フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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間話1「動き出す仮面の者たち」

 サークリスの地下深く。

 街の喧騒など一切届かぬところに、とある極秘施設はあった。

 そこには数々のいにしえなる魔法書が収められ、怪しげな機械装置がいくつも存在していた。中には違法な物すらあった。

 施設の奥にある一部屋で、怪しげな仮面を被った者が二人、会話をしていた。

 仮面には、まるで何かの儀式にでも使えそうな、煌びやかな意匠が施されている。どうやら仮面には声の質を変える魔法がかかっているらしく、話し声は機械音声のような無機質なものだった。

 その声のみから性別を読み取るのは難しいが、体格から判断するに、どうやら一人は男、一人は女のようだ。

 

「状況は進んでいるのかね」

「はい。もちろんです。マスター」

「よろしい。この調子で頼むよ」

 

 マスターと呼ばれた男は、満足気な声でそう言った。

 

「はっ」

 

 女の方はずっと畏まった調子である。彼女はどうやら彼の部下に当たる人物のようだ。

 マスターは「ふむ」と一つ頷いてから、話を続ける。

 

「さて。あの場所に、我々の計画を一歩進めるものが眠っているらしいことがわかった。なんとしても押さえねばならない」

「しかしあそこは……」

「そうだな。あの場所はエデルの遺産。少々警備が厳重だ。応援を呼ばれては厄介なことになる。強引にやってしまってもどうにかなるだろうが、派手に動けば首都に目を付けられる危険性がある。今はまだ目立つときではないのだ」

「それならば、一つ良い手がございます」

「ほう。言ってみたまえ」

 

 女は、仮面の奥で静かに嗤った。

 

「星屑祭。そのときは、魔法隊および剣士隊に属する人員の大半が町の警備に回されます」

「ほう。して」

「そこで、ヴェスターらをけしかけ騒ぎを起こし、奴らが戦力をそちらに回している隙にこっそりやってしまうというのは」

「ふむ。それは良い案だね」

 

 マスターは感心を示していた。

 それに幾分気を良くした仮面の女は、早速提案の詳細を詰めていく。

 

「騒ぎを起こす場所、そして規模は、どのようにいたしましょうか」

「ほどほどで良いだろう。あまり規模を大きくして、やはり首都から戦力を呼ばれてはまずい」

「おっしゃる通りです」

「場所は……そうだな。コロシアムはどうかね」

 

 場所を聞いた段階で、仮面の下にある彼女の顔が曇った。

 

「コロシアムですか?」

「ああ。最終日、三日目というのはどうだ。魔闘技の決勝トーナメントが行われる日だ。人も多く集まることだろう。そこでテロ紛いのことをすれば良い」

 

 彼女は少々思い悩み、結局は具申することにした。

 

「あそこは町の中心地ですよ。警備も厳しい。さしものヴェスターでも、逃げ切れないのでは」

 

 あの粗暴なだけの男はいけ好かないのだが、さすがに危険な任務になり過ぎることに対しては気が咎めたのだ。

 だがマスターは一向に構わないという調子だった。

 

「考えたのだがな。あれは少々尖りすぎだ。思慮も足りん」

「確かにそうですが……いえ」

 

 彼女にはもう、次の言葉が予想できてしまった。

 マスターは冷酷にして残忍だからだ。

 

「正直、今回のことが上手くいけばもう要らん駒だよ。あれが上手くやって引き揚げられればそれでよし。さもなくば――ここで始末しようと思う」

「なるほど……。そういうお考えでしたか。彼に頼むのですね」

「そのつもりだよ」

 

 すべてを言わずとも察した聡明な彼女に、男は機嫌が良さそうに頷く。

 彼は仮面をわずかに外し、コーヒーのような黒い飲み物を飲んだ。

 そして、世間話でもするかのような体で言った。

 

「ところで、今期の魔法学校には、まさに黄金世代と言っても良いほど、素質を持った学生が集まっているな」

「そのようです」

「彼らの素質は、実に素晴らしいものだ。特にアーガス・オズバインは別格だよ。それから、今年入学したユウ・ホシミという子も、まだまだ途上ではあるが素晴らしい素質の持ち主だね」

「確かに。これほどの逸材が一度に会するというのは、今までありませんでしたね」

 

 そこは彼女も同意するところだった。

 既に目を付けている新入生の有望株は、いつもは片手で足りるところだが、今年は両手の指をすべて折ってもまだ少し足りないほどだ。

 

「どうだね。こちらに引き込めそうな者はいるかね」

「何人かはいけると思います。ただ、マスターが今おっしゃったあの二人については……正直、あまり期待はできないでしょうね」

「そうか。残念な話だよ」

「彼らをこちらへ引き込めれば、素晴らしい駒となります。ですが、無理ならば……」

「いずれは厄介な存在となるかもしれない、か」

「はい。わたしはそう思います」

 

 彼女はきっぱりと断言した。

 アーガスのような正義感に溢れる有能な魔法使いが、もしいつの日かこの遠大で邪悪な計画を知ったならば。

 大きな敵となり、我々に立ち塞がるだろう。彼女にはそんな予感があった。

 彼本人こそはもはや簡単に手出しのできない強さであるが、ただそれ以外の子ならば話は別。

 味方に引き込めそうにないのであれば、まだ芽の出ていない今のうちに始末するに越したことはないのではないか。

 そう考えての発言だったのだが、マスターにとってはそこまでの認識ではないようだった。

 

「ふむ……だが、所詮はまだ学生に過ぎない。放っておけば良いさ。いつ我々の手足となってくれないとも限らないだろう?」

 

 仮面の奥で、女は再びわずかに表情を曇らせた。

 男はしかし、そんな彼女の様子には気付いていないようだった。

 マスターがそのようにおっしゃるならばと、彼女はそれ以上は言わず、彼の意志に従うことに決めた。

 

「さて、話はこれくらいでいいだろう。我々の目的のため、お互い励もうではないか」

「はっ。必ずや、マスターの御意志のままに」

「うむ。これからもよろしく頼むよ」

「それでは、やり残した人体実験がありますので。失礼します」

 

 女は一礼し、退出していった。硬い石の床にカツカツと響く足音が、遠ざかっていく。

 それから男はしばらく、古代語で書かれた文章に目を通していた。

 そこに、ドアが軽くノックされた。

 

「入りたまえ」

 

 ドアが開く。

 

「壮健だな。マスター・メギル」

「やあ。君か。先ほど、君の話を少しだけしていたよ」


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