すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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今回もどうぞよろしくお願いします。


(えん)は異なもの、味なもの、それが例えば苦くとも

 “悠刻の錫杖”の先端と終わりに大きな(かめ)を二つ、縄で括りつけて肩に担ぐ。この甕一つだけでもかなりの重さの筈だが、今の倬のステータスなら強化魔法無しでも余裕で運ぶことが出来る。

 

(今更だけど、日本に居た頃の自分がこんな持ち方したら、肩壊れてるな。魔力の影響、凄過ぎない? 地球、“上位世界”らしいけど、魔力の影響を受けて、魔法としての運用が可能な分、個人が発揮出来る力はトータスの方が上……。んー……、何をもって“上位”、”下位”なんだろうなぁ)

 

 湧き上がる疑問に対して予想を立てながら、地面に置いていた風呂敷包みも二つ――この中には薬や軽い素材をまとめてある――両手に掴み、森の中から昨日と同じ“露店街道”の端へ向かう。

 

 いつもなら心地の良い穏やかな賑わいに満ちている筈の街道は、奇妙な静けさと、緊張感が漂っていた。

 

 何事かと耳を澄ませば、ドスっと鈍い音に続いて、男の呻き声とテファの声が聞こえた。

 

「うがぁっ……」

「あ。突然腕を掴んできたから、ビックリして殴っちゃった。謝んないけど」

 

 様子を確認できる位置に移動すると、テファがスキンヘッドの男の腹を殴りつけて黙らせたのだと理解できた。どうやら、今日も倬を手伝うつもりで来たテファとエアリルは、待っている間に男達に絡まれてしまったらしい。

 

 地面に両膝をついて悶絶している男の仲間達がテファに近寄る。倬が同じ種類の気配を探れば、相手の男達は殴られた男も含めて八人組であることが判明する。全員が黒を基調にした揃いの身軽そうな鎧――所属する国が特定できるような紋章等は無い――を身に着けている事から、何処かの傭兵であることが予想できた。

 

「やれやれ、気の強い女だ、と。俺はお前じゃなくてそっちの女に話があるんだが、と」

 

 独特な語尾をつけて話す赤髪の男が、エアリルに目線を送る。エアリルは何も言わないまま、不快感を露わに男を睨み返すだけだ。

 

「ルノさん、総業のヤツらに追っかけられるのは面倒っす。とっとと連れてっちゃいましょうっす」

「ウツジ、俺はただ話がしたいだけだ。だせぇ真似しねぇで穏便にな、と」

「うっす、ルノさん、今日はそう言う感じっすか。了解っす」

 

 如何にも三下っぽいウツジの言葉から、普段はもっと強引な“ナンパ”を行っているらしい事が伺える。“露店街道”を取り仕切るアリナミ総業を警戒して、可能な限り穏便に事を済ませたいのだろう。

 

 今の状況を長引かせれば、彼らは“だせぇ真似”を実行しかねない。テファもエアリルも冒険者で相応の実力を持っているし、周囲の露店商達もいざとなれば力を貸してくれるかもしれないが、武装した八人組の傭兵が相手と言うのは、如何せん分が悪かった。

 

(どうしましょうかね……)

『主殿、拙者が全員峰打ちで沈めてしまってもよいでござるよ?』

『……霧の中に惑わせる、何てこともあり。……だよな、兄さん』

『実力行使してもいいんですが……、出来れば“穏便にな、と”』

 

 刃様と霧司様の提案を聞きながら、倬は考える。八人全員を殴り飛ばしたり、魔法で黙らせても正直構わないのだが、自分の力を誇示したくて旅しているわけではないのだ、後々に角が立つ事はしたくない。この近辺を中心に、冒険者として活動しているテファとエアリル達の妨げになるのも避けたかった。

 

 両手に持った風呂敷包みを見て、可能な限り“穏便に”この場を治める方法を思いついた。

 

『……“薬売り霜中君”が病気に詳しいのって、自然ですよね?』

『“薬売り”はそれなりの知識が無いといけないからな、僕は自然だと思うぞ』

『よし。その設定で行きます』

 

 森司様が肯定してくれた事で、“薬売り霜中君”は下準備に“闇纏”を発動させたまま、赤髪の傭兵ルノに闇魔法をかける。

 

――我、この身に潜みし闇をもって、我が言葉(ことのは)が彼の心身に影を落さんと、祈る者なり、“催言(さいげん)”――

 

 “闇纏”を解除して、肩の錫杖を軽く揺らす。シャンっと軽やかに輪っか同士のぶつかる音が街道に響く。

 

 トータスで一般的な錫杖は、先端に金属の円盤をぶら下げている為、倬の錫杖にぶら下っている円環とは音がかなり異なる。その聞きなれない音に、周囲の視線が倬に集まった。

 

 傭兵達も、近づいてくる倬を訝し気に見る。

 

 ゆっくりと歩いて茣蓙(ござ)の上に風呂敷包みと甕を二つずつ降ろす倬は、テファとエアリルに目を合わせて笑顔を見せる。

 

「おはようございます、テファさん、エアリルさん。今日もよろしくお願いします」

「お、おはよう霜中君」

「えっと、その、今日も来ちゃいましたけど……」

「ええ、昨日の事を踏まえて商品を沢山用意したので、正直助かります」

 

 傭兵達が眼中に入っていないような態度に面食らってしまった二人だったが、倬がそう来るのならと、クスクス笑い合いながら風呂敷を広げて陳列を手伝い始める。

 

 まるっきり無視された形になってしまった傭兵達は、怒気を漲らせて倬の露店を囲む。ヘルメットに近いシンプルなレザーヘルムを被る一人が前に出て、睨みつけてきた。

 

「おいおいおい、ちょっと話そうとしただけのドルーさん殴っといてそりゃないだろうがよー。おい、眼鏡ヤロー、こっち向きやがれっ」

 

 テファに殴られたスキンヘッドはドルーと言う名前らしい。ちょっと話そうとして女性の腕を掴むのは行儀が悪すぎる気がした倬だが、きっちり殴られているので、そこは言わない事にする。

 

「申し訳ありません、お客様、少し開店準備に手間取っておりまして……。準備が終わり次第、お話を伺うと言う事で構いませんでしょうか?」

「客じゃねぇっ! こんなちんけな店くらい、お前一人で十分だろ? そこの女二人に用事があんだ、今日は休みにしてやれって。ルノさんが“天国”見せてやるってんだからよー」

「おいミハット、あんまり大声でそんなこと言うなって。声かけて貰えなかった他の女が二人に嫉妬しちまうだろ?」

「いやいや、ヒッズ、そこは俺らが優しくフォローしてやれば……、な?」

 

 何とも下劣な話を聞かされて、倬は頭を抱えたくなるのを必死で耐える。何よりも倬にとって疑問なのは、彼らの自信満々な態度の根拠が、一体何に由来するものなのかだった。

 

(どこからその自信が湧いてくるんだろう……。どうしよう、この人ら、無性にぶっ飛ばしたい……)

『倬、わたしが許可するわ。こんな女の敵なんて吹き飛ばしてやりなさい』

『そうねぇ~。私もムカ~ってなっちゃったもの~』

『風姫様、空姫様、お心はよく分かりましたが、どうかお静まりくださいな』

 

 唾をペッと吐き出しそうな勢いの苛立ちが伝わってくるが、ここは任せて下さいと意志を伝える。

 

 一度、エアリルとテファの方に振り向き、作業についての指示を出す。

 

「甕は重いのでそのままにしておいて下さい。薬のまとめ方はお任せしますね」

「伊達に“拳士”やってるわけじゃないから、これくらいの重さ平気だけど……、そう言う事ならそのままにしておくね」

 

 テファの返事に頷き返してから、倬は二人だけに聞こえる極々小さな声で囁く。

 

「あと、これからちょっと別の仕事をしますので、気にしないで下さい。…………__“彩変(さいへん)”」

「え、霜中君……? 今のは……?」

 

 言葉の終わりに呟かれたのが、聞いたことの無い魔法名だと察したエアリルは、再び傭兵達に正面を向ける倬の背中を視線で追う。

 

「二人には今日までのお手伝いをお願いしておりまして、申し訳ありませんが、日を改めて頂けると助かるのですが……」

 

 それはもう丁寧に、腰を低くして、誠意を込めて、今日二人に休みを出せないと告げる。

 

 その態度を弱腰だと受け取った傭兵達は、倬を押し切ろうと更に詰め寄ってくる。

 

 限界まで倬に顔を近づけて“メンチ”を切ってくる、傭兵の中心人物たる赤髪ルノ。

 

「お前にも、お前の店にも、用はねぇんだ、と。売りもん駄目にしたくねぇなら、失せやがれ、と」

「いやぁ~、そう言われましても“、と”……と、と、とととおぉぉっ!?」

 

 先程から怯む様子の無かった倬が突然大声を上げた事に、他の傭兵達も、見守っていた露店商達もビクッとしてしまう。

 

「うわっ! テメェ、何だ急に、唾飛ばしてんじゃねぇっ!」

 

 文句を言いながら袖で顔を拭うルノだったが、今度はがばっと倬から詰め寄られて反対に怯んでしまった。

 

「なっ、なんだよっ」

「あなたっ、ルノさんって言いましたねっ!? 身体は何ともないんですかっ!? “息苦しい”とか、“悪寒がある”とか、“頭が重い”とか、“酷い耳鳴りがある”とか、そういう症状はありませんかっ!?」

「ああんっ!? なんだテメェ、急に……、って、あ、あれ、言われてみれば、なんか息苦しいような、寒気も……、キーンって喧しい音が頭ん中で響いて……」

 

 倬に指摘され、体調の異変に気付いたルノが頭を押さえてふらつき始める。

 

 勿論、これは先程使用した闇系魔法“催言”によるものだ。“催言”は祈祷師用の魔法の中でも追加詠唱に特徴があるもので、体調に関する言葉や“喜怒哀楽”と言った気分などを表す語句を意識して言う事で、その通りの感覚を強烈に思い込ませる事が可能になる。

 

 実は、昨日の騒ぎの原因になった惚れ薬にも、この魔法の要素が含まれていたりする。

 

「ああぁっ、やっぱりだっ! 見てください、あなたのモミアゲの先を! 他は綺麗な赤髪なのに、ここだけ青くなっているでしょう!?」

「うわっ、マジだっ! なんだこれ、とぉっ!?」

 

 赤髪から青髪への変色は、変成魔法“彩変”の効果である。

 

 シュネー雪原で捕らえた魔物を相手に、色々と試している内に見つけた、変成魔法の“外見的特徴の調整要素”。この調整要素の中から、色の調整要素だけを抜き取った“彩変”は、体毛の色や肌色の濃さと言った体色をある程度調節できるのだ。原色のような元の色から遠い、極端な色にしようとすればするほど必要な魔力量が増える事も判明している。

 

 もしかして魔物以外にも使えるのでは、と魔物以外の獣で実験を成功させた後、魔法式で色を指定せず、魔力量の調節だけで自分の髪でも実験してみたら、腰にぶら下げた“宝箱”と同じショッキングピンクになってしまった。それはもう似合わなくて倬は大慌てで黒髪に戻した。

 

「大変だ……。どうしよう、どうしたら……。くそぅ、こんな時にお師匠様がいれば……っ」

 

 ルノの体調を捲し立てるように聞き出した後、狼狽え始めた倬と、指摘された通りの症状を訴えるルノを見て、傭兵達もまた慌てだした。

 

 何事なのかと必死に問うのはヒッズだ。

 

「お、おいっ、お前、ルノさん、なんかの病気なのかっ」

 

 問いに答える倬の態度は、真剣そのもの。躊躇ったかのような、少しの“タメ”に続いて病名を宣告する。

 

「ええ、これは間違いありません。世にも恐ろしい奇病……“ヤマイワキッカラ”病です」

「“ヤマイワ”……ッ!」

「“キッカラ”病……ッ!?」

 

 聞きなれない音の並びを復唱して、傭兵達は激しく動揺してしまう。凄く大変そうな病名に聞こえたらしい。

 

 ウツジが倬の肩を掴んできた。

 

「それは、どういう病気なんすかっ」

「症状は人によって様々だと言われます……。ただ一点共通するのは、病が進行するほどに、髪の色が極めて原色に近い青色に変わっていくと言う事。それも、ハッキリと色の変化が始まってからの病状の進行は速く、全ての髪が青くなった後、あらゆる症状に苦しみながら二十時間以内に死に至るのですっ」

「「「「「「「な、なんだってー!」」」」」」」

 

 “ピシャーン”っと、雷に打たれたような戦慄の表情になる傭兵達。

 

「お前、薬売ってんだろ、何とか出来ないのかっ」 

「ま、待て、こんな奴よりも他の“治癒師”に治療してもらった方がっ」

 

 体調不良が悪化したのか、地面に膝をついたルノに肩を貸そうとするヒッズとミハット。その二人を動きを、地面に視線を落とし、悔しさに歯ぎしりでも始めそうな雰囲気で、倬は否定する。

 

「駄目なんです……っ! 治癒魔法だけでは!」

「な、なんでだっ」

「“ヤマイワキッカラ”病は、いくつもの病が非常に複雑な形で同時に発症したものだと言われているのです。如何に優れた“治癒師”でも、病の進行を遅らせるのが精一杯なんです」

 

 傭兵達が、息苦しさと悪寒と頭の重さと耳鳴りに苛まれるルノを見て、泣き出しそうになる。“治癒師”で治せないのなら、どうしろと言うのか。そんな気持ちを込めて倬を睨んでしまう。

 

 誰も彼もが身動き出来ず、立ち尽くしていた所に、今の今まで地面に蹲っていたスキンヘッドのドルーが、地面に落ちていた丸いサングラスをかけ直して、膝立ちになって頭を下げる。

 

「……お前ら、俺を忘れて踏むな。……なぁ、お前よ、そんなに詳しいなら、治し方も知ってんじゃねぇのか。頼む、ルノさんを助けてくれ。この通りだ」

 

 「あのドルーさんが頭を下げるなんて……っ」と今まで黙っていた傭兵の一人が驚く。その傭兵は、ドルーにならって倬に頭を下げる。これにルノ以外の傭兵達も続いた。

 

 それに対する倬は、悔しさを滲ませるように唇を噛んでいた。当然、演技だ。

 

「この病に有効だと明らかなのは、万能の霊薬である神水くらいなんですよ……」

「そんな……ッ」

 

 【神水】なんて手に入るわけが無いと、絶句するミハット。

 

「あと可能性があるとしたら、この辺りで噂になっている“癒しの泉”……」

「それはどこにあるんだ!」

 

 直ぐにでも駆け出そうと脚に力を込める傭兵達が叫ぶ。

 

 その行動に、倬はかぶりを振って傭兵達を止める。

 

「私はっ! ……私は、明日から探すつもりだったのですっ。私が知っているのは、四つの山の何処かにあると言う事まで。今から探したのではとても間に合わない」

 

 さも、もっと早く“癒しの泉”について調査していれば、と言わんばかりの態度だが、仮に泉の在り処を知っていても、倬は彼らに教えるつもりは無い。

 

 そも、そんな必要は無いのだから。

 

「さっき具合悪くなったばっかりなんだぞ! 髪が全部青くなるまでに見つければっ」

「……気づきませんか? もう、ルノさんの髪の半分が青くなってしまっている事に」

「う、ウソだろ。さっきまでは毛先だけだったのに……」

 

 ルノの髪が赤と青のツートンカラーになってしまったことに、ヒッズが言葉を失う。

 

 “彩変”での髪色の変化にかかる速度は、魔法式で指定可能なのだ。じっくり変化させた方が、何となく発色が鮮やかになる。

 

 その事実を知っていながら、倬は尤もらしく原因(ウソ)を語る。

 

「“ヤマイワキッカラ”病の恐ろしい所は、潜伏期間にバラつきが多い事なのです。発症するまでの潜伏期間が長ければ長いほど、病状の進行速度は等比級数的に加速していきます。ルノさんの場合は、おそらく子供の頃には、もう……」

「と、トウヒキュウ……? よくわかんぇけどヤバいんすよねぇっ! 他に、他に方法は無いんすかぁ……」

 

 ウツジは項垂れながらも、倬に他の手立てを求める。

 

「…………一つだけ、あるにはあります」

「な、ならそれをっ!」

「その薬は、効果を絶対に保証できる代物ではありません。その上、副作用もあるのです。とても貴重な素材が必要で、それらは簡単に手に入るものでは……」

「……それでもよ、神水より貴重ってこたぁねぇんじゃねぇのか?」

 

 少しでも可能性があるのならと、ドルーが渋い声で詳細を促す。彼のスキンヘッドが日光を跳ね返していた。

 

 眩しいと目を細める倬は、“宝箱”から幾つかの素材を取り出して並べる。

 

「私が持ち合わせている素材は、特別な木の皮と根、そして高純度の魔石。これだけでも仕入れ値で二十万ルタは下らない。……かもしれません」

「に、二十万……!?」

 

 素材だけで二十万ルタと聞かされ、ミハットが愕然としてしまう。

 

 魔石に関してはハルツェナ樹海の魔物のモノなので、世間一般からすれば、それなりに珍しいのは本当だ。木の皮と根っこの方は、祈祷師用魔法陣に使用するインクの素材だが、この世界では珍しくもなんともない。

 

「まだ……、足りねぇんだな?」

 

 素直に倬の言葉を受け入れる傭兵達の中で、最も落ち着いた声を維持しているドルーが尋ねる。

 

「ここからが問題です。静因石にイドンの実やエリローの葉、そして天日に干したシイドダケ……、特に干したシイドダケは本当に珍しいので、手に入るかどうか……」

 

 静因石は主にグリューエン大火山で採掘される鉱石である。魔力を吸収して、失活させると言う特徴を持ち、これは確かに珍しい。“寺”での“山駆け”で倬が飲んだ秘薬の材料でもある。

 

 ただ、他のものは凄く珍しいモノでもない。強いて言えば、シイドダケはそのままソテーにして食べても美味しいため、わざわざ天日干しにする者は極めて少ないと言うだけだ。

 

 聞き耳を立てて商品の陳列を続けていたテファとエアリルは、“干したシイドダケ”と言うワードで事態を把握できたらしく、プルプル震えていた。必死に笑いをこらえているようだ。

 

「ここは“露店街道”なんだろ、金を積んでルノさんが助かるってんなら、素材を集めるしかねぇ……。薬作りは任せていいんだな?」

「ええ、緊急事態です。調薬の代金は要りません」

「宜しく頼む」

 

 そうして、傭兵達は声を張り上げて素材を持っている者はいないかと、露店商達に呼びかけ始めた。

 

 そこに、一人の(おとこ)が人混みをかき分けて颯爽と現れる。

 

「話は聞かせて貰った! ……コイツが要るんだろ? 持って行けよ」

 

 漢は、すっと少量の干したキノコが入った小さな籠を差し出した。

 

 その人物が何者なのか、それを傭兵達にも理解させるため、倬は説明口調になって驚いてみせる。

 

「あ、あなたは、“露店街道”名物・“ダンプタンスープ”を売る屋台の店主、サラニさん!? こんな貴重な物を何故……! ……はっ! まさか、あのスープには干したシイドダケを使っていたんですかっ。道理で美味しい訳だ……」

「嬉し事を言ってくれやがる。秘伝の隠し味だが、構わねぇさ、人の命には代えられねぇ……」

 

 事情を察して、倬の狂言に乗っかってくれている。なんてノリのいい店主だろうか。

 

 サラニから受け取った籠に、横から乾燥した葉と小瓶に入った実が追加される。

 

 追加してくれたのは、頭にターバンに似た帽子をかぶる露店商の男だ。

 

「コイツらも、要るんだろう?」

 

 実は彼、倬がカレーに近い料理“ニルシッシル”のスパイスを買った露店の主である。イドンの実とエリローの葉は“ニルシッシル”に使われる香辛料の原料なのだ。

 

「静因石よね、これで足りるかしら」

 

 “薬師”の女性も現れて、小石サイズの静因石を譲ってくれた。その女性“薬師”はウインクとスマイルまで添えてくれる。

 

 傭兵達は手持ちの金を出し合い、深く感謝しながら、香辛料と静因石のお代を支払った。

 

 スキンヘッドのドルーが籠の中身を確かめる。

 

「材料は、これでいいんだよな?」

「ええ、流石は“露店街道”。フューレンですら集まるかどうか分からない素材が、こんなにも速く集まるなんて……。ルノさんは、仲間にも、運にも恵まれているのかもしれませんね。では、今から調薬を行います」 

 

 魔法で薬研(やげん)を創り出して、倬は素材を砕き始める。

 

「霜中君、私達に出来ることはありませんか?」

 

 真剣な表情で訊いてきたのはエアリルだった。何か考えがある様子だ。

 

「……そうですね。では、エアリルさん、調薬が終わるまでの間、ルノさんに鎮静作用のある魔法をお願いしてもいいですか?」

「はい」

 

 蹲ったままの、既に頭髪の三分の一が青くなっていたルノの隣にしゃがんで、エアリルは呪文を唱える。

 

「あ、あんた、俺の為に……?」

「勘違いしないで下さい。私は“治癒師”で、霜中君のお手伝いをしたいだけです。()()()()、あなた本人に、何の興味もありません」

「“今の私”、か……。惜しい女に振られちまったぜ、と」

「はいはい」

「……つれねぇなぁ、と」

 

 その様子を横目で眺めるテファは、倬の指示で甕からドリンクを一杯分コップに注いで、少しずつ薬研に流していく。

 

「どうしよっかなぁ……」

「テファさん?」

「おっと、何でもない。……しっかし、コレ、効き目は置いといて、味の想像が全くつかないんだけど、飲めるモノ?」

「知ってますかテファさん、人間、その気になれば溶岩だって飲めるんですよ?」

「霜中君、それはないよ」

 

 そうこうして出来上がった飲み薬を、ドルーに渡す。

 

 薬の液面が揺れると、高濃度のスパイスが周囲の人間の鼻をツンと刺激した。ライムに似た柑橘系の香りの中に、不自然なまでの甘い匂いと、何かを焦がした時の臭気が混ざる。

 

 あまりの匂いに、遠巻きにこちらの様子を伺っていた人達との距離が広がっていた。

 

「ルノさん、ひでぇ匂いだが、飲んで下さい」

「わ、分かってる。……命には代えられねぇからな、と」

 

 一気に飲み干そうとするルノだが、あまりの不味さに何度も咽て、吐き戻しそうになってしまう。

 

 口に含んだ瞬間の酸っぱさに続いて、むな焼けするほどの甘ったるさがルノの口を支配する。口から鼻に抜ける異様なまでに爽やかでスパイシーな香りが、味覚を狂わせる。狂わされた舌に残るのは、張り付くような苦味と渋味、そして、粉砕しきれなかった素材のジャリジャリした砂のような食感だけだ。

 

 こんな苦しい思いをする位なら、いっそ死んだ方がマシじゃないのか。そんな風に感じてしまう程に不味かったが、ルノは確かに全てを飲み切った。

 

 仲間達の想いに、この場に居合わせただけだった商人達の人情に報いる、そのために。

 

――__“彩変”。……“我が言葉(ことのは)(かげ)(いん)に帰らん”―― 

 

 ほんの一瞬の“闇纏”。気配を消して、倬はルノを元の状態に戻す為の詠唱を行う。体調不良はものの数秒で治まるが、殆ど青くなってしまった髪の色が戻るには、もうしばらくかかりそうだ。

 

「御加減はいかがですか?」

「すげぇ……、あんなに酷かった耳鳴りが嘘みてぇに消えやがった。もう、寒気だってどっかにとんでっちまった」

 

 自身の体中を触って復調した事を確かめるルノは、感動に打ち震えている様子だ。余程、催眠中の症状が辛かったのだろう。

 

 心配そうに見守っていた仲間達に気付き、拳を突き出して、ルノはニッと口角を上げて、白い歯覗かせた。

 

 傭兵の仲間達がルノに駆け寄り、よかったよかったと泣きだす。

 

「ルノさぁん!」

「これで、ルノさんはもう治ったんだよな!?」

「症状が治まったのが、薬が効いた証拠です。髪の色も明日の昼頃までには戻っている事でしょう」

 

 倬の言葉を聞いて安堵の溜息をついたドルーが、躊躇いがちに口を動かす。

 

「すまねぇ。さっきの葉っぱと石で、全員合わせても十万を切っちまった。お前さんの素材と、キノコの分なんだが……」

 

 礼をするどころか、対価の支払いもままならないと悔しさを滲ませる。

 

 顎を撫でるサラニは渋い顔していた。

 

「そいつは困った、俺達も商売だからよ」

「あ、ああ、分かってる……っ」

 

 ドルーの肩に、サラニの手が置かれる。

 

「だから、お前さんら、ウチの屋台で飯を食ってけ。まさか飯代も払えねぇってこたぁねぇだろ?」

「それ位なら、もちろん平気だが……」

「うっし、コッチは決まりだな。霜中の方はどうよ」

「そうですね……。じゃあ、これから一日、傭兵さん達を雇うとしましょうか。傭兵さん八人で一日二十万ルタの契約で問題ありませんか? 何か必要な条件があれば聞きますが」

「そんな……っ」

「とりあえず葉っぱの折り方教えますので、コップ作りから。その後は、他の露店の皆さんに“お騒がせしました”と栄養ドリンクを配ってもらいます。それからは適宜指示を出すかたちで。どうでしょう?」

 

 倬の提案を聞いたルノは考え込むように瞑目した後、すくっと立ち上がった。

 

 赤と青の髪を手櫛で整えて、右手の拳を自分の胸の中央に当てる。トータスにおいて、傭兵が依頼主にその身命を賭けることを誓う意味を持つ、そんな敬礼である。

 

 これに他の七人もルノを先頭に、二人、三人、二人と言う小さな隊列を形成し、敬礼を行う。

 

「傭兵団“ダークズ”、そのご依頼、謹んでお引き受けさせて頂きます。露店とお嬢様方の警護もお任せ下さい」

 

 “調子がいい”と言えばその通りの態度かもしれない。だが、これもまた、彼らの生き方なのだろう。

 

 

 

 傭兵団“ダークズ”の八人を加え無事に開店した二日目は、先程のやり取りと、“元気が出る薬”の影響も合わせて大盛況だった。

 

 一日目で要領を掴んだテファとエアリルは、客をどんどん“さばい”ていった。傭兵達が後ろに構えていた為、セクハラ対策や質の悪い客を追い払えたのも、回転率を上げるのに一役買ったようだ。

 

 午後にはラフィとバレツ、そしてクラストも様子を見にきてくれた。八人の黒い鎧を纏った傭兵達が葉っぱを折ったり、果物をつぶしてドリンク作りをしていると言う異様な光景にあっけにとられながらも、三人は風邪薬を買って、売り上げに貢献してくれた。

 

 結果、“露店街道”での二日間の売り上げは、五十万ルタを超える大成功だ。

 

 他の露店よりもやや早い時間に撤収する事になり、エアリルとテファが茣蓙を丸めてくれている。傭兵達は甕を洗いに行っているので、今は三人だけだ。

 

「……明日、旅に戻っちゃうんですか?」

 

 茣蓙を受け取り、歩き出そうとする倬に、しゃがんで背中を向けたままのエアリルが聞いた。その声音は少し硬い。

 

「もともと二日だけの予定でしたし、山を調べた後、旅に戻るつもりです」

「そっか。……霜中君、王国とか帝国の近くで何か困ったことがあったら、私の名前出して“イバート”に頼っていいからね。これはその証明」

 

 立ち上がり、テファが腰のポーチから出した封筒には、イバート家の印璽(いんじ)で封がされていた。手触りで、封筒に使われている紙が最高級のモノであることが予想できる。

 

「これ……」

「受け取ってよ。せめてものお礼と……餞別」

 

 しゃがんだままその話を聞いていたエアリルも、「よしっ」と気合を入れてから立つと、倬に振り返り、胸元から万年筆に似たペンを取り出す。力強く倬の手をとり、その掌にそっとペンを置いた。

 

「なら、私はこれを」

「えっと……」

「家で商売事に使っている特別なペンです。知っている人ならペンそのものを見たり、書かれた文字を見れば、それだけでスゲインの関係者だって気づくと思いますよ?」

「かなり貴重な物なのでは……?」

「予備にもう一本あるので遠慮なんかしないで、貰って下さい。インクの()を無段階に調節出来るので、大きくて太い文字を書くのにも、細かなメモ書きにも便利なんです」

 

 細やかな装飾が施されたペンには、非常に小さな魔法陣が刻まれていて、円柱状の魔石が中央に埋め込まれていた。アーティファクトでこそないものの、魔道具としては間違いなく一級品だ。

 

 自分と仲間の命を救ってくれた青年。今日も、男達に強引に連れていかれかねない所を、聞いたこともない魔法で庇ってくれた。エアリルもテファも、恋情とハッキリ言えないとしても、興味を惹かれないわけが無かった。

 

 でも、倬がここまで示してきた態度から二人は感じ取ったのだ。今ではないのだと、今どんな言葉で引き留めたとしても、この青年は旅に戻ってしまうのだと。その、確信があった。

 

 だからせめて、二人はそれぞれに繋がりを残しておく事を選択したのだ。

 

 まかり間違っても鈍感ではない、言ってしまえば自意識過剰な倬は、二人の意図するところを予想できてしまう。これ以上の深入りはするべきではないと知りながらも、この贈り物を突き返す事など、倬には出来なかった。

 

「……有難く、受け取らせてもらいます」

「はい、そうして下さい」

「よかった、よかった。突き返されたら、突き飛ばすつもりだったからね」

「それは怖い。選択肢を間違えなくて済んでホッとしました」 

 

 和やかな空気が戻ってきた……のだが、歩き出した三人の背後から別の女性の「霜中さまぁ~~」と呼ぶ声がかけられた。この声の主が精霊様では無いのだけは確かである。

 

 テファとエアリルの眼光が鋭くギラリと倬に向けられた。

 

(ひぃっ……)

 

 今まで旅してきた中でも、最も濃い“気”を向けられた気がした。“常時瞑想”がブレたのを感じる。

 

「ちゃんと会えて良かった~。あ……っ」

 

 たゆんたゆんと大きな胸を揺らして、ワザとなのかと疑ってしまうほどの遅さで走ってきた女性は、何もない所で躓いた。

 

「おっと……ぉっ?!」

 

 当たり前に女性を抱きとめるように支えた倬だったが、腹辺りに自然と押し当てられた“双丘”の感触に思考が停止してしまった。ついでに“常時瞑想”も停止させてしまった。動揺が体中に駆け巡る。テファとエアリルからの視線も、体中に突き刺さる。

 

「…………だ、大丈夫ですか?」

「はい~。助かりました~」

 

 女性はゆっくり倬から離れると、テファとエアリルを視界に納めてふんわりと笑みを浮かべる。

 

 余裕の表れなのかと身構える二人。クスっと笑って倬に視線を戻す女性は、小さな布の包みを両手の上で開いた。そこにあったのは、首に巻く部分に、地球で言うミサンガに似た編み込まれた紐を用いたネックレスだ。

 

「宝石交換後の微調整が終わりましたので~。確認をお願いします~」

「あれ、私がお願いしたのは男性だったと思ったんですが……」

「はい~、ヴィントは私の夫です~。何か問題がありましたか~」

「いえ何も問題ありません、面倒なお願いをしてすいませんでした」

「なんのなんの、ですよ~。ヴィントも何だか楽しそうでしたので~」

 

 テファとエアリルはこの後の展開を察したらしく、視線を泳がせて、そわそわしている。

 

 昨日の買い物の途中、精霊様とも相談し、主に女の子の精霊様達から勧められて二人へのお礼にアクセサリーを探していたのだ。

 

(思わせぶりな事をするのはどうかって、考えちゃいますけどね……)

『大丈夫よ、これくらいしてあげたってバチなんか当たらないわ』

『倬殿は考え過ぎるきらいがあるな。純粋なお礼だろ?』

 

 風姫様と雷皇様はサッパリしたものだ。それに比べて、倬はまだアクセサリーを贈ることに若干の抵抗があった。

 

『これはお礼で、妙な事に巻き込んだお詫び……。でもやっぱり“失せ物”の方が良かったりとか……』

『アナタ様、ワタクシ達の“あどばいす”に納得できませんか?』

『いいえ! 何でもありませんっ』

 

 冷気が籠った雪姫様の言葉に、反論など出来るはずが無かった。

 

 ネックレスと保管用の細長い箱を受け取り、テファとエアリルに差し出す。

 

「先についている鉱石が五角形の角柱のものをテファさんに。円柱のものをエアリルさんに。給料としてお金を渡す事も考えたんですが、お返しに現金と言うのも露骨かと用意していたものです。えーっと、受け取ってもらえますか?」 

「それは、もちろん。この宝石、見たこと無い……、綺麗……」

「これ、グランツ鉱石とも違いますよね……?」

 

 ネックレスの先でシルバーの枠に守られている鉱石は、澄み渡る深い海を思わせる輝きを持っていた。二人とも、見たことのない美しさに上手く言葉が選べないでいる。

 

「その鉱石には魔法陣を刻んでおきました。魔石に似た性質がある鉱石なので、詠唱して起動させれば、一時的に魔力を肩代わりしてくれます。使い方はこっちのメモ紙に」

「あ、アーティファクトなの?」

「まさか、少し前に使っていたアーティファクトを参考にはしましたが、これは魔道具ですよ。魔道具の作り方もかじっているので」

「あはは、魔道具まで作れるんだね……。っていうか、この宝石のどこに魔法陣が?」

「石を保持している枠に隠してあります。二人へのお礼を探していたら、この型のネックレスを露店で見つけて思いついて」

「ヴィントが驚いてましたよ~。極小の魔法陣だって~。刻み方も興味深いって言ってました~」

「これが成功したのは、ヴィントさんの助言あってものです」

 

 “噂をすれば影”、ヴィントが茣蓙を片手に担いでこちらに歩いてきた。

 

「…………ルツィア、そろそろ行くぞ」

「あら~、今日はもうあがり~?」

「あぁ。……霜中、だったな。今回は面白い仕事をさせてもらった。縁があればまた」

「今後とも御贔屓にお願いしますね~。では~」

 

 アクセサリー屋の夫婦を見送って、その後はサラニや傭兵達とも別れの挨拶を交わした。

 

 もう黄昏時も過ぎて、夜と言っていい時間になってしまった。エアリル達の拠点まで送るべく、一緒に歩いて町へ向かう。

 

 町の入り口に辿り着き、三人は立ち止まる。外からでも零れる光で町の活気が感じられる。

 

「このまま行っちゃうんですね……。私、いつかまた会えるって信じてます」

「何だかんだ騒ぎの中心に居そうだし、同じ冒険者だもんね。依頼が被ったらその時は宜しく!」

「はい、こちらこそ、その時は宜しくお願いします。バレツさん達にもよろしくお伝えください」

 

 心に芽生えそうな未練を悟られない様にと、倬は自然さを意識して足を踏み出す。

 

 精霊様達は、今の倬に多くを語らない。この想いは倬自身がケリをつけるべきモノだから。語るとしたら、倬から助言を求められた時だけだ。

 

 今、精霊様が伝えてくれるのは、近くに居られる別の精霊様の力について。

 

『倬、街道の右から二番目の山小屋で力の動きを感じたぞ』

『………………魔力が濃い。隠し切れてないみたいだ』

『土さん、宵闇様、了解しました。さぁて、“お役目”に戻るとしましょうか!』

 

 これから先だって、様々な出会いがあるのかもしれない。それが自分にとって良いものか、悪いものか、倬にも、精霊様にだって分からない。

 

 “後ろ髪を引かれる”のを振り切って、倬は宵の(そら)に駆け出していくのだった。

 

 




はい、と言う訳で“露店街道”での二日間でした。

タイトル元は《縁は異なもの、味なもの》に一言を追加したものでした。

次回投稿も二週間後、5/12(土)を予定しております。

では、ここまでお付き合いいただき、有難うございました。

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