フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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52「空中都市エデル浮上」

 ミリアが魔法の名を告げた直後のことだった。

 地を大きく揺るがす、激しい地震が起こった。

 大陸の中央に位置し、活断層が近くに存在しないサークリスでは、地震などほぼまったく起こらない。

 考えられる原因は一つしかなかった。ついに始まったんだ。

 

「外へ出てみましょう!」

 

 カルラ先輩の呼びかけに頷いて、全員で外へ出る。

 ラシール大平原の方角を眺めた。

 そこでは、まるで夢かと思ってしまうほどの圧倒的な光景が繰り広げられていた。

 草原の大地が開くように割れていき、そこからゆっくりと何かが浮上してくる。

 夜闇に紛れて色のほどはよくわからないが、月明かりが形だけは照らし出してくれた。

 まず目に映ったのは、立派な城だった。どうやら王宮殿のようだ。

 そこを始めとして、徐々に全体の姿が露になってくる。

 高層ビルが。時計塔が。町中に張り巡らされた、宙に浮かぶチューブ状の何かが。丸いドーム状の形をした数多くの民家が。

 それは、全体として見れば、サークリスを優に超えるほどの巨大な都市だった。

 地球でも目にしたことがないほどのテクノロジーを感じさせるメトロポリス。

 まるで天を突くように空高く浮かび上がっていく。

 やがて輝く青い月と星空を背景に、それはかつての栄華極まる全貌を俺たちにまざまざと見せ付けた。

 空の海に浮かぶ孤島。

 もはや誰も暮らすことのない空中都市は、ただ二人、邪な野心を抱く新たなる王と偽りの英雄を迎え入れて。

 魔法大国エデルは、ついに蘇った。

 

 気付けば、異変に気付いた人々が、夜中にも関わらず次々と起き出していた。

 既にあちこちで部屋の明かりが付き、多くの人が外へ出て、この信じられない光景を眺めている。

 やがて、島の周囲を赤い光の壁のようなものが覆っていった。

 トールの話を鵜呑みにするならば、侵入者を防ぐバリアが展開されているようだ。

 そいつはじきに、都市全体をほぼ隙間なく包み込んでしまった。

 ただいくつか、バリアに穴が開いている部分が存在するようだが……。

 おそらく入出用のゲートか何かだろう。

 実際、そこから何かが続々と飛び出してきた。

 最初は何なのかわからなかったが、よく目を凝らしてみれば、小型の竜だった。

 さらにその上には、人型の何者が乗っている。

 そいつらは島の周りをぐるぐると旋回し、飛び回り始めた。

 まるで警備でもしているかのように。

 当時を知るイネア先生が、苦々しい顔をしながら説明してくれた。

 

「竜の上に乗っているのは、魔導兵だ。人間の死体を魔力で操っている」

「うへえ」

「趣味が悪いですね」

 

 アリスとミリアが顔をしかめる。

 イネア先生は同意した。

 

「どんなに傷付いても決して動きを止めようとしない厄介な者たちだ。奴め、死者を冒涜する禁断の魔法を平気で使うとは」

 

 それを聞いたアーガスが、不敵な面構えで拳を叩く。

 

「なに。かえって気が楽だぜ。生身の奴が相手じゃない分、思い切りやれるからな」

 

 俺もそこは同意だ。

 やっぱり生きた人を斬るのは、敵であっても抵抗があるものだから。

 

「しかしまあ、よくもあれだけの竜を従えたものだ。小型であっても竜は竜。容易には人に頭を垂れぬ誇り高い種族のはずだが」

 

 先生が驚きをもって言うと、カルラ先輩が申し訳なさそうな顔で口を開いた。

 

「おそらく洗脳装置や洗脳魔法を使っているわ。魔法演習のとき、わたしに実験させたのは……」

 

 言葉を詰まらせた彼女の代わりに、ミリアが続ける。

 

「この日のためでしょうね。敵は実に用意周到に準備を進めていたみたいです」

 

 人一倍姑息なやり方が嫌いなアリスは、憤慨していた。

 

「何よそれ! 操ってばっかり! 反則じゃない! 少しは自分で戦いなさいよ!」

 

 自らの部下や、関係ない他の生物すら好き勝手に操って、ゴミのように切り捨てていく。

 そんな卑怯で最低なやり方に怒る彼女の気持ちは、よくわかる。

 俺も口にこそ出してないけど、同じように憤りを感じていた。

 まあトールの奴の性格からして、自分から出てくるなんてことはおよそ考えられそうにない。

 そこがまた腹立たしいのだが、やり方としては合理的だ。

 おそらく奴自身は、そこまで強くないのだろう。

 だからこそ、用心棒として最強の切り札であるクラムだけは残したんだと思う。

 アリスは、俺の方を向いて尋ねてきた。

 

「ねえ、ユウ。トールって、この町を滅ぼす気なんでしょ?」

「そうだよ。あれでね」

 

 再び空の上にある、途方もなく巨大な島を見つめた。

 自分で言いながら、目の前が真っ暗になりそうな気分だ。

 彼女も参ったように溜息を吐く。

 

「敵は最強の魔法大国。首都からの応援は望めない。剣士隊は半壊状態」

 

 指を折りながら、一つ一つの要素を挙げていく。

 いつもは前向きなアリスも、今回ばかりは顔を引きつらせた。

 

「あたしたち、絶体絶命のピンチってやつかもね……」

 

 そう思っているのは、アリスだけじゃないだろう。

 俺も含めて、浮かない顔をしているみんなの実感するところと思う。

 エデルをこちらから攻めるのは厳しい。

 進入するには当然空から行くしかない。それだけでも困難なのに、空にはたくさんの見張りと、そして鉄壁のバリアがある。

 俺にはまるで攻略不可能な空中要塞のように思われた。

 対して、奴らから攻めてくるのは簡単だ。

 開かれた町であるサークリスには、奴らの行く手を遮るような障害など何もない。

 エデルには圧倒的な戦力があるという。果たしてどんな手を使って攻めてくるのだろうか。

 いずれにせよ、とてつもなく厳しい戦いが待っていることは間違いなかった。

 だけど。どんな困難が待っていたとしても。

 ここにいるのは、そう簡単に諦めるような人たちじゃない。

 やってやろう。あいつらに思い知らせてやろう。

 この町に住む人々の力を。絆の力を。

 俺は気合を入れ直すと、みんなに言った。

 

「まだ敵が攻めてくるまでには、時間があるはずだ。その間に戦力を集めよう。やれることはやろう」

 

 不安はあるけれど、自分を含めて全員を鼓舞する。

 

「大丈夫。これまでだって何とかしてきたじゃないか。今度だって、きっと何とかなるよ!」

 

 みんな、力強く頷いてくれた。

 本当に心強い。

 

「そうね。敵がハッキリした分やりやすいじゃない! あいつらなんかやっつけちゃおう!」

「私たちを敵に回したこと、後悔させてやります」

「空でお高く止まってる奴らを、引き摺り下ろしてやるとするか。きっちり仇は討たせてもらうぜ」

「よし。私はディリートを通じて、残っている剣士隊の指揮に回るとしよう。町の防衛は任せろ」

「わたしもあの手この手で戦力を引っ張ってくるわ。魔法関係なら、どーんと任せなさい!」

 

 よし。俺も自分のすべきことを。

 ミリアに向かって頼む。

 

「ミリア。君の家に連れて行ってくれ。絶対に《アールリバイン》を習得してみせる」

「わかりました。いきましょう!」

 

 クラムに届き得る唯一の攻撃手段。

 これなくして、勝利への道はない。必ず身につけてみせる。

 

「じゃあ、準備ができたらまたここへ! 一旦解散だ!」

「「おう!」」


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