すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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第二章、よろしくお願いします。


第二章
壺を中から焔で燃やす


 倬が土さんと出会って二日目の早朝。“大地の洞穴”に挑戦を始めてから数えれば七日目になる。

 

 倬の頭の上で、錫杖がふらふらと浮かんでいる。

 

 解放者オルクスの残した杖、“悠刻の錫杖”を一日も早く使いこなせるようになるべく練習中なのだ。

 

 “悠刻の錫杖”は、魔力効率上昇や、魔法の遅延発動補助、杖に対する付与魔法の効果時間延長、杖の先に魔力で構成されながら実体を持つ刃を出現させ槍にしたり、輪っか同士がぶつかり合わないよう固定できるなど、その機能は多岐に渡った。

 

 特筆すべき機能は二つ。

 

 先ずは杖の遠隔操作だ。余程離れていなければ、手元に杖が無くても意識するだけで飛んでくるし、当然、両手を離した状態で杖として使用できる。

 

 そして極めつけなのが、頭の中で思い描いた魔法陣を、杖の内部で構築してくれるという魔法陣構築機能だ。かなり明確に思い描く必要があるが、単純な魔法陣なら十秒程度で構築してくれる。使用するたびに前に構築された魔法陣は破棄されてしまうし、祈祷師の魔法陣は使えないが、一般の魔法を使用する時にはかなり便利である。

 

「いだっ!」

 

 頭に錫杖が落ちてきた。よくある話で、自分と杖の距離が離れれば離れるほど、その操作は難しくなるらしい。

 

『『『いたそー、いたたー』』』 

 

 倬を見物していたつっちー達が、体をぶるっと震わせる。

 

「はぁ……。要練習ですね」

「それも、いい修行になりそうだのぅ」

「が、ガンバリマス。……さて、ぼちぼち“寺”に戻りましょうか」

 

 正直言うと嫌だが、これも修行だと言い聞かせて、ここに入ってきた扉に向かって歩き出す。すると、土さんが不思議そうに肩の上に乗りながら顔を覗いてきた。

 

「倬? どこへ行くんだ?」

「え、いや、ここの出入り口って一つしかないじゃないですか」

「“寺”に行くんなら、“しゅぽっ”っと行けばいいじゃないか。早いぞ?」

 

 土さんの言葉を理解できずに、困惑してしまう。土さんも倬が何を分からないのか分からないといった顔だ。

 

「ここは儂の“寝床”で、儂の山だぞ? 好きなとこに好きなように行けるに決まっとるじゃないか」

 

 突然、倬の足元の土が盛り上がり、見たことのない幾何学模様が描かれる。一瞬輝いたと思ったら、言葉を発する暇もなく、その模様に“しゅぽっ”っと吸い込まれた。

 

 

 しゅぽんっ! “寺”の正面、石畳の中央から奇妙な音が響く。

 

「ひゃっ!」

 

 誰かの驚いた声が聞こえた。

 

「……ぶふぅっ! “ひゃっ”。……“ひゃっ”って。……フル兄、“ひゃっ”って言った。……かわいい」

 

 “プークスクス”っと、必死に笑うの堪えようとしながら、耐えきれていない声が聞こえた。

 

 咄嗟に瞑ってしまった目を開くと、顔を真っ赤に染めたフルミネと口元を抑えて震えているニュアヴェルを見つける。

 

「えっと、ただいま戻りました。えーーと、その、兄弟子、何と言うか、その……ドンマイ?」

 

 感動の再会、とは行かなかったようである。

 

 

「「「「つっちーー!」」」」

「待て待てー」

 

 どたどたと廊下を走り回るニュアヴェル。つっちー達と追いかっけこをしている。楽しそうだ。

 

「「どんまい? どんと、まいんど?」」

「ぐぬぬ……」

 

 険しい顔を、どうにか取り繕う為に頑張っているフルミネ。つっちー達に慰められている。しんどそうだ。

 

 そんな中、倬は伽藍堂の真ん中で片膝を立てて畏まっている。その正面には、師祷ソルテが座って微笑んでいた。 

 

「“大地の洞穴”での最後の試練を終え、霜中倬、ただ今戻りました」

「よくぞやり遂げたね、倬。まさか“お山様”まで連れて戻ってくるとは思わなかったよ」

 

 倬の横にいる土さんが嬉しそうに、ソルテを見つめる。

 

「久しいのソルテ。元気そうで何よりだ。よくぞ倬をここまで導いてくれた」

「お久しぶりです“お山様”。死ぬ前に再びお会いできたこと、心から嬉しく思います。……倬については、私は何もしとりませんので、本人をうんと褒めってやって下さい」

 

 その挨拶のあと、ソルテと“お山様”で思い出話に花が咲いた。“声を聞けるから、気にしちゃいない”と言っていたソルテだが、やはり、直接会って語らえるのは嬉しいのだろう。

 気がつけば、ニュアヴェルとフルミネも、興味深そうにその話を聞いていた。

 

 思い出話から、精霊契約について話が移った所でニュアヴェルが倬に視線を向けた。

 

「……倬、“お山様”と契約した後、ステータスどう?」

「あぁ、それは俺も興味がある。“真の秘薬”であれだけ変わったしな」

 

 そういえば、確認していなかった。ローブの上から腰に巻きつけた“宝箱”に腕を突っ込み、ステータスプレートを取り出す。

 

==================

霜中倬 15歳 男 レベル:1

天職:祈祷師 職業:精霊祈祷師

筋力:500

体力:500

耐性:850

敏捷:400

魔力:11232

魔耐:10952

技能:精霊使役・全属性適性[+土属性効果上昇][+発動速度上昇]・土属性耐性[+土属性無効]・物理耐性[+衝撃緩和]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・魔力感知・念話・魔力回復[+瞑想(極)][+瞑想効率上昇(極)][+常時瞑想]・言語理解

==================

 

「……わーぉ」

 

 変なリアクリョンをしてしまった。

 

「こいつは、何と言うか……理不尽だな」

「うん、特に魔力、頭おかしい」

 

 軒並みステータスは上昇しているが、特に魔力・魔耐の数字に至っては数値が確定できていないのか、どんどん数字が上昇している。

 

「ほー、新しく足された土属性耐性が土属性無効に派生してるねぇ……。長生きしてみるもんだ。初めて見たよ」

 

 ちなみに属性無効は攻撃、妨害魔法に対して働くので、補助魔法は問題なく使用可能だ。とは言え、高い耐性によって実質的に無効ならともかく、完全に“無効”など本来あり得ないのだが……。

 

「えっと“レベル1”ってこれ、あれれ?」

「精霊の力は、契約者の限界を高める方向で働くものだからのぅ」

 

 なんだか気になることは多いが、一ヵ所、倬は個人的に気になる表現があった。

 

「なんか“精霊使役”って名前が気に入りませんね……」

 

 倬は土さんに手伝って頂いている立場なのであって、“使役”と言う表現に納得いかなかったのだ。一瞬、その項目を睨むように見ると、表記が揺らぎだして“精霊祈祷”に変化した。

 

「おぉっ、ステータスプレートって弄れるんですね」

 

 そう言いながら顔を上げると、他の三人が硬直しているのに気がついた。

 

「え、あれ? どうしたんですか?」

『『『たか、まりょく、ぼわーんしていた、ぼわーん』』』

 

 倬は魔力圧縮と魔力放出を無意識に使用して、どういう理屈なのかステータスプレートの内容を強引に書き換えてしまったらしい。その余波を受けてしまった三人は、高濃度の魔力にあてられて身動きが出来なかったのだ。

 

 一足先に我に返ったソルテが、額の汗を拭いながら苦笑いだ。 

 

「やれやれ、とんでもないねぇ」

「まだ使いこなせてなくて、すいません」

「いいんだよ、少しずつで。……それだけの力を手に入れても、まだ足りないんだねぇ。お前さんには」

 

 ソルテが、倬の頭に掌を置く。誰かに頭を撫でられるなんて、久しぶりのことだった。

 

「……これから、土さんと一緒に旅に出ます。土さんのお仲間を探して、力を貸してもらうつもりです」

「行く当てはあるのかい?」

「いえ、ただ、土さんが言うには近くまで寄れば何となく分かるそうなので……」

 

 “寺”に戻る前、土さんと旅の目的について改めて話し合った。“光の精霊”だけを探すのではなく、他の精霊も探して力を貸してもらったほうが、修行になって良いだろうと言う事になったのだ。

 

「それなら、ここより更に東、“オソレの荒山”に行ってみなさい。もしかしたら、何方か居られるかもしれない」

「何かあるんですか?」

「ここらが“祈祷師の里”なら、あの山は“霊媒師の山”なのさ。あそこもウチと同じ、“異教”だからね」

 

 “霊媒師”。非戦闘系天職で、祈祷師と同様に一般の魔法を使うと、余計に魔力を消費する天職の一つだ。倬は【祈祷師の手引き】で名前だけ書かれていたことを思い出した。

 

「“れいばいし”か、何となく覚えがある気がするのぅ」

「それじゃあ、決まりですね」

 

 土さんのその言葉で、最初の目的地が決定したのだった。

 

 

 “寺”の境内に入るための階段手前で、土さんが倬の頭に乗っている。

 

「霜中、俺もすぐに第三の試練を終えるつもりだ。いずれ、前回の借りは返すからな」

 

 フルミネが突き出した拳に、倬も拳を作り軽く当てる。

 

「はい、楽しみにしてます」

「……倬、私、昨日、第二の試練やっと出来た。……私も、ちゃんと頑張る」

「ニュア姉…………つっちー放してあげてください」

 

 ニュアヴェルの腕の中には、複数のつっちーが抱きしめられている。妖精は何でもすり抜けられるはずなのに何故か逃れられなくて、もがいていた。ニュアヴェルが次期師祷だからだろうか。

 

「…………偶には顔出す?」

「そうですね……」

 

 悩んだフリをして、一度フルミネに視線を移してから、ニュアヴェルの耳元で答える。

 

「お二人の式には、必ず」

「……………………倬、生意気言う」

 

 薄紅色に染まったニュアヴェルの顔を、フルミネが怪訝そうにチラチラ見ている。その様子にソルテも楽し気にカラカラ笑って見ていた。

 

「倬、何もなくても、いつでも遊びに来なさい。何か困ったら、頼りなさい。“お山様”に認められたお前に、“寺”も“里”も協力を惜しまないよ」

「ありがとうございます。とりあえず、報告書と手紙だけお願いします。“里”にいる二人には直接挨拶できないので……」

 

 流石に、王国勤めの二人に事情を話すわけにはいかない。そこで旅の最中も報告書を書くことにしたのだ。もちろん真実は書けないので、全て“寺”での修行として報告することになる。手紙の方は、畑山愛子先生に宛てたものだ。報告書と一緒にいつも書いていたもので、内容は基本的に同じだが、こちらは日本語で書いてある。

 

「さて、土さんそろそろ行きましょうか」

「うむ、つっちー。すたんばいだ」

「えっ?」

「「「「「つっちー!」」」」」

 

 足の下からつっちーが倬を持ち上げる。反射的に降りようとする倬を、がっしり掴んで放さない。

 

「えっ!? ちょっと!? 土さん!? 土司様っ!?」

「倬。唱えろ。“あい、きゃん、ふらい”だ。行くぞぉ」

「「「「ふらい、あうぇーい」」」」

 

 ぼひゅっ。土系魔法が射出されるときに似た、爆発音とは異なる音だけがその場に残った。

 

「す、凄いな」

「飛んでく倬。……今までで一番かっこいい」

「えぇ!? あれがかっ!?」

「“お山様”が輝いてたねぇ……。いいものを見せてもらったよ……」

「師祷様っ!? なんで感極まってるんですかっ!?」

 

 

 遠ざかる地面、圧倒的風圧、風圧、風圧、風圧。

 

「あいっ、きゃんっ、のっとっ、ふらぃぃぃぃいいいやぁぁぁぁ!」

『落ち着け倬、大丈夫。この角度なら一気に距離を半分は稼げるぞ』

『『『はやいぞ、はやいぞ、たかはやい』』』

「じゃヴぇれヴぁじぇんんんーー」

 

 顔に当たる風圧で、言葉を発するのが困難だった。

 

『倬? “念話”使えばいいじゃないか、口乾くぞ?』

「ね゛、ん゛、ヴぁあ?」

『『『たか、おっちょこちょーい』』』

 

 そう言われて、技能にそんなものが足されていたのを思い出した。意識を飛ばそうと集中してみる。

 

『あー、あー、テステス。只今念話のテスト中。……できてます?』

『何を今更。今まで普通に使ってただろうに』

『今までって……何時からですか?』

『『けいやくごー』』

 

 どうやらまったく無自覚に使っていたらしい。ステータス、技能、アーティファクト、そして“精霊様の力”。使いこなせるようになるには、まだまだかかりそうである。

 

 ドライアイと口渇を心配する余裕もなく、倬はすっ飛んでいく。

 

 

 その、言葉として成立していない叫びは“里”でも木霊していた。

 

「先生、なんか妙な鳴き声が聞こえませんでしたか?」

「……そうさねぇ、珍しい魔物でも出たんじゃないか?」

 

 特にやることもないので野良仕事を手伝っていたアランと、薬の調合を終え、空を見上げてお茶を飲んでいるツェーヤと“里”の住民たち。

 

「羽も無いのに飛んでくのが見えたよ。ありゃあ、多分新種だね」

「ほんとですかぁ? 先生、退屈だからって適当言ってません?」

「お前、あたしを何だと思ってんだい。……けどまぁ、報告するほどでもないよな?」

 

 念を押すような言い方のツェーヤに、アランは首を傾げる。

 

「はぁ……、戦ったわけでも、被害があったわけでもないですから、いいと思いますが」

「よし、言ったな。この責任は騎士様持ちと言う事で」

「ちょっと!? 何言ってんですかっ!? 先生!?」

 

 今度は、アランの叫びが“里”に木霊するのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 “祈祷師の里”から東の林の中に、魔物の咆哮が木霊する。

 

「よいしょっと」

 

 “悠刻の錫杖”の先端に出現させた魔力の刃で、大きなネズミ型の魔物の脳天を突き刺す。殆ど何の抵抗も感じることなく、その魔物を絶命させる。

 

 オルクスの作ったアーティファクトの完成度もあり、今や地上の魔物では倬の相手には弱すぎるらしい。

 

「魔石も結構集まりましたね。まぁ、“大地の洞穴”の魔物のと比べると全部小ぶりですが」

「ふむ、杖の扱いと力加減の確認には、これくらいで十分だろう」

 

 今は出発の際にすっ飛ばされてから二日後のお昼前だ。山一つ挟んだ所に“オソレの荒山”がある。土さん曰く、「あとの道は歩きで行くとしよう。修行になるといいのぅ」とのことである。

 

 そのまま徒歩で山を越え、全体が火山岩でゴツゴツした山に到着する。点在する窪みからは煙が上がり、高く積み上げられた石と、倬の肩程の高さに作られた“風を起こす風車”が立ち並んでいる。

 

「これ、硫黄の匂いですね。それもかなりキツイです」

「ここは、小さいがれっきとした火山だからのぅ」

「「「“いいにおい? いいにおい?”」」」

「頭痛くなりそうですね……」

 

 辺りには火山ガスが立ち込めているようだ。積み上がった石や風車は、風の流れを作って一ヵ所にガスが溜まりにくくするための工夫なのだろう。

 

 道らしい道も無く、適当に山頂目掛けて歩き続ける。辺りには岩を纏った魔物や、暖かい地面に適応した魔物位で、他の生き物らしい生き物は見かけない。

 

『『『つっちー、みつけた! こやあった、こや!』』』

「おっ、見せてもらっていいですか?」

 

 契約者である倬は、精霊と魂で繋がっている影響で、お互いの見た物や感情を共有してしまう。しかし、人間の身で大量の視界や感情を受け止めるのは負荷が大きい。その為、精霊と妖精は倬に伝える情報をある程度選ぶことが可能だ。付け足すと、倬は精霊たちに隠し事は出来ないが、彼らは出来ると言う事でもあったりする。

 

『『『“むむむーん”』』』 

「おー、見えました。結構小さいですね。本当に誰かいるんでしょうか」

 

 山の中腹より少し手前に、古ぼけた木製の小屋があった。酷い足場を、飛び跳ねるように登っていく。

 

 扉に向かってとりあえずノックをしようとした時だ。中から、老婆のしゃがれた声が聞こえてきた。

 

「鍵なんぞかかってないよ。とっとと入りな」

「……失礼します」

 

 恐るおそる扉を開けると、三畳ほどの小屋の床にゴザを敷いて、裏地の赤い、黒のローブを身に纏った老婆が座っていた。

 

「まだるっこしい挨拶なんぞいらないよ。あんた、“里”の祈祷師で違いないね」

「はい、その通りですが……、どうしてそれを……?」

「ここは“霊媒師”の私が一切合切を取り仕切ってるんだからね、当然さ。ここで魔物どもが潰されたら、そいつらの霊魂が私の所にやってきて、どう殺されたのか教えてくれるようになってるのさぁ。それに“里”の連中の棒っ切れの使い方は独特だからね、見りゃ分るよ」

「そんな魔法、可能なんですか……?」

 

 真っ先に、霊魂を集めて情報を収集すると言う技に倬は関心を示す。倬の知る限り、祈祷師や霊媒師がそんな大掛かりな魔法を使うには、一般の魔法を使わざるを得ないからだった。祈祷師が専用の魔法で“追加詠唱”を駆使しても、常識的な個人の魔力量では到底賄いきれない。

 

「“(ほむら)様”の許可がありゃあ、教えなくも無いがね……」

「その方が“霊媒師”の皆さんが崇められている方なんですね?」

「“焔様”は炎の化身。お前んとこの“お山様”と同じで、遥か昔から、私らを見守ってくださっているお方だよ。……今、この地の“霊媒師”は私の他に二十人ほど。皆、若いが力が足りず、“焔様”の姿を見ることも、まともに声を聞くことすら出来ない。“焔様”は族長たる私に、必死に何かを訴えて下さってるんだ。それだけは解るんだがね……」

 

 “霊媒師”リューレ・B・コンビュは己の未熟を恥じるように、“霊媒師”と“オソレの荒山”の状況を語った。

 

 炎の化身、“焔様”を崇める一族の殆どが“霊媒師”として生まれてくる。彼らは古より“焔様”の教えに従って邪悪な霊魂や大地の穢れを払うことを生業としていたと言う。“口寄せ”なども行っていたが、より強力な魔法で強制的に霊を降ろす“降霊術師”に取って代わられている。

 

 “霊媒師”達は時を経て尚、その務めを全うしてきたのだが、何時の頃からか“焔様”の声にノイズが混じるようになり、次第にそのノイズは大きくなっていった。そして、とうとう一月半程前、単語すら聞き取れなくなったそうである。

 

 暫く黙っていた土さんが、ハッとした顔で倬を見る。

 

「“思い……出したっ”ぞ倬。ここは“炎の”が移り住んだ山だ。間違いない」

「そのネタ、土さんにピッタリですね。……とすると、“焔様”の力感じますか? 必要なら私が“綴り”ますか?」

「“綴る”必要は無さそうだが、しかし、うーむ、かなり弱ってるのかもしれんなぁ……。微かに声は聞こえるの」

 

 倬と土さんが話す様子を、リューレがわなわなと震えて見ていた。

 

 基本的に、精霊は自分の姿を見せるかどうかを自分の意志で決められるのだが、ついさっきまで“祈祷師”にのみ限定していたのを解除したため、リューレからは急に現れたように見えたせいで度肝を抜かれてしまったようだ。

 

「どうかしたかの? 儂の顔に何かついとるか、リューレ」

「その姿はっ、いやっ、そんな馬鹿な、あぁいや、でもこの、とてもつない力を宿した霊魂は……。まさか、お、“お山様”なのですか……?」

「如何にも、儂は“お山様”で、今は土司の名で倬と旅をしとる」

 

 族長リューレは土さんから震える視線を離し、倬を見る。口を開くが、上手く動かせないらしい。

 

「そ、そう言えば、ここに来た、よ、用事を、聞いとらんかっ……、聞いておりませんでした。どういったご用向きで御座いますでしょうか?」

 

 急に態度が変わったリューレに若干引きながら、倬は精霊を探す旅について簡単に説明する。すると、それを聞いたリューレが膝立ちになり、軽く握った左手を右手で包み込むようにして拝み始める。

 

「私ども“霊媒師”にとって“焔様”の声は何よりも大切な道標。……掟により、“焔様”の許しが無ければ私どもは祠に入ることが叶いません。祠の入り口まではご案内させていただきます。“焔様”の事をどうか、どうか、よろしくお願い致します」

 

 

 山頂まで続く険しい道から逸れて、山肌にぽっかりと空いた横穴までやってきた。不思議と入り口付近は硫黄臭がしなかった。

 

「“焔様”がお休みになる祭壇はこの奥になります」

「ふむ、流石にここまで近づけば分かるぞ」

「しかし、“焔様”の祠と言うだけあって、熱気が凄いですね。ローブ越しなのに……」

「「あっつあつー」」

 

 リューレ達“霊媒師”が決められた時にしか祠に立ち入れないのは、この熱気が理由である。“焔様”は熱気が治まる時にのみ、“霊媒師”達に許可を出していたのだ。

 

 入り口から続く、そこそこ急な坂を十メートル程下った場所の行き止まりには、重厚な金属の扉を中央で飾る石の祭壇があった。当然、リューレから許可を貰っているのでその扉を開けると、目の前に巨大な空洞が拡がる。火道――マグマの通り道――のようだ。

 

「おおっ、圧巻です」

「なるほど、“炎の”が好きそうな場所だな」

 

 しかし、“焔様”の姿は見当たらない。何か手順でも間違えたのかと思っていたら、つっちー達から宙に浮かぶ火の玉を見る映像が送られてきた。

 

『『『したしたー、めらめらー』』』

『この下かぁ……』

 

 どうやら、火道を遡るマグマの表面付近にいるらしい。

 

 倬は火道の側面に“節理”を発動し、螺旋階段の要領で降りていく。灼熱のマグマが熱を放ち、周囲はまっ赤に燃えてるかのようだ。

 

「流石に熱い。ローブが無かったらきついですよ……」

 

 等と言っているが、倬の体感気温は三十度ほど。日本の酷暑の方がよっぽど辛いと言っていい。

 

「おーい、“炎の”やーい。遊びに来たぞー」

「土さん、なんか軽いですね」

「何、古い付き合いだからな」

 

 すると、五メートルほど下の真ん中から火の玉がふらふら近づいてきた。

 

『ょぅ』

 

 か細い声で、どうにか土さんに挨拶をしてきた。

 

『あの……大丈夫ですか』

『ぃゃ』

『……こりゃ不味いのぅ。“炎の”倬と契約しろ、少しは楽になるぞ。倬、魔石渡してやれ』

 

 倬が“宝箱”から手持ちで一番大きな魔石を選んで取り出すと、火の玉がそれを包み込むように燃え始める。手の上で燃える火の熱さに耐えていると、先程より大きくなった火の玉が倬の正面に移動する。

 

『おい、人の子。悪かったな良い魔石だったぜ。んじゃ、なんか器ないか、出来れば丈夫な奴だ』

 

 なんだか、“凄い魔法使いの動く城”に居そうな見た目と喋り方だ。

 

『ふむ、そういえば“かいほー”の家に良さげなのがあったな。つっちー』

『『『つっちー!』』』

 

 ぽふんと消えたつっちー達、三十秒もかからずに再び出現すると頭の上に溶かした金属を受ける為に使う、内側にレンガが張られた容器があった。

 

『おう、良いじゃねぇか、ちょっと待ってろよー』

 

 倬が受け取ったレンガ張りの容器に向かって、燃え盛る手が伸びてきた。その手から、マグマのように粘り気を持った炎が零れだして容器を満たしていく。

 

『こんなもんだな。飲め』

『やっぱりかー』

 

 反応が投げやり気味になってしまった。並々と注がれた力は温度を下げることなく、内側のレンガすらも溶かしているのが分かる。

 

『早く飲んだ方がいいぜ、器溶かしちまうから量が増えるぞ。何、安心しろよ、火傷治すのは得意だからな』

『うむ、屍は拾ってやる』

『『『“へんじはなーい、ただのしかばねのよーだー”』』』

「殺さないで下さいっ」

 

 容器を持つ手が熱い、口元に近づけるだけで顔が火に炙られている気がした。それでも、倬はそれを口に流し込む。

 

 唇を燃やし、歯を溶かし、舌を焼き、喉を焦がして、胃に入り込んでいく。身体の何処にも穴が開かないのが不思議な程の熱を、倬は受け入れる。

 

 全身が燃えた。比喩ではない。身体の至る所から火が吹き出して、内側から肉の焼け焦げた匂いが鼻腔を抜けた。かと思えば、もはや匂いすら感じなくなった。炎が頭の奥から、外に広がっていくのが分かった。

 

 燃焼し続ける口と気管では、叫ぶこともままならない。涙すらも瞬く間に蒸発していく。

 

 立ち続ける事が出来なくなり、倬は前のめりに倒れてしまう。

 

 倒れる先は、マグマだった。

 

 その瞬間、倬は残る意識全てを総動員して、無茶苦茶に魔力放出を行った。

 

 腰を何かに引っ張られるようにして宙へ飛ばされる。“宝箱”に付けた重量操作のブローチが魔力を受けて、倬を浮かび上がらせたのだ。

 

 魔力が途絶えてブローチがその効果を失い、倬は中空をただ落ちていく。不思議な事に、痛みも無ければ、熱くもなかった。

 

 どぽぉん。

 

 圧倒的な熱に包まれているはずなのに、息苦しさはなかった。寧ろ、心地よさを感じるほどだ。

 

 倬の前には腕を組んだ姿勢の人型の炎が、割とつぶらな瞳でこちらを見ている。

 

『ふん、ぎりぎりだったな』

『……“焔様”だいぶ雰囲気違いますね』

『妖精の姿を借りると、どうしてもああなる』

 

 マグマの中を泳ぎながら“節理”で足場を作る。身体は勿論、服や持ち物にも、燃えている所はない。これが“焔様”の力を借りた証拠なのだろう。

 

「何とかなったのぅ!」

「「はらはらしたー」」

「流石に熱かったですけど、マグマの中でも平気って、着実に人間離れしてますよね自分……」

 

 振り返って改めて見るマグマに感じる恐怖と、さっきまでその中で泳いでいた事実が噛み合わなかった。びっくり人間と言うレベルでは無いのは確かである。

 

「そのローブのお陰だ、力を通しやすい」

 

 “耐禍のローブ”にある熱気対策と“焔様”の加護との相性が良かったらしい。

 

「さて、お次は名前だのー。どんなのがいいかのぅ!」

「“焔様”としては、なにか希望はありますか?」

「そうだな……、“炎の精霊”たる俺の特徴が掴めていると好ましいな」

 

 なんだか割と難しい注文だった。見た目といっても正直な所、人型の炎としか言いようが無いのだ。

 

「そうですね……、火様? 炎様? 熱……うーん」

「……ん? お前、今頭に浮かべたのは“文字”か?」

「え? あぁ、漢字の事ですかね。えっと、“火”、“炎”、“熱”って思い浮かべましたけど」

「ほお! 妙な形をしてるな。最初の二文字がシンプルでいいじゃないか。それを使え」

「となると……“火炎様”で宜しいんですか? もっとこう“イ○リート”とか、“灼帝”とか色々……」

「気に入ったぞ。“火”が三つで“火炎”。文字ってのは苦手だが、これならその内書ける気がする」

 

 火炎様は、新しい名前にご満悦の様子である。倬が少し不満そうなのは、思いついた“灼帝”を結構気に入っていたからだったりする。

 

「「よーせーはー、よーせー!」」

「火炎様の妖精だから……えーっと」

「そうか、それなら“かーくん”だな」

「ほう、分かりやすいのぅ」

「「「かーくんだ! かーくーん!」」」

 

 ぼふん。火炎様の頭と並ぶ位置に、燃え盛る火の玉が現れた。

 

「かーくん登場だぜ! 俺共々よろしくな。倬」

「うーん、いや気に入ってるならいいんですけどね……」

 

 つっちーと言い、かーくんと言い、何処からくるセンスなのだろうかと倬は首を傾げてしまう。

 

「それはそうと、火炎様はこんな深い所で何をしてらしたんですか?」

 

 倬にとっては契約が目的なので既に目的は達成したわけだが、“霊媒師”達の不安も理解できるので、一応、事実確認もしておく。

 

「おぉ、そうだった。早速でスマンが魔力借りるぞ、霜中倬」

「え?」

 

 突然、火炎様の体が巨大化し、火道に所狭しと広がっていく。同時に、倬の体内から大量の魔力が凄まじい勢いで抜けていくのが分かった。

 

(あ、ナニコレ、ウソだろ、かいふくまにあってな……)

 

「“たかの めのまえは まっくらに なった”」

「なら、最後に寄った小屋に戻るとしようかのぅ」

 

 そんな言葉にツッコミを入れることも出来ないまま、倬は意識を失ってしまうのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 目を覚ました所は、リューレが居た小屋のゴザの上だ。目の前には、土さんと同じ位のサイズ感で、ギリギリ三頭身の人型をした炎が浮かんでいた。炎越しに視界の端に見えた窓の外は、既に真っ暗だ。

 

「起きたか。悪かったな、時間が無かった」

「契約したお陰で何となく事情は分かりましたから……。お役に立てたならよかったです」

「あそこまで萎むほど魔力を使うとは、相変わらず不器用な精霊じゃの」

 

 “オソレの荒山”は今の環境になる遥か大昔に噴火して以来、噴火することは無かった。その火山が噴火する予兆を察知した火炎様は、力の殆どを使って噴火を抑えていたのだ。

 

 力の殆どを使うことになったのにはいくつか理由がある。噴火の衝撃で山自体が大きく崩れてしまう程に、この辺り一帯は地盤が脆いのが一つ。更に山の所々から漏れる火山ガスの影響で、一度の噴火だけで沢山の爆発が誘発される危険があった。

 

「あのまま眠るつもりだったからな。リューレ達には一族の務めから離れるように伝えようとしたんだが……。つい最近、急に辺りの魔素が薄くなったせいで回復が追っつかずに声も出せなかった」

「おぉ、アレか。儂もアレには驚いたの」

「「「つっちーもっ、つっちーもっ」」」

 

 どうやら一月半位前に、魔素の濃度が低下する異変があったらしい。それが、火炎様と“霊媒師”との間で声のやり取りが出来なかった直接の原因のようだ。

 

 先程から、俯いて拝み続けているリューレに火炎様が近づく。

 

「心配をかけたな。ここでの噴火は抑えられた。これからも宜しく頼むぞ」

「はいっ……。こうして直接お目にかかれたこと、誠、嬉しく思いまする」

「俺もだ。リューレ、立派になったな。嬉しく思うぞ」

 

 その言葉に、リューレは声を出さずに泣き始める。

 

 精霊と、その精霊を拝む一族の関係は非常に深い。師祷ソルテも族長リューレも、精霊の言葉をただ聞くだけでは無い。倬と同様に、言葉と共にその想いをも受け取るのだ。

 

 人と共に在る精霊は、真っすぐで純粋な“愛情”を人に向ける。だが、彼らは精霊の決め事に従い、もっと傍に居たいと思いながら、愛する子らと直接会うことを制限している。その“愛情”と同居する大きな“寂しさ”をソルテもリューレも知っているのだ。

 

『……間に合ってよかったです』

『うむ、そうだのぅ』

『遅くなったが礼を言うぞ。これから宜しく頼む、我が友、霜中倬』

 

 喜びに燃え上がる炎が、狭い小屋の中でとても眩しかった。




火炎様と契約後のステータス
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霜中倬 15歳 男 レベル:1
天職:祈祷師  職業:精霊祈祷師
筋力:700
体力:700
耐性:850
敏捷:550
魔力:21584
魔耐:20145
技能:精霊祈祷・全属性適性[+土属性効果上昇][+火属性効果上昇][+発動速度上昇]・土属性耐性[+土属性無効]・火属性耐性[+火属性無効]・物理耐性[+衝撃緩和]・耐火傷・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化Ⅱ]・魔力感知・念話・魔力回復[+瞑想(極)][+瞑想効率上昇(極)][+常時瞑想]・言語理解
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本文中でステータスプレートを読まない時は、こちらでステータスを開示していきます。

今回からのサブタイトルは主に諺や慣用句を元にしています。今回参考にした諺は《壺の中では火は燃えぬ》でした。

では、お読み頂き有難うございました。

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