【完結】ハリー・ポッターとラストレッドショルダー   作:鹿狼

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ハリーVSヴォルデモート決着
キリコの願い(死)が叶う時が来た、よりにもよってこんなタイミングで。


第七十七話 「修羅」

 バジリスクが滅ぼされる少し前のこと。

 怪物に壊されるホグワーツ城内部で、ハリーとヴォルデモートが激突していた。

 

 勝算が無い訳では無い、ダンブルドア先生は僕とヴォルデモートとの間に、深い繋がりが有り、それが僕の力に成ると言っていた。

 ヴォルデモートが生きる限り……僕は死なないと。

 あくまで死なないだけで、無力化されたり拘束される事はある、決して油断してはならないとも言っていた。

 

 甘かった、死なないからまだ勝算があるなんて、どうして思ってしまったのか。

 相手は闇の帝王、今世紀最悪の闇の魔法使い。

 実際は色々ミスを犯している、身の丈に合わない名前を名乗っていると感じていたけれど、力は紛れも無く本物だった。

 

「どうしたハリー! 俺様を滅ぼすのではなかったのか!?」

 

 杖を振る、それだけで嵐が巻き起こる。

 吹き上がる嵐は壁も床も打ち崩し、礫となってハリーを打つ。

 とてもじゃないがプロテゴ一つで防げる量ではない、無様に地べたを転がって何とか逃げおおせる。

 

レヴィオーサ(浮遊せよ)!」

 

 波打つ地面に危険を感じ、自分を浮かせたのは正解だった。

 床に向けて瓦礫や壁が沈んで消える、一帯が底なし沼に変身させられていた。

 しかし浮遊するのもまた狙い、無防備なハリーにヴォルデモートは呪いを叩き込む。

 咄嗟にハリーも、反対呪文で対抗する。

 

「弱い!」

 

 純粋に力が強過ぎる、相殺は出来たが勢いは殺せず、吹き飛ばされて壁に体を打ち付けた。

 左腕で体を受け止めた結果、貫く様な激痛が走る。

 折れたけど、利き腕でなくてまだ良かったのだろうか。

 だが普通なら、此処でハリーは失神なり絶命なりしている筈。

 ヴォルデモートは手加減していた……せざるを得なかった。

 

「……やはり、持て余しているな」

 

 ヴォルデモートは手元の杖を見て、溜息を吐く。

 ハリーと彼の杖は兄弟杖であり、ぶつかると共鳴してしまう為、まともに戦う事すら出来ないのだ。

 こういった事情により、彼は自分のとはまた違う杖を持ち込んでいた。

 自分の魔力に耐え切れず壊れたルシウスなんぞの杖とは違い、超一級と呼ばれる杖。

 それでも尚、ヴォルデモートの魔力の全てを受け止める事は出来ず、全力を振るえなくなっていた。

 

 まあこの杖でも、一方的にセブルスを殺せたのだ、ハリーならこれで十分だろう。

 当然手加減などしないがな!

 再び杖を振るうヴォルデモート、痛みに呻きながらハリーも立ち向かう。

 

 魂が繋がっている影響故に、ヴォルデモートが放つ呪文は分かる、反対呪文も。

 連動して動く機械の様に、的確に、呪いを相殺。

 それをもってしても、ヴォルデモートが倒れる様子は無い。

 余波の直撃を貰い、全身に傷を作って行く一方。

 知識も魔力も実戦経験も、才能すらヴォルデモートの方が上なのだ。

 

 十の呪いを余裕で放てるヴォルデモートに対し、ハリーは体も精神も酷使して撃ち返す。

 早いとこ倒された方がまだ楽だったろう、なまじ半端に対抗出来る分、長く苦しむ羽目になる。

 

 だがどれ程苦しもうと、倒れる訳にはいかないのだ。

 多くの人々が繋いだ自分の命が、此処で消えては、皆何の為に死んだのか。

 何も無い者には決して分からない思いが、ハリーを繋ぎ止めていた。

 

「そろそろ楽になったらどうだ!」

「うるさい! エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 少し話した事で生まれた隙、ハリーは初めて先手を取った。

 如何に闇の帝王と言えど、杖が無ければ呪文は使えない。

 車に対するハンドルや、パソコンに対するキーボードの様に、無ければ非常に難しく複雑になるのだ。

 屋敷しもべ妖精や、ワイズマンという例外中の例外も居るが、ヴォルデモートはまだ人間のくくりに納まっていた。

 

「……先に撃てた気分はどうだハリー?」

「!!」

 

 ヴォルデモートが背後にベッタリとくっついていた。

 超短距離の『姿くらまし』で、武装解除呪文を躱したのだ。

 先手を取らせたのはワザと、敢えてチャンスを見せてから叩き潰すことで、ハリーを繋いでいた精神的アドバンテージをへし折る為の布石だったのである。

 

「アバダケダブラ!」

 

 振り返ると同時に、目の前に死の呪いの光が在った。

 躱せない、間に合わない。

 本能的に腕を翳すが、当たっただけで死ぬ呪いに対し意味は無い。

 死の未来と、今までの過去がフラッシュバックする。

 

 過去が、廻る。

 最後に映ったのは、キングズ・クロスで出会った父さんや母さん、ハグリッド達。

 ───そうだ、僕は!

 何という皮肉か、確実に殺す為に放った死の呪いによって起きた走馬燈が、彼の折れかけた精神を立て直したのだ。

 死の呪いが弾けるまでの時間が、スローに感じる。

 絶対の危機を前に、ハリーの脳が高速で状況打破の為の思考を行う。

 一発、一発だけなら呪文が撃てる。

 ハリーの脳が出した突破口は、今最も尊敬する男の十八番であった。

 

セクタムセンプラ(切断せよ)!」

 

 切断呪文を()()()()()に向けて撃つハリーに、ヴォルデモートは目を見開く。

 腕を切り離してしまえば、もうそれは自分の体では無い。 

 死の呪いは強力だが、何かに当たれば効力を失う。

 ハリーは、自分の左腕その物を、盾にしたのだ!

 

 今度危機に直面したのはヴォルデモートの方だ、呪いを阻止された彼の目と鼻の先にはハリーの杖が。

 詠唱の暇は無い、痛みを堪えながら心の中で唱えるのは、武装解除呪文。

 ───これは、躱せない!

 思わぬ逆転劇に会った彼だが、即座に突破口を見つけ出す。

 武装解除呪文の光を今まさに発射しようとしたハリーの杖に、直接杖を叩き付けたのだ。

 

「うっ!?」

 

 まるで剣を持ち、鍔迫り合う剣士の様な光景。

 ヴォルデモートはハリーと全く同じ方法を取っていた。

 無言で唱えた武装解除呪文を、ハリーの杖に直接ゼロ距離で叩き込む。

 数コンマの間に無言詠唱出来るだけの力を、彼は持っていた。

 杖同士で激しくぶつかった武装解除呪文は、お互いを吹き飛ばすという結果を出した。

 

 杖も、二人も宙を舞う。

 この状況の場合、多少だが杖無し呪文の心得のあるヴォルデモートの方が速い。

 簡単な呪いしか出来ないが、動きを鈍らせるぐらいなら出来るだろう。

 それこそ一年で習う様な、簡単な呪いをハリーへ浴びせようとする。

 

 ところが、この呪いは、誰にとっても予想外の偶然によって遮られる。

 呪いは、突如乱入して来た、青いウサギに遮られたのだ。

 

「ルーナの守護霊!?」

 

 何故彼女の守護霊が此処に居るのか、それはハリーに危機を伝える為。

 メッセージを託されたウサギが、小声でハリーにだけ聞こえる様に呟いた。

 『窓の外へ逃げて』と。

 地面を転がりながら杖を掴み、外へと飛び出す。

 疑問に思う余地は無かった、彼はここぞという時の決断能力に長けていた。

 

 何故外へ、ヴォルデモートは何かしらの意図を感じ、逃がすまいと杖を取り、呪文を放つ事を優先してしまった。

 その時だったのだ、ネビル達がバジリスクを押し潰す為、ホグワーツ城を崩壊させたのは。

 ルーナは内部へ居るであろうハリーを、作戦の巻き添えにしない為に、守護霊を飛ばしたのだ。

 

「何だと!?」

 

 城の外へ飛び出たハリーは、石の雪崩に巻き込まれてはいたが、質量の直撃を免れた。

 逆に室内に居たヴォルデモートは、質量の暴力に晒される羽目になった。

 城と雪崩れ込んだホグワーツ湖とは別、城があった跡地に倒れ伏す。

 

 ……止んだか?

 そっと目を開け、右手で瞼を擦りながら周りを見渡す。

 そうか、皆があのバジリスクと闘ってこうなったのか。

 ホグワーツ城は綺麗さっぱり消え、かつては橋が架かっていた谷底に城が引っ掛かっている。

 肝心の城も、決壊したホグワーツ湖の水ごと、凍結させられていた。

 

 状況を理解し、冷静になるに連れ、切断した左腕の痛みが鋭くなる。

 何とか止血だけでもしようとするけれど、杖が無いので出来ない。

 

 今ので何処かへ行ってしまったのか、何処にある!?

 当たりを見渡すと幸いにも、近くに僕の杖が転がっていた。

 急いで取りに行こうとした瞬間、ヴォルデモートが瓦礫の中から現れた。

 

 あの崩壊の中無傷である事に驚くハリー、ヴォルデモートは膨大な質量の直撃を、ただのプロテゴ一つで正面から受けきっていたのだ。

 杖を拾おうとしている事に気付き、すぐさま呪いを放つ。

 

 ハリーは走った、僅か数メートルの距離だが、人生で最も速かったと断言できる程に速く。

 命どころか人生の掛かった一瞬に目覚めた、ハリーの全力。

 予想を上回る速さに、移動先を予想して撃ったヴォルデモートの呪いは、ハリーの少し後ろに着弾した。

 

 ハリーが、杖を取る。

 視界には杖を構えるヴォルデモート、ハリーは何も考えずに呪文を撃った。

 考える時間が無かったから、故に唱えたのは、自分が最も得意とし、頼りにしてきた呪文。

 自分の命運を託すのに、相応しい一手。

 

 対するヴォルデモートも、考えずに呪文を撃った。

 何よりも確実に葬り去る為に、全てを排して来た、自身を帝王に押し上げた呪文。

 完全無欠を証明する為に、相応しい一手。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!!!」

「アバダケダブラ!!!」

 

 赤と緑の閃光、本来拮抗する事は無い呪文は、魂の繋がりによって激突した。

 しかし、拮抗は僅か。

 威力も、元と成る魔力も、全てが格上のヴォルデモート。

 巨木が中央から割られる様に、武装解除呪文が押し込まれて行く。

 

「これで何もかも終わりにしてやろう! ハリー・ポッター!」

「……ッ!」

 

 諦めるか、諦めてなるものか!

 死に行く一瞬まで諦めぬ勇気が、ほんの僅かだが呪いを押し返す。

 その光景を見たヴォルデモートが、本気を出す。

 自分自身の持つ、この後神と闘う為の魔力全てを、この一撃に込める。

 

 七つの分霊箱を作る程の圧倒的魔力の全てが込められた死の呪いが、ハリーの目と鼻の先まで迫った。

 これで俺様は勝利し、証明する。

 俺様が完全無欠にして唯一絶対なる存在だと!

 

 だが、ハリーは、唯一では無かった。

 それこそがトム・リドルを滅ぼす、トドメになった。

 

 バキン

 

 ───何だ、何の音だ。

 力が抜けて行く感覚に、彼は襲われた。

 答えは、手元が。

 手元の、根元から裂けた杖だった。

 

 自分に合わない杖を使ったから。

 魔力に耐え切れない杖で、全力を出したから。

 死の呪いに、更に力を込めたから。

 

 この結末を引き起こした原因は、杖の傷。

 何十か所にも付けられた、切断呪文(セクタムセンプラ)の傷跡。

 それが、杖が自壊する原因となった。

 

 ヴォルデモートは負けたのだ、ハリーだけでなく、彼を支えたスネイプ……いや、数多の人々の意志によって。

 

 杖が折れれば、呪いは逆流する。

 ハリーが吼えた、この一瞬に全てを賭けた。

 

「うわああああああああ!!!!」

 

 死の呪いが、武装解除呪文が。

 杖を無くした裸の帝王に、直撃した。

 彼の命を繋ぎ止める物も、守る物も、もう無い。

 トム・リドルは、此処に敗北した。

 

 武装解除呪文によって、吹き飛ばされるトム・リドル。

 ……勝った、のか?

 自分自身が信じられず、彼に近づくハリー。

 

 そこに響く轟音に、ハリーは空を見る。

 灰塵と化し、死体に還るバジリスク。

 力尽きる皆の姿と、粉々に砕ける、ネビルの掲げる剣。

 皆も、勝ったんだ。

 彼等の状況は全く知らなかったが、それだけは分かった。

 

「……ハハハ」

「ッ!?」

 

 突然の笑い声に、彼は戦慄する。

 まさか、死の呪いが逆流していて生きているのかと。

 

「ハハハハハ! クハハハハハ!」

 

 いや、違う。

 杖が折れた事で、不完全に逆流した死の呪い。

 結果一瞬で殺すのでは無く、時間を掛けて確実に死へ向かう呪文へと変化していたのだ。

 結果は変わらない、ヴォルデモートは死ぬ。

 では何故、笑うのか。

 

「聞こえるかキリコ、ワイズマン、実験は成功した、神の野望は潰えた!」

 

 掠れる様な声だと言うのに、世界中へ響き渡っている様な錯覚に襲われる。

 実験とは何だ、こいつは何をしようとしているのだ。

 

「俺様以外の不死は許さない……神の支配も許さない……俺様の、最後の足掻きを見るが良い……!」

 

 何かをしようとしている。

 止めようとするが……間に合わない。

 呪文は既に仕掛けられていた、起動だけなら杖が無くとも出来た。

 

レフィーヌス(永久に絶えよ)!」

 

 最後の悪足掻きと共に、彼は動かなくなった。

 風と共に消えるトムを、僕は見送る。

 そして願う、どうかキリコが、こいつの悪足掻きに……勝てる事を。

 

 今此処に、一つのカーテンコールが降りた。

 

 

*

 

 

 ───脳裏に聞こえる、ヴォルデモートの声が。

 目の前で足掻くワイズマンの様子を見るに、ヤツも同じらしい。

 だがそんな事を気にしては居られなかった。

 今俺は、自分という存在が、根底から崩れた様な感覚を味わっていたからだ。

 

 今さっき俺は、巨大な落石に胴体を貫かれた筈だ。

 なのに、今は無傷で立っている。

 馬鹿な……だが、この程度では済まなかった。

 

 不意に落ちてきたバジリスクの骨の牙が、首元に刺さる。

 毒は一瞬で全身に回り、俺の意識は暗転した。

 

 

*

 

 

『……異能生存体とは、どんな状況でも生き残る力だ』

 

 ───ヴォルデモートの声に、意識が覚醒する。

 首元に牙は刺さっていない、毒の痛みも無い。

 

『肉体を寿命まで、精神を永遠に』

 

 訳が分からない、白昼夢を見ている気分だ。

 分かるのは、全身を這いずり回る、想像を絶する悪寒だけ。

 

『……しかしそれは、放っておけば確実に死ぬ状況に限られる』

 

 そうだ、それは俺も知っている。

 何度も繰り返した、異能の発動を調べる実験によって。

 何故こいつが、いやペールゼン・ファイルズでか……?

 

 俺の思考は、埋められていた地雷を踏んでしまった事で絶えた。

 千切れ飛ぶ体ごと。

 

 

*

 

 

『故に考えた……放っておいても死なない呪文なら、死ぬか分からないならどうだと』

 

 ───まただ、また意識が戻った。

 全身が飛ぶ感覚は覚えているのに、体は無傷その物。

 

『確実に因果を操るには……曖昧な状態なら、力は振るわれないのではないかと』

 

 嗚咽する、穴の空いた腹が、毒の痛みが、千切れ飛ぶ衝撃が。

 あれが現実だったと教えてくれるのに、現実では生きている。

 

『死んでも、確実に生き返らせる呪文なら、影響を受けないのではないか。

 生き残る可能性が100パーセントなら、異能は起こらないのでは』

 

 死に掛けるのは慣れているが、こんな短期間で死に続けた事は無い。

 俺の精神は、猛烈な勢いで疲弊していた。

 

『仮に死ぬとしても……何時、どうやって死ぬのか曖昧なら、発動は阻止されないのでは。

 時間も理由も分からなければ、どの因果を操れば良いかも分からないのだから』

 

 疲弊した心が、凍り付く。

 崩れ出す瓦礫に、突如空いたクレパス。

 俺は谷底へ落ち、全身の骨が砕けて死んだ。

 

 

*

 

 

『もう一つの疑問は、異能生存体が何故……複数人居ないかだ。

 250億分の1とはいえ、神が君臨していた3000年で、キリコ一人しか何故居なかったのか』

 

 ───また、生きている。

 何故、どうして。

 いや、薄々分かっては来た、俺に何が起きたのか。

 ヴォルデモートが、何をしたのか。

 

『……異能生存体の多くは、精神的に疲弊している、度重なる臨死体験や……自分だけ生き残る罪悪感によって。

 例え死んでも……異能の力によって、別の世界で生きる』

 

 恐らく、ダンブルドアの墓での戦い。

 津波を乗り越える為に、俺自身を石化した時、撃ち込まれた二つの呪文。

 一つは、ワイズマンの目の前に出現する為の、移動鍵化の呪文だった。

 

『此処に矛盾がある……精神的に疲弊した異能生存体が、異能の力によって転生し、更に苦しむ。

 何れ精神的な死を齎すだろう……この場合、死の原因は……何だ?』

 

 もう一つが、今俺に起こっている地獄の原因。

 ヤツは本気だったのだ、本気で俺を殺そうとしていたのだ。

 

『異能生存体だ……異能の力そのものが、生き残らせ過ぎる事により、精神の死を招いているのだ。

 なら……これを回避する方法は……原因を取り除く方法は……』

 

 道理で、異能の力が無くなっていると感じる訳だ。

 現に、この力は消えつつあるのだろう。

 

自己破壊(アポトーシス)、それ以外には無い。

 異能生存体に寿命は有ったのだ、魂のテロメアが、限界点が、異能が自壊するタイミングが』

 

 今度は何だと言うのか、不意に足を滑らせた俺は、火炎放射器の上に転倒した。

 体が、焼かれる、熱い、痛い。

 まるで……あの時の様な……

 

 

*

 

 

『これはそれを、早める呪文』

 

 ───トラウマを抉られながらも、俺は生きている。

 生き返らせられる、生かされている。

 

『異能生存体のDNAコードを媒介に……一度作動させれば、周りの因果を巻き込み……殺し続ける。

 だがその度に、強力な治癒呪文で……強制蘇生させるのだ。

 蘇生するのだから、異能は起こらない。

 何時死ぬか……ひょっとしたら死ぬまで耐えきるかもしれないのだから、確実に死ぬとは言い切れないのだから、阻止も出来ない。

 何故死ぬかも分からないのだから、因果も操りようがない』

 

 俺はもう、呆然とヴォルデモートの話を聞いているだけだった。

 何故丁寧に説明しているのか……ああそうだ、神に一泡吹かせるとか言っていたな。

 説明しなくては、一泡吹かせられないか……

 

『肉体的には絶対に死なず、精神が何時死ぬかは……本人次第。

 DNAを基盤にしている以上、呪文を解く方法は……コードを改変するしかない』

 

 俺は、思わず笑ってしまった。

 死ぬ為に来たホグワーツで、死に方を見付ける事が出来ず、見付けたのがあのヴォルデモートで、今まさに死に掛けているとは。

 

『俺様の魂の破片と……異能の力を併せ持つグリフィンドールの剣が……この仮説を証明してくれた。

 あの剣が砕けた事が、何よりの証明だ……』

 

 確かに、バジリスクの体当たりや毒の牙、普通なら耐えられない直撃を受け続けていた。

 そうか、気が付かない間に修復……いや、蘇生させられていたのか。

 

『幾度となく死に掛ける痛みは、お前の精神を削り取る。

 限界に達した時……原因である異能は自壊する。

 ざまあ見ろワイズマン、貴様の夢は……此処で潰えたのだ。

 さらばだキリコ、地獄で待っているぞ……』

 

 それを最後に、ヴォルデモートの声は聞こえなくなった。

 ふらつく足取りを支えながら、目の前に居る神だったモノを見る。

 

「……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なバカナバカナバカナバカナ」

 

 そこに、神を僭称したモノは居なかった。

 あったのは十重二重の計画を、そもそもの根本、目的とした全てから台無しにされ、存在意義を失いかけた化け物でしかない。

 

 何故こうなったのか、ヴォルデモートよりも遥かに強く賢い筈のワイズマンが見付けられず、何故ヴォルデモートが異能の殺し方を見付けられたのか。

 それは執念の差だろう、俺を取り込もうとしていたワイズマンは、本気の殺意を乗せる事が出来なかった。

 神とは違いヴォルデモートは、己の全てを持って俺を殺そうとしていた。

 神如きの野望よりも、化け物と称される人間の執念が勝ったのだ。

 

 ならば俺も、執念を見せなければならない。

 今も何時死が襲い掛かって来るのかと、俺は間違いなく怯えている。

 本当の死の痛み、実感、恐怖、一生に一度しか味合わない筈の、初めて感じる感情は、間違いなく恐ろしかった。

 

 だが、恐怖に潰れてはならないのだ。

 潰れるにしても、目の前の化け物を殺すまでは、潰れられない。

 俺達の全てを利用して来た神に、報復をしなければならない。

 渦巻く怒りを、此処で晴らす。

 

 そしてケジメを付けなくてはならない、偶然だったとしてもワイズマンをこの世界に入れてしまったのは俺のせいだ。

 俺自身が意図した事で無くとも、この世界を歪めた責任は取らなければならない。

 壮絶なる決意を胸に、杖を構える。

 ニワトコではない、長年連れ添った、アーマーマグナムの次に頼れる、吸血樹の杖。

 

 ……どうかヤツを殺し切るまでは、異能が、俺の精神が持つ様に祈る。

 野望をへし折られた神が、狂気に逃げ込んだ果ての慟哭を吐いた。

 

「滅ぼさなければならない! 神の居ない世界などあってはならない! 私は神のままでなくてはならない!」

「……言いたい事はそれだけか」

 

 酷い醜態に、俺は神を僅かだが憐れんだ。

 人生の全てを賭けた野望を潰された結果が、ああなのかと。

 自業自得とは言え、暴論に走るしか無くなった超越者の姿に。

 

「キリコ! 貴様は、まだ私の意にそぐわぬというのか!?」

「当たり前だ」

「ならばもはや無用! 異能の力を無くしたお前は、ただ私の望みに歯向かう悪魔に過ぎない!」

 

 今更悪魔か、まあその方がやりやすい。

 同情も憐れみも無くし、殺意だけを残したと同時に、ワイズマンが爆発する。

 爆発と見間違うかの様に、全身から放たれる呪いの光だ。

 だが、さっきまでのバジリスクよりも、ダンブルドアと闘っていたよりも、数も質も弱い。

 賢者の石を三つも失った弊害は、かなり大きく出ていた。

 

プロテゴ・マキシマ(最大の防御)

 

 あの時は防げなかったが、今なら受け止められる。

 防御不能である死の呪いだけを的確に回避し、呪文を防御する。

 それでも圧倒的、津波が大嵐に下がった程度の違い、人が受けきれる物ではなく、反撃をする余裕は無い。

 

 なら糸口を掴むだけだ、こういう時に便利なスタングレネードをそっと転がす。

 ワイズマンは直ぐに気付き、石化呪文で無力化しようとする。

 それを見越していたキリコは、呪いよりも早くグレネードを誘爆させた。

 

エクスルゲーレ(爆弾作動)

 

 炸裂するスタングレネードが、神の目を潰す。

 これで大きな隙は……生まれない。

 ワイズマンが依代としているのは死体に過ぎない、故に潰れた目を廃棄し、新たな眼球を生成すれば良いだけの事なのだから。

 掛かる時間は0.3秒程度、隙というには短すぎる。

 

 しかしキリコには十分、ガンマンの早打ちの様に、速度に優れる貫通弾頭を発射した。

 無言で撃ったので、詠唱するより更に早い。

 弾丸が、間違いなく体にめり込んだ。

 

「ぬううううう!!」

「…………!」

 

 めり込んだが、賢者の石には届かなかった。

 ワイズマンは自身の体の中をコントロールする事で、弾を別の方向へ誘導したのだ。

 此処まで追い詰めても、この強さか!

 驚くキリコに向かって、神が必殺の一撃を撃つ。

 

「死ぬがいい!」

 

 キリコの周り全てを、まるでバリアーの様に、剣が取り囲んだ。

 ただバリアーとは違い、剣が全て内側に向いている。

 変身呪文をやったに過ぎない、空気中の水分子を変身させただけなのだ。

 

 全身に、脳に心臓に五臓六腑に突き立てられる剣。

 咄嗟の姿くらましも間に合わず、キリコは死んだ。

 

 

*

 

 

 ───死んだが、ヴォルデモートの呪いによって息を吹き返す。

 確かな死の感覚から、持ち直すのには時間が掛かる、だがワイズマンが待ってくれる筈も無い。

 俺は相手の様子も確認せず、地べたを無茶苦茶に転がった。

 

 その後に、俺を刺殺した剣が突き刺さる。

 直ぐ動いていなければ、また死んでいたという訳か。

 やはり強いと、相手の危険さを実感する。

 むしろ手加減を止めたワイズマンは弱化しているにも関わらず、今までよりも強く感じる。

 

 距離を取るべきだと、俺はまた転がる。

 全身に礫や棘が刺さるが、立つ力すらまだ回復しない以上どうしようもない。

 廻る視線と何かを巻き込む感覚の中で、俺は岩陰に逃げ込んだ。

 

「何処へ行っても無駄だ!」

 

 ワイズマンが空へ浮かぶ、上空からなら何処から見てもすぐ発見出来るからだ。

 今の内に状態を立て直さねば、治癒では無く精神に作用するタイプの、気付け薬を飲み干す。

 周りは酷い有様だ、俺達は谷底に横倒しで引っかかっているホグワーツ城の上に居た。

 あの作戦で雪崩れ込ませ、凍結させたホグワーツ湖の水で、今は持っているが……あと数刻で、城ごと奈落へ真っ逆さまか。

 それよりも前に、世界中の核で全部更地になるだろうが。

 

「上手く隠れたものだ、なら纏めて消滅させる!」

 

 ワイズマンが手を振り翳し、天災を起こす。

 キリコは疑問に思った、どうした、俺の方からヤツの姿は見えているのに、ヤツの方から見付けられないのか?

 そこでキリコは、神が見付けられなかった原因に気付く。

 

 何故これが此処に、さっき転がった時何かを巻き込んだ感覚があったが、その時か?

 推測する時間は無かった、既に空にはワイズマンの起こした天災が、白い光が爆発していたからだ。

 あれを見てはならない!

 直感に従い、目線を光から逸らす。

 

 だが意味は無かった、あの光はソドムとゴモラを滅ぼした、神の兵器だったのだから。

 

 

*

 

 

「……そこに居たか」

 

 ───キリコは、復活していた。

 形容し難い感覚が、彼の身を包む。

 俺は……今どう死んだんだ?

 その答えは、足元の死体……だった物が教えてくれた。

 

 塩だ、人の死体が塩に変わっていたのだ。

 まさにソドムとゴモラ、俺は塩にされて死んだのだ。

 

「……まだ朽ちぬのか! キリコ!」

「…………!」

 

 塩になって死ぬという悍ましい感覚をフラッシュバックさせながらも、キリコはスモークグレネードを投げて誘爆させた。

 こんな物は目晦ましにもならない、隙は作れない。

 それは重々承知、キリコがグレネードを投げたのは、最後の一撃を用意する為。

 

 バジリスクを倒した時に拾った、()()()の残骸で作った弾丸。

 西洋では狼男や悪魔を滅ぼすと伝えられる、アーマーマグナム用の予備弾頭を手に取る。

 それを、ワイズマンがキリコを()()()()()()()()()()に、包み込み、手で握った。

 

 布石は間に合った、だがその瞬間キリコは再び死に掛ける事となる。

 煙を破って現れたのは、最後の審判で現れるイナゴの群れだった。

 最初に出した時より遥かに少ないが、キリコ一人を喰うには十分な数。

 

 噛まれた傷が更に広げられ、そこから血管の中を食い破って行く。

 感じた事も無い激痛に、キリコは遂に悲鳴を上げた。

 

 おかまいなしに迫るイナゴに向かって、切り札として取って置いた最後の悪霊玉を放つ。

 燃えながらもイナゴは迫るが、届く前に朽ち果てる。

 だが体内のイナゴは除去不能、ただの呪文では自分に当たってしまうからだ。

 

ワシ……ディシ……(逆詰め)

 

 何かに詰められた物を詰めた物に詰め返す。

 滅多に使われない呪文を、キリコは唱えた。

 血管に詰められたイナゴは摘出され、これを召還したワイズマンに詰め替えされる。

 最も……死体である彼に意味は無い。

 

「アバダケダブラ!」

「…………!」

 

 炎を割って現れたワイズマンによって、キリコは再び殺された。

 暗転する意識は、じきに明転するだろう。

 絶対に生き返られるという最悪極まった安心感の中、キリコは思う。

 

(死んで、生き返って、死ぬ。

 今まで無い程に短く行われる死のサイクルに、俺は追い詰められていた。

 一歩一歩処刑台へ向かう死刑囚の様に、俺の魂は削り取られていく。

 だが、何より恐ろしいのはそこでは無い。

 やっと、やっと死ぬ事が出来る。

 やっとフィアナに会いに行ける。

 踏みしめる事に強くなっていく、死ねる事への歓喜は、神を殺せない無念よりも、どんどん強くなって行く。

 待ち望んだ安らぎが、何よりも恐ろしい)




一人の男と、数多の戦士が、銀河の闇を星となって流れた。
一瞬のその光の中に、人々が見たものは、愛、戦い、運命。
いま、全てが終わり、駆け抜ける悲しみ。
いま、全てが始まり、きらめきの中に望みが生まれる。
最終回「流星」。
遙かな時に、全てを掛けて。




異能の特性おさらい
・肉体及び精神を生かす、キリコが転生した理由。
・確実に、何故(原因)死ぬのか分かっていれば発動。
・生き残らせ過ぎると精神的に死ぬ、故に原因である異能は自壊する。

レフィーヌス 永久に絶えよ
・肉体的には絶対に死なないので、異能は発動しない。
・死ぬかどうか自体本人次第なので、阻止ができない。
・何時精神が壊れるか分からないので、因果(原因)も操れない。
・DNAが呪文の発動元、DNAの書き換え=自壊をしなければ、終わらない。

 要するに、『精神崩壊するまで仮死→蘇生を繰り返す』と考えればOKです。

 この異能の特性ですが、そもそも異能なら精神的にも生存させるんじゃないか……という、本作の根幹設定だからこその設定です。
 実際に魂も生存させるのか、原作では分からないので、この特性はあくまで本作だけの設定であり、原作とは無関係です、ご了承下さい。

 ……ついでに、呪文は発動しましたが、『異能』が()()()喰らった可能性を示しておきます。

 次回、遂に最終回。

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