ロクでなし魔術講師と禁忌教典 Re:venge   作:名前のない怪物

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序章はこれで最後です。

退屈な日々も、ふと思い返せば焦がれる一日だったりするものですよね。


プロローグ 3

ヴァイスが帝都からフェジテに到着した頃。

 

訳あってセリカ=アルフォネア宅にて居候している黒髪の青年、グレン=レーダスは

セリカからもらった部屋の机で作業をしていた。

 

その机には多種多様な魔術的触媒、試薬や資料、論文などがひしめく他に

なんの魔術的意味合いのない焼き鏝や筆やペインティングナイフなどの画材道具もある。

これら全ては自分の使い道がないと思っていた《在り方》を《力》に変えるために。

 

 

 

†  †  †  †  †

 

 

 

俺は、小さい頃に《メルガリウスの魔法使い》のような

目に見える困った人々を颯爽と救っていくような《正義の味方》に憧れた。

 

……だけど俺には、決定的に魔術の才能がなかった。

 

《変化の停滞・停止》。

 

珍しさとしては非常に稀有な魔術特性だがその内容は。

どれだけ努力して、魔術の質を上げようとしようがその魔術特性によって

ブレーキを掛けられてしまうというものだ。

 

その事実は幼少の頃の俺をいとも簡単に絶望させた。

 

それまで想い焦がれ、目指した夢を諦めろと言われた気がした。

絶望して絶望して、そして諦めかけて――。

 

『皆を守れればどんな《力》でも構わないとボクは思うな』

 

だけど、答えは得た。

 

 

 

†  †  †  †  †

 

 

 

幼少の自分を思い出して笑みが零れる。

思い出している間もグレンの作業の手は止まらず動き続けていた。

 

そして。

 

「……よし、完成! ……あぁ~疲れたぁ……」

 

グレンは完成したことの達成感を感じながら凝り固まった筋肉をほぐすように背伸びをして体を軽く捻る。

 

ボキボキッと心地良い音と快感に目を細めていると外がなにやら騒がしいことに

気付いた。

 

「……?」

 

自室に設けられた窓から外を見やれば、玄関に馬車が止まっていた。

 

「……あぁ、ヴァイス帰ってきてたのか」

 

見るとヴァイスの隣に老齢の燕尾服を着た男性が立っており、寝間着のセリカと

親しそうに雑談をしている。

ヴァイスはうんざりしたような顔で口を挟まず突っ立っていた。

 

「あいつと俺もついに魔導師か……」

 

夢に一歩近づいたことの実感を噛みしめながら

銀髪の青年を見やる。

 

「ほんっとアイツ変わったよな……」

 

ふと思い出す。

 

彼がこの家にやってきた頃を。

 

――――――――――

―――――――

――――

 

 

 

「セリカ……誰なのこの人」

 

今に比べて口調が柔らかいグレンが

目の前の状況を理解できずに困惑気味の顔でセリカに尋ねた。

 

「今日歩いてたら面白そうな奴を見つけたから弟子に誘ってみたんだが」

 

欲しい玩具を手に入れた子供のようにご機嫌な顔で言ってのけた。

その言葉にグレンは思わず目の前の自分と同じ年齢と見える少年を見やった。

 

「…………」

 

さらりとした銀髪にふっくらとした頬。

目鼻立ちも整っているので、大きくなれば十分にイケメンと呼べるだろう。

しかし、彼にはそれらをすべて差し引いてもマイナスにしている要素があった。

 

 

……眼だ。

 

彼の眼には恐ろしく思えるほどにまで、光がなかった。

その眼は何も映しておらず、感情も感じない。

どこまでも淀んだ暗闇が続くその瞳は、幼いグレンには目を合わせ続けることが

できなかった。

 

「(こ、こわい……)」

 

その眼に気圧され冷や汗を掻く。

 

「今日からグレンが先輩だからな、ちゃんと世話してやれよ?」

 

セリカはそんなグレンに気付かずにご機嫌のままそう言い放った。

 

「う、うん……わかった……」

 

「…………」

 

銀髪の彼は相も変わらずに瞳に光を宿さずにこちらをずっと見ていた。

 

「(すごく気まずいんだけど……っ!)」

 

グレンは冷や汗をダラダラ流しながら目をまた逸らした。

 

「これから、よろしく…………」

 

「あっ、うん! よろしくね! えっと……」

 

「……ヴァイス、ヴァイスでいい……」

 

彼はヴァイスと名乗り、それ以上は何も言わないとでも言うかのように

また黙ってしまった。

 

「よろしくね! ヴァイス君!」

 

これが出会い。

 

―――――

――――――――

―――――――――――

 

 

 

「あれは怖かった」

 

ヴァイスの眼を思い出してぶるりと震えるグレン。

 

その時。

 

コンコンコン。

 

『グレン、いるか?』

 

ドアの向こうから響くのはつい先まで考えていた銀髪の青年の声。

 

「あー、いるぞー。入っていいぞ」

 

グレンは思考を引き戻して入室を促した。

その直後、ガチャ、と良い音を立てながら開いたドアから

ヴァイスが入ってくる。

 

「おう、二日ぶりだな……って散らかってんなぁ~……」

 

「入ってきた第一声がそれかよ」

 

ヴァイスの言葉にグレンは苦笑した。

ヴァイスは散らかった机の上を覗きながら口を開いた。

 

「魔術触媒に研究論文に画材かこれ? あとこれは……愚者のアルカナ?」

 

怪訝な表情で呟きながら一際目立つタロットカードのようなものを

手に取ろうとするが、グレンに止められる。

 

「あぁ、まだ触るなよまだ絵具乾いてないから」

 

「なんだこれ、魔道具か?」

 

「お、さっすがヴァイス! 鋭いな。これ俺のオリジナルなんだぜ!」

グレンの言葉に目を見開き、すぐにさも自分の事のように嬉しそうに

笑った。

 

「オリジナル? ってことは完成したのか!? やったな!」

 

それに釣られてグレンも顔が綻ぶ。

 

件のオリジナルとは、魔術師の悲願とも言える魔術特性を生かしたオンリーワンの魔術

固有魔術のことだ。

 

グレンの魔術特性は《変化の停滞・停止》。

この特性は見方を変えればデメリットはあれど魔術の発動なども停止させたりできる。

他にも可能不可能はあるが、理論だけならばいくらでも提唱できる。

 

これが魔術特性が魔術師に重要視される理由だ。

 

以前では机上の空論であった理論でもたった一つの特性が全てを覆す。

現在の魔術師が特性を神聖視しているのも理解できるだろう。

 

「じゃあ、完成した祝いでコーヒー飲みにいこうぜ!」

 

「げぇ、俺コーヒー苦手って知ってるだろ……」

 

ヴァイスの祝い、という言葉に顔を輝かせるがすぐにコーヒー、という言葉で

顔を顰めた。

 

「じゃあお前はケーキでも食ってろよ、ほんっとガキだなぁ」

 

「るっせぇ!」

 

煽りに過剰に反応していることが子供っぽいということに気付かないグレンであった。

 

 

 

†  †  †  †  †

 

 

 

グレンの固有魔術完成の日から数日。

グレンとヴァイスはこれから宮廷魔導師団に所属して勤務するという理由とイヴの計らいによって帝都に住居が与えられた。

 

――しかもそれぞれ、である。

 

「イヴも太っ腹だよなぁ……よっと」

 

豪邸ではないにせよ一人で暮らすには余りにも十分すぎるその家に、ヴァイスは居た。

一人で引っ越しの荷物を部屋に運んでいた。

 

「よし、とりあえずこれでよし」

 

「何が、よしよ、全く片付いてないじゃない」

 

満足そうに頷くヴァイスを聞き覚えのある女性の声が一蹴した。

その声を聞いた瞬間、背後にいる人物が誰かわかったのか

苦笑しながら振り向いた。

 

「やっぱりイヴか……」

 

「あら、私だったことが不満なのかしら?」

 

そう言いながら手をすっと上げるイヴを見てヴァイスは顔を青ざめさせた。

 

「不満なんてないです! むしろ嬉しいから! だから《ブレイズ・バースト》は勘弁してくれ! ていうかお前が支給した家だろ!?」

 

「……ふん、まぁいいわ」

 

慌てたヴァイスを見て少し落ち着いたのかは定かではないが、イヴはすぐに手を下ろした。

そして鼻を鳴らして部屋を一度ぐるりと見渡した。

 

「他の部屋もこんな感じなのかしら?」

 

「まぁな~、今朝帝都着いたばっかだし」

 

適当な箱から魔術触媒や実験道具を取り出して軽く目を通して整理しながら

ヴァイスは言った。

どうやらここは研究室になるらしい。

そんなヴァイスにイヴはため息を漏らした。

 

「はぁ……仕方ないわね、私も手伝うわ」

 

「……まじ?」

 

イヴの言葉にヴァイスは目を瞬かせながら言った。

その言葉が信じられないと言った様子だ。

 

「なにか問題でも?」

 

野獣が如き眼光にヴァイスはもう何も言うことはできなかった。

反応に満足したのかイヴはヴァイスの隣まで移動し、箱の中身を覗きこんだ。

 

「とりあえず、この小物を出せばいいのかしら?」

 

「そうそう、それで出したら触媒と試薬がごちゃまぜになってるから分別して、触媒はそこに、試薬はそこにしまってくれ」

 

「ん」

 

ヴァイスの指示にイヴは声一つで承諾し、手際よく分別して言われた場所にしまっていった。

 

そんなイヴにヴァイスは驚きを隠せず魔術実験用の道具を整理がおぼつかなくなっていた。

 

(オイオイオイ、まじかよ!? あのイヴがこんなに素直な姿なんて初めてみたぞオイ!? ……なにか心境の変化でもあったのだろうか?)

 

思い出したようにまた手を動かしながら現在のイヴの言動の原因を考えるヴァイス。

 

(……いやでもあいつのことだし、意外と恩を着せてなにかとんでもない命令とかしてきそうだもんなぁ……。アイツが理由無くこんな益の無い事するわけがない)

 

「手が止まっているわよ」

 

「どわぁ!?」

 

思考に意識を持っていかれていたため、背後にイヴが居たことに気付かず

声を掛けられ飛び上がるヴァイス。

 

「何よ、その反応。私がせっかく手伝ってあげているのに貴方は呑気に休憩中とは、良い御身分ね?」

 

「いや、あの、えと……悪い」

 

嫌味たっぷりのその言葉にヴァイスは歯切れ悪く謝罪した。

それを見てイヴはまた鼻を鳴らした。

 

「ふん……それで、言われたことは終わったけど、次は?」

 

「は、早いな。……じゃあ、そこの箱から適当に物を出しといてくれるか?」

 

「はいはい」

 

次の指示にも素直に従うイヴにヴァイスは冷や汗を掻く。

 

(もう深くは考えないようにしよう……)

 

結局、納得する答えは導き出せず、考えるのをやめたのだった。

 

 

 

†  †  †  †  †

 

 

 

自身の権限を使って与えたヴァイス邸(仮)への引っ越しの荷解きを手伝いに来たイヴ=イグナイトは先程彼に指示された通りに目の前の箱達から小物などを床に出して種類ごとに纏めて整理していた。

 

魔術の研究に使うのであろう、注射器や受け皿に

錬金術に使う錬金釜や触媒、確実にヴァイスの趣味であろうサイフォンやポッドなどを無造作に種類なぞお構いなしに入れているため、整理が面倒くさいことこの上ない。

 

特に触媒は、錬金術と白魔術と黒魔術それぞれ違っているにも関わらず

ごちゃ混ぜになっているため一苦労なのだ。

 

そんなヴァイスのいい加減さに少しため息が出るイヴ。

 

学院時代では魔術の実技、筆記ともに優秀な成績を修めていた人間とは思えない。

ほんのちょっぴり眉を顰めながら黙々と荷解きを進めていくイヴ。

 

そしてイヴはある物を見つけた。

 

(あら? これは……写真?)

 

映っているのはヴァイスに似た銀髪の少女。

その少女はこちらに向かって花が咲いたような笑顔で見ている。

 

(妹かしら? ……結構昔の写真のようね、擦り切れてるし)

 

所々擦り切れたり、小さく破けたりしているその写真は大切そうに

写真立ての中に仕舞われていた。

それを見るに、持ち歩いていたが、何時頃かに写真立てに入れたように感じたイヴ。

 

(……ま、私には関係ないことだわね)

 

そう思ってまた手を付けていない荷物の紐を解いて整理を再開するのだった。

 

 

 

†  †  †  †  †

 

 

 

ヴァイスの引っ越しの荷解きはイヴの手伝いもあり、予定では日が沈むころに終わる予定だったものが日がまだ十分に上に位置する時間帯に終わることができた。

 

現在イヴの恐らく善意の手伝いのお礼、という理由で

ヴァイスらは帝都某所の喫茶店に居た。

 

その喫茶店は新しいヴァイスの家から徒歩十分前後と中々の近さで

ヴァイスの好みである落ち着いた雰囲気ということもあり

ヴァイスの心中ではここの常連になることは決定事項になっていた。

 

もちろん決定理由はそれだけでなく。

 

「……はぁ~、ここのコーヒーおいしいな」

 

コーヒーカップを置き、お茶請けの菓子を齧りながらヴァイスは

幸せそうにつぶやいた。

 

「私は紅茶の方が好きだから、コーヒーはあまり飲まないけど……まぁ、おいしいんじゃないかしら?」

 

イヴの口にもここのコーヒーは好評だったようだ。

その言葉にヴァイスは顔をさらに綻ばせた。

 

ここの喫茶店は穴場なのか自分達しかまだ客が存在していないようで

とても静かだ。

外の音がよく聞こえる。

 

風が窓を優しく叩く音。

雑談を交わす人々の喧騒。

通りを行き交う馬車の音。

 

 

その音を聞き流しながら、コーヒーカップを口に持っていき、傾けた。

音がいらぬ雑念も流してくれているような気がする。

 

ちらりとイヴを見やればイヴもイヴでリラックスしているようで目を瞑って

コーヒーを傾けている。

 

……ずっとこの時間が続けばいいのに。昔とは大違いだな。

 

ささやかな時間を強く、強く噛みしめながら明日の初仕事に備えて英気を養っていくのだった。

 




これで序章は終了です。
平和な日常を感じて頂けたでしょうか?

次回は第一章です。
ここから物語は大きく変わって生きます……!

あとオリキャラの名前募集してます。
感想の隅にでも小さく書いてくれたら嬉しいです。

今のところ6人くらい登場予定です。

モチベアップのために感想、感想をぉ……!

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