【完結】ハリー・ポッターとラストレッドショルダー   作:鹿狼

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 キリコ・キュービィー。
 奴はアストラギウス銀河、しいては天の川銀河最大の謎だ。
 かつて神であったワイズマン。
 銀河4000年に君臨した存在を以てしても、奴は支配し得なかった。

 奴を語る言葉は少なくない。
 生まれながらのPS。
 異能生存体。
 触れ得ざる者。
 悍ましき血。
 そのどれもが奴であり、奴で無いとも言える。


最終回 「流星」

 体が、動かない。

 手が震え、足が軋む。

 息を吸う度に、胃液や胆汁を吐き出し、碌に呼吸も出来ない。

 無様にひゅうひゅうと、断末魔を搾り出すだけ。

 幾度無く繰り返された死が、心の中にお前は死んでいるのだと、ありもしない幻聴を刷り込んでいく。

 

「……遂に絶えたか」

 

 まだだ、俺はまだ動ける。

 そう叫ぶ力さえ、残されていない。

 体には傷一つ無いのに、動けなくなるとは思わなかった。

 

 奈落へ落下し、鋭い岩が胴体を貫いた。

 崩れる壁に潰され、血を吐き出すだけの肉袋に成り果てた。

 稲妻が直撃し、苦痛を感じる暇も無く死んだ。

 

 死の呪いが直撃して、死んだ。

 悪霊の炎で全身を焼かれて、炭になる感覚まで味わった。

 蛇やイナゴに、体中を喰われて、餌になった。

 

 それでも、その度に、無傷で蘇る。

 瀕死と決定的に違う、『死』の一線。

 それが此処まで、魂を削り取るものだったとは。

 

「…………」

「……まだ、そういう目を出来るのか」

 

 せめて殺意だけでも目に携えたいが、視界すら揺らぐ今の状態では、睨み付けると言う悪足掻きすらさせて貰えない。

 

 目の前の神を倒す武器は、もう無い。

 杖は折られ、完全に燃やされた。

 愛銃であったアーマーマグナムも、粉々に粉砕された。

 持っていた他の武器も、魔法薬も全て、使い切った。

 

 無い、俺にはもう、戦う手段も、気力も。

 諦めまいと回さなければならない頭も、まともに働いてくれない。

 既に俺の精神以外の全ては、自分が死んだと思い込んでいるのだろう。

 それはもうじき、現実となる。

 

 考える事すら出来なくなった俺は、とうとう膝を突く。

 間違いなく、俺は死ぬだろう。

 絶望するしか無かった、結局ワイズマンを滅ぼす事も叶わず、死ぬとは。

 

「……此処まで来ると、哀れですらある」

 

 ……だんだんと、意識が遠のいて行く。

 景色も、音も、掻き消えて行く。

 今までの全てが夢だったかの様に、霧散して行く。

 

「核到達まであと……2分か、よく私相手に此処まで持った」

 

 ……此処まで来てしまえば、後は楽だった。

 全身を覆っていた激痛も、鮮明に焼き付けられた死の瞬間も、分からなくなる。

 白痴にも似た快楽の中に、俺はずぶずぶと沈んで行く。

 それこそ、お袋に抱かれている様な、安心感さえ宿して。

 

「それを称えて、苦しまない様、一瞬で……最大の激痛を持って、お前の異能を滅ぼしてやろう」

 

 もう、分からない。

 目の前のヤツが誰なのか、何を言っているのかも。

 自分が何をしたくて、こんな目に合っているのかも。

 絶望も希望も、怒りも執着も。

 何一つ無くなって、楽になりたいと言う諦めだけが残る。

 

 とうに疲れ果てていた、生きる事も苦しむ事も。

 戦う事も戦わず生きる事も、彼女に会えずに生き続けなければならない事も。

 会える、やっと、フィアナ、に。

 何と言われる、の、か。

 流石に、呆れられる……だろうか。

 それで、も……良い、彼……女に、会、え……る……なら……

 

「……まだ足掻くか、脊髄に染みついた兵士の本能の成せる技か」

 

 この時キリコは自分が何をしていたのか、自覚していない。

 彼は這いつくばりながらも、ワイズマンから逃げていたのだ。

 体の奥底まで叩き込まれた、戦士のしての経験が作り出した、本能という別人格が、彼を生き長らえさせようと、足掻いていたのだ。

 

 それが、奇跡を生んだ。

 生き残ろうと戦い抜いたキリコ自身の経験が、奇跡を起こした。

 這いつくばった事で、懐から落ちた『緑の宝石』。

 残骸と共に間違って回収した宝石が、そのまま這いつくばる手の平に納まり、『三回転がった』のだ。

 

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『……全く情けないねぇ、天下のレッドショルダーがこのザマとは』

『全くだ、おいキリコ! 何してやがる、全身を血で塗られたいのか……!?』

『何が何でもそいつをぶち殺すと誓ったんだろ!』

『……行け! そして生き抜け!』

 

 ……聞こえる、声が。

 あいつらの、声が聞こえる。

 それを皮切りに、次々と声が……響いた。

 

『えぇ……と』

『ノレェ! 先言っちまうぞ! 死神よりも生き残った奴が、神なんぞに負けんじゃねえ!』

『俺の命懸けの犠牲を二人共共無駄にする気か?』

『死にたくて死んだんじゃねえよ! キリコ! お前を殺そうとしたそいつを、オレを操ったそいつの始末は頼んだぜ!』

『俺は報告してただけだからな! 本当だぞ!? 信じてくれるよな!?』

『お前……』

『おうキリコ! こんなんで借りが返せるとは思えねえが、まあチャラにしてもらうぞ!』

『クメンの内乱もそいつが引き起こしたのだとしたら……俺は許せない。

 済まないキリコ、俺の……クメン王国全員の無念を晴らしてくれ……!』

『……許しゃしない……と言いたいけど、死んじまってまで憎むのはねぇ……サンサをこんな事にしたのも、元凶はそいつなんだろ? 神だか何だか知らないが、そいつをぶっ殺したら許してやるよ!』

『キリコ! 諦めるな! 彼女はまだ呼んでいない!』

『……私は認めない、こんな生き方も、お前のこんな終わり方も認めはしない!』

『お前との決着は私の幻影が晴らしてくれたが……茶番を整えたヤツはまだ死んではいない!

 立てキリコ! PSの誇りをまた穢すつもりか!?』

『……まさか、私達の息子がこんなに生きてくれるなんてね』

『ああ、嬉しい限りだ』

『……こんな時で済まない、レッドショルダーが研究所を燃やした時、お前だけ生き残らせてしまって悪かった……!』

『転生者、異能生存体、とっても興味深い内容……あ、御免ねキリコ。

 ……本当に御免ね、貴方を此処で生んだのが、私なんかのせいで……こんな目になっちゃって。

 だからせめて、どうなっても、最後まで見てるわ……愛してる、キリコ』

『私達もよ、キリコ、貴方を引き取って……本当に良かった』

『やっぱり僕達の見立て通りだった、君は……誰よりも、優しい子だよ、僕達は君を誇りに思う』

『キリコ、三大魔法学校対抗試合で僕が死んだのは君のせいじゃない、君は自分を誇りに思うんだ! ハッフルパフは、誰よりも人を思える人が集う寮だから!』

『グリフィンドールだってそうさ! 僕は君をマグル軍から庇ったことも、マグルを助けた事も後悔していない!

 どんなに辛くても、それを乗り越える勇気が、君にもある!』

『にしてもまさか、あれだけしんみりと別れて、まーだ生きていたとはな……難儀な人生だ。

 だがなキリコ、お前は決して独りじゃない、お前に惚れた連中はこんなにも居るんだからよ!』

『そうだぜキリコちゃん! 此処で死んだらウドでばらまいた金全部請求するぞ!』

『うるさいよあんたは!』

『いや違げえってこれはキリコちゃんを元気付けようと……止めろ止めろケツ引っ張るな痛てぇ!』

『キリコ! あたし達がちゃーんと付いてるからね!

 ……だからさ、何時かこっちへ来る時はそんな顔じゃなくてさ、何時ものぶっきらぼうな顔で来てちょうだい!』

『……父さん、ありがとう、頑張って下さい』

『──────!!』

『『負けるな、勝て』だそうだ。

 ……俺も同じだ、人間のクズ以下の神になど、負けるな』

 

 

 

 

「…………」

 

 あいつらの声が、どこまでも聞こえた。

 負けるなと、諦めるなと、生き抜けと。

 共に戦った戦士という家族が、暗闇の銀河を、流星となって流れて行く。

 

 意識が急速に戻って行く。

 体が、手足が、自分の力で動かせる様になって行く。

 ただ、あいつらの声を聴いただけで、戦う気力を取り戻して行く。

 

「……何が、起きた」

「…………」

「何故また動ける様になった、馬鹿な、蘇りの石は、死者の声を届けるだけのガラクタに過ぎない!」

 

 神は動揺する、あれ程心を傷つけて、一度確かにへし折れて、尚立ち上がるという奇跡に。

 

「私の知らない効果がまだあるというのか、死者の声を生命力に変換する力でもあると───」

「そんなものは無い」

 

 ゆらりと、だが力強く立ち上がったキリコが告げる。

 蘇りの石の効果は、今お前が言った効果だけだと。

 

「では、何故……!」

「……そんな事も、分からないとはな」

 

 そういうキリコ自身も、これを何と言えば良いのか分かっていない。

 だがワイズマンと違い、この思いが確かな力を持つ事を、彼は知っていた。

 友情、因縁、腐れ縁。

 それらを纏めて、何と括るか。

 

「分からない……!? 私に分からない事柄があるのか……!?」

「……時間が無い、手短に終わらせる……!」

「認めぬ! 私の知りえぬ奇跡など認められてはならない! 私はワイズマン! マグル界に、魔法界に君臨してきた神なのだ!」

 

 目の前で起こった奇跡を認めず吼える様こそ、ワイズマンが神でない事の証明。

 神が知りえない事など、無いのだから。

 杖も、銃も無くしても、キリコは立ち向かう。

 既に見えないし聞こえないが、俺の背中に、あいつらの思いを確かに感じる。

 

 散り行く友に未練など無い、縋りもしない。

 俺はただ、その死を無駄にしないようにするだけだ。

 あいつらが思っていてくれるなら、尚更。

 

 思い、思い合う。

 普通の形と違えど、それが恨みや、戦いの中でしか見い出せないとしても。

 それらを纏めて、何と括るか、我々は知っている。

 ……『愛』。

 それこそが、キリコの持つ、最大の一撃と成る。

 

 キリコは走り出す。

 最後の望みを握りしめた、左手をより深く握り込んで。

 

 

*

 

 

 既に崩れ、崩壊したホグワーツ城。

 横倒しになった城は崖に引っかかり、雪崩れ込んだ後凍結させられたホグワーツ湖の水によって、宙ぶらりんに固められている。

 しかしもって後数分、後1分後に着弾する世界中の核弾頭が、此処を消滅させるだろう。

 

 そこから離れた遥か先で、命からがら生き延びた人達が、戦況を見守っていた。

 生徒も、マグルも、闇の魔法使いも。

 狂気は無くなっていた、あれだけの傍若無人を体現した様な大災害を前にしては、狂気も気力も奪われるというもの。

 

 空を見れば、ダンブルドアがホグワーツ城を取り囲む様に、大規模な結界を張っている。

 核ミサイルの衝撃、放射能汚染の被害を、結界内で食い止める為だ。

 恐らく、被害はホグワーツ城周辺で留まるだろう。

 

 ……だが、キリコの脱出は間に合ってくれるのか。

 心臓以外が全てバラけ、今さっきまで死に掛けだったキニスが、不安そうに城を見つめた。

 

「───居た! キニス!」

 

 誰かと思えば、ハーマイオニーにロン、ハリーか。

 久し振りの再会に嬉しくなり、結構な痛みに耐えながら、手を振る。

 

「……!? 何で!? どうしてキニスが!?」

「……傷が治ってからで良いな?」

 

 ハリーが衝撃に目を飛び出んばかりに引ん剝く、まあ当然だろう。

 この反応も久し振りだと、安堵による溜め息を吐いた。

 ハリー達も私の説明に納得したのか、それ以上は言及してこなかった。

 

「傷は大丈夫なの?」

「致命傷じゃないから、死にはしないさ……痛いがな」

「何か痛み止めの魔法薬でもあれば良いのに……!」

 

 ハリーが悔しそうに呟くと同時に、キニスの手元に魔法薬を持った手が伸ばされた。

 当然、痛み止めの魔法薬である。

 

「む、済まないな、感謝す……」

 

 お礼を言い掛けて、キニスは硬直した。

 礼を言うには、余りにも相応しくない相手だったからだ。

 

「……誰?」

「……あ、思い出したわ、アンブリッジが学校から追い出された時、闇祓いに襲われていた人よ!」

「……何で貴様が此処に居るんですか? ロッチナさん」

「ふむ、やはり精神手術の後遺症は残っているか」

 

 キニスの質問を全く聞かず、一人で話し出すロッチナの登場は、場に軽い混迷を齎した。

 最も彼が何者なのか具体的に知っているのはキニスだけなので、他の三人の混乱は軽い。

 

「いや、何であなたが此処にいる?」

「何でと言われてもな、私はこの戦争が始まってからずっと此処に居たぞ?」

「……戦闘に参加は」

「高度な戦闘能力は私には無いのでな」

 

 要するに何時も通りと言う事か、相も変わらない元上司のマイペースというか、身勝手さに、彼はまた溜息を吐いた。

 呆れる彼を他所に、ロッチナは戦場を見つめる。

 そう、キリコ最後の戦いを。

 

「……ロッチナ」

「……何かね?」

「キリコは、勝つと思うか?」

 

 彼等は知らないが、既に死なないと言う大前提すら覆されている。

 もはや勝てないが死にはしないと言えず、勝てなければ死ぬのみという、極限状態にキリコは追いやられていた。

 それを友人として、影法師として敏感に感じ取ったからこそ、出た問い。

 

「……私は、長年疑問に思って来た事がある」

「…………」

「何故ワイズマンは、異能生存体に成り得なかったのか」

 

 異能者と異能生存体には、深い関係性……互換性と言える物が存在している。

 異能者である事とは異能生存体であり、それは異能者でもある。

 しかし、異能者であるキリコは異能生存体でありながら、同じ筈のワイズマンは異能生存体では無い。

 

「古代クエント人、後のワイズマンは……時の同胞によって銀河の彼方へと追いやられた。

 だが何故殺さず追いやったのだ?

 殺すのが普通では無いのか?」

「……殺せなかったから、か?」

「そうだ、ワイズマンは元々異能生存体だったのではないか、だから殺せず、追放するしか無かったのではないか?」

 

 これなら理屈は通る、異能者であるワイズマンは異能生存体だった事になる。

 だが、今彼等は異能生存体では無い。

 

「ならば何故今異能生存体では無く、ただのワイズマンに成り果てたのか。

 何故異能の力を、失ってしまったのか」

 

 ロッチナは長年、キリコを追い続けてきた。

 同時に彼自身と、キリコの裏に常に潜んできた神の軌跡も追い駆けて来た。

 キリコよりもキリコを知り、神よりも神を知る男。

 

「……この世界まで追い駆け、漸くその結論が出た」

「……それは?」

「……生きようとする意志、なのでは無いだろうか」

「意志、か、随分チープな結論に落ち着いたな」

「ああ、だがキリコとワイズマンの決定的な違いはそこに有るのだろう」

 

 戦争を俯瞰し続けた神と、戦場を駆け抜けた男。

 地獄を生み続けた神と、地獄で足掻き続けた男。

 永遠を望んだ神と、永遠を拒んだ男。

 

「……死にたがっては居た、だが」

「そうだ、奴は今この瞬間も、生きる事そのものから逃げ出しては居ない」

 

 例えそれが、己の最後を見つけ出す為だったとしても。

 いや、アストラギウスの時でさえ。

 やろうと思えば、川を流れる死体の様に、生きる事だって出来た。

 けれどキリコは、どれ程絶望しても、何処かへ向かって歩き続けていたのだ。

 戦場の中でも、地獄の中でも。

 キリコは戦っていた、死ぬ為だけに戦っては居なかった。

 

「異能生存体だから、生き残るのでは無い。

 心の何処かに、いやより根本の、本能的な所で、生き抜こうとしているからこそ、奴は異能生存体に成り得たのだ」

「……ややこし過ぎる、もっとシンプルな答えで十分だ」

 

 ロッチナと比べれば遥かに短い、加算分も幻の様な物。

 だが、短くても分かる。

 神の目としての答えに対し、友人としての答えとは。

 

「あいつは生きる事にも死ぬ事にも、糞真面目だった……これで良いよ」

「……成程、ではワイズマンは不真面目と言う事か」

「死ぬ事から逃げ出す様な奴が、真面目に人生を生きてると思うか?」

「それもそうか」

 

 だからこそ、神は異能生存体で無くなってしまったのだろう。

 納得し頷くロッチナは、懐から何とティーセットを取り出した。

 全く話を理解できず、ただならぬ関係としか分からなかったハリー達は目を丸くする。

 キニスは何時も通りである、これは彼等にとって日常茶飯事だったのだ。

 

「飲みたまえ」

「あ、ありがとうございます……?」

「……何で今紅茶?」

 

 核ミサイルが上空にある中行われる茶会を、ロッチナは優雅に楽しんでいた。

 傍から見れば不謹慎を彼方へ追いやり意味不明の領域だが、ロッチナは確固たる意志を持ってお茶を嗜んでいたのだ。

 

「これで戦争は終わりでは無い、これから……何時終わると分からない大戦争が始まる。

 折角だから助言をやろう、地獄を生き抜く方法はただ一つ、自分に忠実に生きる事だ。

 信念を持たぬ雑兵のままでは、心まで地獄に成り果てるぞ」

「……だから、日常の一服である紅茶を?」

「その通りだお嬢さん、地獄だからこそ、何時ものままに生き抜くのだよ、あいつの様に」

「……成程、ありがとうおじさん」

「あ、ルーナ」

 

 彼等は紅茶を飲みながら見守る、キリコの最後と始まりを。

 地獄が終わり、地獄が始まる。

 地獄の門の前で飲む紅茶の味は、何故かやたらと体に染みた。

 

 

*

 

 

 銃も無い、杖も無い。

 身を守る物を何一つ持たないキリコを蹂躙するのに、然程時間は掛からなかった。

 

「追い詰めたぞ、キリコ」

「…………」

 

 キリコはあちこちの骨を折られ、碌に動けなくなっている。

 だが甦った炎が、目から消える事は無い。

 寧ろどんどん燃え盛り、ワイズマンは己でも気付かない恐怖に怯え始めていた。

 

「ミサイルの到達まで後1分、放置しておいてもお前は滅びる……とは考えぬ」

 

 ワイズマンは警戒する、いや恐怖する。

 異能の力が消え始めているとはいえ、まだ消滅しては居ないならば、核爆発の中でも生き残ってしまうのではないかと。

 

「確実に、油断無く、私の手で今後の憂いを断つ」

 

 自らの手で抹殺まで見届けなければ、完全な安心は得られない。

 慎重に、最後に確実な一撃を叩き込む。

 

「まず動きを封じる」

「───ぐぁっ!!」

 

 ワイズマンの手によって浮かび上がった巨大な岩が、キリコの下半身をそのまま押し潰そうとする。

 かわそうとするが、折れた骨の激痛に呻いている間に、潰されてしまった。

 

「次に罠の可能性を排除する」

 

 続けて放った悪霊の炎……が強化された、雨の様な稲妻と光が辺り一面に降り注ぐ。

 ワイズマンの予想通り、数ヵ所でキリコが仕掛けた罠が爆発する。

 キリコ自体は巻き込まない様に燃やす、止めを刺すのはまだ先、うっかり異能が発動したら目も当てられない。

 

「更に自由な両手を使えなくする」

「───ッ!!」

 

 木材を鋼鉄の杭に変身させ、十字架に張り付ける様に、キリコの両手を貫く。

 余りの痛みに、ずっと握り締められていたキリコの手が開く。

 半身を岩に、両手を杭に潰され、醜く地面を舐める様な姿勢は、罪人そのもの。

 それを見て、何も隠していなかった事を改めて確認する。

 

「残り50秒、最後に私の知る最も激痛を与える呪文で……お前の精神を破壊し、異能を破壊する」

「…………!」

 

 ワイズマンが両手を掲げ、手の間に光の塊を創り上げていく。

 激痛を与える『磔の呪文』を何十、何億倍にも濃縮した一撃。

 それは一発でショック死を引き起こす程の威力なのだと、キリコに向かってワイズマンは語る。

 

「確実に当たる距離を取る」

 

 今更異能が発動して、外れたら目も当てられない。

 その為に徹底して、罠の可能性を排除したのだ。

 

「…………」

 

 キリコの目と鼻の先にワイズマンが降り立つ、絶対に躱せぬ、そして最後の死刑宣告。

 手に握られた光を浴びれば、俺は死ぬだろう。

 

「残り40秒、超常的な痛みは、物理的威力すら持つ。

 お前は精神、肉体共に死を迎えるのだ」

 

 罠も壊された、腕すら動かせない。

 這いつくばりながら、キリコは呻く。

 もう、何も出来ない。

 俺は神では無い、磔にされても嵐は起こせない。

 

「───終わりだキリコ!」

 

 目の前が、白く光る。

 これで、終わりだ。

 

「───貴様がだ、ワイズマンッ!」

 

 這いつくばる姿勢のまま地面に向かって、食らい付く。

 俺はそこにあった()()をくわえ……首の骨も筋肉も犠牲にする挙動で、神の目の前に()()を投げ出した。

 

「───何を」

 

 ワイズマンは、理解出来なかった。

 馬鹿な、どうして、何時、どうやって。

 何故私の目の前に、『銀の弾丸(シルバーブレッド)』が在るのだ。

 

 ……キリコがやった事は、簡単だった。

 ホグワーツ城崩壊と同時に、足元にあった砕け散った()()を、『グリフィンドールの剣の残骸』を、アーマーマグナム用の弾に加工しただけ。

 

 ワイズマンの攻撃から転がって逃げた際、身に纏わり付いた()()を、偶然此処に落ちていた()()を。

 ヴォルデモートと戦う時ハリーが投げ捨てていた()()を、『透明マント』を回収しただけ。

 

 キリコがやった事は、簡単だった。

 最後まで武器を失わない為に、ワイズマンに悟られない様、透明マントの中に銀の弾丸を包んで隠していたに過ぎない。

 

 しかし、どれ程死に続けても、それを握って離さなかった事が。

 何としても打倒すると、生き抜こうとする意思が、この結果へ収束されたのだ。

 

 確実に止めを刺す為、キリコの周辺は燃やさなかった事が、手を貫かれて落としてしまったマントも、弾丸も無事のままにしてしまったのである。

 

 ───駄目だ、止まらない。

 宙へ放り投げられたマントから飛び出した一発の銀の弾丸に向かって、神の裁きが迫る。

 

 ───駄目だ、間に合わない。

 余りにも急かつ至近距離、体内の石を移動させる事も出来ない。

 

 ───止めろ、止めろ、止めろ。

 何故こうなった、考えられる偶然も罠も全て排除した、一つ残らずだ、何を間違えた。

 後悔が、絶望が、無念が。

 

 それさえも無慈悲に打ち砕く、悪魔殺しの、バジリスクの毒を持つ銀の弾丸(シルバーブレッド)

 ワイズマンの攻撃が、薬莢を爆発させる。

 運命に従い、弾頭が賢者の石に向かって導かれる。

 

 言うまでもない、考えるまでもない。

 神が犯した最大の過ち、それは奴を敵に回した事だ。

 

 神の命が、砕けた。

 神の魂が、終わった。

 

「…………」

「…………」

 

 ヤツの絶命により、俺への攻撃は消えた。

 押し潰してきた巨石にも何かが作用していたのか、岩は粉々に砕け脱出に成功する。

 目の前には、体を維持する力の全てを失った遺体が、呆然とそこに佇んでいた。

 

 運が良い……崩れた瓦礫の中に在った、マグル軍のハンドガンを拾う。

 このまま放置しても死ぬだろうが、止めは……俺の手で刺さなくてはならない。

 

「止めろキリコ」

「…………」

 

 足を貫き、立てなくなった神が地獄に堕ちる。

 

「予言を、結実させる気か、止めろキリコ」

 

 腕を貫き、何一つ出来なくする。

 

「今こうなっても世界が滅びぬのは、私が調整しているからだ。

 私が死ねば、滅びは止まらなくなる」

「…………」

「『世界は炎に包まれる』。

 予言はまだ実現していない。

 予言のトリガーを引くのは、他ならぬお前なのだ」

「…………」

「世界を滅ぼす勇気があるか、罪を背負えるか」

「…………」

「止めるのだキリコ、止めるのだキリ───」

 

 何度だって言ってやる、俺を支配しようというなら。 

 

「              」

 

 乾いた音が、虚空に響く。

 既に死んでいた神の、灰色の脳髄が砕かれる。

 

「止めろ……キリコ……止め……ろ……キリ……コ……」

「…………」

「止め……ろ……キ……リコ止……め……ろキ……リ……コ……」

「………」

「わた……し……は……恐い……止め………………恐………い………キ………リ………」

 

 風と共に、霞の様に、灰の様に。

 神を名乗った化け物は、完全に消え去った。

 空を、見上げる。

 全てが終わった空と、核が飛来する、今から終わらせる空を。

 ……俺は、身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処は何処だ、辺りを伺おうにも真っ白な霞に覆われていて、何も見えない。

 俺は死んだのだろうか、でなければこんな場所に居る説明が付かない。

 なら此処はあの世か、地獄にしては殺風景過ぎる、天国にして寒過ぎる。

 本当にあの世だとしたら、何も無く見えない此処は、地獄よりも恐ろしい場所だ。

 

 俺は何かを探す様に歩き出す、此処が俺の想像を越える地獄で無い事を祈って。

 だがどれ程歩いても、霞が晴れる事は無い。

 俺は囚われていた、自由も先も無く、それすら見透す事の出来ない霧の牢獄に。

 手を縛る手錠も、足を引き摺る足枷も無いが、紛れもなく牢獄だ。

 

 歩いて、歩き疲れて、俺はとうとう立ち止まった。

 これがあの世か、これが……俺があれ程求めた世界だったのか。

 体が震える、心が悴む。

 此処で一人で過ごし続けなければならない、それが俺の運命。

 

「……フィアナ」

 

 不意に出た彼女の名前、そうだ、俺は死にたかった訳では無い。

 ただひたすらに、彼女に会いたかっただけなのだ。

 寂しい時も、悲しい時も、何時も目に浮かんでいた彼女に。

 

「…………?」

 

 その時、ふと耳に何かの声が聞こえた。

 こんな場所に、一体誰の声が響いているのか気になり、再び歩き出す。

 

 霞の中、声の元を辿り歩く。

 そこへ向かって歩けば歩く程、霧が薄くなっていく。

 そして俺は気付く、声の向こう側、霞を照らす光の中に、人の影が写り込んでいる事に。

 直ぐに分かった、間違える筈が無かった。

 一人の時も、会いたいと思った時も、光と共に眩しく胸の中に居た。

 

「───フィアナ!」

 

 俺は走り出した。

 もう、俺を捉えていた牢獄は無くなっていた。

 あれは『異能』の檻だったのだ、だがそれはもう俺を運命に縛り付けはしない。

 

「!? 待ってくれ、フィアナ!」

 

 しかし、今度は俺が走る程、彼女は遠ざかって行く。

 もう閉じ込める檻は無いのに、彼女の方が消えて行く。

 どうして、何故居なくなる。

 逃がすまいと、俺は必死で走り続けた。

 

「……この声は」

 

 俺は彼女の声の元へ走っているつもりだったが、違っていた。

 先程からの声は、あいつらの声だったのだ。

 

『キリコ! 起きてキリコ!』

『魔法薬は無いのかハーマイオニー!』

『今探してるわよ! 焦らさないで!』

『……キリコ、約束を破るなんて最低だよ』

『ルーナもそう言ってるぞキリコ、だから……さ、僕だって生きてたんだから……帰って来てよ』

 

 振り向けば、そこに彼女が居た。

 目の前には光と、そこから聞こえるあいつらの声。

 

 ……ああ、そうか、此処まで導いてくれたのか。

 彼女は首を、こくりと動かし、俺を拒絶した。

 

 こんなにも目の前に居るのに、会う事も抱き締める事も出来ないのは、余りにも残酷だ。

 だがそれは仕方が無い、生きている者が死んでいる者を抱けはしないのだから。

 

 済まないフィアナ、まだ俺は生きなければならないらしい、待っていてくれるか?

 ……そうか、ありがとう。

 分かっている、何処までやれるか分からないが、お前と夢見た世界を追い続けるさ。

 

 何時かは会いに行ける、それまで生きてみよう。

 考えた事も無いが、お前の分まで人生を楽しんでみよう……それが、お前の望みなら。

 

 またな、フィアナ。

 俺は懸命に生きよう、俺自身の人生を。

 

 俺は光の先へ歩き出す。

 どれ程長い人生が、残酷な現実が待っていようと。

 何時か来る時に向けて、俺は行く。

 これが運命とあらば、心を決める。

 俺は死なない、俺自身を生き抜くまでは。

 また始まる炎の運命、むせかえる悪夢の世界を、彷徨い続けよう。

 ───また、会えるのだから。




 ハリー・ポッターならでは、ボトムズならではと言える終わり方は何だろうか。
 それが、『蘇りの石』を使う事でした。
 余りボトムズらしく無いかもしれませんが、多くの人々と別れてきたキリコだからこそ、出来たクライマックスなのではないか……と、私は考えています。

 ワイズマンにトドメを刺す時の、キリコの台詞の「 」ですが、これはあるOVAのシーンを再現した奴です。
 往年の最低野郎なら、何が入るかは分かると思います。

 以上で『ハリー・ポッターとラストレッドショルダー』は完結となります、此処までご愛読有り難う御座いました。

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