すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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今回もよろしくお願いします。


風が吹いて田舎が儲かりますように

 小屋の中で、倬と族長リューレが木箱を挟んで向かい合っている。

 

「――いやぁ、ソルテはホントにお転婆でねぇ、普段はぼーっとしてる癖に急に走り出したかと思いきや、まともに使えもしない世間様の魔法使おうとして、ぶっ倒れるなんてしょっちゅうだったよ」

「師祷様も無茶してたんですね。頭に血が上って普通の魔法使いたくなるのは“祈祷師”にはよくあることかもしれません。自分にも覚えがあります」

 

 今はリューレから“霊媒師”の闇系魔法を教わっていた途中、話が脱線して、ソルテについての思い出話を聞いている所だ。と言うのも、“霊媒師”にも“祈祷師”同様に(いにしえ)から伝わる魔法が存在し、それらは祈祷師でも使用可能であることをリューレが知っていたからだった。

 

「でも幼馴染ですか……。“里”から“霊媒師”が生まれるなんて話、教えてもらわなかったので驚きました」

 

 話を聞く中で、ソルテとリューレは幼馴染であったことがわかった。“祈祷師の里”では、時折“霊媒師”が生まれることがあるらしい。その子供が十歳になると、“オソレの荒山”で修行をすることになっている。中でもリューレは特に霊媒の素養が高く、気がつけば族長になっていたのだとか。

 

 リューレが“お山様”や“里”の杖の使い方を知っていたのは、“里”出身だったためである。

 

「長い時の中で、沢山の血が混ざりあっているのだろうさ。私も“先祖返り”の一つみたいだねぇ」

「興味深い話です」

「ふっふっふ。“お山様”や“焔様”に気に入られるだけあって、変わってるねぇ」

 

 ここで習った魔法やその考え方もまた、倬にとって非常に興味深かった。

 

 リューレは闇系魔法は思考と魂に作用する魔法であり、魂そのものたる精霊に力を借りる上では理解を深めておくべきだというのである。これは、今の倬が精霊の力を十全に使いこなせていなことを指摘されたのと同義である。

 

「さて、私で教えられることはこれくらいだが……」

「ありがとうございます。そうだ、次の目的地で何か心当たりってありませんか?」

「そうだねぇ……役に立つかどうか分らんけども……。族長を引き継ぐ前に聞かされた話でね?」

 

 “霊媒師”の族長に語り継がれる話。それは、“霊媒師”にはかつて二つの血族があったと言う話だった。

 

 遥か昔、赤と黒の二色に分かれる“霊媒師”の血族があった。赤の霊媒師は炎の化身を、黒の霊媒師は闇の化身を崇めていたとされる。黒の一族は深い闇に魅せられ狂気に堕ちた結果、滅んでしまったと言うのだ。

 

 その話を受けて火炎様が、その炎を揺らす。

 

「黒の一族を気に入っていたのが“闇の精霊”だ」

「あやつは大地の南側が好きだったのぅ。おそらく何処かの洞窟にでも居ることだろうな」

「となると、魔人族領ですか……」

 

 “大地の南側”。こう表現した時、それは【ライセン大峡谷】より南側、魔人族領を意味する。倬があくまで人間族である以上、魔人族領で何事もなく“精霊”探しが出来るとは思わない方がいいだろう。

 

「我が友にとってあの谷を超えるのは苦労するやもしれんな」

「だが、“闇の精霊”と“光の精霊”は双子だからのぅ、力を借りれるなら借りたいところではある」

「大峡谷の上もぶっ飛んでいけば何とかなりませんかね」

 

 倬が、ここまで来た方法を参考に思い付きを言ってみる。

 

「ほぉ、ぶっ飛んでか……。そういえば、この近くにも妙な謂れのある谷が無かったか……?」

「恐らく、樹海最北にほど近い“風の渓谷”の事かと思います。最近、その近くの村が“風の大賢者最期の地”と触れ回っておるようです」

 

 その“風の大賢者”と言うフレーズに倬は覚えがあった。

 

「それって、“禍々しき豪嵐押し留めたる者。彼こそが風の大賢者”の大賢者様ですか?」

「その通り。この世界に生きるものなら知らぬものは居ないと言われるほどの、お伽噺の定番さ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

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【ようこそ! “風の大賢者最期の地”クドバン村へ!】

 

 ~~みんな知ってる“風の大賢者”の伝説とは~~

 

 むかしむかし、ある所に、風魔法を得意とする少年が居ったのだそうな。

 その少年を一言で表すならば、まさしく才気煥発。

 幼少の頃より多芸に秀で、努力を怠らない。

 礼儀正しく、年上を敬い、年下を慈しむ。

 

 ある時、風魔法の研究の果てに深淵に触れた少年は、大地を襲う大嵐を予言する。

 

 このままではみんな吹き飛ばされてしまいます。

 

 だが、周りの者達は、まさかと言って取り合わない。

 時の賢者達もまた、子供の戯言だと切り捨てた。

 

 しかし、予言こそが正しかった。

 

 あれよあれよと膨れ上がる暗き雲。 

 荒れ狂う風、真横に打ち付ける大雨、大地を揺るがす落雷。

 

 全ての者が逃げることもままならず、恐怖に震える中、たった一人の少年が立ち上がった。

 周りから相手にされなくとも、かの少年は人々を救う術を探し続けた。

 

 そして、彼は成し遂げた。

 

 全てを吹き飛ばさんとする恐ろしき嵐を、少年が吹き飛ばしたのだ。

 

 後の人々は己の不明を恥じ、少年を称えて伝えるのだ。

 

 禍々しき豪嵐押し留めたる者。彼こそが風の大賢者であると。

 

 ――参考;トータス童話集、第一章、第二項、“風の大賢者”――

 

 ~~クドバン村と“風の渓谷”見どころマップ~~

 

 クドバン村とその周辺には大賢者様縁の遺構がたっくさん! 全て制覇して、風の大賢者博士を目指そう!

 

 賢者に挑戦コース 青色の線 所要時間、2時間

 大賢者マスターコース 金色の線 所要時間、10時間

(魔物対策必須・護衛ガイド予約推奨)

 ※護衛ガイド予約は、クドバン村冒険者ギルドまで

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 現在倬は、村の入り口で配られていたパンフレットを読みながら、ソルテ達の助言に従いギルドを目指している。冒険者として登録していた方が、魔石や魔物の爪などの素材を買い取ってもらう際に有利で、長旅になるとしたら路銀の確保は重要であると言われていたのだ。

 

 山々を抜けて、渓谷と樹海の傍にあるクドバン村は、深い樹海の森に阻まれて直接見ることは叶わないが海にほど近く、微かに潮の香りが漂う独特の雰囲気がある。

 

 倬は“オソレの荒山”から土さんの投射と火炎様の爆発力を合わせたことで、遥か北東の村に半日足らずで到着できた。今は丁度お昼時だ。

 

『“大賢者マスターコース”ってどんな変わり者なら制覇できるんですかね……』

『やってみればいいじゃんか。こういうの、かーくんも嫌いじゃないぜ』

『『たかがんばー』』

 

 かーくんとつっちーはノリノリである。

 

 かつてホルアドで見たギルドより、かなり小ぶりな建物に大剣が描かれた看板がぶら下がっているのを見つける。中へ入ると、右手にカフェバー風の飲食スペースがあり、退屈そうにトランプのようなカードゲームをやっている男達や、倬が貰ったものと同じパンフレットをブツブツと読む男達がいた。

 

 男達は倬を一瞥すると、一瞬息を呑む。その反応に面食らうものの、そのままギルドの受付へ進む。すると、沢山の溜息が聞こえてきた。

 

『な、何事ですかね……』

『露骨にガッカリされてるのぅ』 

 

 受付には長い髪を後ろで一本の三つ編みにした、そばかすの少女が本を読みながら座っていた。若干声を掛けにくかったが、こんなことで躓いてはいられない。

 

「えっと、すいません、冒険者登録したいんですけど……」

「あっ、はぁいっ。よ、ようこそいらっしゃいました。冒険者登録で御座いますね。登録料は千ルタになりますですっ」

 

 久しぶりの冒険者登録に緊張しているのか、言葉遣いが怪しい。

 

 微笑ましい光景に和みながら、ステータスプレートと千ルタを受け皿に置く。

 

 因みに、ステータスプレートは各数字と技能欄を非表示にすることが出来る。冒険者・傭兵にとってその手の情報は生命線だ。下手に知られてしまえば、弱みを見せることになりかねない。そういった配慮らしい。

 

 この機能を使った場合、倬の表示は名前、年齢、性別、天職、そして職業は“祈祷師”となっている。“精霊祈祷師”と名乗ると、相手によっては精霊崇拝の異教徒扱いをされかねないと考えて、少し弄っておいたのだ。

 

 また、ルタと言うのは北大陸に流通している通貨単位だ。非常に軽く薄い貨幣で、ザガルタ鉱石を主原料に他の鉱物を混ぜて色違いを生み出し、特殊な刻印を施してある。青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の色によって、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタと決められている。不思議な事に貨幣価値は日本とほぼほぼ同じらしい。

 

 千ルタを支払えたのは、“大地の洞穴”で手に入れた小ぶりの魔石の殆どを、ソルテが交換してくれたからだったりする。お陰で今の手持ちは五万ルタ程になる。

 

「登録いたしましたっ。こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 プレートを確認すると職業欄が“祈祷師”・“冒険者”となっていた。“冒険者”の横には冒険者ランクを示す青色の点が打たれている。この冒険者ランクは貨幣と同様の色分けがなされ、青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化するらしい。

 

「えっと、“黒”になれるように頑張って下さいねっ!」

 

 ふぁいとっ! っと両手の拳を胸元で軽く振る少女。“黒”は駆け出しの冒険者が目指す色で、この色になると冒険者としての実力を一般に認められるようになる。この“黒”は天職無しの冒険者が到達出来る最高ランクとも言われ、天職持ちの銀、金よりも賞賛される程だ。

 

(なんだこの可愛い生き物は……)

『ほー、こういう娘が好みか』

『スルーする優しさが欲しい……』

『“だが断る”』

 

 火炎様は容赦がないらしい。

 

「そうだ、素材の買い取りをやってる店とかって教えてもらえますか?」

「えっと、ヴァグさんのお店がいいと思います。ヴァグさん行商もやってるので目利きもしっかりできるって、お父さ……ギルドマスターが言ってました。ホントは査定資格があればここでも買い取りできるですけど……私、前の試験ダメダメで……その、すいません……」

 

 しおしおと萎んでいく少女。別に倬に向かって謝るような事では無いのだが、かなり気にしている様子だ。

 

『可愛いのぅ?』

『かわいー? たか、なぐさめるー?』

『……自分には荷が重いので、勘弁してください』

 

 受付の少女に別れを告げ、“ヴァグさんの店”で“大地の洞穴”で回収していた素材を適当に出したら二十七万ルタほどになった。見たこともない素材が多く適正価格が分からないとのことで、今買い取りに回せる最大の額で一部だけの買い取りだ。もっと仕入れたかったと本気で悔やしそうなオジサンの涙目を見るのは、中々キツイものであった。

 

 

 懐も温まった所で宿探しだ。と言っても、この村に観光客向けの宿は一軒しかなったので自動的にそこに決まった。

 

 “宿バーカナ”にチェックインして、昼食を部屋に持ってきてもらう様に注文する。観光客が珍しいらしく、妙に歓迎されてしまった。

 

 一人の用の部屋にしては大きい備え付けのテーブルにパンフレットを広げ、これからの計画を練る。

 

「……村の中ざっと見てから、とりあえず渓谷にも行ってみましょうか」

『なんだ、“大賢者マスターに俺はなるっ”って感じじゃないのか』

『『『“せいれい、げっとだぜっ”?』』』

『“精霊王に俺はなるっ”でも、良いかもしれんのぅ』

「あの……一緒に考えません?」

 

 どうも精霊や妖精たちは楽しむこと優先に見えた。まぁ、倬としても、この異世界で――下手すると日本でも――漫画やアニメ、ゲームの話が出来る相手は貴重なので、この手のやり取りはしっかり楽しんでいるのだが。

 

「“風の精霊様”が好きそうな場所とか思いつきませんか?」

 

 ここに来ることにしたのは、火炎様がこの辺りの谷に“風の精霊”が引っ越してきたのを思い出したからだったのだ。土さんも火炎様も倬の質問に、うーんと悩んだそぶりを見せる。ほぼ同時に二人は答えを思いついたらしい。

 

『契約者の隣だろう』

『契約者の隣かのぅ』

 

 捜索範囲を限定するのには役に立たなさそうな内容だった。仕方ないので取り敢えず今日調べに行く範囲をパンフレットに書き込んでいく。慌てて探して見逃していたら二度手間だ。全て回るのに十時間かかってしまうなら、一日六時間ずつで二日かけて十二時間見て回るつもりなのだ。

 

「いや~お客さん、面白いねぇ! そんな熱心にパンフレット見てくれてる人なんて初めてだよ!」

「うわっ!」

 

 突然、宿の女将さんに話しかけれられて本気で驚いてしまった。精霊たちは女将に危害を加える様子が無かったので教えてくれなかったようだ。女将は倬の真横で配膳しながら、チラチラとパンフレットを見ている。

 

「ここらの客と言えば、王国とか帝国から左遷されたお役人だの、ギルド職員の配置換え位なもんでね。皆パンフレットなんてまともに読んじゃくれないし、観光何てしやしないからねぇ」

 

 テキパキと働く手と、動き続ける口が忙しない。

 

「こう言うの好きなのかい?」

「えぇ、自分は祈祷師として修行の旅を始めたばかりなんですが、お伽噺とかの民間伝承が好きなもので」

 

 ウソは言っていない。

 

「はーぁ、祈祷師様ってのは私は初めて見るよぉ。修行の旅なんてするんだねぇ。そして若いのに渋い趣味してるねぇ。でもあれだ、期待外れだったらすまないねぇ。全部が全部中途半端な場所なもんでさぁ、出来れば嫌いにはならないでくれると嬉しいねぇ」

「……そういえば、ギルドの雰囲気が妙な感じだったんですけど何かご存じですか?」

「あっはっはっは。そいつらは護衛ガイドの依頼待ってんだよ。殆どここの村出身の冒険者なんだけど、大きなクエストはこなせないが、ここらの地理には詳しいって連中さ。初の依頼人かと思って期待したんだろうねぇ」

 

 圧倒的知名度を誇る“風の大賢者”に頼って村おこしをしているらしいが、成果はあまり芳しくないらしかった。

 

 

 一度宿を出て、村内の遺構を巡る。“大賢者が多分通った道”、“大賢者が喉の渇きを潤したと思う井戸の跡”、“大賢者が馴染みだった酒場があったと噂の空き地”、“大賢者ならここから村を眺めただろう高台”等々、ある意味見どころ満載である。

 

『……そういえば、さっきの魚料理美味しかったですねっ!』

『『『“けんじゃにちょうせんこーす”のかんそーはー?』』』

『そうだぜ、心意気位褒めてやれよ』

 

 かーくんの心意気を褒めたいと思う倬であった。

 

 一応村の遺構巡りを終えて、渓谷にやってきた。渓谷の谷間に降りる階段が用意されてはいるのだが、全く管理されていないらしく草木が生い茂り、降りるごとに階段が見えなくなっていった。

 

 階段が見えなくなった辺りから、今度は土鳩みたいな魔物がちょっとした空気砲を放ってくる。今の倬には大したダメージにはならないが、非常に鬱陶しい。

 

「なるほど、これは整備しにくいですね……」

「数がやたらに多いな」

 

 魔物や足元のセイタカアワダチソウみたいな草たちを、“燃維”で焼き尽くしながら進む。つっちー達が燃え広がって火事にならない様、燻っている枝葉なんかに砂をかけてくれている。

 

 そのまま谷底の川縁(かわべり)を歩く。吹き付ける風が強くなり、その風に耐える鳥型の魔物からの攻撃も激しくなっていった。

 

「飛ばす魔法が風で逸れちゃうなっと……っ」

「修行には面白い場所じゃのぅ」

 

 強烈な向かい風で、火やら水やらを飛ばしても威力が殺されるし、向かい風に乗せて飛ばされてくる風の刃なんかの速度と威力は上昇してしまっている。

 

 パンフレットには“谷に造ったと言い伝えられる大賢者の庵を発見して、世紀の大発見をしよう!”などと書かれていたが、これではまともに探せる人の方が少数派だろう。

 

 その日は結局大した物は見つけることが出来ず、宿に戻ることになるのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 昨日は村側の川縁を探索したので、本日は反対側だ。

 

 パンフレットに従うと、こちら側に谷と村を一望できる場所があり、“大賢者の墓標”があるらしい。谷に架けられた古い木製の吊り橋がボロボロで怖かったので、倬は土さん達に飛ばしてもらってここまで来ている。

 

 ぎりぎり道なんだろうなと分かる位の獣道を、適当になだらかにしながら歩く。この道をそのままにしておくのはもったいなかったのだ。木々の間から見える谷底の川と村までを望む風景は確かに素晴らしいものだった。

 

 惜しむらくは、この世界には手つかずの大自然が多く、もっと楽に遊びに行けて、魔物も駆逐されている景勝地が数多あると言う事だろう。世知辛い話である。

 

「さてと、ここが展望台ですか」

「「ついたー!」」

「なんだっけな、やっほって叫べばいいのか?」

「精霊様とか妖精の声って反響するんですかね……?」

 

 開けた場所に到着すると、高さ二メートルぐらいの石碑があった。かなり古いせいか、ひどく風化が進んでいて、まともに文字が読めなかった。ぐるりと一周して“大賢者の墓標”を眺めていると、火炎様が岩に燃え盛る手を触れさせる。

 

「友よ、この岩には微かだが魂の気配があるぞ」

「墓標に魂が宿ってるってことですか?」

「うむ、かなり小さいの……。いや、押し縮めてあるのかもしれん」

 

 土さんも火炎様と同意見らしい。

 

「なら、少し呼び掛けてみましょうか」

 

 倬は、胸元から手帳を取り出し詠唱を始める。リューレから習った“霊媒師”の魔法だ。

 

「我、この身に潜む闇をもって、此岸に留まる魂に、再び語り得る力を分け与えんと、祈る者なり、“譲霊”」

 

 墓標に紫がかった煙が巻き付くと、その中心に入り込んでいく。全て入り込むと岩全体がカタカタと揺れ始めた。その揺れが治まると、内側から強い魔力が膨らみ始めるのを感じた。

 

 墓標をすり抜けるように、藍色のローブを纏った老人が倬の目の前に現れる。ほんのり背後の景色が透けている。老人だとはっきり分かるのだが、間違いなくいい男だ。これは老若男女問わずにモテる。そう断言出来た。

 

 周囲を見回した老爺が、自身の顎にそっと手を触れながら倬を真っ直ぐに見つめてきた。

 

『ふーむ、私を呼び出したのは君かね?』

『はい、“祈祷師”霜中倬と言います。風の大賢者様にお会いできて光栄です』

『ほぉ! “大賢者”となっ! 私ってそんな凄い扱いになっとるの? いやぁ、まいっちゃうな』

 

 口調が思いのほか軽い。

 

『あの、私は“風の精霊様”を探しにここまで来たんですが……』

 

 すると大賢者は大袈裟に両手を上げて驚いて見せる。驚き方が少し鬱陶しい。

 

『なんとっ! “姫様”に用事っ!? おおっ、よくよく見れば“精霊様”がお二人も!? 君は一体何者だい!?』

 

 倬の精霊探しについて説明すると、感心しきりの様子で頷いている。“大賢者の庵”が見つかっていない話をすると、不思議そうな顔で、不自然なまでに頭を傾けてみせた。

 

『しかし可笑しいな。私の家がそんなに見つかりにくいとは思えんのだけどな』

『隠したりとかなさっていたのでは?』

『遊びに行きやすいような場所では無いかもしれないが、別に隠しては居なかったんだけど』

 

 そんな風に喋りながら、如何にも幽霊っぽいスゥーっとした動きで、崖に沿って奥へ移動し始める大賢者。倬がその行動についていけず立ち尽くしているのに気がつくと、大きな動きでこっちこっちと手招きをしてきた。

 

『いやはや、こんなに鬱葱としちゃって、ホントに誰も通ってないのか』

『おそらく、クドバン村の人でもここまで来ることはないかと』

『私、“大賢者”なんて呼ばれてるんだろう? もう少し頑張ってくれんかね』

 

 思ったより大切にされていないのがちょっとだけショックのようだ。パンフレットのゴールがあの墓標なので、更に奥は殆ど手がついていないのだろう。

 

 大賢者が教えてくれた通りに、崖っぷちに二つ並んだ岩を叩くと、壁に沿って谷底に向かって伸びる階段が出現する。谷に吹く風の勢いが強く、階段は恐るおそる降りるしかなかった。いくらか歩くと、途中、階段が広くなっている場所で大賢者が怪訝そうな表情を浮かべた。

 

『……あれれぇ? おっかしいぞぉ?』

『『『“ばーろー?”』』』

『多分偶然ですよ、つっちー』

 

 大賢者が言うには、ここに横穴があったはずだと言うのである。しかし、どこからどう見ても岩壁でしかない。

 

『恐らく精霊の力で隠匿しているのだろう』

『儂らが姿を隠す時に使う力で、この先の空間ごと覆っているようじゃのぅ』

 

 精霊の力によって完全に意識を反らされてしまうらしい。注意して見ていても岩壁にしか見えないが、横穴自体を認識出来ないことで、頭が勝手に岩壁があるとして処理してしまうと言うのだ。

 

『おおっ! やはりここで間違いない。中に入ればちゃんと道が見えるぞ!』

 

 いつの間にか大賢者の姿が消えたと思いきや、壁に頭だけ生やすようにして嬉しそうに報告してくる。随分アクティブな老人である。

 

 大賢者が()()()()()あたりに、左手を突っ込んでみる。すると、鋭い刃物で腕が何度も切り付けられたような痛みが襲ってきた。

 

「痛だっ」

『おおっ、一体どうなさった!? なんとっ、その傷はっ!?』

 

 咄嗟に腕を引っ込める。おろおろしている大賢者はそのままにして、血だらけになった腕を魔法で傷を治す。

 

 大賢者は霊体なので気づけなかったようだが、横穴には一般の風系魔法“風刃”に似た鋭い風が吹き荒んでいたのだ。

 

「さて……鋭い風、どうしましょうかね……“風固”だと中に入り込まれそうだし……」

『では、ゴーレムは如何かな? 霜中君は土司様の契約者なのだろう?』

『ふむ、土人形に倬を入れて動かせばいいのか』

『ならついでに、炎も纏わせよう。その方が強そうだ』

 

 なんか皆ノリノリだった。興味はあったが、“祈祷師”の魔法でゴーレムを再現するのは難しかったので手を出したことが無かったのだ。

 

 魔法陣に悩んでいると、大賢者が色々と助言をしてくれた。驚いたことに大賢者は祈祷師の魔法にも精通しているらしい。彼の的確な助言により、倬よりやや大きい位でパワードスーツみたいなゴーレムの中に入り込む。

 

 完全に顔を覆ってるので全く前が見えない。視界は精霊たちに頼るほかなかった。

 

『『ばぁにんぐ!』』

『燃え上がれ!!』

 

 かーくんが張りつくことでゴーレムが燃え上がり、倬の意識を読み取った土さんがゴーレムを操作する。

 

『すごい、こいつ、ホントに動くぞっ! 私もこれ欲しい!』

 

 年甲斐もなく、はしゃぐ大賢者。魔法陣を組み上げている最中はカッコよかったのだが……。

 

 ゴーレムを纏って、風の刃が降り注ぐ七メートル程度の道を抜ける。

 

 ゴーレムを崩して目に入ったのは、日本のお寺にあるような鐘に近い形の不思議な竜巻だった。

 

 この場所は山を削って造ったのだろう、広大な野原なのだが、その竜巻から吹き付ける風によって、辺りには銃弾もかくやと言う速度で小石や小枝が飛び交っていた。

 

 この光景に、大賢者は愕然としている。

 

『何なのだこれは……』

『“風の精霊様”がやってるんでしょうか……』

『随分、機嫌を悪くしているようだな』

 

 火炎様も心配そうだ。

 気を取り直した大賢者が、竜巻に向けて叫ぶ。

 

『“姫様”ー! “姫様”ー! 私ですっ! アモレです! 一体、何があったのですかっ! どうかお静まりください!! “姫様”っ!』

 

 その叫びが届いたのか、少しずつ竜巻の勢いが落ちていく。その弱まった竜巻越しに、どこか可愛らしさのある小さなレンガ造りの家が見えた。

 

『……ぁ、アモレ……? アモレなの……?』

 

 竜巻から、女の子の泣き枯れた声が聞こえてきた。風を纏いながら現れたのは、大体三十センチ程の大きさで、淡い水色のワンピースを着た“ねんどろ〇ど”みたいな青いショートカットの女の子だった。

 




はい、という訳で今回はここまでです。

タイトル元は《風が吹けば桶屋が儲かる》でした。

次回は一週間後12/8に投稿予定ですので、引き続きお付き合い頂ければ嬉しいです。


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