すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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今回もよろしくお願いします。


薄氷を踏み抜けば斯くの如し

 【シュネー雪原】は常時、曇天に覆われている。不思議な事に、そこに吹き荒ぶ雪も冷気さえも、不可視の壁によって遮られているかの如く外に漏れることは無い。

 

 倬はガラスに張り付いた様な雲の断面を真横に見ながら、精霊達と雑談をしつつ、感じた精霊の力を追って飛んでいる。

 

『じゃあ、竜人族ってちゃんと生き残っているんですね』

『そうよ~、あの子の名前何て言ったかしら~。生き残ったしっかり者の男の子が、仲間を連れて北の方の島に飛んで行くの見てたもの~』

『あぁ、あの島か、オレが気づいた時には、いつの間かそこにあったな。あれ、何時頃できたんだ?』

 

 竜人族とは五百年程前に滅びたとされている種族のことだ。

 

 一般には、その滅びの原因は竜人族が人にも魔物にもなれる存在且つ、神に対する信仰心を持たなかったことから、他種族から排斥されたか、神によって淘汰された為と言われている。

 

 現在でも“竜の尻を蹴り飛ばす”と言う諺の中で、その存在が語られている。

 

 竜の姿の時、その巨体故か、それとも強固な鱗に守られていることに安心している為か、彼らが眠るとちょっとやそっとの衝撃では目覚めることは無いと言う。

 

 ただ、鱗に守られていない弱点の一つである尻穴と、その周囲を刺激されると痛みと共に目覚め、怒りに任せて暴れ回ったのだとか。

 

 日本で言うなら“寝た子を起こす”とか“藪蛇”に近い使われ方をしているようだ。 

 

『さぁ~、“海の精霊様”なら知っているかもしれないわね~。土司様は何か知っている?』

『儂もよく知らんのぅ……。だが、あの島のあるあたりで妙な魔力を感じたのは覚えとるぞ』

『竜人族は聡明で力の強い種族だったからな、自ら島を生み出していても不思議では無いが……。僕もあの“噂”が広がっていく様子を森の中から見ていた。彼らがこの大地を去ることになったのは残念でならない』

 

 森司様が悔しそうに言う“噂”。それは、“竜人族は人ではなく魔物である”という内容だった。

 

 優に千年以上生きることが可能な程に長命な彼らは、元々種族全体の数が少なかった。それ故に、国を興した時、彼らは人間族や亜人族などの種族を差別することなく多種族国家を形成した。善性の権化と言っても間違いではない彼らの振る舞いは、人々から“王族とは斯くあるべき”とまで言われるほどであった。

 

 だが、ひとたび“噂”が広がると、人々は竜人族の気高い振る舞いにすら恐怖を抱いた。

 

 “竜化”した竜人族の全身を覆う頑強な鱗は刃を通さず、並みの魔法を弾き返す。鱗に覆われていないのは目や口の中、そして肛門の周りのみ。

 

 そんな彼らが本当はただの魔物であるならば、その言葉も態度もまやかしに過ぎず、自分たちはただの家畜で、肥え太るの待っているだけなのではないか。

 

 その時が来たら、なすすべなく喰われるだけなのではないか。

 

 ただ喰われてしまう前に、殺される前に、殺せ。

 

 そうして、竜人族にとっての“大迫害”が引き起こされた。

 

『………………全部、“奴”が原因』

『……そう、だな。……多分、“奴”にとって、理性的過ぎたんだな。……竜人族は』

 

 宵闇様と霧司様が“奴”――エヒト神――に不快感を露わにする。エヒト神が気に入って力を与える者には特徴があるのだ。それは、神に対して従順であるか、そうでなくても自らの欲望に対して忠実な者だ。その趣味の悪さが分かると言うものだろう。

 

『改めて胸糞悪い話ですね……』

『………………そうだな』

 

 気分が重たくなってしまった。倬は、切り替える為に話題を変える。

 

『そう言えば、宵闇様の思い出の中に、お人形みたいな女の子を見ましたが、あの子は契約者だったんですか?』

『………………? ……あぁ、ちょっと前に“影の”に誘われて行った国で会った子だな。凄く力が強い子で、自分の気配を感じ取って近づいて来たから、一緒に遊んだんだ』

『姿見せてたんですか?』

『………………いや、あの子自身の力だ。力が強すぎて、親も遊び相手になってくれなかったみたいだ。いっつも寂しそうにしていた』

『契約、しなかったんですか?』

『………………気付いた時には、自分を見ることが出来なくなってた。多分、力だけじゃなくて頭も良かったんだろうな』

 

 精霊が意図的に姿を隠していても、その存在を感じて触れることが出来る子供がまれに存在する。そういった子供は、社会的な知識を増すごとに精霊に対する感性を失っていくそうだ。

 

 その話を受けて風姫様が、倬を茶化してきた。

 

『ま、それが大人になるってことよ。良かったわね、倬。そういう意味じゃ倬は永遠の子供と言えるかもしれないわよ?』

『ふむ、“霜中倬、永遠の十七歳でーす!”って事ですか? ……悪くないですね。“元祈祷師かつ元冒険者、訳あって、アイドル!”みたいな。でもプロデューサーと支配人を兼任してるんで、“アイ活”までするのはちょっと時間的に厳しいです』

『その反応は予想外だったわ……』

『たか様ノリノリだー。“ドリカタァイム”!』

『おお! 良い声! さすが音々様』

『えっへへ~、“はぴはぴはっぴー!”』

 

 そんな風に気の抜けた話をしながら、雪原と魔人族領を隔てる境界線に飛び込んでいく。

 

『ん、流石に涼しいですね』

『うむ、ローブが無かったら友には厳しかろう』

 

 見渡す限りに広がる雪景色。“氷の精霊”は雪原の何処かに居るのは間違いないと雷皇様が教えてくれた。さて、今はどの辺に居るのだろうか。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

『倬、あそこが怪しいって、らいくんは思うぞ』

 

 吹雪の中を飛んでいると、らいくんが不自然に盛り上がった雪山を指差す。

 

 それを受けて、つっちー達が雪の下を確認してくれた。

 

『『『つっちー! たかー、たかー、たてものー』』』

『雪の下に古い建物がある……でござる!』

『もりくん、精霊の力感じたぞ!』

『建物ごと氷ついてやがんな、かーくんが融かしてやるぜ』

 

 かーくんがそう言って雪に突撃すると、雪が溶けて、コンクリートに似た灰色がかった建物がその姿を現した。

 

 表の入り口の前に降りると、分厚いガラスの扉から内部を伺うことが出来る。

 

 入り口直ぐの左側に、緩やかな曲線を描く受付スペースがあり、右手側には下駄箱があった。

 

「……病院、でしょうか」

「そのようだのぅ」

 

 自動ドア風の見た目なのに、何故か上方向に収納される形式だったことに首を傾げつつ中に入る。

 

 建物の中だと言うのに、外よりも寒い。

 

「どうやら“氷の精霊”がここに居るのは間違いなさそうだな」

「オレが最後に会ったときは外で散歩の途中だったみたいだからな、ここを“寝床”にしていたのは知らなかった」

 

 火炎様が全身をより熱くして、寒さから倬を庇ってくれる。

 雷皇様は、建物の作りに興味津々だ。

 

 入り口の正面にはベンチが三つ並び、待合所になっている。下駄箱側を確認すると、一人用のお手洗いが用意されていた。

 

「……ますます、診療所感出てきましたね」

「全部冷え切ってるし、“氷の精霊”が封印してるみたいね。……どうしてかしら」

「なんだか寂しい場所だねー……」

 

 風姫様と音々様が“寝床”に選ぶには、物悲しい雰囲気があると違和感を口にする。

 

 受付を横切って奥へ進むと、広い部屋が五つに仕切られていた。その一つ一つの空間には、簡素なベットが置かれている。

 

 手術室と言うよりは、処置スペースと言った雰囲気だ。白々しいほどに清潔感がある空間に、気温とは別な理由で寒気を感じた。

 

「診療所って言うよりは、“歯医者さん”に近い造りですね……」

『しも様、しも様、くぅちゃん聞いていい~? ドリルは男の子のロマンってほんと~?』

「くぅちゃん、妙な事気にしますね。うーん、“歯医者さん”のドリルはちょっと違いますかね……。けど兵器としてのドリルにはロマンがありますね。硬いものをぶっ壊す類の、爆弾とか、パイルバンカーとかと同種の憧れです」

『“オレのドリルは”~?』

「“天を衝くドリルだ!”ですね。あれはいいものです」

 

 更に廊下を進むと、右に休憩室があり、左にはカルテなどと一緒に書類が整理された資料室があった。

 

 瞬間冷凍でもされたような書類をいくらか読んでみると、どうにも内容がおかしい。患者の年齢、性別、身長、体重の他、身体的特徴は記録されているのに、治療内容が全く書かれていないのだ。

 

(いくら何でも不自然だ……)

 

 倬が眉を顰めて資料を睨んでいると、宵闇様が本を一冊持ってきた。

 

「………………倬、これ」

「これは……、ミーヤク様の文字ですか?」

「………………文字の形、似てる気がした」

 

 その本には、死者蘇生についての研究報告が事細かに書かれていた。“現段階では不可能”と締めくくられていたその本を閉じようとすると、背表紙から一枚の紙片が滑り落ちる。

 

 咄嗟に床に落ちる前に掴み取る倬。その紙には、ミーヤクとは違う荒々しさを感じさせる文字が殴り書きされていた。

 

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 実に半端な研究書だ 賢者ともあろう者が研究を投げ捨てるなどと

 

 死体だけを相手にするから半端な結果に終わったのだ

 

 私はコイツとは違う 諦めてなるものか

 

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(きな臭くなってきたな……)

 

 不穏な内容のメモを腰の“宝箱”に放り入れ、資料室の調査を続ける。すると、ふぅちゃんが突然手元に現れ、倬の手を引っ張り出した。

 

「たか、たか、こっち、ふぅちゃんが見つけたの!」

 

 ふぅちゃんに連れられて、部屋の入り口に対して左側の壁の書棚まで移動する。

 

「ここ、ここ! 冷たい風が吹いてるのっ!」

「流石、ふぅちゃんね、わたしが褒めてあげるわ」

「えー、別にわたしに撫でて貰わなくても、たかにナデナデしてもらうからいいよー」

「わたしの妖精のくせに生意気よ!」

 

 風姫様とふぅちゃんが追いかけっこを始めてしまったが、その風の流れは倬にも感じ取れた。

 

「この先にも部屋があるみたいですね」

 

 棚を引っ張って退かそうとしても、びくともしない。仕方ないので今までの経験を踏まえ、半信半疑で棚を上に持ち上げると、真下の床ごと天井に収納された。その下には、足元に金属製の扉が埋め込まれていた。

 

「……なんで、こう、上方向なんですかね」

「? 主殿、何かおかしいのですか?」

「あぁ、いや、もしかしなくても昔は普通だったんですか?」

「いえ、“なんかカッコいい”と一瞬だけ大工の間で流行したようです」

「技術的には難しそうですよね。簡単に落ちてこない様にしなきゃならないですし……」

 

 倬が金属製の扉に触れると、取っ手に手が張りついてしまった。触れただけで掌ごと凍ってしまったようだ。

 

「痛っ」 

「これはいかんな」

 

 火炎様が扉の上に乗っかると、扉が熱せられて、手を放すことが出来た。凍傷を負った倬の手を葉っぱで撫でて薬を塗ってくれている森司様が、なにやら思案顔だ。

 

「ここから先は火炎様に先導してもらった方が良さそうだな。“氷の精霊”が本気で封印しているとなれば、僕らでも眠くなりかねん」

「オレも森司様に賛成だ。その気になれば雷の動きまで封じれるのが“氷の精霊様”だ」

「雷皇様が封じられてしまうんですか? ……相当、力の強い方なんですね」

「勿論オレにだって対抗手段はあるが、こと“封印”に関しては宵闇様に匹敵する力の持ち主だからな。万が一の備えだ」

「分かりました。では火炎様、お願いします」

「うむ、心得た」

 

 火炎様がその身を大きく膨らませ、倬の全身を包み込む。暖かな炎を身に纏って、倬は地下室に向かう階段を降りていく。

 

 階段から続く短い廊下の先には、広いが天井の低い空間があった。縦二メートル、横一メートルほどの長方形の箱が敷き詰められ、その箱によって中央に奥まで続く狭い道が出来ていた。

 

 すぐ近くの箱を覗き込むと、箱は氷そのものであることが分かった。そしてその中に、まるでただ眠っているように目を瞑った男性が横たわっている。体格や顔つきから想像するに三十代前半と言ったところだろうか。

 

「これは一体……」

 

 倬は、箱状の氷を見渡す。その全てに、老若男女の区別無く、人が入っている。よくよく見ると、殆どの人の指先を始めとする身体の末端が、黒に限りなく近い紫色になっていた。

 

(“冷凍睡眠(コールドスリープ)”ってやつか……? いや、でもこれじゃ……)

 

 この光景に困惑していると、凍てついた風が奥から吹き付けてきた。同時に、静かで丁寧な言葉遣いの、凛とした声が響く。

 

「この様な場所に、人の子がこんなにも多くの精霊様方を引き連れて来るなんて、一体何の御用?」

 

 倬の目線と合わせる位置に現れたのが“氷の精霊”だ。真っ黒な、背丈ほどの長髪で右目が完全に隠されて、左目が半分だけ覗いている。服装は、日本の着物に似ていた。真っ白な着物に、胸元の下から腰までを覆う、淡い水色の大きな帯を巻いている。

 

 初雪を思わせる程に極めて薄い肌色の“氷の精霊”は、無表情でこちらを見つめてきた。

 

 冴え冴えとした目線に、少し緊張しながらも、精霊の力を借りる為の旅をしている事を告げる。

 

「……そう、ワタクシとも契約を望むのね」

「はい。お願いできませんか?」

「そうね……」

 

 “氷の精霊”は倬を包む火炎様の炎をその瞳に映すと、ゆっくり瞬きをする。

 

「こんなことを、貴方の様な人の子にお願いするのは、酷なことかもしれない。けれど、ワタクシの力ではちゃんと出来ないの。……もし、此処に眠る人の子らを、ちゃんと殺してやってくれるなら、契約の儀を致しましょう」

「……“ちゃんと殺す”とはどう言う事なのか、聞いても宜しいですか?」

「そう、そうね、それを知った上で、どうするか決めるのがいいでしょう」

 

 “氷の精霊”は、奥に移動し、部屋の左側にあった氷の箱の一つを撫でながら、語り始めた。

 

 この場所が現代程の雪原地帯で無かった頃に造られたこの施設は、魔法に頼らない医術の研究所だったと言う。

 

「実のところワタクシも、何があったのか詳しい訳ではないの。けれどね、この場所に一人の男がやって来てから、この辺りの様子はおかしくなっていったわ」

 

 その男は最初、真剣に研究に参加していた様に見えた。しかし、ある時から急に、不治の病と診断された患者を世界中から集めだし、魔法によって次から次へと氷漬けにし始めたのだ。

 

「多額の管理費用と引き換えに、治療する術が見つかるまで死ぬこと無く眠り続ける――“凍結睡眠”――なんて嘯いてたみたいね。……実際には、その研究は完成の域に無くて、実行するには早すぎるって沢山の人の子に反対されていたのを見たわ」

 

 他の研究者達の反対を押し切った結果、研究所にはその男だけが残ることになった。

 

 未熟な氷系魔法での人体の冷凍保存は、その悉くが失敗に終わる。

 

「最初の内はね、“盟約”に従って見守っていたのよ。だけど、急に凍結させた人の子たちを叩き壊そうとしたから、許せなくなって、男とこの場所を、ここに眠る人の子たちと同じ様に氷漬けにしてしまったわ」

 

 そう言いながら、“氷の精霊”は右奥の氷の棺に視線を向ける。どうやら、そこに横たわっているのが、その研究者のようだ。

 

「……ここに眠る人の子らは、魔法によって肉体と魂ごと凍らされています。肉体は氷の膨らみに耐えきれず破壊されたまま取り残されて、魂までも凍えて、この場所に縛りつけられている。この子たちはね、真っ当に死ぬことさえ許されなかったのよ」

 

 “氷の精霊”は単独では“極”から外に出ることが出来ない。それは、彼女の力の強さに起因する。ひとたび彼女が外に出れば、その場所まで“極”の一部、つまり雪原地帯になってしまうのだ。

 

 そして、あらゆるものを凍結させて粉々に砕くことは出来ても、それを大地に還すことは出来ない。砕いたそれは、永遠に雪の下に埋もれるだけになってしまう。それ故に、氷漬けになってしまった人たちを見守る以外に出来ることは無かったのだと、他の精霊達が教えてくれる。

 

 倬は、この場所に眠り続けてきた人達を見つめる。病に苦しみ、未来に一縷の望みをかけた彼らと、今は亡き彼らの家族の想いが、そこには眠っている。

 

 今となっては、死んではいないだけと成り果てた彼らに、自然、黙祷を捧げる。

 

「“氷の精霊様”、……本当に宜しいんですね?」

「……それはこちらの台詞よ。本当に、やってくれるの?」

「本来ならば“霊媒師”の領分ですが、葬儀やそれに関する諸々もまた、“祈祷師”である僕らの仕事の範疇です。何より私は、その“祈祷師”と“霊媒師”を見守り続けてきた山司様、火炎様、宵闇様との契約者ですからね。……お任せください」

「そう……。では、祈祷師様、叶うならこの場所ごと、お願いします」

「はい。承りました」

 

 倬が右手の錫杖を掲げてシャンッと鳴らすと、火炎様がその先に追従する。

 

「………………今回は火炎様に任せる」

「“焚き上げ”とならば、それがいいだろうのぅ」

「おう、任された。……友よ、準備はいいな」

「ええ、では、……始めます」

 

 これから使うのは、通常の魔法とは異なる儀式魔法。

 

 精霊が発動する精霊魔法を、人が“祈り”によって細かな制御を担うものだ。

 

 火炎様が腕を組み、錫杖の先端に浮かぶと、幾何学模様の陣が燃え盛りながら現れる。

 

 “祈り”は“(うた)”によって紡がれる。

 

「我が名は霜中倬、“炎の精霊”火炎様の契約者にして、祈り捧ぐ者なり……」

 

 陣を描く炎は、まだ何物も燃やさない。

 

――ここに眠りし魂よ、ここに囚われし魂よ――

 

 陣が崩れ、氷の棺を、地下室全体を、建物全体を、炎が包み込む。

 

――いといと安らかなるに向かうべし――

 

 包み込む炎は、まるでここにある全てを抱きとめるかの様に、柔らかに揺れる。

 

――いざいざ全てを焼き清めるは――

 

 包み込む炎が、ここにある全てを溶かし尽くす。

 

――荒々しくも悠々たる焔なり――

 

 激しい燃焼によって、周囲にゴウゴウと音が響く。だが、炎の揺らぎはゆったりとしたままだ。

 

――煙炎(えんえん)と共に、今、天に立ち昇れ――

 

 天空に向かって、赤色が混ぜられた煙が一筋の(みち)を描く。

 

――汝らに贈る、この世の熱を紡ぎし詠の名は……――

 

 灼熱の中でも、錫杖のシャンと鳴る音が不思議と良く通る。

 “詠”を結びは、精霊と共に。

 

「「“逝焔(せいえん)”」」

 

 巨大な火炎と煙に乗って、ここに眠り続けていた魂が、天に昇っていく。

 

 倬の魂に、その一つ一つが抱えた想いが、突き刺さるように伝わってくる。

 

 その想いの中に、後悔と憎悪に支配されたモノがあった。

 

 それが、最愛の女性が抱えた不治の病を癒すために、あらゆる手を尽くした果てに、非道な行いに手を染めた男の魂だった。

 

 倬は目を細め、天に消えていく煙を見送る。

 

 倬がきつく握り締める左手に両手で触れて、そっと小さな額を当てる“氷の精霊”。表情は殆ど変わらないのに、その瞳から静かに流れ続ける涙で、頬が濡れている。

 

「祈祷師様、心からお礼を申し上げます。本当に、ありがとう。……ワタクシの方から、お願いします。ワタクシと契約して下さいますか?」

「勿論。こちらこそ、お願いします、“氷の精霊様”……いえ、雪姫様」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 残った灰を土さん主導で大地に還した後、倬は雪姫様と、その妖精――ゆっきー――を頭に乗っけて、雪原の奥へ向かって歩いている。精霊達の力で、倬の周囲だけ晴天だ。

 

『ふふふ、あなた様ー?』

「どうかしましたか? ゆっきー」

『ゆっきー、呼んでみただけー』

「……? そうですか?」

「アナタ様? 寒くはありませんか?」

「火炎様と雪姫様のお力のお陰で、ローブ無しでも平気そうですよ。ご心配ありがとうございます、雪姫様」

「それはよかった。……そういえばワタクシ“寝床”が無くなってしまったのでした。そのせいか少し肌寒いので、こう、ぎゅっとして頂いても?」

「……んん? 雪姫様が肌寒いなんてことあるんですか? いや、まぁ、別に構いませんけど……」

 

 頭に全身でしがみ付くゆっきーに、倬の胸元に顔を埋める形で抱っこされて満足げな雪姫様。

 

 若干離れた後ろをついてくる他の精霊達。

 

「何かしら、あれ。なんなら森司様の時より腹立つんだけど」

「うっ……、僕、あれと比べられちゃうのか……?」

「雪姫様も、ゆっきーもいいなー。音々も後でお願いしよー」

「そうね~、でもちょっと恥ずかしいわね~。“ぎゅっとして?”なんてそんなっ、……無理よ~、私には言えないわ~」

 

 暫し歩くと、雪原に刻まれたヒビの如き谷が、その姿を現す。

 

 倬の胸元から飛び上がり、向かい合った雪姫様が、その谷の奥に向かって腕を伸ばす。

 

「強さを求めるアナタ様に、この先の洞窟はうってつけと言えるでしょう」

 

 この谷の奥にある洞窟こそ、七大迷宮が一つ【氷雪洞窟】だ。

 

「折角雪原まで来ましたからね。解放者達の、“大地の洞穴”での練習の成果、見せてもらうとしましょうか! ……入れさせてもらえれば、ですが」

 




・雪姫様契約後
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霜中倬 15歳 男 レベル:1
天職:祈祷師  職業:祈祷師・冒険者(青)
筋力:1280
体力:1570
耐性:2840
敏捷:1830
魔力:319022
魔耐:401500
技能:精霊祈祷・全属性適性[+土属性効果↑][+火属性効果↑][+風属性効果↑][+水属性効果↑][+闇属性効果↑][+発動速度↑]・土属性[+無効]・火属性[+無効]・風属性[+雷属性][+無効]・水属性[+氷属性][+無効]・闇属性[+無効]・物理耐性[+衝撃緩和]・耐状態異常・痛覚麻痺・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]][+効率↑][+魔素吸収][+身体強化Ⅱ]・魔力感知・気配感知・反響定位・錬成・剣術・念話・飛空・気配減少[+闇纏]・宵眼・雷同・氷同・魔力回復[+瞑想(極)][+瞑想効率↑(極)][+常時瞑想]・土壌回復・範囲耕作・植物生育操作・発酵促進・言語理解
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* 氷同‐その身に氷の性質をもたらすことで、肉体が凍結することが無くなる。逆に触れたものを凍らせることも出来る。一秒維持するのに上級魔法十回分の魔力消費を要する。
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氷の精霊様との契約では、倬の記憶を読み取った精霊様がかき氷を作ってくれました。
一口食べると全身が凍り始め、全て食べ終えると下手に動かせば体が砕けるほどの硬度まで凍りつきます。動ける程度まで溶けきるまで三時間かかりました。

タイトル元は《薄氷を履むが如し》でした。

次回は1/20の投稿予定です。では、ここまでお読みいただき有難うございました。

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