フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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174「ユウ VS 機械兵器包囲網 2」

 障壁を抜けるまでは剣閃が通過した跡の上を飛んでいたが、抜けたらすぐに脇の森へ逸れた。 

《センクレイズ》で斬り飛ばしたラインには一切の障害物がない。馬鹿正直に真っ直ぐ飛んでいれば、狙って下さいと言っているようなものだ。

 地面すれすれの高度に張り付いて、木々の間を縫うように走らせる。マッハ超の最高速度を維持しながらぶつからないように走るのは中々に地獄の行程だけれども、AIが頑張ってくれている。

 追跡者は図体のでかい戦闘機ばかりだ。森にさえ入ってしまえば小回りが効くこちらに分があるかと思ったが、甘くはなかった。

 戦闘機はさらに大胆に変形しようとしている。普通の戦車よりよほど巨大だったのが、翼を畳みながらみるみる小さくなっていくじゃないか。

 滅茶苦茶だ。大きさまで自由に変えられるのかよ。なんて奴らだ!

 ダイラー星系列の技術力を恨むが、恨んだところで追撃の手が止むわけではない。

 そうこうしているうちに、変形が終わる。

 予想外の完成形に、間抜けに口を開けてしまうほど驚いた。

 戦車形態のときも上半身は武骨な人間を模したようだったが、今や完璧な人の形――それも見目麗しい令嬢そのものの姿となっていた。

 しかもいつの間に換装したのか、いかにも機動性に優れたデザインの黒ドレスまで着用している。

 威圧感たっぷりの図体から一転、見た目は華奢な女性と呼べるものになった「彼女」たちだが、中身の方は何も変わっていない。

 足から極太ジェットを飛ばし、航空力学の常識を嘲笑うかのようなアクロバティック高速軌道で、易々と木々をすり抜けて来る。

 すべてが一様の顔で、口を固く結び、冷たい氷のような表情を一切動かさないまま執拗に迫って来る。

 滅茶苦茶怖い。

 敵だったときのリルナのトラウマを思い出すようでぞっとする。同じ顔が大量だったりバラギオンのお供だったりは、あの星で戦ったプレリオンとも似ているか。

 あっちが殺戮天使なら……こっちはさしずめ殺戮メイドか。しかも性能はプレリオンより格段に上だ。恐ろしい。

 さすがに人型となったことで多少速度は落ちたものの、小回りが効くという点ではむしろ優位に立たれてしまった。

 そして、砲身はコンパクト化されて右腕に移ったようだ。弾数は減った一方で、人型を生かして狙いをより丁寧に付けている。

 まずい流れだ。証拠に、徐々に距離は詰められ、しかも攻撃が車体を包むバリアに掠るようになってきている。一発でもまともに当たってしまえば即死なのに、これでは時間の問題だ。

 苛立ちを抑えるのが難しかった。

 森に逃げたのは「次善の失敗策」だ。あのまま見晴らしの良い場所で逃げ回るよりマシだが、かえって刻一刻と状況を悪化させてしまっている。

 かと言って、他に有効な逃げ道があるかと言えば……。

 いや、諦めるな。考えろ。何か。何か手は。

 また砲撃がバリアを掠める。バリアの強度にも限界はある。あと数発も掠れば破られてしまうだろう。いよいよ時間がない。

 考えろ。

 まずあいつらの強さは。動きや砲弾の威力からして、一対一の条件なら今の俺でも勝てるとは言わないが、負けないように戦うことはできるだろう。もちろんこんなにたくさん相手取るのは、自殺行為にしかならない。

 ただ逆に言えば、個々の強さはクリスタルドラゴンとそんなに離れていないはず。

 

 つまり……。

 

 わずかに光明が見えた。

 いくつかステップを乗り越える必要がある。かなり分の悪い賭けになる。でもこのまま逃げ続けていればどうせ詰んでしまうんだ。賭けてみよう。

 

 俺はディース=クライツのハンドルを切って、急上昇させた。木々の天井を突き抜け、上空へと飛び出す。

 向こうからしてみれば良い的だ。けれど「彼女」たちが再び人型から戦闘機へと姿を変えるまでは、こちらに速度の優位がある。

 稼いだわずかな時間を使って、目的の対象を必死に探る。

 気を読んでもわからない。ただエネルギーの流れが特におかしくなっている場所。その近くにあいつらはいるはずだ。

 

 ――よし。いいぞ。見つけた。

 

 第一関門は突破だ。目的の場所へ向かってフルアクセルで飛ばす。気が付けばエネルギー残量が相当減っているが、使い切ってしまっても仕方ない。

 相変わらず背後から即死レベルの攻撃が飛んで来るが、辛うじて命中はしていない。ツキはまだ見放していないようだ。

 やがて、目当ての連中――ラナソールの魔獣たちが、ちょうど世界の裂け目から湧き出てきてうろついているところが見えて来た。

 有象無象の雑魚魔獣も多いけれど、中にはS級上位の怪物――クリスタルドラゴンよりも数段強いのも混じっている。クリスタルドラゴンでぎりぎりだったくらいだから、今の俺が普通に戦ってもたぶん勝てないだろう。

 そんな危険な魔獣のるつぼに、俺はあえて正面から突っ込もうとしていた。できるだけ裂け目の近くへ。

 一部の魔獣が俺を敵とみなしたのか、威嚇してくる。中には容赦なく襲い掛かってきたり、魔法攻撃が飛ばしてくるやつもいたが、ここでやられるわけにはいかない。

 魔獣の攻撃は後ろから追いかけてくる奴らに比べると本能的で単調なので、流れは読みやすい。やはり当たれば即死は免れないが、気合いでかわす。

 前後で挟み撃ちに遭い、一時的には余計にピンチを招いているが、もちろん無策で突っ込むわけじゃない。彼らの気を惹いて寄せまとめるために餌を用意する。

 

 クリスタルドラゴンの肉だ。

 

 俺が直接首を刈ったやつの死体は残っていたので、証拠隠滅と食料としての用途を期待して『心の世界』にしまっておいたのを、今空中に放り出した。

 魔力をたっぷり含んだ強い魔獣の肉は、大半の魔獣にとってご馳走になるらしい。

 一塊では少ししか引き寄せられないので、バラバラに刻んで撒く。

 

《スティールウェイオーバースラッシュ》

 

 最速の自動剣撃によって細切れにされたクリスタルドラゴンの肉は、風に乗って良い塩梅でばら撒かれた。細かく刻むことで、血肉の臭いが広がる効果もある。

 食いついたのを見届けた後、ディース=クライツをしまって、《パストライヴ》で瞬時に落下する。

 なるべく気配を殺し、C級魔獣やD級魔獣の群れの中へと紛れ込む。

 こいつらは人間とさほど大きさが変わらない。木を隠すなら森の中ということだ。先ほどと状況が違い、今は近くに極上の餌があるので、わざわざ俺を優先して襲う奴は少ない。

 ラナソールの魔獣は普通の意味での生命反応や魔力は持たないが、俺にも魔力は一切ない。気配を殺していればある程度はカモフラージュが効く。もし仮に追跡者が何らかの方法で俺の位置を正確に捉えていたとしても、たくさんの魔獣がいる中で俺だけを狙い撃つのは困難だろう。

 かと言って、規模の大きな攻撃で一まとめに殺してしまおうとするなら、強力なS級魔獣が大きな身体で壁になってくれる。焦土級の攻撃を連発できるバラギオンがいれば自殺行為でしかなかった作戦だけど、今「彼女」たちしかいない状況であれば有効に機能する。

 少しの時間ではあるが、魔獣の壁ができたわけだ。

 この状況で「彼女」たちは、魔獣が餌から離れるまで静観しているか、それとも魔獣に妨害されるリスクを承知でかかってくるか。

 遠くに散らばっているとやりにくい。できれば向かって来て欲しかった。

 俺がただの人間と考えるなら、黙って時間切れを待つだろう。実際、魔獣が離れてしまえばもう俺に為すすべはない。

 だけど、連中は俺がフェバルか何かだとわかっているはずだ。あまり時間的猶予を与えれば、何らかの方法で逃げられてしまうのではないかと考えていてもおかしくない。実際は俺に逃げる手なんてないわけだけど。

 状況を見守りながらも、俺は《パストライヴ》を駆使しつつ、魔獣をかきわけて世界の裂け目へ向かって移動していく。

 あえて面倒な手段を使ってまで敵を引き付けようとしているんだ。頼む。食いついてくれ。

 すると、戦闘機は再び殺戮メイドへと変身し、魔獣の群れへと向かって来た。やはり放置するリスクが大きいと見たようだ。

 魔獣も食事の邪魔をされては憤り、すぐ近くで激しい戦闘が開始される。

 

 いいぞ。これであと一つ。最後の賭けがどうなるか。俺の予想通りなら、きっと。

 

 裂け目へ向かってひた走る。一向に変化は訪れない。

 まだか。もしかして違うのか。

 不安に駆られるが、唯一の可能性を信じて懸命に足を動かす。

 

 そしてある地点より近付いた瞬間、全身に力が漲るのを感じた。

 

 よし。やったぞ。いける!

 

 勝利の可能性を掴んだことを確信しながら、左手に気剣を創り出した。

 創ろうとした瞬間から、手ごたえがまるで違った。

 はち切れんばかりのオーラを纏った白剣が飛び出す。トレヴァークでは通常あり得ない水準の力に満ちている。

 俺は逃げる足を止めた。

 ちょうど振り返ったタイミングで、魔獣の群れから抜け出した一体の殺戮メイドが、右腕の砲身を構えて躍りかかってくる。

 もちろん「彼女」は俺に手心など加える気はなく、これまでと同じように正確な砲撃を撃ち出してくる。

 先ほどまでは恐ろしかった攻撃だが、もう脅威ではない。

 光弾の軌道は、完全に止まって見えている。気剣で防ぐまでもなく、片手で弾き飛ばした。

 

 そのままの勢いで相手に向かって、駆け抜けがけに一閃。

 

 敵からすれば、いつの間に背後に回られているように感じたことだろう。

 振り向いた「彼女」は、再び俺に狙いをつけて砲身を構えようとしている。

 だが狙いは定まらない。ずれていく。

 予想外のことに驚いたのだろうか。氷のような表情はそのままに自らを見下ろし、「彼女」はようやく気付いた。

 ずれているのは狙いではなく、「彼女」の胴体だと。自らが既に斬られている事実に。

 苦し紛れに放った最後の砲撃は見当違いの地面を穿ち、それが「彼女」の最期となった。

 

 これで大体の力は把握した。

 十分だ。『切り札』を使う必要もない。

 

 先ほどまで逃げてきた方向を見やる。

 魔獣の中でも敏感なやつは、俺の変化に気付いて恐れをなしていた。

「彼女」たちも作戦の失敗に気付いたようだが、もう遅い。

 遠巻きでバラバラに動かれるのが一番厄介だった。ここから決して一体も逃がさないためにまとめておびき寄せたのだから。

 

 今俺が立っている場所は、ラナソールに最も性質が近い領域――パワフルエリアだ。

 

 予想はしていた。ラナソールの魔獣が出て来るなら、その近くはもしかしてと。

 確証はなかったけど、賭けるしかなかった。

 逃げることが敵わないのなら、倒せる可能性に。

 命がけの綱渡りを越えた。賭けに勝った。

 

 さあ、反撃の時間だ!


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