫様、遠慮などせず、お名前を呼んでみては? ワタクシ、なんだかじれったいです』

『そうよ、倬の顔見なさい? デレデレしてるじゃない』

 

 真横を飛ぶ雪姫様は着物の袖を掴んで、もどかしそうに振り、風姫様は倬の顔を指さして呆れ顔だ。

 

『遠慮なんてしてないわ~。別に私は霜様って呼ぶからいいもの~』

『空姫ねぇ様ってば素直じゃないなー』

『むぅ~。おねぇちゃんに向かってなぁに、音々ちゃ~ん』

『きゃー! 空姫ねぇ様が怒ったー。たか様助けてー』

 

 女の子の精霊様達の間で、各々の妖精を引き連れての追いかけっこが始まった。

 

 周囲の警戒を続けながら追いかけっこを眺める森司様は、葉っぱの傘をくるくる回して口元を尖らせていた。

 

『ここは今や“奴の山”だと言うのに、緊張感が足りないな。全く』

『姉さん達が申し訳ない。森司様』

『あぁ、いや、雷皇様に謝らせるようなつもりはないんだ。そう言えば、昔から君の姉妹はよく追いかけっこをしていたな』

『……懐かしい、な。……大体最後は“雲の精霊様”に捕まって、終わらされてた、よな』

 

 昔話に、もやもやした体を積乱雲みたいな形に変えて霧司様が加わる。

 

『“雲の精霊様”か。オレ達は本当に色々とお世話になったんだ。大きな方だったな』

『……デカ過ぎなくらいに、な』

『あったのぅ、“雲の”は“姿”の調節が下手くそだったからのぅ。火炎よりも余程、不器用だったな』

『俺の事はほっといてくれ。……最近は割と上手くやってるだろ』

『倬との契約のお陰じゃろ?』

 

 こんな雑談を交えながらも周囲の捜索を続け、頂上に向かって力が強く残る場所を特定していった。

 

 かつて倬と教師の畑山愛子、そして生徒達が召喚されたホールに侵入しようとしたその時だ。倬の“気配察知”が異様な反応を返す。

 

(なんッ……だ、これ……ッ)

 

 倬の動揺に、精霊様達が驚き、慌て出す。精霊様も強い気配こそ察知したものの、倬が強く動揺した原因を理解できなかったのだ。

 

 ゆっくりと、脂汗を浮かべながら気配の方向に視線を動かす。

 

 視線の先、王国と神殿とをつなぐ移動台座のある塔から出てきたのは、質素で飾り気のない服装のシスターだった。

 

 地球でイメージされる教会に仕えるシスターと、その身なりに大きな違いは無い。だが、その簡素な衣服が、そのシスターの美しさを強調しているかに思えた。整った目鼻立ち、滲みひとつない透き通った肌、ずっと見ていられるとさえ思える(あで)やかさまで備えている。

 

 そう、そのシスターは美しいはずなのだ。男性は勿論、女性だって目を奪われる事だろう。

 

 だが、倬の中に湧き上がる感情は、全く正反対のモノだった。

 

(きもち、わるい……ッ! なんだ、()()……ッ)

 

 吐き気すら催す倬に、精霊達は困惑する。

 

『たぁ様、たぁ様しっかり!』

『アナタ様は、()()が“気持ち悪い”のですね?』

『ええ……、綺麗、だとは思いますが、駄目です。自分でも理解を超えてて、上手く言えません』

『しかし、拙者には人の子の求める“美”を突き詰めた姿に見えるでござる。とすれば、何か別の原因がありましょう』

『そう、ですね。何でしょうか……、“不気味の谷”に近いかもしれないです。少なくとも()()は、それに片足を突っ込んでるように見えます。表情が、無さすぎます』

『………………“不気味の谷現象”か、作り物の人の子の顔が、精巧であればある程に違和感を覚えると言う倬の世界の認識、だな? ()()の表情の無さ、か……』

 

 この場に現れたシスターに、人間離れした何かを感じ取ったのが“気持ち悪さ”の正体で有るらしかった。

 

『間違いないな。倬の感覚は契約者として寧ろ正しい』

『どういう事よ』

 

 倬から伝わってくる感覚を肯定する森司様。風姫様が説明を急かす。

 

 森司様が説明するのに先んじんて、シスターの正体に言及したのは、土司様だった。その口調は、普段よりも更に重々しい。

 

()()は奴が造り変えた人の子、そうだな、森司』

『あぁ、土司様。僕と霧司は何度か感じた事がある。あの者から放たれる、人の子の歓心や性欲を呼び起こす“魅了”の力を。()()は、“奴の作り物”だ』

『……兄さんは、その“魅了”を無視できるから、な。……強烈な“魅了”の気配を、感じ取ってるの、かも』

 

 “奴の作り物”、すなわち、神の使徒こそがシスターの正体だ。

 

 シスター姿の使徒は、無表情のまま辺りを見回している。表情こそ無いが、神経を研ぎ澄まし、何かを探っているようだった。

 

『まさか、察知された……?!』

『たか様、落ち着いて。宵闇様の力で隠れてれば見つからないよ』

『そうよね。でも、アレ、明らかに何か探してるわ』

 

 緊張に体をこわばらせる倬に、音々様が“闇纏”の強力さを強調してくれる。使徒がこの場所にやってきた理由を訝しむ風姫様は鋭い眼差しを向ける。

 

 そっと、こめかみに左手中指を添える使徒。

 

『………………“念話”してるな』

『内容、分かりますか? 宵闇様』

『………………“誰も居ない筈のここに、不自然な風の動きを感じた”と伝えてる』

『たったそれだけで……? 厄介過ぎるっ』

 

 眉一つ動かさないまま“念話”を終えた使徒は、再び歩き出す。修道女らしい静かな歩き方だが、その雰囲気は倬にしてみれば異様だった。ただ見回りで歩いているだけだと言うのに、隙が一切無いのだ。

 

 彼女、と呼んでいいのか判断がつかない程に、使徒の在り様に拒否感を覚えてしまっていた倬は、“闇纏”だけでなく何か物理的に体を隠したいと思ってしまった。

 

 一歩、ホールの外壁側に足を踏み込んだ。

 

 その時だ。

 

 猛烈な突風を伴い、倬の頭部から右におよそ三十センチの位置に、身幅の広い剣の腹が突き立てられた。

 

 大剣による刺突ではない。倬の網膜に残像を残すほどの、圧倒的な速度で真横に移動した使徒が、両手に一振りずつ持った大剣を複数回振るった後、残心しているのだ。

 

 瞬き一つせず残心を解く使徒は、二振りの大剣を握り込むようにして()()

 

「気のせい、でしたか」

 

 感情の乗らない声音で一言だけ呟く使徒。そのまま移動台座のある塔を横切り、当たり前のように下の施設に向かい急斜面を飛び降りていった。

 

 “奴の作り物”の気配が完全に遠ざかるまで三分程待ち、壁に背中を預けて倬はその場にへたり込む。

 

『し、死んだかと思った……』

『ううむ、“奴め”はとんでも無いものを産み出していたのでござるな……』

『なんの詠唱も無し、ステータスだけであの速さですからね……。さっきの太刀筋、五回までしか見えませんでした』

『上下左右の切り分けが八回だったでござる。あれほどの大剣を二振り、速度と精度も信じられない程でござった。それも、まだまだ余力を残していたでごさるな』

『戦っていたら、勝てたと思いますか?』

 

 使徒の力量に唸る刃様の言葉に、倬が気にしたのは自分との力の差だった。現状の力に自惚れていたのだと自覚せざるを得なかったのだ。

 

 倬の問いに、雷皇様と雪姫様が互いに目配せをして、真剣に答える。

 

『……オレ達が居る以上、負けさせはしない。だが、瞬発力と、それを活かす判断力の点で倬殿よりも“奴の作り物”の方が上だ。正直、あの距離では勝ち目は無かった。“飛空”と“雷同”、そして“寝床”への転移に頼った逃げの一手しかない』

『距離が最初からあれば……、それこそ、今の距離から広範囲に攻撃を撃ち込めば倒すことは可能でしょう。ですが、“奴”の事です。()()一体と言う事は無いと考えた方がよろしいでしょうね』

 

 そっと俯いて、左手を軽く握り額に当てて、倬は認識不足を認める。

 

『アレが複数、下手をすると無限湧きするわけですか。“神”を侮ってきたつもりはありませんでしたが、強さの基準がアレだとすると、考えを改めないといけませんね。……“奴”と直接戦うとしたら、複数のアレを一振りで薙ぎ払える位の力は必要かもしれない、のか』

『たぁ様、大丈夫……?』

 

 二の腕あたりのローブを引っ張って、心配してくれる“癒しの精霊様”。

 

 優しくて可愛らしい精霊様に、倬は気持ちを落ち着かせるべく冗談を言ってみることにした。

 

『“奴の作り物”、“奴”の使い、つまりアレ、天使だったりするのか……? はぁ……、あんなのより、“癒しの精霊様”の方がよっぽど天使ですよ』

『えへっ! そんなに褒められると照れちゃうなー。どうしよっか、“ボトル”開けちゃおっか?』

『ちょっと、あんたその“ボトル”山の外に持ち出し禁止って言ってたわよね』

 

 天使ですと言われてはにかむ“癒しの精霊様”が、ぽわんっと取り出した“ボトル”を見て、風姫様が鋭くツッコミを入れる。

 

『あ、いっけなーい、うっかりうっかりー。じゃあ代わりにうちがナデナデしてあげるねー』

『あ~……、癒されるぅ~。心がウサギみたいに跳ねる気分。“ぴょんぴょん”ってなもんです』

『たか、たか! ふぅちゃんも! ふぅちゃんでも“ぴょんぴょん”してー』

『あははは……、って、痛い、ちょっ! 風姫様、背中抓るのやめてください!』

『倬、あんた、わたしの事なんだと思ってんのよ。わたしじゃないわ。ね、空姫』

『……なんのことかしら~』

『え』

 

 

 緊張した心を落ち着かせるために一頻(ひとしき)りふざけた後、使徒の存在と使徒の持つ感覚の鋭さを警戒して、空気の流れに乗って移動することにした。風姫様に先導してもらい、空姫様が山全体を見張ってくれている。

 

『広めに風の流れを弄っといた方が楽そうね。ま、わたし達に任せときなさい』

『助かります。今アレと戦いたくないですし』

『口惜しいが儂との契約直後にここに来ていたとしたら危なかったのぅ……』

『仮に俺と契約した後でも、我が友は逃げることすらままならなかったかもしれんな。うっかり倒せたとしても、“奴”に倬と俺達精霊の存在を知られてしまっていた事だろう。霧司や宵闇様と先に会っておいて正解だったな』

『そう、かもしれないですね……。でも、今日までの旅は、土さんと火炎様と出会っていたからこそ出来た“急がば回れ”ですから』

 

 風に従って【神山】北側に向かうと、貯蔵庫に利用されているらしい洞に辿り着く。どういう訳か、周囲の空気がこの場所に吸い込まれているようだった。

 

 先導してくれていた風姫様が、流れ込む風を撫でて目を細める。

 

『妙な感じするわね……』

『坑道に空気を取り込ませる類の魔法とは違うのか?』

 

 対して、森司様はこの洞から違和感を感じられなかったらしい。

 

『それだけならいいんだけど……』

『音々にも不思議な音が聞こえた気がしたよ。何かあるのかな?』

『他の場所と比べて“光の精霊様”の気配は薄いですが……。とりあえず入ってみましょう』

 

 洞には入り口を塞ぐ扉もなく、外からでも木製の棚が奥に向かって並んでいるのが見えた。どうやら、漬物や乾物等の保存食を保管している場所の様だ。

 

 かなり深いその洞の奥に進むと、古くなって解体された木箱が積み重なり、さらに奥へと続く道を塞いでいた。板の隙間を通って風が吹き込んでいるのを感じる。

 

 念の為、外に音が漏れないよう魔法を囁く。

 

「我、この身を包む大気を留め、静寂を招かんと、祈る者なり、“音凪”」

『つっちー! “ぷっと、あうぇーい”』

『……今の、なんて意味でしたっけ?』

 

 倬の記憶から“なんちゃっていんぐりっしゅ”を言っている筈なのに、倬の方が意味を思い出せなかった。

 

『たか、今のは“かたづける”、だぞ! べんきょうになったな!』

 

 その意味を、葉っぱの帽子に触れながら現れた妖精がずばっと教えてくれる。

 

『おぉ、もりくん、有難うございます。あれ、そう言えば、ちゃんとお話するの久しぶりですね』

『さいきんはな! “ねどこ”でいろいろあそんでやってるからな!』

『……きーくんも、な?』

『樹海に帰した子供達と、ですよね。皆元気にしてましたか?』

『またうたききたいってうるさいぞ! そのうち、かおだしてやるといいな!』

『皆様それぞれの“寝床”の掃除もしたいですしね。近いうちに時間作りましょうか』

 

 使徒への警戒を維持して、極力音を立てたりしない様に精霊と妖精のバケツリレーで板を退かしていく。

 

 道を通した先には光が差し込まず、真っ暗だった。倬は技能に“宵目”を持っているので、どんなに暗くても周囲の状況は把握できる。そこから先にも壊れた魔道具等が乱雑に置かれているのが分かった。捨てる前のガラクタを一時置きしたつもりが、そのまま数だけが増えて、手に負えなくなったので視界に入らない様にフタをしたと言う所だろうか。

 

『あー、わたしこういうのほんっと無理。火炎様、全部燃やしちゃってくれる? その方が早いわ』

『風姫、勘弁してくれ』

『神山に勤めてる敬虔な人達が管理しても、うっかりするとこうなっちゃうんですね。ごみは小まめに捨てきゃ駄目なんだって分かりますねぇ。……ん?』

 

 奥へ六メートル程進んだあたりで、思いのほか早く行き止まりに突き当たる。隙間一つ確認できないが、風の流れが淀んでいない。

 

 何か仕掛けがあるのではと、正面の岩壁にそっと触れる。

 

 直後、頭の中を無理矢理に抉じ開けられる感覚に襲われた。

 

(これ……、シュネーさんの大迷宮と同じ……!)

 

 “解放者”の一人、シュネーの大迷宮、【氷雪洞窟】で感じた、“魂を覗きこむ”ものと同質の力によって、倬の知識を読み取られたのである。

 

『………………害はなさそうだ。ただ、あの洞窟の時より無駄がない、気がする』 

『やっぱり神代魔法、ですよね』

 

 壁から手を離すと、正面の壁全体に淡い虹色の光で、七人の解放者の紋章が浮かび上がる。

 

 紋章が並んで描かれた円の中心に、揺らぐ虹色の光によって、文字も浮かび上がってきた。

 

――この世の真実を垣間見し者よ、二つの証をここに示せ――

 

『この紋章に“二つの証”、大迷宮の入り口がこんな所に……』

『文言も樹海で見たものと似ているな。(かたき)の近くに居を構えるのが流行ってるのか?』

『森司様が冗談を言うの、珍しいですね』 

『……僕なりの皮肉だ。こんな所にあるなんて誰も思わないだろ』

『予想がついても、そう簡単にここまで来れませんから。信者や神殿騎士はともかく、“奴の作り物”の目を掻い潜ってここまで来て、その後に脱出しなきゃいけない事を考えれば、少なくとも“二つの証”。つまりは予め神代魔法を二つは入手してる必要も理解できます』

 

 入り口に接近した者の記憶を読み取り、“解放者”達の戦いについて知識を持っていて初めて、この大迷宮に挑戦する為の条件が開示される仕組みのようだ。

 

『ふーむ。大迷宮とやらの厳しさは“奴の作り物”を基準にしとるのかもしれんのぅ』

『あれだけのダンジョンを創れる七人の“解放者”であっても、“奴”にしてやられてしまった訳ですから、“解放者”より強い者を選別する必要があったと言うことでしょう。ほどほどの難易度だと、神代魔法を手に入れた攻略者が、“奴”の手先として量産されかねませんし』

 

 “奴の作り物”に、世間に知られていない大迷宮の入り口。そして、この近くには“光の精霊様”が居るはずなのだ。流石はトータスに名高い【神山】と言ったところだろうか、(さなが)ら、“世界の秘密大展覧会”だな、などと倬は溜息をつく。

 

『たぁ様、幾つか“光の精霊様”が好きそうな場所は見つかったし、少し落ち着きましょー?』

『とは言っても、ここに誰が来るか分かりませんし……』

『……大丈夫だ。兄さん。……とりあえず、人の子は近づけないようにしておいた、から、な?』

『そうよ~、“奴の作り物”のあの子が動いたら直ぐに教えるから~』

『助かります、霧司様、空姫様。それなら、ここから“光の精霊様”の気配を追ってみましょうか』

 

 【神山】の大迷宮入り口前に胡坐をかき、倬は全神経を集中し、精霊の気配を探り始めた。

 

 文字通り光速で移動する気配をたどり、俯瞰したイメージにその軌跡を落とし込む。岩や外壁、大木や女性を象った立像などを、直線的に移動しているのが感じ取れる。

 

 腰の“宝箱”を開きメモ紙を取り出すと、倬はそのまま【神山】と【ハイリヒ王国】を真上から見下ろした大雑把な地図を描く。そして、“光の精霊様”の気配が強く残る場所に印を書き入れていく。

 

 “光の精霊様”の寝相に法則性を見出そうとしているのだ。

 

(ここと、ここ。後は……)

 

 倬が目星をつけている間、精霊様と妖精達は【神山】の大迷宮入り口前を掃除していた。ガラクタを一度土司様の“寝床”に持って行って、塵や埃は風で掃き出していく。もちろん、使徒に悟られないように細心の注意を払ってだ。

 

 退かしていた板を再び重ね直し、元のように洞を区切る。倬以外にこの場所に辿り着ける者が居るとは思えなかった精霊達だったが、“解放者”の意志を汲み取り、完全に隠すことはしなかった。

 

「よし……!」

 

 三時間程が経過して、倬が達成感から声を漏らした。地図を覗き込む宵闇様も、異論はないらしかった。

 

『………………なるほど、割と国に近いところか』

『はい。恐らくこの場所か、その一部が本来的な“寝床”だったんじゃないかと。寝返りした時、かなりの確率でここを経由していますし、ルートの分岐も一番多いですから』

 

 【ハイリヒ王国】を守る最も外側の結界、外壁それ自体が巨大なアーティファクトであるのだが、その外壁に組み込まれた大岩を“光の精霊様”はお気に入りのようだった。

 

『では、ワタクシ達で“光の精霊様”を“きゃっち”すれば良い訳ですね』

『どうしよ、音々、緊張してきた~。捕まえられるかな?』

『オレ達全員でかかるしかないな。寝たままとは言え“光の精霊様”と速さ比べをする事になろうとは思いもよらなかったが、全力を尽くそう』

 

 斯くして、【光の精霊様きゃちんぐおぺれーしょん】がここに発動されたのである。ちなみに作戦名はつっちーによるものだ。

 

 通過予想ポイントを中心に、【ハイリヒ王国】全体を薄く生ぬるい(もや)が覆う。霧司様の力を主軸に、風姫様と空姫様が靄を拡散し、火炎様が空気を熱し陽炎を発生させる事によって“光の精霊様”の動きを少しでも鈍らせようと言うのである。

 

 更に、予想ポイント以外の岩や外壁を土さんとつっちーがマークし、森司様の力を帯びた苔を生やした。これにより、想定外の寝返りを打った時に即座に移動されない様に出来る。

 

 音々様と“音の妖精”ねねちゃんは周囲の音の変化に集中することで、“奴の作り物”の動きに備える。同時に刃様とやっくんも人の気配を探ってくれている。

 

 相手は光速で移動し、普通に待ち構えているだけでは網にもかからない。そこで、相反する属性の持ち主かつ弟である“闇の精霊”宵闇様の“闇の泥”による、速度低下と根本的な力の吸収を実行する。

 

 可能な限り速度を落とした“光の精霊様”の“きゃっち”を担うのが、雷皇様と雪姫様だ。

 

 地上に残る精霊様の中で、光速に対応できるとしたら“雷の精霊”である雷皇様位のもの。その雷皇様による最終的な軌道修正によって、“封印”を得意とする“氷の精霊”雪姫様が創る氷塊の中に誘い込むのだ。

 

 最後に同属性で長く行動を共にしていた“癒しの精霊様”と倬が呼びかけ、“光の精霊様”を眠りから目覚めさせる……以上が、本作戦の概要である。

 

 対策は完璧、“細工は流々、後は仕上げを御覧(ごろう)じろ”、そんな言葉さえ言えるような気がしていた。

 

 だが、倬と精霊達は思い知る。

 

 光速は、それはもう、ものごっつい速いのだと言う事を。

 

『来たでござるっ!』

『もう通り過ぎたわ~』

『姉さ……っ』

 

 来たと思ったら、既に別の場所に居る。

 

 行ったと思ったら、もう元の場所に居る。

 

 五回、六回、十回と挑戦し、日付が変わり、日が昇り、日が落ちて、再び夜が来た。

 

 作戦を変えなくてはならないのではないか、方法がそもそも間違っていたのでは、そんな考えが脳裏によぎる。

 

 しかし、それでも諦めず続けた事が、二百回を超えるトライが、チャンスが引き寄せたのだ。

 

『……! 通った、ぞっ』

『熱気で上手くそっちに軌道が歪んだ、掴んでくれ!』

『………………広がれ』

 

 宵闇様が“闇の泥”で空中に膜を張る。何度も避けられ、何度も貫かれた経験から、闇の多重構造にした泥が、光速を超高速にまで落す。

 

『今なら、オレの方が速い!』

 

 閃光を迸らせ追いかける雷皇様が、遂に“光の精霊様”の腕をつかんだ。超高速が高速にまで抑えられる。

 

『うーん……、うんっ』

『うわっ……ッ。雪姫様、後は頼む!』

 

 しかし、“光の精霊様”は、腕に感じた違和感を光速回転することで振り払ってみせた。寝ぼけていると言うのに、流石の実力だ。

 

『ええっ、ワタクシの本気を見るのです!』

 

 光が飛んでいったその岩に待ち構えていた雪姫様は、その岩ごと氷で包み込む。この氷は並大抵の氷ではない。【氷雪洞窟】で倬が見てきた、鏡のごとき氷を参考に構築されたそれが、“光の精霊様”を内部で反射させ続けることにより、閉じ込めることに成功したのだ。

 

 氷が内側から眩く光り出す。光熱によって、少しずつではあるが、だが、着実に氷の封印は弱められていた。

 

『さぁ、アナタ様、“癒しの精霊様”、お急ぎください』 

『はい! “光の精霊様”! うちだよ! 起きてー!』

『“光の精霊様”、精霊祈祷師、霜中倬と言います。お目覚め下さい。聞いて頂きたいお話があるのです、どうか!』

 

 鏡面を維持できなくなった氷の中に満ちる光が、激しく明滅を始める。所々から光の帯が漏れ始め、その内の一本が倬の真正面に向かって伸びてきた。

 

「がふっ?!?!?」

 

 何の前触れも感じ無かった。“刹那”と表現することすら憚られる程の一瞬、倬の鳩尾(みぞおち)にラグビーボール大の何かが抉り込んだのである。

 

『ふ~、よー寝た。……うん? 人の子?』

 

 仰向けに大の字になって倒れた倬の腹の上に立ち、ぐぐぐっと伸びをする“光の精霊様”。倬に気づき、麗しいすまし顔のまま首を傾げている。どうやら、起こされた自覚は無いらしい。

 

 まず目に着いたのは、背丈の倍はあろうかと言う淡く輝く金色の長髪だ。倬の脇腹に垂れる後ろ髪の毛先から十センチ当たりを太い輪っかでまとめ、前髪は左右にゆったり流して真ん中分けにしている。宝石が埋め込まれた優美なカチューシャ。その中央にぶら下る菱形の宝石が丁度いい具合に額中央で留まっている。

 

 “癒しの精霊様”と同様に古代ギリシャを想起させる服装だが、生地は絹のような光沢がある。両肩でピン止めがされており、別の様式に近いようだった。肩が露出してしまう為か、その上から(つや)やかなストールを羽織っている。

 

 しなやかな動きで腕を組み、左手で顎を撫でる“光の精霊様”は、ゆっくりと周囲を見回す。そして再び先程とは反対側に首を傾げる。

 

『……どこだ。ここは』

『わぁー。“光の精霊様”! お久しぶりです! おはようございます!』

『おぉ……? おぉっ! 久しいな、“優しいコ”よ。元気そうで何よりだ。はて、お前には中央の山々を診て貰っていた気がしたが……』

『えへへ、今でもちゃんと約束守ってるよー。あ、うちね“癒しの精霊”になったの、これからよろしくお願いします!』

『そうかそうか、そいつはめでたいな。……所で“癒しの”、ここが何処か分かるか?』

『どこって、王国だよー? この国が出来たから、ここを“寝床”にしたんでしょー?』

『はて、わらわは山の上で見つけた岩で寝ていたはずなのだがな……』

 

 再度、首を傾げる“光の精霊様”。

 

『………………多分な、人の子にその岩が見つかって、この壁に使われたせい、だと思うぞ』

 

 見るに見かねて、倬の左脇腹の辺りに浮かんで推測を伝える宵闇様。

 

『“闇の”?! 滅多に表に出てこない引きこもりのお前が、あの穴蔵(あなぐら)から出てきたのか!? まさか“奴”に何かされたのか! ひょっとして穴蔵を壊されて……っ。許せん。虚弱体質なわらわの弟を無理矢理外に引っ張り出すなどと、眩しくって縮んでしまったらどうしてくれるのだ! 縮んでないか? 息は出来ているか? 思いの外ぐっすり眠れたからな、調子は良いはずだ。姉たるわらわが魔力をわけてやろう』

 

 弟である宵闇様を見つけて、早口で捲し立てる“光の精霊様”。精霊界の大物の割に、何だか忙しない方らしい。

 

『………………うん。落ち着け、姉さん。それに宵闇は別に虚弱体質じゃないぞ?』

『何を言っている。日に当たると疲れると言っていたではないか! ……ん? “ヨイヤミ”?』

『………………そうだ、宵闇。今の自分の名だ。ちなみに、日に当たると疲れるからって外に出なかったのはミーヤクだぞ。勘違い、だな』

『新たな名、だと? お前との契約を成功させる者が新たに現れたと? お前の闇を受け入れられる者が? にわかには信じられんな』

『うちもびっくりしたけど、ほんとなんだよー! ほら、足元の男の子! この子!』

 

 ここまでやり取りして、“光の精霊様”は(ようや)く倬の顔をちゃんと見てくれた。

 

 地面に倒れたままではあるものの、真面目な顔で挨拶をする。

 

『異世界の国、日本より召喚され、“大地の精霊様”の見守る“祈祷師の里”での修行を経て、“精霊祈祷師”となりました霜中倬と申します。こうやって直接お目にかかれた事、心から嬉しく思います、“光の精霊様”』

 

 周囲の精霊達に気付き、驚きを隠せないらしい美しい精霊様は、一瞬だけバツの悪そうな顔をした。

 

『……コホン。どうやら、わらわとしたことがつい眠り過ぎたようだな。異界からの訪問者、“精霊祈祷師”霜中倬。わらわに話があるのだな。よい、話を聞いてやろう』

 

 倬の意志を一目で見抜いた“光の精霊様”は、咳払いの後、威厳たっぷりにそう言い放った。

 

 しかし、そこに冷静なつっこみが入る。

 

『まず、いい加減、倬の上からどきなさいよ。話しにくいでしょう』

『おぉっと、”風の”か。いやな、退くきっかけが思いつかなくてな? けっして足蹴にしたいわけでは無いのだぞ?』

『いい訳はいいから。ほら、ここじゃ人の子の住処も近くて何だし、山の中行くわよ“光の精霊様”』

『あの……、わらわの威厳……』

『大物感出したいなら好きにすればいいとは思うけど、どうせすぐボロが出るわよ』

『“風の”は変わらんなぁ、本当に。……もう少し気を使ってくれてもいいんだぞ?』

 

 

 落ち着いて話が出来そうなところ、と言う事で【神山】の大迷宮入り口前に移動した。

 

 光が差し込まない洞の奥でありながら、“光の精霊様”が居る事で、柔らかな明かりによって周囲が照らされていた。

 

『いやはや、それほどの時が経っていたとはな。恥ずかしい限りだ』

『オレと似た状況だったのであれば、あれは起き難いから、仕方ないと思ってしまうな』

 

 “光の精霊様”は【ハイリヒ王国】建国時、【神山】の上の方で大岩を見つけて“寝床”としたそうだ。熟睡している間に大量の魔力、それも光属性の魔法と相性が良い神秘が宿る岩だとして“寝床”が国を覆う結界のアーティファクトに利用されてしまったのだ。

 

 雷皇様の寝ていた岩が魔人族に研究されていた時と同様、結界のアーティファクトの維持に魔力を吸われるのが心地よかった事もあり、眠り続けてしまったようである。

 

『加えて、俺がやられたあの異変だ。この山中心に魔素が減少したのも眠りを深めてしまったのだろうな』 

 

 火炎様が力を回復できなかった原因である、異世界召喚の大魔法。これによる魔素の減少を補うべく、“光の精霊様”は無意識に魔力を外に放出していたのだ。意図して行ったわけでは無いため、王国でのアーティファクトの不具合を回避するのが精一杯だったらしい。

 

『それにしても、これほどの精霊が一堂に会する機会が再びあろうとはな。その上、契約者はたった一人とは。その異様な魔力、大方、“大地の”の思い付きが元凶だろう』

『“元凶”とは酷いのぅ。瞑想状態の維持に至ることが出来たのは、儂と儂の山の子供達が研鑽を重ねてきた結果だぞ?』

『“大地の”はいつも妙な事を思い付くからな。“幼精”もそうだったな』

 

 “妖精”が土司様の思い付き。この言葉を、妖精といつも一緒に居る倬はイマイチ飲み込めなかった。

 

『土さん、どういう事か教えて貰えますか?』

『うむ、精霊である儂らでも、子のような何かを産み出せないものかと最初に考えたのが儂なのだ』

『そう、こやつめはいつも突拍子も無いことを言い出しおる』

『………………宵闇が相談されて、な。一緒に考えたのが、力を切り分けて生み出す“妖精”だった』

『いつの間にやら、皆に真似されとったのぅ』

 

 つまり、子供を産み、育てると言う人の子の営みを“幼精”と言う形で疑似体験しようとしたのが始まりだったのである。人の子、あるいは生き物の在り方に憧れる感覚は、肉体を持たない精霊特有のものなのだろう。

 

『つっちー達だけ土さん自身と姿があまり似てないのは、最初の“幼精”だったからなんですね』

『『『つっちー! “おりじん”! “おりじーん”!』』』 

 

 話題に上ったとはしゃぐつっちー達をつんつんしながら、雪姫様が前髪で隠れた方の瞳を“光の精霊様”に向ける。

 

『その“幼精”に逃げられたとお聞きしましたが、何があったのですか?』

『いつぞやの“とりこみ”封印以来だな“氷の”、直截な物言いは相変わらずか。いやな、長雨が続く土地が多かった時期に、わらわだけではどうにも手が回らんと“幼精”の一人に力を与えて仕事を任せたのだが……』

『成程、うっかり力を与えすぎて言う事を聞かなくなったのですね。“光の精霊様”らしいお話です』

『う、うむ。その通りなのだが、言い方……』

 

 事の顛末を“らしい”で済まされてしまった“光の精霊様”がしょぼんとしてしまった。どうにも女の子の精霊様達からは雑な扱いを受けている様子だ。

 

『ゴホン、ゴホン! な、何はともあれ、霜中倬よ。お主の力は既に人としては十分なまでに高まっておろう。“癒しの”と契約すれば、光の加護を得て、その治癒力は最大限に引き上がるのは疑いない。その上でわらわと契約を望むのが如何なる事か、分かっておろうな?』

 

 咳ばらいをして気を取り直し、“光の精霊様”は倬に水を向ける。

 

『はい。覚悟の上です』

『はぁ……。“大地の”、いや、今は土司だったな。土司とお前はよく似ておる。全ての行動が、たった一人を想っての事、か』

『…………私の場合、その“たった一人”は己自身に他なりません』

 

 真っすぐに視線を合わせ続ける倬と、“光の精霊様”。

 

 “光の精霊様”はふわりと浮かび、倬の頬に、その小さな手をそっと添える。その黄金色に輝く濡れた瞳には、懐かしさと、寂しさが同居していた。

 

『お前もまた、()()()()()にしてしまうのだな。契約者……、特に祈祷師と言うものは大抵そう言う人間だった。まぁ、よかろう。お前の願いにわらわが力を貸すか否か、その全ては契約を成功させてからだ』

『では、“精霊契約”をしていただけるのですか?』

 

 前のめりになろうとする倬を片手で制して、“光の精霊様”は一メートル程離れた空中に浮かぶ。

 

『試すくらいはよかろう。……“癒しの”と共に契約を行うのは賢い選択だが、どちらにせよ、辛いぞ?』

『うん、うちもやっぱり心配になってきた、かな』

 

 “光の精霊様”の背中でストールを掴んで、“癒しの精霊様”が躊躇いがちに顔を覗かせる。

 

 一度、心配していくれている事に感謝を込めて微笑んでから、倬は背筋を伸ばす。

 

『契約の儀に挑む許可を頂けるのであれば、私がそれを受けない理由はありません。どうか、お願いします』

 

 目を潤ませる“癒しの精霊様”の頭を優しく撫でてから、“光の精霊様”は何も言わず、水を掬い上げるような仕草で両手を重ねる。その手の中から、雷とは違う鋭い閃光が零れ始める。

 

 まだ薄暗さの残っていた洞に、眩い光が満ちる。

 

 突き刺すような鋭さがありながら、同時に温かさを湛える光に(いざな)われるように、“癒しの精霊様”は、ぎゅっと握った拳を反対の手で包んで、自分の胸元に添える。

 

 “癒しの精霊様”の周囲に、大きくてコロコロした綿のような光が、ぽっ、ぽっと現れ浮遊し始めた。

 

『わらわの弟、“闇の精霊”と契約を成功させたお前に、力の証を示せなどとは言うまい。故に、食饌(しょくせん)の交換など要らぬ』

『あのね、うち……己が何者なのか、それを教えてくれた貴方に、“癒しの精霊”もまた、食饌の交換を求めません。えっと……、連続とも違う、完全同時に精霊二人と契約を結ぶのは、本来ならばあり得ない事です。“力の受領”は苦しいものになると思います。それでも、貴方が苦しみを耐え抜けると、うちは信じます!』

『わらわ達の力、見事受け入れてみせよ』

 

 “癒しの精霊様”から渡される淡く光る五つの丸い綿。

 

 “光の精霊様”が倬の手に送るのは、眼を貫かんばかりに光る粒子。

 

 今回の契約が、これからの旅を続ける為に最も重要になる直感が、倬にはあった。

 

 両掌(りょうてのひら)に乗っている力の大きさに、気後れしている暇などない。

 

 願いを形にする為の“精霊契約”に今、倬は挑む。 

 




今回のタイトル元は《和光同塵》( 光を(やわ)らげ塵に同ず)でした。
 
次回投稿予定は6/9。
次回が第二章最終回になりますので、お付き合いいただけると嬉しいです。
 
では、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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