フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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6「品川電撃戦」

[12月2日 8時44分 品川駅付近]

 

 ターゲットが潜む廃ビルの上に到着するよう、ユナは超音速で射出されていた。

 到着が近づくとブレーキがかかるとは言え、シゲルの能力は本来人に用いるべきものでなく、当然安全装置もない。

 加速や減速の際の重力加速度は約10~10数Gほどで、人間がギリ耐えるか限界を超えてしまっているのだが、彼女はまったく平気だった。

 屋上が近付いてくる。

 彼女は気力強化と柔軟な肉体のバネによって、沈み込むように踏ん張ってピタリと着地を決める。

 頃合いでステルスも解除された。涼しい顔で辺りを見回すと、屋上から建物内へ通じるドアへ視線を定めた。

 そして、念じる。

 

《アクセス:バトルライフルYS-Ⅱ》

 

 何もないところから、彼女の右手にライフル形状の武器が現れた。

 これは彼女が特別な力を持っているわけではなく、QWERTYアメリカ支部で働く男、ベンサム・デイパス(通称ベン)の能力【火薬庫(マイバルカン)】によるものである。

 彼は武器専用の異次元空間を持っており、承認した相手へ遠隔かつ瞬時に武器を送り出すことができる。ただし、異次元空間を介して人の転送はできない。

 ユナは自動承認対象に設定されているため、彼が寝ているときでも【火薬庫(マイバルカン)】を利用できるのだ。

 ベンと協力するようになってから、無尽蔵の経戦能力を持つに至ったユナは『潰えざる歩兵(インデストラクティブ・インファントリー)』や『一人軍隊(ワンマンアーミー)』評を欲しいままにした。

 さて、ユナが取り出した武器にも特徴がある。

 アサルトライフルは現代歩兵の主武装であり、バトルライフルはその中でも大口径かつ有効射程の長いものを指す。

 反面、銃身が長めで閉所での取り回しが悪いことと、反動がきつくなり、自動射撃に向かないとされる。

 YS-Ⅱ(ユナスペシャルツー)は、上記を踏まえた特注カスタム品である。大口径の攻撃力はそのままに、一般のバトルライフルよりも銃身がやや短めになっている。

 すると余計制御が効かなくなるはずであるが、気力強化込みの驚異的な体幹と天性の射撃能力により、彼女は狙い構えずとも500m先の1セント硬貨にさえ当てることができるという。

 この暴れ馬を完璧に使いこなせるのは、恐らく世界で彼女だけと思われる。

 

 右手にそれを構えながら、左手で予め携帯のハンドガンを取り出し、ドアの錠を破壊する。

 突入はせず、目で階段から下までを確認しつつ、敵の位置と数を探る。

 ビルは五階建て。三階空きフロアに六名。他に人影はなし。

 気による感知はそこに敵の存在を示すが、能力者の数やその内訳まではわからない。

 ハンドガンにはサイレンサーが付いているが、銃声には気付かれたかもしれない。そうでなくても、TSPとの戦いでは、常に感知タイプの存在を想定しなくてはならない。

 正面からの突入は待ち構えられている危険性がある。

 そこまで考えたユナは、【火薬庫(マイバルカン)】から音響弾を取り出した。バカでかい音を立てるものの、非殺傷性の武器である。

 そいつを作動させ、しめしめと階下へ投げ入れて。

 

「そーら、プレゼントだぞ」

 

 あえて全力で逆方向へ駆け出した。そのままビルの縁へ辿り着くと、躊躇なく飛び降りてしまう。

 もちろん自殺行為ではなく、驚異の身体バランスで四階外窓の縁に手をかけた。そこから気力強化した足でもって、三階の窓を一蹴りでぶち破る。

 

「お邪魔するよ」

「「な!?」」

 

 正面ドアの向こうで炸裂した爆音に気を取られ、まさかのダイナミックエントリーを決めた彼女には、全員が虚を突かれる形となった。

 ユナは空中にいる間に、六発の弾丸を六人の方向へと正確に撃ち込んだ。恐るべき早業である。

 うち四人の心臓へと弾丸は綺麗に吸い込まれていったが、中央の二人へ放ったものは、見えない壁のようなものに弾かれてしまった。

 無事なのは男女が一人ずつ。”例に漏れず”、随分と若い。

 彼らの姿を視認しつつ、着地後、回避動作を取りながら、数発ほど追加の射撃をお見舞いする。

 それらは過たず男の五体へと向かっていくが、やはり彼の前方一メートルほどで止まってしまう。

 

 ――なるほど。そういう能力か。

 

 ごく短い時間の中で特性を理解したユナは、直後飛来してきた光る何かを、すれすれのところで避けていた。

 

「あっぶな」

 

 冴え渡る直感に助けられた彼女は、一瞬遅れて、己を襲った攻撃の正体を理解する。

 放射状に伸びる光の束。空気を切り裂く閃光の刃。

 雷か!

 魔法ではない。物理現象として、電気が絶縁体である大気を通過するには、最低でも数百万Vもの電圧が必要である。

 そんなものを巧みに操る彼女は、TSP以外ではあり得なかった。

 初っ端からえらいのと当たったなと、内心ユナは毒づく。

 通常、人間が自然の力に立ち向かうほど無謀なことはない。

 だが彼女に絶望するところは一つもなかった。

 今相手にしているものは自然の雷でなく、そこには人の意思と指向性が宿る。

 ならば、捌けぬ道理はない。

 戦いこそはユナの領分だった。

 雷には本流の前、ステップトリーダーという先触れがある。本流の通り道を形成する段階だ。

 電圧の変化を肌で感じ取る。

 人は雷速に遥か届かなくても、それを操るものもまた遥か及ばぬ人である。

 動物的な勘と人間離れした身体能力が、雷撃の先読みを可能とする。

 荒れ狂う雷波の隙間を縫うように身を滑らせる。端へ追い詰められれば、壁の蹴り返しをも利用して、そのすべてを避け切ってみせた。

 

「マジか。かわしやがった!」

「あいつ、化け物みたいな動きしてるよ!」

 

 とは言え、ユナもギリギリである。

 雷自体の速度は、銃弾のそれよりもずっと速い。ほんの少しでも掠れば致命傷だ。

 何度も攻撃させていては、命がいくつあっても足りたものじゃない。

 合間合間に何度もトリガーを引いていたが、こちらの攻撃は一つも届かない。

 銃弾を男が壁で防ぎ、後ろから女が雷を通してくる。

 なるほどいいコンビだ。

 ユナは敵ながら感心するも、既に攻略法を見つけていた。

 

 だが何も――正面から撃ち抜くだけが戦い方じゃないんだよ。

 

 不敵に笑うと、【火薬庫(マイバルカン)】より手榴弾を取り出した。

 そいつを敵正面に向かって堂々と放り投げる。

 そして透明な壁に弾かれるその前に、彼女は放り投げたそれを己の手で正確に撃ち抜いた。

 

 ――実のところ、それは手榴弾の形をしたまったく別の兵器だった。

 

 爆風とともに、凄まじい量の煙が吹き荒れる。

 煙幕催涙弾だ。

 咳き込む男女の息遣いが聞こえる。

 銃弾や爆撃を警戒していても、不意の目くらましには咄嗟に対応できなかったようだ。

 その隙が勝敗を決定付けることになった。

 ただ一人、生命反応の読めるユナだけは、目など瞑っていても相手の位置が手に取るようにわかるからだ。

 

「こうなると無力だな」

 

 死神の声が背後から聞こえたときには、少年はユナの腕にがっちりと頭をロックされていた。

 やはり。自分たちの邪魔になる『至近距離だけは』壁を作れないらしい。

 銃弾のすべてが手前一メートルほどで弾かれていたことを、彼女はわずかな観察で見抜いていた。

 嫌な音が鳴り、彼は力なく崩れ落ちる。

 ユナはひと思いに首の骨をへし折っていた。

 そして……旧知の仲だったのかもしれない。

 パートナーを殺され、茫然自失とする少女の眉間へ――ユナはトドメの一発を放った。

 

 

 ***

 

 

 まずは六人全員が確実に死亡していることを確かめ、TSPの少年少女を仲良く隣に並べてやってから、ユナは短く手を合わせて彼らの冥福を祈った。

 どんな脅威も、死んでしまえば皆同じ人である。

 

「しかしメシがまずくなる仕事だわ。ほんと」

 

 ユナは吐き捨てるように独り言ちた。

 最初のTSP発生が33年前。

 TSPには元々非能力者であったものが覚醒する場合と、最初からTSPとして生まれてくる場合の二つがあるが、実は後者がほとんどを占める。

 さらにその増え方は線形ではなく、後期ほど増加のペースが速い。

 導かれる当然の帰結として――TSPの大半は未成年なのだ。

 物事の善悪も区別の付かないうちから管理され、あるいは差別され、教育された少年少女の兵士たち。テロリスト側もさして事情は変わらないのかもしれない。

 日本政府が人道的観点からTSPの軍事利用を避けたことも、そこへ世論が同調したことも、正直一理あると言わざるを得ない。

 だが現場最前線の人間からすれば、子供だからと情け容赦をかけることは、どうしてもできないのだ。

 彼らの持つそれが非殺傷能力であることが明確でなければ、人道的観点だの何だの甘いことは言ってられない。

 コンマ一秒の対応の遅れが死に繋がる――この地球という『許容されない』世界では。

 

 TSPを自爆テロに使い捨てるとは考えにくい。二人は護衛で、非能力者の方を使っていたのだろうとユナは推測する。

 炎の能力者本人はいなかった。当たりではあったが、まだ主犯には辿り着いていないということだ。

 さて。気は進まないが死体漁りでもしようかと考えていたところに、無線の音声が流れる。

 少年の腰に付いた機械からだった。

 

『応答せよ。ジェイ、応答せよ』

「…………」

『……どうやら失敗したようだな。なあ、そこにいるのだろう?』

「……あんたが主犯格か?」

『その声、久しいな。やはり来たか。星海 ユナ』

「ほう。私のこと知ってんのかい」

『一時たりとも忘れるはずがない。私は地獄から舞い戻ってきたぞ。ユナ』

 

 そのねっとりした特徴的な声色と、炎上テロというやり口。

 まさかとは思っていた線が繋がった。

 

「なーんかずっと引っ掛かってたのよ。お前、アレクセイか?」

『ククク』

 

 5年前、中国で大規模な企業テロが発生した。

 彼は大金や企業固有の技術を要求し、従わなければ会社を物理的に炎上させた。

 男の名は、アレクレイ・ダナフォード。

 捜査の果てに本拠地を突き止めたユナは、2km先からの狙撃で彼を葬ったはずだった。

 

「あのとき、確かにド頭ぶち抜いてやったと思ったんだけどな」

『ああ、ああぁ。あれは実に、実に実に……素晴らしかった。奇跡だ。極上の体験だったよ』

「ならもう一度くれてやろうか?」

 

 陶酔するような声に違和感を覚えつつ、ユナは挑発する。

 しかし男は意に介さず、ただ己の世界に浸っていた。

 

『光を……見たんだ。この世のすべての――真実を照らす光を。おお、神よ!』

「気色わりいな。どうしちまったんだよあんた」

 

 憎たらしい敵だったが、もっと冷静で、理知的で、神をも畏れぬ男だったはずだ。

 これではまるで狂信者だ。

 

『どうも何も。目が覚めただけのことだ』

「それで行き着く先がテロリストの犬か。笑えるな」

『同志と呼んで欲しいものだな』

「どう呼ぼうがかわんねえよ。おかしな奴になり下がっちまいやがって」

 

 知能犯としての矜持はどこへ行ったのか。

 無差別に人を殺すなど、かつてのこの男自身の美学にも反しているというのに。

 怒りと呆れがこみ上げるユナであったが、アレクセイはますます陶酔を深めていた。

 

『人は生きるべきときに生き、死すべきときに死ななければならない』

「あっそ」

『ああ、ジェイよ。イーラよ。お前たちは……救われたのだな。素晴らしい、素晴らしい……』

「救いも何も。やったのは私だ。言っとくけどな、私はあんたを――」

『私は、お前も救いたいのだよ。クフフフ……』

 

 まずい。

 直感したユナは、一目散に割れた窓から飛び出した。

 直後、死体の一人が大爆発を起こし、吹き上がる炎が彼女を後押しする。

 

「いったぁ」

 

 無理な着地に足をさすりつつ、ユナはどうにか身を起こした。

 通常なら人が大怪我するか死ぬような高さでも、彼女は無事で済むだけのフィジカルがあった。

 憎らしいほどに燃え上がるビルを見上げて、彼女は吠える。

 

「くっそ。やりやがったな!」

 

 あれだけおかしくなったのに、根っこのクレバーなところだけは変わってないらしい。

 証拠は炎の中に燃え尽きてしまった。

 気が付くと、周囲が騒然としている。彼女は随分目立ってしまっていた。

 炎上するビルから、突然黒ずくめの女が飛び出してきた。そんな映画のワンシーンさながらを見せられてしまったのだから、無理もない。

 舌打ちし、慌てて現場から離れるユナ。走りながら、相棒へ連絡を取るのだった。

 

「タク。一連のテロ事件、主犯がわかったぞ」

『なんだって!?』

「『炎の男』が帰ってきた。とんだイカれ頭になってな」


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