すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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~~わーにん!~~

虫が苦手な方はご注意下さい。




参道

 陶器のように滑らかな光沢を湛えたアーチの連続が、朝日を反射してキラキラと輝いている。

 

 アーチと共に連なる飛び石を踏みしめて、ゴツゴツとした洞穴の入り口前までやってきた四人が、立ち止まっている。

 

「……それじゃあ、行ってきます」

「うん、“お山様”も、お前が来るのを待ちわびておいでだ。気張っておいで」

「…………“無理するな”って言っても、……無理、するんだよね、倬は」

「えっと、心配かけてごめんなさい、ニュア姉」

「……もう、諦めた。……だから、心配しない。倬なら、だいじょぶ」

「そうだな、兄弟子を躊躇いなくボコボコに出来るぐらいには面の皮が厚いお前なら、大丈夫だ」

「そ、そういう事言っちゃいます? ……フル兄」

「おい。誰がそんな呼び方を許したっ」

 

 そんな風に言葉を交わした後、三人は“大地の洞穴”へ入っていく倬の背中を見送る。

 

「行ったねぇ」

「うん、行っちゃった」

 

 感慨深げに、そう呟く二人の後ろで、フルミネは入り口を睨みつけるかのように、目を開き、拳を握りしめる。そのフルミネを、下から覗き込むニュアヴェル。

 

「フル兄、顔、変だよ?」

「“変”ってなんだ」

 

 だって変なんだもん、と悪びれないニュアヴェルに、少し苛立ってしまう。

 

「……ニュア、お前、倬のこと、どう思ってるんだ」

「? 倬のこと? どうって……、危なっかしくて、なんか凄い……、弟?」

「他に、何かないのか。あいつの才能は、“寺”の今後を考える上で重要だぞ。ニュアは次の“師祷”なんだ。……その、“跡目”とか、その……な」

 

 後半、言いにくそうに、ごにょごにょするフルミネ。

 

「んん……?」

 

 何を言っているのかよくわかっていないニュアヴェルは、いつの間にか、かなり前方を歩いていた祖母を見てから、思いっきり息を吸い込んだ。

 

「おばーーちゃーんっ、“あ・と・め”ってどーゆー意味だっけー!!」

 

 珍しいニュアヴェルの大声に呆然としたフルミネだったが、それよりも何よりも、その内容に、大慌てだ。

 

「おまっ!? ニュアっ、お前っ、何てことをっ!?」

 

 フルミネの慌てようをニマニマ見てから、何かの魔法までつかって、孫に声を届ける師祷ソルテ。

 

「ニュアがいつか産む子供のことさぁー」

「そっかーー! わかったぁーー!」

 

 そのやり取りに、頭を抱えるフルミネ。その顔は、まっ赤である。

 それに対して、ニュアヴェルは腕を組んで何やら考えているようだ。

 

「……フル兄は、()()()()?」 

「は? “どうなの”ってどういう意味だ?」

「むーっ! ……わかんないならいいっ!」

 

 そのままニュアヴェルはソルテの元へ走っていった。

 

 何が何やらさっぱりだと立ち尽くすフルミネ。

 

 偶然か、必然か、山頂側から転がってきた小石が、フルミネの頭に落ちるのであった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 大人ひとりがやっと通れるくらいに窮屈な洞穴で、杖の先に光を灯しながら歩く。

 

 時折、天井が高い場所があり、そこからは蝙蝠型の魔物――ヴォワリュ――が恐慌作用のある固有魔法の甲高い音を発してくる。

 

 “魔力感知”の影響もあり、漠然とではあるものの魔力の乗った攻撃の気配を感じれるため、適当にあしらって進むことが出来る。

 

 身を屈めないと通れないような狭い場所を、頭をぶつけない様に、両手で壁に触れながら通る。

 

 突然、右手側の壁が、ゴリっとズレた。かと思えば、足元が急に持ち上がり、天井に叩きつけられそうになる。

 

 咄嗟に、前方へ上半身から飛び降りる。

 

 べちゃっ。

 

「ぅおぉ……ぬ、沼っ!?」

 

 落ちた先は沼になっていて、ずぶずぶと体が沈み込んでいくのが分かった。

 

(おいおい……。(たち)って言うか、性格悪いな、このトラップ……)

 

 少しの間もがいていると、沼の中から、三十センチ大の魔物が次々と出てくる。

 

「うわっ、ムツゴロウ? いやでけぇな!」

 

 ムツゴロウに似た魔物や、ウーパールーパーを灰色にしたような魔物が、歯並びの良さを自慢するかの如く、歯をカチカチ鳴らして寄ってくる。

 

「仕方ないか……。我、この身と繋がる大地が(いだ)く、連なる細き六角(むつかど)を、此処に招かんと、祈る者なり“節理”」

 

 土系攻撃魔法“節理”、これは、だいたい直径十五センチ程度の六角柱を任意の場所に多数出現させる魔法だ。沼底から生えるように現れた石柱が、足場となって倬を押し上げる。

 

 威力を最小限に、“節理”の柱の本数を増やして、地面までの道を通す。

 

 泥まみれになってしまったが、“鼠色のローブ”の効果ですぐに泥が落ちていった。

 

 “寺”に伝わる“鼠色のローブ”。正式名称を“耐禍(たいか)のローブ”と呼ぶこれは、優れた耐熱・耐寒効果を誇り、過酷な環境でも体感気温を適温に保ってくれる。ローブ自体が纏う空気の膜によって、泥などの汚れが付着しても即座に落ちていくのだ。

 

 早速トラップに引っ掛かり、出鼻を挫かれた倬が沼を超えると、右手側からギギギギっと不穏な音が聞こえた。壁に目をやれば、百メートルほどの範囲で、徐々に速度を上げながら倒れてきていることがわかった。

 

 こんなものに押しつぶされたら堪ったものではない。走り出して、可能な限り早口で詠唱を行う。

 

「我っ、この身を包む大気によって、風の如き快脚を得んと、祈る者なりっ! “疾駆”!」

 

 思い切り足を踏み込み、地面すれすれを飛ぶように駆ける。

 

 どんどん壁の倒れる速度が上がり、残り三十メートルと言うところで、壁と頭までの距離は一メートルほどにまで迫っていた。

 

「うおぉぉぉっ!? 怖えぇぇ!!」

 

 走り幅跳びの要領で、両足を揃えて地面を蹴る。

 

 ただし、高く跳ぶわけにはいかない。水泳の飛び込みの如く身体を伸ばして、地面すれすれを、今度は本当に飛んでいくような姿である。

 

 ズーーンと如何にも重厚な音が背後から響いてくる。

 

 迫る壁から逃れたかと思えば、今度はどこかからガタンっと何かが外れる音を聞いた。

 

 勢いを付けすぎて直ぐには止まれそうにない。倬が、顔を横にして前方斜め上を見ると、高くなった天井から、なにか奇妙な金属音を伴って円形の筒が落ちてくるのが見えた。

 

 ギャリギャリギャリーっと痛々しく、けたたましい音を立てて現れたのは、剣山のように大量の針を持った物体だった。骨らしきものが粉々になって棘の間に残っているのを見るに、刺されて死ぬと言うよりは、潰されて死ぬ類の罠なのだろう。

 

 ドフッと倬が壁に衝突するのと殆ど同じタイミングで、ドシンとそれが地面に落ちた。

 

「痛てぇ……。くそぅ、今んとこ全部物理トラップってどういうことだ……」

 

 【オルクス大迷宮】が代表的だが、トラップの大部分は魔力量の差はあれど魔力を利用して設置されているものなのだ。今の倬は“魔力感知”を持っているので、壁に魔力が宿っていれば、何かありそう程度には注意できるはずだった。

 

 しかし、蓋を開けてみれば、魔力を全く介さないトラップの連続である。これでは事前に察知しようもない。

 

 愚痴っても仕方ない、と左手に続く百八十度に曲がった道を進むと、突然、右手側から魔力が膨れ上がるのを感知した。

 

「っ!? 割とでかいっ!」

 

 曲がり角に赤黒い魔法陣が浮かび上がる。直径一メートル前後、かつて、トラウムソルジャーが出てきた時のものと似ていた。

 

 魔方陣から這い出して来るのは、ヤスデに似た節足動物型の魔物だ。全長四十センチほどで、つやつやしたジャバラ状になった外骨格の下からは、大量の足がわさわさと蠢いている。

 

 一体、また一体と数を増やす魔物たち。

 

 魔物としての強さはともかくとして、胴体をグネグネとくねらせて、頭部に二本ある触角をみょんみょん動かし獲物を探している様子は、基本的に虫が苦手な倬には、キツイものがあった。

 

 直ぐに襲ってくるわけではないらしい。倬は、こちらからは相手をせず、さっさと先に進もうと彼らを刺激しない様に慎重に歩く。 が、上からヴォワリュに飛びかかられて、咄嗟に杖で叩き落してしまった。

 

 「ぎゅぅっ」と声を上げたヴォワリュに反応して、大ヤスデが一斉に動き出した。統制さえ取れていないものの、大量の足を使いこなし、床も壁も天井も関係なく押し寄せる。

 

 なりふり構わず走り出す。

 

 あと少しで追いつかれると思った瞬間、地面が傾いた。

 

 傾斜はどんどん急になっていくが、思考が追い付かない。石が転がっていくのを目だけで追う。

 

 コロコロコロ、ぱさっ、ボチャッ。

 

(……え? “()()()”?)

 

 ふざけたことに、左側の壁はただの布だったのだ。石が落下した場所は、先ほど倬が嵌った沼である。

 

「くそがっ! どんな“参道”だっ」

 

 傾斜が四十五度を超えた辺りで、必死に天井付近から下の通路に飛び降りる。

 

 ぐしゃっ。地面に足がついたと思いきや、今度は固い何かを踏んづけてしまった。足もとからは、ガサガサと何かが蠢く気配。

 

 出来るなら見たくなかったが、数が多すぎた。嫌でも視界に入る地面を這い回る大ヤスデにそれと近い大きさの蜘蛛型の魔物たち。

 

 再び“疾駆”を発動させて、その場から逃げ出す。大ヤスデ以上に素早い蜘蛛たちは、突き出した岩に糸を吐き出して、某アメコミヒーローを彷彿させる動きでついてくる。

 

 夢中で逃げていると、進行方向の道を塞ぐ壁が上から降りてくるのが見えた。暗くてはっきりとは確認できないが、下がってくる壁は魔力制御らしく、奥にもあと二枚、道を塞ぐ壁があると倬でも感じ取れた。

 

 若干、奥の壁のほうが下がる速度が速い。今の移動速度では、最後の一枚に間に合わない可能性があった。

 

「あぁもうッ! “我が快脚に更なる風を”っ!」

 

 “疾駆”に対する追加詠唱で、基本速度の上昇と急加速を行う。

 

 “追加詠唱”は“寺”に伝わる独自の詠唱であり、魔法名を告げて、発動した後の魔法に対して更に強化や効果の付与ができるものだ。

 

 元の魔法が追加詠唱を想定した魔法式構成になっている必要があり、本来は即応性に乏しいのだが、もともと魔法適性が高く殆どの魔法式を省略できる倬には、火力不足を補うのに役立つことは間違いなかった。

 

 大蜘蛛から逃れ、なんとか壁が閉じきる前に奥へたどり着く。

 

 更に進み、前後左右至るところからの投石トラップをどうにか掻い潜ると、まるで玉座の間のような空間に到着した。

 

 部屋の左右には全長三メートルほどで赤褐色の石像が四体立ち並ぶ。同じ造形をした四体は、フルプレートの甲冑に身を包む騎士で、剣先を地面に突き立てて両手で柄を持っている。

 

 部屋の奥に目をやれば、仁王立ちの騎士像と同じ位の高さの玉座に腰掛ける像がある。長い髭を蓄え、他の騎士よりは少し軽そうな甲冑を着込んでいる。玉座の左右には槍が縦に据え置かれ、彼の得物だと一目でわかった。

 

(……あぁ、なんてテンプレートな)

 

 石像の間で起こることと言えば、その石像が動き出し戦闘になるのが定番である。別に“魔力感知”が無くても分かるというものだろう。

 

 倬は、部屋の入り口付近で立ち止まる。まだ石像は動かない。

 

「この位置から少し練習させてもらうか……」

 

 杖で地面に簡単な魔法陣を描いてから、静かに意識を集中し、使用する魔法を明確に思い描く。詠唱をしながら、更に克明に思い描くのは激しい水流。

 

「――“破断”」

 

 目線の高さに掲げた杖の先から鋭い水流が撃ち放たれ、石像を貫いていく。五体すべてに二ヵ所の穴を空けるのに成功した。

 

 魔力消費は相変わらず激しいが、“魔力回復”と“常時瞑想”で消費する端から回復していくので、一般の中級以上の魔法を使っても魔力枯渇で倒れることはなくなった。

 

 更に言うと、“魔力操作”で体内の魔力を直接操作できるようになったため、一般の魔法に関しては、詠唱無しでも魔法陣に魔力を注ぎ込むことが出来る。とは言え、魔法を使う為には、使用する魔法の効果を正確に“思い描く”必要があるのだ。魔法名を省略しようとすれば、“魔法を発動させた”と言う自覚を持ちにくく、発動すらしない事が殆どだった。

 

 今のところ、魔法陣を書いたうえで、二節程度に省略した詠唱と魔法名で発動するのが精一杯であった。

 

(うーん、やっぱ威力高いなぁ、普通の魔法……)

 

 祈祷師用の魔法には愛着がある上、手帳を作ったおかげで、魔法陣を一々書かなくていいと言う利点もあるにはある。……のだがやはり、長い詠唱は隙が大きい。立ち回りの難しさは相変わらずだった。

 

 そんなことを考えながら、次の道を探そうと一歩踏み出した時、今になって、入ってきた道が壁に塞がれた。

 

「うおぅっ!?」

 

 てっきり閉まらないものと思っていたので、余計に驚いてしまった。

 

 そんな倬などお構いなしに、部屋中にゴトゴトと鈍い音が鳴り響く。先ほど穴をあけた石像たちが立ち上がり、自分の武器を力強く構えた。

 

 腹に空いた穴など気にも留めず、見た目にそぐわない速度で剣を振るってくる。

 

 四体の騎士が、倬の逃げ道を最小限にするため、扇状に展開し攻撃を繰り返す。

 

「我、この身に宿る熱の、滾りを勧め、恐れに挑む体躯をば、祈る者なり……“逞熱”っ!」

 

 火系魔法“逞熱”で身体強化を行う。“真の秘薬”で基礎ステータスが上がっている為、より効果は増しているが、石像騎士の一撃を受け止めるられるほどではなさそうだ。

 

「“我が挑みに更なる滾りを”」 

 

 間髪入れず、追加詠唱で効果を引き上げる。続けて、土系魔法“桎石”を詠唱しながら機会を見計らう。

 

「――“桎石”」

 

 石像騎士の手首目掛けて杖を振るうと、手首の内側に出現した岩の重さにバランスを崩した。

 

「“大地に更なる招きを、積み上がる枷に咎を委ねよ”」

 

 今度は“桎石”の追加詠唱で、石像騎士の体内にある先ほどの岩が大きく成長する。既に手首から胴体まで“桎石”由来の岩で敷き詰めれ、身動きをとれなくなっている。

 

 他の石像騎士からの攻撃を躱しながら、再びの追加詠唱だ。

 

「“寄せて重ねし枷の束縛、地に伏す汝を、今、解き放たん”」

 

 “桎石”を受けた石像騎士の体内で、その岩が炸裂する。石像騎士はその破壊に耐えきれず内側から砕け散った。

 

(うし。時間はかかるが、とりあえずこんな感じか)

 

 石像たちとの戦闘は思いのほか長引き、二時間近くかかってしまった。特に玉座に座っていた石像が堅くて、いくら壊しても、向かって来たのが大きかった。

 

(いやいや、疲れた。……石像の椅子なのに何故に革張り? なんなんだ、このこだわりは)

 

 結局この日は、何故か革張りな玉座が特大サイズで、ベット替わりに丁度よかった事もあり、魔石を回収した後でここで一泊することに決めるのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 玉座の向かい側の壁、六メートルの位置に開いた穴に練習のために一般の風系魔法“来翔”で跳躍して通る。

 

 ヴォワリュとはまた異なった造形の蝙蝠型の魔物たちをあしらいながら進む。すると、曲がり角の先が、ゆらゆら揺らいで見えた。

 

(ん? なんだ? 視力悪い方に元に戻ったか?)

 

 目を細めても、視界に変化は無い。不思議に思って次の道を覗こうと、壁に左手を触れる。

 

 ジューッっと音がした。

 

「あっっつー!?」

 

 壁に触れた手が軽く火傷をしてしまった。即座に冷やし、魔法で回復する。

  

 倬は“耐禍のローブ”に守られて周囲の熱気に気づかなかったが、ここから先は気温が高くなっているらしい。

 

 魔物たちも背中を燃やしたネズミがそのまま体当たりをかましてきたり、壁から突然顔を覗かせ、火を噴くミミズに遭遇した。魔物自体が燃えているお陰で、この辺りはそこそこ明るいようだ。

 

(ここらは火属性の魔物なのか……)

 

 少し進むと、この洞穴に入って初めての分かれ道に行き当たった。

 

 どちらに進むか悩む前に突如、左側から通路を塞ぐほどの炎が上がった。流石に“耐禍のローブ”越しでも熱が伝わってくる。炎の発生源は体長一メートル半位の大猪だ。

 

 第三の試練の癖が抜けないらしい。猛然と追いかけてる大猪から咄嗟に逃げ出す。

 

 火噴きミミズを無視して、大猪から逃げるべく走る。

 雰囲気の違う空間に出たと思いきや、来た道を壁で塞がれてしまった。

 

(うぅん、なんかつい逃げちゃうんだよなぁ……)

 

 閉じ込められた部屋は、床が大理石に似た石が敷き詰められ、全体的に白が基調になっていた。

 奥の天井の角には岩の裂け目があり、そこからは陽光が差し込んでいる。壁には燭台もあり、火が灯っているため、非常に明るい。

 

 更に奥に進むと、かつて【神山】に召喚された時に見た壁画が壁一面に描かれている。他にも、神話に基づいた絵画や、神に仕える女性魔法師のレリーフ、鍾乳石を削った女性戦士の石像が飾られていた。

 

(なんでこんなものが……)

 

 “お山様”の趣味ではなさそうだと根拠無く見回していると、部屋全体が震えだした。

 

 するとやはり、鍾乳石の石像たちが動き出し剣を構え、レリーフからは彩とりどりの魔法が飛んできた。とりあえず回避に専念していると、天井の隙間から、白鳩に似た鳥の魔物が大量に現れ、続いて、白鳥に似た大型の魔物までやってきた。

 

 角を持つ二種類の鳥の魔物たちは、天井をくるくる旋回して倬の様子を伺っている。

 

「あんまりに白くて、目が痛い……。なら……、我、この身に潜みし闇をもって、彼らの瞳を遮らんと、祈る者なり、“影塗(かげぬり)”」

 

 倬の足元の影から横幅七センチ程度の闇が七本、床を這って移動を開始する。

 

 その間にも、壁画のエヒト神までもが光系妨害魔法“光縛”を使用して、倬の動きを封じ込めようとしてくる。

 

「“瞳を遮る暗影に更なる闇を”っ! “遮る黒色に大いなる闇を”っ!!」

 

 逃げ回りながら、連続の追加詠唱。先ほどまで、倬が走るよりも遅い速度で移動していた闇が、速度を上げ、その横幅も四十センチ程に広がっている。

 

 床を這い、壁を登り、天井を伝って、一角白鳥たちに降りかかる。余裕で飛んでいた鳥たちが次々と視界を奪われ互いに衝突していく。

 

「“塗り上げたる黒色は、色濃く滲みて世を浸食す”」

 

 すると、影に一度塗られた床や壁が、闇に覆われていく。攻撃対象を見失った壁画や、レリーフからの攻撃が止まり、視界を奪われたが“魔力感知”があるらしい白い石像の女性戦士と、角の白鳩だけがガムシャラに攻撃を続けるだけになった。

 

(あとは、各個撃破の単純作業だ)

 

 杖を構え直し、この部屋の魔物を倒しきるのには、それほどかからなかった。

 

 

 魔物たちを倒し切り、閉じた通路に並ぶ位置に開いた扉の先は、ローブ越しでも感じられるほどの高温だった。

 

 襲ってくる魔物も、背中を燃え上がらせた狸や、火を噴くヤモリなどの火属性と相変わらずだ。

 

 暫く進むと、屈まないと通れない程の道を見つけた。辺りの魔物はそこから距離をとっているようだ。

 

(……“虎穴に入らざれば虎子を得ず”かな)

 

 意を決してその道を進むと、奥には湧き水が貯められていて、火を起こした跡があった。

 

(先代の師祷様が見つかったってのはここか……)

 

 “大地の洞穴”に挑めるのは、“常時瞑想”を得た“祈祷師”に限られる。試練は三十日間までと決められており、三十日を経過して出てこなかった時、“寺”の祈祷師たちが救出にくる事になっている。二人以上で洞穴に足を踏み入れると迷宮として機能しなくなり、ただの横穴になってしまうのだ。その横穴こそが辿り着いたこの場所であるらしかった。

 

(水もある。使わせてもらおう)

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 翌日、周囲を探索し、燃え盛る大猪を今度こそ倒して道を進むと、五体のゴーレムと戦った場所の出口に戻ってしまった。思った以上には先に進んでいなかったらしい。

 

 そのまま引き返し、熱い土を投げてくるモグラをやり過ごして歩くと、緑光石でぼんやり明るい部屋に出た。そこにはモヤシに似た植物や、キノコが生えており、沢蟹のような動物も見受けられた。

 

 試練が長引いた際には、ここが生命線になるのだろう。倬は、その日のほとんどを食料確保に費やし万全を期すことにした。

 

(……もやしモドキと沢蟹、割とイケるな)

 

 この洞穴に限っては、食料の問題はなさそうだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 食料を充実させた次の日は、延々と続く道を、ただただ歩く。もうかれこれ十時間ほど歩き続けているが、大した魔物も出てこなければ、分かれ道も無かった。

 

 更に一時間ほど歩くと、やっと扉が姿を現した。

 

(さて……、なにが出るか……)

 

 ゆっくり慎重に扉を押して開ける。その先には、扉がやっと開ける程度の空間しかなく、正面の壁には何やら、でかでかとメッセージが書きつけられていた。

 

――ハ――

 

――ズ――

 

――レ――

 

――♡――

 

 膝から崩れ落ちる倬。

 

 その日、倬は随分久しぶりに、不貞寝することになったのだった。

 

 




 えー……、想像してた迷宮と違ったらごめんなさい。
 
 えっと、迷宮がこんな感じになってるのにも、ちゃんと理由はあるので、呆れないで頂けると助かります。
 
 また、今回、戦闘描写の省略が多いのは元々、一話でまとめるつもりだった話を分割したのも理由です。言い訳でしかありませんが……。

 分割してしまったので、次回は早めに投稿します。

 次回は明日、十月二十一日(土)夕方までに投稿予定です。どうか、お付き合い下さい。

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