すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

36 / 61
今回もよろしくお願いします。


惚れた病は薬から

「霜様ー、次は宙返りよー」

「ちょっ、ちょっと速い、二人とも速いですっ」

「ほらほら、ロールさぼらないっ。まだまだ速度上げるわよー」

 

 フューレンから飛び立って一日後のお昼前、空姫様と風姫様を必死に追いかけて、倬は大空を飛んでいる。

 

 雲一つなかった青空に、大小様々な円を描く淡い飛行機雲が残されていく。

 

 今、倬は宵闇様が感じた“光”の気配を追いつつ、“飛空”での高速飛行の練習中なのである。

 

 山に囲まれた盆地の上を通り過ぎようとした時、何かを見かけたらしい森司様が倬の耳元に現れた。

 

「倬、あそこ。山の中に人影がある。なにやら動けないでいるみたいだぞ」

「三……いや、四人ですかね。冒険者っぽいですが……。“ワケアリ”でしょうか」

 

 男女二人ずつの冒険者パーティーが崖に背中を預けて座り込んでるのが見えた。

 

 山の中へ降り、へたり込む四人の冒険者達の方へ向かうと、精神的に追い詰められていたらしく、荒い息遣いと共に、言い争う声が聞こえてくる。

 

「バレツ、お前、見張りもまともに出来なかったのかよ」

 

 苛立ちを言葉にして吐き捨てる男の声。声質から判断するに、まだ若そうだ。 

 

「ちょっと、クラスト。やめなさい」

 

 今度は女性の声。苛立ちを抑え込んで、男を静かに咎める。

 

「いいや、止めねぇ。“狩人”が見張りの役に立たなかったら、居る意味ねぇじゃねぇか」

 

 女性の制止を無視して非難を続ける男に、野太い声で言葉が返される。

 

「“オオムカデ”に気づけなかったことは悪かったと思ってる。……けどな、オレは止めたぞ。山の奥まで行くこたぁねぇってな。それを無視したのはお前だろうが、クラスト」

「あぁ? 俺のせいだってのか?」

「止めなさいってばっ」 

 

 睨み合う仲間たちに、もう一人の女性が息苦しそうに咳き込んでから、声を絞り出す。

 

「ごほっ、み、皆、ごめんなさい。私、のろま、だった、から……。テファも、治せ、なくて」

「エアリル、謝っちゃダメ。あなたが悪い訳じゃないんだから。私の怪我なんて唾つとけば治るわ」

 

 険悪なムードが漂っているのを知って、倬は精神を落ち着かせる魔法を遠くから発動させつつ、錫杖をワザと大きく鳴らして歩みを進める。

 

 その音を一早く聞きつけた“狩人”の冒険者バレツが立ち上がる。

 

「皆、静かにしてくれ。……誰か来る」

「あ? こんなとこに? バレツ、適当吹かしてんじゃねぇだろうな」

 

 苛立ちを抑えられないクラストをそのままにして、バレツに続いてテファも立ち上がった。

 

「錫杖の音ってことは、魔法職かも。……バレツ、私が力を貸してもらえないか頼んでみるから、あなたは下がって」

「お? なんでだ?」

「こんなところでその図体が突然迫ってきたら、獣だと思われて攻撃されても文句は言えないもの。いざって時は、女の方が交渉事にはいいのよ」

「……俺、”狩人”なのに、獣って、テファ、そりゃ酷くねぇか」

「事実よ。受け入れなさい」

 

 森司様に木や蔓などを退かしてもらいながら、倬が崖の手前まで辿り着くと、ガントレットをはめた両手を頭の上で振る女性が待ち構えていた。どうやら彼女がテファのようだ。黒に近い茶髪のストレートロングで、背中にはなぜか矢筒を担いでいる。

 

「すいませーん! 仲間が魔物の毒にやられてしまって、力を貸してもらえませんか?」

 

 倬はなにも知らない風を装って返事をする。

 

「……こんな山奥で、立ち往生を?」 

「はい。毒を受けたのが仲間の“治癒師”で、治療も出来なくて……」

「なるほど、そういう訳でしたか。どこまでお役に立てるかは分かりませんが、お手伝いしましょう」

 

 話の分かる魔法師で良かったと、小さく安堵の溜息を吐くテファ。後ろを振り返り、仲間に声をかける。

 

「よかった。クラスト、バレツ、力を貸してくれるって」

 

 赤褐色に近い髪色で短いモヒカン頭の、日焼けした大男がテファの隣にやってきた。なるほど、シルエットは熊さんみたいである。

 

「俺はバレツ・ウォート。突然ですまないが、宜しく頼む」

 

 広い背中に弓と矢筒を担いでいることから、バレツの天職“狩人”は弓使いの一種なのだろう事が分かった。テファも矢筒を担いでいるのは、矢が不足しない為の配慮のようだ。

 

 二人について崖に向かうと、横たわる女性を庇う様に腕を組んで立つ男が見えた。金髪のツンツン頭で中々のイケメンだが、眉間には皺が寄っている。

 

「あんた、こんなところまで一人で何しに来たんだ」

「ちょっと、クラスト! 手伝ってくれるって言ってくれた人に、何で喧嘩腰なのっ! あの、ごめんなさい」

「いいえ、構いませんよ。一人でこんな場所まで歩いてきた私を不審に思うのは、当然と言えば当然でしょう」

「……質問に答えろ」

「“祈祷師”としての修行の一環です。それ以上でも以下でもありません」

「聞かない天職だな、何とか出来るのか」

「診せて頂かない事には、何とも」

「ちっ。エアリルに()()()しやがったら……分かってんな?」

 

 そう言って、クラストは腰に下げている剣の柄に触れる。理不尽に脅している自覚はあるのだろう、倬の穏やかな表情に少したじろぐ。

 

「信用ならないと思ったら、即座に切り捨ててくれて構いませんよ」 

 

 明らかに失礼な態度を示しているクラストを気にも留めていない倬に、テファとバレツは顔を見合わせる。二人には、倬が相当な修羅場をくぐってきた強者に映ったらしい。

 

 クラストを横切り、エアリルと呼ばれた女性の傍に立膝をつく。

 

 テファとは趣の異なる清楚系の美人であるエアリルだが、その顔色は既に真っ青だ。後ろで一本に編んで、根元と編み込みの終わりをピンク色のリボンで結んでいる茶色のロングヘアは、力なく地面に垂れ下がっている。

 

(唇が青い。確か……チアノーゼ? ってやつだったか)

 

 エアリルの虚ろな目をしっかりと見つめて、優し気に目を細めてみせる。

 

「初めまして、霜中と言います。少し、手に触れさせてもらいますね」

 

 彼女の震える手を持ち上げ、脈を測る仕草をしながら、倬は瞑目する。ひとまず回復魔法で傷を癒す。

 

「我、この身を現す光をもって、彼の者が受けし疵痕(きずあと)(りょう)せんと、祈る者なり、“疵癒(しゆ)”」

 

 倬の深緑色の魔力光と白い光系魔法が混ざり合った、淡い緑の輝きがエアリルの傷を癒していく。

 

「まだ話しはできますか?」

「は、い。まだ……、なん、とか」

「声を出すのが辛いようなら……、そうですね、瞬き一回が肯定、二回が否定で返事をして下さい」

 

 その提案に従い、エアリルはゆっくり瞬きを一回返してくれた。

 

「痺れは全身に?」

 

 瞬き一回。肯定(イエス)だ。

 

「痛みは強いですか?」

 

 今度は瞬き二回。つまり否定(ノー)

 

「呼吸は辛いですか?」

 

 これには、瞬きを一回。

 

 こうやって質問を繰り返し、直接症状を聞きつつ、同時にいつかディジオにやった様に精霊達にその容態を探って貰う。

 

 毒の影響を探り終えた森司様が“念話”を送って来る。

 

『ふむ、どうやら魔力の影響を受けた強い神経毒にやられたようだな』

『となると光系魔法で解毒ですかね』

『いや、もう少し厄介だ。受けた毒の量が多かった上に、治療が遅れたことで、ただ浄化してもどこかに痺れが残る』

『とすると?』

『折角だ。僕の得意分野で治療しよう。そこの茂みに生えてる木の実を採ってこい。他に必要な薬草は“寝床”から持ってきたから、薬を作れ』

『私が薬を、ですか? ……神経毒に有効な解毒剤なんて、私に作れるでしょうか』

『倬の故郷では難しくとも、この世界の薬草でなら問題ない。僕は何の精霊で、倬は何の精霊の契約者だ?』

『失礼しました、“森の精霊様”。ご教授の程、宜しくお願いします』

 

 エアリルの手をそっと戻し、腰に巻いていた箱から小さな魔石と草を取り出す。早速、“森の妖精”もりくんが薬草を持ってきて“宝箱”に入れておいてくれたのだ。

 

 言われた通りの木の実を採取して、箱から紙とペンを取り出して魔法陣を書くと、祈祷師特有の詠唱を行う。魔法で呼び出した岩を器用に変形させ、薬草をすりつぶすためのハンドルのついた円盤と受け皿――よく時代劇なんかで見る薬研(やげん)だ――を創り出した。

 

 本来、この程度のものを創り出すなら“錬成”の方が早いのだが、実のところ倬自身に“錬成”の才能があまり無かったのが原因で、倬の場合は魔法の方が失敗が無かったりする。また、魔法職の“祈祷師”が技能に“錬成”を持っていると言うのはこの世界では不自然極まりないので、練習したかったのを我慢したのも理由である。

 

「エアリルさん、もうしばらく、頑張ってくださいね」

 

 瞬きを一回。そのままエアリルは目を閉じる。

 

 森司様の指示に従い、“燃維”と“旋風”を同時に発動させて、草や木の実を乾燥させる。

 

 一連の流れるような倬の所作に、見惚れるように見守っていた三人の内、バレツが恐るおそると言った風に尋ねてきた。

 

「なぁ、エアリルは治るんだよな?」

「はい。普通なら魔法で治療してもいいですが、少し厄介な事になっているようなので、薬の方が後遺症を残さなくて済むと判断しました」

 

 この返事に、三人の表情が緊張したものから柔らかいものに変わる。

 

「さて、皆さんの治療もしないとですね。……特に、えっとテファさんでしたよね、我慢しちゃダメですよ」

「べ、別に我慢なんて」

「左脇腹……、肋骨ですか?」

「その……」

「この期に及んで遠慮なんかいりませんよ。……もし必要なら、目隠しでもしましょうか?」

 

 

 ゴリゴリと薬研で薬草を潰す音の中に、焚火の薪が爆ぜる音が混ざる。

 

 樹海産の薬効の強い植物が擦られる事で、周囲には強いハーブ香が漂っている。

 

 全員の治療を終え、エアリルの麻痺も解毒剤によって引かせることが出来た。今、倬が作っているのは滋養の薬だ。

 

 調薬の最中に彼らの事情を聞いた。彼ら四人の冒険者――“戦士”クラスト・ウドライ、“狩人”バレツ・ウォート、“拳士”テファ・イバート、“治癒師”エアリル・スゲイン――は大型の魔物一体を退治する依頼を受けてこの山に入ったのだそうだ。

 

 依頼こそ達成したものの、別の魔物に襲われ“治癒師”であるエアリルがまともに動けなくなり、魔物達から全員で逃げるために魔力も魔力回復薬も使い果たしてしまった。

 

 そこに、倬が通りがかったと言う事らしい。

 

 苦痛なく動ける程度にまで復調したエアリルが、倬の手元を興味深げに見つめる。

 

「霜中さんは、本当に“薬師(くすし)”ではないんですか?」

「ええ、私はただの“祈祷師”ですよ。職業としての“祈祷師”は、そもそも何でも屋みたいなものなので」

 

 魔法で出した水を白湯(さゆ)にして、そこに薬を溶かし混ぜる。容器も土系魔法と“削水”で形を整えて作ったものだ。

 

 それを四人に渡していく。若干とろみのついた緑色の液体に、飲むのを躊躇うクラスト。

 

「あ~……、そういや詠唱も普通と違ったよな。“祈る者なり”ってさ」

「祈祷師には専用の魔法があるんですよ。一般の魔法より明確な“型”があって、基本的に“自分はこれこれこう言うことを祈っている者です”と宣言するんです」

「へぇ~、“祈り”って言うと“聖祷師(せいとうし)”なんかは知ってるけど……」

「……“聖祷師”?」

 

 テファの言った聞き覚えの無い“聖祷師”と言う天職に、つい聞き返してしまった。

 

「あれ、知らない? 教会とかに仕えてて、“祈り”で魔法の効果を高めたり出来る天職。私の親戚がその“聖祷師”なの」 

「こいつ、テファの実家、イバートって名家なんだぜ。親戚には神殿騎士とかが居るって言うさ。なぜかテファだけ“拳士”で産まれてんだけどよ」

「……バレツ、余計な事まで話してんじゃないわよ」

 

 四人が薬の苦みと格闘している間、倬はメモ帳に“聖祷師”の特徴を書きつけていた。その様子を、土さんが不思議そうに眺めている。

 

『倬、どうした?』

『いえ、“聖祷師”って聞いたこと無いな、と』

『別に倬が知らんのはおかしい事ではないだろう?』

『あー、そのですね、それは当然、全ての天職を網羅してるわけではないんですけど、ただ、天職って現実に存在する職業の他に、結構、ゲームなんかで馴染みのある名前が多いみたいなので、違和感があって』

『どういうことだ?』

『確かに馴染みのない天職も存在はするんですよ、“土術師”とか“風術師”がそうです。でも要は属性特化ってことでそれは理解できます。そこへいくと“聖祷師”は現実の職業としての馴染みも無ければ、名前からどんな天職なのか想像も難しい。“祈祷師”は地球にも存在する職業……と言うか立場ですが、“聖祷師”は聞いたことが無いです』 

 

 倬の疑問に、土さんも体をうにょーんと曲げる。思い当る所が無いか考えているらしい。

 

『ふぅむ、そう言われてみると儂も“聖祷師”と名乗っている人の子は見たことが無いな』

『そうなると“奴”以降、あるいはステータスプレートが流通した後の、トータス特有の職業なのかもしれませんね。その内、天職とはそもそも何なのかも調べてみましょうか』

『『『倬、“ワクワクしてきたぞ”?』』』

『まぁ、どうやって調べればいいのか見当もつきませんが、考察するのはタダですからね』

 

 薬を飲み切った四人に、お口直しのほのかに甘みのあるお茶を渡す。これは最近になって、音々様がスティナから貰った茶葉を煎じたものだ。

 

 お茶を受け取ったクラストが、バツの悪そうな顔を見せる。

 

「……その、さっきは酷い態度とっちまって、すまなかった。助かった」

「いえ、気にしてませんよ。あれも仲間を思えばこそ、でしょう?」

 

 居心地悪そうに目線を逸らす様子に、他の三人も苦笑いを浮かべる。

 

 肩の力が抜けたらしいバレツが、お茶をすすりつつ冗談っぽく話を始めた。

 

「でも、本当に助かった。俺なんか、ダメ元で“癒しの泉”でも探しに行こうか、なんて現実逃避してたくらいだからな。いやいや、無駄に動かないで、霜中に会えて良かったぜ」

「“癒しの泉”?」

 

 “癒しの泉”に興味を持った倬を察して、エアリルが説明してくれる。

 

「この山に入る前の街道に露店が集まっている場所があるんですけど、そのあたりでは有名な話みたいです。その泉に入ると、どんな傷も病も癒してくれるとか」

「まぁ、あくまで噂話だ。確か、ここ来る前に飯食った屋台で聞いたんだったな」

「私達が軽食を頂いた屋台の店主さんは、山の何処かに、誰が作ったのかも分からない小さな山小屋があって、そこで休んでいると突然泉が現れるらしい……なんて話もしてくれました」

「それ、面白い話ですね。探してみようかな……。しかし、どんな傷も病も癒すって、神水でも湧いてる……? いや、だったら突然現れるってのは変か……?」

 

 ぶつぶつ独り言を言いつつ、メモ帳に泉が回復作用を持つ理由の予想を書き始める。

 

 それを見て、エアリルが柔らかく笑った。

 

「ふふっ」

 

 今度はその様子にバレツとクラスト男二人の表情が固まり、テファが意外だと驚いたような顔をする。

 

「え、どうしたんですか」

「いえ、その、さっきまで祈祷師“様”って感じだったのに、急に子供っぽく見えて」

 

 子供っぽいとクスクス笑いを続けるエアリルに、微妙な気分になった倬は、開き直ることにした。

 

「えー……、ま、まぁ、自分十五なので、子供って言われても、あながち間違ってませんけどね?」

 

 すると、倬以外全員の表情が驚愕を浮かべたものに変わる。

 

 テファがポツリと零す。

 

「うそ……、年下……? 五歳も……?」

「あ、あはは、ちょっとビックリしました。その……同じ年か年上かと思ってたから……」

 

 エアリルも驚きを口にする。

 

 バレツとクラストも続いた。

 

「俺は二十五だけどよ、ぶっちゃけ同世代だと思ってたぜ?」

「俺、二十一。どう考えても俺のが若いな」

 

 流石にショックを受ける倬。例によって風姫様が倬の頭の上で爆笑している。

 

「そんなに老けてます……? ……確かに昔から町内のガキんちょ連中からは“おじさん”とか“おっさん”とか呼ばれたりしてましたけど、そんなに……? あれ、私って、老けすぎ……?」

「あぁ……! 違うんですよっ! 悪い意味じゃなくて、大人びてるって事で!」

「あらあら、エアリルが必死、珍しい。けど、本当に悪い意味じゃないわよ? そこの、いつまでもガキっぽい奴よりよっぽどマシよ」

「言われてるぞバレツ」

「なぁ、クラスト、ひょっとしてそれは冗談で言っているのか?」

 

 

 テファが先導して、倬の隣にエアリル、その後ろにバレツとクラストが並んで、山の崖を削った道を下っていく。

 

 風はそこまで強くないが、柵や手すりのような物は無く、まさに崖っぷちの道である。

 

 修行の合間に“癒しの泉”を調べる事にした倬を、四人が噂を聞いた屋台まで案内してくれる事になったのだ。

 

 倬より僅かに身長の低いエアリルが、下から覗き込んでくる。

 

「それにしても、霜中さんの薬、凄い効き目ですね」

「手持ちの中で特に薬効の高い薬草を使いましたから、自分の腕ではありませんけどね」

「いやいや、霜中君、君の薬はお金とれるよ?」

 

 薬のお陰で調子が良いと、機嫌よさげに後ろ向きに歩くテファ。いつの間にか倬を“君”づけだ。

 

 なにやら浮かれているテファに、バレツが呆れて苦言を呈する。

 

「おい、テファ。あぶねぇから前向いて歩け。いや、でも霜中、テファの言う事は尤もだと思うぜ。俺は“狩人”だからよ、他の戦闘系と比べても魔法適性めっちゃ低いんだよ。だから薬草とかも覚えなきゃならねぇんだが、どうにも薬作りってのは加減が難しくてな。霜中の作ってくれた薬がとんでもないもんで、普通じゃ手に入らないモノだって事くらいは分かる」

「俺なら、その腕でひと山当てにいくな。いっそ店開いてみたらどうだ?」

 

 クラストがあくどい顔で冗談交じりに提案してきた。

 

 そこまで言ってもらえるのは、倬としても悪い気はしない。倬にとってみれば森司様が絶賛されているように聞こえるので、寧ろそっちが嬉しかった。

 

「……露店って“ショバ代”取られるんですかね?」

「あ、霜中さん、その気になってますね。ふふっ、屋台のご主人に聞いてみます?」

「そうしてみます。露店が集まってるってことは交通の要所なんでしょう? 案外、そこのお客さんに“癒しの泉”について詳しい人がいるかもしれませんし」

「……なんだか凄いですね。全部を繋げようとしてる、と言うか」

「“全部を繋げようとしてる”ですか……、今の自分にとっては、全てが“修行”なので、言い得て妙かもしれません」

 

 何気なくエアリルに返した倬の言葉に、テファがからからと笑ってみせる。

 

「いやー、しっかりしてるね。霜中君見てると、お姉さん、自分の将来が心配になるよ」

「あの、テファさんって最初に会った時と大分印象が違いますよね?」

「テファは真面目な時と、そうじゃない時とのギャップが凄いから……。霜中さんが年下って知って、気が緩んでるんだと思います」

「あれっ? なんかガッカリされてたりすっ……ぅあっ!」

 

 突き当りのカーブ手前で、後ろ向きに歩いていたテファが石に躓く。どうにか崖っぷちの()で踏ん張って持ちこたえた。

 

「あっぶなぁ……」

 

 冷汗を流しつつ、仲間達に苦笑いを見せようとしたところで、全力で踏ん張った足場が崩れる。既に体勢を悪くしていたテファは対処できない。その姿は瞬く間に崖の下、死角に消えてしまう。

 

 仲間達が声を出すこともままならなかった所に、倬の溜息が聞こえた。

 

「全くもう……」

 

 その声が聞こえた場所に、倬の姿は既に無い。テファを追って、一足で崖を飛び降りたのだ。

 

「我、この身を包む大気を留め、旅路を阻む憂いを遠ざけんと、祈る者なり、“風固(かぜかため)”」

 

 落ちるテファの背中に空気の塊が出現する。風の塊に柔らかく跳ね返されて、テファは重力に逆らい真上に軽く弾む。

 

 再び重力に引かれようとするテファの腰に、倬の左腕が回される。

 

「ふんッ」

 

 倬は右手に持つ錫杖の先に出した魔力刃を崖に突き刺し、錫杖にぶら下ることで落下を阻止するのに成功した。

 

 風系魔法“疾駆”で崖を蹴って上に向かって跳び、“飛空”で移動速度を調整しつつ元の道に戻る。

 

 着地して、倬は安堵の溜息を一つ。

 

「ふう……。今回は間に合ったのでいいですが、怪我治ったばっかりなんですから無茶な真似しないで下さいね、テファさん?」

 

 倬は真面目にお説教したつもりだったのだが、脇に抱えられたままのテファの様子が何やらおかしかった。

 

「えっと…………、その、ごめんなさい。何て言うか、その。し、霜中君って、意外と、その、凄い鍛えてる、のね。思ったよりも胸板厚いって言うか、男の子、なんだなって。あはは、何言ってんだろ、私。は、反省する……、します!」

 

 元々、割と恋愛脳である倬は、この反応の意味をつい分析してしまった。その分析が正しいかどうかは関係ないのだ、倬にとっては習性のようなものである。

 

(おっふ、“吊り橋効果”ってやつ……? ど、どうするべぇかな……)

『………………“恐怖によって引き起こされた鼓動の高まりを、好意によるものと錯覚してしまう”だったか?』

『うむ、倬の世界はどうでも良さそうなことを真剣に考えているのが面白いな』

 

 倬の頭を挟んで、宵闇様と火炎様が“吊り橋効果”と言う地球の考え方を面白がっていた。

 

 中々離れようとしてくれないテファからそっと距離を取る。どこか名残惜しそうに「あっ……」と呟かれたのが心臓に悪い。 

 

 気まずさに視線を泳がせて他の三人の顔を見ると、男二人は理解を拒むような無表情になっていて、エアリルの表情もテファを心配しているものではない事が分かる。種類としては“戦慄の表情”に近いだろうか。

 

「テファ? 本当に気を付けようね……?」

「あ、うん。その、エアリル? なんか、目が怖いんだけど、ホントにごめんね?」

 

 その後は倬とエアリルが並んで先頭を歩くことになり、テファが倬の真後ろを顔を伏せながらついてくる形になってしまった。テファから盗み見るようにチラチラ視線が向けられられているのが背中越しでも分かってしまい、非常にやりづらい。

 

 最後尾をバレツとクラストが一言も喋らず黙々と歩き続けるせいで、謎の緊張感が漂ってしまっていた。

 

 そんな状況なのに、やたらと口数の多いエアリル。何だか距離が近い。

 

「さ、さっきの霜中()、凄かったです……。その、もしも私が危ない目にあっても、同じように助けてくれますか……?」

「え、ええ。それはまぁ、出来る範囲で、ですが……」

「それなら、安心ですね!」

 

 急にぐいぐい近寄って来るようになったエアリルとの距離を保とうとしているうちに、かなり道の端に寄ってしまっている事に気がつく。

 

「えっと、エアリルさん? 気のせいですかね、端に寄り過ぎてはいませんか?」

「わ、ホントだ。危ないですね。……もっと真ん中を歩かないとですよ? 霜中()

(きゅ、急になんだこれっ……っ、どうするのが正解な()()? 正直、逃げ出したい……っ!)

 

 微妙な雰囲気をそのままに、一行は夕方前に露店の集まる街道まで辿り着くことが出来た。

 

 大きな街道であるとは言え、夜まで営業するには魔物の生息域と近いせいか、既に帰り支度をを始めている露店が殆どだ。

 

「私達が話を聞いたのは、あの屋台ですよ。霜中君」

 

 他の店が片づけを始めている中で、まだ営業を続けている屋台を指さすエアリル。

 

 規模が他の露店とは異なり、三十人以上が座れるスペースを確保していて、いまの時間でも二グループほどが食事を摂っていた。 

 

 エアリルとテファが並んで暖簾をくぐる。

 

「いらっしゃいませぇ! ……おぉっ? 朝方来てくれた嬢ちゃんたちじゃねぇか。ってことはあと兄ちゃん二人だな。適当なテーブルにすわってくんなっ!」

 

 二人の顔を覚えていたらしい、威勢のいいおっちゃんが来店を歓迎してくれた。

 

 愛想よく、テファが手を上げる。どうやら、テファもようやく調子を取り戻せたようだ。

 

「どうもー、店主さん。霜中君、折角だし、ここで一緒に食べていかない?」

「助けてもらったお礼もかねて、お代は私たちが払いますから」

「あ、いや、何も奢ってもらわなくても……」

 

 咄嗟に遠慮してしまう倬だったが、クラストとバレツに背中を押されて近くの席に座らされる。

 

「黙って奢られてくれ。そうしないと俺達の気が済まん」

「ここの支払いだけなら安いもんだしな。霜中のお陰でギルドからの報酬も入るんだから、遠慮すんな」

 

 ここで固辞するのも失礼だと思い直して、言われた通り黙って奢ってもらうことにする。男二人に挟まれる形になり、正面にエアリルとテファが座った。

 

 そこに、店主自らお茶を四つ持ってきてくれた。

 

 どうやら、この店ではお茶をサービスで持ってきてくれるらしい。

 

 店主は席についた五人を見て、一人増えている事に気付き、近くにいたバレツに確認する。

 

「おりょ? 一人や二人減るってのはわかっけど、一人増えたのかい?」

「まぁな、色々あって俺らの恩人だ。サービスしてやってくれ」

「ほー、恩人ねぇ。ここいらは初めてかい、兄ちゃん」 

 

 言いながら、“A4”サイズ位の板を倬に差し出す。板には料理の絵と説明書きが書かれていた。

 

 どうやら、穀粉を捏ねた生地で肉だねを包み、鳥の骨を使ったスープで茹でたものがメイン料理のようだ。三品書かれているが、辛さや具材以外には大きな違いはなさそうに見える。

 

「はい。自分は神山よりも、もう少し北東の方から来たので」

「はへぇー、そんなとっから遥々こんなとこまでかい!」

「そうですね、この辺りは大陸中央寄りなのに山が多くて、何だか落ち着きます」

「なるほどなぁ、ただ仕事してっと不便なばっかりだけど、もともとそっちの人ならそう感じるんだなぁ。……おっと、仕事しねぇとな。どうするね?」

「じゃあ、一番上の“ダンプタンスープ”でお願いします」

「あいよ。後の四人はどうする?」

 

 店主に促されて、テファ、エアリル、バレツ、クラストの順で注文する。

 

「そうね……、あたしも一緒で」

「私も、“ダンプタンスープ”でお願いします」

「俺は“ダンプタン辛味増し”で」

「んじゃあ、オレは鳥肉追加のやつ」

「あいよ。ちょっと待ってくれな。先に茶ぁ、持ってくるからよ」

 

 店主が厨房に戻り、暫し談笑だ。

 

 かなり田舎から来た割には倬の訛りが弱いと言った話から始まり、お互いの旅や依頼についてが主な話題になった。

 

 そして、店主が他の店員と一緒に、出来上がった料理を持ってきてくれた。

 

「ほい、お待ち。恩人殿の分には“ダンプタン”おまけしといたからよ。味わってくんな」

「あはは、頂きます」

 

 目の前に置かれた“ダンプタンスープ”の見た目は、見紛うこと無きワンタンスープだった。

 

 やや茶色がかった清澄なスープの表面に、透明な鳥の油とこげ茶色の油がぷかりぷかりと浮かんでいる。

 

 肉だねを上品に包み込む乳白色のワンタン……ではなく“ダンプタン”が七つ、スープの中で漂っていた。

 

 倬はまず、スープから立ち昇る湯気を、ゆっくりと吸いこむ。

 

 鶏がらスープを思い出させるベースの香りには嫌味が無く、清々しい。鼻を抜けるごま油に似た香ばしさが食欲をそそる。そこに緑色の香味野菜が彩と華やかな匂いを添えている。

 

(まずは、スープだ)

 

 一緒に渡されたスプーンでスープを一口。

 

(……っ!)

 

 “ダンプタン”から僅かに染み出した肉だねの荒々しい味わいが、ただ上品なだけのスープではない事を教えてくれる。恐らく肉だねに使われているのだろう香辛料が、穏やかな印象のスープにパンチを加えているのが分かる。

 

 だが、それだけではない。このスープの奥深さは、それだけでは説明できない。

 

(土の香り……、いや、“山”の香り……)

「これは……、キノコ……?」

 

 思わず口をついて出たその言葉に、店主が身を乗り出した。

 

「兄ちゃん、分かったのか……?」

 

 しかし、倬はそれに気づかないまま、食事を続ける。

 

 スプーンに“ダンプタン”を一つ乗せて、ふーっと息を吹きかける。少し冷ましてからスプーンを口に運ぶと、つるりと“ダンプタン”が口の中に入り込んできた。

 

 滑らかな舌触りで、もっちりとしながらも歯切れのよい生地。

 

 生地を噛みしめれば、程よくスパイスが効いた肉の味が口いっぱいに広がった。

 

 “ダンプタン”を飲み込み、肉汁の旨味を口の中に残したまま、再びスープを一口。

 

 優しい味わいと力強い味わいが渾然一体となり、これこそが“ダンプタンスープ”なのだと理解できた。

 

「キノコ、それも、干しシイタケに似てる……。それを……ギリギリまで抑えて主張させてない? それで旨味を足してるのか。肉だねにも使って歯応えを出してるっぽい? これ、凄いなぁ……、美味しい……」

 

 食事に没頭する倬の両肩を掴んだ店主は、そのまま倬をがくがく揺らして興奮を露わにする。

 

「すげえのはあんただよっ! 干した“シイドダケ”を言い当てられたのは初めてだっ! あんた何もんなんだ!」 

「じ、自分は“祈祷師”ですが……、て、店主さん、どうなさったんですか?」 

 

 店主の様子にやっと気がついて、周囲をきょろきょろして助けを求める。

 

 目が合ったエアリルが微笑み、他のメンバーには感心されつつ笑われる。

 

「あんなに真剣に料理を食べる人を見るのは初めてでした」

「ほんと、何事にも真剣なのね、霜中君」

「なんつうかよ、“味わう”ってのはこう言う事なのかと思ったわ。……こっちの辛ぇ方も旨いぞ?」

「食い方からしてなんか違ぇもんな。……オレの鳥肉も一口食うか?」

「えーっと、まぁいっか。是非一口」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 店主に気に入られた倬が“癒しの泉”について聞いたところ、この街道――通称“露店街道”――を行き来する行商人達の噂話であったことを教えてもらうことが出来た。

 

 ただし、人によって泉があったと証言する山が異なるらしく、誰が作ったともしれない小屋が複数、別の山に点在していると言うのがあまりに不自然であるとして、物見遊山で探す者も居なくなってしまったのだそうだ。

 

 泉に興味があることと、後学の為にこの街道で露店を開いてみたい旨を伝えると、店主は再び目の色を変えて、倬の相談に乗ってくれた。

 

 なんでもこの“露店街道”を取り仕切っているのが、店主サラニ・アリナミが数年前まで代表を務めていたアリナミ総業だと言うのだ。

 

「兄ちゃんはどれくらいの間、店だしてぇんだ?」

「そうですね、路銀に少しだけ余裕を持たせられればそれでいいので、二日程度で良いんですが……」

 

 もちろん、これは方便である。腰の“宝箱”には現時点でも日本円にしておよそ一千万円が入れられているので、噂を聞きたいのと、薬売りの真似事を経験してみたかったのが本当の理由だ。

 

「二日じゃあ大した稼ぎにはならねぇと思うが、隅っこで良いってんなら俺が許可してやろう。場所代はウチで飯を食ってくれりゃあいい」

「いいんですか?」

「ついでに試作の味見もしてってくれると助かる。あとそうだ、滋養の薬な。俺にも頼むわ」

 

 そのままアリナミ総業の担当者と、場所と出店時間の打ち合わせをすることが決まり、冒険者四人組とはここで別れることとなった。

 

「それじゃあ、エアリルさん。残りの薬は一日一包、朝昼夕いつでもいいですが、食後にお湯で溶かして飲んでください」

「はい。本当にありがとうございました。……霜中君、また会える日を楽しみにしてますね」

「霜中君に助けてもらったこと、絶対に忘れないわ。その……、また会いましょう」

「その時はよろしくお願いします、テファさん」

 

 そしてクラストとバレツが、女性二人に割り込むように、それぞれ倬の肩に手を置いて言う。

 

「今回の事、本当に感謝している。でも……、出来れば早く旅に戻ってくれると助かる」

「霜中、お前に会えてよかった。俺も調薬の勉強、本格的に始めるつもりだ。あとは、そうだな……二人の事は気にしなくていい。なんかデカい目的があって修行の旅なんてものをしてんだろ?」 

 

 クラストとは違う雰囲気で気を使ってくれたバレツに、倬は少し驚いてしまった。パーティー内では年長であるが故に、倬の振る舞いから何かを感じ取ったのだろうか。

 

「それは、その……」

「まぁ、気にすんな。人には人の事情ってのがあらぁな。さーて、お前ら、ギルドが閉まっちまう前に町に戻るぞ」

「ちっ、なんでバレツが仕切ってんだよ」

「うるせぇ。たまには年長者を敬いやがれ」

 

 そのまま店を後にする四人組を見送る。

 

 お互いが見えなくなる距離まで後ろを振り返るテファとエアリル。二人を急かすクラスト。その三人を困った様に見ながら歩くバレツ。

 

 仲間と、冒険をする。

 

 それが、今の自分には叶うべくもない事だと倬は知っている。

 

 精霊様の御加護を戴く為の倬の修行に、いずれ“神”と対峙することを決めている倬の旅に、他の誰かを付き合わせることなど、考えられない。

 

 あの四人組は、この世界(トータス)においては特殊な構成のパーティーだった様に思うが、それでも彼らと共に行動した数時間は、倬にとって悪いものでは無かった。

 

『まぁ、長く一緒に居れば、楽しい事ばっかりじゃないんでしょうけどね』

 

 そんな“念話”を、誰という訳でもなく、精霊様に送る。

 

 真っ先に、風姫様が冗談交じりに“念話”を返してくる。

 

『あら、なによ倬、あたしたちに何か不満なわけ?』

『ん~……、強いて言えば、不満が無いのが不満ですかね』

『も~、霜様の贅沢者~』

 

 倬なりの“デレ”を感じ取って、空姫様が照れたような顔になっていた。

 

 明日からの事を精霊様皆と相談しながら、倬は屋台に戻る。

 

 賑やかさはどんなパーティーにだって負けることは無い。不満なんて、あるはずが無かった。

 

 




タイトル元は《惚れた病に薬なし》でした。

いい加減、霜中君にもこう言うことがあって良い頃合いかと思ったりしてしまいました。

実際は、テファとエアリルは“お近づきになっておきたい”程度の気持ちでしかなかったりします。

二人は結婚年齢が若いトータスで、二十歳の女性でありながら特定の相手が居ないので、ほんのり焦っていたりします。ただ、親に結婚相手を決められるのは嫌だと言う理由で、冒険者をしている彼女たちでした。

では、ここまでお読み頂き有難うこざいました。
次回投稿は4/14を予定しております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。