ロクでなし魔術講師と禁忌教典 Re:venge 作:名前のない怪物
今更ですがこの話は原作開始4~5年前くらいからのスタートです。
時系列関係は気を使っていますが、おかしな点があればご指摘お願い致します。
――ゴトゴト、ゴトゴト。
帝都からフェジテまでの道のりにある森林内の砂利道に高級感溢れる装飾を外装に施している馬車が音を立てながらゆっくりと音を立てながら進んでいた。
御者の役目はイヴの実家で仕える老齢の、イヴからは彼と呼ばれたその男性が果たしている。
馬の手綱を見事に操るその手前は流石執事、と言えば良いのだろうか?
でこぼこな砂利道な筈なのにも関わらず、馬車の中にいるヴァイスは揺れをほとんど感じておらず実に快適な帰路であった。
その帰路に着きながらヴァイスはこれからの事をニマニマとイヴやグレンらが見れば
恐らく気持ち悪いと酷評する程頬を緩ませながら考えていた。
(俺が宮廷魔導師かぁ……てことは俺もついには公務員か。こりゃ将来安泰だわ安泰。魔術師を撃退するだけの簡単な仕事をこなすだけで多額の年収が俺の手に!)
ニマニマ。
「フィーベル殿」
(なんやかんや幼い頃は散々な目にあってきたからな。これくらいは当然だろうけどな!)
ニマニマ。
「フィーベル殿?」
(これで親父達にもやっと笑顔で報告できる。……まぁ、あれから帰ってないんだけど)
ニマニマニマニマ。
「もしも~し、フィーベル殿~?」
(てことはまずは何年も帰らずに顔を合せなかったことに対する謝罪だな。とりあえず母さんには香水をシスティーナには……メルガリウス関係の本とかにしよう。親父は……まぁ、いらないか)
ニマニマニマニマ。ニマニマニマニマ。
「ヴァイス=フィーベル殿~?」
(考えるだけでもたくさんやるべきことがあるな……夢が広が)
「返事をしないとイヴお嬢様にフィーベル殿がお嬢様を陰ながら罵っていたと根も葉もない話をすることになりま」
「る前に僕が塵も残らず燃やされるからやめていただけますか!?」
とんでもない脅迫が耳に届いたヴァイスは馬車内の座席から音を立てながら立ち上がる程
動揺しながら、慌ててその脅迫をしてきた侮れない老齢の男に抗議した。
「フィーベル殿が先ほどから私めが呼びかけているのに反応なさらないのが悪うございます。この老いぼれめの軟弱な頭ではこの方法しか思いつきませんでした……気に障ったようであれば謝罪いたします」
「あ、あぁ~……すいません」
爺の顔に映る申し訳なさ200パーセントの顔にヴァイスも落ち着きを取り戻す。
そして先程から自分が呼びかけを何度も無視していたことに気付き、すぐに謝る。
素直な謝罪に爺は瞳と口を緩ませ、優しそうに笑いながら口を開いた。
「いえ、私も他に方法があったやもしれません。今回はお互い様、ということにしておきましょう」
「は、はぁ……」
とんでもない脅迫をしたり申し訳なくなったり笑ったりと表情が二転三転する
老齢の男……爺に翻弄され
ヴァイスも困惑した顔で曖昧な返事しか返すことができない。
そしてあぁ、そうでしたと呟きながらヴァイスの顔を見た。
「私はフィーベル殿に言っておきたい事があったのでした……フィーベル殿」
優しげな雰囲気から打って変わり、真剣な表情になった爺の姿に
ヴァイスの顔はさらに困惑の表情を強く出していた。
「は、はい?」
「私から何かを言っても恐らく悪い印象しかお持ちにしかならないので一つだけ。覚悟をなさい。それだけです」
まるでヴァイスがこれからどうなるのか知っているような言いぐさとそれを物語るような
鋭い視線にヴァイスも表情を困惑していた顔から真剣な顔つきにしてその視線に正面から目を合わせて答えた。
「肝に銘じておきます」
そのヴァイスの表情からなにを見据えたのか爺はまた優しそうな表情に戻り
嬉しそうに笑い出した。
「ほっほ、老いぼれめの言葉なんぞ頭の隅に置かれるだけで十分でしょう。私は馬のご機嫌を取らなければならないのでフィーベル殿は休息を取られるとよろしいかと。まだフェジテまで少しかかります故」
「……わかりました」
爺に勧められ椅子に凭れながら目を瞑ろうとするがそれは叶わなかった。
他ならぬ勧めた本人の手によってだ。
「あ、フィーベル殿。最後に一つだけよろしいですかな?」
「はい?」
「お嬢様を今後ともよろしくお願いします。学院時代の旧友ならばお嬢様がどういった性格をしておられるかはわかりますでしょう?」
爺の言葉にヴァイスは笑いながら自嘲気味に答えた。
「……はは、旧友と言えるほど付き合いは長くありませんけどね。せいぜい三年ですよ」
せいぜいと言ったがその三年は本当に密が高い三年だったとヴァイスは思っている。
ヴァイスの言葉に首を振りながらその言葉を否定しながら爺はにこりと微笑む。
「お嬢様からすればそれはもう十分に旧友に入りますでしょう。お嬢様は少なくともそう思っておられる筈ですよ」
「…そうだといいんですけどね。なにぶん燃やされてばかりでしたから」
思い出すのは学院時代で何かあれば不敵な笑みで炎系魔術で髪を焦がそうとするイヴ。
今思い出しても恐怖体験モノだ。
「……思っておられる筈ですよ、きっと」
「……そうだと、いいんですけど……たははは……はぁ」
爺の自信なさげな言葉に力のない笑いを漏らした。
「フィーベル殿、まだフェジテまで時間がかかります故、少しお休みになられてはいかがでしょう? 寝れば暗い気分も少しはマシになるというもの」
ヴァイスの光を失くした瞳を見て流石にこのままにするのは
話題を振った者として気が悪いのでフォローを入れた。
「……そうさせて頂きます」
そう言って自分の過去の黒歴史(文字通り黒炭にされそうになった歴史)を
頭の中から追い出すために目を瞑り無理矢理思考を止めて眠りにつくのだった。
† † † † †
ゴトゴト音を立てながら縦に揺れる馬車の御者台。
そこに老齢の男……リブル=ウェルダンが馬の手綱を握っていた。
ちらりと背後に設置される小さな窓を除けば肘を窓に立てながら眠っている青年の姿。
「ヴァイス=フィーベル……ですか」
フィーベル。
その家名で思い当たるのはフェジテで大地主をしている貴族しかいない。
それと同時に魔導考古学者で有名なレドルフ=フィーベルの名も浮かぶ。
そして疑問。
「ふむ……確かフィーベル家には長男は居なかった筈(・・・・・・・・・)ですが……」
噂を聞いた限りではフィーベル一家には一子しかおらず、尚且つその子供は確か
女の子で、名はシスティーナと言ったはず。
「魔導考古学で有名なフィーベルの家に生まれながら魔導師を目指す少年ですか……」
実に興味深い。
お嬢様がずっと学院時代にお世話になったと聞いていたからどんな男だと見てみれば。
まさかフィーベルの家の者でしかも存在していない長男。
しかも見ればかなり若い。
お嬢様より少し年下だろうか?
とすれば学院は最年少で入学したことになるが、ついぞそんな噂は帝都には
届いていない。
……本当に実に興味深い。
「それにあの眼」
お嬢様と国軍省で話しているときにちらりと視たが
あれは……
「いえ、考えるのはやめましょう。現実になるといけませんから」
首を振りながらリブルは彼の眼について考えを振り払った。
そしてまたちらりと横目で眠る青年を見やる。
「ヴァイス=フィーベル……貴殿の歩む道は恐らく修羅の道だろう……若者らしくあがいて、あがいてあがき倒すのだ。そして道を失わないようにされよ」
リブルはその青年を見やりながら今言っても意味のない忠告を呟いた。
彼の歩む道はきっと真っ当なモノではないだろう。
それでもお嬢様の友人でいてくれる彼に願わずにはいられなかった。
死なないでくれ……と。
「どうかタウムの加護があらんことを」
彼の祖父であろうレドルフ=フィーベルの論文で有名な天空の双生児《タウム》神殿の御神体が彼を守ってくれるように祈るのだった。
† † † † †
……ある子供の、夢を見た。
『このバケモノ!』
名も知らぬ女の子がソレにモノを投げつけながら叫ぶ。
――化け物じゃない。
『触るな! バケモノの菌が移るだろっ!!』
つい数週間前まで仲が良かった男の友達が手を振り払いながら叫ぶ。
――化け物じゃない……
『なんでバケモノがこの学校に入園できたのかしら。人間じゃないのに』
汚物を見るような眼差しで見つめる同じクラスの子供の母親達。
――化け物じゃないっ!
『すまないが明日から君は来なくてもいいからね。……ったく化け物なんか面倒見きれるかっての』
貼り付けたような笑顔でそう言って、小さく罵詈雑言を吐き捨てる男。
――化け物なんかじゃないっ!!
酷く人に焦がれる、夢を見た。
叶う筈のない、夢を見た。
ソレが家に帰れば
『おかえりなさい、今日も楽しかったかしら? ■■■■』
『おお! 今日は早いな■■■■! 友達とは遊んでこなかったのか?』
家族からの惜しみない愛情が待っていた。
しかし、人に成り損なってしまった化け物の■■■■はその愛情すら
苦痛に感じた。所詮は獣、人間の愛情など愛しく感じるはずもない。
いつかこんな辛く苦しい日々が終わることを両手を合わせ強く握りながら
願っていた。
この苦しみから解放されることを
『…………お前、私の弟子にならないか?』
そして。
――――――――――――
――――――――
―――――
「………! ……ベル殿!」
暗闇が広がる空間で誰かを呼ぶ声が聞こえる。
「フィーベル殿!」
「……ッ!?」
耳元で叫ばれた声にヴァイスは跳ね起きた。
寝起きで思いっきり勢いをつけて文字通り跳ね起きたので起こる現象は
ただ一つだった。
「アダッ……!?」
馬車の天井は女性には問題ないだろうが男性には少し天井が低いのだ。
ヴァイスは思いっきりは天井に頭を激突させた。
帝都からフェジテまでの短い馬車の旅は快適とは言えなくなったようだ。
「ほっほっほ、フェジテに着きましたぞ」
「あ、ありがとうございます……いっつぅ」
頭をさすりながら馬車を降りると目の前は自宅として使わせてもらっているかの人外と称された域まで上り詰めた第七階梯の魔術師、セリカ=アルフォネアの家だった。
どうやら自分の家までわざわざ送ってくれたらしい。
「い、家まで送ってもらって感謝します……えっと」
「そういえば名前を言っておりませんでしたな」
爺は深く深くお辞儀をして名乗った。
「私めの名はリブル=ウェルダン。どうかリブルと御呼びください」
「ではリブルさん、送って頂きありがとうございます」
「ほっほ、いえいえ。お嬢様に命じられておりましたので」
そう笑いながら言ったリブルに釣られてヴァイスも頬を緩める。
そんな別れ際にヴァイスにここ数年間聞き覚えがありすぎる声が聞こえてきた。
「ヴァイス、今帰ってきたのか」
背後の玄関から聞こえてくる声には喜色が混じっている。
ヴァイスが後ろを振り向けば予想した通り、この家の家主のセリカだった。
先程まで寝ていたのか、普段は枝毛一つない金髪は寝癖でボサボサで
来ている服もかなり際どく、セリカが持っている女の武器を前面に押し出した格好になっている。そんな恰好にもヴァイスは顔を赤くすることなく呆れた笑みを浮かべながら
「セリカ……外に出てくるのにその恰好は不味いと思うんだけど」
「ふふ、なんだ? 私の体に欲情するからか? この変態め!」
敢えて身体を見せつけるように立ち回りながらセリカは笑いながらからかう。
「いや、違うから! 今目の前に俺以外の人いるでしょうが!」
ヴァイスの言葉に怪訝な表情をしてヴァイスの背後に目を凝らす。
そしてセリカははっとしたようにリブルを指さしながら口を開いた。
「んぁ?…………あぁ!! オマエ、リブルだよな!?」
「ご無沙汰しております、セリカ様」
セリカの言葉にやけに礼儀正しく礼をしたリブル。
その状況にヴァイスは首を傾げる。
そんなヴァイスのことなぞお構いなしにセリカとリブルは会話に花を咲かせていく。
「なんだオマエ、ここ何年か見ないと思ってたがまさかその恰好……」
つま先から頭の先まで隅々まで顎に手を当てながら見やる。
そんな視線も気にも留めないような仕草でリブルはやけに大仰な動作で頷いた。
「はい、今はイグナイト家の方で専属の執事をやらせていただいております」
「ほぉ……昔はともかく、今は老齢のできる執事って感じだな!」
感嘆の溜息の後にセリカは恐らく昔のリブルの姿を思い浮かべながら
今のリブルの隣に脳内投影して比較しながらそう笑いながら言い放った。
「ほっほっほ、昔は私めも元気でしたからな」
遠い眼をしながらそういうリブルは懐かしんでいるように隣で見ているヴァイスには見えた。
「うわ、その笑い方に人称! 滅茶苦茶雰囲気変わったな……ちょっと気味悪いぞ」
引き気味な表情のセリカ。
そんなに今と違うのだろうかと隣で聞いていたヴァイスは完全に蚊帳の外状態で若干の疎外感を感じながら思う。
「あれからもう40年ですから、それは雰囲気も変わるでしょう」
「ああ~、あれからもう40年か……早いものだな」
リブルからでた40年、という言葉にセリカは感慨深そうに言葉を漏らし
リブルはそれを聞きうんうんと頷きながら言った。
「セリカ様は《永遠者》ですから他の一般人とは時の感じ方が違うのでしょうな」
「まぁな……それでもっと話を聞かせてくれ」
「ほっほ、不肖リブル、お相手いたしますぞ」
それから繰り出される会話はもうヴァイスには理解不能だった。
「……????」
状況、会話共に理解できないヴァイスは首を傾げることしかできなかった。
それから二人は延々と会話を続け――。
「それがだな……っともう日が暮れてきているな、リブルも帝都に戻るといい。執事が主に仕えていないと執事失格だしな」
「おぉ、もうそんな時間でしたか。いやはや、年を取ると話が長くなっていけませんな……」
「じゃあな、また来いよ」
「はい、また機会があれば」
そう言った後リブルはまた丁寧に礼をして手綱を握り馬を動かし
来た道を引き返して行った。
「やっと話終わったか……あぁ~足痛ぇ~」
日が暮れるまで話をずっと棒立ちで聞いていたので足が鉛のように重い。
少しでも足を楽にしようと足をプラプラと振っていると
「なんだヴァイス。ずっと隣で待っていたのか? 先に中に入っていればよかったじゃないか」
確かにその通りだ、と思ったがそれを気付かないヴァイスではないのだ。
その言葉に半眼でセリカを睨んだ。
「セリカがそこで立ってるから入れなかったんだよ」
「おぉ、気付かなかったよ。それは悪かったな」
やけに大きな身振り手振りと表情で言ったセリカにヴァイスは視線を厳しくした。
(絶対わざとだろ……全くこっちは遠出で疲れてるっていうのに……)
たまにこうしてセリカはヴァイスに地味なイタズラを仕掛けてくる。
実に地味だが時には今回のような地味に辛いイタズラもしてくるのでヴァイスとしては
勘弁願いたいところだ。困った義母である。
「それより、リブルさんとは知り合いなのか? 随分親しげだったようだけど」
セリカの悪戯を咎めるよりも先ほどから気になっていたことを
セリカに尋ねると、セリカは腕を組みながら少し怪訝な表情をした。
「うん? お前知らないのか?」
「?」
「リブル=ウェルダン。彼は40年前の報神戦争で生き抜いた歴戦の猛者だよ。結構軍の方ではそこそこ有名な話だが知らないのか?」
「なっ!?」
あの老齢の男は食えない男だとは思ったがまさかそんな強者だったとは。
驚愕しているヴァイスを気にせず思い出すように手を顎に当てながら
セリカは答えた。
「ゼーロスが二刀細剣の達人なら、あいつは片手剣の達人だな。ゼーロスといい勝負をしていると思うぞ」
かの有名な《双紫電》と同等の実力者ということは相当の使い手なんだろうとヴァイスは
納得する。あの掴みどころのない言動も頷ける。
「能ある鷹は爪を隠す……か」
そう呟き感嘆するヴァイスに何故かセリカがむっとした表情をした。
「まぁ、でも私の剣の腕の方が上なんだけどな! はっはっは!」
セリカは薄着しているせいで強調されている胸を張りながらそう豪語した。
ヴァイスは心中、なに張り合ってんだか……と呆れながらやれやれと言わんばかりに
肩をすくめた。
「セリカの腕前は借り物じゃん。知ってるぞ、セリカ剣使う前に《ロード・エクスペリエンス》こっそり詠唱してんの」
痛いところを指摘され、セリカはうっ、と声を詰まらせながら
負けじと必死の弁明をしていた。
「あ、アレだって私の腕前だぞ……?」
「どうだか」
セリカの弁明を一蹴しながらヴァイスはセリカの家門を潜り、家へと
入っていった。そんなヴァイスの背中を見ながらセリカは。
「ヴァイスが冷たくて私は寂しいぞ……グスン」
およよ、と泣き崩れるマネをしていたが、それに反応する者は
誰も居なかったのだった。
序章はプロローグだけで終わりです。
感想評価お願いします。
……ちなみにリブルさんの名前の由来はリブロースと焼き加減のウェルダンからです。
肉好きだからね、しょうがないね。