すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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第一章
プロローグ? 何が始まるんです?


「……ふぅ」

 

 深夜三時を過ぎた頃。木造二階建ての古い一軒家の一室で、満足げな、達成感が込められた様な、そんな溜息が少年の口から零れ密やかに響く。

 

「あかん、やってもうた……」

 

 夜九時に数学の課題を机に広げてから、息抜きと言いながら深夜アニメを見始めた結果、課題の進捗は三分の一程に留まっている。興が乗ってHDDに録画していた分にも手を付けているあたり()()()と言えるだろう。

 

「あれだ、気分転換に、ちと夜風にでも当たろう」

 

 やや大きな、のんびりとした独り言を零しながら、部屋の明かりを全て消し、窓を開ける。澄み渡った夜空は、彼が想像していたよりも沢山の細やかな光の粒を湛えていた。

 

「偶には良いもんだなぁ。星見ってのも」

 

 ぼぅっと空を眺めていると、ちりばめられた星々の中に一際眩い光の塊が現れる。その光は天頂から地表に向かって、垂直に一筋の帯を残して消えていった。

 

「うおっ、何だ今のっ!? 流れ星ってレベルじゃねぇぞ。火球? すっげぇ……」

 

 暫し、目に焼き付いた先ほどの光景に放心する。冷えた身体が、くしゃみでもって抗議を始めたことで気を取り直すと、夜更かし本来の目的である課題に戻る。

 早朝五時になって課題を提出可能な状態までにでっちあげた少年は、卒倒するかの如くベットに横になるのであった。

 

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 白黒とも異なる、色の無い世界で、子供が蹲っている。長い髪は無造作に垂れ下がり、顔を伏せているせいで、一瞥するに性別も年齢もわからないはずが、不思議と幼さを感じ取ることが出来た。何だか放っておけない気持ちになり、思わず声をかけようとするが、声ばかりか、口から息が抜ける音すらも聞こえない。

 

 静寂とも異なる、音の無い世界で、その子供は涙を零し続けている。涙の雫は眩い光を湛えながら一度足元に留まった後、世界から染み出るかの如く、更なる深みへと落下していく。どうにかして慰めてあげたいと、頭を撫でようと手を伸ばすが、その手は虚しく透過するのみだ。

 

 どれほどの時間、その様子を眺めていただろうか、遂に泣き続けていた子供が立ち上がる。その顔は中性的であどけなさを残しつつも、覚悟を決めたような、そんな雄々しさを感じさせる表情だ。

 

 その子は奥歯を噛み締めながら、周囲を見渡す――こちらに気づいた様子は無い――ふわりと浮かび上がり、遥か高みへ広い螺旋を描くようにして飛翔していく。

 

 熱すらも感じ無い、寒々しいこの世界で、今は自分だけが取り残されていた。

 

 無意味で、無価値で、ただの自己満足だと知りながら、遥か遠くへ消えていったあの子の幸せを、祈らずにはいられなかった。

 

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 教室の扉を開き、目に入った生徒はまだ五人ほどだ。

 

 厚いレンズの向こう側に見える眠たげな目をこすりながら、仮眠中の妙な夢をぼんやり思い出しつつ、霜中倬(しもなかたか)は鞄から課題を取り出して見直しを始める。

 

 “とりあえず言われたことは無難にやる”が信条な彼は、再提出を喰らう可能性に恐怖していた。根本的には小心者なのだ。

 

 そこそこの手直しで課題に見切りをつけ、教室内の喧騒が少しずつ大きくなっていくことを肌で感じながら、最近アニメを見て買ったライトノベルの最新刊を読み進める。始業まで残り十分という隙間時間を有意義に過ごさんと、趣味に興じることにしたわけである。

 

(う~む、既に十三巻目なのに主人公マジで町から外に出ねぇ……)

 

 五分少々読んでいると、突如、教室内の空気が粘ついたような、気分のよろしくないものに変わった。舌打ちや、ゲラゲラと品のない笑い声が耳につく。檜山大介、斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の4人が中心となり、「キモオター」だの「きんもー」だのと言って騒いでいる。このクラスにおいてはよく見かける光景である。

 

 よくもまぁ飽きないものだと、いっそ感心すら覚える倬。

 

 始業ぎりぎりに教室にやってきて、男子からは僻み根性丸出しの、女子の一部からは侮蔑を隠しもしない視線を向けられ、例の四人組の絡みに顔を引きつらせているのは南雲ハジメだ。

 

 南雲ハジメと霜中倬は、比較すれば大差のないオタクである。

 

 寧ろ特徴を挙げれば、身長が同じくらいな分、眼鏡をかけ、やや太めで運動音痴であるあたり、倬の方が“キモオタ”然としていると断言できた。その上、倬はオタクに対して差別的な空気が蔓延している教室で、美少女が描かれたライトノベルを表紙を丸出しで読んでいるのだ。

 

 主に女子から嫌悪感を露わにされるということはあるものの、やたらとクラスメイトに絡まれるハジメに対し、ほぼスルーされている倬との扱いの差は、事情を知らなければ不可解に思われることだろう。

 

 そこには確かに理由があった。

 

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 白崎香織が待ってましたと言わんばかりに挨拶をして、話しかけてみせた。

 

 腰まである美しい黒髪。目は大きく、垂れ気味なことも手伝ってか、優し気な雰囲気が周囲を和ませる。倬としては、誰が言い出したのかと言う事に興味をそそられるのだが、学校内で二大女神の一人と言われているらしい。

 

 そんな皆の憧れの的、白崎香織が何かと南雲ハジメを気にかけ、話しかけるのだ。なるほど、やっかまれるわけである。更に、彼は完全な趣味人としての人生を選んでいるらしく、遅刻ギリギリにやってきて、授業中は平気で居眠りをしてしまう。居眠りしていた授業のノートを香織が貸そうとすることも度々であり、これでは悪目立ちするのも致し方なかろうというものだ。

 

「南雲君。おはよう。毎日大変ね」 

「香織、また彼の世話をやいているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気のないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 倬から見れば、ハジメの悪目立ちにダメを押すかのような面子の声が耳に入った。

 

 ハジメを労ったのが八重樫雫。百七十二センチと高めの身長に、長い黒髪をポニーテールにして、凛とした雰囲気がカッコいいと巷で人気の女流剣士だ。実家が剣術道場で、剣道の大会でも負けなしという実力者でもあり、“お姉さま”と慕う後輩も多い。

 

 香織の態度を世話やきと言ってのけた超絶イケメンリア充野郎……、もとい、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人が天之河光輝。百八十センチ近い高身長に引き締まった身体で、誰にでも優しく、過剰とも思える正義感を持っている。明るすぎない茶髪はサラサラで、優し気な瞳。幼なじみである雫と同じく道場に通い、剣道の腕前も全国クラスと、モテる要素だけで構成されているかの如き人物である。

 

 倬からしたら何かの物語の主人公か、でなければ乙女ゲーのメインキャラに見える。

 

 お前の態度が気に食わない。と言った具合に話すのは坂上龍太郎。光輝の親友で、百九十センチの熊の如き大柄、短髪の脳筋。細かいことは気にしない、熱血漢と言って間違いはないだろう。そんな彼だからこそ、ハジメの教室でのやる気のない態度に、ちょっとした苛立ちを覚えるようである。

 

「――。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

 

 苦笑しながら返事をするハジメに、香織の優しさに甘えるな等と、てんで的外れなことを真面目くさって説教する光輝。彼らのかみ合わない会話に内心で苦笑いが止められない倬は、はやく授業が始まらないものかと思いつつ、欠伸をかみ殺す。

 

 授業が始まるとほぼ同時に寝始めるハジメと、それを気にしている様子の香織、雫の順に目線を移していく。これはこれで、ハジメもまたラノベ主人公っぽいなぁと、そのブレなさに感心するのだった。

 

 

 

 恙なく授業をこなして、今は昼休み。授業後直ぐに購買に走る生徒や、友人同士でまとまって食べようと席を移動する生徒達で周りは俄かに活気だっている。

 

 “お腹と、背中が、くっつく”ってとんでもない状況だよなぁ。下手したらスプラッタだなぁ。と、取り留めもないことを内心で呟きながら、弁当を広げる倬。

 

(今日の中身はなんじゃろなぁ。おっと、エビ寄せフライに、照り焼きハンバーグチーズ入りとは、豪勢だな。しかし、食べ始めは野菜類と決めているのだ。そう、きんぴらごぼう、君に決めた!)

 

 話しながら食べる相手が教室に居ないので、昨今の冷凍食品の完成度の高さに、脳内で孤独のグ○メごっこをしながら弁当を食べていく。教室内で表に出さないだけで、そこそこに鬱陶しいノリの持ち主なのだ。

 

 倬が弁当の殆どを平らげた頃、ハジメが身をよじり、ゼリー飲料で十秒チャージをキメていた。

 

 これを見た香織が弁当を分けると言い出し、それを光輝がゆるさんと語る。なんで光輝の許可が要るのかと、きょとんとした表情で尋ねる香織と、そのやりとりに思わず吹き出す雫。

 

 教室に居る誰よりもはやく食べ終わって、読書を開始した倬にも彼らの会話が耳に届く。

 光輝の察しの悪さには当然呆れてしまうが、香織も自身の行動が周囲に与える影響について自覚が無いあたり、ハジメと雫には同情してしまう。脳筋の龍太郎はともかくとして、雫も幼馴染と親友のフォロー役を引き受けざるを得ず、普段から苦労しているようだ。

 

 教室の喧騒をBGMにライトノベルを読み進めていると、突如、足元が純白に輝き、幾何学模様が出現した。他の生徒より遅れて反応する倬が、無意識に円環の中心に目をやると、光輝とハジメがそこで固まっていた。

 

「oh……ま、魔法陣的な……? いやいやいや、無ぇわぁ……」

 

 あまりにも突飛な、創作物チックな現状に、本日殆ど言葉を発することの無かった倬が小声でつぶやく。テンパっていることも手伝い、現実を受け止められないでいると、どんどん床の輝きが増していく。教室にいた畑山愛子先生が退避を促そうと何か叫んでいるが、その言葉に生徒たちが反応するよりもはやく、視界が光に塗りつぶされる。

 

 光の奔流が静まり、普段と変わらない教室がその姿を現す。しかし、広げたままで食べかけの弁当や、手も付けられていないパックジュース、放置されたままの鞄や携帯電話がその光景の異様さを際立たせた。

 

 忽然とクラスから生徒と教師が消えたこの事件は、白昼の神隠しとしてしばらく世間を騒がせることになるのだった。

 


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