すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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~~わーにん!~~

虫が苦手な方はご注意ください。




参詣

 不貞寝から何とか気持ちを切り替え、長い下り坂を何度も折り返して、下へ下へと進む。

 

 道中向かってきた、体長二メートルほどの熊型の魔物を三体ほど倒して、真下に空いた空洞から、更に下に向かう。

 

 空洞の終わりから伸びた通路を抜けると、目の前に広がったのは、深い地底湖だった。

 

 魔法で照らすと、神秘的なまでに高い透明度で、容易く湖の底が視認できる。よくよく見れば、最深部に大きな横穴が開いている。

 

(あそこまで潜っていくのか……)

 

 “耐禍のローブ”が如何に気温変化に対応し、火・水・風属性にある程度の抵抗性を持っているとは言っても、湖に潜るための空気の保持や水圧への対策にはならない。

 

 現状では、風系魔法で多量の空気を体に纏わせて潜航する位しか方法が思いつかなかった。

 

(これは、難度高いな……)

 

 足場から底の穴までは、直線距離で五十メートル以上ある。この間に必要な空気量がどれだけなのか倬には見当もつかない。確実に空気を供給する為に水面に空気の管を伸ばしながら、潜航するべく魔法の操作を行うのは相当の難易度である。

 

 持ち込んだ専用のインクと手帳に用意していた白紙のページに、一から魔法を組み上げる。倬が今まで書いてきた中では、かなり複雑な魔法陣になってしまった。

 

 手帳を左手で開き、杖を掲げて、詠唱を行う。

 

「……我、この身を包む大気を留め、押し留め、旅路を阻む憂いを遠ざけんと、祈る者なり、“風固(かぜがため)”」

 

 倬の周囲を空気を圧縮した直径二メートルほどの球状の大気が包む。そのまま湖面に足を踏み出すと、ぷかぷかと浮かんでしまう。体がグラついて何とも不格好だが、気にせず追加詠唱を行う。

 

「“吹き荒ぶ大気は阻むを退け、旅路の一助とならん”」

 

 すると、真下の湖に向けて鋭い強風を吹き付け、球の外側に水を巻き取って真上に排出しながら、掘り進むように沈み始めた。

 

「“憂い遠ざけし風に更なる大気を、その(しるべ)は此処に揺蕩(たゆた)うべし”」

 

 全身が湖に沈んだ所で、追加詠唱で空気を取り込むための通り道を水面に伸ばしていく。

 

 ゆっくりゆっくり地底湖を潜っていく倬。

 

 空気の殻越しに見る光景は、地底湖の透明度も相まって、空中散歩をしているような錯覚をしてしまう。静謐で、生命の気配が乏しい様子に、少しだけ恐怖を覚えた。

 

 横穴目掛けて二十メートルほど進んだところで、景色の中に、揺らめく影が現れ始める。

 

「なんだ……? よく、見えないが……」

 

 ボシャァっと無理矢理に“風固”の内側に入り込んできたのは、ゼリーの様に透明な海蛇だった。

 

 慌てて杖で湖に押し返す。

 

(くそっ、今他の魔法使うわけには……)

 

 潜航するための操作だけでもかなりの集中力が必要なのだ。杖に光を灯す以外に、他の魔法をつかう余裕は既になかった。

 

 先ほどの一匹を皮切りに、海蛇ゼリーが殺到する。

 

(“硬々”か“逞熱”だけでも使っとくんだったなっ……!)

 

 杖でひたすら叩き落す。エカダンと比べれば力は無いに等しく、数だけが厄介だった。

 

 海蛇ゼリーと格闘していると、何かに押し返されて、急に景色が変わらなくなる。

 

(なんだ、デカいぞ……!?)

 

 振り回していた杖の先に灯る光が偶然、その正体に当たった。

 

 水の中に浮かび上がるのは、全身を透き通った外殻で覆われた、エビの様な魔物。

 

 倬を軽々しく包み込む程の大きさのソレは、目は白っぽく退化しているようだ。左右対称に頭部の真横に伸びる触覚と、正面に向けられた触覚の計四本が、“風固”の表面をなぞるように動いている。

 

 依然として海蛇ゼリーの侵入は続いている。杖で払いながら、沈み込む力を上昇させるべく、追加詠唱を重ねる。

 

「“重ねっ、吹き荒ぶ大気は阻むを退けっ、旅路の一助とならんっ”」

 

 何とか潜航は再開出来たが、透明エビを引っぺがすには至らない。

 

 遂に、音もなく現れた海蛇ゼリーに、左手首を噛み付かれてしまった。

 

(ぐっ!? このっ!)

 

 噛み付かれたところが妙に熱い。蛇を掴もうとすると、煙にでも触れようとしたかのように実体を感じることが出来ず、手は空を泳いだ。

 

 目の前で起こった出来事に混乱する倬は、蛇を振りほどこうと左腕をひたすらに振り回す。この間も、音もなく現れた蛇たちに足首や肩などを噛み付かれてしまった。

 

(こいつらっ……!)

 

 これ以上噛み付かれたままでいて、どんな影響があるのかわからない。そう考えた倬は、思い切って、噛み付かれている左手を“風固”の外の湖に突っ込む。

 

 すると、噛んでいた蛇が煙のように消える。杖で叩き落していた海蛇たちは水の中に戻っていくだけで、消えたりなどしなかった。つまり、今消えた蛇と、消えない蛇は見た目こそまるで同じだが、別のモノだったのだ。

 

 今度は、足や肩に噛み付いている蛇を、空気と水の境界めがけてぶつけてやる。先ほどと同じく、噛みついていた蛇は霧散していった。

 

(触れない奴は魔法じゃなきゃ倒せねぇのかっ)

 

 “風固”を突き破って来る蛇を払い、何処からともなく現れる蛇を空気の壁に押し付ける。

 

 まだ目的の横穴までは直線距離で三十メートル近くある。空気の球の中で杖を振り回し、透明エビごと潜航している為に、空気の減少速度に供給量が追い付かなくなり始めている。下手をすれば“風固”が消滅してしまいかねなかった。

 

 倬は、若干浮上気味に、進行方向を横に変えて移動速度を上げていく。

 

 どんどん速度を上げて、奥の壁に向かって抱きついていた透明エビごと衝突。大きくたわむ空気の球と壁とに挟まれた透明エビは、透き通った殻ごと潰れて、底に沈んでいった。

 

 透明エビが沈黙すると、目の前でいくつかの蛇たちが消滅していく。触れることの出来なかった蛇たちは、透明エビの固有魔法で作り出された魔力の塊だったのだ。攻撃された時に、痛みではなく、熱をより感じたのも、そのせいであった。

 

 かなり縮んでしまった“風固”をどうにか動かして、地底湖の底にある横穴に辿り着くことが出来た。

 狭い水路を抜け、やっと水面に到着する。特に分かれ道もないため、仕方なく、ふわりと冷気が漏れてくる道を通ることになった。

 

 

 

 その先に壁一面が白い氷に覆われた広い空間が出来ていると分かった瞬間、通ってきた道が氷壁に塞がれてしまう。

 

(はぁ……、今度は氷属性か……)

 

 天井の奥には、教会風の部屋と同様に空気穴があり、そこから入り込んできた陽光が周囲にゴロゴロと転がった氷や壁を輝かせている。

 

 部屋の中ほどまで歩くと、足元の氷が膨らみだした。

 

 咄嗟に“疾駆”を唱え、入り口付近まで戻る。

 

 パキパキ、キシキシと音を立て、氷が巨大さを増していく。

 

 透き通った氷が、小さな突起を幾つも持ったゴツゴツとした甲羅を形作る。飛び出した双眸の下には六つに分かれた顎がキチキチと開閉している。両足の大きなハサミを高々と持ち上げ、ガチン、ガチンと威嚇する氷の魔物が現れた。

 

 全身氷で出来た蟹、“かに氷”がこの部屋の主である。

 

(かに氷……、く、くだらない)

 

 これが“お山様”の趣味だったらどうしようかと考えていると、かに氷が周囲の氷塊に口から出した泡、ではなく雪を吹き付ける。

 

 すると、氷塊の中から所々欠損している熊や大猪、蝙蝠にイモリの魔物たちが動き出し、倬に向かってきた。

 

(おいおい、マジか……)

 

 倬は、次々と湧いて出て来る魔物の死骸を目の端に収めながら、“燃維”の詠唱を始める。

 

 最も素早く倬に肉薄してきた、凍結した蝙蝠ゾンビを杖で殴りつける。すると、あっけないほど簡単に蝙蝠の体が砕け散った。

 

(いくら何でも脆すぎる……。……ッ!?)

 

 砕け散り、床に広がる氷の上に落ちた蝙蝠が、透き通った氷で忽ち継ぎ接ぎになって、飛び上がる。映像を早回ししたように見えるほどの速度で発生した復活劇に、倬は戦慄を覚えた。

 

(持久戦は不味いっ)

「――祈る者なり、“燃維”」

 

 詠唱を済ませ、倬の目線の高さに火の玉が浮かぶ。

 

「“我が身の熱を更に織り上げ、猛る灯はその射光を強めよ”」

 

 その追加詠唱で、火の玉が激しい炎となって周囲を橙色に染め上げる。

 

「“結び新たに齎せし灯、いざ炸発し、攻め討たん”」

 

 火炎が杖の先に追従し、その炎の内側から爆発を伴って、新たな拳大の炎が放たれる。

 

 鋭く撃ち込まれた炎は、的の大きな凍結熊ゾンビの胸元に直撃。死骸を燃やし尽くして、再生させない事に成功した。

 

 そのまま、邪魔な死骸を燃やしながら、かに氷目掛けて突き進む。

 

 かに氷の中に燃維を出現させて、完全に溶かすのに丸一時間を要したのだった。

 

 

 

 部屋を探索し、入り口の隣にあった氷塊を溶かすと登り階段を発見した。

 

 一本道の先には、漆黒に塗られたような道が倬を待ち構える。

 

 杖に灯した光で道を照らそうとしても、光系魔法を強力に阻害されてしまい、まったく先を見通すことが出来ない。火系魔法ですら、その光を吸収されるのか、照らすことが出来ないのだ。

 

(うーん、道全体に弱い魔力の反応が犇めいてる感じなんだよなぁ……)

 

 足元、壁、天井の至る所から、魔力を感知してしまった。正直嫌な予感しかしなかったが、一本道である以上、進まない訳にはいかない。

 

 “硬々”、“逞熱”、“疾駆”と言った強化魔法をかけて、その道に跳び込む。

 

 倬が、二メートルほど入り込んだ時だった。今まで漆黒以外の色の無かった地面、壁、天井から、眩いまでの光が帯となって零れる。

 

 その光景に、倬は思考を停止させる。

 

 着地した足の下から、パキパキパキッっと乾いた音と、ぐちゃぐちゃぐちゃと潰れる音が聞こえる。

 

 頑ななまでに、道の全容を見せまいとした者の思惑を理解したと同時に、この光景を受け入れることは不可能だった。

 

 光を遮るモノの正体。漆黒の道の正体。それは、霜中倬が、最も苦手とする存在。

 

 G――黒光りせし、平穏の破壊者――。……そうゴキ〇リである。

 

 異界のソレは、体長三十センチ以上。それが、視界全てを埋め尽していた。

 

 倬は、眼の焦点を何処にも合わせず、ただただ力任せに杖で自分の周りに三重の円を描く。

 

 まったく感情の入らない声音で、ぶつぶつと立て続けに詠唱する。

 

「我、この身と繋がる大地を集いて、 刹那の内に堅牢を築かんと、祈る者なり、“石殻”」

 真っ先に、自分を石で包み込む。

 

「我、この身に宿る熱を編みて、刹那の内に猛る円環を齎さんと、祈る者なり、“炎陣”」

 描いた円の一番外側に、炎の円陣を呼び起こす。

 

「我、この身を包む大気を留め、刹那の内に吹き荒ぶ円環を現さんと、祈る者なり、“風陣”」

 炎と石の間に、風の円陣を発生させる。

 

 操作された“風陣”からの風を受け、“炎陣”の火炎が膨らんでいく。

 

「“大気の旋転は、よろず巻き上げ拡がるべし”」

 

 “風陣”に対する追加詠唱で魔力が更に注ぎ込まれ、“炎陣”の火炎を巻き込みながら、その影響範囲を拡大される。

 

 ボガァッ、ゴシュゥー!! 狭い通路に、爆発的な火炎が、そこにあった全てを吹き飛ばし、焼き尽くす。

 

 これこそが、“寺”に伝わる“連鎖魔法技術”の一端だ。

 

 異なる魔法を、相互に影響させることで、火力の強化や効率化を図るのが“連鎖魔法技術”である。

 今回の場合、発生している現象自体は一般の火系魔法“螺炎”と酷似しているが、爆発力は“炎陣”と“風陣”を“連鎖”させたものの方が高いのだ。

 “祈祷師”の火力不足を補う上では、重要な考え方なのである。

 

 “石殻”の効果が切れボロボロと崩れ始める。倬が恐るおそる外を伺うと、周囲は表面がドロドロと赤熱した岩によって真っ赤になっていた。

 

 周囲に居たはずの“G”は正しく一掃されたようだ。

 

(はぁ……、警戒が甘かったな……)

 

 最初から、魔法撃ち込んでおけばよかったと今更反省する倬。

 

 先へ進み、一本道の途中を殆ど直角に曲がる。その先には、天井の高い部屋があるらしかった。

 

(もうさっきの道みたいなのはゴメンだぞ……)

 

 身体強化魔法をかけ直し、入り口から中の様子を伺う。

 

 部屋の左奥で、熊型の魔物が四匹、何かを囲んでいる所が目に入った。静かな部屋に、バリボリ、くちゃくちゃと咀嚼音だけが響いている。

 

 脇目も振らず、一心不乱に食事を続ける魔物が勢いよく投げ捨てた食べ滓が、偶然、倬の足元まで飛んできた。

 

 ソレは、所々焦げてはいるが、間違いなく、奴らの代名詞的部位。黒光りした外骨格であった。

 

「うぇ……」

 

 口から零れた声に、即座に四匹が立ち上がり、警戒の色を強める。あっさり気づかれてしまった。

 

 一歩前に出た二匹が膝を軽く曲げ、腕を広げて構える。その二匹に挟まれるような位置に、後ろに横並ぶ二匹は前足を地面につけて睨みを効かせる。

 

 腕を構えていた二匹が、倬に向かって跳びかかってきた。ここに来るまでに見た熊型の魔物とは、一線を画す動きだ。大きさも、体長三メートルは優に超えていた。

 

(早ッ!?)

 

 後ろに跳び退く。二匹が同時に殴りつけた地面が、僅かに凹み、ひびが走る。二匹の魔物は、両腕を頭より上に揚げた姿勢で倬を追いかける。

 

 ボゴォッ! 魔物が振り落とした両腕が足場を歪める。

 

(ッ! 奥から魔力ッ! 残りの二体か!?)

 

 二度目の攻撃を何とか躱した時、四足歩行の姿勢で睨んでいた魔物二匹が発する魔力の膨張を感知する。何らかの固有魔法だろうが、魔力の量が段違いだった。

 

「っち! 我っ、この身を包む大気をもって、強かなる突風をば、祈る者なり、“辻風”」 

 

 目の前の二体と、部屋の隅に居る二体目掛けて、突風を走らせる。通常この魔法に攻撃力は無い。ただ埃などを巻き込んで、対象の集中を乱すだけだ。

 

 手前の二匹は顔を顰め、風から逃れようと倬から距離をとる。奥の二匹が大口を開き、その口の前で閃光を放ち始める。

 

「“強かなる風を鋭く鍛え上げん”」

 

 “辻風”がその速度を速め、風の刃となって奥の二匹の肩に直撃。突然の痛みに、二匹は身体を僅かに浮かす。

 

 次の瞬間だった。二つの光から、極限の輝きを放つ熱線が倬の両耳をそれぞれ掠めて壁に直撃する。

 

「は、“はかいこうせん”的な……? ウソだろ……」

 

 直撃していたら、どうなっていたのか。背後の壁に空いた直径二十センチ程の穴を横目に入れて、戦慄する。

 視界を取り戻した一匹が、倬に向けて爪を振り下ろす。杖を両手で持ち、その攻撃を受け止める。かなり重い一撃だ。召喚された者たちに配られた杖の中では、最も高い強度を誇るそれが、思い切り軋んでしまう。

 

(くそ、まともにぶつかったら杖が持たないっ)

 

 だが、あの“光線”ほどの脅威ではない。 

 

「我、この身に到る白露を、呼びて誘い、細め震わせんと、祈る者なり、“削水”」

 

 ギャオォッ!! 魔物が激痛に呻く。杖に触れている熊の手を、鋭い水流が縦に削り裂く。

 

「“誘われし激流は、細き門より噴き出で、穿て”」

 

 先ほど杖の真ん中に出現した“削水”が、追加詠唱によって射出され、眼前の魔物の額を抉り抜けて霧散していった。

 

(威力は良いけど、持続性に欠けるかな、“削水”は)

 

 “削水”を上手く調節できれば、一般の魔法である“破断”と似通った使い方が出来るはずなのだが、一度飛ばすとすぐに消えてしまうのが難点だった。

 

「“我が挑みに更なる滾りを”、“我が身に漲る熱は、猛る火炎の如く在れ”」

 

 立往生している魔物を利用し、他の三体の死角に入る。そのまま“逞熱”の追加詠唱を連続使用。

 

 更に、魔物の死骸に“桎石”を発動し岩を体内に埋め込む。そして、杖を左手に持ち、右手で渾身の右ストレートを放つ。奥の二匹目掛けてぶっ飛んでいく光線熊。固有魔法の反動と溜めが原因で動かない二匹は、体をずらし直撃だけは免れた。

 

「“大地に更なる招きを”、“重ねし枷の束縛、地に伏す汝を、今、解き放たん”」

 

 倬は、殴りかかって来る一匹から逃げ回りながら、“桎石”を爆発させる。傍の二匹にも深手を負わせるのに成功したようだ。

 

(“光線”さえなきゃ、もう、言うほど怖かない)

 

 自分の魔法が通用している状況に、ひとまずほっとする。

 

 爆発を食らった二匹は暫く動けはしない。その二匹に背を向けて、残りの一匹を少しづつ壁際まで追い込んだ。

 

 その時だった。倬の背後にババババッとプロペラ音に似た音が響き、ズウゥーンっと地面が揺らいだ。

 

 ギャァアァァァァォッ!! 光線熊の叫喚が響く。

 ギュジャッ、メギャァア。  骨ごと潰され、引き千切られた音が聞こえる。

 ゴリュッ、ゴリャッ、バギャッ。 骨を更に勢いよく砕く音が聞こえた。

 

 倬が向かい合う光線熊が、恐怖に慄き震えながら、それでも固有魔法を発動させる。

 

 残り一匹になった目の前の光線熊は、今まで相手にしていた倬よりも、新たな魔物への攻撃を優先したのだ。

 

 “光線”は確かに放たれた。倬の真横を通り、後ろに居る巨大な魔物めがけて。

 

 だが、それと殆ど同時に、光線熊が倬の目の前から姿を消した。一瞬、目の前が暗くなったと思ったら、既にそこに光線熊はいなかったのだ。

 

 吹き付ける風、遅れて聞こえる羽ばたき音、そして、背後から響き渡る咀嚼音。

 

 振り向くと、確かにそいつは居た。

 

 丸みを帯びた頭部から伸びる二メートルはあろうかと言う触角。

 四対八本、所々に棘を生やし、節で折れ曲がりながら地面を掴む肢。

 その五メートルほどの胴体は、真横から見ると扁平でありながら、何処かふっくらとした印象を受ける。

 

 ゴ〇ブリ型の大きな魔物は、触角の下を赤黒く光らせ、更にその下の顎を震わせる。そして、漆黒の外骨格を開き、羽を激しく動かして宙に浮いた。

 

 倬が杖を縦に持っていたのは、たまたまだった。もしもそうでなければ、倬の腰は、ゴ〇ブリ型の魔物の顎に喰われていたことだろう。

 

「ぐはッ!?」

 

 奴が浮いたところまでは、確かに見ていたはずだった。にもかかわらず、倬は今、壁に全身を打ち付けて、地面に尻もちをつくような姿勢で座り込んでいる。

 

(何が、あった……)

 

 倬が身の回りを確認すると、膝の上で、杖がくの字に折れているのを見つける。

 

(おい、これ、国宝だぞっ)

 

 部屋中に、羽音が増えていく。倬が、通路で吹き飛ばしたものと同じ大きさのゴ〇ブリが、上から大量に飛んできたのだ。大きいのが母G、小さいのが子Gだ。

 

 部屋中を覆う夥しい数の、漆黒の魔物たち。

 

 どうにか立て直し、体当たりをし始めた子G達を躱しながら、部屋の中央へ駆け出す。

 

「“我が快脚に更なる風を”!」

  

 三歩で部屋の中央に辿り着く。

 

「――“節理”!」

 

 移動しながら唱えて、自分を囲むように石柱を勢いよく出現させ群れる子Gを弾き飛ばす。

 

 それでも奴らの動きは止まらない。

 

 倬は、肉薄してくる子Gを、必死に素手で殴りながら詠唱を続ける。

 

「――“炎陣”!」

 

 “節理”で作ったバリケードの外側に沿う炎を出現させる。飛び交っていた子G達はそれだけで、焼け落ちていく。

 

「“編み上げし炎熱は、よろず喰らいて燃え上がるべし”」

 

 追加詠唱で“炎陣”の火勢を更に強め、部屋全体に熱気をもたらす。“炎陣”のみでは、一人用の炎の結界だ。それだけでは片手落ちなのだ。

 

「――“風陣”」

 

 “炎陣”とまったく同じ位置に“風陣”を出現させる。

 

 本来なら、対消滅してしまうやり方だが、強化済みの“炎陣”ならば、話は別だ。

 

 二つの魔法が混ざり合い生まれた火炎の暴風は、部屋の中央で、どんどん膨れ上がっていく。

 

「“大気の旋転は、よろず巻き上げ拡がるべし”」

 

 内側の“節理”まで飲み込んで、大火炎が部屋中に満ちる。

 

 へしゃげた杖を両手で持って、炎が収まるのを待つ。

 

 炎が消えて、灰となった大量の子Gが壁一面に張り付いているのが目に入る。

 

(デカいのがいない……!?)

 

 ボタボタと、壁から子Gの死骸が剥がれ落ちる。いや、積み重なり壁と化した子Gが崩れ落ちた。その後ろから、母Gが怒りを露わに羽を鳴らす。

 

 子Gの残骸を吹き飛ばして、倬に飛びつく。

 

 ダメージが無かったわけでは無いのだろう、目で追えないほどの素早さは失われている。しかし、それでも“疾駆”を発動している倬以上の早さだ。どうにか真上に飛んで避けようとしたが、左脛に噛み付かれ、中空にぶら下げられる。

 

 咄嗟に捲し立てるように詠唱を行う。

 

「――ぐッ……“削水”!」

 

 折れ曲がった杖の先に、三十センチ程の圧縮した細い激流が発生。脚に噛み付く顎を削って、母Gから逃れる。

 

(頭切り落としたかったけどなッ)

 

 あの瞬間、母Gが頭を引いたため、顎にしか当たらなかった。

 

 六メートルほどの高さから落とされ、背中を激しく打ち付ける。

 

「ぐはっ、……くそっ」

 

 “硬々”の効果でぎりぎり軽傷に抑えられたが、背中と左足に鈍い痛みが倬を襲っていた。

 

(痛い……けど……、第二の試練のが、よっぽどきつかったぞ)

 

 警戒している母Gが倬の頭上で滞空し続けていた。

 

 左手で持った杖を見ると、ここまで受けた衝撃で、組み込まれた魔石に僅かなヒビが走っている。

 

(悪いなぁ……、未熟者でさ)

 

 杖の先に発動させた“削水”は、まだ消えていない。

 

「“重ね、我が挑みに更なる滾りを”」

 

 “逞熱”の効果時間を延長し、更に身体強化を行う。

 

「“大気は一度留まりて、今、快脚は剛脚の如く在れ”」

 

 “疾駆”の追加詠唱で、ただ走るのでは無く、突風となって空に飛びあがる。もちろん、空を飛ベるわけではない。跳躍力を上昇させたのだ。

 

 母Gよりも高く、十メートルほどの高さまでくると、落下を始める。

 

 その倬に、母Gは反射的に喰らい付こうと追ってくる。

 

 頭部に“削水”が突き刺さる。だが、母Gはそれでも攻撃をやめない。倬も同じだ。力任せに“削水”で空けた穴に、杖をねじ込んでいく。

 

「“わが魔力は、暫しここに眠れり”」

 

 杖に刻まれた魔法陣が起動し、既に限界まで魔力を蓄えた魔石に向けて、魔力を流し込む。杖から熱が溢れる。

 

「“ここに秘した魔力を、今こそ、わが身に”」

 

 再び、杖に刻まれた魔法陣が起動し、使用者に向け、魔力を還元しようと動き出す。その直前に、倬は、その手を杖から離す。多少距離が開こうが、一度起動したアーティファクトの効果は、発動者に及ぶものだ。だが、折れ歪み、魔石にヒビが入った状況で無理矢理起動された杖に、突然発生したその使用者との距離を埋めるのは大きな負荷であった。

 

 パキンッ。

 

 ガラスが静かに割れるときの綺麗な音を聞いた。

 

 パーーンッ! 母Gが体内で瞬間的に膨張した魔力の熱によって弾け飛んだ。 

 

 杖に仕込まれた魔石が暴走し、発熱して、爆発したのだ。

 

 粉々になった母Gの残骸と共に、地面に落下する。

 

(あ……、詠唱、間に合わねぇや)

 

 

 

 軽く傷を治し周囲を見渡すが、魔物の残骸がある以外、特に変化は無かった。とりあえず残った魔石を回収しておく、流石と言うべきか母Gの魔石は、かなり大きいものだ。

 

 仕方なく壁に沿って歩くと入り口の向かい側に、長方形の溝が彫られているのを見つけた。

 

「ここが扉っぽいんだけどなぁ……」

 

 特に取っ手も無い。押してみてもびくともせず、出っ張りを引っ張ってみても、出っ張りを左右にずらそうとしても駄目だった。

 

 角度を変えたら魔法陣でも見えないかと、壁の前に座り込む。

 

 すると、床面に僅かだが風の流れがあることに気付く。どうやら、下に少しの隙間があるらしい。よく見ると、指が入る程度の窪みもあった。

 

「まさか……」

 

 半信半疑で、シャッターを上げる要領で、その壁を持ち上げる。

 

 しゅぽっと壁に吸い込まれながら、その扉が開いた。

 

 目の前には、倬の腰位までの大きさの岩が立ちはだかる。

 その奥には、雲一つない青空の下に草原が広がり、蔓に巻かれ放題だが、立派な二階建ての家が目についた。

 

「……は?」

 

 倬がその光景に呆然としていると、目の前の岩に、どこかで見たことのあるような“にょろにょろ”した灰色の“何か”が大量に現れ、揺れだした。それらの真ん中には、これもまた、どこかで見たような、のっぺりした灰色の、穴を掘るのが上手そうな“何か”が現れ、伸び縮みしている。

 

 真ん中の大きな“何か”と、“にょろにょろ”が小声で「せーのっ」と息を合わせる。

 

「「「ゆーー、あーーーー、うえるっ、かーーむ!!!」」」

 

 ご機嫌で、びょんびょん体を震わせる“何か”の群れ。

 

 倬は思わず、扉を下ろした。

 

 




 
 召喚先に待ち構えていたのは、美少女ではなくジジイ。
 なら試練の先に待ち構えているのは? うん、そうだね、UMA(未確認生物)だね。

 と言う事で、如何でしたでしょうか。

 第一章も途中に挿入する“幕外”を合わせて残すところ後三話です。

 次回更新は十月二十八日(土)夕方の予定です。

 次回もどうぞ、よろしくお願いします。

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