すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

2 / 61
異世界召喚って怖くね?

(目がぁっ……、目がぁっ……)

 

 声を出さずに某大佐の真似をしながら、光が焼きついた視界の回復を待つのは霜中倬だ。

 

 ほどなく彼の眼前に広がるのは、中世ヨーロッパ風の広場。いや、巨大な建築物の内壁だ。

 

 その壁には縦横十メートルはくだらない美しい絵画が描かれている。周囲の雰囲気がお城や巨大な教会といったものであることも関係して、神か、でなければ預言者を想起させる人物が、微笑みをたたえて両手を広げ、大自然を抱擁するかの如くである。

 

 召喚先ってホントに起こっても西洋風なのか、ぱないの! 等と現実逃避をしながら、周りを見回す倬。クラスメイト達も多少は落ち着いてきたようで、おどおどきょろきょろしたり、互いの安否を気にするようにささやき合っている。とは言え、少なくない生徒が呆然とへたり込んだままだ。

 

 周囲より高さがある台座に全員がまとまっていることから、この場所に直接、転送されたことが予想できた。そして、その周囲を跪いて祈りながら囲む三十人ほどの法衣の集団が、この召喚等と言う非常識の関係者であることもまた、明白である。

 

 その集団の中から、地位の高さを主張せんとばかりに豪華な服を着て、中に三十センチ定規でも入りそうな烏帽子的な物を被った人が立ち上がり、錫杖――先っぽが扇状で、円盤が数枚吊り下がっている――をシャラン、シャランと鳴らしながら近づいてくる。

 

 その人物は老獪さと親しみを感じさせる声音でこちらに向けて話しかけた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教協会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 微笑を浮かべた老人をぼんやり見ながら、倬は今の言葉に引っ掛かりを覚える。

 

(“勇者様、そしてご同胞”……あ、あかん。()()、“漂流〇室”的なそれや。多分、自分は“ご同胞”……正直、嫌な予感しかしない) 

 

 倬にとっては夢にまで見た異世界召喚。しかし、同時に複数人が転移・召喚される場合において、身内から犠牲者が出無かった物語を、彼はついぞ知らなかった。

 

 

 場所を移動し、映画“ハリーポッ〇ー”で生徒達が食事している場面が思い出されるような、そんな規模の大広間に通される。豪奢な部屋のテーブルの上座寄りに畑山愛子先生、光輝達の四人組、その他生徒が続いて着座する。後ろの席を確保した倬と、その更に後方にハジメが座ったのが見える。

 

 着席とほぼ同時にバカンと扉の開く音が響いたと思いきや、ガラガラと音を立てながらカートを押しながらやってきたのは、ガチメイドである。しかも、どのメイドも美女、美少女と評して間違いがない。

 

 倬は目の前で飲み物を給仕している美少女メイドを目の端にきっちり収めながら、酷い確信をする。

 

(どうしよう……こんな人に、ハニートラップ仕掛けられたら、屈する自信しかない。……ワンチャン無いかな?)

 

 他の男子諸君も大差無い様子で、女子達の視線は冷やかさを増す一方である。  

 そんな子供たちの空気を知ってか知らずか、給仕が終わったのを確認したイシュタルが話を始める。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 語られた内容は如何にもファンタジーらしいものであった。

 

 曰く、この世界はトータスと呼ばれている。

 曰く、大きく分けて三つの種族――人間族、魔人族、亜人族――がいる。そして人間族と魔人族は何百年と戦争を続けている。ここ数十年大規模な戦闘はなかった。

 曰く、そんな中で魔人族が多くの魔物を使役し始め、人間族の数における優位が揺らいでいる。このままだと、遠くない未来に大規模な戦闘の末に人間族が滅びかねない。

 曰く、この窮地において、人間族の唯一神である“エヒト様”から“救い”が贈られると神託があった。

 曰く、トータスよりも上位にある世界から来た人間には例外なく強力な力が宿っている。

 曰く、その力を発揮して魔人族を打倒して、人間族を救ってくれ。

 

 ええいっ、こんな所にいつまでも居られるか! 私は帰らせてもらう! と似たようなことを思っているのは何も倬だけではない。突然、こんな内容を恍惚とした表情の爺さんから聞かされてやる気が出る者は、まず少数派だろう。なにせ、様々な言葉で飾って誤魔化そうとしても、戦争に、殺しに協力しろと言っているだけなのだから。

 

 イシュタルの説明を受け、畑山愛子が立ち上がり、猛然と抗議を始める。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子たちに戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

 “愛ちゃん”が頑張っている様子をほんわか眺める生徒達。百五十センチ位の身長、ボブカットで童顔。今年二十五歳と教師としてはまだまだ若手で、経験不足は否めないが、何時でも一生懸命に空回りしている姿に、つい応援したくなる様な、そんな魅力のある女性だ。

 

 しかし、そんな“愛ちゃん”の頑張りと、ほんわかした雰囲気は次のイシュタルの台詞で一変する。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 静まり返った空間に、愛子先生が必死に声を張り上げる。その震える声には隠し切れない動揺の色があった。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 愛子先生は呆然としながら椅子に戻る。生徒達も抑えきれずに戸惑いを露わにする。大広間に不平不満の声が重なり、騒ぎとなって響きだすと、完全にパニック状態に陥る。

 

 倬は召喚後すぐ帰してもらえない展開が予想の範疇だったこともあって、黙ってテンパるまでに動揺を抑える事が出来た。しかし、このパニックが治まるために必要な展開もまた、容易に想像できることもあり、いっそのこと、喚き散らせるならそうしたいと内心で深い溜息をつきながら、横目で、考え込んだ様子の光輝を見つめる。

 

 そして、その時は来た。バンッと大きな音がパニックの中によく響く。光輝が立ち上がりテーブルを叩いたのだ。生徒達はその音に反応し、光輝に注目する。

 

 おもむろに光輝が語る。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救って見せる!!」

 

 生徒達はその言葉を受けて、表情に活力を戻していく。特に女子の半数以上は熱を帯びた瞳で光輝を見つめている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 いつもの四人組が協力の意思を示したことで、クラスメイト全員が戦争に参加する流れが完成した。その中であっても表立って反対するのは愛子先生だけだ。「だめですよ~」と涙目で訴えても大勢には影響を与えられない。寧ろ、“愛ちゃん”に対する庇護欲が高まり、生徒達のやる気を引き出す結果に終わってしまった。

 

 まぁ、こうなっちゃうよなぁ。と現状を受け入れざるを得なくなった倬は、冷静になろうと努めながら生徒達を眺める。しかしながら、今の彼が見て取れたのは、熱に身を委ね、漠然とした不安から必死に目を逸らそうとする彼ら彼女らの瞳だけだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。