すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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今回もよろしくお願いします。


修文は雷を制するか

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 “烙却のこて”

 内通者用の拷問器具として依頼を受ける。

 

 依頼書に記載された“持ち運びが容易であること”、“対象から任意の記憶を消す機能”、“抜き取った記憶が戻らない機能”、“それ自体に痛みを与える機能”に従い製作。

 

 かねてより実験していた転写魔法陣の良い実証になった。

 

 “忘却”時、柄と印面を正面に見た時の魔法陣が起動。記憶を意識、意識を魂の一形態として捉えることで、闇系魔法による“脱魂”の応用で記憶の抜き出しに成功した。

 “烙印”時、柄の終わり部分と印字となった魔法陣が発動。魂を“痛み”の意識として固定することで、対象の意識に働きかけ、“痛み”を与え続けることが出来る。

 

 追記

 

 “忘却”と“烙印”をそれぞれ他人で使用した結果、“烙印”の失敗及び、記憶の復活という現象が発生したとの報告。

 元々、一人用で想定していたので盲点だったが、血縁者であればあるいは成功し得えるかもしれない。

 

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「………」

 

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 以上の研究結果から、闇系魔法による長期間に及ぶ洗脳では、魔法をかけ直し、洗脳を更新する必要があることが判明した。

 

 また、洗脳期間が長期化するのに従って、対象が違和感を訴えるまでの期間が次第に短くなっていく事も表から見て取れる。

 

 魔法による洗脳での思考の操作は、対症療法程度の効果と認識すべきだろう。

 魔法に頼らず、話術と訓練による洗脳が可能であると判断した際には、そちらを優先する方が一定の効果は得られるかもしれない。

 

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 宵闇様と契約した日から六日の間、倬は“闇の賢者”ミーヤクの残した資料に囲まれて過ごした。最初の二日は殆ど寝込んでいたが、残りの四日間で手当たり次第に資料を読み漁っていた。

 

 読み進めている中で、ディジオが手に入れた“焼きごて”がアーティファクトでは無く、ミーヤクの作成した魔道具であったことが発覚した。

 

 別の資料を読む限り、スティナが記憶を取り戻した際に受けたショックは、ディジオや倬が心配していた程ではない事も分かった。魂の一部ごと取り除いた記憶は、体外に出ると劣化が始まる。劣化と言うよりは、記憶を取り戻した際の“精神的な重要度”が下がるらしい。

 

 “精神的な重要度の低下”は、自身の記憶であっても記録映像を観る様な、何処か他人事の様な感覚をもたらすそうだ。スティナの場合は“烙却のこて”でディジオに記憶を移したまま六年が経過したことで、重要度はかなり減少していたと言える。

 

 更にミーヤクは“精神的な重要度”の加減によって、心因性疾患の治療方法まで取りまとめていた。

 

「ミーヤク様は、何て言うか……、見境ないですよね、研究テーマの」

「………………そうだな、興味を持ったら倫理とか無視して実験しちゃうやつだった……」

 

 一度のめり込むと見境のない“闇の賢者”は死者蘇生の研究もすれば、依頼された惚れ薬の研究もあらゆるコネを利用して実行していた。

 

 ミーヤクの研究方法はともかく、精霊の力をより効率良く借りる方法に辿り着いた倬は、音々様の協力の元“高速詠唱”の開発に成功した。

 

 “高速詠唱”はあらゆる詠唱を、二秒以内で終わらせると言う“凄い早口”だ。ものすごく端的に言ってしまえば、任意で速度上昇の魔法を口にかけるものだったりする。いまのところ魔法名ははっきり言う必要があるものの、森司様との戦闘で痛感した詠唱の長さを克服する為の第一歩だ。

 

「僕の言ったこと気にしてたんだな」

「……あれ……気にするなって方が、無理、だと思うぞ?」

「そうね、森司様より宵闇様の元契約者の方が、よっぽど役に立ってるわね!」

「音々ちゃんは大活躍だよね? ね?」

「うっ……。ま、まぁ、倬は許してくれたからな。問題ないっ」

 

 森司様が、風姫様に笑顔で詰め寄られているのを霧司様が遠巻きに見守っていた。音々様は自慢げに飛び回っている。

 

「しかし、ミーヤク様の時代ってまだステータスプレート無かったんですね。その手の記述が全くないです。研究対象として申し分なさそうですが」

「………………確かにな、何を根拠に読み取ってるのかとか、大好物だろうな」

 

 “闇の賢者”ミーヤクは“神々”が降臨する前の人物なのだ。当時はまだアーティファクトは無かったそうである。

 

「倬は何か気になっとるみたいだのぅ?」

「技能と魔法って具体的にどんな違いがあるのかなと。属性適正はともかく、例えば“剣術”ってのも技能で表示されますけど、どんな仕組みで補正が掛かるのかいまいち判然としないんですよね……。剣術って本来訓練の賜物じゃないですか」

「ふむふむ、拙者が感じる所によると、剣技の覚えが良くなる上、咄嗟にソレを活用できると言った効果がありそうですな」

「刃様の感じた通り、“才能の可視化”と言えばその通りなんでしょうけど、“真の秘薬”で技能が増えたって事は、魔物の固有魔法とか、“魔力操作”みたいな身体的特徴も技能として数えられるみたいなんですよね……。精霊様との契約でも技能増えてますし」

 

 倬は口に出すのを無自覚に躊躇っているが、この疑問の出発点は刃様と契約して発現した技能“錬成”を見た時だった。魔法適正が全く無いとされた南雲ハジメが手袋程度の面積に描かれた魔法陣で、その“錬成”を発動出来ていた事を思い出したのだ。この特徴は、“発酵促進”や“範囲耕作”なども同様であるらしかった。

 

 この事実は、技能が通常の魔法とは異なる仕組みを持つか、技能として現れた才能は魔法適性より優先される可能性を示唆していた。

 

 精霊達と意見を交わしながら資料を読んでいると、火炎様が倬の頭の上に現れる。

 

「我が友、そろそろいい刻限だぞ」

「うふふ~、“雷の精霊”君、見つけないとね~」

 

 宵闇様が“雷の精霊”が最後に気配を現した場所を知っていると言うので、まずは空姫様との約束を果たしに行くことになったのだ。

 

「もうそんな時間ですか……、アモレ様と言い、ミーヤク様と言い、研究量が膨大で読み切るには時間かかりそうですね」

「………………なに、いつでも遊びに来ればいい」

「そうね、私が本だけ持ってきてもいいし、間違いなくアモレも喜ぶわ!」

「その時はお願いします。……それじゃあ、行きましょうか」

 

 “黒死の洞窟”、“闇の賢者”の工房から南へ向かって飛び立ち、“雷の精霊”を探しに、旅を再開するのだった。

 

 

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 コンクリートとは違う白塗りの大きな施設に、倬は気配を消して潜入していた。

 

(段ボールが手に入らなかったのが悔しいなぁ……)

『潜入と言えば段ボールだからのぅ』

『『『つっちー! いしこ〇ぼうし! いしこ〇ぼうし!』』』

『かーくんは透明〇ントとか好きだぞ』

『やっくんは隠〇みの。自作な辺りが良い。キテ〇ツは流石ナリよ』

 

 宵闇様に教えて貰った山の頂上には“雷の精霊”は既に居なかった。その山に僅かに残る気配を風系の精霊三姉妹に追って貰った結果、到着したのがこの研究所だ。

 

 宵闇様のお陰で発現した“闇纏”で、完全に気配を“消失”させているので別に隠れる必要は無いのだが、主に妖精達がノリノリだったので、こそこそ忍び込み、研究所の様子を探ることにしたのだ。

 

 倬が廊下を歩いていると、左側の通路から二人分の忙しそうな足音が重なって近づいてきた。前を歩く真っ白なローブを着た、魔人族にしては肌の色の薄い男性を、眼鏡をかけた秘書っぽい見た目の女性が追いかけて呼びかける。女性の心底困っている声が妙に同情を誘った。

 

「教授! 教授! サイエン教授! お願いですから、いい加減にちゃんと仕事をして下さい!」

「ええい、何度も何度もしつこいぞ君は! アレの量産には魔石が足らんと言っているだろう! 素材が集まるまでは私の崇高なる研究を邪魔してくれるなっ」

「何を言っているんですか! 今回だって指示された以上の量をお渡しした筈です!」

「純度の低い小物ばっかり集めてきたところで、何の役にも立たん! 勿体ないから、あれらは我が偉大なる研究に役立ててやったわ」

「な、なんてことをっ!? 教授っ! あれは魔王城から直接譲り受けた物も入っていたんですよ!」

「知ったことか! なんだね? 君は。城から派遣されてきたお目付け役である所のヤンナ君は、魔石が魔王城を通過すればその純度が上がるとでも言うつもりかね? なんと驚いた! そいつは大発見じゃないか! さぁ、急ぎガーランド中の魔石を城に運び込み、純度を上げてから私の前に持ってくるがいい。そうすれば、我が研究によって産まれた“雷石”の量産を見事実現してやろうじゃないか!」 

 

 男性にしては声の高いサイエン教授が、愉快そうに身振り手振りを交えて、捲し立てる。そのまま廊下を進み、途中の部屋の前で詠唱して扉を開き入っていく。彼のお目付け役として城から派遣されているらしいヤンナ女史も、目を僅かに潤ませつつ、閉め出されてなるものかと部屋に飛び込んでいった。

 

 その様子を見送った倬は、仕事って大変だなぁ……と、密かにヤンナ女史にエールを送る。

 

『が、頑張れヤンナさん!』

『あれならアモレの方がマシね! 倬もああなっちゃダメよ?』

『………………流石のミーヤクも、もうちょい気配り出来てたぞ? ………………まぁ、研究続けるためってだけで内心は嫌々だったけどな?』

 

 倬は取り合えず再び扉が開かれるのを待つ。

 

 別にこの程度の扉なら抉じ開ける位何ともないのだが、扉が勝手に開いたと言うには無理が出てしまうので、念の為だ。

 

 すると、扉が開き、中からサイエン教授とヤンナ女史とは別の男女が一緒に出てきた。すかさず中に入り込むと二人の話し声を背中越しに聞いた。

 

「イライーダさん、よくめげないわよね」

「マッドソン博士は“岩”に夢中だからなぁ。……俺たちで勝手に量産しちゃうか?」

「あら、それは素敵な提案ね。私達に出来るなら、だけど」

「ははは、そいつは厳しいな」

 

 入り込んだ部屋には、体育館を思わせるほどの空間が広がっていた。中央には高さ一メートル横三メートル、奥行き二メートル位の金属製の檻の中に大きな岩が据え置かれている。檻の天井や柱一本一本には魔法陣が刻まれ、岩から迸る鋭い閃光を受け止めているように見えた。

 

 檻の周囲には、白のローブを着た魔人族が十人ほど作業に励んでいる。魔法陣の維持や、何かを工作していたり、記録をつけているのが分かる。

 

 ヤンナ女史は、懸命にサイエン教授を説得し続けている。

 

「いいですか教授! このままではこの研究所の存続自体が難しくなるんですよ!」

「だから、先ほども言っただろう、“雷石”の量産には高純度の魔石が大量に必要だと! 素材無しでモノを生み出せるのは我らが神のみなのだよ」

「使い捨ての簡易版でいいんです! この前作っていたじゃないですか、まずは成果を出さないと!」

「あんなものは私の“雷石”ではない。あの出来損ないなら、資金調達に役立てるべく知り合いのギャングに売っ払ってやったわ。いい取引だった。城に献上するよりもよっぽど研究に資する」

「フーディルの一味にあんなものを売り渡したんですか!? 教授には我らが王や神に対する忠義は無いのですかっ!?」

「あるとも、大いにあるとも! だからこうして私が研究に打ち込んでいるのではないか! ……あ、ハッセ君、ソコの接続少し弄ってみようか。うんうん、そうそう、もうちょっと右かな? ストップ。そこで固定してくれ。よしっ、オッケー」

 

 やや芝居がかった話し方でヤンナ・イライーダ女史の言葉を躱していくサイエン・マッドソン教授。

 ハッセ君は楽し気に笑いながら言われた通りに作業を続けている。どうやら、部下たちとの関係は良好のようだ。

 

『“雷石”って大峡谷で投げつけられたアレの事みたいですね……』

『あそこで雷を起こせる石って凄いわね~』

 

 大峡谷で雷属性の攻撃を出来る石ともなれば、地上で使用された際の威力は相当な物になる。正式に量産されて、魔人族一人に一つだけ配られたとしても、一人当たりの対人殲滅能力は大幅に向上する事は間違いない。ただでさえ魔法の運用に長けている彼らには、鬼に金棒だろう。

 

 倬はサイエン教授の研究内容を更に探る為、ヤンナ女史に魔法をかける。

 

――我、この身に潜む闇をもって、汝の意を誘わんと、祈る者なり、“旨操(しそう)”――

 

 闇系魔法“旨操”。対象の思考に介入し、感情をある程度誘導する事が出来る。

 

――“汝、新たなる知を欲すべし”――

 

 今回は、色んな事に興味・関心を持ってもらう。

 

「…………今更ですが、教授は何を研究しているんでしたっけ?」

 

 その質問に、ヤンナ女史以外全員が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になって硬直した。普段仕事以外の話を全くしない彼女が、急に雑談めいた話を始めた事に驚いたのだ。

 

 皆の表情に気づいて、ヤンナ女史が顔を真っ赤にしてアタフタと言い訳をする。

 

「あ、いえ、なんだか急に気になっただけでっ! “神鳴岩(かみなりいわ)”の研究をなさっているのは勿論知っていますよ! ただ、その、何を知りたくて実験しているのかな、と。……えっと、あの? 教授?」

 

 サイエン教授は目を瞑り、全身をプルプル震わせていた。

 

 ゆっくり目を開いて、彼は、歌い上げるように語り始める。

 

「あぁ……、よくぞ、よくぞ、それを聞いてくれた! あの、仕事以外だとバグアー殿のみにしか興味を示さない君が! とうとう我が壮大なる研究に興味を持ってくれたか! ならば、ならば今こそ話そう、我が研究の目的を!」

 

 彼がそう言うと、作業をしていた者達が何やら様々な機械めいた物を大量に持ってきた。そう、“機械めいた”物だ。ファンタジーワールドであるトータスにおよそ似つかわしくないモノ達だった。

 

 その中から取り出した何でもない琥珀を、サイエン教授がローブの裾で擦り始める。そして、琥珀をヤンナ女史の顔の前に持っていく。

 

 どやぁぁッとしているサイエン教授に対して、ヤンナ女史は怪訝な表情だ。

 

「えっと、この琥珀がどうかしたんですか?」

「よく見たまえ! 埃が吸い寄せられているだろう! 」

「はぁ……、それがどうかしましたか? 琥珀を布で磨くと埃がくっついて逆に綺麗にならないですよね」

 

 その答えに、サイエン教授は“やれやれこれだから素人は”と言わんばかりに肩を竦めて見せる。

 この態度にヤンナ女史は不機嫌そうに顔を歪める。

 

「なんですか、すいませんね、モノを知らなくて」

「おーっと失敬。いやいや、別に馬鹿にしてなどいない。魔王城の役人である君がモノを知らない訳が無いではないか! いいかね、この磨いた琥珀に埃が纏わりつく現象を引き起こしているモノこそが“雷”なのだよっ!」 

 

 ますます眉間の皺が深くなるヤンナ女史。“何言ってんだコイツ”と顔に書いてある。

 

 その顔をニマニマと見ながら、サイエン教授は大きなガラス瓶をハンドルで回せるようにした器具を引き寄せる。瓶は下から布があてがわれていて、ハンドルを回すと瓶が布に磨かれる仕組みだ。器具の両端からは金属の棒が内側に向かって斜めに突き出し、お互いの距離は二センチほど空いている。

 

 そのハンドルを心の底から楽しそうに回すサイエン教授。

 

「フフフフフ、溜まっておる、溜まっておるぞ! 今まさに! この瓶の内に、弱々しくも鮮やかなる“雷”が溜まっておる!」

 

 白けた態度を崩さないヤンナ女史だが、その目は器具に釘付けだ。

 

 バチッ。二本の金属棒の間を、青紫色の小さな閃光が走る。

 

「!? ……金物に触れた時に偶にあるアレですよね。それを意図的に引き起こしたんですか?」

「如何にも! アレは魔力無しで引き起こされる実に小さな“雷”なのだよヤンナ君!」

「魔力を介さず、雷魔法を使用できるのですかっ!?」

「少し違う! これは魔力を介さない、純然たる自然現象! 我が研究が進展・発展した暁には、魔力以外の新たなる“力”を得られる事になろう! そして魔法と組み合わせることで、この“力”――私はコレを“雷力(らいりょく)”と呼んでいるが――我々魔人族は更なる技術の高みへと昇れる事は間違いないのだ!」

 

 その後も、サイエン教授のパフォーマンスは続いた。

 

 器具の中には、電熱調理器や、白熱電球など多種多様な電化製品の原型に似たものが大量に紹介された。しまいには、電波の存在を推量している説明もあり、それを利用した新しい形の情報伝達手段を確立させてみせるとまで言い始める始末だ。

 

 倬は、教授の天災っぷり……もとい、天才っぷりに言葉を失ってしまった。

 

 この人物の研究を野放しにはしておけまい。ただでさえ魔人族が魔物を使役し始めたことで人間族の持つ数の有利が覆されようとしているのだ。この研究が上手くいって魔人族に魔法を応用した機械兵器でも完成させられたら、人間族などひとたまりもない。

 

『あの“神鳴岩”に、“雷の精霊様”が眠ってるんですよね?』

『“雷”のお兄ちゃん、ぐっすり眠ってるみたーい』

『はぁ……、大方、眠りながら力を吸い取られるのが気分いいんでしょうね。気持ちよさげで腹立つわ』

『そんなものなんですか?』

『“雷の精霊”君の場合はね~、元々とっても力が強いから、適当に力を使った方が楽なのよ~。霜様がぬるめのお風呂で“ほぅ~”ってなってるのと近いと思うわ~』

『なるほど、それは抜け出し難い』

 

 他に例えるとしたら、冬場に朝起きた時の布団の中や、熱過ぎない炬燵とかそんな感じだそうだ。

 

 檻に近づいて“念話”で呼びかけ続けるが、余程熟睡しているらしく全く反応が無い。

 

 その間に、サイエン教授の説明が一区切りついたようだった。感心しきりでヤンナ女史が頷いている。

 

「……改めて聞くと、凄い研究ですね。教授が夢中になるのも、少し分かる気がしました」

「いやぁー、分かってもらえて実に嬉しい。我が深淵なる研究を理解してくれたところで、バグアー殿に高純度の魔石を一千個ほど生産して貰う様に依頼してもらえるかな? 彼は魔物を使役どころか強化できると聞く。つまり、魔石に干渉できると言う事だろう?」

「……なっ!? そんなことをバグアー様に頼めるわけが無いでしょう!」

「何故だっ! 飛竜を千匹潰せばすぐではないか!」

「とんでもないことを、さも当然の様に言わないで下さいっ! 折角、教授の事をほんの少しだけ見直したのにっ!」

 

 バグアーという魔人族のことも気になるが、今は“雷の精霊”を起こすのが先だ。中々目覚めない“雷の精霊”に対して三姉妹が、何やら打ち合わせを始める。

 

『いい? 音々がブチかましたら、空姫とわたしで岩を上にぶっ飛ばすから』

『思いっ切りやっていいのー?』

『その方が楽しそうだものね~。音々ちゃんの力で岩ごと粉々にするぐらいの気持ちでいいと思うわ~』

『ほんとっ? よーっしっ! 音々、頑張るっ!』

 

 音々様が両腕を横に広げると、周囲の音がどんどん遠ざかり始める。

 

 部屋の音が消え失せ、中に居た者達は急に自分の声すら聞こえなくなった。

 

 そして、研究所全体を揺るがす大声が“爆発”する。

 

「おっきろーーーーーーっ!!!!!」 

 

 部屋中の、倬以外のあらゆる人や物が、爆音で吹き飛ばされた。

 

 “神鳴岩”はびくともしていない様に見えるが、檻の柱が小刻みに、だが、高速で震動して内の何本かが自重に耐えられずへしゃげてしまう。

 

 更に、その檻が天から糸で引き上げられでもしたかのように、天井を突き破って真上に飛んでいった。倬もその後を追って飛び上がる。

 

 飛んでいった檻が、天空で一瞬停止し、自由落下を始めようとする。

 

 倬の頭の横に浮かぶ刃様が、静かな声で告げる。

 

『主殿、まずは斬りたいモノをよく見ることです』

『では……、いきますっ』

 

 その止まった一瞬に抜刀を合わせる。

 

 刹那の内に二度の抜刀。

 

 檻を天井、格子、床の三枚に卸す。

 

 度重なる衝撃を受けて、岩が激しく放電する。

 

 その電が集まると、風姫様たちと同じ人形のような姿を形どった。

 

 カンフー映画か何かで見た様な、襟や裾が硬そうな山吹色の服。ツンツンした短髪のつむじ辺りからは、傾けたZを描くアホ毛がビシッと突き立っている。

 

『な、何事ッ! ここは()!? オレは()()!?』

 

 “雷の精霊”はこんらんしている。

 

 “わけもわからず、じぶんをこうげきした”りはしなかったが、“おどろきとまどっている”のは確かだった。

 

 “雷の精霊”の周りに風系三姉妹が現れ、声をかける。

 

『やっと起きたわね!』

『久しぶりね~』

『わーい、“雷”のお兄ちゃんだー』

『おぉっ!? “風”の姉さんに“空”の姉さん!? “音の”までいるのか!?』

『細かいことは後でいいわ。とっとと倬と契約しなさいっ!』

『け、契約? いや、しかし、そんな突然……』

『だまらっしゃい! ほら魔石』

 

 風姫様から魔石を押し付けられると、“雷の精霊”は言われるがまま魔石を雷に変えてその身に纏う。そして、ギザギザした飴細工に似た雷を創り出す。思いのほかサイズは小さく、手の平位の大きさだ。

 

『あー、えっと、人の子。契約するのは貴方で間違いないな?』

『は、はい。無理矢理起こした上に、強引に契約を迫るようなことをしてすいません……』

『いや、いい。“風”の姉さんの契約者なんだろう? アレに逆らえるのは、“空”の姉さんか“海の精霊様”位なものだからなぁ……』 

 

 なんだか目を細めて遠くを見る姿に、哀愁を感じた。押しの強い姉を持つ弟の苦労が偲ばれる。

 

『それでは、有難く頂戴します』

 

 倬はそれを丸呑みにする。

 

『おぉ……っ! そんな一気に、大丈夫なのか?』

『大丈ぶぅぅぅぅぅぅっ、あばばばっばばば!!』

『あぁ! 言わんこっちゃない!』

 

 全身に電が走り、感電する。身体が硬直し、身動きが取れない。

 

 全身が雷に包まれると、身体の内側からまるで電子レンジで乾きものを温め過ぎた時のような、焦げた匂いが溢れ出した。

 

 身体から迸る放電が激しさを増し、倬を覆い隠し雷の繭を形成する。

 

 完全に繭が出来上がると、そのまま、一瞬のうちに地面に叩きつけられた。

 

 落下先は、研究所だ。

 

 ズガァアオォォォン。研究所のあらゆるものが雷に打たれ、その熱によって燃え始めた。

 

「はぁ、はぁ、いやいや、死ぬかと思った」

「………………倬、まだ全身ピクついてるぞ?」

「雷がまだ抜けきっていないようだな。僕がいくらか肩代わりしておこう」

 

 “力の受領”が終わり、宵闇様と森司様が両肩に座って残った痛みを緩和してくれる。

 

 空から”雷の精霊”が圧倒的な移動速度で現れる。

 

「オレの力をこんな風に受け止めた人の子は初めてだ。“闇の精霊様”に“森の精霊様”か、……こんなに精霊が集まるなんて、“大異変”の直ぐあと以来じゃないか?」

「ちょっと色々やりたいことがありまして、皆さんに協力してもらっているんです」

「そうか、オレとしても久しぶりの契約だしな。張り切らせてもらうぞ」 

 

 パチパチと火花が鳴る元研究所の瓦礫の山から、物音が聞こえた。

 

「げほげほっ、うぅ、ぐすっ。なんなのよこれ~。もうヤダぁ……、お城帰るぅ……」

「何を言っているんだねヤンナ君! こういった不可解の実態を解き明かしてこその研究ではないか! 安心したまえ、我が優秀なる研究員諸君は、この程度の事では折れはせん! そうだろう?」

 

 あらゆる瓦礫を弾き飛ばして、十数名の研究員がサイエン教授に向けてサムズアップをして見せる。信じられない事に、彼らは傷こそ負っているものの全員無事だったらしい。

 

 その様子にヤンナ女史の頬は引き攣っている。

 

「あんたたち、絶対おかしいわよ!」

「「「「「「「「「「我々の世界では誉め言葉です」」」」」」」」」」

 

 理解に耐えきれず、ヤンナ女史がめそめそ泣きだす中、サイエン教授が倬に気づいた。左手を真っすぐに伸ばし、指を差して声を張り上げる。

 

「そこな人間族! この有様は君が原因かねっ!? いったいどんな技を使ったのか詳しく!」

 

 研究所をぶっ壊したことに激昂するよりも先に、どうやったかを知りたがる辺り、さすが教授だ。

 

「あ~~、えっと、……宵闇様、やっちゃって下さい」

「………………泥、撒き散らせばいいのか? 分かった」

 

 宵闇様が一度地面に沈み込んでから、倬の頭よりも高く伸びあがると、“闇の泥”を吹き出して、あっという間に元研究所を塗りつぶした。

 

 さしもの研究員たちも気を失い、残った道具なんかも、強度を失いぼろぼろに崩れていく。

 

「……ま、待ってくれぇ、この現象は、この黒いのは何なのか教えてくれぇ」

 

 “闇の泥”の中にあって、倬に追いすがろうとするサイエン教授。その執念たるや恐ろしいが、倬は同時に尊敬の念を懐いていた。

 

「あー……。サイエン教授。私の世界で幾人もの異なる時代の研究者たちが、互いの研究を切磋琢磨してやっと辿り着いた答えに、貴方はたった一人で辿り着いて見せた。その事実に敬意を表します。……故に、貴方の研究を妨害させてもらいます」

「……な、なにぃ?」

「雷皇様」

「! オレの名前か! よしっ、何時でもいいぞ」

 

 錫杖を正面に浮かばせ、倬は両手を広げる。

 ずっと前から用意していて、でも使いこなせなかった魔法の高みを今、ここに。

 

「我、この身を包む大気の激動を引き起こし、鮮烈なる光を、激烈なる音を、激甚なる破壊を呼び寄せんと、祈る者なり、“轟雷(ごうらい)”」

 

 風系上位の雷魔法“轟雷”。破壊を引き起こす雷を呼び出す魔法だ。錫杖から、“闇の泥”ごとぶっ飛ばす柱の如き怒涛の雷が雲を突き抜ける。

 

 研究所のあった地面は、電熱によって焼き尽くされた。だが、操作された雷は、そこにいる魔人族たちに触れる事無く横切っていく。

 

 呆然と倬を見つめるサイエン教授たち。

 

 バチィッ! と音を立てて、倬は忽然と姿を消した。

 

 暫く時間が経過して、真っ先に我に返ったのは、やはりサイエン教授だった。

 

 高らかに両手を揚げ、遥か上空で今も鳴り響く雷鳴に向かって叫ぶ。

 

「……なんてことだ、なんてことだ、なんたることだ、すごい、凄いぞ! おぉ、雷の何たる荘厳なることかっ! かくも美しき圧倒的破壊を齎すとはっ! あぁ、あぁ……、我が野望は膨らむばかりなりぃいいい!!!」 

 

 

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 魔人族領の空高い所で、更に東に向かって倬達は飛んでいる。倬の背中に乗っかって、風系の四姉弟が揃い踏みだ。更にその上では、雷皇様の妖精――らいくん――を中心にして、他の妖精達が「わーいっ」と騒ぎつつ再会を喜び、飛び回っている。

 

『しっかし、あんな岩で眠ってただけなんて、空姫が心配してたのよ』

『そうよ~。私が雷皇君が遊びに来ないって教えてあげたら、風姫ちゃんもすっごく心配してたんだから~』

『べ、別にわたしは心配なんかしてないわよ!』

『音々はね! “雷”のお兄ちゃんとも会えてとっても嬉しいよ!』

『そうか、昼寝のつもりがそんなに寝ていたのか……、心配かけて申し訳ない』

 

 雷皇様は大体千年以上あの岩の中で眠りこけていたそうだ。何ともスケールの大きな昼寝である。

 

『して、この方角と言う事は、倬殿は“極”に向かっているのだな』

『“極”? ……あぁ、雪原の事でしたね』

 

 雷皇様が言った“極”とは雪原地帯の古い呼び方だ。元々は地球で言うところの北極大陸と同様に極点にあり、大地の上に厚い氷と雪に覆われていた場所を言った。しかし、“大異変”以降、極点の位置がかなりズレてしまい、現在では【王国ガーランド】と【ハルツェナ樹海】の間に存在し、【シュネー雪原】と呼ばれ、常に曇天に覆われている。

 

『………………あそこには“氷の精霊”が居るからな』

『オレは岩で眠る前に挨拶したっきりだな。“風”の姉さんは仲良かったんじゃないか?』

『“氷の精霊”でしょ? わたしって言うより“海”と仲良かったよ。親友の親友って感じね』

『なんでしょう、私は部活メンバーとも友達って感じじゃなかったので、“親友の親友”って言葉に不穏な響きを感じてしまうんですが……』

 

 部員たちと仲が悪いわけではなかったものの、部活以外で遊ぶようなこともなく、あくまで“仲間”として認識していた。因みに、かつて部員たちで麻雀大会をやっているが、あれは男子軟式テニス部の恒例行事で、非公式ではあるが部活の一環だったのだ。倬は、そんなどこかドライな部の雰囲気を気に入っていたりする。

 

 ただ、倬以外の十数名の部員はそれぞれに仲の良さが異なり、“友達の友達”を簡単に友達だと言えない現実を目の前で見ていたので、“親友の親友”と言う関係性の微妙さを不安に感じてしまったのだ。

 

『なに、心配ない。“氷の”は基本的に常識があるからな。寧ろ、俺の方が“暑苦しい”とか言われかねん』

『火炎様、……体の中に入っときます?』

『“大丈夫だ。問題ない”』

『それはフラグなんだよなぁ……』

 

 厚い雲に隠された大地がそう遠くない場所に見える。

 

 再会と新たな出会いに喜びの太鼓でも打ち鳴らすように、雷鳴をゴロゴロと響かせる精霊。

 

 雷皇様をちらりと見れば、はにかんだような笑顔を向けてくる。

 

 自分より遥かに長い時を過ごしてきた精霊だと分かっているのに、弟でも出来たような気分になって、少しにやけてしまう倬なのであった。

 

 




・雷皇様契約後
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霜中倬 15歳 男 レベル:1
天職:祈祷師  職業:祈祷師・冒険者(青)
筋力:1120
体力:1300
耐性:2000
敏捷:1800
魔力:240581
魔耐:227511
技能:精霊祈祷・全属性適性[+土属性効果↑][+火属性効果↑][+風属性効果↑][+水属性効果↑][+闇属性効果↑][+発動速度↑]・土属性[+無効]・火属性[+無効]・風属性[+雷属性][+無効]・水属性微耐性・闇属性[+無効]・物理耐性[+衝撃緩和]・耐状態異常・痛覚麻痺・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]][+効率↑][+魔素吸収][+身体強化Ⅱ]・魔力感知・気配感知・反響定位・錬成・剣術・念話・飛空・気配減少[+闇纏]・宵眼・雷同・魔力回復[+瞑想(極)][+瞑想効率↑(極)][+常時瞑想]・土壌回復・範囲耕作・植物生育操作・発酵促進・言語理解
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*雷同-その身に雷と同等の性質をもたらすことで、雷の如き移動速度を発揮できる。一秒維持するのに上級魔法十回分に相当する魔力消費を要する。
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タイトル元は《聚蚊(しゅうぶん)成雷》(聚蚊雷を()す)でした。

ちなみに“高速詠唱”は技能ではなく、強化魔法の常時展開になります。

次回は1/13に投稿予定です。では、ここまでお読みいただき有難うございました。

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