原作様にて終盤に判明する設定がこの回で語られます。原作本編最終話まで未読の方、居られましたら、どうかご注意を。
また、原作設定に対する独自解釈に基づく、捏造設定が本領を発揮致します。どうか、ご容赦下さい。
では、第一章最終話、よろしくお願いします。
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“灼熱”でも表現として適切ではないだろう膨大な熱量の爆発が、空間を押し広げていく。
沢山のモノ同士が、ぶつかって、大きく育っていく。
“あぁ、なんだか凄いなぁ”――そう感じた。いや、もっともっと、漠然とした感覚だった。
“ふわっとする”……、“ほわっとする”……、上手く言えない。けど、多分、そんな感じだ。
果てしない時の中で、大地に溶け込むように、生命の営みを見守る。
生まれて、育って、死んで、食われて、食って、育って、産んで、育てて。……そして、死ぬ。
残酷なまでに、純粋な生命の営みを見守り続けた。
ある時、とても強い想いに出会った。必死に何かを願う生命に出会った。
なんだか放っておけなくて眺めていると、食べ物が無いらしい。大地に埋まった植物を掘り出して、その口に放り込んでやる。
目を白黒させているが、食い物と分かって喜んでいる。
その様子が面白くて、その仲間にも、同じように投げ込む。
暫く投げ続けていると、その仲間の中でも一番小さいのが近づいてきた。
『ありがとう』
自分の全部が、熱くなった気がした。その想いが、自分の何かを震わせたのだと分かった。
自分を震わせた、あの想いが欲しくて、彼らの願う様子を、眺め続けた。
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大地が揺れる。大地が跳ねる。大地がずれる。
違う。大地と共にあった自分には分かる。
星が、揺れたのだ。星が、傾いたのだ。何てことだ、何てことだ、こんな事になるなんて。
逃がさなければ、逃がさなければ。“あいつ”の子らを、逃がさなければ。
もっと高く、もっと高く、もっと高くに、走れ、走れ、走れ。
山に、頑丈な岩山に、穴を掘れ、急げ、急げ、急げ。
自分の仲間が大好きだった住処が、天辺を吹き飛ばして、火を噴いた。
遥か昔によく聞いた音。“あいつ”の子らには、怖い音。
いけない、いけない、雨が降る。暗い色の雨が降る。
遥か昔はよく降った雨。“あいつ”の子らには、良くない雨。
大地の全てが覆われる。大地の全てが流される。
あぁ、あぁ、間に合わない。駄目だ、駄目だ、間に合わない。
なんで自分には、手が無いのだろう。なんで自分には、脚が無いのだろう。
体全部で、ぶつかって、人の子らを受け止める。
自分の仲間も同じだった。いつもなら、得意げに力を振るうのに、今は体だけを使っている。
沢山の生命が流されていく。
せめて“あいつ”の子らだけは、そんな風に、考えてしまった。
真っ先に、そうしてしまった。
なんて、狡いんだろう。なんて、残酷なんだろう。
変わり果てた大地の暗がりで、少しずつ、土を盛り直す。
それが、我が儘だとしても、そうしたいと想ってしまった。
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都市の様子は、かつての“過ち”を彷彿とさせる程、惨たらしいものだった。
“奴ら”は何をしているのか、いや、もう、“奴”だけか。
身に覚えの無い“地揺れ”があった。とても気持ちの悪い揺れ。まるで、大地が波打つような、大地に波紋が拡がるような揺れだった。
それが、今の惨状を齎したのだ。
「“森の”に会いに行ってくる。暫く、山から下りない様にな」
「それほどの状況なんですね」
「正直、今後どんな影響が出るのかわからん。最悪、“潜る”やもしれん」
「そう、ですか……」
「なに、その時はちゃんと挨拶にくる。留守を任せたぞ」
軽い調子で言ったつもりのようだが、どこか声が硬く聞こえた。返事をする男性の方も、そう聞こえたのだろう、ふわりとした笑みを浮かべてから、堂々と声を張る。
「承知いたしました。お任せください」
この人なら大丈夫だと、不思議と確信があった。
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“お社”の前に、年老いた男性が座っている。彼に向かい合う位置には七人の男女が立ちあがって安堵したように、顔を僅かにだが、綻ばせていた。
生真面目そうな青年が、片膝を立てて頭を下げる。
「不躾な願いを聞き届けて頂き、改めて、感謝申し上げます」
老人は、その青年と他の六人を微笑みながら眺める。
「“お山様”が認めたことです。お好きに使いなさい」
「ねーねー。その、“ヤマくん”? “ヤマちゃん”? には会えないの?」
勝気な少女のかなり砕けた話し方に、先ほどの青年は顔を青くして、他の五人は呆れたように溜息を吐いたり、肩を竦めたり、顔を覆ったりしている。対して男性は、特に気に留めていない様子だ。
「申し訳ない。今は師祷の看病に付きっ切りでしてな」
「師祷様は体調が優れませんの? ……よろしければ診せていただけませんか?」
心配そうに言う女性は亜人族のようだ。
その言葉に、男性は軽く自分の胸元に右手を当てる。この周辺の集落で、感謝を示すときに使われていた礼だ。
「ありがとう。……実を言うと、もう、寿命が近いのです。師祷も“お山様”も、余生を共に語らって過ごすと決めております故」
「私ったら、差し出がましいことを……」
「いいえ、その優しさに、“お山様”もお喜びになることでしょう。本当に、ありがとう」
七人の男女は、そこに立派な家を建てた。家ばかりか、空と太陽まで天井に作り出して見せた。一体どんな魔法を使っているのか、見当もつかない。
洞穴を広げて、未来に希望を託すための準備をするのだと彼ら彼女らは言う。
七人の想いが、とても熱かった。切なくて、寂しくて、悔しくて、悔しくて、でも、どこか誇らしげだった。
その熱さは、涙を堪える時の、あの熱さに似ている気がした。
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倬は体全体が、柔らかなものに沈み込んでいくのを感じていた。
完全に意識が覚醒する前の、ぼんやりした視界のまま、窓から差す光に目を細めた。
右手を伸ばし、頭の上で何かをまさぐるように動かす。
「あ、れぇ……? めがねぇ、何処だぁ……?」
「ふむ、眼鏡が欲しいのか?」
『つっちーとってくるー』
『あぁ、おねがいしますー…………ん? んんっ?』
「んあっ?」っと間抜けな声が出たことで、一気に目が覚める。
倬は、柔らかなベットの上で、上半身を起こした。
「あ、あれ、ここは?」
「“かいほー”達の家だ。よく眠っていたな倬」
ディ〇ダと言うよりは、もはや灰色に塗った親指に顔を書いたような“それ”が顔をギリギリまで寄せてきた。少々ビビってしまったが、別に怖い方でないことを思い出した。
「おはようございます。えっと、土さん」
「おはー」
くるるん、と回って渋い声でそんな挨拶をしてくる。本当に優しい方だ。
「……こんなにぐっすり眠ったのは、随分と久しぶりな気がします」
「そいつは良かった」
ふわりと笑う土さんの笑顔が、誰かに似ている気がした。
「あと、沢山、夢を見ました」
「……そうか」
「今も、多分、つっちーの見ている景色、ですよね、頭にチラつくのを感じます」
先程から、身に覚えのない映像が頭の中で再生されているような違和感があった。
「“精霊契約”が成功した証だ。儂らと魂で繋がるのだからな、見た風景も、湧き上がる感情も共有される。お前さんは儂らに隠し事は出来んからな? 覚悟するんだぞ?」
揶揄うように言ってくる土さん。だが、その内心が倬に対する心配で溢れていることも、はっきり伝わってくる。
「自分にとって恥ずかしい事なんかも、筒抜けなんですか?」
「いえす!」
「まかりなりませんか?」
「のう!」
「……どうしても?」
「“いぐざくとりー”!」
そんなやり取りに
土さんに勧められて、“お社”とは反対側にある温泉で湯浴みをする。“寺”にあったものよりも広く、大人が十人で入っても余裕がありそうだ。
ちなみに土さんは、某大人気電気ネズミよろしく、頭の上に乗っかっている。なんでも、“精霊”にとって、人の頭の上は最高に落ち着くらしい。
つっちーたちは髪にぶら下がったり、肩にのっかったりするのに、順番待ちの列を作っている。重くも、痛くも痒くもないので倬は構わないのだが、奇妙な光景には間違いなかった。
その後は、つっちーが持ってきてくれた魚や果物で朝食を摂った。
「さて、倬、儂はお前さんに力を貸すと決めたわけだが、お前さんは儂の力に何を願うのか言葉にしてきかせてくれ」
ついさっきまで頭の上に居た土さんが、いつの間にかテーブルの向かい側に座っていた。その声は、真剣そのものだ。
「“言葉にして”……」
「そうだ、儂らは、人の子らの“言葉”と言うやつが好きだ。いつまで経っても文字の方は、どうにも苦手だが、“想い”が込められた“言葉”は好きだ」
“精霊”は文字が読めない。彼らは長い時間の中で努力を重ねてきたが、不思議と理解が出来なかった。その存在が殆ど魂そのもので、感情そのものに似ている“精霊”は、想いと文字とを重ね合わせるのが、苦手なのだ。
倬は、言葉に悩む。自分が本当はどうしたいのか、上手く言葉に出来る気がしなかった。だが、だからこそ、“言葉”にするべきなのだと、そう思った。
「土司様、私は、強くなりたい、です。私は、心底浅ましい奴です。自分の弱さを言い訳にして、沢山のことから目を反らしてきました。そんな自分に嫌悪を覚えます。それなのに、私は、誰も彼もを助けたいとは、思えないし、助けられない。……それくらいには糞ったれです」
自分で言っていて自分に腹が立つ。精霊も、妖精達も、真剣に言葉を聞いてくれている。
「この思いが我が儘だとしても、自分勝手だとしても、助けたいと思える誰かを助けられる強さが欲しいです。……自分に、強くなる為に何をするべきか、教えてください」
「その願いだと、更なる修行が必要になるのぅ。結構、しんどいぞ?」
痛い思いも、辛い思いも本当はさせたくないのだと、それでも願うのならばと、聞いてくる。
「王国を離れた時から、覚悟の上です」
「お前さんは、いや、“きみは実にばかだな”」
「“それを言ったらおしまいだ”ですよ」
『『『つっちー!』』』
倬と土さんとの、そのやり取りに、つっちーたちが嬉しそうに騒ぐ。名前をいたく気に入っているようで、殆ど鳴き声みたいに使い始めている。
土さんは再び倬の頭に移動する。
「倬、地下に“かいほー”の一人が使っていた部屋がある。詳しいことは知らんが、色々と作っておった。なにか役に立つものがあるかもしれんぞ」
地下室は、几帳面に整理されていて、リビングの散らかった様子とは正反対だ。
魔石や鉱石などが小分けに分類され、王宮の魔法工房を更に洗練させた印象を受ける。素材や残った試作品を見るに、この部屋でアーティファクトを作っていたらしいことが予想できた。
「凄いですね、アーティファクトを作れる方が居たなんて」
「なにやら不思議な技を使っていたのー」
アーティファクトは遥か昔、神代において作られたとされている。言ってしまえば“神の御業”の一つなのだ。
だが残念ながら、試作品をまとめた箱以外に、アーティファクトととして使えそうなものは見つからなかった。倬は折角なので試作品を調べることにする。
まず目についたのは、ショッキングピンクがベースカラーで、凝った花の意匠が施された箱ティッシュケースのような箱だ。ベルトがついており、どうやらウエストバッグのように使えるらしい。
持ち上げてみると、見た目からは想像もつかない程重い。それもそうだろう、実際に計量すれば、百キロ程の重さがあるのだから。
床に置き上蓋を開くと、中は折れた杖やハンマー、刃こぼれした剣などが投げ入れられている。よく見れば、壊れたり薄汚れたソファーなどの家具や、漬物石の様なものまで転がっている。
どういう仕組みなのか、箱の中は三メートル四方の空間になっているようだ。
「中身片づければ使えますかね……」
他には、直ぐに刃が外れてしまう伸びる短剣や、触ると魔力を吸収して真ん中からレーザーポインターのように光を放つプレート、コンパクトミラーに映った自分が、自分の容姿を貶してくる意味の解らないものまであった。如何なアーティファクトとは言えど、試作品は試作品だと言う事なのだろう。
『『『つっちー!』』』
『つっちー? えっと、何かの本ですか』
倬が試作品を漁っていると、つっちーたちが何処からか本を持ってきた。受け取って、適当に開いてみると、どうやら手記のようだ。
「なにか、役に立ちそうなことが書いてあればいいんですけど……」
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〇月×日
神々の遊戯を知ってから、どれだけの時が経ったのだろう。
解放者として名乗りを上げた僕たちは、今となっては反逆者と呼ばれるようになってしまった。
志を共にした仲間達の殆どが神の手に落ちた。
かつての仲間達が神によって僕らを裏切ることになり、行き場を無くした僕たちが、この集落にやってきたのは、ただの偶然だった。
知りうる限り、ここまで明確に神以外を信仰する地域は他に無い。彼らは“お山様”と言う、土着の霊魂を崇めていると言った。“神霊”ですらないのは、“お山様”が神と呼ばれるのを嫌がった為と言うのだ。
兎も角も、僕らは“お山様”に許されて、この場所に匿ってもらうことになった。その上、こちらの事情を理解して、洞穴を利用する許可まで頂けた。かねてより考えてきた計画の為に、これ以上の条件など望むべくもないことだ。
また、ここから始めるのだ。希望は何処にだってあるのだと信じて。
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〇月×日
他の皆が候補地を探している間、僕は更なるアーティファクトを作り上げるために日夜研究を重ねている。迷宮、それも考えられる限り最大級のモノを生み出そうと言うのだから、必要なアーティファクトの種類も、構造の複雑さも、並大抵ではない。
だが、きっとやり遂げて見せる。その為に、僕は此処にいるのだから。
それにしても、この場所は不思議だ。他の皆も、同じに思っているらしい。“お社”前にある木々に囲まれた建物の跡。あの辺りが、何故だか無性に懐かしいのだ。
僕らがそれぞれに失った生家を思い起こさせるからじゃないかと、ラウスは言っていた。知りもしない田舎の景色を、懐かしく思うのと同じだそうだ。
……それだけで、“あの”ミレディが泣きそうになったりするんだろうか。にわかには信じられない話である。
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〇月×日
今日、試作品の“宝箱”が見当たらず部屋中を探し回っていたら、ミレディが恐ろしい剣幕でやってきた。
開口一番、「何なのコレ、マジ使えないんだけどっ」と来たものだ。しかも、“宝箱”を僕に向かって投げつけながらだ。
勝手に持って行ってその言い草はなんだと言い返そうと思ったが、畳みかけるように、デザインにまで文句を付けてくる。
やれ、
「女はピンクなら何でも好きだとか思ってんの? オーちゃん他に色知らないんじゃないの?」だの、
「大体この花何? 見たことも聞いたこともないんだけど、ていうか、花柄って(笑)、安直すぎ」だの、
「デザインはこの際いいよ、でもさ、モノ入れたらその分だけ重くなるってどういうことなの? ねぇオーちゃん? “重力魔法”って知ってる? ねぇねぇ」だのと抜かしやがる。
人の苦労も知らないで……っ! 他のメンバーも居たので助け船を求めたら、あろうことか、ヴァンドゥルも、ラウスも、メイルも、リューティリスも、「このデザインはちょっと無い」とか言い始める始末。
最後、僕ら解放者の良心的存在、ナイズに希望を託す。
「…………悪い、俺も、これは無いと思う」
僕は今日、泣いてもいいと思った。
追記;仕方ないので、重さを調節できる飾りをぶら下げるようにしてみた。
やっぱり勝手に使ったミレディが
「魔力食いすぎなんだけどっ、自分で魔法使うから、こんなの要らないっ!」といって、飾りを躊躇いなく顔に飛ばしてきた。痛い。ほんともう、やだこの娘。
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〇月×日
一通りのアーティファクトも完成し、僕たちは洞穴で迷宮作りのテストを繰り返している。
強化した魔物や、その発生装置。各種トラップの駆動系を点検するのに、この場所はうってつけだ。更に大掛かりな仕掛けのテストに関しては、僕が目を付けた場所の上側を皆で使っているが、やはり微調整にはここの方が色々と都合がいい。
テストは順調そのものだが、どうも男連中が疲弊している。
ナイズとラウスは、メイルに海に連れ出されているらしい。それだけ聞けば、バカンスでもしているように聞こえるが、そんな生半可なモノではない。
気に入った海域に、あの食い意地の悪い魔物の誘導や、ゾンビのディティール上昇を手伝わされたり、何故か迷宮攻略時の脱出装置に並々ならぬ拘りがあるらしく、二人は何度もその装置の実験体にさせられたそうだ。
メイルに言わせれば、「攻略後に運悪く死ぬ程度なら、どうせすぐ死んでしまうでしょう? 運試しよね」とのことだ。“神”と対立するに当たって、その発想は否定できないが、控えめに言って怖い。
ヴァンドゥルは、リューティリスに手伝いを頼まれたようで、良く森に行っていた。
彼は彼で精神的に追い詰められているようだ。
今日突然、
「なぁ、オルクス、ハルツィナはどうして、あの黒い虫にあんなに拘るんだ? ……この間、ハルツェナが、あの虫を愛おしそうに撫でてるのを見てしまったんだ。あぁ、いや、趣味は人それぞれだってのは、分かっているんだ。分かっているんだが……。正直、しんどい。しんどいんだよ……」と言われて、どう慰めたモノか困ってしまった。僕の手伝いも頼んでいるので、何とかしてあげたいのだが……。
リューティリスに聞いたら、「やだ……、恥ずかしい所を見られちゃったわね……」と頬を赤らめた。
「だって、“あの子達”殆どの人に嫌われているじゃない? そんな子達が、一所懸命、いつか来る誰かを嫌がらせる為に、私の言う事を忠実に聞くのよ? なんかもう、可愛いじゃない。ほら、私もミレディ程じゃないけど、人の嫌そうな顔見るの結構好きでしょう。驚かせたりとか。良く知っているでしょ? “オーちゃん”」
それを聞かされた僕の苦い顔を見たリューティリスの顔は、満面の笑みを浮かべていた。……やっぱり怖い。
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〇月×日
迷宮もほぼ完成して、微調整をする為に、殆ど各自の迷宮で過ごすようになっていた。この部屋で書くことにしていた日記もずいぶん久しぶりだ。
協力者を募ろうにも、あらゆる所に神の息が掛かっていて、最早、今の時代で仲間を得ることは困難だった。“寺”の祈祷師達は協力的だったが、残念ながら、彼らは神に対抗する戦力としては厳しいハンデがあった。僕のアーティファクトを使っても、そのハンデを埋めることは叶わなかった。
今日はこれから、久しぶりに七人で集まって酒宴を開くことになっている。
いくら試しても、神に決定打を与える方法が生み出せない、もういっそ、酒でも飲んでパーッとやろうと決めたのだ。
久しぶりに、思う存分騒ぐとしよう。
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〇月×日
あ た ま が い た い。ついさっき、ひどい吐きけで目が覚めた。
部屋中に散乱した酒瓶や酒樽。部屋中が酒臭い。スプーンやフォークが、何故かトイレにあった。
昨日は本当に久しぶりに盛り上がった。楽しくて仕方なかった。仲間の結束を高めるのは、共通の敵についての悪口なんだと痛感した。
しかも、何年もかけ、あれだけ苦労してやっと成功したアレが、こんな事で成功するとは、“意志”ってやつは本当に厄介だ。
とまれ、新たに手に入れたアレを調べようと、死屍累々のリビングを探したのだが、何処にも見当たらない。よくよく見ればミレディの姿も無い。
ま さ か 、 あ い つ !
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〇月×日
今日、ミレディの想いを聞かされた。人は、あそこまでの覚悟を持てるモノなのだろうか。
もう、僕には何も言えなかった。
本当は嫌だ。彼女が、人を辞めるなんてことに手を貸したくなんてない。
でも、聞いてしまったのだ、普段、あんなに自分勝手な彼女が、僕たちの想いが遂げられるのを確かに見届けたいと言うのを。言いながら零れる彼女の涙を。
今日、改めて思ってしまった。僕に、彼女ほどの覚悟を持てたなら、もっと早く、もっと効果のある奴らを倒す術が得られたのではないのかと、思ってしまった。
“意志”ってやつが嫌いになりそうだ。
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手記を机の引き出しに入れると、そこに黒い宝石が嵌め込まれた銀色の丸いブローチを見つけた。試しに魔力を込めてみると、急に体が浮かび上がって、天井に頭をぶつけてしまった。
「いてて、“ルーラ”を部屋で使った時ってこんな感じなんだろうか……。んで、これが書いてあった飾りっぽいなぁ、確かに燃費悪いけど……」
魔力の燃費は悪いが、魔力枯渇の心配が無くなった今の倬になら、問題なく使えそうだ。
「土さん、どうして解放者達が、神と戦っていたかご存知ですか?」
「“かいほー”達は、神々が人の子らの命で、ボードゲームをしていたのを偶然知ったと、そう言っていたな」
“神々の遊戯”によって、人類がする必要もない戦いを強いられていたと知った者たち。神々が遊ぶ“盤上”から、人類を解放すべく立ち上がったのが、解放者なのだ。
「……今は、エヒト神と魔人族の神だけで、他の神々の名は全く聞きませんが」
人間族と魔人族で異なる神を信仰しているのは常識だが、更に別の神となると、急に“無名の神”になってしまうのだ。倬がノーベルトに他の宗教について聞いた限りでは、七大迷宮と同様に存在こそ知られているが、詳細が失伝してしまった結果だという。
「儂らが知る限り、この大地に降りてきた“奴ら”の中で“神”と呼ばれて、未だに在るのはエヒト何某だけだ」
「解放者は“神々の遊戯”を目撃してしまったんですよね? この“神々”とは一体」
「全て、“奴”が極端な力を与えて作り出した人の子だよ」
エヒト神を除く他の神は遥か昔に死んでいる。解放者が見た“神々”とは、エヒト神が力を分け与えた眷族であり、人間だったのだ。エヒト神は彼らに対し、より高みへと至る者を選抜する為の競争を、人類を駒にした遊戯によって執り行ったのである。
自分を、クラスメイト達をこの世界へと召喚したエヒト神、その目的が倬には理解できない。
「エヒト神とは一体、何なのでしょうか」
「儂らもな、悩んだのだ。“奴”が何者で、何を目的としているのか。一度目の“大崩壊”以降、人の子の営みは、“奴”の気まぐれによって、何度も“崩壊”に追いやられた。唐突に国が一つ無くなることなど、珍しいことではなかった。果ては自ら生み出した種族までをも消し去った」
倬は、絶句してしまう。神の力に綻びを感じるなどと言っている場合ではない。確かに、神が見守る世界が大水によって流されてしまう話も、神々の対立に人々が巻き込まれる話も、強くなり過ぎた人類に神々が脅威を感じてしまう話だってある。
だからと言って、神の狂気――最早、そうとしか言えない――に巻き込まれるなんて以ての外だ。
まして、倬も他の生徒達も異世界の住人だ。理不尽にも程があると思うのも当然だった。
「今もな、具体的に何を求めているのか、儂らには理解できん。だが間違いなく言えるのは、“奴”がこの大地を、“自分の所有物”で“玩具”だと思っているってことだ」
土さんから、隠しきれない怒りが伝わってくる。
倬は、流れ込む想いと、此処で知りえた情報量の多さに瞑目する。
「私が王国でお世話になった人の殆どが、心からエヒト神を信じているんです……」
「そう、だろうなぁ」
このまま王国に帰ったとして、知り過ぎた自分は今まで通り振舞える気がしなかった。きっと、言葉の端々に神への不信が紛れ込んでしまうだろう。それは間違いなく、多くの人の信仰心を逆撫ですることになる。
「土司様、相談があります」
「……聞かせてくれ」
「元の世界へ帰る方法に、心当たりはありませんか?」
「残念ながら無いな。精霊で異界に行ったことのある者など聞いたことが無い」
「分かりました。……三十人規模を一人ひとり守護するようなことって可能ですか?」
「すまん、今の儂には出来そうもないな。一人ひとりにつっちーを付けても、盾にはならんからのぅ……」
「そう、ですか」
「…………だが、おそらく近いことをできる精霊なら居るぞ」
「本当ですか! 今はどちらに?」
「儂にもわからん。“光の精霊”は昔から神出鬼没だからな。ただ間違いなく大地に残った中では、特に強い精霊の一人だ。“光の”ならそういう事も可能だろう」
倬は、“宝箱”にブローチをぶら下げて、魔力を慎重に注ぎ込む。“宝箱”から重さが無くなる。
「土司様、私は“光の精霊様”に会いたいです」
「仕方ないのぅ。どれだけの旅になるか分らんぞ?」
「寧ろ、道連れにされるのは土さんの方ですよ?」
人の一生は短い。軽く億年単位の時を過ごしてきた精霊からすれば、一瞬のような時間でしかない。だからこそ、仲間と共に過ごす選択肢もあるはずだと、言外に伝えてくる。
それを倬は冗談めかして、遠回しに覚悟を伝える。その想いを、土さんは気に入ってくれた。
「それはいいのぅ! “旅は道連れ”か」
「えぇ、“世は情けです”」
土さんと、つっちーとも協力して“宝箱”の中身を片付ける。すると、念の為と外を探していたつっちー達が、興奮気味に現れた。
『『『『おやしろ! おやしろ! なんかあった!』』』』
地下室から外に出て、言われるがまま“お社”の扉を開くと、中央には光沢感のある丸い石が浮かんでいた。その真下には横開きの封筒が置かれている。
封筒を開き手紙を見ると、先程読んだ手記と同じオルクスの筆跡であることに気づく。
============
“お山様”の大切な“お社”に、無断で手を加えたこと、どうかご容赦下さい。
私は、オスカー・オルクス。かつて“師祷様”と“お山様”に助けて頂いた者です。
この手紙を読んでいると言う事は、あなたは“師祷様”か、偉大な“祈祷師様”であるのでしょう。
私はもう、永くありません。人の身にしては、長く生き過ぎたせいか、単に死期を悟ったせいか、この頃は、昔の事ばかり思い出してしまいます。
急に蘇った記憶の中で、私の恩師が使っていた錫杖を参考に杖を作りました。かつて贈らせて頂いたローブと比べると、使い勝手は悪いかもしれませんが、どうぞお納めください。
“お山様”と里の皆さまが、これからも心健やかなることを、お祈り申し上げます。
============
封筒には、もう一枚入っていた。どうやら杖の説明書のようだ。そこには、杖は石の中に収納したとも書かれている。
書かれている手順に従って、魔力を送り込む。“寺”の伽藍堂でローブを収納してあったものと似た動きで、上半分が開き、錫杖がゆっくりせり出してきた。
倬の身長とほぼ同じ長さの百六十センチほど。金色の杖の先には輪があり、四つの輪っかがぶら下がっている。西遊記なんかで、三蔵法師が持っていそうな錫杖に近かった。
「“
「倬が使うと良い。……それにしても、いつの間に、こんなものを入れていたのかのぅ」
「土さん、知らなかったんですか? “お社”開けられてますけど……」
「元々、昼寝用に作っただけで、暫く使っとらんかったからなぁ」
精霊の“暫く”は何百年単位の話なので気にしないにしても、“お社”の真の由来に倬は苦笑いだ。
『つっちー、めがねとってきた!』
『『『“まぁまぁ、めがねどーぞ”』』』
突然、倬の眼鏡を頭に引っ掛けたつっちー達が足元に現れて、自慢げに体を揺らす。視力は回復しているので矯正する必要はないのだが、倬はそれを受け取る。
『おやおや、めがねどーも。寄り道してたの見えてましたよ、つっちー』
『『『『ばれてたー!? ばればれー!?』』』』
微笑みながら、倬は眼鏡のレンズに親指の腹を当てる。
「そぉいっ!」
パコっと眼鏡のフレームからレンズが外れる。倬は、そのレンズの無い眼鏡をかける。
「すちゃっ。……“眼鏡は顔の一部”とは至言ですね。失った半身が戻ってきた気分です」
「大袈裟じゃのぅ。本心から言っとるのがすごいのぅ」
眼鏡の縁越しに、改めてこの場所を見回す。
妖精達の笑い声、澄み渡った青空、暖かな日差し、柔らかな風、土の匂い。
解放者たちが整えたこの場所は、本当に居心地がよかった。
これから神の意向に逆らおうと言うのに、驚くほど不安は無い。
傍らには不思議で偉大で、優しい精霊が居る。
「倬、もう昼時だぞ、そろそろ腹が減ったのではないか?」
きっと楽しい旅になる、素直にそう思えた。
霜中君、伊達眼鏡を装備しました。
第一章、如何でしたでしょうか。
【ありふれた職業で世界最強】の二次創作としては、今のところ原作主人公である南雲ハジメ君との絡みも無ければ、全体的に地味と言うか、派手さが足りない作品だと思いますが、本作主人公がはっちゃけるまで、もう暫くかかりますので、これからもお付き合い下さると嬉しいです。
そして、第一章最終話タイトル“古きを訪ね、新しきを知り過ぎる”は、そのまま第二章全体のタイトルでもあります。もっと言うと、作品全体の展開を言い表しているとも言えるかもしれません。
第二章は、これから先の設定詰め直しなどもあって、暫し時間を頂きます。お待たせしてしまうのは忍びないのですが、遅くとも十一月二十五日までには投稿する予定です。
では、ここまでお読み頂き有難うございました!