ソードアート・オンライン──鉄の執行者──   作:トウチ亀

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第三話 昼の談話、そして果ての山脈へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ⁉ 噓でしょそんなの⁉」

 

「嘘も何も、当事者は俺の他に二人もいる。ハカリが樹の《天命》を削った張本人だ。な?」

 

 キリトの話に驚愕する少女。何とか少女の説教回避に成功したハカリ達は昼食を取っていた。

 話を振られたキリトにハカリは頭を上下させながら用意されたバスケットに手を伸ばし、目に留まったパイを掴み取って口に咀嚼させる。

 美味かった。生地に練りこまれたバターの香りが咀嚼の度に口の中に広がり、具材の肉は程よい焼き加減で、午前中の仕事で湧いた食欲をこの上なく満たしていた。

そして、傍らに置いてあった僅かに甘みを感じさせるミルクで喉を潤す。

 

「ハカリ! 本当なの⁉」

 

「っ! 本当だ。というか近いっ、近いっての……」

 

「あ……ご、ごめん……」

 

 急接近して来た少女に驚いたハカリは手に持ったミルクを零しそうになりながらも、腰を地面につけたまま後退する。

 金色の髪はソルスの陽光を反射させ、まだ幼い顔から覗く深い青の双眸は羞恥心のためか、今はそっぽを向いてしまっている。

 言わずもがな、彼女こそがこの昼食を用意してくれた張本人──アリスだ。

 先月から始まった彼女の弁当計画だが、飯を喰らうハカリに対して期待の眼差しを向ける彼女に、彼は終ぞドキマギしっぱなしである。それに今回は相応のイベントが発生したためか、アリスの接近距離が普段より近いのも原因の一つだろう。

 そして、アリスが弁当を作ってきたこととハカリが何故アリスに対してどぎまぎしている原因を知るキリトは順調にやってるな、と言わんばかりの笑顔を浮かべ、同じく理由を知るユージオは微笑まし気に視線を送って黒パンにかぶりついている。

 それに気づいた二人が余計に恥ずかしくなったのか、互いに咳払いをしてから話題の方向修正を試みた。

 

「そ、そうそう、キリトの話、本当なのよね?」

 

「あ、ああ。まあな。そのお陰でぱっと見八か月分の仕事はしたと思う」

 

「ええぇ⁉」

 

「近いっつの! 天命減る! 心臓破裂で減るからっ!」

 

 興奮冷めやらぬと言った様子で再び接近して来たアリスにハカリは対応しきれず至近距離で彼女の顔を見つめる事になる。その時のハカリの顔と言ったら耳まで真っ赤で、もう年齢独特の初々しさが半端じゃなかった。普段はふてぶてしさが目立つ彼でも不意打ちにはめっぽう弱いのだ。そして同じように普段元気溌溂でハカリ達を振り回すアリスもそんなハカリの反応を見てクールダウンした羞恥心がまたヒートアップしたのか、彼と同じように顔全体を真っ赤にしている。いや、赤さで言えばこっちの方が上か。

 そして、アリスはどうトチ狂ったのか、バスケットに入った黒パンのサンドをハカリの口に突っ込んだ。その攻撃により、ハカリの天命が僅かながら減る。

 

「えと……料理、どうだったかしら……」

 

 ちなみに今の黒パンサンドはバスケットの中身をテキトーに掴み取ったという訳ではない。アリス自身が手伝い無しにハカリの好みをしっかりと把握して、遠回しに聞きこんだりして作った果実とチーズのサンドである。

 

「……何だか他の飯と違うな」

 

 少しばかり口周りの痛みに苦しんでいたハカリだが、アリスの行動によって少しばかり復活したらしく、比較的落ち着いた評価を下していた。

 

「え」

 

「あ、いや。なんか……これ俺の好みドンピシャ。マジで美味い」

 

 世界の終わりを垣間見たような表情に変貌したアリスにハカリが何かを誤解したと感じ取ったのか、すぐさま評価を上方修正する。現に今のハカリの表情は大分綻んでおり、アリスに半ば強引に口へ突っ込まれたサンドの評価がわかるという物だろう。

 基本、ハカリは飯を出してもらえばどんな味だろうと食らう。この姿勢は少しばかり失礼であるかもしれないが、不味くて手を付けないか不味くても完食するかでどちらが礼儀を欠くかを本人なりに考えた結果である。だが、そういった姿勢と裏腹に態度に出やすいため、本人は失礼の無いようにしてはいるが、提供してくれる側からしてみれば本人がどう思っているかバレバレという微妙な状況になっている。

 名残惜しそうに黒パンサンドを味わっていながら本当にお代わりがないかバスケットの中身をごそごそと漁るハカリの様子にアリスの表情はみるみる綻んでいく。こんなことは、普段の様子から考えたら絶対にありえない光景だ。

 

「えへへ……ドンピシャ……美味しいって……お代わり欲しいって……ふふっ」

 

((うわぁ……))

 

 自分の作った料理を美味いと言われて喜ばない女子などいない、という事だろう。現に彼女の顔はハカリなど相手にもならない程笑顔に包まれており、外野のキリトとユージオはそんなアリスの様子に周囲から花が咲くのを幻視していた。

 まあ、キリトとユージオが今感じているのは自身の目の前で男女がいちゃついている時の妙な気まずさと考えてくれればいい。同時に幸せそうだなぁ、という何処か感慨深いものを感じているが。

 

「ユージオ、ギガスシダー齧ったらこの口の中の砂糖無くなると思うか?」

 

「歯が無くなるよ。せめて《竜骨の斧》にしておいたほうが──」

 

 だが、流石に我慢の限界と言うものがあるのだろう。

 アリスとハカリが和気藹々としている外野では二次災害が酷かった。パイを食していたユージオが提案した頃には既に手遅れだったのか、キリトの歯が一時的に機能不全となり、砂糖を吐いて白目を剥きながら地面に倒れ伏している。えらいことなってるなこれ、とユージオは再び顔を手で覆った。まあ、それで《竜骨の斧》を勧めるユージオも大概であるが。

 

「よし、ユージオ、話を戻すぞ」

 

「戻るのこれ?」

 

「戻すのよ」

 

 すっかり普段通りの姿に復活したハカリが倒れ伏しているキリトの食べかけの黒パンを彼の口にぶち込み、同じように復活したアリスはキリトの飲みかけのミルクをキリトの口に流し込む。明らかに人を殺している絵面なんだけど、と思ったユージオの眼は正しい。

 

「ふぅ……危なかった。一瞬ステイシア様が見えたぜ」

 

「もう何が何だか……」

 

 むくっと何事も無かったかのように起き上がったキリトにユージオは再び顔を手で覆った。ユージオの気苦労の絶えなさには恐らく《天命》も僅かながら影響させているのではないだろうか。

 

「んで、アリスにはどこまで話したんだ? キリト」

 

「ねぇ、良いの? これで?」

 

「ギガスシダーの《天命》を削った正確な数字までだな」

 

「そうよ、一体全体どうやってあの斧でそこまで削ったっていうの?」

 

 ここまでくるとユージオが不憫でならないが、ここでは敢えて伏せておく。

 そこからハカリはアリスに事の顛末を説明した。自分らが見た事、やった事を事細かく。キリトやユージオもあの時聞けなかった『斧』と『剣』についてもだ。そして《衛士》という剣士の役職にしか習得していない《剣技》についても。

 だが、それらについてはハカリ自身もちゃんと把握している訳じゃないのだ。

 というか、アリスが分からないことが自分に分かるわけが無いだろうというのがハカリ本人の言い分である。簡単に言ってハカリはアリスよりアホという事だ。

 十歳で《天職》に就いたハカリ達とは違い、アリスは高い才能を秘めた才女と認められた故、現在でも教会の学校で神聖術や帝国の歴史、帝国基本法などを学習している。故にこの状況でアリスが答えられないような内容をハカリが答えられるわけが無く、キリト達の質問については結局曖昧な事しか伝えられないというのが現状である。

 

「剣技に関しては一月前の休息日で《衛士》のおっさんに齧り程度教えてもらった。褒めちぎってゴマすって」

 

「ほんとそういうところで妥協しないわねあんた……それでその例の不可思議現象は?」

 

「あの斧が剣に変わった原理は俺にも分からん。というか俺が知るわけないだろう。俺がそんな高い知能を持っていると思う人、挙手」

 

「無いな」

 

「あり得ないね」

 

「アホだしね。あんた」

 

 挙手してワンコメント添えるという手厚い歓迎の上、あまりの容赦の無さにハカリは涙腺が崩れかけるのを覚える。特にアリスにアホ認定されたことが妙に悲しかった。

ハカリは決して頭が悪いわけじゃない。寧ろ発想の転換で言えばハカリを含めた四人の中では群を抜いている。だが、発想の転換の度合いが過ぎているのが問題なのだ。そういったぶっ飛んだ思考回路が色々と台無しにしているため、結果的にアホ扱いをされる事になっている。

 決して、頭が悪い訳じゃないのに。

 

「あれ、まだ目元が熱い……よし、俺は大丈夫。俺は大丈夫。こいつらが頭おかしいだけだから……言っておくがなユージオ、キリト。お前達にもアレ覚えて貰うんだからな。それに、理論とか原理が全くわからんからかなり感覚的な指導になりそうだし」

 

 容赦なしの言葉の槍から復帰してそうハカリが言い放つと、ユージオとキリトの表情が一気に曇っていく。アレを自分らも使う事になるとは薄々理解してはいたがいざ面となって言われると色々と思う事があるのだろう。例えばこれから行われるであろうハカリ(アホ)の感覚的指導とか。あの脳筋の指導は大抵碌なことにならないと心得ているのだ。

 まあその辺りは時間をかけていけば大丈夫だろうとハカリは思う。あの力に関してハカリは完全に習得したわけじゃないし、まだ発展途上中であることは確かなのだ。それに思考傾向のバランスはキリトとハカリとユージオの男三人組で案外とれているため、後は根気があれば問題は無い。

 

「で、でもやっと目途が立ってきたね。正直、僕もこんな事になるなんて思ってもいなかったよ」

 

 遠い目をしつつもしみじみと語るユージオにハカリがああ、と同意してから付け足す。

 

「後は、《禁忌目録》での規則による縛りの確認が出来れば良しだな。アレばっかりは無視するわけにはいかないからなぁ」

 

「え? あんなん教会にバレなきゃ大丈夫だろ?」

 

「「やめろ」」

 

 キリトの言い分にハカリとユージオがシャレにならんと言った様子で言い放つ。キリトの腕白っぷりに振り回されるのはユージオだけでなく、意外にも第二候補はハカリだったりする。

 だが、ここにはもう一人勇者がいる事を忘れてはならない。なまじ、頭が良いためキリトやハカリよりも質が悪い彼女の存在を。

 

「あら、私も同意見だけど? 規則なんて隙間を突いてなんぼでしょ」

 

「優等生の裏の顔を見たね。そこの所はどうなの? ハカリ」

 

 勿論、OKである。ある意味アリスに強く出れないハカリでは当然の結果だった。

 それを伝えるためにハカリがサムズアップを送るとまた重苦しく溜息を吐き、中年よろしくミルクの入った壺を一気に傾けていた。その後、むせてキリトの顔面に全て降りかかったが。

しっちゃかめっちゃかしつつ、ハカリ達が軽く話題の軸になっている《禁忌目録》。その内実はあまり軽視出来るものでは無い。

 《禁忌目録》。ここからずっと南にある《央都セントリア》の《公理教会》が発注する人界における絶対的な法。それは村の掟や帝国基本法と言った規則を遥かに凌ぐ力を持った法律である。ハカリ達が《天職》に就く以前、教会で最初に教えられたのはこれだったのだ。それこそ、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その内容はただひたすら『やってはいけない事』の羅列だ。人を殺してはいけない、盗みを働いてはいけない、《天職》を放棄してはいけない、と言った具合だ。この人界に住む人間の最低限の倫理観を形成しているといっても過言ではない。それを破れば《公理教会》の執行官である《整合騎士》にお縄にかけられる。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()という項目が存在するのだから、妙な話である。ハカリの懸念はまさにそれで、()()()()()()()()()()()()()()()を危惧しているのだ。

 彼らが踏み込もうとしているのはまさに誰もやったことのないような未知の領域。それが禁忌に触れている可能性がある、という簡単な話だ。だが、ハカリ達は全てを覚える気は既に失せている。

 各地の村に最低一つは置いてあるとされている《禁忌目録》を記した写本だが、とても全て覚えられる量や写本自体の厚みではない。そもそも覚えること自体禁じられている故に写本本体を貸してくれる筈も無く、目録の把握は半ば投げ捨てていた。

 

「まあ、目録に反してるなら俺はとうにお縄にかかってるがな……」

 

「何気に凄い事言ったなお前。アホなのに。あ、そういえばお前一か月前から準備してたって……」

 

「妙な所で頭とその奇抜な行動力が活かされていくからなぁハカリは。アホだけど」

 

「ちょっと、アホアホ言い過ぎじゃない? 寧ろそこがハカリの良い所でしょ」

 

「お前らは俺の頭に何か恨みでもあるの?」

 

 俺はもうダメかもしれない、と思いながらハカリが最後のパイに手を伸ばそうとする。

 が。それはアリスの手によって阻まれた。

 

「? 何だよアリス」

 

「残念。時間よ」

 

 アリスが残り一切れのパイに向かって先程ギガスシダーの《天命》を覗いた時の様に人差し指と中指を動作させる。

 すると、その《天命》の値が0と表示されている事に気づき、同時にやってしまったと言わんばかりにハカリが顔を顰める。

 

「あんたたちがずっと喋ってるからよ。はい、終わり終わり」

 

「え~……」

 

「……まったく、仕方ないわね。また作ってあげるからそんな顔しないでよ」

 

 食べ物の《天命》が尽きる。それはいわゆる『傷んだ食べ物』として扱われ、食った人間はしばらくの間腹痛や熱と言った病気を発するようになる。原因はいわずもかな、この暑さの原因であるソルスの陽光だ。この時期のソルスは保存性の無いものから容赦なく《天命》を削り、このように食べ物を傷ませる。

もう食べられない食べ物になってしまったパイを未だ《天命》が尽きていない干した果実を齧りながら残念そうに見つめるハカリを宥めるアリスの様子は子どもを世話する母親のよう。まあ、早く食べる様に言ったアリスの言葉を忘れて話に没頭してしまっていたハカリ達の自業自得とも言えるが。

 

「うわぁ、まじでかぁ」

 

「まあ、こんな時期だし、今日は特に暑いから仕方が無いよ。確かに食べられなかった事は残念だったけどさ」

 

 その言葉をこっそりと聞いていたアリスは満足そうに片付けに移る。

 食事こそ傷んではしまったが、残念がるという事はそれ程の期待感と出来の良さが伺えるという物。それにアリスとしては本命のハカリのあの黒パンサンドを食べさせられたのでさしたる不満はないし、本日の戦果としては上々である。

 だが、そこでキリトが何かを思いついたのか、意味深げに笑みを浮かべた。

 

「なあ、さっきみたいに食べ物が腐らない方法、知りたいか?」

 

「先に断っておくがなキリト。天候操作は流石に誤魔化しきれないぞ」

 

「その時《整合騎士》が来たら僕はキリトを置いて逃げる」

 

「私も断らせてもらうわ」

 

「違うよ。この暑さが原因で食べ物が腐ってしまうんだろ? 今ハカリが言ったみたいに天候操作がタブーなら一部だけ寒くすれば大丈夫じゃないか?」

 

「バスケットの中だけを寒くしようって? やめておけ。夏に氷でも探す気か?」

 

 キリトの言っている事に一同は確かに同意するが、ハカリのキリトの意見に冷や水を掛けるような言葉にも同意見である為、みんながみんな、微妙な表情をしていた。

 

「あ、シルベの葉っぱならどうかしら。籠の中に入れておけば少しはマシになるんじゃない?」

 

「やめておきなよアリス。僕もそれが気になってこの間ハカリと一緒に試したらハカリがお腹壊しちゃったし」

 

「ほんとなんで俺はあの時面白がって《天命》を確認しなかったんだろうなぁ……」

 

「アホだ。アホがいる」

 

「アホね」

 

 ユージオの言葉で当時の事を思い出したのか、ハカリが顔色を青くしながらお腹を押さえる。そして、そんなハカリを見て酷評と言う名の武器でハカリに止めを刺す。

 沈没するハカリを放っておいて、三人はもう一度深く考える。言い出しっぺのキリトの言っている事は無茶ではあるがゆっくり食べたいというのはたたずね同意見である。

 

「夏……氷ね……あ、私心辺りあるかも」

 

 思考の沈黙を破ったのはアリスだった。その言葉を聞いたハカリも直ぐに会話の輪に戻った。

 

「アリス。もしかして行く気か? ()()()()

 

「ええ。そうよ。この前行ったあの場所なら可能性はあるわ」

 

「勿体ぶるなよアリス、聞かせてくれ」

 

 妙に勿体ぶるハカリとアリスの様子にユージオは恒例と言うべきなのか、背中を嫌な汗が伝っていくのが分かった。

 現にユージオの長年の勘と言われる危険探知センサーは的中している。今からアリスが離そうとしているな事は少なくとも行動からして落ち着いた傾向にあるユージオにとってそれはあまり良いとは言えない内容だからだ。

 

「ずばり──《果ての山脈》よ」

 

 この村のずっと北にある山を指さしたアリスを見て、ユージオは傷んだミルクを飲み干した。

 




 穏やか。ここは穏やかにね。何せ、あと二日経ってしまえば彼女たちの楽しい日常はもう──。


 ハカリ―ン、幼くして心意の一端を掴んでいる模様。AIが心意発動できんのか、というのにはちゃんと理由がある。
 そして、ちゃんと女性が照れつつも喜ぶという内容を成立させるという所業にこれでいいのか、とはらはらしながら投稿。
 とっとと話を進めてたいと思うと同時に中々話が進まない事にやるせなさを感じる今日この頃。
 等の事があるので、感想どんどんよろしく。

 

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