すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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あくまでも幕間ですが、今回もよろしくお願いします。


幕間・氷の城を造ろう

 シュネー雪原の最南東に、小さな山の一部が荒っぽく抉りとられたような場所があった。

 

 魔人族領側から見るとただの山にしか見えないが、樹海と南の海を見渡すことが出来る上に吹雪の勢いが比較的な穏やかなスポットである。

 

 その場所を、氷塊が埋めていく。

 

 “氷の精霊”雪姫様と倬が力を合わせ、氷塊の一部を操作して、全長十五メートル程度の縦長な氷の城を築いているのだ。

 

 城とその周辺で、精霊と妖精がそれぞれの力を存分に活用して、思い思いの装飾を施していた。

 

 氷の城に削り描かれた窓の前では、五本線が書かれた白のワンピースがふわりと揺れる。

 

「「ふふふーん、ふふふー」」

 

 “音の精霊”音々様と、その妖精ねねちゃんの、楽しげで伸びやかな鼻唄が辺りに響き渡っている。

 

 氷の壁を二人で挟むように「あーー」と綺麗な声を出すと、透明だった氷が白くなった。

 

「倬様みてみて! 磨りガラスみたいでしょー?」

「ねねちゃんたち、けずってないんだよーー!」

 

 声によって振動を加えることで、氷の内側に微細なヒビを入れたようだ。細かなヒビが光を乱反射させて、白く見えると言うことらしい。

 

「ちょっと、これ本当にすごいのでは……? 硬度保ってますよね」

「ええ、音々様はとてもお上手ですよ。素晴らしいです」

「そうなの“すばら”なの、あなたさまー」

 

 白い着物を美しく着こなす雪姫様が倬の隣に浮かんで、疑問に満足げに答えてくれた。その妖精ゆっきーも頭の上に正座して嬉しそうだ。

 

 城から少し離れた辺りでは、なにやら騒いでいる精霊と妖精がいる。

 

 全身を人の形に燃え上がらせる“炎の精霊”火炎様に、火の玉を潰したような見た目の妖精、かーくんが小脇に抱えられていた。

 

「ぐっ、はなせ、俺! かーくんも手伝うんだ!」

「止めとけ、俺たちに出来ることは表面処理位だ。仕上げに入るまで諦めろ」

「いやだ、燃える妖精、かーくんは諦めない! うおおおおっ!」

「俺が風姫にどやされるんだ、我慢しろ」

 

 必死に体を燃やすかーくんだが、火炎様には敵わないらしい。

 

 二人の炎熱で氷雪が溶かされ露出した地面を、着ている茶色ローブと長い髪が濡れるのも気にせずしゃがみこんで眺めているのは、“森の精霊”森司様だ。

 

「おっ。あったぞ」

「わ! ホントにあった。スゴいなっ。もりくんが“起こして”もいいか?」

 

 森司様がいつも傘のようにして持っている葉っぱをスコップの代わり使って地面を掘り、なにやら植物の種を掘り当てたらしい。

 

 妖精のもりくんは普段深く被っている葉っぱの帽子を上にずらして視界を広げると、種を見つめてはしゃいでいた。

 

 ちょっと気になったので、倬は二人に質問してる。

 

「一体、何をみつけたんですか?」

「おぉ、倬。これは現代の大地から駆逐されてしまった植物の種子だぞ」

「え、なんですかその話。ロマンしかないじゃないですか」

 

 見つけた種が、倬の琴線に触れたことを知って、テンション高めに飛び回るもりくん。

 

「なっ! なーっ! スゴいよな! これが咲かす花はとってもきれーなんだぞ!」

「今から育てられるんですか?」

「もりくんに任せろ!」

「よし、起こして育てて、増やしたものの何本かを氷に封じてもらうか。壁に埋め込めばいつでも綺麗な花が見られる」

 

 そう言ってから、もりくんと森司様がしゅるっと音を残してその場から消えた。

 

 樹海にある“寝床”に種を育てに行ったようだ。

 

 お城の方はどうかと視線を動かすと、いつのまにか入口までの十メートルほどに見覚えのあるアーチが並んでいたことに気づく。

 

「これ、“お山”にあったやつ……?」

 

 祈祷師の里の“お山”にあったアーチよりやや小さいが、灰色でつるっとした表面は同じものだ。

 

 アーチをくぐってお城の入口に向かう。

 

 途中のアーチに、“大地の精霊”土司様とその妖精で、十ぴ……人以上のつっちーが張り付いて、全身をぷるぷるさせながら磨いているのが見えた。

 

「やはり入口まではアーチが無いとな。倬もそう思うじゃろぅ?」

「「「「つっちー! あい、あむ、くれんざー!」」」」

「つちさん、これ作るの本当に好きなんですね」

「「「「まい、ふぇいばりっとー!」」」」

「今でこそ人の子の方が巧くなったがな、大昔は、ここまで鉱石などをツルツルに磨けたのは儂らぐらいだったのだ。儂らが暇潰しに磨いた石ころが、宝石扱いされていた時期もあったからのぅ。もはや“手癖”じゃのぅ!」

「「「て、ないけどなー!」」」

「あ、なんか懐かしい流れですね」

 

 アーチの終わりまで歩いて行くと、お城の傍

に並ぶ厚い氷の前で“刀剣の妖精”やっくんが目を瞑り、抜刀術の構えをとっていた。

 

 その精霊たる刃様は腕を組んで、吹雪に微動だにせずやっくんを見ている。頭の高いところでまとめているチューリップみたいなチョンマゲもまるで揺れていない。

 

「はぁっ!」

 

 やっくんが発声と同時に刀を抜く。

 

 暫しの残心の後、氷が崩れ始めた。

 

「うむ、悪くないでござるな」

 

 崩れず残った氷は、納刀状態の“剣断ち”を模した形になっていた。

 

「ど、どうやって斬ったんですか?」

「あるじどの! みててくれたでござるか? やっくんは二十回ぐらいきってみた……ナリよ!」

「拙者ならその半分で出来るでごさる」

「そ、そんなに斬ってたんですか、本当に……? 全く刀身見えませんでしたよ?」

「稽古すれば、主殿にも出来るようになるでござるよ」

 

 その領域に辿り着くまで、どれくらいかかるのかと気が遠くなる倬。

 

 どことは言わずに遠くに視線をやると、視線の先に“空の精霊”空姫様がいた。

 

 いつもは晴れ渡る空みたいな群青色のワンピースなのだが、今のワンピースには所々に白い模様が浮かんでいる。

 

 空姫様は倬の視線に気づいたらしく、うふふと微笑んで手を振ってきた。

 

 手を振り返すと、妖精のくぅちゃんが青いふわふわな長い髪をゆったり揺らし、肩にしがみついて現れる。

 

「しも様どーしたの~?」

「いえ、たいしたじゃないですよ、くぅちゃん。ただ、ワンピースの柄が普段と違うなぁと気になっただけで」

「きづいた~? きづいちゃった~? くぅちゃんたちね、もよう変えられるの~」

 

 空姫様は、自分のワンピースの柄を空模様に合わせて変えることが出来るのだそうだ。

 

 朝焼け、青空、曇り空、雨天に、夕焼け空と星空などに変えてお洒落を楽しんでいるらしい。

 

 “飛空”で浮かび上がり、空姫様に話しかける。

 

「空姫様は何をなさってるんですか?」

「私はね~、吹雪が皆の邪魔にならないようにと思って、お天気とお話してたのよ~」

 

 “雪の女王”が住んでいそうなお城を二階建てスケールダウンしたとは言っても、氷の壁面に彫刻を施すのに【シュネー雪原】の天候はあまり条件がよろしくない。

 

 そこで、空姫様とくぅちゃんが天気を調節していたらしい。

 

「あとは上から全体のバランスを見てたわ~。雪姫ちゃんはぴしっとしてるのが好きみたいだから~」

「くぅちゃんたちが、“げんばかんとく”なの~」

「となるとお施主(せしゅ)様が雪姫様なわけですか」

 

 そう言われて改めて見てみれば、精霊や妖精達は各々自由に作業しているのに、お城とその周りの飾りなどの位置が左右対称になるように調節されているのが理解できた。

 

 空姫様の仕事っぷりに、倬はうならされる。

 

 精霊様達の中には、かつての契約者や親しみを感じた人々の特技を再現できる方がいる。空姫様の指揮能力もその類いのようだ。

 

 そういった精霊様達の中でも、ある意味で最もかつての契約者から影響を受けていると言って間違いのない、“風の精霊”風姫様を探す。

 

 すると、お城の壁を前に、銀色の毛先を斜めに垂らして悩んでいる姿が確認できた。妖精のふぅちゃんも同じように頭を傾けている。

 

「うーん、なんか違うわね……」

「ここもっとほる? それともこっちー?」

「んー、こっちね。もう少し彫り込みましょ」

 

 近寄って見ると、大空を飛ぶ無数の大きな鳥が隊列を組んでいる様子が見事に彫刻され、圧倒されてしまった。

 

「これは……、白鳥ですか?」

「あら倬。そうよ、倬の世界の白鳥。どうかしら、少し立体感が足りない気もするけど、悪くは無いでしょ?」

「いやいや、既に芸術として完成されてますよ? 風姫様、こんな特技があったんですね……」

 

 上手い褒め言葉が浮かばないでいる倬を理解して、風姫様とふぅちゃんがほのかに頬を赤らめる。

 

「えへー、ふぅちゃんすごい?」

「はい。間違いなく凄いです」

「ま、まぁね。アモレが作ってたのを手伝ってたら私の方が上手くなっちゃったのよ。ほら、あたしって天才肌だし?」

「そう言えばアモレ様って、家事以外は多趣味ですよね。絵画とか残ってましたから」

「薬草とかを研究用にスケッチするところから興味持ったのが始まりだったみたいね。あの子、凝り性だったから」

「流石は大賢者様。やるとなったらとことんですか」

「……まぁ、何をやらせても片付けは出来なかったけど」

 

 急にげんなりとした顔になる風姫様。どうやら、昔の苦労まで思い出してしまったようだ。

 

 薮蛇を避けるべく、その場から離れる。

 

 賢者と言えば、もう一人。“闇の精霊”宵闇様のも意識を探ると、海の方からこちらを見ているのを感じた。

 

 倬が探していたの察した宵闇様が“念話”を飛ばしてくれる。

 

『………………ん、倬。どうした?』

『宵闇様、そんなところで何をなさってるんですか?』

『………………外から見て、こんなに綺麗なお城があったら、ビックリしちゃうだろ? だから、な』

 

 結論を言葉にしなかった宵闇様だが、倬には直ぐに理解できた。

 

 万が一外から誰かに見られても雪姫様の“寝床”に気付かれないように、視覚的な封印をしてくれていたのだ。

 

 海の方に向かうと、漫画なんかで見かける、人から抜け出した魂を真っ黒にしたような妖精、よいくんが倬を出迎えてくれた。

 

「…………たか、こっちからみても、きれいだぞ」

 

 そう言われてよいくんの隣に浮かんで、日が射し込んでキラキラと輝く氷のお城を眺める。

 

「おぉ、いい感じになりましたね」

「…………だよな。よいくんも、すきだ」

 

 どこかぎこちないところのある笑顔だが、心からの言葉であることが伝わってくる。

 

 倬の足元に宵闇様も現れ、暫し一緒に、“寝床”造りを見守る。

 

「………………これ、姉さんが見たら喜ぶと思う」

「“姉さん”……と言うと“光の精霊様”ですか、早くお会いしたいですね」

「………………そう、言ってもらえると、宵闇も嬉しい」

「そう言えば前から思ってたんですが、精霊様にとっての“兄弟姉妹”ってどうやって決めるんですか?」

 

 この質問に、宵闇様は体を曖昧にブレさせる。慣れなければ動揺している時との違いを見分けるのは難しいが、これは声を出さずに笑っている時のブレ方だ。

 

「………………それはな、“言ったもん勝ちだ”」

「え」

「………………先に自分は姉だと“光の精霊”が言ったから、宵闇が弟になった」

「そんな簡単に……?」

「………………ミーヤクが言うには、“同系統、または相関関係にある精霊は、自意識であり自己同一性を獲得した順位を兄弟姉妹として認識しているのでないか”とか、なんとか」

 

 精霊のあり方について踏み込んだ話になってしまい、倬はとりあえずメモだけを残すことにする。

 

 “闇の賢者”ミーヤク様の考えが正しいとしても、先に宣言されただけで納得出来るものなのだろうか。

 

 そんな風に考え込んでしまった倬の視界の隅に、激しい閃光が映る。

 

 “雷の精霊”雷皇様の(いなずま)だ。

 

 風系統の精霊の中で、精霊自身が保有する魔力量や、もたらし得る破壊力が最も大きいのが“雷の精霊様”である。

 

 それほどの力を持っていて、風姫様と空姫様の弟で、音々様の兄と言う立場にあると言うのはどういう感覚なのか聞いてみることにした。

 

「雷皇様、ちょっといいですか?」

「倬殿? あ、いや、少し待ってもらえるか。もうちょっとでいいアイデアが浮かびそうなんだ」

「……えーっと、バチバチさせて何を試してるんです?」

 

 先程から雷皇様は、妖精らいくんと一緒に両手を突き出し、フォ○スよろしく電を散らしていたのだ。

 

「らいくんたちもな、かーくんたちといっしよでな、うっかりすると融かしちゃうからな、それでだ!」

「氷を融かさないような力の使い方を考えていたわけですか。それは中々難しそうですね」

「雷の光で上手くライトの代わりが出来ないかと悩んでいるんだが、やはり難しい。こういった事は“光の精霊様”の方が向いてるからなぁ」

 

 ほんのり悔しさを滲ませる雷皇様とらいくん。“寝床”造りに貢献したいと言う気持ちが伝わってくる。

 

「それなら……」

 

 そこで倬が提案したのが、科学博物館で見かける電気を視覚的に観察するための“放電球装置”だ。

 

「アナタ様、このような形でよろしいですか?」

「いいですね。有難うございます、雪姫様」

 

 雪姫様に協力してもらい、非常に薄いガラス玉のような氷を作る。玉の内部の空気を抜き、魔法陣を書き付けた紙を底に仕込んである。

 

 雷皇様とらいくん、倬が一緒に詠って魔法陣に魔力を注ぎ込む。“ぷち精霊魔法”である。

 

 魔法が発動すると、氷の玉の中央に小さな丸い繭のような雷が浮かぶ。

 

「たかどの! すごいぞ、ふよふよだ!」

「こんな力の使い方は初めてだな……」

「普通、上級魔法をこんな風には使いませんからね」

 

 倬が氷の玉に掌を乗せると、雷の繭から幾つもの青と赤が混ざりあった電気が伸びてくる。

 

 いつの間にか現れたゆっきーも、キラキラした目で覗き込む。恐るおそる人差し指を表面に触れると、ピーっと伸びる電気を見つめて、静かに興奮しているらしかった。

 

「あなたさまっ、きれー、きれーなのっ」

「らいくんも、らいくんもやるっ!」

「うーむ、いまさらながら精霊様や妖精でも電気って反応するのか……。この場合“電位”ってどうなってんだ? いや、待てよ、そもそも、このミニ雷繭(かみなりまゆ)は魔力なのか電力なのか、どっち……? うん、記録だけはしとこう」

 

 他の妖精達も興味を惹かれて集まってきたので、それぞれが触れたときの様子をメモさせてもらう。

 

「「「つっちー……。しょぼーん……」」」

 

 つっちー達だけが何故か反応せず、落ち込んでしまったのを慰める。

 

「ありがとうな、倬殿」

「いえ、ただの思いつきですから」

「そう言えば、倬殿の聞きたい事ってなんだったんだ?」

「おっと、忘れる所でした。雷皇様にとって弟扱いってどういう感覚なのか聞いてみたくてですね」

 

 倬の質問に、雷皇様はキョトンとした顔を見せる。

 

「また不思議な事を気にするんだな」

「どうでしょう、雷皇様ほどの力があったら自分の方が()って思ったりとかしませんか?」

「無いな」

「おっと、即答ですね」

 

 少しは悩むのかと思っていた倬は少し驚く。意外そうな倬の顔を見て、ふっと笑顔になる雷皇様。

 

「精霊も人の子も、そう変わりはないと思うぞ。倬殿だって“力が強いから兄”と言う訳ではないだろう?」

 

 そんな風に言われてしまえば納得するしかない。

 

「確かに、我が家で“出来が良かったら()”と言うことになると、尋ちゃんが姉になっちゃいますしね」

「それを当たり前の事として言えてしまう辺りが倬殿だな。まぁ、オレにもその感覚は分かる。実際な、姉弟達の中で、オレは一度に使える魔力が多いってだけでしかないんだ」

「どういう事ですか?」

 

 一度目を瞑った雷皇様は、姉と妹について語り始める。その声音は、なんだか誇らしげだ。

 

「風姫姉さんなら、オレの雷を当たり前のように掻い潜って、距離を詰めて風で切りにくる。空姫姉さんなら、そもそも雷を散らせるからな、まともに戦いにもならない。音々だってオレが力を使う気配を音で感知出来る。喧嘩にでもなったら、オレが一方的にぼこぼこにされると思うぞ?」

 

 自分が負けてしまうと言う結論を、微笑んで言ってのけた雷皇様に、倬は強く共感してしまった。

 

「面白いですよね、兄弟姉妹って」

「そうだな。まぁ、姉さん達には色々と振り回されて来たから、“オレの方が大人だ”と感じることは、ままあるけどな」

「あはは。尋ちゃんもそう思ってる気がします。中学に上がってから一気に大人びちゃってもう……」

「人の子の娘は本当に早いからな、大人になるの。倬殿のような兄が傍にいたら尚更だろう」

「それは、どういう意味ですか?」

「悪い意味ではないさ」

「……ホントかなぁ」

 

 “雷玉”と外で作っていた調度品を氷の城に運び込み、いよいよ“寝床”が完成した。

 

 精霊様達とはいつも一緒にいるが、こうやって改めて話すことが出来て良かったと、城の中でわいわいしている様子を眺める。

 

 火炎様とかーくんも、専用のアイスソファーに満足げだ。

 

 土さん、風姫様、空姫様、音々様、雷皇様、森司様、刃様、宵闇様、雪姫様、そしてそれぞれの妖精達の姿を確認して、誰かが足りない事に気づいた。

 

『……兄さん、やっと気付いた、な』

『き、霧司様。いつから()に……』

『きーくん……、ずっと、たかのなかにいた、ぞ?』

 

 “霧の精霊”霧司様と妖精きーくんが、倬の体の中から“念話”を送ってきた。

 

『なぜずっと中に?』

『ほら、自分、霧だから、な。ずっと“極”にいると、凍っちゃってさ』

『なんと、そんなことが』

『……きーくん、きづいてもらえるの、まってた』

『それはその……』

『なに、気にするな兄さん。ちゃんと、出たり、入ったりして、手伝いはしてた、からな? あと、あれだ、精霊の間でも“霧の精霊”は、“影の精霊”より、よっぽど影が薄いって言われてたからさ。まぁ……、霧だからな、当然だな』

 

 達観している霧司様に、申し訳なさがこみ上げてくる。

 

 同時に、クラスにも似たような扱いを受けていた男子生徒がいたのを思い出した。

 

 確かに思い出したのだが……。

 

(あれ……? 顔は思い出せるのに、名前が……、あれ……? おかしいな、渾名も勝手に付けたのに……。あれ、なんて渾名にしたっけ? “監督”と“ドカ○ン”くんと仲良かった……、自動ドアが開かないって言う……。あ、あれぇ……、急に顔までぼんやりとしか……)

 

 最初に思い出した筈の顔まで記憶から引っ張り出せなくなり、眉間に指を当てて苦悶する倬。

 

『……兄さん? どうした?』

『大丈夫です、霧司様。霧司様は存在感ばっちりあります。影が薄いと聞いて思い出したクラスメイトがいた筈なんですが、名前どころか、顔も思い出せなくなりました。彼よりは確実に存在感あります、大丈夫』

『……もう、それ、ホラーじゃないか、兄さん。何かに、呪われてるだろ、そいつ』

『覚えてたら後で宵闇様に記憶を思い出させてもらうことにしましょう』

『……あれだな、思い出させてもらうのを、忘れるやつ……、だな』

 

 “呪われたクラスメイト”の件は後回しにして、皆で二階のバルコニーへ向かう。

 

 空姫様の大好きな茜色に染まった空。

 

 倬はほんのり冷たい氷の手摺(てすり)に触れて、精霊と妖精達は手摺に座って、南の水平線を望む。

 

 空も海も、穏やかに燃えているかのようだ。

 

 音々様とねねちゃんが、倬の記憶を読み取り、優しくて、だけどどこか寂しげでもある、そんな曲を流してくれている。

 

 凛とした声で、倬に感謝を伝えてくるのは雪姫様だ。

 

「アナタ様、こんなに素敵な“寝床”を造って下さり、本当に嬉しく想います。精霊様方も、本当に有難うございます。ワタクシ、今とても幸せです」

「喜んで頂けたなら、自分としても嬉しいです。これからは、この“寝床”にも時々帰ってきましょうね、雪姫様」

「ええ、これからまた、毎日が楽しみです」

 

 微笑み合う倬と雪姫様。

 

「そおい!」

 

 その倬の頭に蹴りを入れる風姫様。

 

「がはっ! ……何をするんです、風姫様」

「ちょっと、ね。なんだかムカムカして。んで、この後はどうするつもり? 北に戻る?」

「そのまま会話続けるんですか? ……今日はとりあえずここで休んで、少し気になることがあるので、明日からは近場で魔人族の集落を見て回ろうかと」

「あらそ」

 

 そのやり取りをクスクス笑って見る精霊達。

 

「でもあれね~。鳥さん達を見ないわね~。少し寂しいわ~」

 

 景色の中に、生き物の姿が少ない事を残念がるのは空姫様だ。それについて雪姫様も大きく頷いている。

 

「そうですね。……このお城の周りを“アノ子”が翔んでいたらもっと素敵なのですけど……」

「“アノ子”……、“ブルー”の事ですね? 確かに、格好良いだろうなぁ……」

 

 【氷雪洞窟】こと、シュネーの大迷宮の退出手段として用意されていた氷竜を思い出して、連れて帰れなかったことを残念がる倬と雪姫様。

 

 そこに土さんとつっちーが、体をぐねーんとさせて何かを指し示す。

 

「倬、雪姫、あそこを見ろ」

「「「つっちー! あれあれ、“こおりたいぷ”?」」」

 

 そこにいる全員で雪原を見ると、雪と氷を美しく纏う小鳥の魔物が一羽、翔んでいるのが分かった。

 

「あれは……! よし、皆さん。変成魔法を練習する為、あれを乱か……、何匹か確保しましょう。協力お願いします」

「何を言いかけたのか、僕は聞かなかったことにしよう」

「主殿、実験や調査となると、時折過激さが出るでござるな」

「………………やっぱり、ミーヤクと同類だな。なんか、楽しい」

「なんにせよ、燃えられることがあるのは良いことだ」

「これなら“雷の精霊”としての本領が発揮できそうだ。軽く痺れさせて、捕まえてこよう」

 

 これから先もこんな時間も大切にしたいと思いながら、倬は小鳥を捕まえにバルコニーから飛び立つ。

 

 その後に続いて、精霊と妖精も和やかに競い合いながら小鳥の魔物を探しに飛んでいった。

 

 

 この後、【シュネー雪原】に突如として、群れをなして翔ぶ美しい小鳥達が現れるようになる。

  

 この魔物は二十羽以上の群れを形成し、雪原に対応している筈の大型の魔物を取り囲んで凍りつかせ、嘴でつつき続けて粉々に砕いて捕食するのだそうだ。

 

 曇天の下の激しい吹雪の中でもキラキラと輝く小鳥の魔物達は、遥か南から飛んできて、遥か南に帰る性質を持つのだと言う。

 

 倬によって“ヒエドリ”と名付けられた小鳥達は、魔人族達から“死つつき”と呼ばれて恐れられるようになるのだが、倬達にはまだ知るよしもない。

 




精霊様と妖精達のほのぼの(?)とした話を書きたかったのです。

次回は3月3日の投稿を予定しています。

ここまでお読み頂き有難うこざいます。

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