お昼過ぎのクドバン村ギルドのカフェスペースは今、暇を持て余していた村人達でごった返している。中でも体格の良い冒険者達が村長と倬を取り囲み、テーブルの上にある勲章や表彰盾を興味深そうに眺めている。
「――という訳で、こちらは村にお返しします」
「まさか墓標の奥にそんな階段があったとは、こりゃあ間違いなく王国の紋章だぁ……」
空姫様と契約してアモレの家に戻った日から二日後、ちゃんと賢者アモレのお墓参りをしてもらいたいと言う風姫様の希望もあり、倬は村に“大賢者の庵”を見つけた報告にやって来ていた。
もっとも、アモレの家とその周辺が“風の精霊”の“寝床”として、新たな契約者である倬に引き継がれたこともあり、そのまま教えるわけにもいかなかった。
そこで、精霊や妖精達と協力し合い、谷底に近い場所に新たな横穴を掘り、その先にアモレのお墓を新設した。表彰状や盾、勲章などを放り込む以外に使っていなかった倉庫も移設し、家具の一部をそこに移動して“アモレの庵”としてでっち上げることにしたのだった。
「やべぇっ! 大賢者最期の地ってマジだったぞ!」
「ひゃっはー! 糞な鳥頭共を消毒だぁっ!」
「よっしゃあー! カモン、観光客っ!!」
倬の渡した経路のメモを携えて“アモレの庵”を確かめに走りだす冒険者たち。村人たち自身が、“大賢者最期の地”伝説をいまいち信じ切れていなかったようである。
『さて、ここでの仕事はこんなもんですかね?』
『…………ありがと』
『も~、ふーちゃん、お礼はもっとちゃんと言わなきゃ~』
『誰が“ふーちゃん”よ! 空姫、紛らわしい呼び方しないでっ』
倬は、追いかけっこする二人の精霊に纏わりつかれながら、村はずれから飛び立った。
後に村の冒険者たちが確認した風の大賢者の墓石には、こう刻まれていたと言う。
――“偉大なる大賢者アモレ。愛しき風吹くこの渓谷にて安らかに眠る”――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
鬱葱と生い茂る木々、無数の巨木の根が地面から剥き出しになり進路を妨害するかのようだ。四本の腕を持つ猿や、虎に似た魔物、やはりと言うべきか、虫型の魔物が地形を巧みに利用して襲ってくる。
だが、それ以上に恐ろしいのは周囲を全く見通すことの出来ない程の濃霧だ。少し歩いただけでどの方角に進んでいるのか分からなくなってしまう上、魔物は平気でこちらを追いかけ、遠距離からの攻撃まで仕掛けてくる。
倬が歩いている森、この場所こそが七大迷宮の一つと目される【ハルツィナ樹海】である。
クドバン村から出て一度戻った元アモレの家で、“闇の賢者”が工房を造った“黒死の洞窟”が南大陸にあることまで知ることが出来た。次の日から“黒死の洞窟”を目指すと決め、土司様の発案で大峡谷の手前まで樹海の中を通り、“森の精霊”を探すことになったのだった。
追加詠唱によって鋭く鍛え上げた“辻風”が、静かに跳ぶ大きな蛾のような魔物を真っ二つにして霧の中に消えていく。
「ふぅ……。やっぱり、他の地上で見かける魔物と比べると、樹海の魔物の方が手強いですね」
「まぁ、この霧もあるからのぅ。集中を乱すんじゃないぞ?」
「いざとなったら俺が焼き払ってやるのに、全くやることが無くて実に退屈だ」
「あんたねぇ……。“森の精霊”、チョー頭硬いの忘れたの? 森が火事にでもなったら面倒になるからやめなさいよ」
「そうよね~。“森の精霊様”真面目だものね~」
さっきまで向いていたのが右なのか左なのか、北なのか南なのかも分からないが、精霊達が感じる“森の精霊”の力を頼りに歩き続ける。因みに、倬の頭にはあみだくじで権利を勝ち取った空姫様が乗っかっている。
樹海の霧は森への侵入者を逃さず包み込み、道を惑わせる。王国に居た頃読んだ本によると、亜人族と魔物だけが、不思議と霧の影響を受けないのだと言う。
今のところ亜人族には行き会っていない。念の為、精霊様に頼んで人の気配から離れて歩いているからだ。普通、樹海の中で倬のような人間族が亜人族に発見されれば、追い返されるか、下手をすれば殺されてしまう。未だ見ぬケモ耳に興味は尽きないが、荒事は避けたかった。
「……倬、獣っぽい人の子もいけるのね。女なら誰でもいいんじゃないの? 少しは節操持った方がいいわよ?」
「風姫ちゃん、霜様は女の子なら誰でもいいわけじゃないみたいよ~。“可愛いは正義”だって~」
「……はっ、どの面下げて言ってんのよ。身の程を弁えなさいね?」
「あの……、普通に酷くないですかね? もうちょっと優しくしてくれてもいいんですよ?」
“可愛いは正義は真理”。倬はそう信じている。と言う事は、何故か機嫌が悪いらしく、口は悪わるいが可愛らしい精霊様もつまり“正義”。“正義”を執行されているのなら仕方ない。明らかな悪口でも、無理矢理納得することにした。
すると、倬の左肩にふぅちゃんが現れ、上機嫌に頭をぐりぐり押し付けてくる。右側にはくぅちゃんが若干不満げに口元を尖らせる。
『えっへへ~。ふぅちゃんかわいい? ふぅちゃんかわいい?』
『しも様~。くぅちゃんは~?』
どうやら、さっきの思考を読まれたようである。顔を赤らめた風姫様がふぅちゃんを引っぺがそうと躍起になり、空姫様はくぅちゃんと並んで期待の眼差しを向けてきた。
『騒がしい妖精達と比べて、かーくんは全身燃えてるのに、くーる。イカしているよなー?』
『『『つっちー! つっちー! そー、きゅ~とっ!』』』
つっちーとかーくんは多分“パッション”枠だなぁと考えながら探索を続ける。一時間ほど森を彷徨っていると、心なしか視界の広い場所にたどり着いた。
そこには、三本の巨木――それぞれが直径五メートルはある――が寄り添う様にそそり立っている。寄り添うことで発生した大きな隙間には、一目で“森の精霊”の“寝床”だと分かる苔まみれだが立派な“お社”があった。
「これはまた神秘的な“お社”ですね。でも……」
倬は、この“お社”のありようを何処かで見たことがある気がした。
(精霊様の記憶だったか?)
“お社”の近くまで寄ると、精霊たちの戸惑いが伝わってくる。
『……おかしいな、さっきまであった気配が消えてるぞ』
『やはりか、儂もだ。見失った』
『不思議ね~。急に眠ったのかしら~』
『まさか。そんな器用な真似、“影”か“闇”位にしか出来ないわよ』
それは突然のことだった。倬の足元から木の根が飛び出してきて、鳩尾を抉るように殴りつけた。
「がはっ……!?」
今の倬が持つ、高い物理耐性を易々と無視するほどの衝撃だ。精霊達も倬から伝わる痛みに驚いている。そんな中、何処からともなく声が響いて聞こえてきた。
――避けきれんか。か弱き人の子よ、そして精霊達、一体この森に何をしに来た――
倬は、咄嗟に問いに答える。他の精霊達の動揺はまだ納まらない。
「“森の精霊様”。私はあなたに、お力を貸して頂きたく参上致しました」
――早々に立ち去るがいい。ぼ……私は最早、人の子に力を貸す気は無い――
この言葉に風姫様がイライラを露わにする。土さんは寂しそうだ。
「はぁ? 何気取ってんのよっ! “森の精霊様”はっ。御託はいいから話くらい聞きなさいよっ!」
「久しぶりに会ったのだ。せめて話だけでも出来んものかのぅ」
――お前達こそ、我ら精霊の“盟約”を忘れたか――
「忘れるはずなかろう。俺たちがどれだけの時を“盟約”に従い過ごしてきたと思う」
「そうよ~。そうでもなきゃ、竜みたいな人の子達を見守るだけで我慢なんてしないわ~」
堂々と答える火炎様と、口調は柔らかいままだが、心外だと抗弁する空姫様。
――いいや、本当に覚えているのなら、アレの後に人の子と契約などするはずが無いっ――
“森の精霊”の語気はどんどん苛烈さを強めていく。言い切ると同時に、再び倬めがけて何本もの根っこを鞭の如く振るってきた。
必死になって杖で払うが、数が多すぎる。対処しきれず生傷が増えていく。止むことのない攻撃に、必死で回避を続ける。この状況に、風姫様が怒鳴る。
「ちょっとっ、いい加減にしなさいよっ! 流石に怒るわよっ!」
「だいたい“アレの後”とはなんだ? 話が見えん」
火炎様の疑問に、今度は“森の精霊”が吠える。木の根だけではなく、太い木の枝が突然折れて、倬めがけ落下してくる。倬が躱し、地面に落ちた枝達が魔物の如く全身を震わせ、倬に突っ込んできた。
――お前たちっ……! “アレ”に気付かなかったのかっ! “アレ”に、“崩壊”の予兆に気付かなかったかっ! “奴”の悪意にっ! 気づかなかったと言うのかっ!――
周囲の木々が震え、青々とした葉がひらひらと落ちてくる。その葉は一度空中に留まり、高速で飛来し倬の全身を次々に切り付ける。切り付けられた場所には酷い痒みが襲ってきた。
「“奴”って“神”のことよねぇ……?」
「“崩壊”の予兆のぅ……。まさか……最近あった魔素の減少のことか?」
――そうだっ!! “アレ”と同様の異変は“崩壊”が起こる直前に何度も見られたっ。“アレ”で大精霊の苦労も水の泡だっ! 次に“崩壊”が起きれば、最早地上に残る我らも地に“潜る”ほか無いっ! ……今更、人の子と契約して何の意味があるっ!――
飛び跳ね、杖の先に作り出した魔力刃で葉を切り払う。避け切れなかった根や葉に触れた手が、痒みと痛みで震える。あまりの猛攻と状況の悪さを何とかする為、詠唱を始める。
「くそっ。我っ、この身を包む大気によ……ッ!?」
しかし、足元が蠢く木の根によって膨らみ、態勢を崩される。そのまま足に蔓が巻き付き倬は大木に叩きつけられた。その衝撃に、肺の中の空気が全て抜ける。
「かはっ……」
その倬の目の前に現れたのは男の子のようだった。蓮とフキの葉を足して二で割ったような独特な葉っぱを傘にして持つ、風姫様や空姫様と同じ人形の様な姿の精霊だ。
僅かに緑が混じった黒の長髪は背丈ほどあり、前髪も後ろ髪も真横に切り揃えられている。茶色のローブの前をしっかり閉じて着ている様子が、生真面目さを感じさせた。
『……ふん、“大地の”にあの薬を飲まされたようだな。精霊と契約出来て、あれを飲んだと言う事は……人の子、お前、“祈祷師”だな』
叩きつけられた木に
『“祈祷師”など、どんなに力が強くとも詠唱出来なければ何の役にも立たん。だから長い時を経て尚、山奥に追いやられているのだ。……私がいくら力を貸そうと、お前が求める強さなど手に入れられるものかっ!』
蔓の締め付けがギリギリときつくなり、傷口から入り込んだ毒の影響も重なって、倬は嘔吐してしまった。すると、倬を縛りつけていた蔓や木がバラバラに切断されていく。
『いい加減にしなさいよ“森の”。人の契約者ぼろぼろにして、あんた、ただで済むと思ってんの?』
風姫様が我慢しきれず、風の刃で周囲の木々を滅多切りにしたのだ。その隣に、火炎様も並ぶ。
『ここが“森の精霊”の“寝床”であるとしても、複数の精霊相手にやり合えば、今すぐにでも地の底に“潜る”ことになると、分かっているんだろうな?』
『ふんっ、この期に及んで“眠り”など恐れる精霊が何処にいるっ! お前たちだって覚悟の上だったろうにっ』
周囲の木々がその巨体を揺るがし、根を足のように動かして、その幹からは新たな枝を腕のように伸ばす。精霊の力で生み出された“トレント”が滅茶苦茶に暴れ回る。
『も~うっ! どうしてこうなるのぉ!』
『“森の”! 落ち着け、“森の”っ!』
空姫様が大量の空気を周囲に集め、空気の塊でトレントや木の魔物の動きを鈍くする。土さんとつっちーは、毒が回り体の自由が奪われてしまった倬を頭に乗せて逃げ回っていた。
朦朧とする倬の意識の中に、沢山の想いがなだれ込んでくる。
――なんで戦わなきゃならないの――
――こんな喧嘩は違う――
――ゆっくりお話がしたいのに――
――叶うなら一緒に旅がしたいと思っていたのに――
そして……。
――大事なこの場所から離れたくなんかない――
そこには共通する想いがあった。“こんなのは嫌だ”と溢れる想いがあった。何かしなければと、苦痛を耐えて、辛うじて動く上半身で周りを見渡す。偶然、巨木に挟まれる“お社”が目に入った。
(あぁ……そうだ……思い出した……【世界樹に宿るもの】、だ)
倬はこの世界に来た時に読んだ、児童書【世界樹に宿るもの】の内容を思い出す。その内容は、身寄りを無くし、行く当てもないまま世界樹の根元で目覚めた少年が、世界樹に住む妖精達と共に荒れ果てた森を再生していくと言うものだった。
その物語の終盤、妖精から人里に戻るべきだと森を追われた少年は、成長し新しい家族と多くの仲間を引き連れて森に戻る。そして、妖精達の為の家を作り、それを中心に村を興して豊かに暮らしたと締めくくられるのだ。
その“妖精達の為の家”は三本の大木に囲まれていた。物語で描写されているよりも遥かに大きく育った木は、作中の彼が願った通りに、今もその家を守っていた。
『土さん、つっちー、“お社”の前で降ろしてください』
『分かった。……何、護りは任せろ』
“お社”前で座り込み、倬は技能“念話”の発動に過剰なまでの魔力を込める。念話に込めるのは声と魔力だけでは無い。倬と精霊達其々の想いだ。その全てを、トータスと言う世界にありふれた児童書の台詞に託す。
『“妖精さんは僕が嫌いなの?”』
(聞いてください。お願いします。どうか、どうか)
この念話にこの場に居た精霊達が動きを止める。
『……人の子、何の真似だ』
『“大事な場所なんでしょう。無理して遠くへ行く必要なんてないよっ”』
(精霊様が色んな事を我慢しているのを知っています。我慢する事が必要な事なんだってことも)
“森の精霊”が手に持った葉を杖のように振るって、空気に押しつぶされている枝の魔物を強引に倬の元へと操作する。
『“妖精さんが好きにやっちゃいけないなら、どうしたいか教えてよ。僕が勝手にそれをやるから”』
(精霊様が何かを願ってはいけない道理なんてありません。昔、そんなことがあったんでしょう?)
『お前は何を言っているんだ! 意味の解ら無いことをするなっ!』
倬の前に枝の魔物が倬に飛び掛かる。しかし、鋭く吹き荒ぶ風で辿り着く前に粉々に切り刻まれ、炎に燃やされて灰となり地面に落ちる。
『黙って聞け“森の”』
『ぐっ……』
“森の精霊”が葉でその姿を隠すと、そのまま霧に包まれて、その姿を認識できなくなった。空姫様が不思議そうに首を傾げているのが見える。しかし、倬は地面から這い出て振り回される木の根や蔓、草に無防備なまま、念話を維持し続ける。
『“どうして追い出そうとするの?”』
(ここに居る皆、“森の精霊様”だって同じでしょう? “こんなにも一緒に居たいのに”)
――お、“お前が人の子だからだ”! ……ぁぁっ!? ……くそっ、もういい、早く帰れ!――
何処からともなく響く声に、感情を押し殺そうとする震えが混ざる。乱雑に蠢く植物たちは、それでも“お社”だけは傷つけない。土さんとつっちー達が、倬を狙う植物たちを弾き返す。
『“僕が幸せになったのは、妖精さん達のお陰です。そのお礼をしたいのです”』
(せめて、お話を聞きかせて頂けませんか? 少年の話を。世界樹の森の話を)
“森の精霊”は姿を隠したまま沈黙してしまった。倬は、一連の自分の行いが荒んでいた精霊の心を更に追い詰めてしまったのだと気付いて、唇を噛む。精霊達の魔法が途切れ、この場を静寂が包んだ。
その静寂を、躊躇いがちに破る途切れ途切れの涙声が聞こえた。
その声が聞こえると同時に、周囲の霧が晴れて“お社”を中心にドーム状の空間を作る。
「…………“森の精霊様”ぁ、……もう、ぐすっ、やめ、辞めよう、よぅ…………」
押しつぶされたトレントの上に“森の精霊様”が俯いて座ったままの姿を現す。そしてその傍に、霧が集まる。その、もやもやした綿菓子か、大きなケセランパセランみたいなものの中央に、三つの穴が開いた。
「お前っ、何を勝手にっ……!」
「…………だって、だってだよぉ……、おれも、皆と、えっぐ、一緒に、居たいよ゛ぉ……」
そのもやもやを見た空姫様が、頭の上にピコーンっと電球を浮かべる。
「あー! “霧の精霊様”も居たのね~! “森の精霊様”の気配が急に消えたり、途中で姿が見えなくなったから、変だと思ったのよ~」
「ぐすっ…………ごめ、ごめんよぉ、ほ、本当は、ひっぐ、森の外に誘導するつもりだったんだよぉ……。“森の精霊様”も、予兆に、うぇぇ、気づいてから、すっかり、落ち込んでて……。でもさぁ、皆が、たのっ、楽しそうでさぁ、眺めてるだけで、うぅ、嬉しくてさぁ……」
“霧の精霊”は泣きじゃくる。ふらふら倬の近くに移動しながら、声を絞り出す。
「特に、特にさぁ、ふぇっ、“大地の精霊様”とさぁ、“森の精霊様”ってさぁ、ひぅっ、仲、良かったからさぁ…………。元気、出るかなって、思っ、たんだよぉ……ごめんよぉ、兄さん、たかって言うんだよなぁ…………しんどかったよなぁ……悪かったよぉ」
「”霧の”っ! なんで泣くっ! なんでお前が謝るっ! ……謝、るんなら、お前じゃ、ないだろ」
“森の精霊”の声は少しづつ弱々しくなり、手に持つ葉で顔を隠す。朝露のような雫がポタリポタリと地面に落ちて、草花を癒し、苔が厚くなる。
「ホントよっ。“森の”が一番っ……」
『風姫様』
言い募ろうとした風姫様に、倬が呼びかけて顔を横に振る。むすっとしたまま風姫様は倬の頭に乗っかりそっぽを向いてしまった。倬は静かに尋ねる。
「お話、聞かせてもらえますか?」
“お社”の小さな階段に“森の精霊”が腰をかけ、“霧の精霊”は階段の隣に浮いている。倬はその正面に座り、他の精霊達は倬の膝や肩、頭の上に居る。体調は“森の精霊”が毒を癒してくれたことで回復していた。
“森の精霊”は、どこか躊躇いを滲ませながら、語り始めた。
「魔素の減少は、今より五十日から五十四日前にかけて発生した。まず間違いなく、“奴”が大魔法を発動させたのが原因だ。その根拠に、【神山】周辺の減少が最も著しい」
「俺が回復できなかったのはそれが影響していると」
「おそらくは」
精霊様が感じた魔素の減少は、かなり広範囲に渡っているようだが、その中心地こそが【神山】だと言うのだ。その説明に対して、風姫様は少し不満気だ。
「“奴”が何かやらかしてたとして、どうしてそれがそのまま“崩壊”に繋がるのよ」
「そ~よねぇ……? “神”が沢山魔力使う時って、突然どかーんって何かしら壊すものねぇ」
「今回の力の行使、その目的は“解放者”達の時代にあったものと近い。今回も、人の子らの争いを助長、激化させる狙いだろう」
解放者達が蜂起する前の時代、それはまさしく大陸全土に及ぶ戦国時代であったと言う。彼らが不毛な国同士、種族同士の戦争の元凶が“神々”であったと知ってから、戦いによる破壊の様相はそれまでと一線を画した。これは、“神”の介入により“反逆者”を追い立てる人々に与えれらた力が大きすぎた結果である。
「……ふぅむ、だとしても、“森の”があれほど取り乱す理由には聞こえんがのぅ」
「今回の大魔法が、“奴ら”が降りてきた時と同種のモノだとしてもか?」
その言葉に、精霊達の瞳が一段と真剣な光を帯びる。その瞳が見据えるのは、倬だ。
「倬を召喚した魔法が、あの時のモノと同種だと言うのかの」
「具体的には大精霊でもなければ分らんだろうが……、少なくとも、同種であることに間違いない」
「……あの、私と級友たちを召喚したのが“神”による大魔法なのは知らされていますが、やはり、それが”崩壊”に行き着くと言うのが、いまいちピンと来ないです」
正直に、理解が及ばないことを告げると、“霧の精霊”が霧の体をもやもやと揺らめかせる。
「“奴”は……な。飽きっぽいんだよ……多分……。なのに、ずっとそんな大魔法使ってなかったんだ。多分、最近、使えるようになった……んじゃないかな?」
「……そうだ。“奴”が今回の遊戯を終えて、次の遊戯を始めるとしても、そう遠くない何時の日か必ず、この大地に見切りを付けるだろう。その時、奴が今まで国や種族、人の子に対してやってきたのと同様に、飽きたものを――この大地を――滅茶苦茶に壊し始めるのは解り切っている」
倬は“森の精霊”が語った“崩壊”に至る流れから、トータス破壊の後の“神”の行動を想像し、そして、思い当ってしまった。
ここまで来た目的は、“強くなるため”だ。それは、“森の精霊”に見透かされていた。そして、“いくら力を貸そうと、お前が求める強さなど手に入れられるものか”と言う、この言葉が如何に重いものなのか、倬は痛感する。
事の重大さに慄き、言葉を失う倬の傍に“森”と“霧”の精霊が近寄って地面に座る。“霧の精霊様”が出来ているのかは怪しいが、二人とも正座だ。
「霜中倬。ここまで知って尚、同胞と共に残りの時を過ごすよりも、力を求める旅を選ぶのか?」
「……兄さんがさ……たかがさ、無理することは、ないんじゃない……かな……」
他の精霊達も、倬を見つめている。どんな結論を出しても、契約者であることに変わりは無いと、そう教えてくれる。ほんの数秒、瞑目した倬は、自分に言い聞かせるかのように願う。
「私の願いは変わりません。お二人にも、聞いて頂きたいです。……私に、自分に“強くなる為に何をするべきか、教えてください”」
倬を中心に周囲の霧が遠ざかり、視界を広げていく。足元にぐにゃぐにゃと伸びる木の根は、目に入る端から行儀よく整列し、転がっている石まで巻き取って、道を整える。
倬の頭の上で髪を靄で覆い隠すように座る“霧の精霊”――霧司様――と、肩で機嫌よさげに葉っぱをくるくると回す“森の精霊”――森司様――が、その力を楽し気に振るっている。
「――という訳でな、お前が知る“少年”は、実際には“少女”だったのだ」
「……昔の森司様、……妖精と同じ姿だった、から、今より……子供っぽかった」
「へ~、もりくんを沢山呼び出してた時期だったんですね。それで“妖精達”だった訳ですか」
倬の正面に浮かんでいる森司様の妖精、もりくんが、葉っぱで出来たチューリップハットを両手で押さえつつ元気に答える。
『もりくんは一杯いたぞっ! けど、つっちーには負けるなっ! あれは多すぎだっ!』
『きーくん…………滅多に、呼ばれない…………特に、用事ないし……』
三センチ大で、天花粉をあげたくなるような、これぞケセランパサランな見た目のモヤモヤした霧司様の妖精、きーくんが、ぼそぼそと呟く。
“崩壊”の予兆についての話を聞いた後、二人との契約を終えて、今は森司様がかつて“寝床”にしていた“世界樹”に向かっている。精霊達が呼ぶ“世界樹”とは、現代においては“大樹”と呼ばれているものだ。
「ねぇ、何よアレ。“森”の奴、調子良すぎない? 一回シメてやろうかしら」
「そう言うな、森司もちゃんと謝っておったろう?」
「そうよ~。多分、土下座した精霊第一号ね~」
「風姫、精々揶揄うくらいで勘弁してやれ」
「倬も皆も、お人好しよねー。まぁいいわ、その内泣くまで揶揄ってやるんだからっ!」
辿り着いた先にあったのは、枯れてはいるものの、距離感が狂いそうになるほどの大きさを誇る巨木だ。その幹は、直径にして五十メートルはあるだろうか。周囲の木が鮮やかな緑を称えているのも相まって、その姿からは奇妙な偉容を感じてしまう。
森司様がその木の根元まで飛んでいく。
『倬、これが“世界樹”だ。今の時代の人の子らは、この樹を“大樹ウーア・アルト”もしくは単に“大樹”と呼ぶ』
『皆さんの記憶で見た姿とは、かなり違いますよね……』
倬は精霊達の記憶の中で“世界樹”を見たことがあった。その樹は、最も遠い大地の南西からでもその姿を確認できたのだ。天空の雲を易々と貫く程の高さを誇っていたはずだった。
『…………多分、“解放者”だ。この樹、弄ってたとこ、見た』
『この森に住みついた獣に似せられた人の子ら――亜人――だったな、あの者たちが国を興す前にはこの様子になっていた。枯れたまま朽ちず、時折ここまでの霧が薄れて道が繋がる』
朽ちることのない巨樹であり、周辺の霧だけは亜人族であっても道を見失ってしまう。定期的に訪れる霧の晴れ間にのみ辿り着ける事が出来ると言う神秘性故に“大樹”は亜人族にとっても聖地とされている。
また、亜人の興した国とは、【フェアベルゲン】を意味する。【ハルツィナ樹海】にあり、亜人族の中に存在する多数の部族が協力して築き上げたと言う。
『『『つっちー! たかたかー、せきひー』』』
『おうおう、なんか仕込んであるぜ?』
つっちーとかーくんが根元の石碑に興味津々のご様子だ。
その石碑には各頂点に其々異なる文様が刻まれた七角形が彫られている。文様の意味はよくわからなかったが、文様が七種類と言う事から七人の解放者絡みなのは予想できた。
一つひとつの刻まれているものを眺めていると、空姫様が裏に回って倬を呼んだ。
「あらあら~。裏も何かあるわよ~?」
石碑の裏側には表の文様に従った窪みがあった。
「何か嵌めれそうですけど……」
「“かいほー”の家にはそんな都合の良さそうな物は無かったのぅ」
「炎で炙ってみるか」
「空気無くしてみる~?」
「なら、霧で包むとか……いや、いつも、包まれてるもんな……違うな」
「お前たち、真面目に考えてるか?」
「はぁ……、めんどくさいわね。倬、とりあえず、そのバカ魔力でボカンってしちゃいなさいよ」
何てことを言い出すんだと思ったが、駄目で元々だろうとも考えた。倬は石碑に向けて試しに全力で魔力を放出する。
純然たる魔力放出であるため、物理的な破壊力は無い。それでも膨大な魔力を受けて、石碑は僅かに震え、淡い発光を始める。その光が石に吸収されるかのように消えていくと、文字が浮かび上がった。
――四つの証――
――再生の力――
――紡がれた絆の道標――
――全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう――
「……えっと、何一つ、分かりません」
「僕も分からないな」
「所詮、霧だからさ……わかんないな……」
浮かび上がってきた言葉の意味こそ解らなったが、この場所に迷宮の入り口があるのだろうことは想像に難くない。倬は軽く石碑に手を触れながら、“世界樹”を見上げる。
いつの日か、この言葉の意味を知る日が来るのだろうか。その時、自分はどんな想いでここに立つのだろう。そんな事を考えてしまった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
森司様の“お社”前で、樹海の果物や野菜で昼食を摂った後、倬は大峡谷の中でも最も狭い場所を目指して空を飛んでいる。
既に傾き始めた日がとても眩しい。そのオレンジ色の日を浴びる小さな教会の鐘楼から、何やら気配を感じた。
『これ……、精霊様の気配ですか?』
『へぇ、さすが、六人も契約しちゃうとそういう感覚も身につくのね』
『長いお昼寝中かしらね~』
精霊様に出会うことが出来たなら、挨拶をしなければ、さて……今度はどんな精霊様だろうか。
・森司様、霧司様と契約後
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霜中倬 15歳 男 レベル:1
天職:祈祷師 職業:祈祷師・冒険者(青)
筋力:920
体力:1100
耐性:1200
敏捷:800
魔力:57817
魔耐:58129
技能:精霊祈祷・全属性適性[+土属性効果上昇][+火属性効果上昇][+風属性効果上昇][+水属性効果上昇][+発動速度上昇]・土属性耐性[+土属性無効]・火属性耐性[+火属性無効]・風属性耐性[+風属性無効]・水属性微耐性・物理耐性[+衝撃緩和]・耐火傷・耐毒・耐麻痺・痛覚麻痺・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化Ⅱ]・魔力感知・念話・飛空・気配減少・魔力回復[+瞑想(極)][+瞑想効率上昇(極)][+常時瞑想]・土壌回復・範囲耕作・植物生育操作・発酵促進・言語理解
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省略してしまった“力の受領”シーンですが、
森司様との契約では、すももに似た果物を食べて、“寺”での第二の試練を更に強烈にした苦痛を味わうことになります。酷い吐き気や痒みなど様々です。
霧司様との契約では、雪玉状のモノを食べ、霧に“溺れ”て、前後不覚に陥りました。
タイトル元は《森に木を隠す》でした。
では、ここまでお読みいただき有難うございました。
次回は12/22までに投稿予定です。