俺が目を覚ましたとき、すぐ目の前に赤髪の少女の姿が映った。アニエスはほっとした顔をしている。
俺は助かったみたいだ。けどそれよりも。
「アニエス。ハルは……?」
命を賭して挑んだヴィッターヴァイツとの戦い。最悪の事態も覚悟はしていた。
J.C.さんの能力を最後の頼りにはしていた。最悪身体の一部だけでも残すようにという作戦だった。
けど奮闘むなしく、もしハルが完全に消し飛ばされてしまったなら……。
心配をよそに、アニエスはピッと親指を立てた。
「ユウくん。ボクは無事だよ」
今一番聞きたかった声が横から飛んでくる。顔をそちらへ向けると、ハルの笑顔があった。
先に目覚めていたらしい。彼女はすぐ側、アニエスの隣まで歩み寄ってくる。
「ああ。よかった……」
心の声が聞こえなくなったから、本当にダメかと思ったよ。
「避けきれなかったけれど、どうにか気合でね」
グッと握り拳を作るハル。
「身体が半分吹き飛んでたので、危ないとこでした」
アニエスがさらっと怖いことを言う。やっぱりただでは済まなかったんだな。
でも助かったのなら笑い話で終わる。本当によかった。
「あはは。この世界で二回も死んで生き返ったのなんて、ボクくらいのものだね」
「ごめんな。守ろうとしたけど、身体が動かなくて。ほんとに情けない」
「いいんだよ。ボクも最初から覚悟は決めてたんだから。最後まで一緒に戦えて嬉しかった」
満足気にそう言うと、俺の肩を軽く叩いて、
「それに、キミはちゃんと自分の仕事をやってくれたんだろう?」
と、ウインクする。
「そうだな。きっと届いたはずだ」
無我夢中だった。
あのときの「視える」感覚は何だったのだろう。今となってはその感覚もわからないけれど。
けど、俺たちの想いは――俺の願いは、確かにあいつの心に届いたはずだ。その手応えだけは掴んでいる。
「あたし、J.C.さん呼んで来ますね。ユウくんと話したがっていたので」
アニエスはJ.C.さんを呼びに部屋を出ていく。
残ったハルと、俺が気を失っていた間の状況について話し合った。
他に人はいない。リクたちは相変わらず頑張ってくれているようだった。
「そうか。俺は5日も眠っていたのか」
「ボクは1日で目が覚めたんだけど、ユウくんは消耗が大きかったみたいだね。J.C.さんやアニエスさんの力だと、肉体は回復できても、消耗した心の力までは回復できないみたいだから。回復に時間がかかるんじゃないかって、そう言ってたよ」
「いよいよ時間がなくなってきたな……」
わかっていたことだが、焦燥感は募る。
ダイラー星系列による星消滅兵器の到着――タイムリミットまであと25日。
だが想定よりも崩壊の速度がどんどん上がっているらしい。最悪かつ急を要する場合、即断的対応を取ることになるかもしれない、とブレイは警告していた。俺が気を失っている間の話だ。
もはやリミットもあてにならない。いつ突然終わりが来てもおかしくないということだ。
貴重な時間を費やしてまでヴィッターヴァイツを止めたことが裏目に出やしないか。
選択に後悔はないが、不安にはなる。
そこに、J.C.さんを連れてアニエスが入ってきた。
J.C.さんは俺を優しくねぎらってくれた。ヴィットを止めてくれたことを深く感謝もされた。彼が人の心を取り戻したことも教えてくれた。
よかった。ちゃんと届いていたのか。なら戦った意味もあったな。
「それで、ヴィッターヴァイツは今何をやってるんですか?」
「さてね。でもオレのすべきことをするって。悪いようにはしないと言ってたわ」
「そんなの信用できるんですか?」
ヴィッターヴァイツに懐疑的なアニエスは、素直に疑念を口にした。
「証拠はないわ。でも……ヴィットのことだから絶対認めないでしょうけど――泣いてたのよ。あの子。だから、もう一度だけ信じてみようと思うの」
「わかりました。俺もJ.C.さんの顔を立てて、信じてみることにします。手ごたえもありましたし」
自分でも正確には何をしたのかよくわかっていない。
けれど、想いは届いたと思っているから。
「ユウくんがそれでいいなら、ボクもそれでいいよ」
ハルが追随して頷く。
アニエスは感心したような、呆れたような顔だ。
「やっぱりユウくんって、底抜けなお人良しですよね。うん」
「そうかな」
一同うんうんと頷くので、何だか恥ずかしくなってしまった。
とりあえず、ヴィッターヴァイツのことは何とかなったみたいだし。
「よし。こんなところで寝てる場合じゃないな。記憶を集めに行こうか。アニエス」
「えっ、もうですか?」
「みんな頑張ってるんだ。俺も頑張らないと」
「ユウくん頑張りすぎですよ~」
俺は俺にできることをしよう。
残る世界の記憶はあとわずか。果たして何が見えてくるのか。