「何がどうしてこんなことになってるんだ」
「私たちは二人で一つなのに」
『心の世界』では別個の精神と肉体を持つ俺たちだが、現実世界の肉体は当然一つしかない。現れることが可能なのは、常にどちらか一方のみだった。
男の身体は気力を使ったことが得意だが、魔力は一切持っていない。逆に女の身体は魔力を使ったことが得意で、気力は一切持っていない。
二つの身体は互いに補完し合う関係だ。
女でしかできないことも多いので、俺は場面に応じてよく二つの身体を使い分けていた。
どうするかというと、自分の能力【神の器】を使うことで、この身を強引に変化させるのだ。
俺は『心の世界』にあるものを、自由かつ瞬時に現実世界へ出し入れすることができる。まあ言ってみれば倉庫みたいなものだ。そして出し入れできるのは、俺の肉体や「私」の肉体であっても例外ではなかった。
そこで、男から女に変身するときは、男の肉体をしまうと同時に女の肉体を出す。女から男へ変身するときもまたしかりである。このようにして、俺は男にも女にも自由自在に変身できた。
ただし、女になるときにそのまま素直に変身すると、精神が男のままになってしまう。この状態だと違和感が強くてどうにも落ち着かなかった。
前に俺っ娘って言われて恥ずかしかったし……。
というわけで、女でいるときはいつも「私」に協力してもらうようにしている。変身のときに俺の精神を「私」の精神と融合させることで、女として違和感のない私を作り上げてもらっていた。
そんな周りくどいことをしなくても、女でいるときは「私」に任せて動いてもらえばいいじゃないかと思うかもしれない。でもそれは基本的にできない。
俺自身は対等と思っていても、そこは主人格と副人格の差なのか。「私」が単独で肉体を操るのは、かなり負担のかかる行為のようだ。あまり無理をすると「私」は気を失ってしまう。
「私」が単独で動けるのは、俺が一時的に身体の使用権を貸し与えるか、親友のフェバルであるレンクスが【反逆】の能力を使ってサポートしてくれるときか、俺が気を失っていて表に現れるのに抵抗がないときくらいだった。
長々と説明したけど、つまり「私」はあくまで徹底して裏のサポート役であって、直接表に出て来ることは滅多になかったんだ。これまでは。
ところが今、俺と「私」はそのまま二人とも現実世界に出てきてしまっている。
これはあり得ない異常事態だった。
「星脈の異常が影響したとか?」
「わからない」
あの異常な揺らぎと熱さが原因のような気がしてならないが、まるでさっぱりわからなかった。
こんなことは初めてなので、「私」が本当に大丈夫なのか心配だ。
「私」の肉体は、子供だった当時の俺が創り上げたものであって、単独で生命活動が可能なものではない。『心の世界』を通じて、俺から生命エネルギーを供給されることで動いている。肉体が離れてしまったことで、急に動けなくなったり、消えちゃったりしないだろうかと、不安でならない。
「大丈夫? 特に変なところはない?」
「私」は自分の身体を確かめるように撫で回す。素っ裸なのでどうにも目のやり場に困る光景だった。
「今のところは。心配してくれてありがと。それに」
「私」はにこっと微笑んだ。
『こんな状態でも、一応ちゃんと繋がってるみたいだよ。ほら』
『あ、ほんとだ』
念話が通じたことでひとまずほっとする。『心の世界』で接続されているなら、おそらくエネルギーもしっかり供給されているだろう。
「私」はうんと伸びをして深呼吸した。剥き出しの胸がぐっと強調されて、思わず目線が止まる。
『心の世界』でも、自分が女になっているときにも普段見慣れているはずなのに。
こちらで見るとそそり立つものがあった。男なら誰でも釘付けになる綺麗なおっぱいだ。
いや、落ち着け。相手は「私」だぞ。リルナじゃないんだ。
久しぶりに外の世界に直に触れるのが楽しいのか、「私」はうきうきした顔で辺りを見回している。
ややあって、俺を見つめて言った。
「でも、このままでいるのは怖いよね。ねえ、ちょっとくっついてみていい?」
「あ、ああ。そうだね。試してみようか」
くっつく。
「私」は俺との融合のことを、よくそう表現するのだった。
「私」が平気な顔で歩み寄ってくるので、俺も内心落ち着かなかったが努めて平静な顔を装う。
もう一歩もない距離で、きょとんとしてこちらを見つめている。
何だと思ったら、
「ほら。脱いで。上着たままじゃくっつけないよ」
「え、うん」
って、脱ぐのか!?
そうだった。流れで軽く頷いちゃったけど、これって結構まずいんじゃないのか。
つまりこっちの世界で、俺と「私」が裸で抱き合うわけで……。
じっと可愛らしい目で促してくる。さも当たり前のような顔で。君は恥ずかしくないのか?
……まあ誰も見てないわけだし、試さない手もないよな。
元に戻れるならそれに越したことはない。
意を決して、黒のジャケットを脱ぎにかかる。前の世界で買った最近お気に入りの一品だ。
お互い生まれたままの姿になって、立ったまま抱き合った。
「あれ。おかしいな」
「くっつかないね」
いつもなら溶け込むようにして、入り込んでいくはずなのに。
何も起こらない。ただ抱き締め合っているだけで、ぴくりともしない。
「なんでだろ」
コツンと額を合わせてきた。これ以上なく近い距離で、目と目が合う。
俺はそわそわして、もう仕方がなかった。
な、生身の感覚が。やばい。
普段『心の世界』でくっつくときは、丸ごとすーっと入って来て、温かくて安心する感じなのに。
肌のところで止まっているせいで、肉感がすごいんだ。
くらくらするような甘ったるい匂いもする。君ってそんなに女だったっけ。
特にむにゅんむにゅんと押し潰れてくるものが。ボリュームが。柔らかさが。
くっつこうとしてさらにぐいぐい押し付けてくるものだから、俺の心臓は跳び上がった。
自分の身体ながら、なんて破壊力なんだ。
「ユウ。どうしたの? 顔赤いよ。それに――」
「私」が下を見て、苦笑いする。
「え、ええと」
俺はしどろもどろになりながら「私」を引き離し、何とか言葉を紡ぎ出した。
「あ、あのさ! とりあえず、服着よう! 服!」
「……まあ、そうね。くっつけないみたいだし」
普段から裸を見せ慣れている俺の前ではまったく抵抗がないのか、「私」はあっけらかんとしている。
これ以上はまずい。目に毒だ。『心の世界』だと平気でも、こっちだとどうも。
すぐに『心の世界』から服を取り出そうと試みる。
服、と念じて探ると、女性用のパンツ、ブラ、スカートとシャツの一式が意識に留まった。前にいた世界で購入してしまっておいたものだ。
掌をかざして出ろと念じると、何もない空間からぱっと服が現れた。
よかった。どうやら能力はそのまま使えるらしい。
「ドラ○もんみたいだよね」
何でも出て来るよねと、「私」がしげしげと頷く。
それに同意しながらも、
「さあ、誰も来ないうちに」
と、服を突き出して促した。
ここが人気のない森でよかった。こんなところを見られたら、情事の真っ最中だと思われるに違いない。
自分同士でそんなことをする気にはとてもならないが、他人には伝わりようもない。恥ずかしい誤解をされることだけは避けたい。
と、そんなことを思っていたときだった。
「あなたたち――まあ――」
「「ふぇっ!?」」
振り返ると、流れるような銀髪の若い女性が「うわあ」という感じで目を覆っていた。
ああ!? なんで!? なんでいるの!?
さすがに「私」も恥ずかしくなったのか、顔をりんごのように真っ赤にして、気まずそうにこちらへ視線を送る。
もはやどう考えても、取り繕いようがなく。
最悪だ。厄世界だ。死にたい。
「この未開の森で……大胆ね」
いかにも冒険者然とした格好の彼女は、どこか躊躇いがちに、どこか感心したようにこちらを伺っている。
気まずい。
なぜだ。どうして接近がわからなかったんだ。
……気力の反応がない?
生命なら必ず持っているはずの気力が、なぜか彼女からは一切感じられなかった。
まさか、またロボットとか? そんな馬鹿な。
すっかり混乱していると、銀髪の女性は眉をひそめて言った。
「もうすぐランドの奴が追いついて来るわ。その前に服を着なよ。野郎に裸は見られたくないでしょ?」
どうやらもう一人いるらしかった。
とりあえず素直に忠告に従い、慌てて服を着ることにしたのだった。