フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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86「ユウ、ご褒美に包まれる」

 昨日は大変だったなあ。

 少しはラナソールでゆっくりしたいところだけど、トレヴァークのことを放っておくわけにはいかない。

 早いところシルバリオやシズハと今後の方針を話し合わないとな。もちろんリクやハルやシェリーにも顔を見せておきたい。特にリクには不意打ちしちゃったことを謝らないと。

 ということで、ユイに協力してもらって、冒険中のランドとシルを捉まえることにした。二人はしばらく帰って来ないらしいから、こちらから見つけにいく必要がある。

 

「と言っても、どうやって探そうかな」

 

 この世界の人は気を持たないことが、毎回ネックになる。

 シルバリオにやったみたいに、気を体内へ浸透させてマーキングすることはできなくはない。ただあれは他人の体内に自分の気を植え付けるために、相当強引なことをしている。太い注射を何本も心臓に突き刺して、内側に空気を詰めるような。そんな感じで強い違和感と痛みを伴うから、あまり仲の良い人にはやりたくないんだよね。

 シルバリオも、もう痛くはないと思うけど、何となく心臓に違和感が残っているはずだ。今も何かされたままだと感じていることだろう。後で下手なことを考えないように、実効支配力は持たせたままにしてある。

 話を戻すと、じゃあ二人の持ち物に気を纏わせておくのはどうかと言えば無駄だ。生体と違って馴染まないから、せいぜい一日もしないうちに発散してしまう。

 そもそも、仮に夢想の世界の人に気を浸透させて、本当に普通の人みたいに馴染んでくれるのか。それもわからない。

 疲れてたところをユイに誘われて、ついこちらへ帰ってしまったけど。早まったかなあ。今までがたまたま良いタイミングで帰って来てくれていたというだけで、本来は出かけっぱなしの二人だからな。

 若干の後悔と心配をしていると、ユイはにこっと笑って俺の頭をぽんぽんと優しく叩いた。

 

「大丈夫だよ。私もそのくらいわかってるから。ちゃんと見つけられるから大丈夫」

「どうする気なんだ。転移魔法だとマーキングした場所にしか行けないじゃないか」

 

 いつでも手助けできるようにと、ランドシルが向かう場所に最初だけは同行して、マーキングしてから帰ってはいる。いるものの、大まかな場所の見当が付くだけだ。

 

「エーナさんに広範囲感知魔法を教えてもらったの。人の少ないところなら、どこにいても一発でわかるよ」

「へえ。それはすごいな。俺がジルフさんに教わっている間に、君はエーナさんに教わっていたというわけか」

 

 なるほど。それなら帰って来てと気安く言えたのも納得だ。

 それにしても、フェバルに教えを乞えるなんて贅沢なことだよね。教えに付いていける身体が持てているということも。

 

「うん。でも師匠というよりは、先輩のお姉さんって感じかな。ちょっと、いやだいぶ頼りないけど」

「まあ、あの姿を見て頼れるっていう人はほとんどいないだろうね……」

 

 るんるん鼻歌交じりにお掃除しているエーナさんを、二人で生温かく見つめた。

 やっている姿だけは結構板に付いてきて、はたから見ると家政婦にしか見えない。そこはかとなく人妻感もある。生き遅れ……いやごめん失礼だった。

 そんな彼女は、何度やっても気を付けることを学習しないのか、濡れたところをローブの裾で踏んづけて、リアルタイムでこけそうになっている。

 

「「あ」」

 

 ついにこけた――ように見えたが、滑った勢いを盛大に利用。宙でくるんと一回転して、決め顔で華麗に着地。

 ……できたらよかったんだけど、勢い余って足が床に突き刺さる。

 もはや恒例行事というか。大きな穴が開いてしまった。

 ユイが小さく溜息を吐く。

 ああ、また君の仕事が増えちゃったな。フェバルの強さ有り余ってるから気を付けないといけないのに、超ドジっ子なせいでコントロールがへたくそなんだよね。こんなこと言ったら悪いから言わないけど。

 するとエーナさんは、突然くしゃみをした。きょろきょろと周りを見回して、じっと自分を見守っている俺たちに気付いて、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「えーと。何か私の話でもしてた?」

「「いいえ。続けて下さい」」

 

 自然とハモる。

 さすがに何か察したらしく、申し訳ない顔で手を合わせた。

 

「いつもごめんなさいね?」

「「いいんですよ。そのままで」」

 

 俺とユイは、示し合わせたようににっこり微笑んだ。

 これも個性と思えば、かわいいものだ。まさか遥か年上の先輩、それも初見殺されかけた相手にそんなことを思うようになる日が来るとは思わなかったけど。

 

 さて、ひとまず転移魔法で近場まではきた。

 辺りは見通しの悪い森だ。気が読めない俺では、とても人探しなんてできそうもない。

 隣ではユイが目を瞑り、ランドシルを感知しようと試みている。

 大人しく待っていると、やがて目を開けた彼女は、自信ありげに口角を上げて微笑んだ。

 

「見つけたよ。かなり遠くだけど」

「ほんとか。すごいな」

 

 喜ぶ俺に、しかしユイは何を見たのか、やや面倒臭そうな声色で続ける。

 

「うーん。でも走って行くのはかったるそうな感じなんだよね。地形的に」

「そんなことまでわかるのか」

「うん」

 

 あっさりと頷くユイ。

 地形把握まで簡単にできるとは。こっちの世界は何でもありだな。

 

「じゃあ空飛んで行くしかないかな」

「でもあなた、強引にしか飛べないよね」

「そうなんだよね」

 

《パストライヴ》の連発か、《反重力作用》の使用か。

 後者の方がいくらか普通に飛んでる感じはするけど、どっちみち邪道であることには変わりない。飛行魔法の使い回しの良さに比べると一段落ちる。

 

「そうだ。私が連れていってあげる」

「へ?」

 

 不意打ちで頬を撫でられるような提案に、きょとんとしてしまう。

 連れていってあげるって……。そういうことだよね?

 戸惑い気味な俺に近付き、肩に手を乗せて甘く囁いてきた。

 

「抱っこがいい? おんぶがいい?」

「さすがにちょっと……どうかな」

「誰も見てないから。ね」

「………………抱っこで」

「素直でよしよし」

 

 ……どうして断るって選択肢がないものかな。

 我ながら、自分の甘えん坊さ加減に呆れていた。

 

 ラナソールで人一人分の重さなんて誤差みたいなもので、ユイは簡単に俺を持ち上げて空へ飛んだ。

 速いし楽だし、快適だ。

 下を見ると、入り組んだ迷路のような地形がどこまでも続いている。確かにこうしてユイに連れていってもらった方が効率的だな。

 と言っても、自分より身体の小さな姉に抱きかかえられている事実には変わりないわけで。

 あと……柔らかいものが当たってるね。しっかり。うん。

 まあそれを全く期待しないで抱っこにしたかというと、嘘になるんだけど。

 ユイも二択をあげた時点で想定済みというか、だから「素直でよしよし」なんだろうな。他の男はともかく、俺に触れる分は全然気にしていないみたいだし。ちょっとは気にしないのかな。

 普段はもっと完全に一つになるまでくっついてたからなあ。感覚が麻痺してる部分はあるのかもしれない。

 でもこう、中途半端だからかえってもやもやするというか。心の最も深い部分で安らいでいるのに、肉感が。そわそわして落ち着かない。

 一応男と女の関係ではあるんだよな。

 ……ほとんど自分同士だって言うのに、何考えてるんだろう。

 妙な気分を覚えながら、自分の面影を色濃く残す姉を何となしに見つめ上げると。

 

「また変なこと想像してるでしょ」

「うっ」

 

 にまにました顔の彼女は、そんな俺の心などお見通しと、ちょんとおでこをつついてきた。

 完全に楽しまれている。何だか上手く掌で転がされてるような……。

 まあ大人しく転がされておこうか。役得だし。

 宙ぶらりんの両手が何となく落ち着かなかったので、背中に手を回した。

 ユイが引き寄せてくれて、顔が胸に埋まった。

 鼻から息を吸い込むと、甘いフェロモンに交じって、ほんのり懐かしい、母さんの匂いがする。

 そのまま撫でられていると、いつの間にか身体のどこか強張っていた部分が、解れていく気がした。

 

「いくら大きくなっても、こういうところは変わらないよね。甘えん坊なんだから」

「いい歳して、時々自分でもどうかなと思うよ……」

「ふふ。ほんと手のかかるしょうがない子。三つ子の魂百までってその通りだね」

「フェバルの場合、百じゃ済まないだろうけどね」

 

 笑い合う。

 ユイが相手だとどこまでも素直になれる。元々丸裸みたいなものだしね。

 だから、君の本当の意図もわかってしまう。

 

「ありがとう。気を回してくれたんだよな」

「昨日甘え足りなかったでしょ。シチュー食べたらすぐ寝ちゃって。地味にまいってたみたいだから」

「やっぱりわかるよね」

「長い付き合いだもん。わざわざ心を読まなくたってそのくらい」

「覚悟はあったんだけどな」

 

 やってるときは大丈夫なつもりだった。気を張っていたから。

 自分の選択に納得しているし、間違ったとは思わない。でも終わった後に、どっと疲れが襲って来たのは確かだ。

 この力が強まるほど、人の痛みがわかってしまうから。余計に。

 

「覚悟があることと、平気かどうかは違う問題だから」

「やっぱり、辛いもんだな。慣れそうもない。時にそうしなきゃいけないと、わかっていても」

「それでいいの。辛くていいんだよ。平気になっちゃったらいけないと思う」

「このままでいいのかな」

「変わらなくていいところもあると思う。私だって、ついからかっちゃうときもあるけど、やっぱりユウが甘えてくれなくなったら寂しいよ?」

「そっか」

「うん。だから、ずっと甘くて優しいユウでいてね。その分、私があなたに甘く優しくしてあげるから」

「ああ、それで今こういうことなんだ」

「頑張ったご褒美だよ。まだしばらくこうしてていいからね」

 

 真面目に頼んだら割といつでもやってくれそうな辺り、ご褒美になってないんじゃないかって説は置いておこう。

 快適な空の旅は、人にはあまり見せられない幸せと温かさと、柔らかさに包まれていた。


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