プロローグ
ニ〇二二年十一月。
フルダイブ型VRMMORPG《SAО》──《ソードアートオンライン》にログインした一万人ものプレイヤーは、製作者《茅場晶彦》の手によってログアウト不可、つまりステータスのHPバーがゼロになった瞬間、現実世界でも死亡するというデスゲームに巻き込まれた。
だが、そんな状況の中、それに抗うプレイヤー《攻略組》の手によって《SAО》の牢獄《浮遊城アインクラッド》の攻略は二年という年月を経て七十五層にまで及んでいた。
そして、ゲーム内にプレイヤーに紛れ込んでいた茅場晶彦──プレイヤー名《ヒースクリフ》が一人の少年に倒される事で《SAО》の攻略は七十五層にて終幕した。
そして、その《SAО事件》において茅場晶彦が死亡し──一人のプレイヤーの致命的な
そして、その出来事から二年。
北欧神話と妖精たちの仮想世界《ALО》──《アルヴヘイム・オンライン》。
機械油と銃弾の仮想世界《GGO》──《ガンゲイル・オンライン》。
茅場晶彦の遺産《
そしてこれから始まるのは英雄の少年と裏切り者を巻き込んだ、もう一つの大きな事件の話。
悪名高き《アインクラッドの離反者》。《世界の種子》に次ぐ茅場晶彦の
嘗て《鉄》と呼ばれた一人の剣士が拓く物語だ。
《アインクラッドの離反者》。
SAОの《ハカリ》というプレイヤーを示す、今の名前だ。まあ、何とも堅実な名付けだと思う。
俺もあの世界では《攻略組》の一人だったのだ。ゲーム解放の為に攻略に勤しんでいたと思えば、黒幕と身内とも言える関係で、しかもその計画の全容を知っていたのだから、俺にこんな名前が付くのは必然だと思う。
仮想世界ではとりわけユーザーの感情に対して素直な反応を示す事がある。それは頭に装着したVR機器が取り付けたログインユーザーの脳から出る電波を直接仮想世界の動きに還元している為だ。
そこで二年という年月を過ごしてきた彼らが言うのだから、まあ、その表現は妥当なのだろうと思えるし、納得がいく。というかあまり疑いたくない。それはまるで自分のこれまでの生を否定しているようにも聞こえるから。
──というのが、俺がこの《SAО事件》を読んだ感想だ。
あの鋼鉄の城の中で起きた出来事を攻略組の誰かが著したもである。多少誤植と誇張されている部分はあるが、大部分が忠実通りという内容だ。だが、作中での俺の叩かれ具合が酷いかなり酷い。人格乖離していると思えるような言葉と行動内容から、名前と人格を借りた別人と成り果てている。
特にネットの反応が酷かった。読書後、スレを閲覧してみたところ一言で『クズ』『外道』『クソ野郎』『大戦犯』などと酷かった。俺は別に作品内のように麻痺バフかかったプレイヤーを弄った事など無いし、《閃光》にセクハラした覚えも無い。
(取り敢えず著作者、ゴートゥーヘル)
内心著作者に中指を突き立てながら、手元にある嘗ての攻略組が著作した《SAО事件》にしおりを挟んで閉じる。
今いるこの場所は伊豆諸島付近の海上に存在する巨大研究施設《ラース》。
決して広くない部屋。視界に映る簡素な机、椅子、そして自分が腰かけているベッドは自分で見ても人間味が薄い気がするが、俺はこれでも匿われている身。部屋を飾るなど、欲張りな事は出来ない。
立ち上がると、長らく同じ姿勢であったためか体の関節部分がやや動かしにくい。
「そぉい‼」
腰を目いっぱい入れ、ドアに向かって黒いカバーの本を思いっきり投げた。
「ハカリ~休憩上がりっす──ぐはぁ⁉」
直後開かれたドアの向こうから現れた金髪の男のメガネに直撃し、メガネの破損音と共に床に仰向けに倒れ伏した。
「見事的中。だが仕事はたりーぜ比嘉っち」
「……そんな勢いで投げられるなんて、僕の研究も無駄じゃない、って事ッスね……ラースばんざい……」
「とんだマッドエンジニアだぜオイ……」
こちとら真正面から大分厚みのある本を思いっきりブン投げたというのに、鼻血を流しつつもデータを取る姿勢はマッディーなエンジニアのソレにしか見えなかった。
目の前で正直ドン引きな光景を見せてくれたこの愉快な男は俺の所属する研究施設《ラース》の同僚──比嘉健だ。《SAО》の件で必然的に交友関係がシャットアウトしてしまった俺の数少ない友人と形容できる人物。俺に
「さ、誘い乱れる、銀飛車角……」
「ふむ、頭の治療が必要か? 《STL》入る? そこからお前の頭をサイバーテロる事も出来るんだが──」
「冗談怖ッ!」
俺のちょっとした脅しに比嘉っちは早急に立ち上がり、鼻にティッシュを詰め込んだ。お前メガネの優先順位はどうした。
「えーと、休憩時間は終わり? つーか仕事が大変なら俺をノンストップで扱えばいいだろ」
勿論、仕事はなるべくしたくは無いが上司と部下という関係上そういう扱いだって可能だ。
比嘉っちが部屋に来る前にあらかじめ用意しておいた全く同じ型の眼鏡を渡し、壊れた眼鏡はゴミ箱に出すとシュートする。勿論度も合わせてある。
「ああ、あざます……ってそういう訳には行かないんスよ。人格がある以上、休憩は必要不可欠。ハカリがぶっ壊れない為のケアをこの僕が怠るとでも?」
「……まぁ、俺を人間扱いしてくれるのは嬉しい限りだが」
比嘉っちの何気ない言葉に何処か安堵している自分がいるのが分かる。
もう世間体から俺を人間扱いする人物は《SAО事件》終幕から二年経った今ではかなり激減した。勿論、事情故会えなくなった人物もいるし、この体を持つ性質故の避けられない弊害として一応は割り切ってはいたものの、比嘉っちのように人間扱いしてくれる人物がいるのは正直言ってかなり安心する。顔面に本を投げられるような関係は現実世界では割と重要だろう。
この
俺は《SAО事件》に関わった政府関係者からはこう呼ばれている。
──《茅場晶彦の遺産》、と。
まあ、単純な話、俺は高位人工知能──
ヒースクリフ──茅場晶彦が《世界の種子》に次いで残した数少ない《遺産》の一つ、というのが俺を取り巻く周囲の認識である。
《SAО》はVRの歴史上、最低最悪の事件ではあるが、その反面この情報化社会の日本の発展に大きく貢献したのはまず間違いない。現に今でも《世界の種子》によって生み出されている仮想世界も嘗て《SAО》に搭載していた自律プログラム《カーディナルシステム》の旧型をベースにしている。
そして、俺という存在は世間一般の《AI》という概念そのものを覆す。
──何ともまぁ、傍迷惑な話である。
今の所、周囲には味方になってくれる人物は極僅かしかおらず、今ではこの《ラース》内で引き籠っている現状だ。
《SAО》の仲間には
当然だ。奴らにとって、俺は裏切り者。誰かが否定しようが、
結果、
まあ、当然だろうな。
あそこまで来てみんなを騙してのうのうと生きていたのだ。そりゃあ必然的に俺を蔑むだろう。じゃなきゃ正直俺と同じ人間じゃないか、もしくはその人間性を疑う。
俺が犯した罪は消えない。恐らく、これから一生背負って生きていく。俺の生まれ故郷とも言えるあの鋼鉄の城は消えてしまっても、恐らくは俺というAIがデリートされるまで永遠に縛り付けられる。
──だが、まあ、寂しくはある。
だから、比嘉っちのように全て知っていて、何も気にせず接してくれるのは気が助かる。
「いいんスよ。元々常に実験に付き合わせてるみたいなものだし。つーか休憩は取るべき。いや、マジで」
「おーう、何か説得力ある言い分。あざず」
最後には早口になって目元を暗くさせていった比嘉っちに彼の精神的疲労が伺える。これマジで休ませないとヤバいんじゃないか、と思いつつ、まあ、今後行うプロジェクトの隠蔽の為とはいえ、スタッフが業務内容と比べて異様に少ないのも一つの原因だろう。俺の
「さっ! 激務が戦闘に変わる前に行くッスよ! 今日は待ちかねの《STL》実験機ダイブッス!」
「激務が戦闘に変わる仕事に俺行きたくない。こっそり部屋に戻って留守のフリしていい?」
「逃がさないからな」
「あっ、ハイ」
比嘉っちが比嘉になった瞬間を見て、やっぱこの職場ヤバいんじゃないかと思い直す今日この頃だった。
次回はAWにログインするハカリ―ン。
比嘉っちのロボ技術はこの段階で既に完成段階にある感じで行きます。まあ、あと少しでしばらくその役割無くなるんだけどな! 是非は無い!
fateの方も更新再開していく予定なので。まあ腕は落ちているかもしれんが……こふっ(吐血