すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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お待たせしました。
今回もよろしくお願いします。


兵は鬼道

「んー……、変成魔法だけ手に入れても、この魔法陣の解析は難しいか」

 

 変成魔法を与える魔法陣の端に座り込み、うーんと唸る倬。その倬の左肩にぶら下っている空姫様が、顔を覗き込む。

 

「霜様、折角凄い魔法手に入れたんだもの、もう少し喜んでもいいんじゃないかしら~?」

「その通りなんですけどね? 理解できた範囲でいくと、神代魔法って相当な大きさの魔法陣必要なんですよ。これを毎回描いたり、錫杖の機能に頼るにも時間かかりそうですし、どうにか出来る技能を創れないもんかと思いまして」

 

 変成魔法は、生物を魔物に変えたり、魔物を使役や強化が出来る魔法だ。相当強力な魔法であることは理解できた倬だったが、これを運用する為の条件が問題だった。

 

 神代魔法自体が影響力の大きな魔法である為か、消費する魔力量も上級魔法以上で、一つひとつの魔法式自体が通常の魔法式よりも長く、望みどおりに魔物を強化しようとすれば魔法式を大量に必要とする。それ故に、魔法陣が巨大になってしまうのだ。

 倬の魔法適性は、精霊契約を経ることで召喚された直後よりも高まっているようなのだが、それでも直径一メートル以上の大きさになってしまう事が予想できた。

 

 紐でまとめられた紙の束に目を落とし、それを左手で(めく)りながら、右手でメモを続ける。この紙束は、ふぅちゃんにお願いして風の賢者アモレの遺した研究資料を持ってきて貰ったものだ。

 

 倬が途中で書く手を止め、大きくバツ印を書きつけると、そのメモ紙をくしゃりと丸めて後ろに退ける。

 

「アモレ様の【魔法陣に依存しない魔法運用の研究についての論考】の内容を、どうにか技能で再現できれば手っ取り早そうなんですが……」

「倬、あんたソレの意味わかったの? あたし、もうそのタイトル聞いただけで頭痛くなるんだけど」

 

 倬が散らかしたメモ紙を拾い集めながら、風姫様が渋そうな顔をする。

 

「完全に、とはいきませんが割と読めますよ? ……あれ、もしかしなくても“言語理解”ってとんでもない技能なのでは……? と言うか、召喚された全員が持っているってことは“奴”に与えられた技能なのか? うーん、だとしたら腹立ちますが流石は“神”、死ねばいいのに。しかし、言語間の翻訳と“理解”に至る原理が分かれば何かに応用できませんかね……。ん? もしかしてステータスプレートとの関係も……? そうだ、ここの鏡像もステータス読み取ってたから……」

 

 流れるように“神”に対して物騒な事を口走りつつ、更に新しい興味の対象が増えたらしい倬の様子に、精霊達はやれやれ顔である。

 

 突然、妖精達がぽわわんっと倬の上半身に纏わりつくように現れる。

 

『たか様ー、ここのお屋敷、とってもきれいなの! たか様も、ねねちゃん達と一緒に探険しよー!』

『くぅちゃんも一緒よ~?』

『“タカえもーん”、かーくんが触ると全部溶けちまうんだよー。どうにかしてくれよー』

 

 そんな風に口々に言い募る妖精達。

 

「かーくん、私を青い猫型ロボットみたいに呼ばないで下さい。……それじゃあ、その対策も考えつつ、休憩がてら散歩でもしましょうか」

 

 立ち上がり、入り口に浮かべたままだった錫杖を呼び寄せて掴むと、錫杖が激しく震えだした。

 

 錫杖の先が発光し、空中に文字が浮かび上がる。

 

===================

 

 突然の事態に驚かせていたら申し訳ありません。

 

 このメッセージは、神代魔法を獲得し、錫杖に触れることで表示されるものです。

 

 祈祷師様が我々の迷宮を攻略し、神代魔法を手に入れられたこと、大変嬉しく思います。

  

 この“悠刻の錫杖”に備わる魔法陣構築機能には、各神代魔法における基本の魔法陣が三、四種ほど予め記憶されています。あくまで基本の魔法陣のみで、より高度で複雑な魔法陣には対応できませんが、通常戦闘で使用する際にお役立てください。

 

 祈祷師様のこれからが、自由の意志の元にあらんことを、祈っております。

 

――解放者オスカー・オルクス

 

===================

 

 全てを読み終わると同時に、光の文字が空気に溶けるように消えていった。その様子を見届けて、錫杖を両手で持ち、まだ冷め切らない熱を感じる。

 

「やれやれ、オスカーさんも何だかんだ、もったいつけた演出好きですよね。……改めて、凄いアーティファクトを貰ってしまったものです」

「そうじゃのぅ、有難く使わせて貰うと良い」

 

 

 その後、倬は精霊や妖精達と共に神殿内に沢山ある部屋を見て回った。壁や家具などの多くが氷で出来ていたが、触れても冷たさを感じなかった。倬のテンションが再び上がったのは言うまでもない。

 

 広いリビングに、氷のテーブルを囲むように革張りのソファーが並ぶ。そこに皆で座り、樹海の野菜や芋をふんだんに使ったスープで食事を済ませる。野菜は森司様、料理は風姫様が“寝床”に戻って担当してくれた。

 

「ご馳走様でした」

「はい、お粗末様」

 

 風姫様が機嫌良さそうにお皿を片づけてくれる。手慣れたものである。

 

 ソファーの上で座ったまま、ぐーっと伸びをしてから倬が精霊達に声をかける。

 

「さて、そろそろ出発しましょうか」

「アナタ様、もう少しのんびりしていっても宜しいのでは?」

 

 いつの間にか倬の膝の上に居た雪姫様が、休めていないではないかと心配そうに言ってくれる。

 

 雪姫様と契約して氷雪洞窟に入ってから、この神殿に来るまで徹夜で丸一日かかっているのだ。倬の体に大きな不調が無いことは解っていても、気になるのだろう。

 

「“寝床”造る約束してましたからね。この神殿も参考にして外に造りに行こうかなと」

「つまり、ワタクシの為……。あぁ、どうしましょう! ワタクシ、とろけてしまいそうです!」

 

 倬の腹辺りに、だらーんと枝垂れかかるように身を委ねてくる雪姫様。

 

「……えーっと、喜んでくれてるんですよね?」

「オレ、こんな“氷の精霊様”始めて見たぞ」

「うむ、これなら俺の炎を熱がる暇もなさそうだな。良かった良かった」

 

 雷皇様が驚きを隠さずに呟き、火炎様がホッとしている。

 

『………………たか、よいくん、綺麗なの、見つけた』

 

 すぅっと倬の足元から闇が浮かび上がってきた。よいくんの小さな手に、透き通った青色の水の滴を模したペンダントが乗せられている。そのペンダントにはこの神殿の扉にも彫られていた氷の結晶が刻まれていた。

 

「おぉ、綺麗ですね。これは何処に?」

『…………魔法陣の部屋』

「ぜ、全然気づきませんでした。そう言えば、あのシュネーさんも攻略の証を持ってけって話してましたね。有難うございます、よいくん」

『…………へへへ』

 

 よいくんからペンダントを受け取った後、神殿の外、泉の手前にあった魔法陣に乗る。

 

 シュネーから迷宮の退出手段が神殿横の、この魔法陣に用意してあると言われていたのだ。彼は「私の自信作だ」とも言っていた。

 

 倬が魔法陣に乗ると、泉の中からピシッ、ピシッと水の凍る音が聞こえはじめた。瞬く間に泉全体が凍り付き、その中央が膨らむと、氷は高さ十メートルはくだらない卵型の塊となった。その塊は膨張を続け、その膨張が止まった瞬間、大きな音を伴って砕ける。

 

 氷の卵から産まれたのは、半透明のクリスタルの如き躰を持つ、美麗な竜だ。

 

 その竜は、一度その美しい瞳で倬を捉えたかと思えば、僅かに目を細めてから、しなやかな動きでこうべを垂れた。

 

 一連の幻想的な出来事に、倬と雪姫様が似たような動きで縋りつくかのように両手を伸ばす。

 

「「う、うちの子になりませんか?」」

「倬、雪姫、あんたたち自重しなさい」

 

 風姫様が呆れたようにツッコミを入れる。だが、雪姫様と倬は諦めきれなそうだ。

 

「で、ですが、風姫様。先程の霜中様を持ち帰れなかったのですから、この子くらいっ!」

「あんなコピーは置いとくとしても、“ブルー”が周りを飛んでたらカッコいいじゃないですか!」

「二人ともいい加減にしなさい! んで倬、勝手に名前をつけないっ」

 

 目の前の竜は困った様に鱗を鳴らし、その鱗を階段状にして背中に乗るように促してきた。

 

 倬がしょぼんとしながら背中に乗ると、バサッと翼を広げ、飛び上がる。

 

 天井に向かって躊躇うことなく飛行する竜。衝突する直前にその天井に穴が空き、トンネルの中を高速で飛んでいく。

 

「これ、どうやってるんでしょうか……、調べたい……」

「主殿、迷宮に入ってからそればっかりでござるな」

 

 十秒程度飛んでいると、トンネルの先に光が見えた。迷宮の外に出て、そのまま厚い雲に突入する。ボッと音を立てて雲を抜けると、眼下には雲海が広がった。

 

「何かに乗って飛ぶのもオツなものじゃのぅ!」

「ええ、これはこれで楽しいですね、土さん」

 

 竜が滑るように飛んでいく先は北西の方角だ。魔人族領と大峡谷の手前に向かっているようだ。

 

 再び雲の中に突っ込み、雪原に着地する。階段状になった鱗を利用して降りる。

 

 倬は振り返り、その竜の頭に手を触れた。

 

「名残惜しいけど、これでお別れなんだな、“ブルー”……」

「霜様、本気でこの子のこと気に入ったのね~」

 

 その首をしなやかに伸ばしてから、優し気に目を細めて倬を見つめ、お辞儀でもする様に再び首を下げる竜。その姿勢のまま飛び上がった竜は、来た(みち)を戻って行く。

 

 竜が見えなくなるのを見送ってる最中、倬の耳は精霊達とは別の声を拾っていた。

 

――ヒーケ隊長、報告にあった“クリスタルドラゴン”を視認しました――

――カルク、そこから誰が帰還したか確認できるか?――

――いや、流石に境界からは厳しいっスが……、人影は一つです――

 

 二人の男が落ち着いた様子で、こちらを伺っているのが分かる。ワクワクを抑えきれないと言った風に、若い男の声が続く。

 

――更なる英雄の誕生ですかね?――

 

 先程の二人が、力を抜いてふっと笑う。

 

――フリード様くらいに紳士なら文句ないんだが――

――あんな堅物ばっかり増えても嫌っスけどねー――

――カルク、お前、余所で言うなよ? そんな事――

 

 どうやら魔人族はこの場所を見張っていたらしい。氷雪洞窟にあった魔人族の遺体を思えば、国家規模で攻略に挑んでいた事は想像に難くない。攻略者を待ち構えているのも当然と言えば当然だろう。

 

『雪姫様、“寝床”少し待ってもらっても?』

『ええ、問題ありません』

『じゃあじゃあ、つくるまで、あなた様がゆっきーの寝床ねー!』

 

 あえて声の聞こえる方角に向かって進み、雪原と魔人族領との境界を抜ける。後学の為に魔人族がどのような戦闘をするのか見ておきたいと考えたのだ。

 

 三人の魔人族は、極寒の強風を物ともせずに現れた人間族を目にして、言葉を失った。

 

 彼らの傍には、一人一体ずつ、オークよりもやや人に近い魔物と、四つの目を持つ黒い狼が臨戦態勢をとっている。荒い鼻息で、倬を警戒しているのが視ずとも分かった。

 

 三人の中で、一番年齢の高そうな口髭の兵士が杖を両手に持ち、倬を睨みつけつつ、後ずさる。その動きに合わせるように魔物達が前に出て、倬の前に立ちふさがった。

 

 倬と魔人族達の距離は五十メートルといったところだ。

 

「……二人とも、下がるぞ。接近戦は魔物に任せろ」

「了解」

「ヒーケさんっ、いいんですか!? あれ、人間族ですよ!」

 

 まだ若い兵士が、その指示を逃げ腰に感じたのか、暗にこのままの戦闘を求める。指示を即座に実行しようとしたもう一人が、若い兵士の首元を引っ張り、無理矢理に後退させる。

 

「ヤツイ、あれは攻略者だ。多分、お前と年は変わらん」

「年がどうしたって言うんですか……っ」

「向こうの“神”がどっかから召喚したって救世主達の話、知ってんだろ? そいつらは全員、お前と同じガキなんだって言う」

 

 その言葉に、ヤツイと呼ばれた青年は目を泳がせる。

 

「あれが……、人間族の救世主……?」

「ただのチビ野郎だと思わねぇ方がいい。分かったな?」

「……了解しました」

「ふっ、いい子だ」

 

 そのやり取りをバッチリ聞いてしまった倬。

 

(人が気にしていることを……。はぁ……)

 

 男子高校生の平均に届いていない身長は、彼のコンプレックスの一つなのだ。倬の真横で、風姫様が必死に笑いをこらえてるのが辛い。

 

 そんな倬の様子に気づくことなく、魔物に身体強化の魔法をかけ始める三人。真っ先に飛びかかってきたのは、一匹の四ツ目狼だ。

 

(これが強化した魔物か、なるほど速い)

 

 倬は錫杖に残された神代魔法の魔法陣に対し、短縮させる形で変更を加えた魔法を使用する。

 

「__“成増(せいぞう)”」

 

 変成魔法“成増”。変成魔法において、生物や魔物の肉体を強化する目的で直接魔力を流し込む過程を切り出しただけの魔法だ。普通に使えば、対象の魔力量強化にしかならない。

 

 しかし、注ぎ込む魔力量によっては話は別である。

 

 魔物一体の許容量を遥かに上回る魔力が注ぎ込まれ、四ツ目狼は全身を火傷させられたかのように泡立たせて地に落ちた。

 

(ん、悪くない)

 

 杖のただの一振りだけで、強化されている魔物を倒されてしまった事に、三人の表情が凍り付く。

 

 髭の兵士が、残りの二人よりも前に出ながら指示を飛ばす。

 

「カルク、信号“赤三”だ」

「はッ。……ヤツイ、パターン“S”だぞ。覚えてるか」

「えっと、“S”は、えと……ち、“遅滞戦闘”です!」

 

 四ツ目狼の二匹が倬との距離を二十メートルほど詰めて、唸り声を上げる。やや遅れて、先の太くなった棍棒を持つ人型の魔物も合流する。

 

 その間に、兵士カルクの杖から、赤色の魔法が三回、空に向かって放たれた。この“赤三”は緊急事態と増援要請を伝えるものだ。五百メートル程離れた辺りに、同じ赤色の魔法弾が浮かんだのが倬にも見えた。

 

 魔物の様子に集中している倬に向かって、中級火系攻撃魔法“緋槍”が三発、山なりに操作されて飛んできた。倬が魔物を利用し、魔人族の死角になる位置に移動しようとした時だった。

 

 倬の足がズブリと泥濘に嵌る。

 

(……っ?!)

 

 魔人族たちは、攻撃魔法で視線を上に誘導し、魔物の立ち位置まで考慮して、魔法で足場を悪くすることで動きを阻害してきたのだ。

 

 鮮やかな連携に、倬は内心で舌を巻く。

 

「__“水陣”」

 

 水の結界に炎の塊が直撃し、白い蒸気が辺りを包み込むように広がっていく。魔物や魔人族たちの視界を遮る蒸気は急激に凍り付き、細かな氷の粒子となった。

 

 倬と最も近い位置で警戒していた四ツ目狼が凍り付いた蒸気に触れる。すると、その全身が霜に覆われ、前傾姿勢になっていた為にバランスを崩して頭から倒れてしまった。

 

(“氷同”も便利だなぁ……)

『ふふふ、お役に立てて嬉しいです』

 

 技能“氷同”によって周囲に冷気をもたらした事で、足場の泥濘を固めるのと同時に、触れたものを凍り付かせる氷の粒子を創り出したのだ。“氷同”の利便性を再確認した倬に、雪姫様もご機嫌である。

 

 四ツ目狼が二匹とも、理解を超える魔法で倒されたと直感した若い兵士ヤツイが、動揺を隠せないまま、声を震わせる。

 

「い、今の、氷魔法なんですか!?」

「いよいよヤバいな、ありゃあ……」

「ちっ。アレ相手に“のろま”三匹、“イヌ”一匹ってのは“足止め”もキツいか……」

 

 カルクとヒーケが倬の力に警戒を強め、その脳裏に“撤退”の文字が浮かび始めた時だった。

 

 空から、ギャアオ! と言う鳴き声と共に、ノリの軽そうな声が聞こえた。

 

「隊長ー! 増援に来ましたぜー、あの煙の中に居る奴を倒せばいいんすねぇ! 俺っちが一番乗りっすよぉ!」

 

 ポケ〇ンのプ〇ラに似たような魔物に乗って、暴走族の特攻服みたいな改造を施した軍服の魔人族が倬めがけて高速で突撃していく。

 

 あまりの考え無しな行動に、ヒーケが叫ぶ。

 

「“毛なし鳥”に乗ってんのは、ありゃウエイか! あんの馬鹿野郎がっ!」

(うん、ホントね、そうとしか言えないね、アレ)

 

 ヒーケの叫びを聞いた倬も、同意してしまった。氷の煙に突っ込んだ“毛なし鳥”が動きを止めてしまい、魔物にしがみついたままのウエイが倬の傍に落下する。

 

 倬が咄嗟に“氷同”を停止させた上で、“毛なし鳥”に引っ付いていた事もあって、ウエイは何とか死なずに済んだようだ。悪運は強いらしい。

 

 倒れたままのウエイと呼ばれたお調子者の様子を見に、倬が傍に寄ろうとする。その倬の頭上に、“緋槍”とは比較にならない程の熱量を持つ、炎の塊が現れる。

 

 この炎の出現に倬は驚く。上級魔法クラスの魔力量を感じ取ったのに、詠唱を聞き取ることが出来なかったのだ。

 

(……っ!? 仲間ごとかよっ)

 

 周囲の焼き尽くさんとする巨大な炎は、上級火系魔法“炎天”である。直撃を喰らってしまったが、技能“火属性無効”を持つ倬は無傷だ。倬よりも、近くにいた“のろま”達の方が熱風によって火傷を負っていた。

 

 “炎天”の中にあって、倬はこの魔法を使用した者を探るべく耳を澄ませる。聞こえてきた声は女性のモノだ。仲間も魔物も諸共に攻撃を加えて来たと言うのに、その話し方からは固さも、緊張も感じない。

 

「ったく、ウエイには困ったもんだよ。悪かったね、ヒーケ先輩」

「いや、アイツなら仕方ねぇ。……休憩中だってのに悪いな、ジーマ」

「なに、構いやしないさ」

 

 口髭の兵士ヒーケの隣に、鋭い目つきの女兵士が並び立っていた。そこにはもう一人、剃り込みの入れられた坊主頭の兵士が増えている。気安いノリで、二人の兵士に話しかける。

 

「よぉ、カルク、ヤツイ。怪我は無ぇか? “治癒師”の俺が癒してやるぜぇ?」

「……あれ、ヤツイ、今日のシフトってハリビだったか?」

「えっと、確かオジーナさんだったと思うんですが……」

「なんか急にオジーナやつが城内勤務に配置換えになってな。その代役だ」

 

 それを聞いた兵士カルクの表情は、どよんとしたモノになる。 

 

「マジかよ、ガッカリだ。なぁ、ヤツイ」

「え? 隊長はハリビさんの方が腕が立つって言ってましたよ?」

「お前、マジで言ってのか。こんなゴリゴリ野郎に治療されてぇっての? 信じらんねぇ」

「ひでぇな、カルクよぉ。よく言われっけど、結構傷つくんだせぇ? ヤツイを見習えってんだ」

 

 軽口ばかり聞こえて、全く役に立ちそうな情報を得られない事に溜息をつく。

 

 “炎天”が消え始め、無傷の倬を見た増援の兵士たちは、顔を顰める。女兵士ジーマが手に持つ大きな杖を握りしめながら呟く。

 

「ウエイが馬鹿やった時のとっておきだったんだけどねぇ……」

 

 大きな杖のアーティファクトは遅延発動を強力に補助する物だ。一度だけだが、予め吹き込んでいた魔法を任意のタイミングで発動できる。これによって詠唱無しでの上級魔法発動を成し遂げたのである。

 

 火傷を負った“のろま”がゆっくりと倬との距離を詰めてくる。更に、その背後から増援の兵士が連れてきたのだろう“イヌ”が三匹、“のろま”が三匹、倬を取り囲む。

 

(さて、どう攻めてくるか……)

 

 後手を選んだ倬の頭に、刃様の声が響く。

 

――主殿、足元に“殺気”でござる!――

 

「っ!」

 

 足元に倒れていたウエイが焼け焦げた制服の上着を脱ぎ、倬に投げつけて視界を奪いにきた。倬が被せられた上着もまたアーティファクトで、どうやら火系魔法に耐性があったようだ。

 

「うおりゃあぁぁぁぁ!」

 

 刃渡り三十センチメートルほどの“ドス”のような短剣を腰だめに構え、勢いよく突進するウエイ。

 

 上着を振り払うことなく、刃様の感じる“殺気”を頼りに、錫杖を振るう。胸部が強かに打ち付けられたことで、ウエイは呻き声を上げて蹲る。

 

 そこに、三匹の“のろま”が棍棒を振り上げて迫って来たのを感じる。先程と同様に、向けられた“殺気”を元に“桎石”を三度発動。

 

 一体は鼻腔に、一体は口腔に、また一体は耳の奥に石が出現し、強靭な肉体を誇る魔物が横倒しになり、即死してしまう。

 

 倬が投げつけられた上着を払い捨てるのを見届けた女兵士ジーマが、何故かニヤリと口元を歪めた。

 

「なぁんだ、“バケモン”なのは間違いないけどさ、アレならやりようがあるってもんじゃないさ」

「確かにな。……舐めやがって、気に喰わねぇ」

「先輩、パターン“A”でいいね」

「……なら“先駆け”は俺とカルクがやる。カルクっ、聞いてたな。ハリビ、お前が“殿(しんがり)”だ」

 

 カルクとハリビが神妙な面持ちで頷く。若い兵士ヤツイだけが今のやり取りを理解しきれず、立ち尽くしてしまっていた。

 

 女兵士ジーマが指笛を吹くと、魔人族たちの更に後方から二匹の“毛なし鳥”が飛来する。

 

 一匹の“毛なし鳥”は地面すれすれを滑るように飛び、倬に向かう。

 

「__“風刃”」

 

 直進してくるだけの魔物の頭部を、風で縦に切り裂く。首をしならせてバランスを崩した魔物が地に落ちる。その背中から“来翔”を使い、風を纏って跳びかかってくる二人の兵士。

 

 カルクが風系魔法の耐性を上昇させる魔法を唱える。続いて髭の兵士ヒーケが倬の足元に杖を向けて風を爆発させる。

 

「風よぉ! “風爆”!」

 

 その爆風で、倒れていたウエイが吹き飛ばされる。それを四ツ目狼が受け止めて背負うと、後方へと向かう。いつの間にか、魔人族の後衛との距離は既に十五メートルを切っていた。

 

 その間にも、倬に掴みかかろうとしてきたカルクを、錫杖で殴りつける。

 

「がはぁっ!」

 

 地面で蹲る仲間を見もせず、ヒーケは杖で突きを放つ。だが、その杖は錫杖で難なく突きを往なされ、バンザイの姿勢になってしまう。

 

 それでも尚、この兵士は突撃を止めなかった。

 

 予めかけていたのであろう身体強化魔法によって、前方宙返りで倬の頭を超えると、倬に飛びつき羽交い絞めにする。同時にヒーケごと光の鎖が倬を巻きとった。タイミングを見計らい、魔人族の“治癒師”ハリビが発動させた“縛印”だ。

 

 同時に、ヒーケが指示を飛ばす。倬とヒーケの背後に“毛なし鳥”から飛び降りて現れたのは、若い兵士ヤツイだ。

 

「やれぇっ! ヤツイ!」

「ぐ、つ、貫けぇ! “破断”!」

 

 ヒーケの背中目掛けて、鋭い水系攻撃魔法が迫る。上空にあったヤツイの気配には気づいていた。だが、こんな、隊長自らを犠牲にするような作戦だとは考えもよらなかった。

 

 倬の口から思わず声が漏れる。

 

「ちぃっ、正気かよ!」

 

 既に高すぎる程に上昇している魔法耐性を持つ倬は、力技で“縛印”の鎖を引き千切る。技能“飛空”で高速に回転しながら二メートルほど飛び上がり、ヒーケを振り落として、“破断”を回避してみせた。

 

 ふわりと着地した倬に、“毛なし鳥”以外の魔物達がけしかけられる。その魔物達に、更なる強化魔法が掛けられているのを聞いた。

 

 周囲を取り囲んでいた三匹の四ツ目狼が牙を剥き、爪を立てて駆けてくる。三匹の“のろま”もまた、棍棒を肩に担ぐよう構えてそれに続く。

 

「__“石殻”。“ここ築きし堅牢は、外に向かいて(ごう)ずる(つぶて)と成れ”」

 

 倬を包み込もうとする岩石の結界が砕けて、魔物達目掛け射出される。

 

 魔物達は倬に肉薄することも叶わず、倒れていく。

 

 その魔物を盾にして散弾を掻い潜り、倬に再び跳びかかったのは髭の兵士ヒーケ。倬のローブを必死の形相で掴み、吠える。

 

「さっきから舐めた真似しやがって! テメェ、ガーランドの戦士を愚弄する気か!」

 

 この咆哮に、倬は戸惑いを隠しきれない。

 

 ジーマ、カルク、ハリビ、そしてウエイまでもが、距離を詰めながら倬を取り囲み、睨みつけてくる。

 

 更に、ヒーケは叫んだ。

 

「お前が俺らには及びもつかねぇ“バケモン”なのは十分理解した。だからこそ、お前をただで帰す訳にはいかねぇ!」

 

 ヒーケの背後から四人による詠唱が聞こえてくる。

 

――――地の底に眠りし金眼の蜥蜴……――――

 

(この詠唱は……、確か土系の……“落牢”?!)

 

 土系上級魔法“落牢”は、石化効果を持つ灰色の煙を出現させる魔法だ。少しの接触でも、石化効果は身体を侵食してしまう。このまま発動すれば、倬にしがみつくヒーケどころか、後方に下がったヤツイ以外の魔人族まで石化の煙が届いてしまう程に効果範囲が広い魔法である。

 

 この戦い方に、今度は倬が戦慄を覚えた。ヒーケの身体は光を帯びて、ヤツイによって強化魔法がかけられ続けているのが分かる。そのヒーケの叫びはまだ続く。

 

「いいかっ、お前が俺らを相手にしねぇとしても、魔人族は人間族なんぞに容赦しねぇ! 我らの同胞が! 我らの王が! 我らの神が! お前の仲間も、家族も、全員見つけ出して殺すぞ! 北の大地を我らのモノとするまで、魔人族の戦士が戦いを止める事はねぇ!」 

 

 魔人族の歌うような詠唱も、また続く。

 

――――大地が産みし魔眼の主 宿るは暗闇見通し射抜く呪い……――――

 

 倬を押し倒そうとするヒーケだが、どんなに強化魔法を施そうと、ステータスの差は埋まらない。全力で腕を引きながら、血走った眼で倬を睨む。

 

 この状況に、倬は“魔人族がどのような戦闘をするのか見ておきたい”と軽い考えで彼らに姿を見せた事を僅かに後悔する。

 

 長い瞑目の後、倬の眼の色が変わった事に、ヒーケとジーマが気づく。

 

「貴方は……、いや、貴方達は強い。そして、怖い。間違いなく、この世界に共に来た()()にとって、貴方達は大きな障害になってしまう。だから……、貴方達が私を殺そうとするのと同じ理由で、私が、貴方達を殺します」

 

 その言葉の後、膨大過ぎる程の魔力が倬を中心に周囲に放出される。技能“魔力放出”による多量の魔力の奔流に当てられ、魔人族たちは立ち眩みのような状態に陥り、詠唱を続けられなくなる。

 

 倬に縋りついて耐えるヒーケを引きはがし、錫杖の先に出現させた魔力刃で胸を一突きにする。

 

「がはぁっ……。それ、が、敵に止め差すって時の顔かよ。この、クソ、ガキが……」

「ひ、ヒーケさんっ!!」

 

 ヒーケの名を叫んだのはヤツイだ。眩暈で足元をふらつかせながら、隊長の元へ向かおうとする。

 

 そのヤツイを、腕を広げて押し留めるジーマ。

 

「ジーマさん! 止めないで下さい!」

 

 彼女は鋭い目つきを優しげに細め、無理矢理に軽口を叩く様にして指示を告げる。

 

「ヤツイ、聞きな。お前がアレのことを報告に戻るんだ。良いね?」

「そんなっ! なんで自分が!」

「いいかい。素行不良の寄せ集めなアタシらと違って、唯一優等生のお前の方が常識外れのアレの報告には良いんだ。その上、こん中じゃあ、一番足が速い。ほら、とっとと走れ! 上官命令だよ!」

  

 そういって、ヤツイの背中を叩くジーマ。躊躇う後輩を、残る三人の先輩兵士たちも次々に背中を叩いて、発破をかける。

 

「すぐっ、すぐに助けを呼んできますっ!」

  

 駆け出すヤツイから、倬に視線を移すジーマたち。生き残った“のろま”と“イヌ”と共に、小さな横隊を形成する。

 

「いいね、あんたたち、パターン“S”だ。意味はっ!?」

「「「遅滞戦闘です!!」」」

 

 人間族の“バケモン”目掛けて駆け出す兵士たちの足音の中に、錫杖の円環が、シャンと音を鳴らした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ヤツイは林の中を走る。

 

 “毛なし鳥”と呼ばれていた魔物は、倬の放出した魔力によって飛び上がることが出来ず。彼はただ、走ることしか出来なかった。

 

 走り始めて十分程だが、未だにジーマ達が待機していた小屋すら見えてこない。

 

 気ばかり焦って、普段より上手く走れていない。足が空回りをしているかのような気さえした。

 

 そのヤツイの真上に、突然、影が落ちる。

 

 ヤツイが空を仰ぎ見ると、そこには先ほどの人間族が居た。その人間族は、柔らかく風を吹かせながら、ヤツイの前に降り立った。

 

 当たり前に空を飛翔してきた倬に、ヤツイの表情は驚愕を張り付けたものに変わる。

 

「お、お前……。ジーマさんは! カルクさんに、ウエイさん、ハリビさんをどうした!」

 

 人間族の男ーー倬ーーは、何も答えない。ヤツイに歩み寄るだけだ。

 

 恐怖に駆られて、魔法にも頼らず、ただ杖で殴り掛かるヤツイ。

 

 その杖は、錫杖の一振りで弾き飛ばされ、ヤツイの後方に落ちる。

 

 呆然とするヤツイの頭を鷲掴みにする倬は、感情を感じさせない声音で告げた。

 

「君は死なせない。いや、……違うな。あんなにも強い人達に信頼されて、庇われる、優秀な君が怖いから。だから……、利用させてもらう」

「くそっ、離せっ! 止めろっ! 止めてくれ! 何をさせる気だっ! 殺せっ、殺せっ! 頼むっ、頼むから、殺してくれ!」

 

 力の限りで暴れるヤツイだが、倬の腕はびくともしない。

 

 頭を締め付けられ、ヤツイの意識が薄れていく。薄れゆく意識の中に、倬の詠唱だけが響く。

 

――我、この身に潜みし闇をもって、彼の内に刻まれたるに(かた)らんと、祈る者なり、“誑惑(きょうわく)”――

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 若い兵士は林の中で目を覚ます。意識を失ってから、既にかなり日が傾いているのを知って、慌てて走り始めた。

 

 あの男に何をされたかは分からない。もう、自分を逃がしてくれた先輩たちの救援には遅すぎるだろうことは間違いない。それでも、彼は走る。

 

(はやくっ、はやく伝えないとっ! 攻略に成功した()()()()()()、我らを、我らが王を裏切って逃げ出した事をっ!)

 

 その様子を、木の陰から見送る倬は小さく溜息を吐く。

 

「……さて、お待たせしました。雪原に戻りましょうか」

「はい、アナタ様」

「綺麗なの造ろうねっ! 雪姫様!」

 

 雪姫様が静かに頷き、音々様がその隣で両手を広げてパタパタさせる。雷皇様が倬の肩に座り、雪原を眺めて、考えを聞かせてくれる。

 

「場所を探すなら、もっと南の方に行ってみよう。小高くなった見晴らしの良さそうな所があったはずだ。……これだけ精霊が揃ってるんだし、じっくり手間をかけて造るのも、いいんじゃないか?」

「そうですね、そうしましょうか。……ありがとうございます、雷皇様」

 

 再び吹雪の中に戻る。

 

 吹きつける氷の粒を全身に感じながら、倬は魔人族との戦闘を思い返す。

 

 魔人族が全力で展開したはずの“縛印”は、大迷宮の試練で鏡像の自分が発動させたものと比較にならないほど弱々しいものに感じてしまった

 

 自分は、確かに強くなった。なってしまったのだ。間違いなく、現在の、この世界に生きる者にとって無慈悲なまでに。

 

 それでも、己の種族の為に真剣に死力を尽くせる彼らとは戦いたくないと感じてしまった。

 

 多分、これは畏怖と言う感情なのだろう。

 

 そして、魔人族に畏怖を懐いたからこそ、心から思ったのだ。

 

 魔人族と人間族の対立を煽っておきながら、異世界の“子供”をその戦いに駆り出そうなどと(のたま)う“神”など、“死ねばいいのに”、と。

 




今回は迷宮攻略直後の出来事でした。……いかがでしたでしょうか。

霜中君は今回の話で改めて、“自分達”も、トータスに生きる全ての人々も、“神”の身勝手による被害者だと強く認識するようになりました。

今回のタイトル元は《兵は詭道なり》でした。


そして前回に引き続き大変申し訳ないのですが、次回投稿も遅れる見込みです……。

生存報告代わりに、雪姫様の“寝床”を皆で造る短いお話を二月中に投稿するつもりでいます。

今後もしばらくの間、月二回程度に更新頻度が落ちるものと予想していますので、お待たせしてしまいますが、どうかお付き合いのほど宜しくお願いします。

本編の次回投稿は3/3の予定です。

では、ここまでお読みいただき有難うございました。

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