「そろそろ頃合いじゃないかい? パンドラの親玉」
「いや、まださ。まだ絶望へ反転させるのは早すぎる。
もっと彼女は美味しくなれる筈さ。そうじゃないか? キュゥべえ」
少女を魔の側に引きずり堕とす白き獣と、太陽のように輝く金糸を吹かぬ風に棚引かせる少年は、
誰も居ない空間で会話する。
「相対的期待値の少ない個体に、あまりコストをかけたくないんだけど」
「
少年も獣も互いを侮ったような印象を崩さないまま、姿勢だけは慇懃に話をしていた。
「君にそこまでの権限はあるのかい、使い捨ての
「…精々、
互いに言いたいことだけを告げると、獣は昏き光の中に、少年は眩き闇の中へと姿を消した。
巴マミはある魔女を追っていた。
お菓子の魔女シャルロッテ――――――その性質は執着。
構成するキーワードは『ガン治療』『チーズケーキ』『未成熟な少女』
巴マミが知る由は無いが、病に倒れた母に好物のチーズケーキを振る舞う為にキュゥべえと契約した魔法少女のなれの果て。
巴マミは一緒についてきた後輩である、後輩である鹿目まどかと美樹さやかの前で良い所を見せようと、
シャルロッテがチョウチンアンコウの疑似餌の様に顕現させている仮の肉体を本体と思い込み、
最大火力で圧倒したところで油断しきって居た所だった。
可愛らしい人形のような体から、ウツボの様な本性と肉体を現したシャルロッテに、
警戒を解いていた巴マミはその首を食い千切られる―――――はずだった。
「無毒化措置――――それが廃棄物の元燃料に必要な措置だ」
金髪碧眼の少年が何時の間にか其処に居た。
彼が指を鳴らすと、シャルロッテの周囲に幾つものシャボン玉が現れる。
そのシャボン玉はどれも鏡のように明確に物を映し出す鮮明さを表面に張り付けていた。
シャボン玉に少女とその母親が映し出される。
その舞台は病院。少女は母親にチーズケーキを差し出すが、チーズケーキが母親の口に入る手前で、
チーズケーキに紅い液体が掛かる。勿論それはイチゴのソースなどでは無く母親の吐血によるものだった。
そして母親は全身が黒く染まり、腐り堕ちて逝く。
それが何度も再生されて繰り返されていった。
そしてその再生の度にシャルロッテの身体が薄まっていく。
「マミさん、救けに来たよ。怪我は無い?」
そう爽やかに話しかける彼の足元に、今まさに消えかかるシャルロッテが喰らい付こうとしたが、
其れは片足を軽く上げながら跳躍したことによって躱された上に、
跳躍の結果である着地と同時に、その頭蓋を踏み抜かれた。
「…巴マミの前でカッコ良く決めたかったのに、全くしつこいね。
お菓子の魔女シャルロッテ…君の役目はもう終わりだ。
いや、もうとっくの終わっていたんだ。燃え尽きた煤は吐き捨てるに限る」
その魔女にだけ聴こえる様に呟かれた声は、底冷えする様な冷酷さを孕んでいた。
いや、正しく冷酷そのものだった。
キュゥべえ=インキュベーターが少女を魔法少女に変えて、その魔法少女が魔女に堕ちる時、
その感情の位置エネルギーが宇宙の熱量維持の燃料になる。
つまり、工業的には魔女はもはや燃えカスでしかない。
少年にとってはそのような理論で、偶々有害な燃えカスを分解できる能力を持っていることを有効活用できるから、
そうするだけであった。
宇保木スティルは大きく分けて2つの能力を持っている。
一つは廃棄物であり有害物質たる魔女に対する天敵効果。
一つは既に魔法少女として契約する際に魔法少女としての商品価値が決まった少女の後天的な商品価値の格上げと再登録。
今回はその前者の能力が使用されていた。
勿論、魔女には厄災を振りまいて次の魔法少女を振りまく、少女を産む母としての役割はあるのだが、
少年にとっては孵る前に卵を喰らう母鳥は駆除対象でしかなかった。
母鳥がいなくても卵が出来るのなら、それは完全に間違いと断じる事は出来なかった。
寧ろ、願いの果てに希望が絶えた魔法少女の末路など、巴マミの信頼と依存を自分に引き寄せる為の道具としか思っていなかった。
魔女シャルロッテの中に、ほんのわずかに不完全燃焼として残っていた少女の部分を感知すると、
少年は、それを周囲の燃焼前の燃料たちに気が付かれない様に、完全に燃焼させた。
(自己の判断で予定以上の売り上げを得たとして、それを正直に報告して親会社に献上する必要はない)
少年は、内心でシャルロッテに成り果てて、燃え尽きる前に燃え残った魔法少女の部分を嘲笑いながら、
なるべく巴マミが惹き付けられるように、女性のピンチを救いに来た爽やかな騎士様を装う。
彼女を気遣う様に、軽く抱きしめて、その肩を撫でながら死の恐怖から立ち直っていない巴マミを慰める。
その『※ただしイケメンに限る』馴れ馴れしさで、巴マミの雌の部分を誘発させていた。
その奥で、燃料として焼き尽くすには、告白の後、キスの後、抱いた後…、
どの段階で絶望に突き落とすのが良いかという事を考えているのは表に出さない事は言うまでもない。
少女漫画から抜け出てきたような美少年に、少女たちの反応は様々だった。
文字通り、魔法少女とそのピンチに助けに来る美少年と言うファンタジーの世界にポーッとなるピンク色の少女。
確かに美形と言えば美形だけれど、恭介の方があたしは好きだなと意地っ張りの癖に色ボケした青色の少女。
少年の思惑に気が付く事も無く、少年の思惑通りにときめく鼓動を抑えきれない黄金の少女。
そして、今までの周回にこんなイレギュラーがいなかった事に警戒を露わにする、たった今この場に表れた漆黒の少女。
「――――貴方、いったい何者なの?」
漆黒の少女は金糸の髪を持つ男女の少年の側にそう話しかけた。
少年は外国人らしい少々オーバーなリアクションで、少なからず驚いたように黒い少女の方に振り向いた。
「うわっ、驚いたよ。何時の間に君は其処に居たの?
僕は宇保木スティル。君こそ何者なんだい?」
確かに、突如現れた少女に一方的に何者なのかと尋ねられた時に、標準的な感想はこうだろう。
『お前が言うな』
そんなギャグ染みた事をソフトに爽やかに言ってのける事が許されるのも、彼がイケメンだから許される所業である。
「私は…」
「転校生っ!!」
「ほむらちゃんっ!!」
「…へぇ、ほむらさんっていうのか。日本語の流れるような響きのある綺麗な名前だね。
彼女達のお友達かな? お友達ならいきなりワープしたか停止した時間を移動したかのように表れなくても良いんじゃないかな?
ましてや今僕に向けている銃はまさか本物じゃないよね? 君が銃刀法に違反しているなんて僕も彼女達も思いたくは無いよ。
取り敢えずこちらにおいでよ。友達になろうじゃないか」
スティルは相手の求める情報を伝える事無く、相手の情報を取得して推測して、その上で余裕をもって見せつける。
巴マミの弱点が『ボッチ』であることなら、暁美ほむらの弱点は『コミュ障』。
クラスの中心人物の様に振る舞って振り回してやれば、前者はそれに憧れ、後者は強烈な苦手意識を持つ。
暁美ほむらが急に表れた手段については追求する積りも必要性も感じていないが、
その『コミュ障』部分を追求するように、リア充オーラで押し切れば暁美ほむらにはそれだけで撤退の理由になり得た。
今までの時間軸では、彼女の周囲では精々、美樹さやかがリア充よりと言うだけで、
基本クラスの地味勢や社会不適合者たちとしか接点が無かった暁美ほむらにはキラキラ王子様は猛毒過ぎたのだ。
この状況で、彼女やマミの後輩たちへ
スティルにとってマミ以外の者にそれをする必要性も義務も無い。
故に、暁美ほむらが逃げ出したのを不思議そうに演じながら見送りつつ、
意識を巴マミを中心に再構築する。
「落ち着いたかな、マミ」
巴マミの依存度がある程度に達したと判断して、スティルはその呼び方を一歩踏み込んだものへと変えた。
名前を呼び捨てにされて少々ドキドキしている少女を視界に納め――――
「それにしても、君が無事でよかった」
抱きしめる腕の力を少し強めて引き寄せる事により、マミの視界から自身の顔を外した