フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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130「狭間の世界に住まう者 アルトサイダー 1」

 ヴィッターヴァイツが世界の穴に手をかけている頃――アルトサイド『シェルター002』内部――

 

 会議室には、既に『アルトサイダー』のメンバーが集まっていた。毎回顔を出すメンバーが数名と、たまに顔を出すのがもう数名ほど。

 彼ら全員を見回して、一人の見た目は若い男性が、口火を切った。

 

「みんな、集まってくれてありがとう。そろそろ月例会議を開こうと思う」

 

 そう言った男は、名をゾルーダと言った。まるで人形のように整った顔と、柔らかく散らかした銀髪が特徴である。

 開始を告げる声に応じて、メンバーのほとんどは彼に視線が向いた。……二、三人ほどは、まだ勝手なことをしていたが。

 

「やっとか。待ちくたびれたぞ」

 

 本当に待ちくたびれた様子のブラウシュは、メンバーの中でも古参のうちの一人だった。日頃から憎まれ口を叩きながらも、リーダーの役目を担うゾルーダの手助けをしている。

 

「すまないね。中々集まりが悪かったもので。始めるタイミングを伺っていた」

「ふん。どうも最近の連中はやる気が足りないな」

 

 ブラウシュはぼやいた。いつものことなので、さほどメンバーは気に留めていない。

 

「パコ☆パコさんと撲殺フラネイルさんは、今日も欠席か?」

 

 次に口を開いたのは、メンバーの一人、カッシードだ。黙って口を閉じていれば、映画男優のような華がある。綺麗に整えた口周りのちょび髭がチャームポイントだと彼は自負しているが、メンバーの受けは微妙なところだ。

 

「パコ☆パコさんは、だるいから出ないって言ってましたよ」

 

 メンバーの中では比較的新顔の、クリフが答える。絵に描いたような童顔、甘いマスクで、いわゆるマスコット的な扱いを受けていた。

 

「彼女はいつも通りね。で、フラくんは?」

 

 モココは、自らの名前をそれにするほどの、根っからのモコ派である。常にモコ毛のふわふわした服に身を包み、さらにはモコ耳を付けている。

 

「ラナクリムの期間限定イベントで、例の撲殺プレイをするから来られないと」

「すっかり人気動画ですもんねぇ。撲殺プレイ」

 

 別の女性、ペトリがにこにこしながら言った。彼女は穏やかな人柄で、どこかふんわりした、どこか眠そうな雰囲気をいつも湛えている。他のメンバーからは、話しやすい人だと思われている。

 

 ラナクリムには、「伝説の木の棒」というネタ武器がある。決して折れることも燃えることもないとされている名棒であるが、いかなる魔法も付与できなければ、攻撃力も極めて低い。ただロストしないということだけが特徴の、仕方のない武器である。

 しかしあえて、初期防具+「伝説の木の棒」といういでたちで、過酷な縛りプレイを愉しむ男がいた。

 彼こそが、人呼んで撲殺フラネイル。

 特に、死闘三十時間の末に無限迷宮のボスの一体「ダースブリガン」を撲殺した動画は、彼のプロ並みの動画編集技術も相まって、極めて高い人気を誇る。

 

「そもそも、敵対勢力の開発したゲームをありがたがってプレイするのがどうかしてるんだ」

「わたしはできないけど、きっと楽しいものは楽しいからねぇ。連中も考えたよねー」

「ついやってしまうと、世界の安定に手を貸すことになるからな。俺は我慢しているぞ」

 

 カッシードは、鼻を鳴らした。

 ラナクリムは従来、ラナ教の聖書に記された物語だった。ラナへの信仰と物語への親しみが、ラナソール世界を堅牢に維持するための仕組みだった。

 しかし、近代化、科学文明の波は、その常として宗教を陳腐化し、実質的な支配力を失わせていく。

 代わってラナを奉じる連中が編み出した仕組みが、ラナクリムという画期的なゲームだった。

 元々の完成度の高さ、面白さに加えて、弱い電子ドラッグが仕込まれており、プレイ中毒を誘発する仕組みになっている。

 

「しかしどうなんだ。月例会議って大事なものだよな。リーダーシップを発揮できていないんじゃないのか?」

「いやはや。まいったね。そこを突かれると」

 

 ブラウシュに詰められて、リーダーのゾルーダは、肩を竦めて苦笑いするばかりだ。彼の動作には、一々気取ったところがあった。

 

「いいんじゃないっすか? うちはゆるーく、全員平等、自由参加がモット―っすから」

 

 それまで好き勝手にしていて、手を頭の後ろに組んでふんぞり返っていた、青髪の若い女性が気楽な調子で言った。

 

「しかしな。クレミア。いくら自由だからと言っても、組織としての規律は大切だぞ」

「さすが元冒険者ギルドマスターは、規律にうるさいっすね」

「大昔の話を持ち出すな。『ガーム海域の魔女』め」

「ふーん……同じ言葉をそっくり返すっすよ」

「おいおい。喧嘩はそのくらいにしてくれよ」

「ふん」「へーい」

 

 ゾルーダが宥めたので、ブラウシュとクレミアは渋々頷いた。

 

「さて、各自報告から始めようか」

「書記は誰がやるの?」

「ぼくがやりますよ」

 

 手を上げたのはクリフだ。

 PCとスクリーンを起動する。タイプした文字がPCに記録され、スクリーンにも表示される。

 

「では、時計回りに行こう。モココ」

「はい」

 

 モココは、予め用意しておいた紙の資料を全員分に配った。

 ……ほとんど白紙の資料を。

 

「フェルノート=オリジンの捜索状況ですが……残念だけど実質進展はないわね」

「またか。ここ百年ほど、まともな進展を聞いたことがないぞ」

 

 ブラウシュが眉根をしかめて言うと、モココは多少不機嫌に言い返した。

 

「これでも結構苦労してるの。退屈な薄暗闇の世界を、あても無く歩き続ける心細さと言ったら。ヤツらも当然、襲ってくるし」

「仕方ないさ。元々、いつ見つけられるかもわからない代物だ」

「ああ。そのくらいは、わかっているさ。ただもどかしくてな」

 

 ゾルーダがまた宥めて、ブラウシュがどうにか納得する。

 

「次は――クレミアか」

「あーい。『シェルター008』、順調に建設が進んでるっす。このままいけば、あと数カ月で完成しそうっすよ」

「ほう。こちらは順調で何よりだ」

 

 これには、仏頂面のブラウシュも満足だった。

 

「『剣神』が、今も現場で頑張ってくれてるっすからね」

「さすがは剣神さん。ナイトメア相手にも真っ向から引けをとらないというわけですか」

 

 クリフが、尊敬の気持ちを込めてしみじみと言った。

 

『剣神』グレイバルド。

 

 現在の冒険者ギルドで最も名高い人物と言えば、言うまでもなく『剣麗』レオンハルトであるが、かつて五百年前の冒険者ギルドで、今は存在しないSSSランクを取得したとされる人物が彼だった。

 しかしながら、公式としての記録が一切残っておらず、創作上の人物ではないかと一般的には言われている。

 実は三百年ほど前に、本人から頼まれた当時のギルド長ブラウシュが、全ての記録を抹消してしまったというのが真相だった。

 

「しかしナイトメアの動きも、近頃妙に活発になっているよな」

「世界の崩壊が進んでいるのと関係があるのかもな」

「そうかもしれないっすねえ。あいつら、普通に殺しても死なないからタチ悪いっすよね」

「なあ。さっきから言ってる、ナイトメアというのはなんだ?」

 

 そこで口を挟んだのは、オウンデウスという強面の男だった。

 

「オウンくんは、新顔だったねぇ」

 

 ペトリが、柔らかく微笑みかける。ゾルーダがクレミアに視線を投げかけた。

 

「クレミア。軽く説明してやってくれ」

「しょうがないっすねえ」

 

 ふんぞり返っていた彼女は、傾けていた椅子を戻すと、指を一つ立てた。

 

「いいっすか。まずここアルトサイドがどういう場所かは、さすがに聞いてるっすよね?」

「ああ。最初にペトリから聞いた」

「よしよし。なら早いっすね。まあ要するに、アルトサイドは世界にとってのバグ――異常なるモノの封殺領域にして――掃き溜めでもあるんすよ」

「ちょうどオレたちのようにな」

 

 ブラウシュが、自嘲気味に嗤った。

 

「そんな言い方をしないでくれよ。僕たちは、世界の真実に気付いた。そして選択した。同志だ」

 

 ゾルーダの呼びかけに、皆は一様に頷いた。

 

「で、話を戻すっすよ。ナイトメアっていうのは、つまり――」

「夢想の世界にとっては不要な――悪夢そのものさ」

 

 カッシードが、噛み締めるように言った。

 

「おいこらー。いいところを取るなっすよ」

「すまん。ついな」

 

 彼は、自分ではニヒルでイカスつもりでにやりと笑った。だが全員スルーした。

 

「性質は闇に近い。今のところ、唯一有効と認められているのは、光魔法だったか」

「この前襲って来たヤツについては、ぼくがぶっ放しておきましたんで」

「よくやった。えらいぞ。クリフ」

「褒めても何にも出ませんよ」

 

 と言いつつ、カッシードに褒められて、まんざらでもなさそうなクリフだった。

 ここまで説明されて、オウンデウスもいくらか呑み込めたようだ。

 

「なるほど……。世界に蓄積した悪夢が形を成した化け物――ナイトメアか」

「結構ヤバイ連中なんすよね。これが」

「この間のは希薄種のホトモルだったんで、まだ簡単だったんですけどね」

「希薄種……? 色々タイプがいるのか?」

「いるわねぇ。元になっている悪夢の強さや種類がある程度反映されるの。希薄種はまだ弱い子」

 

 ペトリの言葉を受けて、クレミアが指折りながら例を挙げる。

 

「四手足の『ナイトメア=ホトモル』、ぎょろい目を持ってる『ナイトメア=アインズ』、ドラゴンを形取った『ナイトメア=ドラケル』、異形の獣『ナイトメア=スペイダー』。とりわけやばいのは、霧状で実体を持たない『ナイトメア=ミスキス』、相手の悪夢を読み取って自由に姿を変える『ナイトメア=テスティメイター』辺りっすかね」

「ほう……」

「あー。ちなみになんすけど、もし見かけても興味本位で触れない方がいいっすよ。特にてめーが抱えてる悪夢やトラウマが深いほど、どんどん引き寄せられてたくさんやって来るし、ちょっと触れたくらいで簡単に心がやられてしまうっすから。最悪、そのまま闇に呑まれて、ナイトメアに変わり果ててしまったヤツ、何人も知ってるんすよ」

「ぞっとする話だな。改めて」

 

 過去に何人も仲間がやられたことを思い出し、ブラウシュが身震いして言った。

 

「やばいな。会ったらどうすればいいんだよ」

「基本、逃げるっす。シェルターの中までは、簡単に入って来れないんで。そのためのシェルターっすから」

「撃退用の設備も、ここならばっちりあるしねぇ」

「けど種類によっては結構足早いんで、気を付けるっすよ」

「全力で逃げれば、大体なんとかなるわ。経験上」

「心配しなくても、見たら逃げたくなるよな。キモいし。怖いし。エグいし」

「何とかならないときも、あるけどな……」

 

 それらをよく知っているメンバーの大半は、面々の思うところと共に、深く頷いていた。


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