フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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54「サークリスを守れ 戦力集結」

 アリスに連れられて、魔法学校の屋外演習場へと向かった。

 正門に入り、演習場が見えたところで――あまりに活気に驚いてしまった。

 広い演習場を埋め尽くさんばかりの人たちが、そこにはいた。

 グラウンドの中央に整然と揃うサークリス魔法隊を始めとして、その横には同じく隊列を取る学校の先生や学生たちもいる。

 そればかりではない。

 こちらから見て手前側の隅には、一般市民の有志たちまでやる気に満ちた顔を見せており。

 反対側の隅の方には、元仮面の集団と思われる人たちもいた。

 

 アリスが私の方を向いて、興奮気味に言ってきた。

 

「すごいでしょう!? アーガスがね。オズバイン家臨時当主として、町中に危機を呼びかけたのよ。そしたら、こんなに集まってくれたの!」

 

 そうか。アーガスがやってくれたのか。

 もちろん彼だけの功績ではなかった。

 

「学生の多くや仮面の集団だった人たちは、カルラさんの力よ! 剣術学校の方もかなりいるわよ! そっちはイネアさんがまとめてくれてるわ!」

 

 私はこの光景を前にして、とても感動していた。

 サークリスは『剣と魔法の町』だとよく聞いていたけれど。

 その意味するところがよくわかったんだ。

 ただ単に、剣と魔法が盛んというだけじゃない。

 命懸けの戦いになるにも関わらず、こんなにも多くの勇敢な人たちが町を守るために集まってくれた。

 有事の際には、ここまで力を合わせられる。

 剣と魔法をもって、一つになれる。

 それがこの町の本当の魅力であり、強さなんだ。

 

 前の方の一番目立つ場所で、アーガスは忙しそうに全体を取り仕切っている。

 そんな彼を、胸が熱くなるような想いで見つめた。

 あいつ。だから私に《アールリバイン》の習得を任せたのか。

 新しい魔法がクラムに届き得るのなら。奴は彼の仇なんだ。

 彼の性格であれば、多少時間がかかったとしても、必ずものにしようとするのが普通だろう。

 でも、家の名を利用して、サークリスが危機にあることに説得力を持たせられるのは自分しかいなかった。

 だからまた、自分の都合を殺してまで、率先してその仕事をやってくれたんだ。

 本当は家の名をかざすのだって、大嫌いなことの一つのはずなのに。

 心から尊敬するよ。

 クラムとは、必ず一緒に戦おう。

 仇が討てるように、力になるから。

 

 演習場に入っていくと、ミリアと一緒に、まずはクラスメイトたちが暖かく迎えてくれた。

 嬉しかったけれど、人数が明らかに減っていることに気付いて、心が痛くなる。

 それでも森林演習のとき、私のおかげで助かったと多くの人から感謝された。

 

 ないものねだりだってわかってるけど、できればみんな助けてあげたかった。

 

 やはりみんなにとっては、決して許されないことをカルラ先輩はしてしまったのだ。

 胸を痛めつつ、アリスとミリアとともに、仮面の集団エリアにいる彼女の元へ向かった。

 彼女の隣には、ずっと神妙な面持ちをしているケティ先輩がいた。

 ケティ先輩は、私たちに気付くとすぐに、カルラ先輩の腕を引っ張って駆け寄ってきた。

 そして彼女の頭を後ろからぐいっと押して、無理矢理頭を下げさせつつ。

 自分もまた深く頭を下げた。

 

「本当にありがとう。この大バカを正気に戻してくれて」

「いえ。私は何も」

「私も説得に失敗してしまって。石です」

「あたしは、ただ喧嘩しただけですから」

 

 三者三様の謙遜に、ケティ先輩はふっと口元を緩めて、首を横に振る。

 

「あなたたち三人のおかげよ。みんなの気持ちが合わさって、こいつに響いたの。そうでしょ?」

 

 腕の力を緩めつつ、カルラ先輩に問いかける。

 頭を上げたカルラ先輩は、私たちを見つめてこくりと頷いた。

 ケティ先輩に散々怒られたのだろう。

 その顔は今にも泣きそうなくらい沈んでいて、借りてきた猫のように大人しかった。

 

「森林演習のとき、私だけ頑なに置いてくから、変だと思ったのよ。まさかこんなことをしていたなんてね……」

 

 肩を落とすケティ先輩。

 実際、連れていったら監督生側のはずだ。炎龍の攻撃で殺されていた恐れが高い。

 カルラ先輩も、それだけはしたくなかったのだろう。

 

「こいつが元気なら、それでいいかって思ってたところはあった。けど、引っ叩いてでも止めさせるべきだったわ。ロスト・マジックの研究なんて!」

 

 激しい怒りを示したケティ先輩に対し、カルラ先輩はひたすらしゅんとしていた。

 

「本当にごめんなさい……。ケティ」

 

 ケティ先輩はカルラ先輩の肩を掴むと、いつになく真剣な顔で言った。

 

「私にだけは怖くて何も言えなかったんでしょ。ほんとにもう。いい?」

 

 彼女は声を張り上げた。

 これまで抱えてきたであろう想いを、カルラ先輩にすべてぶつけるように。

 

「私たち、親友でしょう!? あなたがエイクを亡くしてどれほど辛かったのかなんて、よーくわかってるわよ!」

「……っ」

「もっと私に泣きつきなさいよ! 死にたかったんなら、その気がなくなるまで、嫌ってくらい付き合ってやるわ! だから……っ!」

 

 感情の高ぶりのあまり、ケティ先輩は言葉を詰まらせていた。

 飄々としている普段からでは、決して想像も付かない姿だった。

 悲痛な表情で、涙をぽろぽろと流している。

 

「もっと私を頼りなさいよ! なんでそうしてくれなかったのよ!? なんでよおっ……! バカよ……大バカよ! あんたは……!」

 

 もうそれ以上何も言えなくなったケティ先輩は、カルラ先輩に抱き付いて、顔をくしゃくしゃにして嗚咽を上げた。

 抱き付かれたカルラ先輩も、すぐに目から涙が込み上げてきて、わんわん泣きじゃくり始めた。

「ごめんなさい」と、何度も何度もそう言いながら。

 立場が対等な親友が相手だからこそできる、みっともないけれど、心温まるコミュニケーションだった。

 私もつい目頭が熱くなってきて、一緒に泣いてしまった。

 横を見ると、アリスとミリアも泣いていた。

 

 ――本当に、心配だったんだ。

 

 トールに騙されていたばかりか、彼氏まで殺されていたことを知ってからのカルラ先輩は、見るからに生きる希望を失っていた。

 それでも、責任感と罪悪感だけで無理を押して動いているのが、明らかに見てわかったから。

 けど、もう大丈夫。

 私たちだけじゃなくて、こんなに親身になってくれる親友がいるんだから。

 そのことを改めて心に刻み付けたカルラ先輩なら、きっと立ち直って罪を償っていけると思う。

 

 私たちは、しばらく先輩たちを二人きりにしてあげることにした。

 きっと話したいことが、たくさんあるだろうから。

 

 

 ***

 

 

 続いて、サークリス魔法学校の教師陣、エリック・バルトン先生と、ベラ・モール先生と少し話した。

 片やまだ二十代という若さで魔法隊の大隊長となったエリート。

 片や未だ良い結婚相手が見つからないまま三十路を迎え、うだつの上がらない彼女。

 だがどちらも先生としての人柄や実力は確かなものだ。

 バルトン先生は、彼がいない間の総指揮をアーガスに任されたらしい。相当に気合いが入っている様子だった。

 モール先生は「町を守らなきゃ結婚どころじゃないわ」と冗談めかして言っていたが、その言葉が意外に真理を突いているような気がした。

 みんな人それぞれの理由があって、ここにいるんだ。

 

 アーガスは、学校から物資を運び出す指示を飛ばすなど、とにかく準備で忙しくしていた。

 だから話すことはできなかったけど、私たちの姿を認めると軽くウインクしてくれた。

 アーガスファンクラブの人たちが、自分に向けてくれたと思って黄色い声を上げている。

 私はやや呆れた。

 あんたら、こんなときに暢気だな。いやまあ、それくらいでいた方がいいのかもしれないけど。

 実際彼女たちは働き者のようで。

 アーガスラブを原動力に、彼の指示に率先して作業に当たっていた。

 

 

 ***

 

 

 一通り挨拶を済ませたところで、三人で隣にある剣術学校の屋外修練場へと向かった。

 そこにもアリスの言った通り、多くの人たちが集まっていた。

 真ん中には剣士隊が整然と並んでいる。

 一度半壊したため、魔法隊よりはだいぶ数が少なくなったけれども、危機に対して真っ先に行動を起こしてくれた勇敢な人たちだ。

 脇には、市民の有志や退役軍人らしき人たちもいる。

 

 イネア先生は、ずらりと並ぶ剣士隊の前方で、腕を固く組んだまま立っていた。

「俺」に修行をつけているときのような険しい顔で仁王立ちだ。

 その横で、先生と親しげにしている人がいた。

 立派な髭を蓄えた、白髪の老人だった。

 先生に負けず劣らず、威風堂々とした佇まい。まるで鷹のように鋭い目をしている。

 時折先生と相談しつつ、彼が実質的な指示を飛ばして準備を進めているようだった。

 話には聞いていたけど、もしかして、歳のずっと離れた兄弟子のディリートさんかな。

 アリスとミリアを置いて挨拶に行くと、二人は表情を緩めて快く迎えてくれた。

 既にイネア先生は、私のことを彼に紹介していたみたいだった。

 

「この子が、先ほど話した新しい弟子だ。今の姿に気がまったくないのは、まあ言った通りだ」

 

 彼はその眼光鋭い目でしっかりと私を見据えてから、軽くお辞儀をした。

 

「かつてイネア先生に教えを受けた。ディリート・クラインと申す」

「はじめまして。ユウ・ホシミです」

 

 しっかりお辞儀を返して、握指もといシミングを交わした。

 彼の指はしわくちゃで、ごつごつしていた。歴戦の跡が伺える。

 彼は私の目をじっと覗き込むと、落ち着いた調子で笑った。

 

「ふっふ。真っ直ぐな目をした子だな。イネア先生の修行はきつかろう」

 

 そう言った彼の目には、強い同情と共感が込められていた。

 きっと彼も昔、先生に散々しごかれたのだろう。

 

「はい。何度死にかけたかわかりませんよ」

 

 本当にね。

 心からたっぷり気持ちを込めて同意すると、イネア先生は私の頭にぽんと手を置いた。

 ディリートさんににやりと笑みを向け、意趣返しにちくりと刺す。

 

「お前と違って、すぐ弱音を吐く情けない奴だが。まあ呑み込みは早い方だな」

 

 ディリートさんは私と先生を見つめ、何かを懐かしむような遠い目をした。

 

「何だか昔のことを思い出しますな」

 

 先生も、しみじみと頷く。

 

「そうだな。お前も随分と立派になったものだ。あのやんちゃ坊主がな」

 

 ディリートさんは、年の積み重ねを思わせる立派な顎鬚をさすりながら、ふっと微笑んだ。

 

「人の一生は短いですからな。その分生き急ぎましたとも。おそらくお先に行かせてもらうことになるでしょう」

「ふっ。そう寂しいことを言うな。たとえいくつになっても、お前は私の可愛い弟子だぞ」

「ふっふ。この老いぼれに可愛いとは。先生も相変わらずだ」

「お前もだ。その笑い方は変わらんな」

「まったくですな」

 

 お互い腹で笑い合う二人には、その二人にしか通じない何かがあった。

 けれどそれがわからなくとも、確かに感じられる師弟の絆に、弟弟子である私も暖かい気持ちになった。

 

 

 ***

 

 

 やがて、人が揃ったと思われるところで、ディリートさんが全員を整列させた。

 そして、イネア先生が前に進み出て、仮設の壇上に立つ。

 柄じゃないと言いつつ、剣士組総大将――その重責を引き受けた。

 先生は強く声を張り上げて、決起演説を始めたのだった。

 

「我々は今、未曾有の危機にある。見えるだろう。復活した魔法大国エデルの姿が。伝説に記された脅威が、まさに我々を飲み込もうとしている」

 

 波打つように、場の緊張が高まった。

 先生は続ける。

 

「英雄クラム・セレンバーグの謀反。この危急の事態に、皆を救う刃となるはずの彼こそが、仮面の集団一の剣客であったという事実。多くの者は落胆し、嘆き、怒り、そして絶望したことだろう」

 

 見ると、多くの人が俯いていた。

 悔しがり、あるいは怒り、泣き。それぞれが各者各様の表情を示していた。

 

「だが。たとえ英雄がいなくとも、我々は立ち上がらねばならない」

 

 力強い言葉で、イネア先生はみんなを鼓舞する。

 

「忘れるな。己一人の剣こそが、集まって大きな力を為すのだということを。お前たち一人一人が小さな英雄であり、主役なのだということを」

 

 彼らの心に、火が灯ったように見えた。

 そうだよ。英雄がいなくたって、彼ら一人一人が立派な戦士なんだ。

 

「命懸けの戦いになるだろう。だからこそ、私は問おう」

 

 先生は真剣な顔で、皆に問いかける。

 

「お前たちが何ゆえに剣を取ったのか。その剣に乗せる誇りは何か。想いは何か」

 

 一泊間を置き、溜めてから続ける。

 

「自分のため。愛する人や家族のため。人それぞれのものがあるだろう。今一度、それを深く胸に刻み付けるがいい」

 

 ある者は表情を引き締め、ある者は目を瞑り、ある者は胸に手を当てて。

 それぞれが想いを馳せていた。

 十分と判断したところで、先生がまた一段と声を上げた。

 

「そして感謝しよう。よくぞここへ集まってくれた。お前たちは勇敢なる戦士だ」

 

 彼らの助力に深く謝辞を述べ。

 

「そんなお前たちに、改めて頼みたい」

 

 先生は気剣を出すと、天高く突き上げた。

 

「どうか力を貸してくれ! サークリスを、この町に暮らす人々を守るために!」

「おおーーーーーーーーっ!」

 

 みんなが一斉に剣を掲げる。

 びりびりと大気が震え、あちこちから勇猛なる雄叫びが響き渡る。

 私も胸が熱くなり、隅っこでガッツポーズを決めた。

 よし。精一杯頑張るぞ。おー!

 

 

 ***

 

 

 それから私たちは、イネア先生率いる剣士混成隊、アーガス率いる魔法混成隊とととも、ラシール大平原へと行進していった。

 サークリスを出てやや進んだところで止まり、そこで陣を張って、敵襲に備える。

 時刻はすっかり夜になっていた。

 決戦のときが、近づいて来ている予感がした。


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