フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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118「夢の飛空艇プロジェクト 2」

 ステイブルグラッドは、『世界の道』トレヴィス=ラグノーディスを結ぶ一点を担う大都市である。

 そこから道なりに東へ辿っていけば、以前訪れたドートリコルに繋がっている。

 一方で、西へ向かって移動する者はまずほとんどいない。

 西には、もう百年以上も前になるという最後の世界大戦の影響で廃れた『ゴーストタウン』ナズレがあるのみである。

 さて、規模ではトリグラーブに劣り、工業ではダイクロップスに後れを取り、観光地としてはドートリコルに水をあけられ、何もかもが中途半端であるが、その一見際立ったところのないことこそが、ステイブルグラッドという都市の特徴でもある。

 地味さと引き換えに誇るものが、暮らし心地の良さだと言われている。首都ほど人もおらず、騒がしくなく、色々な面で窮屈としていない。仕事面でも生活面でも、こだわりさえなければとりあえず欲しいものは何でも近場で揃う。工業要塞都市と物々しい別名で呼ばれるダイクロップスが誇る世界最強の私兵団『レッドドルーザー』ほどではないにせよ、独自の防衛戦力として『ステイバー』という自警団が組織されていて、治安も良い。

 そういった諸々の細かな利点が重なって、住宅地としての人気は高く、世界中から様々な人種が移り住んでくる。住みやすい街No.1に五年連続で選ばれたとか何とか、何かの本で見た。

 特に北の街外れの、爆心地を臨まない方向の山合いの近くは自然が美しく、高級な別荘地としての顔も持っている(爆心地を臨む方向は逆に人気が低くて安い。景観が段違いのようだ)。

 

 俺は、エインアークスが記録している通りの場所へ向かった。爆心地側の街外れに工房を構えて、南の高原で小型機のテスト飛行を繰り返しているらしい。昼間に行けばきっと会えるはずだ。

 いざ工房が近づいてくると、夢想との落差がひどいことが一目で感じられた。

 すぐ近くに建物はなく、ただ一軒だけぽつんと建つ吹き曝しのガレージの横に、推計六畳間程度の生活空間をくっつけたような設計だった。小さい上に殺風景だ。あちこちが風雨に晒されて塗装が剥げ、ぼろぼろである。マハドラへ行ったときも寂れた印象を抱いたものだけど、もはや寂しさを通り越して痛ましい。

 ガレージのシャッターはぴたりと閉まっていて、中身を窺うことはできない。

 まずは会ってみよう。

 インターホンなどもないので、ドアを直接ノックする。返答はない。

 留守にしてるのかな。いや、気を探ってみると確かにいると言っている。居留守を使っていると見た。

 もう一度。今度は少し強めにノックしてみる。声もかけた。

 

「すみません。アイリン・バッカードさんいらっしゃいますよね?」

「お金ならもう少し待ってくれよ!」

 

 乱暴に怒鳴られた。

 声は聞いたことがある。ラナソールの彼女そのままだ。ただ一声聞いただけでまるで印象が違った。

 

「いえ、俺別に借金取りとかじゃないので。君の開発しているものに興味があって話を伺いに来ました」

「へえそうなの。ちょっと待ってな」

 

 しばらく待っていると、ギイ、と軋んだ音を立ててドアが開いた。

 現れた人物を見て、ますます認識を修正せざるを得なかった。

 基本の顔立ちは向こうと同じで整っているが、オイルと土埃に塗れた顔の汚れがひどい。色濃い隈に縁どられた目つきは荒んでいる。服装は、使い込んでくたびれた水色の作業着が肌着一枚だけだ。はだけられた胸元から横乳が覗いていて、どうにも目のやり場に困る。

 向こうの彼女はもっとお上品にまとめていたのだけど。素材が同じでも、こうも違って見えるものなのか。

 

「なんだ。声が若いと思ったら、子供じゃないか」

 

 君もまだ未成年じゃないかと突っ込むには、彼女の印象は歳の近いはずのハルやリクのそれとはかけ離れていた。よほど大人びて見えるし、この歳で人生に苦い部分を噛み締めてきたような面構えをしている。

 一方こっちは高校一年生の肉体だけど、中学生っぽさ満載のマスクのせいでまた余計子供に見られてしまった。

 

「一応これでも大人なんです。こういう者です」

 

 身分証をかざす。何でも屋『アセッド』の社員証、せっかくだから盛大に作ったんだよね。しっかりしたやつを。

 

「何でも屋……? どっかで聞いたような。にしたって変なところね」

 

 言いつつ、世間では変人で通っている彼女は、似たような匂いを感じ取って嬉しくなったのだろうか、口元が少し緩んでいた。でも言葉はあくまでぶっきらぼうだ。

 

「何でも屋さんが何の用だ。うちで造ってるのは見せ物じゃないんだ。冷やかしなら勘弁してくれよ?」

「興味があって来たんです。取材という体で話を伺わせてもらえませんか。少ないですが、謝礼も用意してます」

 

 冗談でないことを伝えるために、100ジット札を10枚ちらつかせる。立場を利用するようで悪いけど、生活には間違いなく困っているだろうから、これで食いついてはくれるだろう。

 予想通り、彼女は目の色を変えた。

 

「ほう。変わった人もいるものね。でも助かるわ。ちょうど明日何食べようか困ってたところなんだ」

「ではお邪魔してもいいですか」

「いいよ。狭いけど上がって」

 

 本当に狭かった。ただ二人いれば、それだけでいっぱいだ。兄が存命だった頃は、こんな狭いところで二人で暮らしていたのだろうか。

 ラナソールの彼女と違って、扱いが難しいところもあるかと身構えていたが、取材が始まってしまえば杞憂に終わった。

 とにかく口がよく動く。純粋に興味を持ってもらえたのがよほど嬉しかったらしい。

 元々開発者や研究者というのは、自分のしていることを喜々として話したがる人種が多い。彼らのやっていることそれ自体がアイデンティティなのだから、自らのそれを誇りたがるのは普通の感情だろう。彼女も例外ではなかったわけだ。

 そして気を良くした彼女は、造りかけの船体を見せてやるとシャッターを開けてくれた。

 

「空飛ぶ船――飛空艇のようなデザインが夢だったんだけどな。兄貴と実現性を追求していくうちに、もっとスマートな形状でないといけないと気付いた。それから翼のような何か――そうでないなら、代わりになるものが必要だ。こいつはね、回転の力を利用して浮かぶんだ。でも一つだけじゃアホみたいにくるくる回るだけだから、反対の方向にも回転の力を加える部分が必要。で、こんな妙な形になっていったわけだ」

 

 船や車だけが常識的な乗り物とされる世界なら、これは異端に映っても仕方ないだろう。

 

 すごいな。ほとんどヘリコプターじゃないか。

 

 いかにして空を飛ぶのか。解答の一つに予想以上に近いものが出て来て、驚かされた。

 船や車がそのままの形で空を飛ぶというのは、それしか知らない者からすれば自然な発想の展開に思えるが、すぐさま壁にぶち当たる。

 当然、あれらは海や陸を走るためのものであり。あれらの形のどこも空を飛ぶのに適した設計、形をしていないからだ。エルンティアの超技術である反重力機構か、ラナソールの胡散臭いメセクターエンジンでも備えていなければ、どうやっても実現しない代物なのである。

 魔法というものが存在せず、物理法則が地球と近いものであるならば、物理的制約によって、かなりの程度実現可能な候補は絞られるだろう。

 とにかく何らかの形で揚力を発生させねばならない。この兄妹は、独力でそのための機構を考え付き、空想に留まらず具体案として示して見せた。

 まさしく天才の所業だ。本物だ。

 ただ他人の偉大な成果を知っているだけの俺なんかが横からヒントを出そうなどと、おこがましい。

 これは――できるぞ。まだまだ実用化には時間がかかるかもしれないけど、必要な資金と人材さえつぎ込めば、いつかは成功する。間違いない。

 口に出さないながらも、興奮していたのが伝わっていたのか、アイリンは目を細めた。

 

「へえ、わかるんだ。こいつを見てそんなに目を輝かせたのは、アンタが初めてだよ」

「わかるさ。わかるよ! これ、絶対に飛べるよ! もしできれば、世界の景色が一変する。間違いない!」

「そこまで言うか? 何だか本当にいけそうな気がしてきたわ」

 

 にやりとする彼女。言われて驚いてはいない。内心ではかなり自信があったようだ。

 

「実を言うと、小型の試作機でテスト飛行には成功してるんだ……一定高度までは」

「一定高度までは、か。あの山のせいだね」

「そ。わかってるね。回転機構は強風に弱い。グレートバリアウォール性乱気流が最大のネックでさ」

 

 つまりは、ある程度まではいけるけど結局は墜落してしまう、ということなのだろう。

 地球とは上空の事情が大きく違うから、その辺どうすれば上手くいくのはわからないけど。方向性としては間違っていないはずだと思う。

 

「理論上はいけてるはずなんだ。もっと強い機体が必要だ。強風にも負けない、鋼の翼が。安定のための質量が。そいつを飛ばすパワーを持ったエンジンが」

 

 木材メインで造り上げた「飛空艇」の側面を愛でるようにコツコツと叩いて、彼女は頷いた。

 

「ちょっと8桁ばかり金額が足りないけどねー」

 

 冗談めかして言うが、表情からは隠し切れない悔しさが滲んでいる。

 数千万ジットはかかると見ているのだろう。おそらくその見立ては正しい。何もないところから機体、ブレード、エンジンを造り上げるとなれば、そのくらいはまず必要だ。とても個人で賄える額ではない。

 しかしだ。

 巡り合わせを感じた。もしかしたら、今日俺はそのために――夢を夢で終わらせないために――来たのかもしれないと思った。

 

「お金のことなら、何とかできるかもしれない」

「……本当か?」

 

 ボスに話を通した。

 実現性が高いこと、ビジネスとしても十分勝算があること、もし実現すれば世界の距離が近くなることを熱心にプレゼンした。

 数日後。エインアークスの息がかかった大企業メーカーがわざわざ丁重にやってきて、あっさりとスポンサー契約が結ばれた。

 見慣れないような偉い人が来て、さしものアイリンも緊張していたようだったけど。

 

「……ハハ。ハハハ!」

 

 お偉いさんが帰るのを見届けた彼女は、六畳間で笑い転げた。

 

「マジで何でも屋だな! アンタ! 何者か知らないけど、こんなにあっさりと実現しちゃうなんて! 夢みたいだ!」

「君と兄の頑張りや発想がなければ、スムーズに話は進まなかったよ。誇っていい。君たち兄妹自身の力だよ」

「ハハハ……やっとか。兄貴。やっとだよ」

 

 寝転がったまま天井を見上げて、しんみりとした顔で言った。

 

「兄貴は本当しょうがない奴でさ。あの日も、自分の目で確かめないとって張り切っちゃって。ほんとバカな兄貴だったよ」

 

 ゆっくりと身体を起こして、こちらを見つめる。

 

「小さいときから飛行バカで、話すこともそればっかで。当時の私って、絵描きが好きな普通の女の子だからな?」

 

 今のオーバーオールが似合いそうな彼女を見たら、当時の彼女はひっくり返るかもしれないな。

 

「でも私は、そんな兄貴が大好きだったんだ」

「そっか」

 

 そのときの彼女がそのままで、兄の後をついていくように成長していくと、ちょうどラナソールの彼女のようになるのだろう。

 兄がいて。半歩だけ引いて。夢を語る隣で笑っている。確かにそれが理想の姿なのしれない。

 だけど現実の兄は亡くなってしまった。兄が持っていた強さの分まで、現実の彼女は逞しくならなければならなかったんだ。

 

「だから、私が証明しないとって思ったの。兄貴はただのバカ野郎なんかじゃなかったって。私たちは間違ってなかったんだって」

 

 兄貴のようになりたくて、めっちゃ勉強とか色々頑張ったんだと述懐するアイリンは、どこか寂しげだった。

 やっぱり本心では、はしゃぐ兄の隣で喜んでいたかったのだろう。

 

「トラッドさんもさ、たぶん喜んでくれるよ」

「だといいなあ。空に行けば、兄貴にも少しは近づけるかな?」

「きっとね」

「……なあ。ユウ」

「うん?」

「その…………色々、ありがとな」

 

 少し照れて顔を赤らめているアイリンが、手を差し出した。握手を交わす。

 

 ――繋がった。

 

「いつかできたら、一番に乗せてやるよ! 楽しみにしとけ!」

「ああ。楽しみにしてるよ」

 

 頑張れ。君は現実で夢を叶えてくれ。

 いつか完成する。その希望がきっと、夢想の世界にも繋がっていく。

 物理制約に縛られない本物の飛空艇が出来上がる日も、きっと来るだろう。

 せめて向こうでは、兄と一緒に夢の達成を喜んで欲しい。心からそう思った。


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