フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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91「夢想病調査部含め『アセッド』トレヴァーク支部結成」

「まったく思いもよらぬ新説ですよ……」

 

 想像を超えた回答だったのだろう。シルバリオは頭を抱えていた。

 

「もしあなたのお話が真実であるならば……いえ、実際に唯一治してみせたあなたを疑うことはしますまい」

「信じて下さってありがとうございます」

「実際、納得はできるものです。彼らが見る夢が独特なものであるらしいということは、調べではわかっていました」

「奇妙……うわ言、言う。見たこと、ある。何度も」

 

 ボスの言葉に、シズハもこくこくと頷く。

 

「ならば、いかにして治したのか。伺ってもよいでしょうか」

「俺には人の心を感じ取る不思議な力があります。無条件にはできませんが、人に触れたとき、心にも直接触れて入り込むことができます」

「それで、シンヤの手を……」

 

 思い当たったシズハが、自分の手を確かめるように揉んでいる。

 彼女に向かって頷いて、続けた。

 

「そうです。唯一の治療成功者――シンヤは、この手で夢の世界から連れ戻しました」

「なるほど。そもそもあなたにしかできない治療法だったというわけですか」

 

 そうだ。しかも条件を満たすのが非常に厳しい。

 俺のやり方の特殊性をよく理解したシルバリオは、険しく眉根を寄せた。

 

「あなたにしか不可能なことであるならば……個人レベルで治せるというだけでも大変素晴らしいことですが、残念ながら根本的な解決策にはなりませんね」

「はい。残念ですが」

 

 とりあえず俺が治せる条件については、二人と話して共有しておくことにした。

 ただお金を費やすだけではどうにもならない領域であることを痛感するにつれ、シルバリオの顔に不機嫌な色が強まる。あらゆることをお金で動かしてきた男の、ままならない悔しさが見えるようだった。

 一通り話したところで、素晴らしい解決策は浮かぶわけもなく。

 

「とりあえずは夢想病患者の介護と観察を地道に続けるしかないでしょう」

「私は……何もできないのか……」

「そんなことはありませんよ。人手と資金があるだけで、打てる手はかなり増えます。患者の延命や、さらなる調査にも踏み込めるでしょう」

「そう、考えておくことにしましょう」

 

 気落ちが隠し切れないボスに同情する。

 そんな彼とは対照的に、シズハは特に落胆したということもなく、ただじっと深く考え込んでいるようだった。

 やがて俺の目を見て、ぼそっと言った。

 

「防ぐこと、なら……できる?」

「……そうか。確かにそうだな。君の言う通りだ」

 

 俺のやるべきことが見えた気がする。

 それは今までやってきたことと何も変わらないことで。でも改めて決意が固まったよ。

 

「俺にはまだ問題の解決方法がわかりません。何もかもがわからないままです。しかし、繋がりを作ることはできるでしょう。今健常な人、病気にかかってしまった人に関わらず」

「それが……病、防ぐことに、なる……」

 

 結局、シンヤのときもリクとの繋がりが命を救った。シンヤが夢に囚われているときも、リクとの繋がりが命を支えていた。

 俺が間に入らなければ、繋がりそれ自体が病気を治すことはないのかもしれない。

 ただ、病気の進行を遅らせることや、新たな発症を予防することはできるはずだ。

 それに夢想病が心の病である以上、何かもっと効率良く治す方法が見つかったとき、築いていった繋がりが役に立たないとは思えない。

 資金援助。お見舞いのサポート。身元不明患者の身元特定。などなど。一つ一つは小さいけれど、やれることはあるのだ。

 小さな延命策を続けて、影で大きな解決策を探す。

 俺とシズハの意図するところを理解した彼は、皮肉気に笑った。

 

「我々に、人助けをしろと言われますか?」

「それが世界を救う道に繋がるかもしれないということです」

 

 大真面目に。一見あまりに良い子的な理想で、馬鹿げているように見えるけれど。

 人を繋げることが、世界を繋げることになるんだ。きっと。

 

「……面白い方だ。あなたは。本当に」

「そうですか?」

 

 シルバリオは、降参したと、今度は皮肉もなしに笑った。気持ちが良さそうに。

 

「現実の厳しさを知っている。なのに、理想を諦めない。どこまでも真っ直ぐで……とても、気持ちの良い方だ」

「バカ……なのよ」

「私がこれまで見てきた人間は、どいつもこいつも嘘吐きで、裏をかくことに長けた、そればかりの連中だった。私もそうです」

 

 彼は少しの間目を瞑り、懐かし気に微笑んでから、言った。

 

「先代がよく言っていた言葉です。『一つくらい、どこにでも胸を張れる仕事をしなさい』と。あのときはわからなかったが、今ならわかります」

 

 俺とシズハを交互に見て、続ける。

 

「元々我々――エインアークスの発祥は自警団でした。我々は血を超えて、深い絆で結ばれた『家族』だった。確かに我々には誇りがある。社会の秩序を裏から支える使命がある。それを果たしてきた自負もある」

 

 堂々と言い切った口ぶりは、そこでやや翳りを見せる。

 

「しかし……この仕事を続けていくと、腐っていきます。社会の膿を引き受けるうち、いつの間にか自分たちが腐っていくのです。だから、自分を見失わないための何かが必要なのだと」

「では」

「私も一度くらいはバカになりましょう。同業の連中にも笑われましょう」

「ボス……」

 

 目を見張るシズハ。こんなボスは見たことがなかったのかもしれない。

 そして彼はまた深く、前の交渉で見せたよりも深く、頭を下げた。

 

「予算と人員三千名、何なりとお使い下さい。そして、我々の『家族』を――世界の未来を、お願いします」

「やってみましょう」

 

 やれるかどうかはわからない。何ができるかはわからない。

 しかし、人は希望が欲しいものだから。

 俺が希望になれるのなら。なってみせよう。

 強く。力強く頷いた。

 

 

 それから、リクとハルとシェリーをそれぞれ訪ねて、迷惑をかけたことを謝った。

 ハルは笑って「キミらしいね」と一言で許してくれたので簡単だった。シェリーは自分が騙されていたことにショックを受けるも、逆に感謝されるくらいだった。

 少々面倒だったのがリクで、やっぱり怒っていた。「僕をいきなり置いてくなんて、約束が違うじゃないですか!」と、思った通りのリアクションで憤慨される。

 でも事情をよくよく話すと、納得はしてくれたようだ。そして、俺のやらかしたこと(本部殴り込み)とその結果に「ひええ」と、これまたわかりやすくびびっていた。

 そして三人には、エインアークスの支援を受けて、これから俺がやろうとしている事業についても詳しく話しておいた。巻き込んでしまった以上、話しておくことが誠実だと思ったのだ。

 やっぱりというか、元々事態の解決のために戦っていたハルとシェリーの反応は明快だった。

 協力させて欲しいと。俺はもちろん快く頷いた。

 ただ「働かせて下さい」と、リクがすぐに頼み込んできたことには、全く予想していなかったことではなかったが、驚いた。

 

「僕、色々と企業のお話を聞いてきたし、ちょっとは面接もしてみたんですけど……」

「うん」

「自分が何をすべきか。どうすべきか。何ができるのか。世界のことも、もちろん不安だし。シンヤのこととか。よかったなとは、思いますけど。ずっと、考えていて……まだ、色々とわからないことだらけで」

「うん。うん」

 

 上手く言えないなりに、この子がよく考えていることが伝わってくる。

 

「ユウさんが見せてくれる世界は。僕にはその、とても刺激的で、眩しくて。素敵だと思ったんです。隣で歩いてみれば……」

 

 リクは、決意を込めた瞳で俺をしっかり捉える。

 

「自分の道が見つかるかもしれない。しばらくはユウさんの元で、探してみたいと思うんです。お願いします」

「……わかった。面白いインターンになることを約束するよ。頼りにしてるからね」

「はい!」

 

 こうして、三千飛んで三名がプロジェクトに加わることになった。

 

 一週間後。

 使用目的のため改装された、エインアークス所有のビルの前に、俺、リク、シェリー、そして車椅子のハルが並んで佇んでいる。

 ……シャイなシズハは、「まだリク……会えない」と、その日は顔を突き合わせなかったが。建物の影でこっそり見守っているのはわかった。

 証拠に、ちらりと彼女のいる方を見て親指を立てると、彼女もちょろっと指を出して、親指を立て返してくれた。何気にこのやり取りが気に入ったらしい。

 それで、考えたんだけど。

 夢想病調査部という名前も、そのものずばりでありだと思うが。

 俺たちのやろうとしていることは、より広く深く人々と関わることだ。

 人助けをするなら。もっとそれに相応しい名前がある。

 ASDと書かれた看板を見上げながら、俺はきっとわかりやすくにやりとしていた。

 何でも屋『アセッド』トレヴァーク支部。開店だ。

 

「なんですか? この変わった名前」

「ほんの気まぐれだよ」

 

 母さんのいい加減っぷりを思い返しながら、首を傾げるリクの前で笑った。

 

「さあ。これから忙しくなるぞ」


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