フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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262「ラナの記憶 11」

 三日目はトラフ大平原を見て回ることになっていた。

 バサの森と違い、このエリアとラナクレア湖は創られたものではなく、元々からトレヴァークに存在していたものだ。

 数ある冒険エリアの中でも最も初心者向けのところであり、魔獣ではない原生生物の楽園でもある。

 最終日だし、冒険もそこそこにしてのんびりピクニックを楽しもうと、そういうつもりで予定に入れたものだった。

 

 アカネさんもさすがにトラフ大平原では大きな失態もなく、クレコとわいわいしながら夕暮れまでは楽しむことができた。

 そろそろお忍びの羽休めも終わり。明日からはまた世界を改良するための公務があるけれど、良いリフレッシュになった。

 

 そう思っていたところに、異変は起きた。

 

「「きゅー! きゅー!」」「「むー! むー!」」

「あら? 何かしら」

「野生のモコとムルの群れがいっぱい……。やけに慌てているようですけど」

 

 野生のモコとムルが大群になって走り回っている。

 普段はどちらものんびりした子たちなのに。

 恐怖と混乱に満ちている。明らかに覚えている。

 

「どうやら何か恐ろしいものから逃げているようですね」

「エリア違いの超強力魔獣が襲ってきたとか?」

 

 アカネさんは首を傾げている。

 

「いえ、それはあり得ないはずなのです。魔獣の生息域は決まっています」

 

 不用意に一般人や原生生物を襲わないように、魔獣の出現エリアは完全にコントロールされているはず。

 

「なんだか嫌な感じですね。ラナ様……」

 

 クレコは不安に駆られている。

 

 モコとムルの慌てようはただごとではない。

 ましてここは初心者エリア。問題の何かを放置して駆け出しの冒険者が巻き込まれたとなっては大変だ。

 私は少し考え、決断した。

 

「調べてみましょう。あの子たちが逃げてきた方に異変の正体があるはずです。あなたたちは――」

 

 危険かもしれませんから先に帰って下さいと言おうとしたところで、クレコは察して断った。

 

「ラナ様の御付きですから。今はまだ戦えませんけれど、せめてお供させて下さい」

「私も! 案内役は最後までやらなきゃやったことにはなりませんので!」

「はあ……。仕方のない子たちですね。わかりました」

 

 二人に光の加護をかける。よほどの攻撃でなければ防ぐことができるはず。

 

「おおー! みなぎってきたわー!」

「ラナ様。ありがとうございます」

「安全を見て強めにしたけれど、くれぐれも過信はしないようにお願いしますね」

 

 浮遊魔法を私と二人にかけて飛ばす。上空から眺めた方が異変がわかりやすいはず。

 

 なんなの……これは……。

 

 それを見つけたとき、私は言葉を失った。

 

 世界に穴が開いている……。

 

 草原の上空、真っ暗闇の穴がぽっかりと口を開いている。

 

 どうなっているの……。

 私、あんな世界は知らない。創っていない。

 

 しかもそこからわらわらと湧き出て来るものがいる。

 大小有形無形様々な姿をした「出来損ない」の化け物――恐ろしい闇の異形たちだった。

 

「あれ、何でしょう……?」

「やけにきみの悪い奴らですねえ」

「あ、あ……!」

 

 どうして。魔獣と冒険者の仕組みを作って以来、完全に出現を封じ込めていたはずなのに。

 悪しき想念は魔獣として昇華されていたのではないの……? まさかそれですら

 

 ghwaoughoj;na;lk;lkwejgoiawjgo;ajwoighawoigaltjweohakfnalkj;ntaejg;lajsz!

 

 声にならない叫び声を上げて、それらは巨大な群れをなし、大行進を始めていた。

 

 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

 

「ひっ……!」

 

 あまりにもおぞましい怨嗟の念に、私はすくみ上がってしまう。

 この子たちは、私を亡き者にしたがっている。それだけではない。

 人間のすべてを。世界のすべてや己自身でさえ、破壊しようとしている。

 

「大丈夫ですか? ラナ様、顔が真っ青ですよ」

「う、あ、ああ……!」

「ラナ様……!?」

「……ふう。仕方ないわね。お姉さんカーツ!」

 

 額にガツンと衝撃を受けた。

 はっとすると、アカネさんがニヤリと笑ってデコピンを仕掛けていた。

 

「ふっ。記念すべきお姉さんシリーズの初が喝になるとはね」

「あなたラナ様に何やってるのよー! このバカちん!」

 

 ツッコミでビンタをくらって「やっぱり効くわ」と痛いふりをしている彼女を見て、我に返る。

 怖がっている場合じゃなかった。

 

「……いえ、助かりました」

「ふふん。効果てきめんでしたね!」

「もう」

 

 辛うじて微笑みを返して。

 もう一度眼下の大行進を見やる。彼らの狙いは――。

 

「待って。あいつらの進んでいる方角って。まさかトリグラーブに向かっているんじゃ……!」

「ええー!? た、たた、大変です! どうしましょう……!?」

「……消し去るしか、ありません」

 

 おどおどしている二人を見て相対的に落ち着きを取り戻してきた私には、すべきことがわかっていた。

 早急に彼らを消し去らなければ大変なことになる。闇の穴も同時に閉じる必要がある。

 とは言え、これほど大勢の闇を消し去ったことはない。私にできるものなのか。

 いや、やらなくちゃいけない。これは私の罪だから。

 

「少し離れていて下さい。やってみます」

 

 天に手を掲げ、光の精霊をイメージして集中する。

 不可能なことではないと強く認識することが大切だ。この世界では【想像】こそが絶対の力。

 万能の「女神」の意識をもって、哀れな闇の子たちを浄化するという固い決意で。

 

「おお……! すごい光……!」

「ラナ様……。本当に神様みたい」

 

 十分なイメージをもって、私は光の鉄槌を下す。すべてを憎むことしかできない彼らに心の内で謝りながら。

 強大な「神」の力の前に、闇の軍勢はなすすべもなかった。触れた端から溶けるように消え失せていく。

 闇の穴も徐々に小さくなり、やがてぴたりと閉じた。

 

 よかった。とりあえずの危機は回避できましたか。

 

「……どうにかなったようですね。さすがに、疲れ、ました……」

 

 消耗が激しく、一瞬意識が飛びそうになる。今気を失っては飛行が切れて二人を地面に叩きつけることになるという認識が、辛うじて私の意識を持ちこたえさせた。

 

「おっと。肩をお持ちしますよ」

「私も私も! でも本当にすごかったです。さすがラナ様です!」

「無敵のラナさんの前には謎の化け物も形無しってわけですね~! でもあれ、何だったのかしらねえ」

「あんな不気味な魔獣、初めて見ました」

「ナイトメア……」

「「ナイトメア?」」

 

 事情を知らない二人は首を傾げるばかり。私はかぶりを振って言い聞かせた。

 

「とにかく、あれのことは内緒にしておいて下さい。皆さんに不安を与えてはいけませんから」

「……わかりました。まさかあんな恐ろしいものがいるなんてね。私、強くなるわ。絶対に」

「私も。ラナ様を支えるためには強くなくちゃいけないって今日でよく思い知りました」

「ふふ。将来が頼もしいですね。クレコもアカネさんも」

 

 こうして、思わぬ波乱はあったものの、結果的にそのときは大事に至ることはなく、お忍びの冒険は終わった。

 

 

 

 帰宅してすぐにトレインに相談した。

 

「なんだって!? そんなことが……」

 

 トレインはまったく気が付かなかったようで、心底驚いていた。また自分の不甲斐なさに憤ってもいる。

 でも彼は悪くない。私のように心が読めるわけではないし、闇の異形たちには純粋な意味での生命の息吹はない。気が付けないのも仕方のないことだった。

 

「すぐに対策を講じなくてはいけないな。そんなものがもし街中に発生したとしたら、大変なことになる」

「ええ、そうね……。でも、どうして……」

「それは……ごめん。僕にもわからないよ」

「……無理やり抑え付けてしまったから。そのことが余計、闇を強くして……」

 

 こんなはずじゃなかったのに……。私はただ、みんなが望むだけ生きて幸せに暮らせる世界を作りたかっただけなのに……。

 

「やっぱり私たち、間違っていたのかな……。人は分相応に自然に任せて死ぬべきで、幸せに生きるなんてことは、許されなかったのかな……」

「ラナ……。いいや、間違いじゃないさ。きっと。みんなきみに感謝しているじゃないか」

 

 イコが泣いて、人が互いに争って、殺し合って。あんな厳しい世界が正しいとは、私にはどうしても思えなくて。

 でも、でも。その代償にとんでもない闇を生み出してしまった。

 蓋をして完全に封じ込めていたと思っていた闇は、全然そんなことはなくて、いよいよ地獄の釜から溢れ出そうとしている。

 こんなことを続けていたら、いつかは……。

 

「私、とんでもないことを……」

「だったら止めてしまうかい? もちろん僕は従うよ」

「トレイン……」

「……ただ、残酷なようだけど。はっきり言っておこう。その選択は覚悟がいると」

「…………」

「まず、闇は一気に牙を剥くだろう。多くの人が襲われて、死ぬ。僕たちだってどうなるか。そして、人の寿命を乗り越えた者たち。幻想の生物たち。彼らは存在の根拠が消える。確実にすべて死に絶えることになる」

「……ううん。ダメ! ダメよ。そんなこと。できないわ。そんな残酷なことは!」

 

 私は泣きそうになりながら、頭を抱える。

 私たちが「そうぞう」を止めてしまえば、たちまち世界は崩壊する。たくさんの人が死ぬ。

 築き上げた希望の反動は――凄まじいまでの絶望だ。

 

「……だったら、続けるしかないよ。決めたじゃないか。僕たちは」

「……そう。そうね。後戻りできない道を。理想の世界を作るんだって……決めたものね」

 

 以後、闇の穴は時々世界のどこかで開くようになり、私とトレインには出現したナイトメアを滅して穴を塞ぐという重要な仕事が追加された。

 私たちは、いつどこに穴が開いても即座に対処できるよう、世界全体を監視防衛するためのシステム『ラナの護り手』(人々のイメージが乗るというトレインの強い意見によりこの名前になった)を創り上げた。

 

 本当に物騒な代物だ。私たちの「理想」にはとても似つかわしくない。

 けれど必要なもので。仕方のないことで……。

 

 でも……こんなことを続けていて本当に大丈夫なのかな。いつまでいたちごっこを続けられるのだろうか。

 

 いつか対策が追い付かなくなったとき。そのとき、決定的な破綻が起こるのではないか。嫌な予感がしてならなかった。

 

 それから、私は悪夢にうなされることが多くなった。

 ナイトメアのことを思い出すと、あの私への憎しみと殺意を思い返すと、恐怖で心が震えてならなくて。

 眠れないときは起き出して、浮遊城のバルコニーからぼんやりと景色を眺める。そんなことが多くなった。

 

 だけど。ここから見える景色がどんなに綺麗で美しくても、これを生み出すために抑圧された闇が同じだけ深いことを思えば、私の心はまったく晴れなかった。


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