すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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今回から“高速詠唱”を表現するために、__(アンダーバー)を使用しています。常人では聞き取れない速度で詠唱していると思っていただけると助かります。

長くなってしまいました。では、今回も宜しくお願いします。


氷雪洞窟の中の心・前編

 上空の厚い雲の下、猛烈な吹雪を物ともせず、複雑に入り組んだ雪原の割れ目を見下ろして飛ぶ。

 

 暫く飛んでいると、谷の終わりを覆う様に雪が盛り上がっていた。

 

 その手前から、四百メートルほどの深さがある谷に侵入する。凍った渓流に足を着くことなく、地面すれすれを進む。左右対称に整えられた洞窟の入り口が目に入った。

 

『あれが入り口ですか。……こんな場所に洞窟掘るだけでも大変そうですよね』

 

 精霊達の加護を受けている倬はともかく、雪原の奥まで来るだけでも相当な苦労を要する。周囲の気温はマイナス三十度を下回っているのだ、強風もあるので、体感気温は更に低いはずだ。

 

『ああ言った、キッチリした建物は好きです。ワタクシも谷の底に新しい“寝床”造ろうかしら……』

 

 洞窟入り口の几帳面さを感じさせる様子に、新しい“寝床”をどうするか悩み始める雪姫様。そこに風姫様が、折角契約したのだからと、口をはさむ。

 

『雪姫、もっと景色のいい場所にしなさいよ。何なら倬に造ってもらったらいいわ。契約者の仕事の内よっ。ねっ、倬』

『そうですね、皆さんのお力も借りれば、立派な“寝床”が出来そうです。迷宮探索終わったら、何処かに造りましょうか』

『そんなことまでお願いして、本当に宜しいのですか?』

『なに、それくらいの協力を惜しむような儂らではないぞ?』

『……でしたら、その、小さくても良いので、アナタ様の記憶にある“氷のお城”だと嬉しいです』

『わぁっ! 音々もあれ好きー! 雪姫様、一緒に歌いながら造ろー?』

『ふふっ、それは楽しみね。よろしくね、音々様』

『わーい!』

 

 ご機嫌な音々様が自分の妖精である、ねねちゃんと一緒に入り口の中までバビューンと飛んでいく。姿が見えなくなって二秒後、何だか楽しそうに笑いながら外に戻ってきた。その後ろからは二体の魔物が付いて来ている。

 

「ウゴッ! ウゴッ!」

「ウゴゴッ! ウゴゴッ!」

 

 全長およそ三メートル、真っ白な体毛に覆われていて、霊長類型であることが遠くからでもわかる。その大きさを支えるのは、人と同じ二本の脚だ。

 

「倬! 僕はアレ、倬の記憶で見たぞッ! UMAだ! 未確認生物だ!」

「森司様、オレも見たぞ! “ビッグフット”って言うヤツに違いない!」

 

 森司様と雷皇様が何だかテンション高めに反応する。

 その一方、倬は何故かあんまり感動出来なかった。

 

「……? あ、あれ、おかしいですね、あんまり感動しない……」

「……兄さん、兄さん。多分、今更だから、だと思う、ぞ?」

「霧司様、“今更”と言うのは?」

「……だって、兄さん、俺たち精霊と会って、契約までしてるし。……精霊は他の生き物とは違う括りだからな、多分。兄さんの生まれたトコで言っちゃえば、“未確認無生物”だぞ」

「oh……“情報統〇思念体”的な感じですか……、その解釈でいくと“未知との遭遇”しまくりですね……」

 

 どうやら、“未確認無生物”且つ、“知的生命体”ならぬ“知的存在”である精霊の存在を受け入れてしまっている為に、UMAを見ても「まぁ、それくらい居るだろ」ぐらいにしか感じないらしい。慣れって恐ろしい。

 

 そうこうしているうちに、二体のビッグフットが足元の氷をツルツルとしたスケート場の様に変化させる。どうやら、固有魔法で氷を変化させることが出来るようだ。その上を高速で滑って来る姿勢は、スピードスケートを彷彿とさせた。

 

「ふむ、速いですね。それだけですけど。__“凍気”」

 

 “高速詠唱”によって詠唱を瞬く間に終えて、水系上位魔法である氷魔法を発動する。

 

 すると、前を滑っていたビッグフットの体が瞬く間に凍結し、地面の段差に足を引っかけて転倒、粉々に砕け散った。

 

 氷魔法“凍気”は、任意の場所の気温を急激に下げ、その場所にある物を凍えせてしまう魔法だ。この魔法の恐ろしい所は、気温だけが下がる為に魔法の発動を認識しにくいことだったりする。因みに倬は、この魔法が風系ではなく水系に分類されている事実について未だに納得していない。

 

「アナタ様、どうかしら、お役に立てていますか?」

「あ、ハイ。結構なお手前で」

 

 “その場所の気温をちょっと下げる”水系魔法に手を加えて用意していた魔法陣なのだが、この場所の気温の低さと雪姫様の加護によって想定以上の影響力を発揮したことにビビってしまった。

 

 その光景にビビったのは倬だけでなく、後ろを走っていたビッグフットも仲間が突然砕け散ったことで、進路を変更する。中空に浮かび上がったまま入り口に向かう倬から距離をとり、地面の氷を操作して、氷柱をぶつけようとしてくる。

 

 谷間に浮かび上がりながら、くるくる回転して氷柱を避けつつ、錫杖をビッグフットに向ける。

 

「__“風刃”」

 

 一般の風系魔法“風刃”がビッグフットに迫る。高速で移動を続けていた魔物が、攻撃の気配を察知して一瞬のタメの後、華麗に飛び上がり、回転しながら回避して見せた。

 

(……ッ?!)

「__“風刃”」

 

 まさかの回避方法に、一瞬思考が停止しかけたが、再び風の刃を放つ。

 

 すると、またもビッグフットは美しく飛び上がって避けて見せる。しまいには、両足を伸ばしたまま、百八十度に広げ、爪先は体を外を向けて、シャーッと滑りながら回避のタイミングを伺い始めた。

 

 自分の狙いの甘さに「ぐぬぬ」となりながら、何度も“風刃”を撃ち続ける。

 

 その風の刃をやはり芸術的に避けるビッグフット。

 

「ふむ、“五回転サルコウ”、“八回転トウループ”、“イーグル”で繋いで……」

「どんな曲がいいかなー。元気な感じかなー!」

 

 雪姫様が何やら感心した様子でブツブツ呟きながら、ビッグフットを眺めていた。その隣で音々様が目を輝かせている。他の精霊様と妖精達も、なにやらワイワイ話し合っている。

 

「かーくんは満点つけてやるぜ!」

「らいくんもだ!」

「「「つっちー! つっちー! まぁーべらぁす!」」」

「いえ、先程の“ルッツ”は着氷時、内側に重心が寄っていました。減点対象です」

「流石は雪姫様ね~、厳しいわ~」

 

 フィギュアスケートの採点基準なんて覚えがないので、精霊達の盛り上がりっぷりに戸惑ってしまった。

 

(うぅむ、雪姫様の知識は何処から来てるんだろうか……)

「__“風刃”、__“岩槍”」

「ウゴぁっ……」

 

 “風刃”を避けられてしまうので、ビッグフットが回避の為に飛び上がりきそうな場所に一般の土系魔法“岩槍”を発動させ、串刺しにする。かつて倬がトラウムソルジャーから助けてもらった時の“土槍”の上位版だ。

 

「けっこう時間かかったのぅ」

「僕が見る限り、命中率が低すぎるな。まだまだだ」

「精進あるのみですなっ! 主殿!」

「“大地の洞穴”以来、大した相手とは戦ってきませんでしたからね……。実戦経験も積まないとなぁ……」

「なら何時もの様に魔物如きの相手は、手出しせん方が良さそうだな。退屈かもしれんが友の為とあらば我慢しよう」

 

 ふわふわと浮かんだまま洞窟の中へ入る。大樹の傍にあったような石碑などは無いようだった。横十メートル近くある広い通路が伸びる。氷でできた壁や天井に光が反射して、まるでミラーハウスのようだ。

 

 洞窟内だと言うのに、通路の奥からは雪が吹き付けてきた。倬は、周囲に舞っている雪をつまんで眺めてみる。

 

「おぉ、中は随分と神秘的ですね。そして、この雪、かなり冷たそうです」

「そりゃそうよ、雪姫と契約した倬じゃなきゃ、すぐ凍傷起こすわよ」

「雪の結晶が観察しやすくていいですね。……あ、これなんか綺麗じゃないですか?」

「ほんとね~、あら、私はこっちの結晶も好きよ~」

「呑気なもんね。……あたしはこの細かいのが好みね」

 

 そんな風に話していると、三叉路にやってきた。それぞれの通路の奥を見ると、その先にも無数の道が枝分かれしているのが確認できる。

 

「これは早速めんどくさそうだなぁ」

「頑張るしかないのぅ」

 

 仕方がないので、右側の壁に沿って虱潰しに進むことにする。

 

 高速で飛んでいると、通り過ぎた道の上から氷柱が五本、まとまって落下した。どうやら、トラップもあるらしい。

 

 トラップを幾つか通り過ぎていると、座り込んだ人の姿が目に入った。

 

「うわぉっ、びっくりしたぁ」

「………………倬、あれはただの死体だ。そんなにビックリすること無いぞ?」

「あぁ、いや、自分以外に人がいる可能性を忘れてたので……。そう言えば、迷宮は他の冒険者にとっても腕試しの場でしたね」

 

 魔人族の男の遺体は、着込んではいるものの、洞窟内の寒さに対応しきれていない装備に見えた。

 

「ん~、このままにしとくのもなぁ……。まぁ、成仏はしてるみたいだし……」

 

 座り込んだ男を包み込む氷壁に錫杖を触れさせながら詠唱を行う。

 

「__“燃維”……? あれ? ……“我が身の熱を更に織り上げ、猛る灯はその射光を強めよ”」

 

 “燃維”の威力が足りず、追加詠唱で威力を底上げする。魔人族の遺体が燃え続ける傍で、倬が首を傾げていると、火炎様が倬の肩に乗って解説してくれる。

 

「どうやら、この洞窟は火系魔法の使用を制限しているようだな」

「あぁ、道理で、妙に火の勢いが弱いと思ったら……。火炎様は平気なんですか?」

「問題ないな。峡谷と一緒で、精霊に影響は無い」

「極寒の中で火を使いにくくするとは、流石は解放者、性格悪いですね。……それにしても、どうやって制限してるんでしょうか、魔法の発動を阻害する類の付与魔法を応用すればワンチャン……? いや、でも規模が大きすぎるか? いっそ迷宮そのものを巨大なアーティファクトとして見ればあるいは……」

「倬様ー? もう燃え切ったみたいだよー?」

「音々様? ……おっと、すいません。考え事に夢中になってました。先に進みましょうか」

 

 その後も、魔人族の遺体と何度も遭遇し、横切るついでに、その全てを灰にしていく。魔人族たちの服装は様々で、奥に進めば進むほど、その装備はしっかりとしたものになり、黒を基調にして、かっちりとした制服を着込んでいる者が多くなっていった。それらはどうやら、魔人族の軍人達らしかった。

 

 飛んで移動しているので、大して時間は掛かっていないものの、何度も行き止まりにぶつかって折り返しているうちにかなりの数の遺体を燃やすことになった。その数を森司様が、数えていたらしい。

 

「……これで百六十二人目だな。魔人族は数が少ないんじゃなかったか?」

「……多分、もっと居るぞ? ……割と最近の死体も多いし、な」

「霧司様の言う通りみたいですね……。綺麗なまま亡くなっている制服姿の魔人族が多いですし、最近になって、何かしら迷宮の情報でも手に入れたのかもしれませんね」

 

 更に数十体を火葬したあたりで、ようやく開けた十字路までやってきた。中央から伸びる通路は天井が高く、十メートルはある。

 

 壁に沿って飛んで、とりあえず右に伸びる道に進もうとした時だった。伸びる三つの道から、うめき声を微かに聞いた。ねねちゃんが倬の頭の上に現れて、ペシペシ叩きだす。

 

「たか様ー、何かいっぱい来るよー?」

「はい、自分にも聞こえました。数が多いですね……。足音からすると二足歩行……のすり足? となるとビッグフットとは違いますね」

 

 数の多さを、技能“反響定位”を応用することで把握すると、十字路の中央まで移動する。中央に足を着くと、ここまで通ってきた道の奥からも唸る声が聞こえてきた。

 

 精霊達は、倬の背中から声をかけてくる。

 

「さて、ここでの修行の始まりだのぅ!」

「倬、気を抜くんじゃないわよっ!」

「回避できるに越したことはないでござるからな。主殿、“水属性無効”に頼り過ぎぬよう」

「はい、畏まりました。では、始めます」

 

 錫杖に魔力を通し、魔力刃を出現させる。足元から半径二メートルほどの距離を空け、それぞれの通路に対して垂直な線を四つ刻む。魔法を操作するための目印だ。

 

「__“炎陣”。“編み上げし炎熱は、よろず喰らいて燃え上がるべし”、“重ね、編み上げし炎熱は、よろず喰らいて燃え上がるべし”、“更に重ね、編み上げし炎熱は、よろず喰らいて燃え上がるべし”」

 

 炎で構成された壁が倬を中心にして円を描き出現するが、ただでさえ影響力の小さい祈祷師の魔法では、火系魔法が阻害されるこの場所で、その勢いはちょっとした焚火程度だ。三度繰り返した追加詠唱で、やっと倬を覆い隠す程の“炎陣”になった。

 

「“今、炎熱を編み直し、紅蓮の几帳(きちょう)をば齎さん”」

 

 四度目の追加詠唱によって“炎陣”が先ほど書き付けた目印の上に集中し、厚く熱い炎の壁となって立ちはだかる。

 

――ヴァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――

 

 いよいよはっきり聞こえた、地の底から響くような声。

 

 通路から見えたのは、殆ど白に近い、青みがかった肌に霜を纏った夥しい数の死人の群れ。

 

「__“風陣”。“大気の留めるを解し、その旋転は繭の如くあれ”」

 

 倬の周囲に現れた風の結界が四つに分かれ、それぞれが炎の手前に押し固められた暴風となって激しく回転を始める。

 

「“大気の旋転は、よろず巻き上げ吹き荒ぶべし”」

 

 ゴゴォォォォォォォ!!!

 

 十字路の中心からそれぞれの通路に向かって、火炎を巻き込む横倒しになった竜巻が氷結したゾンビたちを焼き尽くしていく。

 

 火炎を纏った竜巻が通って溶かした氷は、瞬く間に凍り付いて元に戻るが、ゾンビたちを燃やすのは成功したようだ。

 

「いくら何でも、ゾンビの数が多すぎましたよね? 流石に一部は外見だけ整えた魔物でしょうか」

「………………多分な」

「拙者の見立てでは、七割程が純粋な魔物かと」

「それでも三割が本物の遺体だった訳ですか、凄いですね。……うん? こっちの道、まだ奥の方にゾンビが残ってる?」

 

 かなりの数を一掃したのだが、奥からまだゾンビが歩いてくる道があることに気付く。通路に犇めくゾンビを無視して飛んで移動すると、サッカーのフィールドが楽に七面は用意できそうなドーム状の空間に出た。

 

 その奥には、全身が水晶の如き氷で出来た鷲に似た魔物が優雅に飛んでいる。

 

 天井から次から次へと滴り降り注ぐ鷲氷(フロストイーグル)。その数は絶え間なく増え続けている。

 

「ん~、これまだまだ増えそうだなぁ。……どうしたもんか」

 

 ドームの中央で、体当たりや、後ろ脚で掴みかかろうとする鷲氷の攻撃をひらひらと躱していると、今度は壁面から、氷で出来た二足歩行の狼が現れ始めた。

 

「「「「グルァアアアアアッ!!」」」」

 

 その狼氷(フロストワーウルフ)は全長二メートル程で、飛んでいる倬に対して牙を剥きだしにして睨みつけ、唸りを上げている。

 

 更には通ってきた道からも凍結したゾンビが入り込んでくる為、巨大な空間が忽ち埋め尽くされてしまった。

 

「いやいやいや、これ、一般の人間族じゃ突破できないのでは……? こんなのどうしろと……」

 

 肉薄してきた鷲氷を錫杖で力任せに殴りつけながら、この状況に唖然としてしまう。そんな中、奥の氷壁が猛烈な速度で盛り上がる。

 

 ビキビキッ! バキィッ!! と音を立てて盛り上がった氷が、何処か爬虫類を思い起こさせる口元を形作ったと思いきや、その口を開き、激しい咆哮に乗せて、強烈な衝撃波を空気中に走らせた。

 

「クワァアアアアアアアン!!」

「うおっ!」

  

 その衝撃波によって、倬は中央から三十メートルほど押し戻されてしまった。

 

「霜様平気~?」

「ええ、一瞬気を失いかけましたが何とか……。凄い魔力衝撃でしたね。まったく、飛んでる鷲氷でも硬いってのに、亀氷ときましたか、なんて厄介な」

 

 心配してくれる空姫様に無事を伝えて、新たに現れた巨大な魔物を見下ろす。

 

 無数の鋭い氷柱を背中の甲羅に背負い、軽く二十メートルは超える巨体の亀のような魔物だ。

 

 透き通った体の中央には、魔石が赤く輝いている。

 

「さてと、……そう言えばくぅちゃんって、ドリル気にしてましたよね」

「そうね~、男の子の“ろまん”が気になってたのよ~」

「よし、それじゃあ、“漢の浪漫”を試してみましょうか」

 

 倬はそう言うと、錫杖から手を放し、天井目掛けて飛ばす。防御力を上昇させる“硬々”の効果を追加詠唱で更に高めて、身体強化も併用しながら、接近してくる魔物たちを蹴り砕く。

 

――後ろだっ――

 

 死角から撃ち込まれる氷塊を、頭に入り込んでくる自分のモノではない意識を頼りに回避する。観戦モードの精霊達は直接戦闘に参加することは無いものの、こうして倬に迫る攻撃の存在を伝えてくれる。もっとも、意図して伝えてくれているのではない。どちらかと言うと、スポーツの観戦中に「右だ」、「左だ」と叫んでしまうアレだったりする。

 

 鷲氷を避けて錫杖が天井に突き刺さる。懐から取り出した手帳を左手で開き、右手を錫杖に向けて伸ばし、にやりと笑みを浮かべる。

 

「“馬鹿魔力”、舐めんなよ。__“節理”! “招かれし六角は、更なる石柱を呼び寄せん”」

 

 くるくる横回転しながら魔物からの攻撃を避けつつ、同じ追加詠唱を三十回。

 

 頭上からミシミシと音が鳴り始める。

 

 天井から響く音が、ギギギギっと不吉な予感を誘うものに変わった次の瞬間だった。

 

 けたたましい騒音と共に、天井に張り巡らされた分厚い氷が荒々しく砕かれ、崩れ、落下を始めた。

 

 その氷から産み落とされ続けていた鷲氷は、落下する氷と衝突し、翼を折られる。

 地面に所狭しと蠢いていたゾンビや狼氷も、降り注ぐ氷塊と、落下する鷲氷に潰されていく。

 

 唯一耐えきったのは、亀氷(フロストタートル)だけだった。周囲を氷塊に埋め尽くされ、もがいているのが分かった。背中の鋭かった氷柱は所々欠けているが、それでも、その甲羅には細かい傷が刻まれた程度に留まっていた。

 

「硬いなぁ。流石。……“此処に出でたる細き六角は、硬きを穿つべく回転せり”」

 

 氷に覆われていたはずの天井は、無数の“節理”によって濃い灰色に塗り上げられていた。その石柱は静かに、だが高速に回転しつつ地面に向かって伸びていく。

 

 亀氷は氷塊を吹き飛ばし、猛吹雪を吹き付けてくるが、倬は身動ぎ一つしない。“風”と“空”の精霊、そして“氷の精霊”の加護によって、吹雪如きが倬に対して影響を与えることを許さない。

 

「後は形だけど……。宵闇様、記憶探ってもらっていいですか?」

「………………んー、コレか?」

「はい、それですそれ。ありがとうございます。えーっと、先ずは……、__“砥砂(とぎすな)”。“”__“旋気”。__“旋気”。__“旋気”。__“旋気”。“大気の渦はその径を留め、その旋転は鋭く在れ”、“大気の旋転は、よろず巻き上げ、その数を殖やすべし”」

 

 ドーム状のこの場所全体に砂が舞う。土系魔法“砥砂”によって生み出された砂は、紙ヤスリの材料として使われるような粒子に似ている。その“砥砂”を巻き込みながら、“ちょっとした旋風(つむじかぜ)を引き起こす”だけだったはずの魔法が、その風を強烈なものにして、無数の”節理”一本一本を包む。

 

 高速に回転しながら伸び続ける“節理”を、巻き込んだ“砥砂”によって“旋気”が削っていく。

 

 渦巻く風が晴れて現れたのは、六角柱から姿を変え、丸みを帯びた棒状の、独特な螺旋が刻み込まれた“節理”だ。

 

 その姿はまさしく“ドリル”である。

 

「所謂アニメの三角ドリルじゃないけど……“わが身と大地の繋がりをもって、六角に大いなる抱擁を与えん”……さぁ、力比べと洒落込もうか、亀さん」

 

 倬が見下ろす地面では、落下した氷塊から新たな鷲や狼たちが次々と形作られていた。その氷鷲達が勢いよく飛び上がった。

 

 キィーーンっと耳をつんざくような音がこの広い空間に響く。飛んだ鷲氷の一体が、真っすぐなドリル状になった“節理”に触れてしまったのだ。

 

 この一体を皮切りに、飛び上がった全てが地面に向かって回転しながら伸びてくる“節理”に引っ掛かり、巻き込まれ、吹き飛ばされ、別の“節理”に真横から衝突し、真っ二つに削り切られていく。

 

「あれ、予定してた倒し方と違う……。もっとこう、風穴空けるつもりだったのに……」

「倬、ドリルで穴を空ける時は対象をしっかり固定していないと危ないと、そう父上に習ってただろ」

「ふむ、飛んでる敵相手だと、ドリルが奥まで入っていかないわけですね。父さんの趣味から教わった事をこんな所で実感することになろうとは……。いやぁ、人生何が起こるか分かりませんね、森司様」

「“人生何が起こるか分からない”か、“奴”に召喚されてしまった倬が言うと説得力が違うな」

 

 いよいよ亀氷に数多の“節理”が触れた。

 

 先程よりもいっそう甲高い音が幾重にも重なって、鋭く空気を切り裂く様に響き渡る。

 

 あまりの騒音が、亀氷の咆哮すら掻き消してしまう。

 

 亀氷の甲羅は鷲氷や、狼氷などとは比べ物にならない堅牢さを誇っていた。追加詠唱によって硬度が増しているはずの“節理”が、丸みを帯びた甲羅によって歪んでしまい、側面の溝で氷を削り取るだけで掘り進めることに失敗してしまう。

 

 だが、歪んだ“節理”によって傷つき、飛び散った細かな氷が、滑らかだった表面に張り付いたことで、他の“節理”が次第に氷を捉え始めた。次から次へと濃い灰色の石柱が、分厚い氷を掘り進めていく。激しい回転よって削り空けられた穴からは、摩擦熱によって解けだした水が噴き出し、周囲の冷気によって瞬時に凍り付いて氷の粒となり、キラキラと輝きながら宙に舞う。

 

 亀氷は入り込んでくる石柱から逃れようともがくが、全身に突き刺さった“節理”によって固定され、もはや身動きも出来ない状態に陥っていた。硬い氷で出来た自身の体内にある魔石だけをどうにか必死に動かすことで抵抗を続ける。

 

「まるで水の中にあるみたいに動かしてくれますね。どういう理屈なんですかね、まったく面倒な」

「全身削り切るまで辛抱するしかないのぅ」

「まぁ、地道な作業は嫌いじゃないですからね。我が敬愛すべき父は言っていました。“ミ〇四駆の肉抜きは根気とセンスが要求される芸術だ”と、“ボディ外せばいいじゃんとか言っちゃいけない”と、“それはそれ、これはこれ”だと」

「……最後関係あったかのぅ」

 

 土さんの疑問に、倬は拳を握りしめて熱く語る。

 

「大いにあるのです! スピード特化のミ〇四駆界だと、シャーシだけで走らせるのもアリになっているんですから! その界隈の人に“肉抜きなんてただの飾り”、”遅い人にはそれが何故分らん”と、そんなことを父さんは言われたそうです。それでも、父さんは今も“肉抜き”に拘り続けています。だからこその“それはそれ、これはこれ”……っ! こうなったら限界ギリギリまで“肉抜き”して軽量化しようじゃないか、亀さんや!」

「我が友が燃えている……! 内容はよくわからんが、いい気分だ!」

 

 倬が杖を呼び寄せて掴むと、その杖を亀氷に向ける。追加詠唱で“節理”同士の間隔を更に狭めることで、亀氷の体が幾本ものドリルによって抉り取られ、貫かれる。

 

 そして遂に、逃げ場を失った魔石が削られ、砕かれた。

 

 僅かに残った真上からの穴だらけになった氷の塊は、魔力を失って、その強度を保つことが出来ず、ガラガラと崩れていく。

 

「ふぅ……、やっと倒せましたね」

「面白かったぞ倬。次は雷魔法使おう、な?」

「そうだそうだ! らいくんも仕事したいぞ!」

「はい。状況次第で手伝ってもらうかもしれませんので、その時お願いしますね」

 

 雷皇様が楽し気にそんなことを言ってくる。他の精霊達から先程の戦闘に対する駄目出しをされつつ奥へ進む。

 

 迷宮はまだまだ奥に続いている。次は何が待ち構えているのだろうか。

 




今回のタイトルは、【洞窟のなかの心】(著者;デヴィット・ルイス=ウィリアムズ、翻訳;港千尋)
と言う著作タイトルを参考にさせて頂きました。

次回投稿は1/27に予定しています。

前編、中編、後編と三本立てになりますので、次回も宜しくお願いします。

では、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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