壁と殆ど見分けのつかない閉ざされた扉を前にして、倬は頭を抱える。扉の向こうからは、ペチャクチャと騒ぐ声が漏れ聞こえていた。
「「しめられた! しめられた!」」
「ふむ、なんでだろうなぁ」
「「「まちがえた? まちがえた?」」」
「歓迎の挨拶に間違い無いはずだがなぁ……」
「「「もっかい! もっかい!」」」
「よしっ、そうしよう! わくわくするのぅ!」
「「「「「わくわく!! わくわく!!」」」」」
(……なんだろうこれ、すっごく入りずらい)
気を取り直して改めて扉を持ち上げる。
縦四十センチ、横十五センチ位の寸胴で、ポケッ〇モン〇ターのディ〇ダから丸い鼻を無くし、口を張り付けた様な一際大きなそれと、縦十五センチ、横四から五センチ程でムー〇ン谷にでも居そうな“にょろにょろ”が視界一杯に迫る。
「「「「ゆぅー、あーーー、うぇるっ、かぁーーーむ!!!」」」」
びよよ~~んと弾むように伸び縮みする彼らに、言葉を失いそうになってしまう。だが、こんな所で折れるわけにはいかないのだ。
「え、えっと、“お山様”、ですか?」
恐るおそる訊ねると、周りの“にょろにょろ”が倬から少し距離を取り、ディ〇ダみたいな“何か”が自慢げに胴を軽く反らして笑みを浮かべる。
「如何にも、儂こそが、里の子供たちが呼ぶ“お山様”だ。
土ポケ〇ン改め、“お山様”は妙に渋い声だった。
“お山様”に連れられて、蔓に巻かれ放題な家に通された。埃こそ積もっていないものの、まるで宴会をした後、そのまま放置したみたいに酒瓶やグラス、皿などが転がっている。
そんな床に片膝をついて、畏まっているのは倬である。
「改めまして、お初にお目にかかります“お山様”。“祈祷師”霜中倬、お会いできて光栄です」
「よしてくれ、堅苦しい」
「「「かたこる? かたこる?」」」
「儂は肩無いがのーぅ」
わっはっはっは、と笑いあう“お山様”と“にょろにょろ”達。“お山様”は、かなり気さくな方のようだった。
「洞穴は大変だったじゃろ?」
「は、はい、正直、筆舌に尽くしがたい内容でした」
「みたいだのー。“かいほー”達に好きに弄らせた結果だが、ま、あれも修行には良い」
「やはり、“お山様”が直接作ったわけでは無いんですね。何と言うか……ホッとしました」
「うむ、何かの練習だったらしいのぅ」
あれが練習……、じゃあ本番はどんな事になるのかと、ゾッとしてしまうが深く考えない事にした。
「あの、“お山様”っ……」
「分かっとるよ。儂の力が要るんだろ?」
「はい、その為に私は此処に来ました」
「まぁ、ここまで辿り着いたお前さんには、その資格があるからなぁ……」
「ではっ……」
「まぁまぁ、そう
“お山様”はそう言うと、玄関に向かう。床から生えているように見えるが、別に穴を掘って進んでいる訳ではないらしい。床には傷一つない。
「ついといで」
家を出ると、“にょろにょろ”達も一緒にぞろぞろと移動を始めた。
「倬、儂らは一体何だと思うね?」
「“お山様”達が何か、ですか……。山の神様のような方かと思っていましたが……」
「“山神”、そんな呼ばれ方をされたことがあった気もするが、儂自身は、自分を“神”だなどと思ったことは無いよ」
「では、“精霊”、でしょうか」
その言葉に、“にょろにょろ”が激しく揺れだした。
「「「「せいかい! せいかい! おおあたりー!」」」」
「うんうん、その通り、儂は“精霊”。“土の精霊”だ」
「「「「“にょろにょろ”はー? “にょろにょろ”はー?」」」」
「えっと、あれ? “にょろにょろ”ってそれがお名前なんですか?」
「「「「「ぶっぶ――!!」」」」」
「お前さんがそう呼んでおったからな。それに習ったんじゃよ」
「……私、声に出してましたか?」
「儂、“精霊”。この子ら、儂の一部。人の考えてること位聞こえるじゃろう?」
何を今更、と言わんばかりの台詞に、冷汗が流れる。
「もしかして、英語で迎えてくれたのも……」
「「「ふれんどりぃー、ふれんどりぃー!」」」
「親しみを込めた、堅苦しくない歓迎の言葉をお前さんの頭の中から探したのだ」
「「「「れんしゅーした! れんしゅー!」」」」
「それは、凄いですね……」
思考を読むどころか、頭の中を自由に覗けるらしい。闇系魔法で再現するとなれば、究極に位置する技である。
「「「「それで、それで、“にょろにょろ”はー?」」」」
「えーっと、“お山様”の一部って言ってましたよね……。精霊様の一部……? 分身?」
「「「じかんぎれ、じかんぎれー」」」
「ふむ、倬の世界には精霊の一部として馴染みが薄かったかの。この子らは“妖精”だ」
「妖精、ですか?」
「そうとも、精霊がその力を細かく分けて生み出したものだ。“幼精”とも呼んだりする」
「精霊様に、妖精……、剣と魔法の世界ですし、居ないほうが不思議と言えば不思議でしたが……」
ここトータスにおいても、精霊や妖精の類は何故かファンタジー扱いなのだ。王宮で受けた座学でもその存在に言及された事は無い。不定形の、いわゆるエレメント型の魔物や、猿を小さくして、蝶のような羽を生やした見た目の魔物がその正体だと、ティネインに聞いたことがあった位だ。
「「「「たか、たか、このさき!」」」
林までやって来ると、突き出した何かに足をぶつけてしまった。
「おっとっと」
ゆっくり歩いていたので転ばずに済んだ。足元を見ると、朽ち果てて原形は残っていないが、かなり大きな建物に使われた基礎のようだった。
「おぉ、注意するの忘れとった」
精霊も妖精も、障害物をすり抜けられるので、足元を気にする必要がないらしい。
「昔のお寺ですか?」
「いや、正直よく知らん。儂が此処を留守にしていた時に使ってたようでな。帰ってきた時にはボロボロだったのぅ」
建物の跡を横切って、一般的な百葉箱に似た箱の前にやって来た。その全てが石で出来ていて、屋根部分は“寺”と同じ、つるっとした瓦が敷かれている。周囲は柵で囲われて、箱の正面には低い台座が置かれ、地面には平らで広い岩が埋められていた。
「「「とーちゃーく!」」」
「ここが、儂の“社”だ。そこの岩に座るといい。……あぁ正座はせんでいいぞ」
「お心遣い、感謝致します」
平らな岩の上で胡坐をかく。台座に“お山様”が立って、妖精は柵の中を埋め尽くさんばかりに増えていた。
「さて、何から説明しようかのぅ。……そうだ、倬、適当に質問してこい」
予想外な話の振られ方で泡を食ったが、確かに色々気になる事は多かった。
「そうですね……、えっと、そもそも“精霊様”とはどう言った存在なんでしょうか」
「ふむ、いきなり難問だな。だがまぁ、一言で言えば、魂と魔力で出来た存在かの」
「色々すり抜けてたのは、そういう事なんですね」
「そうだな、肉体は無い。どうにか手に入れようと色々試したが上手くいかなんだ」
「試したんですか?」
「“奴ら”に出来るんだから、儂らにも出来ると思ったんだが、しっくりこんかったのだ」
「“奴ら”とは?」
「神々のことだ」
“神”を“奴ら”呼ばわりとは、なにか物騒な気配を感じてしまう。
「“神”と“精霊様”は対立してたりするんですか?」
「いいや、儂らは“奴ら”を知っとるが、向こうは儂らを知らんからな。対立にもならんよ」
“神”が“精霊”を知らないと言うのは、なんだかチグハグな話な気がした。神様が、人間一人ひとりを見ているわけでは無いと言う類の話とは、違うようだ。
「“神”は“精霊様”の存在を認識していないと言う事なんですか?」
「“精霊”は、見せたい者にしか、姿を見せんのでな」
「……“神”と“精霊様”ってどちらが、より……その、古いんでしょうか」
「この星の成立以前から在った儂らに言わせれば、“奴ら”なんぞ若造も良いところだ」
急に時間的なスケールが壮大になり過ぎて、困惑してしまう。
「“儂ら”と言う事は、“お山様”以外にも“精霊様”はいらっしゃるんですか?」
「当然だ。まぁ尤も、殆どの“精霊”が大地の奥底で眠っとって、表に出ているのは……覚えてる限りで十人位かの」
「十人……、皆さん“お山様”のように祀られているんですか?」
「儂らの“過ち”のせいで、殆どの精霊信仰は途絶えてしまった。今は皆、昔に気に入った“寝床”で眠っとるかもしれんなぁ」
何となく、“過ち”の内容を聞くのは憚られた。倬が、次の質問を悩んでいると、“お山様”が嬉しそうに、口角を上げる。
「さぁて、いい加減、“契約”の話をしようか」
「“契約”……」
「そうだ、儂ら“精霊”はかつての“過ち”を繰り返さない為、人の子に力を貸す時の決まり事を作ったのだ。まず、儂ら自身が
「それが、今までの試練……」
「まぁ、ここまで試練を与えるのは儂ぐらいのものだがのぅ。本来の儀式……“契約の儀”は、“
「はい」
背中に背負ってきた魔石の中で一番大きなものを置く。
「ほー、あのデカい虫ッコの魔石だな。良く採ってきた」
「正直、あんまり思い出したくないですが……」
「よいよい、上等だ。精霊は魔石を、お前さんの実力を証明するものとして受け取る。そして、儂からは、“土の精霊”としての力を丸めたモノを与える。これが“
大量の魔力が台座に集中し、そこに、力が凝縮されていく。
台座の上に現れたのは、握り拳大の、キラリと光る磨き抜かれた丸い鉱石の様な……泥だんごだった。
「喰え」
「え、……えっ?」
「大丈夫だ。魔物の肉と違って、そうそう死にゃあしない。まぁ、割と腹は痛いらしいが」
倬は、躊躇いがちに泥だんごを両手で持つ。
(け、結構重い……)
魔力を元に精製した様子だったので、泥だんご風のフワッとしたモノを期待したのだが、重みと言い、つるつるした感触と言い、完璧な“光る泥だんご”だった。
口元まで持ってくると、鼻先を土の匂いがくすぐって来た。“お山様”も、妖精達も、固唾を呑んで見守っている。一度目を瞑り、深呼吸を二回する。
(ええい、ままよっ)
口思い切り開いて、りんごでも食べるように歯を当てる。
(思ったより硬いっ、けどっ)
躊躇いを捨て、顎に力を込める。ガリッと泥だんごを崩すと、親指程度の量しか口の中に入り込まなかったにもかかわらず、口いっぱいに、じゃりじゃりとした食感が広がる。反射的に口から吐き出そうとしてしまうのを、無理矢理抑え込む。
土を飲み込もうにも、本能的に拒絶されてしまう。口の中に唾を溜めて、一気に喉に流す。
じゃりじゃり、がりがり、泥だんごを食べ進める。
「ふむ、喰い切ったな」
「はぁ、はぁ、はぁ、んく……。はい、間違いなく、頂き、ました」
口や喉から違和感が消えない。顎も、腹も経験したことが無いほど重い。
「後は、力を受け入れている間の苦しみが終わるまで、気を失わずに耐えれれば成功だ」
「く、“苦しみ”……?」
じわじわと、腹が重くなっているのを感じる。次第に、痛みを伴い始める。
「ぃたっ……!?」
体の内側から、堅い何かを思い切り押し付けられる様な、鈍い痛みが襲ってくる。その痛みは、腹を中心に、徐々に侵食するかの如く拡大していく。
「ぐっ」
冷汗を流しながら、歯を食いしばる。握りしめた右手を左手で覆って、震えを抑える。全身が重くなり、まるで何か大きなモノに押しつぶされるような感覚に陥る。
倬は、ただただ、耐えた。
暫くすると、内と外、両方から感じていた圧迫感が僅かに弱まったような気がした。と言うよりは、全身に沁み込んでいくようだった。ゆっくりゆっくり、痛みが遠ざかっていく。同時に、全身の力が抜けていく。
どかっ。倬が、仰向けに大の字になって倒れた。
『苦しくないか?』
『『『いたくない? いたくない?』』』
顔を覗き込んでくる“お山様”と妖精達。声だけじゃなく、真剣に心配する心まで伝わってきた気がした。
倬も、心配してくれた事への感謝の気持ちを込めて、柔らかく笑って返事をする。
『痛みはありませんよ、大丈夫です。ただ、なんだか力が入らなくて』
『無理もない、疲れが出たのだろう。“力の受領”は成功だな』
『それは、よかった、です……』
『んでな、倬。もう少し頑張って、儂に名前をくれ、それをもって“契約の儀”が完了する』
『名前、ですか……? “お山様”ではなく?』
『それは大昔に受け取った名だ。お前と契約した儂に、名が必要なのだ』
疲れからか集中力が落ちていて、冴えた頭では無いものの、どうにか思考を巡らせる。
『“土の精霊様”なんですよね?』
『うむ、多分な』
『た、多分って……』
『妖精を増やし過ぎて、自分についての記憶が曖昧なのだ。特に問題は無いから気にするな』
妖精は、精霊の力の一部を切り離して生み出す為、あまり増やし過ぎると自分の力を弱める事になるのだ。“お山様”は大量に生み出す過程で、記憶の一部を妖精に与えすぎてしまったらしい。
『えーと、“土を司る精霊様”って意味で、
『ふむ、土司か、よろしい。なら倬は儂の事を“
『ま、まぁ、“お山様”がそう仰るなら……。えー、土さん。以後、宜しくお願いします』
嬉しそうにゆったり伸び縮みしている土さんの周りで、妖精たちが激しく伸び縮みして自己主張をし始めた。
『『“にょろにょろ”は~? “にょろにょろ”~?』』
『妖精様にもですか……。うーん……』
あれでもない、これでもないと悩んでいると、妖精達が今度は楽し気に、ゆらゆら揺れる。
『『『つっちー! つっちー!』』』
『“つっちー”か、悪くないな。では倬、儂とつっちー共ども、よろしくな』
そんな名前で大丈夫か? と思うものの、本人が気に入ってるならと笑い返す。
そして、いよいよ倬に限界が来たらしい。瞼が重くて、目を開いていられなくなってきた。
『あはは、なんだか……、とっても眠い、です』
『倬、今日くらい、安心して眠るといい。なぁに、儂と契約したのだ、いつものとは違う夢が見られるはずさ』
『そ、れは、いい、こと、なんですか、ね……』
『……お休み。倬』
“お社”の前で大の字になったまま、広い石の冷たさを背中で感じる。この場所に吹く、不思議なそよ風を受けながら、倬は深い眠りの中へと沈み込んでいく。
まるで、倬を寝かしつけるかのように、この場所に浮かぶ不思議な太陽もまた、どこかへ沈んでいくのだった。
今回、文字数少な目ですが、挿入話として〝幕外”も続けて投稿しています。
第一章最終話は、十一月一日(水)の投稿予定です。