フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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105「ありのまま団とは」

 その日の夜、色んな意味で疲れた俺とユイは、食堂をミティにほとんど任せて、ヤケ酒……は無理なので、ヤケミルクを呷っていた。

 

「お前、随分汚れて帰ってきたけどよ。どこ行ってたんだよ」

「別にどこだっていいでしょう」

 

 向こうのテーブルでは、バックステップの旅から帰ってきていたシルに、置いてけぼりを食らったランドがぶつくさ文句を言っている。

 まあそれは言えないよな。

 

「いいなあ楽しそうで。俺も連れてってくれよなー」

「あんたはやめておいた方がいいわよ」

「えーどうしてだよ。そんなホクホク顔してるお前、久しぶりに見たぜ」

 

 見るからに養分補給したような顔をしているのに、本人は気付いていなかったらしい。動揺して、引きつった笑顔を貼り付けていた。

 

「そ、そうかしらね。でも、どうしてもダメよ」

「マジかあ。気になるなあ。本当にダメか?」

「ダメよ」

「そこを何とか!」

「ダメなものはダメ!」

 

 女々しく縋るランドにおっぱらおうとするシルという構図で、仲良く痴話喧嘩をしているので、ユイと楽しく見守っていた。

 

 すると、突然入口のドアがぶっ壊れるほどの勢いで開け放たれた。

 

「ホシミ ユウ! ホシミ ユウはおらんか!」

 

 上は剥き出しのスタイルに、昼間の悪夢が蘇る。

 輝く鋼の肉体美。なんと団長だ! 団長がうちにまで乗り込んできた!

 さすがに下は履いているみたいだけど……。

 

「ホシミ ユウはおらんのか!」

 

 というか、ユウ ホシミじゃなくてホシミ ユウときたか。それは、向こうで名乗った方の名前じゃないか。

 返事をする暇もなく、団長――ゴルダーウ・アークスペインは、俺の姿を認めると、髭面の怖い笑顔で――

 

「そこにおったか!」

 

 超Sランクの豪速で駆け寄り、あっと思うまでには、肩をむんずと掴まれて、担がれていた。

 

「うわあっ!」

 

 油断していたとは言っても、速い。あまりの早業だ。

 悪意があったらもっと前にわかるから、悪意はないみたいだけど。

 とはいえ持ち上げられたままというのは気分が悪いので、もがいてみるけど、外れない。ものすごい力だ。

 相手が弱かったら簡単に外せるのに、これは。レオンと同じで、頭の抜けた強さを持っているようだ。

 格下でないとなれば、体格差や持ち上げられてしまっている状況は大きい。

 もしかして、逃げられない? 詰んでるのか?

 いや、まだ気力技を使ってショックを与えるとか、やりようはあるけれど……。そこまでしなくてもいいような気はした。

 

「ユウ!」

「大ボス!?」

 

 俺のことが心配なユイと、突然の来襲に驚いたシルが同時に声を上げた。

 

「おい、大ボスって! 団長じゃないか! シルお前、ありのまま団長と知り合いなのか!?」

「いや、あのね。これは!」

 

 浮気現場が発覚したようにきょどっているシルを指さして、耳元でやかましい声が響く。

 

「ついでに――シルヴィア、お前もだ!」

「はい!?」

 

 やはり、ただのSランクでは到底捉えられない速度で、上裸の漢は淑女に押し迫る。

 

「きゃあああああっ!」

 

 抵抗する間もなく、彼女もリフトされた。

 俺とシルヴィア、両肩に樽のように担がれていた。

 半分諦めている俺に対して、彼女は必死だった。懸命に手足をバタバタさせているが、漢はびくともしない。

 

「では諸君! さらばだ!」

「待って! ユウとシルをどこへ連れていく気なの!?」

「いざ、我が城へ! イクぞおーーーッ! がっはっはっはっは!」

 

 こうして、俺とシルは見事に拉致されてしまった。

 

 

 団長がレジンバークの街を駆けたのは、ほんの数十秒程度だった。何しろすごい速さだ。

 その間に心配性のユイから、すぐに心通信が飛んできた。

 

『大丈夫!?』

『一応大丈夫……みたい』

『待ってて。すぐ追いかけるから!』

『別に焦らなくてもいいよ。どうも危害を加えるつもりはないみたいだし』

 

 あるならとっくにやってるだろうからな。

 

『話を聞いてから帰るよ』

『……そう。わかった。何かあったときは飛び込めるようにしておくから、気を付けてね』

『うん』

 

 この会話が終わる頃には、もうありのまま団本部が近くなっているようだった。担がれているからあまりよくわからないけど。

 

「破ァッ!」

 

 団長が気合を入れると、全身に黄金色のオーラが纏う。俺とシルもプロテクトされていた。そのまま、豪快に窓を割って突入し(自分のアジトなのにいいのか?)、着地と同時に投げ捨てられた。ひどい。

 とりあえず起き上がると、挨拶のときと同じように、団長は仁王立ちしていた。

 

「さて! ギャラリーはおらんが! 本日の最終イベント! 漢の話し合いといこうではないか!」

 

 なるほど。やっぱりただ話がしたいだけだったみたいだ。

 色々言ってやりたいことはあるんだけど、シルも連れてきたということは、トレヴァークに関係のある話なのかもしれない。少し気を引き締める。

 

「まず、ホシミ ユウよ。今日は漢祭を盛り上げてくれてありがとう!」

「いえ。ただ暴れただけですが」

「結構結構。実に爽快だったな! うちの団員どもがバッタバッタと! みんな良い汗がかけたと言っておったわ!」

「あはは……」

 

 まあみんな楽しめたならよしとするか。住民への被害もほどほどで済んだし。

 団長は俺に向かってにやりと笑うと、今度はシルへと視線を向けた。

 

「シルヴィア。いや、シズハよ。おぬしもこちらでは楽しくやっておるようだな!」

「大ボス……」

 

 シルは色々と思うところがあるのか、言葉に詰まって出て来ないようだった。

 

「小さい頃はよく修行を付けてやったものだが。今も欠かさずやっておるのか? 飯はちゃんと食っておるのか?」

「はい。それは、もう」

「ん、その顔。修行はともかく、日頃きちんとしたものを食っておらんな?」

「うっ……!」

 

 図星を突かれたシルは、身じろいだ。

 

「いかんぞ。健康な食事こそ仕事の基本! ついでに美の基本だ! せっかくワシ好みの美人なのに、不健康では台無しになってしまうぞ!」

「は。申し訳ありません!」

 

 さすがのシルも団長、いや、大ボスの前では形無しのようだった。

 しかし、彼女も黙ってはいない。元より心配していたのだろう。気遣う言葉が出てきた。

 

「それより、大ボスの方こそどうなんですか?」

「ワシか。ワシはこの通り、ピンピンしておるぞ!」

 

 立派な上裸の胸を張る。

 確かにラナソールでは元気そのものだろう。でもシルが言っているのは。

 

「ホシミ ユウよ。おぬし、顔に考えが出やすいようだな」

 

 一転、真面目な顔になって彼は言った。

 

「わかっておる。夢想病だろう?」

「気付いていたんですか?」

「うむ。最初から自覚があったわけではないがな」

 

 そして彼は、語り始めた。自らが夢想の世界に墜ち、ありのまま団を率いることになった経緯を。

 

「当時のワシもな。夢想病をどうにかせんと調査しておった」

 

 俺やシルバリオが本格的に始めるより前に、彼も何とかしようと動いていたわけだ。

 

「患者どもを調べるうちに気付いた。原因は彼らが見るという不思議な夢にあるかもしれんと」

「そこまでは辿り着いていたんですね」

「うむ。ワシもよく夢を見る方でな。まさにこの世界の夢だ」

 

 ちらりとシルの方を見た。彼女は真剣に耳を傾けている。

 

「夢の中で、何か手がかりがないかと人知れず調べた。おそらくは、深く入り込み過ぎたのだろうな」

 

 彼は何かを思い返すように頷き、続けた。

 

「気が付くと、ワシは裸だった」

 

 言葉面だけ取り出すと中々すごい台詞が飛び込んできた。けれど、本人はいたってシリアスだ。

 

「現実逃避ではなかったんですね!?」

 

 シルが、心なしか嬉しそうに言った。彼女自身、夢想病発病は現実逃避が原因かもしれないと言っていたが。あの大ボスが現実から逃げるとは思えないとも考えていたのだろう。

 実際彼自身を見て、俺もそう思った。この人は強い人だ。

 

「うむ。色々なケースから、それが最大の要因ではあるようだが、理由にはよらん。深く入り込み過ぎると戻れなくなるらしい」

「ですが、もう大丈夫です。ここに救いの手があります! 彼なら治せます!」

 

 シルが俺を指す。

 確かに、二つの身体は揃っている。後は彼が拒みさえしなければ、夢想の世界から救い出すことはできるけど。

 しかし、ゴルダーウは静かに首を横に振った。

 

「結構。ワシにはこの世界ですべきことがある」

「どうしてですか! 確かにありのまま団は尊いですけど! でもエインアークスのみんな、寂しがってますよ! 私だって!」

「重々わかっておるとも! わかっておるともさ!」

 

 漢は痛切な表情で声を張り上げた。大きく息を吐いて、そして今度は落ち着いて話した。

 

「倅どもには本当にすまんが、今しばらくは我慢してもらうことになろう」

「理由を聞かせてもらってもいいですか」

 

 現実の世界を投げ打ってでもしたいこととはなんだろうか。ありのまま団にあるのだろうか。俺にはまだわからなかった。

 彼は頷き、口を開いた。

 

「ラナソールは、入り込めば入り込むほどに力が増すようになっている」

 

 そうか。たとえ向こうの世界で力がなくても、その人の夢想する力が強ければ、ラナソールでは立派な力が持てる。

 夢想病患者は、ある意味で最大限に入り込んだ状態だ。自覚しているならなおさら強い。レオンにも匹敵するかもしれない力を持つのは納得だった。

 しかし、治ってしまえば入り込み度は著しく減るだろう。

 この状態を解除されるのは、不都合があると。

 

「今はこの漲る漢の力で、ありのまま団を支えたいのだ」

「確かにありのまま団は素敵ですけど、そこまでする価値があるんですか?」

「あるのだ!」

 

 ありのまま団の素晴らしさを強調しつつも、あくまで納得のいかないシルヴィアに対し、彼はきっぱりと言い切った。

 そして彼は、俺に向かって尋ねてきた。

 

「時にホシミ ユウよ」

「はい」

「日頃ありのまま団の連中を見て、今日参加してみて、どう感じた?」

 

 そうだな。みんなどこまでも自由で。好き勝手で。わけがわからなくて。そして。

 

「楽しそうだっただろう?」

「ええ。それはもう」

 

 心から頷いた。

 ああ、そうか。

 そのとき、彼の意図がようやくわかった気がした。

 彼は愉快そのものに笑って、続ける。

 

「あいつらどもはな。うちの連中も多いが。大半が、現実世界で大きなストレスを抱えた者たちなのだ」

「まさか……大ボス。あなたは!」

 

 同じ結論に至ったシルが、神妙な面持ちになっていた。

 俺は確認も兼ねて、辿り着いた結論をぶつけてみた。

 

「ありのままになってストレスを発散してもらうこと。それ自体が活動目的だったというわけですか」

「そうだ! ありのまま団とは! ただありのままのためにありッ!」

 

 演説ばりの大声で、漢は一本指を高く突き上げた。ノリなのか、黄金のオーラまでバリバリに纏っている。

 

「夢想の世界と現実世界は深く繋がっておる。こちらで活力を得れば、彼らは現実を生きられる。新たな発症を食い止めることができるかもしれん!」

 

 そうだったのか。

 ありのまま団は裸になって好き勝手暴れて、何がしたいんだろうと正直ずっと思っていた。

 着眼点が間違っていた。本当にありのままであることが存在理由だった。何もしなくてもよかったんだ。ただみんなが楽しくいられれば、それで。

 彼は、ゴルダーウは、一人真実の一端を知り、ずっと戦っていたのだ。彼なりのやり方で。

 俺は昼間のことも忘れて、敬意の念を抱いていた。

 そして、シルバリオも、シルヴィアも、なぜあんなに大ボスを惜しんでいるのか、理由がよくわかった。

 立派な方だ。頼もしい方だ。

 

「これが今のワシの戦いよ!」

「大ボス……!」

 

 真実を知ったシルは、感激しているようだった。

 

「シルヴィアよ! これからも信者として活躍してくれたまえ!」

「ええ! ビバ! ありのまま団!」

「「ビバ! ありのまま団!」」

 

 ともあれ、丸く収まったようだ。俺としても事情がわかって、今日すっごく疲れたけど、その分も報われた気がした。

 すると、二人は仲良くハイタッチを済ませて、それから団長は再び俺に向き合った。今度は申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「それから、ホシミ ユウよ。すまんかったなあ、倅が迷惑をかけた」

 

 シルが捕まった件と、エインアークス襲撃事件のことを言っているのだろう。襲撃したのは俺の方だけど。

 

「いえ。終わったことですから。今は協力してもらってますし。でも、どうしてあなたがそれを?」

「倅の奴が、枕の前に報告に来てなあ。大体すべて聞かせてもらったよ」

 

 少しの間目を瞑り、何かを懐かしそうに思い返しているようだった。

 

「あやつは、昔から真面目過ぎる奴なのだ。長たるもの、多少は遊びもなければならんと、いつか潰れてしまうぞと、口を酸っぱくしておったのだが」

 

 確かに、組織のボスとして簡単に頭は下げられないと虚勢を張る様は、もどかしかったし、哀れなものでもあった。ゴルダーウは、前から危惧していたのだろう。

 

「やってきたのがおぬしでよかった。幸運だったな、倅は」

「そう、ですかね」

「ああ。あやつは今、色々なものを抱えておるからな。そういう意味でも幸運だった」

 

 彼は俺の目をじっと見つめて、深々と頭を下げてきた。

 頭を下げる姿がシルバリオと重なった。やっぱり親子だな、と思った。

 

「頼む。ワシからの依頼だ。どうか一つ、倅の手助けになってやってはくれんか?」

「わかりました。力になりましょう」

 

 夢想病解決に力を尽くす限りは、シルバリオに協力しよう。そう改めて決意する。

 

「ところで、ボスは?」

 

 話がまとまったところで、シルの疑問が飛び出した。

 

「どうしたシルヴィアよ」

「大ボスが団長なら、ボスはもしかして副団長だったりするんでしょうか?」

 

 そう言えば、こっちのシルバリオはまだ見たことないんだよな。俺も興味がある。

 すると団長は、ばつの悪い顔で頭をぽりぽりと掻いて、仕方なさそうに笑った。

 

「こっちの倅はなあ。肌が合わん、意味わからんと言って、冒険に出ていきおった」

「えー。ちょっと信じられませんね」

 

 シルが強い口調で非難する。団長も頷いて、うーんと首を捻った。

 

「いい年して、反抗期かなあ?」

「それが正常な反応だよ!」

 

 全力でシルバリオに同意して、思い切り突っ込んでしまった。

 オチが付いたところで、三人で大笑いして、それからしばらくの間、談笑したのだった。


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