すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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お待たせしました。
今回もお話自体はあまり進んでいないのですが、どうかよろしくお願いします。


売り物に“花”を飾れば

 長い歳月をかけて踏み固められた道。そこに力強く生える、朝露で濡れた植物達の葉が、柔らかな陽光を浴びてキラキラと輝いている。

 

 大陸中央よりやや南寄り、小さな山々の合間へ伸びる五叉路に続く街道に、多数の露店と少しの屋台が並ぶ場所がある。“露店街道”と呼ばれるこの場所は、早朝から開店の支度をする声や物音で、穏やかな賑わいに満ちている。

 

「あらよっと」

 

 “露店街道”の隅っこで、バサッと広げた一・五メートル四方の茣蓙(ござ)を敷いて、値段と説明書きを書いた木の板を並べる。その木の板の上に、乾燥させた葉や植物の根、粉末状にして紙に包んだ薬、一メートル以上の深さがある大きな(かめ)、小さな魔石や魔物の角などの商品を置いていく。

 

 “露店街道”を取り仕切るアリナミ総業の担当者との打ち合わせを終え、徹夜で商品を用意した倬もまた、開店準備に勤しんでいた。

 

 因みに、地面に敷いた茣蓙と大きな甕は屋台の店主でアリナミ総業前代表、サラニ・アリナミから借りたものだ。それだけではなく、店主サラニはお釣り用に両替までしてくれていたりする。よほど倬を気に入ってくれたらしい。

 

 一通り陳列した商品を、立ち上がって眺め、全体の見栄えを確認してみる。

 

「うーん、まぁ、こんなもんですかね……」

「そうですね、大きな問題は無いと思いますけど……、この中で特に売りたいってもの、あったりしますか? 霜中君」 

「“特に売りたい”……? そういう方向では考えてなかったですね……、魔石や素材は町でも売れますし、やっぱり薬でしょうか。昨日作ったものよりやや薬効は劣りますけど、苦みを抑えてみた滋養の薬と、風邪薬なんかは役に立ててもらえると思いますし」

「それなら、薬を真ん中に置いた方がいいかもしれませんね。あとは……、風邪薬はもう少し安く出来ませんか? そうですね、五百ルタ位に抑えたいです。逆に滋養の薬は三百から五百は高く出来ると思いますよ?」

「ふむふむ、真ん中ですか。しかし安くするのは問題ないですけど、なんで値上げなん、で、す、か…………え?」

 

 精霊や妖精達と話すのと同じノリで会話していた倬だが、声の主がどの精霊様とも違ったことに気づき、声が聞こえていた右側を向く。

 

 そこには、昨日別れたはずの冒険者で“治癒師”エアリル・スゲインがいた。

 

 戸惑う倬の代わりに商品を移動しつつ、エアリルはつらつらと値段についての説明し始める。

 

「えっとですね、霜中君。風邪薬は持っているに越したことはないんです。案外、ちょっとした風邪の方が回復魔法って効きにくいですから。とは言え、普段使いではありませんよね? たまに飲むものです。そうなると、“いざという時に、ちゃんと効き目があると思えるものが欲しい”。ただ、霜中君は“薬師”ではないので効果があるといっても説得力が足りません。なので、“ダメ元で買っておくか”と思える程度の金額である必要があります。五百ルタなら、この辺りの相場よりもかなり安くなるので、手が伸び易くなるはずです。しかし、値下げは売り上げにとっては損失ですよね。それを補う役目を、滋養の薬に引き受けて貰いましょう、と言う話なんです。滋養の薬は言ってしまえば贅沢品ですから、そういった品物を買うお客様は、多少高くても、寧ろ高い方が、“もしかしたら珍しい薬草を使っているのかも”なんて考えて下さるものなんですよ」

「お、おう……。凄いですね、エアリルさん」

 

 エアリルの説明に圧倒された倬は、どうしてここにいるのかと聞く機会を失って、口をついて出たのは凄いの一言でしかなかった。

 

 薬の位置を移動させたエアリルが、ハッとした顔をして急に顔を赤らめる。一方的に喋り倒してしまった事に気付いたらしい。

 

「ご、ごめんなさい。つい……」

「いや、謝ることは無いですよ。エアリルさん、商売事に詳しかったんですか?」

「その、私の家、古い商家で……。昔からさっきみたいなこと教え込まされてて」

「あぁ、サラニさんがアリナミ総業の元代表って聞いた時に顔が強張ってたように見えのは、そのあたりの事情だったんですね」

「バレてました……? 最近は主にユンケル商会さんに出資しているので、アリナミ総業さんはある意味で競合相手と言いますか……」

「うーん、中々に微妙な事情ですね。商売事の知識がないので具体的には理解できてませんけど」

 

 ユンケル商会とアリナミ総業は、共に北大陸における流通と販売を担う商業組合と言ったところだ。ユンケル商会はハイリヒ王国やフューレン、グリューエン大砂漠にあるアンカジ公国などを繋ぐ、比較的北よりの流通ルートを得意としていて、アリナミ総業は南よりの流通ルートを確立している違いがある。

 

 少し前からアリナミ総業の流通・販売部門における業績が伸び悩んでいるのだが、これにユンケル商会の台頭が大きく影響している。“総業”と言うだけあって、流通・販売以外にも様々な業種を手掛けているアリナミ総業は、サーカスに似た見世物興行や、“露店街道”のような場所代の徴収が主力に変化しつつあったりする。

 

「そ、そういう楽しくない話は置いておいて、準備を続けましょう! ね、霜中君」

「それもそうですね……って、あぶない。流されるところだった。エアリルさんはどうしてここに?」

「私、邪魔、ですか……?」

「あ、いや、そういうわけではなくてですね?」

「良かったぁ。さぁ、この場所は早くから人通りがありますからねっ、急いで準備を終わらせましょう」

 

 しゃがみ込んで、腰にぶら下げていたナイフで器用に木の板を削り、倬が用意していたお手製のインクと筆で金額を書き換え始めるエアリル。一本に編み込まれた長い髪とリボンが、彼女の頭の上で機嫌よさげに揺れている。

 

 その様子に、倬は小さく溜息を一つ。

 

(はぁ……)

『まぁ、礼のつもりでもあるのだろう。ありがたく受け取っておけ、友よ』

『火炎様……。確かに、商人の真似事なんて簡単に出来るわけないですが』

『何事も経験だぞ。……女も、な?』

『火炎様、その冗談はちょっと、いや、かなり困りますです、ホント』

『たかは熱さがたりないな。かーくんみたく、“もっと熱くなれよー!”』

『そう言えば、ずっとお米食べてないなぁ……。“もっとお米食べろ”……、食べたい……』

 

 黙って手伝ってもらう事に決めて、エアリルから助言を聞きつつ商品のまとめ方なども変えていく。

 

「霜中君、これって……っ」

 

 薬効の説明を確かめようと、倬の方を振り返ったエアリルの肘が、そこにあった大きな甕にぶつかってしまう。甕がバランスを崩して倒れそうになるが、倬ではない誰かが止めてくれた。

 

 自分の肘の痛みよりも先に、甕を倒さなくて済んだことに安堵したエアリルが、慌てて顔を上げる。

 

「す、すいません。ありがとうござい、ま……、す…………」

「どういたしまして、肘は大丈夫? エアリル」

 

 そこには、満面の笑みを浮かべて甕の蓋に肘をつくストレートロングの女性、テファ・イバートがいた。満面の笑みなのに、謎の迫力がある。

 

「あ、あれ? テファ、今日は町に買い物に行くって……?」

「ふふふ、誰も“町に”なんて言ってないよ? それよりもエアリル、今日は一日安静にしてるって言ってたよね? 様子を見に行ったらいないんだもん、心配したんだよ?」

「お、思ったより元気だったから、少しくらいいいかなって。あの、テファ、笑顔が怖いよ?」

 

 不思議と昨日とは立場が逆転していた。

 

 テファは狼狽えているエアリルから視線を倬に移して、ニコッと笑顔を向けてくる。

 

「昨日ぶりだね、霜中君。これ、かなりおっきな甕だけど、何が入ってるの?」

「あー……、おはようございます、テファさん。それはミックスジュースをベースにした栄養ドリンクです。試しに一杯如何ですか?」

「え、いいの?」

「他の人の感想も聞いておきたかったところなので。エアリルさんも、一杯飲みませんか?」

「は、はい。頂きます」

 

 大きくて厚手の葉を織り込んで使い捨てのコップを作り、そこにドリンクを注いでいく。

 

 テファは受け取った葉っぱのコップをまじまじと見て、感心するようにほえ~と呟く。

 

「葉っぱでこんなことまで出来るんだねぇ……」

「修行した“寺”で教わったんですよ。これなら嵩張らないので丁度いいかなと」

「酸味が強いですけど、この飲み物自体も美味しい……。これが本当に栄養ドリンクなんですか?」

「効果としては疲労回復とちょっと魔力補強するくらいですけどね。これ一杯を緑一枚(百ルタ)。何かしら買ってくれたお客さんには一杯無料で配るつもりです」

「なるほど、良い売り方ですね……。霜中君、本当に商売事は初めてなんですか?」

「地元ではよく見かけるやり方なんです。流石にこんな事まで自分では思いつけませんよ」

 

 

 そんなこんなでテファまで倬を手伝うことになり、女性二人に挟まれる形で露店を開くことになってしまった。

 

「ねえ、エアリル。くっつき過ぎじゃない? 霜中君がやりづらそうだよ?」

「テファ、そっちの素材の説明ちゃんと覚えたの? 下手な説明すると、売れる物も売れなくなるんだよ?」

 

 大抵の露店が男一人で営業している事もあり、周囲から倬に向けられる視線が痛い。

 

(そりゃね、イラっとするよね。うん、本当にね。なんかその……、声には出せないけど、ごめんなさい、皆さん)

 

 街道を通りかかる男だらけの冒険者パーティーからも、ギョッとした顔をされた後、舌打ちをされてしまう。

 

 店を広げてから三十分、今日はもうまともに売れないんじゃないかと思い始めた所に、四十代位のオジサンが近づいて来た。そのオジサンも、テファとエアリルが居ることに驚いた様子だったが、直ぐに気を取り直し、倬の正面にしゃがんだ。

 

「よぉ、霜中ってのはおめぇか?」

「ええ、そうですが……」

「“ダンプタンスープ”売ってる屋台の店主に安くていい薬が売ってるって勧められてよ。冷やかしにきてやったぜ」

「サラニさんが? 冷やかしでも今は歓迎です。薬もそうですけど、魔石なんかも余所より安く売れますが、いかがですか?」

「どれどれ……」

 

 しげしげと説明書きを読み始めるオジサンは、根っこをつまんで、不思議そうな顔をする。

 

「こんなのが薬になんのか?」

「ええ、それを煮出した汁を飲むのと、飲まないのとでは疲れ方が違うはずです。こっちの栄養ドリンクの素材としても使ってます」

「煮出した時の味はどうなんだ?」

「あくまで根っこなので、土臭さは強いですね。後は少しの苦味があります。この苦味に疲労を和らげる作用があるみたいで」

 

 オジサンほうほうと頷きながら、ニコニコと接客スマイルを浮かべるテファとエアリルをちらちら見る。

 

 そして、口元に手を添え、倬に囁いた。

 

「もしかして、おめぇ、惚れ薬とか作れたりするんか?」 

 

 この囁き声は二人にも当然聞こえてしまい、そろって接客スマイルが硬直する。

 

「お客様? それはどういった意味でしょうか?」

「エアリル、私も気になるわ。どういうつもりでお聞きになられたのかしらね?」

「あ、いや、た、他意はねぇって」

 

 エアリルとテファに気圧されて冷汗を流すオジサンは、倬に助けを求める。しかし、その倬はいつの間にか取り出していた分厚い手帳を読みつつ、うーんと一人で唸っていた。

 

 倬が開いているのは、“闇の賢者”ミーヤクが遺した惚れ薬の研究成果を要約してメモしたページだ。

 

 視線は手帳に固定したまま、倬はオジサンの質問に答える。

 

「惚れ薬ですね……、一応作り方は知ってますが、あまりお勧めしませんよ?」

 

 この答えに、一瞬の(ざわ)めきの後、まるで時が停止したかのように、周囲が静寂に包まれた。

 

 近くの露店商も、近くを歩いていた者達も耳を澄ませる。

 

 静寂を破り、事実を確認しようとするのはテファだ。

 

「霜中君、それ本気で言っているの……?」

「研究資料を読んだだけで、作ったことはないですが……。材料自体は、そこまで珍しいものではないんですけど、調薬に特殊な闇魔法と膨大な魔力が必要で、とにかく時間がかかるんですよ。元資料だと必要な分を作るのに二カ月以上かけてましたから」

「こ、効果あるんですか?」

 

 効果を気にしたのはエアリルである。

 

 そうだよ、そこだよ、そこが重要だよと周りの人々も頷いている。

 

「有るか無いか、なら有ると言えるみたいですね。とは言っても、実際には強烈な催淫作用のある媚薬に、指定した人物からの暗示を受け入れ易くする、催眠作用を加えた物になります。一日に一滴が限度で、食事に混ぜるなどして対象の人物に十日間摂取させる必要があるので、余程近しい相手でもない限り、条件が厳しいかと」

 

 淡々と説明する倬に、隣で露店を広げていた若い男が声を張り上げる。

 

「一回に全部飲ませちまえばいいんじゃないのかっ!? そうすりゃ一発じゃんか!」

「駄目です。効果が強力過ぎて正気を失ってしまいます。手間をかけるように指定されているのは相応の理由があるからですよ。十日の間、ある程度の近い距離に居て、少しでも対象の視界に入っていることが暗示に重要らしいので」

「なんだよ、面倒なだけかぁ」

 

 使用方法に不満を漏らしたのは、露店の前で立ち止まった頭巾の冒険者だった。

 

 がっかりしたような言葉に対して、倬は面倒さの意図を語る。

 

「惚れ薬が効いた後を考慮して、あえて面倒にしてあるんですよ。前もって十日程度すら傍に居れないのなら、惚れさせた後で二人の関係が上手く行かない可能性の方が高いんじゃないかって。私の読んだ研究資料には、別の惚れ薬で“惚れさせられた”方が嫉妬に狂った末、凄惨な結末を迎えた、なんて話が参考にされてましたから」

 

 “凄惨な結末”の内容を思い浮かべた人々は、顔を青ざめさせる。

 

 最初にやってきたオジサンは、自分の言った惚れ薬という言葉が、妙な騒ぎを起こしてしまったと苦笑いを浮かべていた。

 

「あれだな、色恋沙汰をどうにかするのに、薬なんか頼ってんじゃねぇって事だな」

「そうですね。“それでも、どうしても”って気持ちは理解できなくはないですけど」

「ほほ~う、霜中にもそう言う相手がいんのか?」

「……一般論として、理解できなくは無いって話です」

 

 視線を泳がせてしまう倬に、左右からテファとエアリルの視線が突き刺さる。

 

 エアリルが意を決したように倬の腕を引いてきた。突然触れられて、倬は喉がキュッとなる思いだ。

 

「誰にでも作れるんですか? その……惚れ薬って」

「じ、自分が知っているのは、“薬師”でなくても作れるものではありますが……」

 

 今度はテファが、目を合わせて覗き込んできた。倬は咄嗟に視線を手元の手帳に逃がす。

 

「ちなみに、霜中君ならどれくらいで作れるの?」

「材料が揃ってさえいれば二日位かと……」

 

 うっかり本当の事を言ってしまった。この薬を二日で完成させるには、今の倬と同等か、少なくともその半分程度の魔力量が必要なのだ。控えめに言って普通ではない。

 

 凄く褒めても“三枚目”な倬が二人に言い寄られているような様子に、「やっぱ惚れ薬盛ったのか……?」とか、「まさか媚薬で……?」とか、「あれで夜は(シモ)の威力が……?」等と酷い事を囁かれてしまう。

 

 周囲で囁かれている内容を聞いて何かを思いついたのか、オジサンが根っこを(つま)んだまま、にやりと笑った。

 

「実はよ、最近“ムスコ”が元気なくなっててな。ウチの女房にガッカリされちまってんだよ。お前さん、惚れ薬なんてもん作れるってんなら、“元気が出る薬”だって作れるんだよな?」

 

 これに、エアリルが倬の腕から手を離し、顔を真っ赤にして目を伏せた。テファは意味を正確に理解できないようで、滋養の薬を引き寄せて首を傾げている。

 

(本当に、この注文が来るとは……)

 

 実は、この手の注文が来ることを精霊様達が予想していたのである。

 

 森司様が倬の膝の上に現れて、葉っぱの茎を肩にトントンしている。土さんも現れて“宝箱”の横で、身体を揺らす。

 

『ほらな、僕らが言った通りだっただろ』

『需要あるんですね……』

『懐かしいのぅ、ソルテもよく夫の料理に盛っていたぞ』

『……その情報は知りたくなかったです』 

 

 倬は“宝箱”を膝の前に動かして、中に用意していた三種類の粉末を並べる。

 

「それじゃあ、右から順に指につけて舐めてみて下さい」

「おう……?」

 

 言われるがまま順に舐めていくオジサンは、三番目の粉で思い切り顔を顰める。

 

「うわっ、辛っ!」

「ふむ、じゃあ三番目ですね」

「ぺッ、ぺッ、……なんの粉なんだそれ」

「全部ピーシェの種ですよ。品種は違いますけどね」

 

 ピーシェとは桃に似た果物のことだ。白、黄、赤と大きく分けて三品種が世間一般に知られている。果物として珍しい訳ではないものの保存性が著しく悪いため、あまり市場に出回らない。

 

「ピーシェの種? そんなもんで“元気”になんのか?」

「理由については不明ですが、乾燥させて粉末にすると、そういう効果が出るんです。人によって効果のある品種が違うので試してもらったわけです。三番目なので赤ピーシェの種をベースに調薬しますが、……何回分お求めですか?」

「効果時間はどんなもんよ」

「人によって微妙に変わるみたいですけど、直前に飲んで一包辺り一時間位みたいですね」

「一包いくらだ?」

「そうですね……、緑二枚(二百ルタ)でどうでしょう」

「よし、とりあえず五で」

「承りました」

 

 “宝箱”の中から追加で取り出した別の粉末をいくつか並べて、胸元から魔法陣をまとめた方の手帳を出すと、詠唱を始める。

 

 小さな竜巻状の風が粉を巻き上げ、空中で混ぜ合わせていく。風系魔法で薬を配合しているのだ。魔法陣もこれ専用に描き上げたものである。

 

 巻き上げられた薬が五枚の紙に振り分けられて、その紙を折って薬を包み、オジサンに差し出す。

 

「出来ました。さっきも言いましたけど、直前にお飲みください」

「……お前さん、魔法も得意なのな」

「? それはまぁ、御覧の通り魔法職ですし」

 

 ローブの袖を掴んで見せて不思議そうな顔をする倬を、オジサンは呆れた顔で見る。

 

「自覚ねぇのかい、まぁいいけどよ。そいじゃあ、ついでに風邪薬と滋養の薬も一束ずつもらおうかね」

「有難うございます」

 

 テファが商品をまとめて、オジサンから丁度の支払いを受け取り、エアリルが栄養ドリンクを葉っぱのコップに注ぐ。エアリルの顔は、まだ赤いままだ。

 

「お買い上げ有難うございます。サービスの栄養ドリンクをお飲み下さい」

「おう、ありがとうな、ねえちゃん」

 

 ニヤニヤしながら礼を言ってお客第一号のオジサンが立ち去ると、今まで囁き合っていた周囲の男達が殺到した。

 

「俺にも“元気の素”をくれるか。十回分頼む」

「こっちもだ。とりあえず四回分で」

「魔石安くねぇか? それ買うから、ドリンク飲ませてくれよ」

 

 一度人だかりが出来ると、人が集まると言うのは本当らしい。どんどん人だかりが大きくなっていく。

 

 道行く人も何事かと、並んでいる者に尋ねるのが聞こえてくる。

 

「なんだ、こんな端っこで行列なんて。何が売ってんだ?」

「おう、どんな男でも女を堕とせる()()が手に入る“元気の素”を売ってるんだってよ」

「嘘だろ。なんだよそれ」

「いやいや、店主の野郎の左右を見てみろって」

「おいおい、“()()()()使()”ってか。まさか薬の力で……?」

「じゃなきゃ説明付かねぇだろ。あんな眼鏡野郎が、だぞ?」

「……お守り代わりに買っとくか」

 

 理由はともかく、予想外の大盛況にてんやわんやする事になってしまう三人だった。

 

 

 

 倬、テファ、エアリルが屋台のカウンターに座ってお茶をすする。三人とも疲労が顔に滲み出ていた。

 

「がはははっ。それで結局、昼過ぎには売るもんが無くなったってか」

 

 屋台の店主サラニは、笑いを堪える事無く、お茶請けに酢漬けの野菜スティックを置いていく。

 

 テファは若干納得いっていない様子で、根菜にフォークを突き刺し、ボリっと一噛みにする。

 

「まったく、男共ってのはどうしてああやって、いやらしい目でしか物事を見ようとしないのかしら」

「言いたいことは凄く分かるけど、結果完売したわけだから良しとしましょうよ、テファ」

 

 エアリルはフォークで野菜スティックを一口サイズにしてからポリポリ食べつつ、結果オーライだとテファを宥める。

 

 失礼極まりない噂が立ってしまった事に、倬は責任を感じて酢漬けに手を伸ばせないでいた。

 

「でも本当に、お二人にはなんと謝ったらいいのか……」

「霜中君は気にしないで。手伝いは私達から言い出したことなんだから」

「そうですよ、霜中君。やましい事なんてないんですから、堂々としていればいいんです」

 

 申し訳なさに縮こまる倬に、二人は微笑みで応える。

 

 トータスの女性冒険者は、地球で言う“セクハラ”に慣れざるを得ない現実があるので、気持ちの切り替えが早いのだ。もっとも、“セクハラ”や“痴漢”に対する報復として、実力行使が暗黙の内に容認、あるいは推奨されていたりするので、地球とはまた少し事情が異なるのだが。

 

 三人に、店主サラニが濃いめのスープに“ダンプタン”の生地を細長く切って浮かべた料理を持ってきた。試食して欲しいと言っていたのは、この麺料理の事だったようだ。

 

「その様子だと、“癒しの泉”の噂を聞く暇なんて無かったか」

「はい……、その通りです。雑談する余裕なんかこれっぽっちも無かったですから」

 

 溜息を一つ吐いて、最初にスープを一口飲んでから、フォークを使ってちゅるりと麺をすする倬。

 

 店主サラニは、緊張した面持ちで倬の食べる様子を見守る。

 

「どうよ」

「スープは良いですね、美味しいです。ただ、麺にはもう少しコシが欲しいかな、と。スープに負けちゃってる気がします。逆にスープをもう少しあっさりさせた上で、トロミをつけるのもありかなと思いますが……」

「うーん、ってもなぁ、これ以上あっさりにすると、冒険者連中の好みから外れっちまうし……。やっぱ麺か」

「麺が細すぎるんじゃないですかね、この生地なら、もうちょっと太さがあってもいいと思いますよ」

「うし、それで試してみるわ。姉ちゃん二人はどうよ、なんか無いか?」

 

 意見を求められた二人は、お互いに目を合わせて苦笑する。

 

 二人同時にスープを少し飲んで、わざとらしく目を瞑って味わう素振りを見せる。

 

「具に肉が欲しいわね。出来れば炙ったやつ」

「わたしは……、何か食感を残した野菜が入ってると嬉しいでしょうか」

 

 こんな感じでお昼を済ませて三人が屋台を出ると、店の前にバレツが立っているのに気づいた。その隣には、淡い緑色のバンダナを頭に巻いた小柄な女性が腕を組んでいた。

 

 女性を見たエアリルとテファが、全く同じタイミングで声を上げる。それも、お淑やかさも、生まれの良さも感じさせない台詞で、である。

 

「「げぇっ、ラフィぃ?!」」

 

 その反応に、ラフィと呼ばれた女性の額に――バンダナで隠れて見えないはずなのに――青筋が浮かんでいるのを倬は幻視した。

 

「人の顔を見るなり“げぇっ”とは、酷い言い草じゃない二人とも」

「あはは、違うの、ちょっとビックリしただけなのよ?」

「そうそう、今のラフィがこんなとこまで来るなんて思ってなかっただけで!」

 

 エアリルとテファが順に言い訳するが、それを聞くラフィの瞳は冴え冴えと冷え切ったままだ。

 

 何が何やらと立ち尽くしていた倬の元に、バレツが「よっ」と声をかける。

 

「二人が押し掛けてたみたいだが、大丈夫だったか?」

「ああ、いや、おかげさまで完売しましたし、寧ろ迷惑をかけてしまったので……」

「妙な騒ぎになってたみたいだな。そこらで噂になってるぞ、“美女を堕とす元気の素”」

「そんなにですか……」

 

 お昼も過ぎて露店も片づけたと言うのに、まだ噂が残っていると知らされて倬は肩を落とす。

 

「まぁまぁ、そんなに落ち込むなよ。金にはなったんだろ?」

「確かに予想は軽く超えましたけど……。ところであちらの方は?」

「ウチのパーティーメンバーのもう一人で、……俺の嫁だ」

 

 照れくさそうに鼻の頭をかきながら、ラフィを嫁だと言ったバレツに、倬は“鳩が豆鉄砲を食ったような顔”になってしまった。

 

「バレツさん、結婚してたんですか?」

「意外って顔すんなっ! 俺ぁ二十六だっつったろうが」

「昨日一緒に居なかったのはもしかして……?」

「まぁ、そのな、ガキが出来たらしくてな。まだ腹はデカくなる前だけどよ」

「それはそれは、おめでとうございます」

「……ありがとよ」

 

 倬とバレツが隣り合って話していた所に、ラフィが左手を腰に添えて、突き出した右手で指差してきた。

 

「ちょっとキミィっ! 霜中君ってのはキミよね!」

「は、はいっ!」

「ふむふむ、見た感じは二人の好みからは外れてるわね……」

「は、はぁ……」

「おぉっと、失礼。私はこの人の妻で、ラフィ・ユギサキ……じゃなかった、ラフィ・ウォート。みんなの事助けてくれたのがキミね。四人の事、無事に連れ帰ってくれて、本当にありがとう」

 

 忙しない喋り方で倬を困惑させていたラフィだったが、感謝の言葉を述べる彼女の瞳の色は確かに濡れていた。

 

「いえ、たまたま通りがかっただけですので」

「またまた謙虚だねぇ。明日の準備もあるんでしょ? 二人は私が連れてくから自分の事しちゃいなよ」

 

 ラフィの言葉に、テファとエアリルが抗議の声を上げる。 

 

「ちょっとラフィ、何を勝手に!」

「そうです! 明日の準備もお手伝いしようと思って……っ」

「二人とも。私は昨日の事、この人から全部聞かせて貰いました。全員、連携中の立ち回りに反省の必要があると感じました。よって、これから反省会をします」

 

 今度はバレツに恨めしそうな眼を向けるテファとエアリル。

 

「に、睨むなよ。帰りが予定よりも遅れたってんで問い詰められたら、答えねぇわけにゃいかんだろうが。……ラフィに嘘はつきたくねぇし」

「そういう事。恩人の彼を手伝うのは良いけど、今日くらい大人しくしてなさい」

「でも……」

「私としては、二人のお家に連絡入れても構わないのよ?」

「「うぐぅ……」」

 

 そのまま、倬は“ドナドナ”されていく二人を見送る事になった。

 

 連行される前に聞いたところによると、“戦士”のクラストを含めた彼ら五人は、全員が身分こそ違うものの、古くから付き合いのある幼馴染だったらしい。

 

 貴族のイバート家と懇意にしている商家スゲインがあり、テファとエアリルはその繋がりで出会ったそうだ。二人の乳母と家庭教師を兼ねていたのがラフィの母親だった縁で、手伝いをしていたラフィは彼女達にとって姉のような存在なのである。

 

 加えて、イバート家の土地で小作人をやっていた夫婦の子供がバレツであり、商家スゲインで邸宅の警備をしていたのがクラストの父親だったのだそうだ。

 

『幼馴染かぁ……』

 

 “幼馴染”と聞いて故郷の事を思い出した倬の胸元に、雪姫様が現れ、気遣わしげに見上げる。

 

『アナタ様にもいますものね、思い出してしまいましたか?』

『“かなちゃん”の事ですね。まぁ、自分の幼馴染と言うよりかは、尋ちゃんの幼馴染と言った方が正確ですけど。大人しくて良い子でしたよ?』

 

 “かなちゃん”とは、倬の妹、尋ちゃんと同い年で仲が良い栗塚(くりづか)かなの事だ。ご近所さんで家族ぐるみの付き合いもあり、よく霜中家に遊びに来ていたため、倬にとってはもう一人の妹みたいな存在である。

 

 元気でやってくれていればいいなと感傷を覚えつつも、倬は明日の準備に取り掛かるべく森へ向かう。

 

 精霊様の協力の元、今日売った倍の品物に必要な素材を粗方用意して、店仕舞い直前の露店を見て回った。

 

 カレーの香りの決め手である香辛料“クミン”に似た物を売っている露店を発見した倬は、各種香辛料を買い込んだりもした。なんでも、トータスでは“ニルシッシル”と言う料理に使われるらしい。

 

 残念ながら米は手に入らなかったが、“ニルシッシル”のレシピを教えて貰って、その内カレーを自作出来そうだとホクホクしながら夕食を食べにサラニの屋台に入った所に、男から声をかけられた。

 

 声の主は、お客第一号のオジサンだ。

 

「よう」

「あれ、今朝の……?」

「おうよ。仕事帰りで飯食ってたら、店主からお前さんが“癒しの泉”を調べてるって聞いて待ってたのさ」

 

 厨房で調理中のサラニに目をやれば、倬に向かって親指を立て、キメ顔を見せてきた。

 

 倬は仕事の邪魔にならない様、サラニに会釈だけを返して、オジサンの隣に座る。

 

「わざわざ有難うございます。“泉”の事、何か御存じなんですか?」

「おうよ。つっても俺の親爺の話なんだが……」

 

 オジサンが言うには、この“露店街道”の先にある五本の分かれ道、その道の間にある四つの山全てに複数の山小屋があり、そのどれかの傍に“癒しの泉”が現れるとの事だった。

 

「魔物にやられそうになった親爺は逃げた先で、たまたま見つけた小屋で震えてたらしい。急に辺りが明るくなったんで外を伺ってみたら、その小屋から下ったとこに“光る泉”が湧いてるのを見つけたんだと。目から血を流している獣が泉に顔を突っ込んだと思ったら、たちまち血が止まって傷が治ったのを見て、自分も入ってみたら、傷が癒えて命拾いしたって話だ」

「……ふーむ」

「親爺はその泉を商売に使えねぇかって探し回ってる内に、小屋がいくつかあるって気づいたみたいだが……。結局、どの小屋だったかは分からねぇまま、二年前にポックリ逝っちまったよ」

 

 探索する山を絞り得る情報を得て、宵闇様が今感じている力を伝えてくれる。

 

『………………“光の”姉さんの気配とは少し違う。けど、かなり似てる』

『となると、山の中に光系統の精霊様がいらっしゃるんでしょうか』

『………………気配がこの辺り一帯に薄く広がってる。小屋全部を“寝床”にして繋げてるのかも』

『呼びかけに応じてくれると思いますか?』

『………………泉に力を与えてるとすれば、直接会った方が早いと思う』

『泉が出現するまで、山小屋に張り込む必要がありますかね……』

 

 どうしたものかと悩む倬の頭の上で、土さんとつっちーがぼよんぼよんと身体を弾ませて、何やら意気込んでいた。

 

『ふむ、山小屋だな。ならば、儂らが先に探しておこう』

『『『つっちー! “さーち、あんど、ですとろーい”!』』』

『デストロイされちゃうと困りますけど、お任せしていいんですか?』

『なぁに、山の事なら任せておくと良い。儂、“お山様”だからな』

『………………宵闇もいく』

 

 人やテーブルをすり抜けて、ぞろぞろと山へ向かう土さん達。今更ながら、中々にシュールな絵面である。

 

 倬の視界の右上でクルクル回っていた音々様とねねちゃんも、後ろ向きのままで土さん達を追いかける。

 

『音々もお手伝いしてくるね! 倬様は明日の準備頑張ってねー!』

『ねねちゃんも、ねねちゃんもがんばってくるー!』

『わかりました、そちらはよろしくお願いしますね』

 

 山小屋探しを音々様達にお願いして、オジサンとサラニに、お礼として露店で買った果実酒を振舞う。

 

 露店を引き上げて屋台に来た商人達も、倬達が飲んでいるのを見て、売れ残りの酒や干物を持ち寄り、ちょっとした酒宴が始まってしまった。

 

「お前、“元気の素”売ってた奴だろ? ぶっちゃけどっちが本命なんだ? ちなみに、俺はリボンの子が好みだ」

「女と知り合うコツ、教えてくれ。仲間が野郎ばっかで、どうやって女に話しかけたらいいのか分からねぇんだ……、頼む」

「えっとよ……、あの、あれ。ほ、惚れ薬の作り方なんだが、何ルタ払えば教えて貰えんだ? か、勘違いすんなよ、あくまで見聞を広げる為なんだからなっ!」

 

 “噂の眼鏡野郎”だと気づかれて、商人達から質問攻めに合った倬が解放されたのは、日付が変わった後の深夜になってしまうのだった。

 

 

 




タイトル元は《売り物には花を飾れ》でした。

次回更新は4/28に予定しています。

では、ここまでお読みいただき有難うございました。

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