フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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123「世界の穴に潜むもの 1」

 実質告白を受けて、手術を受けるという一大決意まで聞いて、普通の話としてはもうお腹いっぱいなほど中身があったわけだけど。

 本来ハルが話したかったであろうことは、こういう類の話ではないだろう。そのことを覚えていた俺は、一度おしゃべりが落ち着いた辺りで切り出した。

 

「そう言えば、君がラナソールで色々と調べた成果は、君から直接話を聞くといいって、レオンハルから聞いたんだけど」

 

 名前を言った途端、彼女は微妙な顔になった。

 

「うーん……レオンハルって呼び方は、どうなんだろうね?」

「あれ。嫌だった?」

「そこまでじゃないけど……中途半端でむず痒い、かな」

 

 うんと一つ、彼女は頷いた。

 

「ボクがハル。もう一人のボクのことは、今まで通りレオンでいいよ。みんなの前ではそう名乗っているわけだしね」

 

 そうか。向こうのハルと話してるときは、ただのハルでもレオンハルでもいいかなと思っていたけれど、彼女の中では、性別も違うわけだし、同じだけど別人の感覚なのだろう。希望通り、呼び方は戻すことにしよう。

 

「わかった。そうするよ」

「ありがとう」

「それで、話を戻すんだけど」

「どんな話をしていたときだったのか、教えてくれるかい。一度夢を見ないと、記憶や感覚が繋がらないんだ。まだ昼だからね」

 

 なるほど。夢の間だけ認識を共有していて、この子が起きているとき、二人の行動は独立しているわけか。まあ……そうじゃないと、レオンに上手く当てがわれたのが、とんだ真っ黒な自作自演になってしまうもんな。ハルはそんなことするタイプじゃないよなと思っていたし、よかったよ。

 

「終末教と……あと、パワーレスエリア絡みの話をしていたときだったな」

 

 終末教の件は済んだと彼は言っていたし、パワーレスエリアの件だろう。トレヴァークに近いと思われるあの領域で、一体どんな新事実があるのだろうか。

 

「ああそっか。わかった。たぶんそれだろうね」

 

 合点がいったと、彼女は頷く。瞳には期待の色が浮かんでいた。

 

「ボクから一つ、依頼をさせてもらいたいんだ」

「また急だね。どんなこと?」

「キミと一緒にある場所へ、試しに行ってみたくてね。一人ではあまり外にも行けないからね」

「なんだ。お安い御用だよ。バイクの後ろに乗せて行ってあげるさ。前みたいに」

「ああ。あのエンストを起こしたやつだね」

 

 ハルが思い出し笑いをするので、俺も嫌なことを思い出してまた恥ずかしくなった。

 

「そんなこともあるさ……うん」

「あるよね。あるとも。うん。あるある」

 

 ハルは天性の笑顔でニコニコして、たぶんまた俺の頭を撫でようとして、また届かなくて、代わりに肩を撫でていた。

 触れたのがきっかけか、するりと身を寄せて、いつの間にか、俺の肩に軽く身を預けるような格好になっている。

 

「お言葉には甘えるとして……」

 

 身体の方も探り探り甘えてきた少女は、そのままで続けた。

 

「実は行きたいそこがどこかまでは、わかってなくてね。一緒に探すところから始めないといけないんだ」

 

 一緒にのところで、小さな手がそろそろと伸びて、俺の手の甲に触れる。

 

「よくわかってない場所に行きたいのか?」

「あくまで存在を知った、ということになるね。知ってみればなるほど、あってしかるべきだと思ったものさ」

「勿体ぶられても、見当が付かないな」

 

 それだけ楽しみということなんだろうけど。いざ正体がバレても、煙に巻きたがる彼女のミステリアスな性分は健在だった。

 

「ふふ。順を追って話していくよ。あれは、向こうのボク――レオンが、剣麗として軍からの依頼をこなしていたときだった。偶然、パワーレスエリアでも何でもないところに、空間の穴が開いているのを見つけてしまったんだ」

「それは珍しいね」

 

 最近は徐々に珍しいことでもなくなってきているらしいが、それでもパワーレスエリアに開くことに比べれば、まだまだレアケースだ。

 

「ボクが足を引っ張るせいで、レオンはパワーレスエリアだとろくに動けないからね。これはもしかして、穴の中をよく調べてみるチャンスじゃないかと思った」

「おお」

 

 いつもは人と人の道を利用する俺が、最初だけ通って来た、世界の穴そのもの。

 あのときは初めてで、いきなりのことで、ただ流されるまま、気を回す余裕がなかったけれど、どうやら二つの世界の間にも広大な領域が広がっているらしいことは知っている。

 というより、毎回人と人の道を利用するとき、見えている。

 しかし。人と人の道は、外が覗き見えるけど自由には動けない、記憶付きトンネルのようなものだ。人一人に割り当てられた領域――パーソナルスペース――そのトンネルの壁を壊して、向こうへ行くことはできない。

 しかも油断していると、通らせてもらっている人の生の記憶が俺の心に直接侵入して、引きずり込もうとしてくる。おかげで、二つの世界を渡るときは、相当心を強く持たなければならないのだった。

 さておき、おそらく世界の穴そのものであれば、パーソナルスペース制限の問題はないと考えられる。代わりに、個人の繋がりでなく、世界の異変によって生じているものだから、流れが激しい。呑み込まれてから自由に動くのは厳しそうだ。

 ハルはどうしたのか。

 

「ボクはレオンにお願いして、即座に精霊魔法を起動して、視覚探知魔法を放ってもらったんだ」

「視覚探知魔法か。考えたね。どんなタイプを使ったんだ」

 

 視覚探知魔法にも色々とある。例えば、視覚自体をより拡張してしまうのも一つの方法だ。

 

「あの受付のお姉さんの監視魔法と、原理はほとんど同じものだよ。ラナソールでは限られた一部の人だけが使える。言ってみたら、遠隔操作のモニターみたいなものかな」

「なるほど。それにしても……受付のお姉さん、やっぱりすごいんだな」

 

 ハルもそこは強く同意したのか、話を止めて深く頷いた。微妙に顔を引きつらせながら。

 

「あの人は……すごいね。強さはたぶん普通だと思うんだけど……よくわからない技や伝手をたくさん持っていて。ボクというか、レオンが伝説の英雄とか言われる前、駆け出しの頃から顔を突き合わせているんだけどね」

「そんな前から付き合いがあるんだ」

「うん。最初の依頼を紹介してもらったの、彼女からなんだ」

 

 へえ。伝説の始まりは彼女からだったのか。知らなかったな。

 

 ……ん?

 

 すごく嫌な予感がした。そして当たった。

 

「しかも初めてのそれが……Sランク魔獣筆頭のグレートデーモンだって、ちっとも教えてくれなくて」

「えーと。その流れは……」

 

 ハルがめったに浮かべない、ニヒルな笑みを見せた。

 

「知ってるかい? あの怪しいフリーランクの高額討伐依頼を貼ってるの、大半が彼女の伝手だってことを。ボクはアレを見つけたら、余計な被害者が出ないように、真っ先に潰すようにしているんだ」

「そうだったのか。知らなかった……」

 

 なんだそれは。ってことはあのお姉さん、とんだたぬきじゃないか!

 で、あのときレオンとバッティングしたのはまったく偶然じゃなかったと。最初から受けるつもりでいたところを、俺とユイの実力を一目見抜いて、譲ってもらったわけだ。

 

「妙に強いなあ、大変だなあとか思いながら――なんて言ったって、最初だからね。とっても苦労して、何とか倒してきたら。ばっちり監視魔法で見られていて」

「ああ……」

 

 そこから先は我が道だ。同志よ。

 

「遅かったよね。しっかり祭り上げられたよ? いきなりのSランクまで付けられてさ。まったくひどいよね、もう」

 

 ハルは、頬を膨らませた。

 

「あはは。一緒だ。ハメられたわけだ」

「ね。ふふ、キミとユイちゃんの話を聞いたときは、かなり同情したものだよ」

「そうだったんだね。でもさ、そもそも君が黙って俺たちを送り出したりしなければ……」

「あー、やっぱりばれちゃったかあ。ごめんね。仲間が欲しかったんだ。キミたちならなってくれるかもって期待しちゃって。つい」

 

 てへ、と舌を出したので、許した。

 

「実は、ボクもまだあのお姉さんの本当の名前、知らないんだよね」

「へえ。君でもわからないのか……」

「うん。興味を持って、祭り上げられた仕返しだって、身元を調べようと動いてみたらね。女性には、秘密の一つや二つもあるものです。()()()ならわかるでしょう? って。びびったなあ、ほんと」

「こわっ! でもそれ、俺も似たようなこと言われたなあ」

 

 ますます謎が深まっていくお姉さん。

 二人目が合うと、彼女が持つ数々の伝説が同じタイミングで思い返されたのか、一緒に吹き出した。

 

 さて、だいぶ話の腰を折っちゃったな。色々気にはなるけど、本題ではない。そろそろ続けてもらおう。

 

「結構脱線しちゃったね。で、なんだったっけ」

「あ、そうだね。ボクが視覚探知魔法で、世界の穴の中をしばらくモニターしていったんだ。あまり自由は効かなかったけれど、魔法はちゃんと機能したよ」

 

 小さな胸を弾ませて、ハルは随分興奮した様子だ。俺にずっと伝えたかったんだろう。

 そんな調子で話されては、しかも内容が内容だ。俺も自然と興奮してきた。

 

「おお。すごいじゃないか。で、何か見つけたわけだ」

「うん。ほとんど暗闇ばかりだったんだけどね。魔法がブレイクされる前、モニターの端に、ちらっとそれ以外のものが映ったんだ。それは……」

「それは?」

 

 いよいよ話が核心に入ろうとしたそのとき、彼女は何か名案を思い付いたらしい。

 元々聡明な顔付きが、さらに明かりが灯ったように輝いて。

 

 

「ユウくん。ボクと繋がってくれないかな?」

「はい!?」

 

 

 ちょっと! 待って……!

 そんな直接攻撃を! 君、一旦身を引くんじゃなかったのか!?

 

 いきなりのことに混乱していると、彼女は遅れて自分の言葉に気付いたらしい。みるみるうちに顔を紅潮させていった。

 

「あっ……! あのね! ボク……その、違うんだ! 別に、ね、変な意味じゃないよ? (そっちでもいいけど……)違うよ?」

 

 あわあわと、呂律が回らなくなるほど取り乱しまくるハル。

 俺も、まだまだパニックだった。

 

「あ、ちが、違うんだ!」

「そうだよ! えっとね、心を繋げられるキミに、直接記憶を伝えたくて。うん、それだけなんだ。本当に、それだけなんだ。うん……」

「ああなんだ! そうか! そうだよね! うん! びっくりしたよ……」

 

 そうだった。この流れなんだから、俺の力のことに決まってるじゃないか。

 自分で散々繋がるって言葉を使っておきながら、この子との妙な雰囲気のせいで変な勘違いをしてしまった。恥ずかしい……。

 

 そしてお互い変に意識してしまったらもう、平常心のまま事を終えるのは無理だった。

 ハルは顔が赤いままだし、俺は手つきが妙にぎこちないし。

 

「こほん。じゃ、じゃあ、触れるよ?」

「う、うん。よろしく、お願いします……」

 

 目をきゅっと瞑り、背筋をぴんと伸ばして、身をカチコチに固くして、俺にそっと触れられるのを一心に待つハル。

 

 なんて健気で、初々しいんだ。

 

 どうしよう。心を繋ぐのはきっと簡単なのに。彼女は間違いなく喜んで受け入れてくれるのに。

 

 やりにくい。これ、思ったより別の意味で難易度高いぞ……!


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