「実はだね。今回の一件での損害、私は特に気にしていないのだよ。」
闇の中、不死者の王は悪戯が見つかってしまった悪童の様な笑みを浮かべながら、そんな事を宣った。
「不死者とは退屈なものでね。広大な領土も巨大な城も贅沢な食事も、全て全て時と共に当たり前になって色褪せていく。」
既に周囲には人の気配はなく、喧噪も遠く、ただ東京キングダムという瓦礫の山となった人工島自体が上げる悲鳴にも似た軋みの音が響くだけ。
「配下共に伝染病をまき散らし、我が領土に核弾頭を配置して焼き払い、魔界側からゲートごと腐敗の温床となったこの島を吹き飛ばす。実に素晴らしいプランだ。」
朗々と語るその姿は威厳と威圧、狂気に満ちていた。
「だが、そんなものはどうでも良いのだよ。」
単体で国家を容易く壊滅し得る超越者。
その視線は、その興味は、たった一人の人間へと向けられていた。
「そんなものは後で幾らでも作り直せる。しかし、君という存在を呼び寄せるには、今夜この状況こそが必要だった。」
魔族によるわざとらしい大規模侵略の兆候も、それが米連や日本国政府に容易く掴めたのも、全てが全てたった一人の人間を誘き寄せるための手だと、一体誰が信じられるだろうか?
こんな事態に対処可能な唯一と言ってもよい傭兵集団、そのTOPこそが唯一にして最大の目標であると、誰も予想する事は出来なかった。
「さぁレディ、私と一曲踊ってもらえるかな?」
答えなど聞いていないお誘いの言葉に、相変わらずの雨合羽を着た不在にして自在の暗殺者は返答としてその両手に見たことのない白銀と黒鉄の大型拳銃を取り出し、まるで十字架の様に交差させて構えた。
「……………。」
その両手に握った余りにも無骨な、鉄塊とも思える一対の大型拳銃。
その銘を対人外殲滅用大型拳銃「454カスールカスタムオートマチック&対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル」。
どちらも人間が扱うには余りにも強力で、過剰威力であり、とてもではないが扱えない。
故に、幾ら死んでも問題ないし、反動そのものを受け流せるレインコートだからこそガンスミスも請け負った。
格上の魔族を想定し、弾頭はジャッカルには法儀式済み水銀弾頭を、カスールカスタムには古き大聖堂の銀十字錫を溶かして製作された物を、炸薬も最新のものに法儀礼を施した特別製を使用している。
勿論、元ネタは某有名吸血鬼漫画であり、金が山程あるレインコートが趣味と実益を兼ねて発注したのだが。
「さぁ、楽しい夜を過ごそうじゃないか!」
「………!」
空間が重力で歪み、無数の触手が床と壁を砕きながら殺到する。
だが、人間なら圧死している筈の加重を受けながらも、レインコートはそんな不利を一切感じさせない挙動で襲い来る触手全てを圧倒的火力を持った銃弾で撃ち抜き、爆散させていく。
この夜に起きた表に出ない、しかし歴史に残る戦いは、漸くフィナーレに至ろうとしていた。
……………
当初、傭兵団レインギアが構築した魔族の大規模攻勢への対策、即ち「ゲート周辺を確保してからの接続先の変更」は早々に頓挫してしまった。
大規模攻勢の準備段階に入ってしまった事で、余りにも防備が厚くなった事、そして魔界とのゲートを構築する術式及び建築物が原因だった。
東京キングダムにおけるノマドの本部ビルは東京キングダムの中枢に建てられている。
そして、ゲートはその地下にあり、ビルの土台部分がゲートの術式を構築するための神殿であり、魔界産の建材だけでなく、魔術による強化を受けて大幅にその強度を増しているのだ。
更に言えば、ゲートを構築する術式そのものも極めて精緻なものであり、とてもではないが限られた時間で介入するには時間が足りない。
そんな状況で、ここに攻め入るのは即ち難攻不落の要塞へ挑むのとイコールだ。
即ち、「正面から挑むのは愚策」である。
破壊工作を行おうにも、その強度から余り損壊は期待できないし、何より魔界騎士イングリットを筆頭に上位魔族達が常に複数常駐している。
それらに加えて無数の下級・中級魔族の存在がレインギアをして攻め入る事は不可能だと判断させた。
「なら発想を変えよう。別に攻め落とす必要はないんだと。」
ノマド本部ビルの余りの防衛網に頭を抱えていた面々の前で、レインコートが告げた。
「東京キングダム。既に魔界からの瘴気によってこの島周辺は異界化が完了してしまっている。内部にいる人口の過半も魔族や米連の非正規部隊に犯罪者、おまけの対魔忍と消えた所で問題はない。ならば、これを機に島ごと破壊すればよい。」
これは政府中枢の害虫が既に排除されているからこその強引な手だった。
今の政府中枢にいる政治家達はこの一件に関する依頼者であり、多少のコラテラルダメージは黙認するだろう。
東京キングダムという巨大な人工島破壊による副次的被害。
それは東京近海への影響のみならず、拉致・洗脳されているであろう民間人の全てを見捨てるという事に他ならない。
「しかし、実際にはどうやるのですか?人工島ですから普通の島よりは簡単ですが、それでも基礎部分だけで相当頑丈な筈ですが…。」
レインギアの戦闘メンバーの一人が声を上げる。
内容は至極当然のものであり、他の多くのメンバーも同様の意見だった。
東京キングダムは海底から護岸となる壁を築造し、その内側を土砂で埋め立てた構造だ。
海底の下は巨大な土砂であり、護岸壁を破壊した所で直ぐに崩れる事はない。
「米連からせしめた核弾頭をゲートの向こう側へ設置するプランがあったな?」
「え、えぇ。とは言え、設置自体は隊長にお任せする事になりますが…。」
米連が隠し持っていた核弾頭、その数実に10を超える。
そのどれもが広島型原爆の100倍は優に超える威力を誇る。
それだけの核弾頭を用いれば、確かに東京キングダムを沈めるだけの威力は出せる。
しかし、東京湾沖で核弾頭の使用は即ち日本政府を本気で敵に回す事に他ならない。
「それと、以前アホな好事家や宗教団体を処分した際に入手した後に封印処理したブツが多数あったな?」
「あれを使うんですか!?」
封印処理。
それはレインギアにとって「破壊する事も難しく、封印するしかない危険物」を意味する。
それこそ国家転覆級の怨念や呪力を秘めた代物だって存在する程だ。
例えば、とある宗教団体が保有していたシャム双生児のミイラ。
例えば、ある遺跡から発掘されたという奇妙な笑顔の仮面。
例えば、古物市で発見された奇妙な絡繰り細工の箱。
例えば、未知の金属製小箱に収められた、黒く輝く凧形二十四面体。
それら全てが余りにも危険過ぎると封印されていたものだった。
「どうせだ。あの汚染物質も向こう側にくれてやろう。」
全員が絶句する。
誰もがあれを末代先まで封印するべき危険物としか考えていなかったからだ。
あんな危険な代物を利用するなんて、とてもではないが考えられなかった。
「…危険では?」
「無論。だが、我々に何かあった時、あれらがこの世界に解き放たれる事を考えれば、まだマシだろう。」
「具体的には?」
「比較的危険度の低いものをノマド周辺に撒く。その際の混乱を用いて核弾頭及び他の超危険物を向こう側に設置する。」
「肝心の東京キングダム崩壊は?」
「これを使う。」
ごとり、と会議室のテーブルの上に、レインコートの懐から(どう見ても膨らみとか無かったのに)大玉スイカ並みの大きさの石が置かれた。
その石はしめ縄でぐるぐると何重にも巻かれており、見る者が見ればそこに込められた莫大な霊力に目を剥いた事だろう。
「あの、隊長?これは一体……。」
「要石。成金の馬鹿が盗んだものだ。」
「これ、本物ですか?」
「さてな?だが、効果は折り紙付きだ。」
要石。
それは茨城県鹿嶋市の鹿島神宮と千葉県香取市の香取神宮にあり、地震を鎮めているとされる、大部分が地中に埋まった霊石である。
遥か昔の神代、未だ固定されない浮島であった常陸・下総の地は頻繁に地震に襲われていた。
その構造上の問題もあるのだろうが、これは地中に大きな鯰が住みつき、暴れているせいだと言われていた。
芦原中国を統一した武御雷と経津主らはこの地にやってくると、地中に深く石棒をさし込み、地下の鯰を抑え込み地震を鎮めたと伝わっている。
この石棒の地表に露出している石突の部分が要石なのだ。
そして、レインコートが持ってきたものはその石突の部分だった。
「これがあれば地震の被害に遭わないと思ったのだろうが、その金持ちはこの石が抑え込み、吸収していた地震の力が漏れ出たせいで屋敷とその周辺ごと木端微塵になって死んでいたよ。」
「うわぁ……。」
どう考えても戦略兵器である。
地震に過剰に備えている日本なら兎も角、他の国で内部に蓄えた地震を解放すれば、どれだけの被害が出るか分かったものではない。
「日本ならまぁ地震が起きても滅びる事はない。そして、首都直下型地震は以前から予知されていた。来月起きた所で問題も無いだろう。」
「依頼主がなんて言うでしょうね…。」
「何、地震の予知は不可能なんだ。気にする事はない。」
とは言え、使用するには細心の注意が必要になるだろう。
「私自身の負担がデカいが、まぁ仕方あるまい。東京キングダムの地下か、或いは海底か。崩壊に最適な地震発生箇所の算出を頼む。」
「は、了解しました!」
「それと、アナログかつ頑丈な核弾頭起爆装置も作ってくれ。電源が落ちたから爆破しませんでしたじゃ話にならん。」
「は、やってみせましょう!」
支援部隊の代表格から何とも威勢の良い返事が出る。
彼らの多くは職人肌で他の組織では肌が合わず、窓際に追い遣られたり、追放されてしまった者も多い。
そのため、忠誠心と仕事の完成度という点においては実働部隊にも全く引けを取らない。
「過酷な作業になるが、何とか間に合わせてくれ。私も暫し魔界に潜入し、最適な設置個所を調べる。留守は任せるぞ。」
居並ぶ部下達の強い意志が籠った目を眺め、レインコートは満足そうに頷く。
厳選した甲斐があり、皆優秀で忠誠心に溢れる良い連中ばかりだった。
この世界で数少ない信用できる存在に、倉土灯は安堵した。
「では各自最善を尽くせ。この一月が後の世界の行く末を決める。」
偉大なリーダーに向け、全員が一斉にそれぞれの形の敬礼で敬意を示す。
彼らの胸の中には偉大な恩人にして指揮官への忠誠と感謝、そしてこの国を守るという使命感が渦巻いていた。
「さぁ頑張ろう。さぁ戦おう。ちっぽけで脆弱な、しかし価値のある時間稼ぎを。」
後二話くらいかな?