フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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20「トレイターの追悼」

[1月20日 20時11分 ???]

 

『カーラス=センティメンタル、東京からの離脱を報告。一部の仲間もトゥルーコーダの誘導に従って回収は進んでいるけど。状況は芳しくないわ』

『きっとたくさんの仲間が死んでしまうだろうな……』

『そうね……。ACWなんて言うとんでもないものを持ち出してきて。本当に大変で』

『そうらしいな』

 

 投げやりな返答も冷たいからではないことを、インフィニティアはわかっている。

 不機嫌がそういう形で出る性格なのだと心得ていた。

 

『お得意の勘とやらも、今回ばかりは冴えなかったみたいね』

『僕にもすべての状況が視えているわけではないんだよ。むしろわからないことも多いのさ』

『そうだったわね。あなた、随分慌てていたもの』

『君にはバレてしまうか』

『付き合いですから。あのね、私のことなら平気よ。あなたよりはずっと強いもの』

『もちろんわかっているが。気を付けてな』

『ええ』

 

 そこで一拍躊躇いがあり、彼女はようやく告げた。

 

『『炎の男』は、死んだわ。14時22分きっかりにね』

『そうか……。少し、一人にしてくれないか』

『……そうね。それなりの付き合いがあったと、聞いているもの』

『すまない』

 

 彼女を介した念話通信を切り。

 訃報を受け取ったトレイターは、長い長い溜息を吐いた。

 

「己が身をもって確かめてくれたのだな。君は」

 

 1月20日 14時22分。

 

『炎の男』は、『予定通り』に死んだ。

 

 光を見た。

 

 ――そうだ。僕らはきっと同じ光を見ていた。

 

 そういう意味では、君だけが唯一真の『仲間』だった。

 僕らは必然的に出逢い。性質をまったく異にするにも関わらず、意気投合した。

 本来なら、決してあり得ないはずの同盟は組まれた。

 ただ一点、『それ』の偉大さを識っていたからだ。

 

「……やはりそうか。確証はなかったが。どうやらそういうことらしい」

 

 だとすれば。この先待ち受けているであろう物事も、杞憂ではない。

 次に来たるもの。やがて辿り着く場所。

 我々には遠く、次の世代には確実な未来に訪れるもの。

 

「果たして。誰が誰を裏切っているのか」

 

 トレイターは自らを冠する名を浮かべ、自嘲たっぷりに笑う。

 僕のしてきたことは。これから為そうとすることは。

 確かに世界への裏切りだろう。

 そして同時に、誰もを裏切っている。

 もしかすると、自分自身すらも。

 

 今や世界中が血と争いに満ちている。

 もう始めてしまったことだ。今さら止まることはできない。

 ただ……僕は弱いな。君のように強くはなれそうもない。

 もう少し、前に進む勇気が欲しい。

 

「アレクセイ。お疲れ様だったな。君は邪悪だったが、気高い意志の強さは本物だった」

 

 ワインの入った杯を掲げ、血に見立て一気に飲み干す。

 神の光を見た同志への追悼を、儀式的行為で示す。

 

「本当に……敬服するよ。最期までよく戦い抜いた」

 

 果敢にも世界へ挑み。無謀にも「勝てるはずのない」相手へ挑み。

 やはりこうなってしまった。

 薄々わかっていたのだ。忠告はしたはずだ。

 

 星海 ユナは、今はまだ死すべきときではないと。

 

 どちらかが死ぬしかない状況になれば。まず死ぬのは君だと。

 

 なのに君は結局、最期まで止まりはしなかったな。

 持ち前の計画性をかなぐり捨て。後先もなく大暴れ。

 最もらしくない真似をしてまで、何がしたかったのか。

 

 ああ。わかっている。僕だけは知っている。

 命を賭した助力とメッセージ、確かに受け取った。

 

 皮肉にも死んだことで、彼の存在証明は完成された。

 彼は見事に演じた。立派に殉じた。全力でやり切ったのだ。

 生前語っていたところの原罪は、いくらか洗われたことだろう。

 誰も慰めを言ってはくれないだろうから。僕くらいはそう信じてやりたい。

 

 ――どうやら。途轍もないことが起きている。

 

 トレイターは、いよいよ確信を深める。

 いつもそうだった。

 仄かな予感は、時を経て揺るぎない真実へと到達する。

 それを手繰り寄せることはできないが、確実に大きな流れがある。

 世界はうねりを伴って、そうなるように動いている。

 光はいつもそこにあって。すべてを照らしている。

 

「唯一の真なる到達者を、見つけなくては」

 

 光がある。

 それが何かまではわからない。見極めることはできていない。

 ただそれは世界を変えるかもしれない――可能性の存在。

 どこかにいるはずだ。

 普通の人間の中に、それはまだ普通の人間の顔をして紛れている。

 TSPとされるものの中に、彼もしくは彼女は紛れている。

 

「すべては、僕らの尊厳のために」

 

 たとえこの先、命散らすことになろうとも。

 いかに仲間を煽り、徒花を散らせようとも。

 これだけは譲れぬ真実の想いなのだ。

 人はせめて人らしくあらねばならない。

 TSPだからと、あのような扱いが許されて良いはずがないのだ。

 そのためならば。

 僕は世界を敵に回して、なおも踊り続けよう。

 運命に殉じた君たちを引き継いで、やがてくる未来へ挑み続ける。

 いつか楽園に辿り着くその日まで。

 そして――。

 

「ああ。星海 ユナ。君にもいたく同情しよう。だが君はまだ幸福かもしれないな」

 

 未だ己の運命を知らぬ。無限の未来があると信じているのだから!

 識ることは不幸であり、無知とは幸福である。

 幾多の同胞を容易く討ち果たした、偉大なる女戦士よ。

 君は屍の山の上に、最後に自らを積むことになるだろう。

 遅かれ早かれ順番の問題であると。君はまだ知らない。


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