最後までやるかは未定。
◆
ザーと雨が振る東京の某所の路地裏。光があまりない薄暗い空間。そこに一人の少女がビルに寄りかかりながら逃げるようにふらつくその足で歩いていた。
「・・・・・私って、やっぱり呪われているんだなぁ・・・」
少女の名前は"立花響"。
橙色の外にはねたセミロングヘアー。だがところどころ汚れている。彼女の顔は生気があまりなく、げっそりとしたような頬や体つきをしている。そのことを悟られないようにボロボロの灰色のパーカーでその身を見られないようにしていた。
もうお金もなく、身も心も衰弱していて生きる気力をなくしていることはその姿からわかる。彼女の目に希望はない。まるで死んだ魚のように濁り、何もかもに絶望している、虚ろで諦めた眼をしていた。そして普通そこにはあっておかしくない警戒感は無く、どうでもいい、どうなってもいいという感じが見受けられた。
時刻は9時を過ぎている。普通の子供ならもう家にいる時間である。だが少女にはもう帰る家がなかった。それどころか居場所も、陽だまりすらもなかった。
彼女にあった当たり前の日常も、幸福もなにもかもない。ただ生きているだけ。野生動物と同じ事を響はしていた。そしてついにはドサッと倒れた。
立ち上がるにも、もうそんな力はない。そんな気力もない。その時の姿は見るに堪えないだろう。何日も風呂に入っていない汚い体も。着替えないことでボロボロになった服も。空腹でこけた頬も。なにより疲れ切った眼も。彼女はまさしく浮浪者だったのだ。
(・・・・私・・・・・死んじゃうんだろうだな・・・・。)
死。
頭によぎる言葉はそれだった。
だがそれもいいかなと思った。最初は生きることに執着していた。でも日が経つにつれそれはなくなっていた。もう疲れたのだ。ここで死んだとしても迷惑をかけるであろう。自分の身元を調べ、そして罵倒するのであろう。そして喜ぶ。人殺しは死んで当然と。この世からいなくなってよかったと。
(・・・・・お休み。)
徐々に瞼が閉じていく。視界も暗くなる。段々と意識が遠のいていくその中で。パシャパシャと水の音がこちらに近づいてきた。目の前には人影があった。
(・・・え?・・・・誰?・・・・。)
だが考えるのをやめた。ピンチの時に助けてくれる。そんな展開があるはずがないアニメじゃないんだから。その考えを最後に響の意識は闇に落ちた。
◆
「お・・・・・・・ぬな・・・・!!」
――――――声が聞こえる。自分を呼びかける。叱咤する声。
「目を開けてくれ!!」
―――――誰の声?
「生きるのを諦めるな!!」
―――――そうだ・・・・思い出した・・・。奏さんの声だ。
あの日起きた惨劇で聞いた声。その声で何とか意識を保つことができた。死ぬことだけは避けた。
―――――あれ、でもなんで?
ぼやけた視界も徐々に戻ってきた。目の前には自分が目を覚ましたことに安心した奏。その姿は変身系ヒロインアニメのような武装をしている。だがその姿もボロボロだ。そして彼女の後ろには無数のノイズ。ゆっくりとこちらに迫ってきた。なぜ目の前に彼女がいるのか。なぜこんなところにノイズがいるのか。思考を巡らせ、答えにたどり着く。
―――――ああ、夢なんだ。
夢。響の運命を決めた惨劇。その夢を響は見ていた。当時は生きていてもこの後ノイズに襲われて炭素分解して死ぬんだろうなと思っていた。夢を見ているという結論にたどり着いた瞬間。ライブ会場の中心に閃光が落ちた。
―――――え?
「っ!!なんだ!?」
突然の出来事に振り向く奏。その閃光は徐々に広がり、世界を響をやさしく包み込んだ。広がるその世界は安らぎを与えた。
(あたたかい。まるで―――――
―――――お母さんに抱きしめられているみたい。
◆
「・・・・・・う・・・ん・・。」
徐々に目の前が明るくなってくる。視界がぼやけていたが、だんだん治っていく。そこには知らない天井があった。
「・・・・え?」
いやおかしい。
天井が見えるのはおかしい。上半身をゆっくり起こす。意識がはっきりしてくると、フカフカという感触に気づく。
「・・・ベッド?・・・・私、ベッドで寝ていたの・・・・?・・・なんで・・・?」
どうやらベッドで寝ていたようだ。響は薄暗い路地裏で倒れ気を失った。だが知らない人の部屋で目覚めた。
どういうことだろうか。頭が回り始め、これまでの記憶の整理を行うと右手にぬくもりがあることに気づく。
響の右手には見知らぬ左手が握られていた。
握っていたのは黒髪のポニーテールで寝顔は中性的。おそらく女だろう。その少女は響の右手を握っている状態でベッドにに体を預けていた。静かに寝息を立てている。
「・・・・・そうだ。意識を失う前に誰かがこっちに近づいてきたんだ。もしかしてこの娘がそうなのかな。」
きれいな紅色の真珠の付いた髪留めで髪を後ろに止めており、青色のジャージを着ている。寝顔を見るにおそらく年は響と変わらないだろう。響の服も知らないジャージに変わっている。昨日は雨が降っていたから服も着替えさせてくれたのだろう。
「どうして・・・・助けてくれたんだろう・・・。」
響は静かにつぶやいた。今の響が思わずを得なかった疑問。
今まで誰も救ってくれなかった。スーパーや売店で食べ物を買いに行った時も店員は心配してくれることはなかった。そこに行くたびに周りからには視線が刺さる。
心配の視線ではない。
異物。気持ち悪い。
視線に込められた感情の多くはそれだった。どうしたんだろうという視線もあったりしたが心配してくれることはなかった。助けてくれなかった。その代わり苦情は来た。くさい。汚らわしい。邪魔。まったく知らない人にそんなことを言われる始末。
(別に・・・好きでやってるわけじゃないのに・・・・。)
当時の日々を思い出し、恐怖で体が震えだす。そんな震える体を守るかのように自身の体を響は抱きしめた。
「・・・・・うん・・あ、起きたんだね。・・・よかった。」
手を放したからだろうか。少女が目覚めた。立ち上がると軽く背筋を伸ばす。終えるとやさしく微笑んで響に言った。
「待っててね、何か食べ物を作るから。」
部屋を後にしようとドアに向かう。あ、そうそうといいこちらに振り向く。
「ボクの名前は
月のようにやさしく微笑み自己紹介。
その笑顔は響にとっては温かく、なぜか懐かしかった。
ではまた機会があれば。