すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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中編の後書きに精霊様と妖精の名前一覧を用意しました。人数が多くてキャラクターの把握がしにくい場合には、とりあえずそちらで確認して頂ければと思います。

キャラクター設定のまとめも改めて作成する予定です。

では、今回もよろしくお願いします。


氷雪洞窟の中の心・後編

『よう、俺』

 

 氷柱の中に映る霜中倬が、にやけた顔で声をかけてくる。

 

 “それ”が氷からぬるりと抜け出そうとする様を驚愕の表情で見ながら、倬は右手を伸ばす。

 

 グァッシャーン!!

 

 氷から抜け出そうとする“それ”の頭を、身体強化に魔力を全力で集中させ鷲掴みにして、力任せに氷柱を粉々に砕き、向こう側の床に拘束する。

 

 興奮気味に、倬が精霊達に呼びかけた。

 

「皆さんっ! 特に宵闇様っ! 凄いですよこれ! どうなってるのか確認お願いします!」

「………………うん、宵闇も気になる」

「アナタ様、こちらのアナタ様をお持ち帰りしても?」

「これ持ち帰ってどうするのか、僕は聞かないぞ」

「ほぉ~、良くできてるのぅ!」

「はぁ……。倬、あんたってやっぱ、アモレ側よね」

 

 床でじたばたしている“それ”の事はまるっと無視して、精霊達と観察を始める。押し付ける手を左手にかえて、倬は腰の“宝箱”から取り出したメモ帳に精霊達の言葉をふむふむと書き込んでいく。

 

 およそ想定されていなかった事態に、声を上げることを忘れていた“それ”が叫びだした。

 

『ぐっ! くそっ、放しやがれっ、ぐおぉぉ! なん、何で抜け出せねぇんだ!? おいっ、俺ぇっ!』

 

 騒ぎだした“それ”対して、倬は心底鬱陶しそうに目を細める。

 

「今、大事なトコだから。良い子にしてちょっと黙って? おーけー?」

『ふ、ふざけんなっ! 大迷宮の試練を何だと思ってやがるっ!』

「おぉ、そう言う自覚もあるのか……。となるとヒヤリングもやったほうが良さげですかね?」

「………………そうだな。そう言えば、精霊のこと見えてるか?」

『そ、そりゃ見えてるってのっ! ……はあっ!? ここじゃ使い魔だって再現するってのにっ! なんでソイツらの鏡像が出てねぇんだっ!? なんなんだお前らっ!』

 

 倬の鏡像は、精霊達の存在を理解しきれていないようだ。その鏡像の言葉に対して、倬は頭部を鷲掴みする握力をギリギリと強めていく。

 

『あ、がぁぁぁっ!』

「俺と同じ面で、精霊様方に“ソイツら”だの“お前ら”だのと、何様なんだよ。不敬だろうが、言葉遣いに気を付けろ」

『がぁぁぁぁっ、くそっ、能力(ちから)読み取ってんだぞ! 何で振りほどけねぇんだ!?』

 

 その倬の対応に、精霊達はどこか嬉し気に苦笑いを浮かべる。

 

「もう~、霜様ったら、私たちは気にしないのに~」

「倬殿は真面目だからな。オレとしても、もっと気安くても構わないぞ?」

「そうですともっ、拙者にまで気をつかわなくともっ」

「いえ、色々ワガママ聞いてもらってるんですから、当然です。それに、刃様は私にとって剣や武術の師匠でもありますからね」

「う、うぅむ、面と向かってそう言われると、何だか照れるでござるな」

 

 わめき続ける鏡像を押さえ込んだまま、当たり前のように詠唱を行う。

 

「五月蝿いなぁ……。仕方ない、ヒヤリングは後回しにするか。__“音凪”。“大気の揺らぎは彼の内に留まれり”」

 

 音を遠ざける魔法である“音凪”と、その“追加詠唱”によって鏡像の声が聞こえなくなる。

 

 そのまま、メモ帳に書き込んだ内容に、更にメモを付け加えていく。

 

「うーむ、闇系ベースに複合魔法使えたとしても、再現は厳しそうですね……」

 

 森司様が倬の結論を肯定しつつ、感心しきりで鏡像の額を撫でて、眼を覗き込みながら言う。

 

「そうだな、魔力で編み込まれた肉体も、殆ど生き物と見分けがつかないぞ」

 

 声は聞こえないが、何事か叫びつづけていた鏡像が大人しくなり、ぱくぱくと口を動かして何か言おうとしているのが分かる。

 

 みかねた霧司様が、倬にその内容を教えてくれた。

 

「……兄さん、こっちの兄さん、何が目的なのかって聞いてるぞ」

「え? 俺を再現してるならそれくらい分かる筈では? ……コピーなら自分で考えろ」

 

 その答えに思い切り眉をしかめ、牙を剥くかのように口元をわなつかせる鏡像。五秒ほど目を瞑ると、落ち着いた声音を取り繕った“念話”を飛ばしてきた。

 

『どんなに俺を調べたって、今の俺なんかに精霊用の(からだ)なんざ創れねぇぞ』

『“今の”、ね。良いこと聞いた』

 

 倬が鏡像を見て興奮ぎみに調べだした理由。それは精霊達が遥か昔から手に入れようと思っても手に入れられなかった、人間と同様の肉体を創造する手掛かりになりそうだったからだ。

 

 黙々と作業を続ける倬に、音にならない舌打ちをして、鏡像は“念話”を繰り返す。

 

『召喚に巻き込まれた全員を守護する為の力を“光の精霊”に願うだぁ? 一人ひとりのことなんて、興味すらないくせに。そもそもアレだろ? あの時、南雲ハジメとベヒモスに立ち向かってたら、あんな事にならなくて済んだ筈だもんなぁ。南雲ハジメが拘束してるとこに、お前の“燃維”と“桎石”で頭を内側から攻撃すりゃいいだけ。俺の判断が南雲ハジメを殺した。その罪滅ぼしのつもりか?』

 

 倬は、何も答えない。 

 

『実際のところ、俺がまともに気にしてんのは、八重樫雫と白崎香織、あとは精々、教師の畑山愛子位じゃねぇか。今の実力だって、この三人護るだけなら十分だろうに。今すぐ戻って傍に居てぇんだろ?』

 

 倬の表情に変化は無い。

 

『それをしねぇのは、俺が人を殺しちまったからだよなぁ? 王国に帰るつもりはないって? 人殺しがバレて拒絶されるかもしれねぇって怯えてるだけじゃねぇか』

 

 倬の目が、時折、考え込むように閉ざされるが、目を開いたと思えば、その視線は手帳の内容だけに注がれる。

 

『旅を続けて日本に帰る方法を探すって? そのくせ自分は帰るつもりは無い? 今すぐにでも、自分一人でも、家に帰りたいクセに。家族に、父親に、母親に、妹に会いたいクセに。訳のわからねぇ力を持っちまった自分を、血に染まった自分を否定されるのに、怯えてるだけだろうが』

 

 ペンを軽く手の中で回して掴み直すと、再び書き込みを開始する。

 

『神を倒せないにしても、せめて封印できるだけの力を手に入れるだぁ? はっ、自己犠牲に酔ってんな。自惚れやがって』

 

 鏡像の伝えてくる“念話”の声音には隠し切れない苛立ちがあった。

 

『今まで言ったこと全部、精霊と出会った“お蔭”だよな? 本当は後悔してんだろ? 知り過ぎて、半端に強くなって、そのせいで人殺しになって、王国にも、家にも帰れなくなったもんな? 王国から出た時は、強くなって惚れた女の傍に居るつもりだったもんな? 何が“遠くから見守れればいい”だ。今の俺なら洗脳して女を囲うくらい簡単だ。それをしねぇのは精霊達が四六時中、頭を、心を覗いてくるからだろ? 全部、全部、精霊に会っちまったせいだっ! 存在があやふやで、気味の悪いソイツらが、鬱陶しくてたまんねぇんだろっ! なぁ、俺ぇ!!』

 

 鏡像の“念話”が止まり、倬は右手だけを使い、丁寧な所作でメモ帳を閉じ、“宝箱”に戻す。

 

 小さく溜め息をつき、鏡像を押さえ付ける左腕から僅かに力を抜いた。

 

『図星突かれた気分はどう……っ?!?!』

 

 押さえ付けていた力を遥かに上回る圧力を持って、鏡像を床に押し付ける。高い硬度を誇る筈の氷が激しく音を轟かせて砕けた。

 

 倬はふわりと浮かび上がり、辛うじて砕けなかった部屋の端に立つ。

 

 氷塊の間に埋まった鏡像を睨み付ける倬のその瞳は、ぐらぐらと煮えたぎる怒りに満ちている。

 

「その程度か? コピー」

 

 砕けた氷塊の中から、鏡像が這い出して立ち上がる。

 

『はぁ、はぁ、クソッ! お前、どうなってんだっ! 何でこんなに力の差がありやがるっ』

「……確かに。“音凪”が効いたってことは“風属性無効”が働いて無いってことになるのか。皆さん、どう思います?」

 

 すると、腕を組んだ風姫様が倬の肩に現れる。

 

「そりゃそうでしょ、アレとあたし達は契約してないもの」

「成る程。納得しました」

『ちっ、我、この身に宿る……ッ?!』

「__“疾駆”」

 

 鏡像が詠唱を終えるより速く、肉体強化と“疾駆”での速度上昇によって、瞬く間に肉薄する。両手持ちした錫杖でその腹部を強かに殴打し、鏡像の倬はその場に蹲ってしまう。

 

「音々様の協力無しだと高速詠唱も出来ないか。ふむ、やっぱ精霊様の力は再現出来て無いな。能力読み取ってるって言ってたが、どうだ? 精霊様の“御力(おちから)”は何て読んだ?」

 

 ゲホゲホと咳き込む鏡像の肌が、淀んだ褐色に変化し始めた。鼠色のローブも黒に変わった。全身黒ずくめになった鏡像が、倬を睨みつけながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

『せ、“精霊使役”だろ、なんでそんな事を今更……。つーか信じらんねぇ、その魔力、どうなってやがる? およそ人間一人の持ち得る魔力量じゃねぇ。再現できねぇわけだ。……それも、精霊の影響だってのか』

「“まぁ、そうなるな”」

『……お前から間違いなく怒りは感じる。だが、俺の力に変化が無い。本当に、何なんだお前』

「お前さんの言う“力の変化”とやらは知らんけど、俺を動揺させたいのは解った。でも、精霊様の存在に引っ張られ過ぎだ。だいたい俺が日本に、家に帰らないって決めたのは、王国を出た時だろ? 土さんと会う前だろうに」

 

 呆れたように言う倬に、鏡像は戸惑いを露わにする。

 

『な、何を言ってんだ? 精霊と会う前……?』

「はぁ……。この世界に召喚されて、魔法やら技能やらを使えるようになっちまった俺達は、言っちまえば常に危険物を持ち歩いてるようなもんだ。このまま帰ったところで、まともに暮らせるわけがない」

 

 鏡像の眉根に皺が寄って、魔物の如く赤い眼光が揺れる。

 

『その理屈なら、帰れないのは俺に限った事じゃないだろうが』

「この事実に気づいてないなら、帰る時にでも力を封印すればいい。必要なら記憶も。時間はかかるだろうが、神様なんてもんを封印しようってんだ、出来ない事じゃない。……ん、言ってて思ったが、“上位世界出身者の強い力”とやらがどういう理屈で宿るのか考えておこうかね、こっちでの封印が“向こうで無効”なんて事になったらギャグにしても笑えないし」

 

 嫌々鏡像に向かって説明する倬が、途中の思い付きにうんうんと頷く。

 

『本気で言ってんのか? ……なら、お前自身はどうなんだ』

「俺自身はこの力を捨てる気は無い。もう、俺の力は俺だけの為のモノじゃない。俺の力は常に精霊様方と共にある。それが“祈祷師”で、今となってはこの世界でただ一人の“精霊祈祷師”を担う者の務めだ。仰せつかった“お役目”をそう易々とほっぽり出せるかっての」

 

 ローブの袖口から顔を覗かせるつっちーの頭を軽く指で撫でながら、倬は言い切った。その倬に、鏡像が理解不能だと声を荒らげる。

 

『さっき俺が突きつけた事は間違いなくお前の本心だ! そんな、“仕事”だの“役目”だのってだけで納得できるものか! お前のその怒りが何よりもその証左だろうが!』

「さっきお前さんが言ったこと全部、俺も自覚しているし、精霊様もご存じだ。欲望ってのは、どんなに“瞑想”しようが、どっかから生まれちまうらしくてな。そんな、半人前の俺を理解した上で、精霊様達は直接手を出したいのを堪えて、力を貸してくれる。……けどな」

 

 倬は右足を軽く引いて、その脛を鏡像の腹部に押し当てるように蹴り上げた。宙にくの字になって鏡像が飛んでいく。

 

「それを直接、俺の面で、俺の声で言われたら、皆さんは傷つくし、凹むんだ。だから俺は、“俺”を許さない」

 

 鏡像が壁に激突し、床に尻もちをつく。

 

『……お前の、その精神性は気味が悪すぎる。“無私”? “滅私”? 一体、何がお前をそうさせる』

「やれやれ、俺を視たなら知ってるはずだ。……プリ〇ュアパレスでの試練を。ハ〇トキャッチプリ〇ュア、第三十七話を」

「えっと、…………え?」

 

 倬の台詞に、鏡像がポカンとした顔を見せる。

 

「我が家の場合は“おばあちゃん”じゃなく、主に母さんが色々な事を教えてくれた」

 

 倬は右腕を軽く持ち上げ、人差し指を天井に向けて伸ばす。その目は何かを思い出すように細めている。

 

「“母さんが言っていた、日曜朝には人生の大切な全ての事が詰まってる”ってな」

『ふ、ふざけてんのか?』

「否、断じて否! 手に入れてしまった自分の力に悩み、翻弄されながら戦い抜いた男達を知っている。自分自身の認めたくない感情や想い、それと向き合い世界を救った少女達を知っている。この程度の試練など、我らオタクなら既に予習済みだっ!」

『はぁ……っ?! どんな理屈だ! イキってんじゃねぇぞ! そうやって自分に言い聞かせてるだけだろうが!』

「どんな理屈だろうが、どんな言葉だろうが、それを自分に言い聞かせて、自分を奮い()たせれるんなら、安いもんだろ? 立てよ、鏡像。精霊様のお力添え無しで“俺”がどこまで出来るのか、お前で試してやる」

 

 鏡像は、錫杖を使って一気に立ち上がる。立ち上がった鏡像は、困惑した表情で左手見つめ、何度か握り直し、倬を鋭く睨みつける。

 

『俺の力が上がってくぞ。何しやがった』

「別に、“常時瞑想”を停止させただけだ。偉そうなこと言ったけどさ、“瞑想”無しの俺なんてそんな程度だってお前なら知ってんだろ?」

『どういうつもりだって聞いてんだ』

「言ったろ、“俺を試してやる”って」

『試練を逆に試すなどとっ……! 焼撃っ、“火球”!』

 

 鏡像が“火球”を放つ。その規模はもはや初級魔法のそれでは無い。中級魔法を凌駕する破壊力だ。

 

 しかし、倬はその“火球”の直撃を防御することなく受けとめる。“火属性無効”が如何に強力な火焔でも倬を焼くことを許さない。

 

「一節以下の詠唱でこの威力……、魔力操作の応用? “実に興味深い”。そして……“感動的だな、だが無意味だ”」

 

 倬はそう言って、炎に包まれたまま、独特な動きで鏡像に指をさす。

 

「“ジャッジメントタイム”だ。“さぁ、お前の罪を数えろ”」

 

 ここまでの様子を黙って見ていた精霊達。中でも火炎様、土さん、風姫様が部屋の隅っこで相談していた。

 

『……これ、どうする? 土司』

『お説教は終わってからにするかのぅ』

『ほんと、仕方ないわね、倬ったら』

 

 芝居がかった動きの倬を睨みつけてから、鏡像は上昇した力を利用して跳びかかる。何処からともなく取り出した“剣断ち”を倬めがけて振るう。

 

 その刃をふわりふわりと避けていく倬。

 

 鏡像はその刀を振るいながら、魔法名だけで魔法を発動させる。

 

『“縛印”!』

 

 一般の光系妨害魔法“縛印”。倬の足元から無数の光の鎖が飛び出し、体中に絡みついた。

 

 倬が唯一無効にできない光属性での妨害。そして、魔力に頼らない刀である“剣断ち”を使った攻撃。およそ、現在の霜中倬に対する攻撃手段としては完璧と言って良かった。

 

 倬はその鎖に絡みつかれたまま、手を放した錫杖を操作する。回転する錫杖が刀身の真横を打ち付けて、迫りくる刀を往なし続ける。

 

 錫杖との打ち合いを続けながら、鏡像は倬が輝く鎖から逃れられていない事を確認し、新たな魔法を発動させる。

 

「“天落流雨”、“収束”!」

 

 倬の頭上に、光系魔法特有の熱を帯びた魔法が降り注ぐ。

 

 光系攻撃魔法“天落流雨”。これは複数の目標に対して、一度に真上からの攻撃を加える為の魔法だ。これ自体は多勢に対して足止めや、耐久力の低い魔物の群れなどを一掃するのに使われるもので、一撃一撃の威力は高くはない。

 

 だが、この光の雨は“収束”することで、その分散されてた破壊力を一つに集中することが出来るのだ。

 

 流星の如く降り注いでいた魔法が、尾を引いて一点に束ねられていく。鏡に包まれているようだったこの空間が、光に支配される。

 

 その溢れんばかりの光の中で、刃は届かなくとも、圧倒的な魔力を込めた光の矢によって倬を射貫かんと、鏡像が更なる魔法名を告げた。

 

「“天爪流雨”」

 

 宙に浮かぶ光の塊から、真下に向けて鮮烈な輝きを伴った流星の砲撃が放たれる。

 一回、二回、三回、その砲撃は立て続けに倬を襲い。既に破壊しつくされた氷の足場を更に砕き、あまりある熱量は、その氷を溶かしていった。

 

 光に満ちた空間に、砕かれ、溶けてしまった氷が再び凍りついて舞う。まるで、この場所に来る前に見たダイヤモンドダストの如くだった。

 

 チリチリ、さらさらと、氷の粒子が縮まり、擦れ合う音だけが空気を震わせていた。

 

 その中に、パチッとした音が混ざった事実に鏡像が気付いた次の瞬間だった。

 

「__“桎石”、“大地に更なる招きを、積み上がる枷に咎を委ねよ”」

 

 真後ろから、倬の、ぞっとするほど静かな詠唱が呟かれる。

 

『ぐぁッ……!』

 

 鏡像の腹部が急激に重さを増して、耐えきれずに膝をつく。

 

「今のが土司様の分だ」

『な、なんで、いつの間にっ……!』

 

 倬は、答えない。

 

 鏡像との打ち合いの最中、回転させていた錫杖の先端に出現させた魔力刃で“縛印”の鎖を断ち切り、闇を纏う事で気配を消失させ、“雷同”による高速移動の末に抜け出していた事実など伝えない。

 

「__“燃維”、“我が身の熱を更に織り上げ、猛る灯はその射光を強めよ”」

 

 鏡像の口から炎が噴出し始める。

 

『がぁぁぁぁ……!』

「これは火炎様の分。んで、__“辻風”、“強かなる風を鋭く鍛え上げん”、“その突風は、その身を分けて吹き付けん”」

 

 鏡像の身体を無数の風の刃が切り付けていく。

 

「これが風姫様の分。次が空姫様の分、__“風固”、“吹き荒ぶ大気は、旅路を阻むを圧し潰さん”」

 

 鏡像の全身を大気の塊が押しつぶしていく。

 

「我、この身を育む緑をもって、彼の神秘を喰らわんと、祈る者なり、“宿芽(しゅくが)”」

 

 四つ這いになった鏡像の背中から小さな植物が芽吹き、鏡像が持つ魔力を吸収していく。

 

「我、この身に到る白露によって、道を惑わす霞を誘わんと、祈る者なり、“惑霞(まどいがすみ)”」

 

 鏡像を霞が包み、“宿芽”の成長が加速する。この霞によって平衡感覚を失った鏡像は、耐えきれず床に倒れ伏す。

 

 俯せになった鏡像の背中に左手で触れながら、倬は詠唱を続ける。

 

「今の二回が森司様と霧司様の分。そして……我、この身を包む大気をもって、彼の内に騒々しき震えを齎さんと、祈る者なり、“音揺(おんよう)”。“内に響く震えを今、轟きと成せ”」

 

 鏡像の体内で全身を震わせる爆音が轟く。その様子を一瞥して、鏡像が落とした“剣断ち”を拾い上げる。

 

「今の魔法は音々様の分。んでコイツは……“錬成”」

 

 目を閉じて、技能“錬成”を使用する。過剰な魔力を注ぎ込んだ“錬成”による物質の変形を中断させることで、その刀は変形するまでもなく、ボロボロに崩れてしまう。

 

「魔力で編まれてるからどうかと思ったが、“錬成”出来るもんなんだな。ま、“本物”は俺が扱える程度の“錬成”じゃ、歪ませることだって出来ないんだから、ただの紛い物だったんだろうけど」

 

 そう言ってから、倬はその“本物”を左腰に据えて、抜刀の態勢で構える。

 

 鏡像が倬の魔法とは別の奇妙な煙を纏って立ち上がった。この煙は回復魔法を駆使し、強引に治療した痕跡だ。

 

『げほっ……。正気じゃねぇな、お前。少しは、躊躇え』

「俺が俺に躊躇う事はない」

  

 ドッと鏡像の足元で鈍い音が鳴る。

 

 先程の返事と同時に、抜刀の音も、納刀の音も無いままに、鏡像の右肩から腕が切り落とされたのだ。

 

『あっ、がぁぁぁ……』

「“錬成”と、この一太刀が刃様の分。そして……、我、この身に潜む闇をもって、姿なきものに触れんと、祈る者なり、“影撫”。“姿なきをモノを、この身の闇にて切り伏せん”……これが宵闇様の分だ」

 

 鏡像の背後に影に包まれた錫杖が、先端に現れた黒の刃を突き立てる。

 

 その肉体に損傷は無い。だが、鏡像は胸元を抑えながら、受け身も取れないまま頭から倒れてしまう。姿なきものに触れる影である“影撫”を、追加詠唱によって姿なきものを切り付ける刃に変え、鏡像の“核心”に傷を負わせたのだ。

 

「……この身を包む大気の激動を伝え、身体の内より焼き尽くさんと、祈る者なり、“雷燃(らいねん)”」

 

 “影撫”によって意識を失った様子の鏡像。彼自身が使用した持続性のある回復魔法と、倬の雷魔法によって、肉体の破壊と再生が同時に行われる。

 

「この身に到る白露の記憶を呼び起こし、ここに全てを封じる静寂を齎さんと、祈る者なり、“封結(ふうけつ)”」

 

 この氷魔法によって、鏡像に与えられていた破壊と再生ごと封じ込められた。凍りついた鏡像の姿は、ここに来るまでに見た凍結したゾンビの如く、寒々しいものに変わってしまっていた。

 

 倬が錫杖で鏡像の頭を軽く叩くと、その意識を取り戻す。与えられ続けた苦痛に鏡像は朦朧としたままだ。

 

『……どう、して、俺は、まだ、ここにいる? とっとと、殺、せ』

「雷皇様と雪姫様の分は喰らって貰った。次が最後、これから会う、全ての精霊様の分だ」

『く、そが、こう、なったら……』

 

 鏡像が倬に抱きつこうとしてきたが、弱々しいその動きは容易く躱されてしまう。

 

 鏡像から少し離れた場所で、突き出した右手を小指から順番にゆっくり曲げ始める。同時に魔法名も告げていく。

 

「__“装鉱(そうこう)”、__“砥砂”、__“旋気”、__“焼威(しょうい)”、__“燦熱(さんねつ)”」

 

 その右腕に鉱石が集まり、“砥砂”を巻き上げる“旋気”によってその指一本一本が鋭利さを増していく。そして、その“装鉱”に紅蓮の炎と眩い光が一瞬巻き付き、ふっと消える。倬の右腕を包み込む禍々しく黒く煤けた鉱石は、極寒の氷雪洞窟にありながら、凄まじい熱気によって周囲の空気を揺らめかせた。

 

『おい、おい、おい、なんだ、その凶悪な腕は……』

「いくぞ。俺流“抹殺のラストブリット”あるいは“暗黒絶手(ダークネスフィンガー)”だ。……__“疾駆”!」

 

 高速で鏡像の懐ろに踏み込み、突き込まれた陽炎を伴う悪魔の如き腕が、その胸元を焼き焦がしながら抉り、貫いた。

 

 背中から飛び出したその手の中には、心臓が握られている。

 

「これがホントの、“心臓鷲掴み(ハート・キャッチ)”ってな」

『げほっ、……“ハートキャッチ(物理)”ってお前、喧嘩売ってんのか』

 

 鏡像の心臓が燃え始め、その体が薄れていく。

 

『はぁ、お前の勝ちだ。……“とっととお家へ帰り”やがれ』

「いや、とりあえず先に帰るのはコピーの方だ。ちょっと試したいことがあるから」

『あ゛ぁ? 何を、言ってんだ……?』

 

 光になって解けていく鏡像の怪訝な表情を無視して、倬は詠唱を開始する。

 

「我、この身に潜む闇をもって、此岸に留まる魂に、再び語り得る力を分け与えんと、祈る者なり、“譲霊”。“今や、か弱き語り得る者は、その記憶もって姿を現せ”」

 

 紫色の煙が鏡像を包み込む。右手の“装鉱”が崩れ去ると、倬は錫杖を呼び寄せて、音を鳴らす。

 

 シャンっと鳴り響くと、その煙が晴れ、そこに几帳面そうな男性が現れた。

 

「改めまして、“祈祷師”霜中倬と言います。“解放者”ヴァンドゥル・シュネーさん……、いえ、彼が残した“魂の残滓”と言った方が正確ですか?」

『…………やれやれ、神代魔法に頼ることなく、こんな真似をしてくる者が居ようとは。より正しく表現するとしたら、私は解放者シュネーの魂魄、その模造品といったところだ』

 

 “解放者”ヴァンドゥル・シュネーのコピーは、何処か困ったような顔をしているように見えた。

 

『何時から私に気付いていたか聞いても?』

「コピーの調査をしている時に、精霊様から複雑な魂のカタチをしていると教えてもらいまして」

 

 すると、倬の体のあちこちにしがみ付く様にして精霊達が姿を現す。

 

 最初に口を開いたのは宵闇様だ。

 

「………………単純な魂の“転写”なら、ああいうカタチにはならないからな」

「ワタクシ、あのように高度な魔法は初めて見ました。ですが如何に優れた人の子であっても、直接抜き出すでもなければ、読み取った意識だけを元に魂の“写し”を成すのは難しいかと思いまして」

 

 そして、雪姫様が鏡像を創り出す魔法について感じ取った違和感を語る。そこに倬が続く。

 

「記憶や読み取った情報を元に魂を“転写”するにしても、“土台”無しでは安定させるのは難しい。似たような事が“闇の賢者”ミーヤク様の研究にもありました。だから、“土台”になる魂が存在しているんじゃないかと推測したわけです。その上、あの鏡像には明らかに私とは異なる自我がありましたから」

 

 その結論に、シュネーのコピーは小さく溜息をもらす。

 

『私の方が精霊様に視られていたと言う訳か。ここの試練用に最適化してある関係で、私には大した情報は遺されていないのだが……、君は何を聞きたいんだ?』

「それは勿論……」

 

 倬は“宝箱”からメモ帳を取り出し、手の中でペンをビュッと回して再び掴むと、ランランと輝かせた瞳を向ける。

 

「全部です」

 

 シュネーのコピーが冷や汗を流すのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 滅茶苦茶に砕かれていた床面は魔法によって直され、その上には氷で作られたローテーブルが新たに用意されている。ローテーブルを斜めに挟んで、二人の男がメモ用紙を眺めながら小難し会話を繰り広げていた。

 

「――なるほど、フロアのみに効果を限定することで強制力を高めていると」

『あぁ、そうでもなければ、あの迷路上空での転移トラップは効果を発揮しない』

「それにしては、あの迷路巨大過ぎませんか? フロア限定にしても効果範囲広過ぎる気がするんですが」

『“フロア限定”とした場合には、その対象空間の面積や容積などはあまり関係はない。あくまで“フロア”を単位にして区切ることに意義がある』

 

 ふむふむとメモをしている倬に、時折メモの内容に注釈を入れるシュネー。

 

 そんな奇妙な光景は四時間ほど続いた。

 

 彼に遺されていた情報の粗方を聞き終え、二人は並んで、雑談しながら新たに出来ていた道を歩いている。

 

『――あぁ、そうか、君は“大地の洞穴”に入ったんだったな。つまり、最後の道を通ったのか。……尊敬に値する』

「いや、あれには本当、心が凍えました」

『無理もない。我慢は出来ても、受け入れ難いからな。本能的な恐怖には抗い難いものだ』

 

 しみじみと言うシュネー。

 

「それにしても、そのあたりの記憶はあるんですね」

『良くも悪くも、私の根本部分なのだろうな。役に立てなくて、すまない』

 

 ラウス・バーン、メイル・メルジーネの大迷宮が現代では目星すら付けられない事について聞いてみたのだが、シュネーのコピーの記憶には残されていなかった。流石の“解放者”とて、“反逆者”と言う言葉すら世間から忘却されてしまう未来までは想定していなかったのだろう。

 

「いえ、神代魔法の存在について教えてもらえただけでも、大きな収穫でしたので」

『そうか。……ただ、あれらは言葉で説明されただけで理解できる様なモノではない。真の理解を欲するなら、全ての迷宮を攻略することだ。精霊様のお力を借りることが出来る君ならば、忘れ去られた迷宮の在り処とて、すぐに見つけられよう。君の旅路が自由の意志の元にあらんことを――祈っているよ』

「はい。色々と有難うございました」

 

 握手を交わし、お辞儀をして、魔法陣が刻まれた氷壁を覆う光の膜の先に倬は消えていった。

 

 光の膜が消え、周囲がしんと静まり返った事に何を思ったのか、シュネーが独り言を呟く。

 

『しかし面白い青年だった。勤勉さはラウスやナイズに近いが、研究熱心な辺りはオスカーに似ている気もする』

 

 その独り言に、気怠さと適当さに満ちた声が反応を返してきた。

 

『そうかぁ? ありゃ、必要に駆られて必死こいてるだけだろ? アレの本性は怠け者だぞ?』

『ふむ、だとしたら案外、私に近いのかもしれないな』

『あらら、こんな迷宮造った“解放者”だってのに自己評価低いのな。まぁいいや、話変わるんだけど、霜中倬、あれで“自分に打ち勝った”って言えるか? 攻略認めていいのか?』

『己の負の感情を真正面から認めることが出来なければ、それは“神”の付け入る隙になる。だが、精霊様と契約した“祈祷師”である彼には“神”に唆される心配はないからな。問題あるまい……?』

 

 ここまで会話を成立させた辺りで、シュネーが首をギギギと鳴っていそうな動きで振り返る。

 

 そこには、感心したような表情で壁の魔法陣を眺める霜中倬の鏡像が立っていた。

 

『……何故、君がいる?』

『あぁ? 今更? あれだよあれ、本体(オリジナル)の“譲霊”。“追加詠唱”部分、俺宛だった』

 

 右手の親指を立てて、自分の胸元をトントンとしながら、“譲霊”の影響によって維持されてしまった事を告げる。シュネーは静かに混乱していた。

 

『……彼は何故そんなことを?』

『知るかよって言いたいところだが、まず間違いなく何かの実験だろうな。ホント、腹立つ本体(オリジナル)だ。最後のアレだって“ファイナルベント”でいいじゃねぇかと、考えの足りない本体(オリジナル)様にはガッカリだぜ』

 

 倬ならまずしない、口元を尖らせて不機嫌さを露わにする鏡像。この態度の悪さに、シュネーが顔を引き攣らせる。

 

『……随分と口が悪いな、君は』

『はぁ? そういう風に設定した側が言うか?』

『……いや、うん? そうだったか……?』

 

 そんな設定だったかどうか頭を悩ませているのを無視して、シュネーの肩に腕を回し、さも楽し気に鏡像が笑う。

 

『まぁまぁ、オレもアンタも、多分あと二時間くらいこのままだろうからさ。暇だし“コイバナ”でもしようぜ?』

『…………何を言っているのか分からないのだが』

 

 シュネーの表情が硬くなる。

 

『“解放者”って男女七人じゃん? 実際の所、どうだったん?』

『………………どう、とは?』

『いやいやいや、仮にアンタが童貞でも今の質問で分かるだろ?』

『……分かりたくないのだが』

 

 硬さの増していく表情をニタニタ見た後、あえて真顔をつくった鏡像。

 

『シュネーってやっぱハルツィナが好きだったん?』

『だから何故そうなるっ!』

『いやほら、ハルツィナの虫好きが理解できなくて悩んでたみたいじゃん? あれって要は惚れた女の趣味が理解できなくて悩んでたってことなのかと』

 

 “私、気になります!”みたいなテンションで言い募る鏡像。シュネーは思い切り目を反らし、その場から立ち去ろうとする。

 

『ええい、この話をやめろっ! 私はこんな話を続ける気はない!』

『いいや、続けるねっ! 試練の間に居る者が嫌がる事をする事こそ、俺の“役目”だからな!』

 

 酷い言い草だった。

 

『ここの試練はそういうものじゃない! 雑な言い方をするな!』

『良いなぁ、その嫌そうな顔。最っ高だぜぇ。ここの試練はこうじゃなくっちゃなぁ!』

 

 ハイテンションで心底満ち足りたような表情の鏡像。

 

『あぁ……、鬱陶しいこの感じ、ミレディか? いや、何かをけしかけてくる辺り、霜中君自身はハルツィナに近いような……? そして、何かやったらやりっ放しな所はメイルを思い出す……っ! 後二時間、これに絡まれ続けるのか……、勘弁してくれ……、恨むぞ、霜中君……!』

 

 頭を抱えるシュネーのコピー。

 

 この二人の模造品のやり取りは、鏡像の倬が魔法を活用した事で、二時間どころか五時間に及んでしまうのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 水族館のアクリルガラスを思い出させる透明度の氷柱が支える四角い空間に、痛みを訴える青年と、その青年を叱る声が重なり合っていた。

 

 倬は今、風姫様を始めとする精霊達に小突き回されている。ベシベシと風姫様が倬の額をはたく。見かねた雷皇様が止めようとしてくれていた。

 

「ホントにもうっ!」

「痛い、痛いです。ホント、ごめんなさい。すいませんでした!」

「風姫姉さん、それくらいで……」

 

 倬の前を後ろ向きで歩いている土さんも苦笑いしながら、苦言を呈する。

 

「まったく、無茶するのぅ。ああ言った戦い方はあまり好かんぞ?」

「頭に血が上ってしまいました。反省します……」

 

 倬と目線を合わせる位置に浮かぶ雪姫様は、寂し気に目を細める。

 

「ワタクシ達を大切に想ってくれるのは、とても嬉しいですけどね? 自らの似姿をいたずらに痛めつけるようなやり方は見ていて心苦しいものでした」

「はい……」

 

 そんなやり取りをしながら、足元の水の流れに沿って進む。柔らかなせせらぎが聞こえる穏やかなこの場所にある広い湖は、あちらこちらから美しい軌跡を描く様に水が噴き出している。

 

 その湖に浮かぶ氷の飛び石の先には、氷で作られた神殿があった。

 

 大樹の前や、ここに入る前の扉でも見た雪の紋章が神殿の大きな扉にも刻まれている。

 

 両開きの扉を開けると、神殿と言うよりは立派な洋館と言った造りになっているのが一目でわかった。

 

「シャンデリアの仕事が細かい……。要所要所の扉と言い、シュネーさんの趣味なんですかね」

「ワタクシは好きですよ。こういった細やかな気配りが出来るのは良い事です」

 

 倬と雪姫様でシュネーの仕事っぷりに感心する。

 

『今度はねねちゃんが“イッチばーん”!』

『らいくんも負けないぞ!』

 

 妖精たちはエントランスの両サイドから伸びる階段を上って、早速お館探検に出発していった。

 

 すると先に奥を確認していたらしい森司様が倬の頭の上に現れる。

 

『倬、奥の部屋がさっきのシュネーが言っていた部屋の様だぞ』

「それじゃ、先ずは神代魔法をいただきましょうか」

 

 エントランスから真っすぐ伸びる廊下の奥にあった重厚な扉を開ける。

 

 その床の中央には魔法陣が刻まれている。倬はその魔法陣の手前にしゃがみ込み、メモ帳を取り出して写し始めた。

 

「殆ど理解できない……。んー、神代魔法専用の魔法式、と言うより“言語”ってことか? ここが共通だからここで区切って、ここが繋がってるから……」

 

 ぶつぶつとメモ帳を何枚も無駄にし始める倬。

 見かねた土さんが倬の肩から声をかけてきた。

 

「先に魔法を手に入れてからの方が早いと思うぞ?」

「! ……見たことない魔法式ばかりだったものでつい」

 

 それもそうだと納得して、魔法陣の上に乗る。すると、頭の中に沢山の情報が直接流し込まれたのが理解できた。

 

――神代魔法・変成魔法。

――生物を魔物と変える。

――魔物の服従と使役。

――魔石への干渉と強化。

――強化段階の存在。

 

 魔物の使役や、その強化が行えると言う神代魔法である変成魔法を手に入れた倬。だが、倬はその事実以上に、自分の躰に起こった変化と、精霊様――特に森司様――が感じとった感覚の二つに集中していた。

 

 顔を床に向け、両手の人差し指と中指の二本を、それぞれ左右のこめかみに触れながら、倬は集中を続ける。その頭の上では森司様もいつも持っている葉っぱを脇に挟んで腕を組み、考え込んでいる。

 

「今、神代魔法に適応させられた……? いや、少し違う……。理論も理屈も一度に教え込まれたけど、それだけじゃない。これは簡単には説明できそうもない、か。……森司様、そちらはどうですか?」

「上手く説明できないが、僕の力と似たものを感じた。この変成魔法とやらは植物操作にも応用が利きそうだな。これは奥が深いぞ」

「そのようですね。それに……」

 

 倬はステータスプレートを取り出し、そのステータスに“変成魔法”が足されているのを確認する。

 

 その表示に、倬の口元が嬉し気に歪む。

 

「魔法による技能の追加とは。こいつぁ、夢が膨らみますねぇ」

 

 そのどこか悪そうな笑みを浮かべる倬の様子に、宵闇様がポツリと呟く。

 

「………………倬、ミーヤク寄りだったな」

 

 その部屋の壁の一部が溶けだした事に全く気付かないまま、倬は床の魔法陣の調査に戻るのだった。

 




はい、と言うわけで本作主人公も一つ目の大迷宮を攻略しました。
今回はいかがでしたでしょうか。

週一で頑張る所存、と何度も言っておきながら大変申し訳ないのですが、執筆の遅れと文章の見直しの為に、来週の投稿は休ませて頂きます。次回は2/17に投稿する予定です。

本当に申し訳ありません。

では、ここまでお読みいただきありがとうございました!

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