フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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87「ユウ、シズハルートを開拓する」

 わざわざゆっくりめに飛んでくれたおかげで、ユイとの幸せな時間をそれなりに堪能できた。

 

「はい。そろそろ着くよ」

 

 肩を叩かれて、ご褒美タイムの終わりを悟る。

 名残惜しいけど、《反重力作用》を使い、あたかも最初から二人で並んで飛んできた体を装った。

 俺もユイも、恥ずかしいものは恥ずかしいからね。特にシルに見られた日にはどんな誇張をされて広まることか。

 ユイの先導に従って飛んでいくと、深い森の迷路の中を慎重に進んでいるランドシルの姿が見えた。

 

「おーい」「やっほー」

 

 呼びかけると、こちらに気付いた二人は手を振ってくれた。

 

「空飛んでくるとか、ずるくねえ?」

「冒険の情緒のかけらもないわね」

 

 やや呆れた調子の言葉を投げかけられる。

 二人はこんな易々と飛べないというのもあるし、飛べるとしても地道に攻略していきたいと思っているようだった。

 実際、前に世界の果てまで連れていってあげようかと尋ねてみたときも断られた。「力を借りるまではまあいいとして、おんぶに抱っこまでは許されないと思う」「あなたたちが普通じゃないのは何となくわかった。答えまで教えてもらうのは違う気がするわ」と、口を揃えて。

 そういうわけで、時々手助けをしながら見守ることにしているのだ。

 ちなみに、俺もユイも二人に付き合って答えは確かめないことにしているのだが(何となく予想が付いてしまったというのもある)、レンクスはジルフさんを連れて実際に見に行こうとしたことがあるらしい。二人とも、中々に渋い顔をしていたけれど。

 いつかそこに辿り着いたとき、ランドとシルはどんな顔をするのだろうか。そもそも果たして辿り着けるものなのだろうか。楽しみでもあり、怖くもある。

 

「冒険は順調に進んでるか」

「おう。順調も順調だ」

 

 ランドはからっとした顔で笑った。シルも同調する。

 

「この辺りは、迷いやすいこと以外は平和だったわね」

「二人ともよくやってるよね。もうここまで来たの、あなたたち以外にほとんどいないんじゃない?」

 

 実際この辺りまで来ると、もう到達した人が地名の名付け親になれるというレベルである。多くの冒険者は遥か手前で脱落し、現役で世界の果てを追う者たちの中では、ほぼ最先端の位置にいるのだった。

 

「俺たちよりすげえ奴なんていくらでもいるけどさ。唯一自慢できることがあるとすりゃ、ここまで真っすぐやってきたことかな」

「あなたたちに出会えた運もあるのかしらね」

 

 ユイに褒められて、二人とも上機嫌である。リクはともかく、この素直さの一端でもシズハが持ち合わせていてくれたら、付き合いも楽になるんだけどなあ。

 待てよ。シルヴィアが素直ってことは、シズハはあんなにつんつんしてるのに、本当は素直に冒険を楽しみたいってことじゃないのか。

 そう考えると、結構可愛らしいところもあるんじゃないだろうか。

 

 少しばかり雑談を楽しんでから、本題を切り出した。

 

「ランド。また手を貸してもらってもいいかな」

「ああ。そうしないといけない場所があるんだっけか。よくわかんねえけど」

 

 いつものことながら、ランドは快く手を差し出してくれた。

 その辺りはユイに説明してもらって、ふんわりと理解してくれてはいるらしい。あまりラナソールだとかトレヴァークだとか言っても、釈然とはしなかったみたいだけど。

 邪魔をして申し訳ないところはあるので、代わりじゃないけど、ユイには今日二人の旅を手伝ってもらうつもりだ。ほんと、ユイにはいつも世話になってばかりだよ。さっきもそうだし。

 

『気にしないで。私が好きなの。ユウの世話焼くの』

『悪いね。じゃあ行ってくるよ』

『気を付けてね』

 

 ランドの手をしっかりと握り、向こうにいるリクを思い浮かべて、念じる。

 二人の心がパスとなって、二つの世界がつなが――――ん?

 ……あれ。おかしいな。えっと?

 よし。もう一度だ。集中して。

 えい。えい。

 んーー。むーー。んーーー?

 

 ……あれ?

 

「どうしたユウ。いつもみたいにぱっと消えないのか?」

 

 ……どうしよう。繋がらない。

 

『え。マジで?』

『マジで。やばいよ』

 

 まさかの事態だ。信頼と安心のリク-ランドパスが繋がらないなんて。

 なぜ。どうしてこんなことに。

 ランドはこんなあっけらかんとした調子だし。こちら側に原因があるとは思えない。あるとしたら、リクか?

 道はなくても、心まですっかり閉ざされているわけではない。ランドの手を介して、向こうの世界にいるリクの心を読み取ろうと懸命に試みる。

 ……なるほど。わかった。

 別に嫌いになられたというわけじゃないけど、どうやら怒っているっぽいな。それなりに。

 不意打ちの件、置いてけぼりにされたことに文句の一つも言ってやりたい。そんなところだろうか。

 しまったな。フォローしないで帰るんじゃなかった。

 元々不安定な道ではあった。ちょっと本気で機嫌を損ねると、それだけでもう通じなくなってしまうのか……。

 

『まいったね』

『ほんとだよ』

 

 心の道が使えないとなると、世界に穴が開くのを待つしかない。場所も時期も不正確な上に、安全に通れるかもわからない。

 

「よくわかんねえけどよ。困ってるのか?」

「うん。そうなるかな」

「そうか。俺、悪いことしたかなあ」

「いや、君は悪くないよ。悪いのはたぶん俺の方だ」

「いつもはランドでできてたことが、なぜかできないというわけね」

 

 わからないなりに事情を呑みこもうとしてくれる二人に、ますます申し訳なさが立つ。

 

『どうしようね』

『うーん……』

 

 本当に困って頭を悩ませていると、不意にシルから提案が入った。

 

「私じゃダメなの? それとも、ランドはいいけど私じゃダメって理屈があるのかしら」

「それは……どうなんだろう」

 

 言われてみるまで、考えたこともなかった。

 確かにシルヴィアとシズハ、二人のまず対応するであろう人物には会っている。これまでの付き合いで、もし二人ともとしっかり心を通わせているならば、通れるはずだ。ついでに、二人の元が同一であることのこれ以上ない証明にもなる。

 シルヴィアについては、きっと大丈夫だろう。ただ、シズハはどうだろうか。

 だって、殺してくる系女子だからなあ。確かに苦労の末、名前は聞いたし、共闘もしたけど。そのくらいだ。

 個人的には、仲良くなれていると嬉しいとは思うけど……期待できるのだろうか。

 

「やってみたらいいじゃない」

「まあ失敗しても損はしないからな」

 

 ユイの言う通り、物は試しだ。やるだけやってみよう。

 

「じゃあ悪いけど、ちょっと手を貸してくれないかな」

「はいはい。どうぞ」

 

 軽い調子で出してくれた彼女の手を取る。

 シルの心は、予想通り普通に開いていた。第一段階はクリアだ。

 あとは、目の前の彼女の心を通じて、シズの心に通じる道を見つけられるかどうか。

 どうだ。

 

 ――繋がっている。

 

 いける。いけるぞ!

 

『やったね』

『そっか。あれで結構仲良くなってたんだ。図らずも感動してるよ。俺』

 

 出歩いては尾けられ。話しかけようとしては逃げられ。挨拶代わりにと矢を撃たれ。

 彼女とのコミュニケーションには散々苦労させられてきたけど、ちゃんと実っていたんだ……!

 よかった。報われた。本当によかった……!

 

「なに人の手をさもありがたそうに握って、この世の始まりみたいな顔してるの。あなた」

「何でもないんだ。君のツンデレに乾杯」

「は? ツンデレ?」

「よし。いってくる!」

「気を付けてね」

 

 心なしか弾んだ気分で、俺は彼女の心へ飛び込んだ。

 

 

〔ラナソール → トレヴァーク〕

 

 

 ふう。人の心を通るのはやっぱりたいへ――

 

「うわっ!」

 

 なんだ!? 何か、かかってきた!?

 お湯だ!? いきなり上からお湯が……?

 びっくりした。どこだろうここは。

 とりあえず、前を見て。

 目と目が合った。

 

 ……素っ裸のシズハと。

 

 てことは、ここは……。まさか……。

 はっと、息を呑む。

 否応なしに、眼前の彼女が焼き付いた。

 戸惑いに満ちた顔は、立ち上る湯気をいっぱいに浴びてほんのりと赤みがかり。濡れぼそった黒髪が絶妙な配置で、やや慎ましやかな膨らみの先っぽを覆い隠している。

 惜しい。そう言えなくもない。

 思わず目を見張ってしまうのは、暗殺者として鍛えられた肉体美だ。

 髪を撫でる位置で固まったままの筋肉質の細腕に、割れたお腹。すらりと伸びた雪足は、地を蹴り空を舞うのに相応しい肉付きの良さだった。かかるお湯が弾けて垂れ落ちる様が、独特な色気を漂わせている。

 白い肌に綺麗な黒髪が映えて。異世界であるにも関わらず、古き良き日本美女をどこか思わせる立ち姿に、あはれを直感してしまうほどだった。

 ついでに下も、平均的な日本女子のそれと同じで、生えっぱ……まずい。つい見惚れてた。これ以上見てはいけない。

 

 突然の遭遇に放心していたシズハさんだったが、既に我に返っていた。

 怒りのボルテージがぐんぐん上がっていくのを肌で、心で感じて。

 待て。不可抗力だ、と言っても全然通じない迫力があった。

 とんでもなくやらかしたという事実に、遅れてぞーっと寒気が襲ってくる。温かいシャワーのお湯が、今もかかりまくっているのにも関わらず。

 まずい。何か。何か言わないと!

 

「は、はろー……」

 

 出てきたのは、超苦し紛れの挨拶だった。俺のバカ野郎!

 とにかく何でもいい。この場を乗り切るしか!

 

「…………」

「ごめんね。び、びっくりしたよね。急に来たものだからさ」

「…………」

 

 無言が余計に怖い。誰か助けて。

 

「あ、そう言えば、用事あったんだった! じゃあ俺、帰るから! その、ごゆっくり……」

「…………こ」

「こ?」

「殺す……!」

 

 刀が手から飛び出すまで、コンマ数秒かからなかった。

 びゅん!

 彼女がこれまで見せたどんな攻撃よりも鋭い一撃が、脳天を襲う!

 

「うわあっ!」

 

 間一髪のところで、いや、一髪持っていかれた!?

 はらりと舞い落ちる前髪に、心が震え上がった。

 風呂場に刀だって!? すぐ横に置いてたのか!?

 そんなことして、錆びないのかな。って呑気なこと考えてる場合じゃない!

 逃げろ! 殺される!

 

「わああっ!」

 

 キラリと光る刃が、またもう目の前に迫っていた。

 命からがら、第二刀をかわす。

 ――頬が薄く切れていた。

 この世界で初めて、死が頭を過ぎる。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「殺す……ぶっ殺す……! 斬り殺して……やる……!」

「わああ、ごめんなさいごめんなさい!」

 

 死の戦場と化したシャワールームから、全力でひた謝りしながら飛び出した。

 

「まだ、リクにも、見せたこと、ないのに……!」

 

 この後、殺戮マシンと化したシズハさんwith巻きバスタオルに、半日近くは追い回されることになるのだった……。

 ごめんなさい。本当にごめんなさい。


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