「遅い、ですね。待ち合わせはこの駅で合っている筈ですが……」
3月
春を迎えたばかりで、過ぎ去った冬を名残惜しむかのように肌寒い風が時折吹いてくるそんな時期
神奈川県の某駅で、人を待つ少女がいた
体躯は小さく一見小学生と間違えかねないほどだが、実際は中学生で4月には二年生となる
所属する学校で予め買っておいた紙パック飲料を飲みつつ、過去に送られてきたメールを読み返して間違いが無いか確認する
「あっ、これは不覚。新しいメールが来て…………え?」
と、ここで少女、綾瀬夕映は待ち人からのメールが新たに届いていたことに気付く
件名は、『ごめんなさい!』
何に対して『ごめんなさい』なのかは、本文を読まずとも概ね察せる
肝心なのは、メールの内容
場所の変更か、はたまたもう少々の待機所望か
開いてみると内容は後者で、その理由も続けて書かれていた
『ごめん夕映ちゃん (>人<) もう少しだけ駅で待ってて!
来る途中で具合の悪い妊婦さんを見つけて、今病院に行ってるの!
終わったら、なるべく急いでそっちへ向かうから!』
「これは、なんとまあ……けど、本当なんでしょうね。あの人ですから」
見る人によっては遅刻を許してもらおうとしてついた嘘、とも取れそうな文面
しかし夕映は、嘘だと疑うことは決してなかった
仮にクラスメイトの早乙女ハルナが同じ文面を送ってきたら多少は疑うかもしれないが、送り主が送り主だからだ
メールに従って十数分ほど待っていると、待ち人はついにやって来た
「はあっ、はあっ、はあっ、ごめ……ごめんね。折角来てくれたのに……」
こちらへ走ってくる少女が一人、歳は夕映より4つか5つ上くらいか
声が届く距離まで近付くと両手を両膝に乗せ、息を乱しながらも真っ先に遅刻のことを謝罪してきた
元より叱責するつもりなど無かった夕映は、会ったら最初に言おうと決めていた言葉をそのまま送った
「いえ、大丈夫です。それより……大学、合格おめでとうございます。ナオさん」
「え?えへへ……ありがとう、夕映ちゃん」
待ち人の少女、神崎直は素直に笑った
「やあ夕映ちゃん、久しぶり。直接会うのは……お爺さんの葬儀以来になるかな」
「はいです。この度はナオさんの合格、おめでとうございます」
夕映がナオと初めに訪れた場所は、県内にあるホスピスだった
ナオが案内した先の病室には一人の痩せこけた男性が横になっており、二人を見ると笑って身を起こす
予め来ることを伝えていたのだろう、驚いた様子も無く自然と夕映との会話を始めた
「ありがとう。合格が決まった時、私の所へ泣いて飛んできてな……夕映ちゃんにも見せてあげたかったよ」
「お、お父さん!」
夕映の祖父の綾瀬泰造と、ナオの父の神崎正は旧知の親友であった
泰造の数個下の大学の後輩が正で、泰造が卒業後も大学に残って研究を続けたことで先輩後輩の間柄ながら学内で丸四年の付き合い
大学を離れてからも二人の交友は続き、家族ぐるみの付き合いも親密に行われた
そのため正は夕映の父をよく知っているし、泰造はナオの両親の馴れ初めもよく知っていた
正が五十近くになりようやく恵まれた子宝、ナオの誕生の折は泰造も涙した程だという
数年後には夕映が生まれ、幼少期はナオとよく遊びまるで実の姉のように慕い始めた
「すみません、神崎さん。少しよろしいですか?」
「あ、はい。夕映ちゃん、私ちょっと話してくるからお父さんのこと……」
「はい、わかったです」
そのため正にとって夕映は二人目の娘のようであり、親友泰造との間柄を考えれば孫のようでもあった
逆に夕映からすれば正は第二の父であり、第二の祖父のようでもある
職員に呼ばれたナオは、故に父のことを彼女に躊躇いなく任せることが出来た
ナオが退室し、個室のため二人きり
「あの子は……本当に優しい子だ」
「はい。今日駅で待ち合わせた時も、来る途中に会った具合の悪い妊婦さんを見つけて病院へ付き添ってあげたそうです」
「そう、か。本当に、あの子は……」
「……おじ様?」
夕映がここへ来る途中の出来事を話すと、彼の声が少し震えていた
「……多分夕映ちゃんには話してないんだろうが、あの子は最初麻帆良大学を受験しようとしていたんだ」
「え?」
「麻帆良は中等部から高等部へエスカレーターで進学出来るだろう?秋の初めくらいにあの子が言ってたよ、『今度こそ夕映ちゃんと同じ学校に行ける!卒業までずっと!』ってね」
その震えたままの声で夕映へ語られたのは、彼女が今までまるで知らなかったナオの真実
「そんな、だってナオさん、前に会った時はそんなこと全然……」
「受験で麻帆良に行った時、或いは合格が決まった時に驚かせようとしたらしい。だが、私がこうなってしまった」
正は視線を下へ降ろし、やつれた自らの体を見やる
今いる場所、ホスピスがどういう場所かは夕映もよく知っていた
末期ガン、ナオの父はもう長い命では無い
「ここと麻帆良とじゃ随分離れているだろう?だからナオは、家からもここからも近い女子大を受験したんだ。あと一年、生きられるかも分からない私の、ために……」
「おじ様、そんな、おじ様が気に病まれることはないです。ナオさんは当然の選択を……」
「夕映ちゃん。私の頼みを……聞いてくれないか?」
震えが大きくなる正を、夕映は言葉で諭そうとするが阻まれる
顔を上げ目を合わせると、夕映の口は思わず止まった
「東京を隔てて、少し離れたところにいるかもしれない。けどこれからも……私が死んでもずっと……ナオの親友でいて……力になって、あげて欲しい」
それに答えず先程の内容を掘り返すことなど、出来るわけが無かった
「……わかりました。おじ様が言わずとも、ナオさんは私の……大切な人ですから」
それから一ヶ月が過ぎ4月、夕映は中学二年生になった
夕映は埼玉に、ナオは神奈川に
いる場所は離れてしまったが、二人は今まで以上に連絡を頻繁に取り合っていた
「『サークルにどこも入れてないよー(>×<。)入らなくても、夕映ちゃんみたいに友達たくさん出来るかな?』ですか。そう言われても大学と中学とでは勝手が……どう答えたものやら」
「やっほー夕映!」
「うわっ、ハルナ!驚かさないでくださいです……」
「今漫研終わったとこ、夕映も哲研の帰り?」
クラス固定のため、代わり映えしない面子での一学期
それが一週間と少々過ぎ、クラブ活動を終えての帰路
同室のハルナと合流し、夕映は女子寮の自室へと向かっていた
「はいです、のどかはもう戻ってるでしょうか?」
「多分ね、今日は図書館探検部の活動は休みだし。向こうで本の虫になってなきゃだけど」
ほどなくして部屋の前まで到着、ノブに手をかけると抵抗なく回る
「おっ、やっぱ帰ってんじゃーん。のどかー、ただい……ん?どしたの?」
「のど、か……?」
ドアを開けた先には予想通りのどかがいた、しかし様子がおかしい
玄関から少し先の床でへたり込み、こちらに背を向けている
何か箱が開けられているが、中身や周りの様子は背で隠れてよく見えない
「のどか、何か変な物でも届い……て……」
「ゆ……ゆえ……ど、どうしよう」
夕映が一足先に上がり、のどかに駆け寄る
隠れていた物の正体が、のどかの肩越しに見えた
「こ、れ……本物、だよね?」
空の段ボール、かなりの大きさ
中に入っていたと思しき、多数の札束
のどかの手には黒いカード、何か書かれている白い文字
白い文字は数行にわたり綴られていたが、その中で嫌に目に付いた文字があった
L I A R G A M E
LIAR GAME ~バカ正直の姉と、哲学的な妹~
第0話 fin
次回予告!
「現金一億円を、対戦相手と奪い合え?ふざけてるにもほどがあるです!」
「ナオさん?まさか、ナオさんまで巻き込まれたですか!?」
「ゆ、夕映ちゃん?」
「天才詐欺師か何か知りませんが……あなたみたいな人に、ナオさんは任せられないです!」
「ごめん、ごめん夕映、私、どうしたらいいかもう……」
「のどか!」
「対戦相手同士でない参加者が二人、か……偶然にしては出来すぎだが、利用しない手はないな」
「秋山……さん?」
「……このゲーム、必勝法がある」
第1話 20××年 公開未定!
絶対生半可な覚悟じゃ連載始められないなって組み合わせ。予め組み立てておかなきゃいけないプロットが多量すぎて、行き当たりばったりじゃまず無理でしょう。ゆえに嘘予告。
ナオのいる場所が神奈川ってのはドラマ版のロケ地からで、父親の名前もドラマ版より拝借。