『御覧下さいこの光景を、タワーブリッジやロンドン橋は崩れ落ち、跡形もありません。』
『たった今、アメリカ大統領の遺体が確認されました、また多くの政治家が死亡しており、今後の対策すら立てられていません』
『犠牲になった国民の皆様に対し、黙とうを……』
『我が国へ撃ち込まれた核に対し、報復を行うかの結論はまだ……』
ラジオから聞こえる、冗談のようなニュース。
これはそうだ、お昼時のSF番組に違いない。
そう信じたい、そう信じていたい。
しかし、SF番組にヴォルデモートの名が登場する筈がない。
「ダンブルドア! これは一体……!」
「ミネルバ、生徒を大広間に集めよ、他の寮監の先生方もじゃ」
指示に従い走り出す教員達を見送り、キリコ達も歩き出す。
だがダンブルドアもスネイプも、その動揺を隠し切れてはいなかった。
「何故じゃセブルス、報告によればマグル作戦の決行はまだ先だった筈」
「我輩に警戒して計画を早めたのでしょう、我輩はまだ信用されておりませんので」
二重スパイスネイプはまだヴォルデモートに信用されておらず、スパイの可能性を疑われている。
彼が信用を得れるのは後に行われる、ダンブルドア暗殺計画の後なのだから。
「計画に先んじて、対策を進めていたのじゃが……間に合わんかったか……」
「……魔法省の足が遅いのは、どの国でも同じです。
特に校長の場合、去年のアンブリッジによるネガティブキャンペーンがまだ尾を引いております」
「最早計画は止められぬ、このままでは世界は終わるじゃろう」
ダンブルドア達の会話を黙って聞いているキリコもまた、動揺していた。
まさか、これが、"予言"の時なのか。
異能者の予言に書かれた、世界が炎に包まれるという一文。
今正に世界は核の炎に包まれようとしていた。
……だが、本当に核で包むのだろうか。
ヴォルデモートの目的はマグルと穢れた血の根絶、しかし放射能汚染が進めばそれどころではない。
「いえ、世界そのものを終わらせる気はないようです」
「どういう事じゃ」
「闇の帝王はマグル根絶までは考えていないご様子、純血だけで社会を回すのは不可能だとご理解なされているのでしょう」
言うまでも無く純血の数は非常に少ない。
彼等以外が全滅したら、社会はどうなるか。
食料は作れない。
秩序も回らない。
本心では絶滅を願っていても、現実はそうとは許してくれないのだ。
「帝王は放射能を取り除く魔法を開発なさいました、暫く経った後、自分達に平服する者達にだけこの呪文をお掛けになる模様」
「……そして人々の対立はより深まる、という訳じゃな」
核戦争、放射能汚染すら利用するヴォルデモートに、キリコはもはや感服するしかなかった。
絶滅ではないが、純血以外の全てが純血を支える社会。
成程、ヴォルデモートの理想だな。
「ともあれ、まずは生徒達を少しでも安心させねばならぬ」
「ええ、これに乗じ騒ぎ出す愚か者もおりますでしょうし……」
そうして大広間に集められた生徒達だが、存外にも彼等は落ち着いていた。
いや、理解できていないのだ。
余りにも非現実的、余りにも滑稽な、余りにも無茶苦茶な現実に。
ならば、今の内に安心させねばならぬ。
ダンブルドアが語り出す。
「皆の者、よく聞いて欲しい。
先程の空に映し出された光景は、残念じゃが全て真実じゃ」
真実、現実、それが生徒達に叩き付けられる。
「これから先、マグル達による魔女狩りが始まるじゃろう。
裏切り者を暴き出し、背教者を罰する為に。
じゃがその中に皆はおらぬ。
長年その目を誤魔化し続けた儂等を捉えることは、決してできぬのじゃから」
少なくとも自分達が標的になることはない。
その事実は、ほんの些細な多少ではあるが、彼等を安心させるのには十分である。
「その分、マグルの凄惨な殺し合いを目にするじゃろう。
親を疑い、子を売り飛ばし、友と殺し合う。
まさしく地獄のような光景を、嫌でも目にするじゃろう。
そしてマグルを、恐るべき悪魔と蔑むじゃろう」
そして親マグル派は悉く消え、闇の陣営がその根を伸ばす。
マグルへの疑いは土を肥やし、根が深く張られるのだ。
「じゃが、それこそがヴォルデモートの狙いじゃ。
マグルを両親に持つ者達に尋ねたい、君達の両親は、そのような者じゃったか?
マグルの友を持つ者達に尋ねたい、君達の友は、そのような者じゃったか?
マグルと関わりのない者達に尋ねたい、君達はマグルのことをどれ程知っておる?」
何故、相手を敵と断定できるのか。
何故、魔女と断定できるのか。
何故、何も知らないのに、断定できるのか。
「君達は知っている筈じゃ、親の愛を、友との友情を。
君達は知らぬ筈じゃ、マグルの素晴らしさを、儂等と何ら変わりないことを。
今、こうして起こっていることはマグルだから起きておるのではない、人が人じゃから起きておるのじゃ。
ヴォルデモートが猛威を振るっておったあの頃、世界は闇に包まれておった。
誰に服従の呪文が掛けられておるのか、誰が脅されておるのか。
誰も信じられず、お互いを売り合う時代が、儂等にもあったのじゃ」
あの暗黒時代、それは服従の呪文の全盛期でもあった。
家族か、友か、赤の他人か。
誰もが誰もを疑う、そう、正に今の様な時代が確かにあったのだ。
「しかし、儂等は乗り越えた。
確かに一度、その悪夢を乗り越え、平和を勝ち取ったのじゃ。
今のマグル達も同じじゃ、必ずやこの暗黒を乗り越えることができる。
絶望してはならぬ。
悲観してはならぬ。
ましてや、軽蔑などあってはならぬ。
信じるのじゃ、皆が知る"友情"を、そして"愛"を」
マグルだから魔女狩りが起きたのではない。
魔法族でも魔女狩りは起きたのだ。
なら我等は同じ、人間なのだろう。
なればマグルもまた、魔法族同様平和を勝ち取れるのだろう。
「憎むなとは言わぬ。
疑うなとも言わぬ。
しかし、それでも尚信じなくてはならぬのじゃ。
それこそが、儂等が"人"であり続ける為に、絶対に守らねばならぬ一線なのじゃから」
どうか化け物にはなるなと、人であれという願い。
届いたかどうかは分からないが、生徒達を落ち着かせることだけはできた。
「マグルの世界で暮らしている親が居る者は教員方に申し出よ、直ちにその者等を保護する制度を作るのでな。
また休暇の間も迂闊にであるかず、魔法は決して使用しないよう心掛けよ」
かくしてホグワーツ内の混乱は一先ず収まる事となった。
だが世界の混乱、否、戦争は収まることはない。
この戦争の終わりは、予想もできぬ程に遠いのだから。
*
マグル作戦から数週間後、世界は混迷の一途を辿っていた。
アメリカは南北に分裂し、第二次南北戦争が勃発。
ロシアでは魔女狩りが再燃し、かつての大粛清を繰り返している。
これと同じ規模の虐殺と混乱が、世界中を包んでいた。
……この嵐の中で、ホグワーツが無事なのは奇跡と言ってもいいだろう。
と言うより、マグルがどう頑張っても魔法使いを殺す事は出来ない。
多くの結界により、侵入どころか探知さえ防いでいるのだから。
混乱の最中、俺は……荒れ狂う海に浮かぶ、岩礁に立っていた。
空を見れば曇天、海を見れば猛獣。
此処だけ周囲と、空気が違っている。
「……ヴォルデモートの
推測するダンブルドアが洞窟に向かって歩き出し、後ろに追従する。
そう、俺はダンブルドアと共に、分霊箱の下見に来ていたのだ。
「済まんのう、手伝って貰ってしまって」
「……気にするな」
ダンブルドアは探索や調査の果てに、此処に分霊箱の一つが在る事を突き止めたのだ。
そして此処に気付く切っ掛けになったのが、ヴォルデモート自身の記憶。
「ハリーとの個人授業でトムの記憶を何回か覗いていたのじゃが、幼い頃のあやつがこの洞窟を訪れていた事が気になってのう」
結果行ってみた所、遠目に分霊箱らしき物体を確認したのである。
ダンブルドアは最終的に、ハリーと共にこれを奪取する腹積もりだ。
当然キリコは尋ねる、何故ハリーと行くのかと。
「……それを確かめる為に、おぬしと来たのじゃよ」
「……そうか」
訝しむキリコだが、今回は彼の正直さを信じる事にした。
彼は事前に聞いている、自分が呼ばれたのは、ある種の人柱としてだと。
「……分霊箱には、多くの罠が待ち構えているじゃろう。
しかし儂等は何としても奪わなければならぬ、故に……お主に来てもらったのじゃ」
「……罠の情報を持ち帰る為か」
「……そうじゃ」
キリコは生き残る、何が起きようとも。
故に此処にどんな罠が在るか確かめ、情報を持ち帰るには最適な人員。
ダンブルドア自身が行くリスクは避けたかった、彼にはマルフォイを救う使命が残っていたからだ。
しかしそれは、キリコに毒見役に成れと言ってるのと同じ。
ダンブルドアは当初、少し誤魔化して言おうと考えたが……直ぐに止めた。
キリコは自分が守る童でも無ければ、導かねばならぬ存在でもない。
対等に接するべき、一人の戦士。
……何れにせよ断る筈が無い、という計算をしていた事も含め、全部キリコに伝えたのである。
結果、キリコの協力を得る事に成功したのだった。
「ところでダンブルドア軍団の調子はどうじゃ?」
何時までもこんな腹黒い話題をしたく無いのはお互い様、一応聞いておきたかった事でもあるので話を変える。
「概ね順調だ」
あれから数か月、最大の課題かつ問題点だった体力は殆ど解決した。
全員正規軍人程では無いが十分な体力と、十分戦い続ける事が出来る魔力を獲得。
これなら、延々と簡単な呪文を撃ちつつ逃げ続けるという、ゲリラじみた戦いが可能になるだろう。
「成程、今はどうしておる?」
「……個人個人での特訓が主だ、俺の出番は殆ど終わっている」
例えばハリーなら、兵士を鼓舞する英雄といった役割だ。
生き残った男の子という知名度も、追従する実力も十分。
その為、純粋な戦闘能力の強化がメインになっている。
ロンは、チェスの才能から派生した戦略の予測能力。
即ち、指揮官としての役割が適していると判断。
全体を見渡す能力と、素早い思考能力の強化に努めている。
ハーマイオニーは当然、指揮官であるロンの参謀だ。
今日も彼女は図書館で、戦略書やら何やらを読み込んでいるだろう。
「そうか、何にせよ生き残る力が付いたのは何よりじゃ……ありがとうキリコ」
「……お前はどうなんだ」
「うむ、個人授業は順調じゃ……先日ハリーが、遂にスラグホーン教授の記憶を手に入れてくれたのじゃ」
ヴォルデモートを滅ぼすのに、スラグホーン……トム・リドルに分霊箱の存在を教えた彼の記憶は、非常に重要であった。
そこから分かった事実、分霊箱は本人の命を含め『七つ』存在しているという事。
「……それは俺のお袋が残したメモで分かったんじゃないのか」
「確かにそうじゃが……言い難いのじゃが、あのメモには根拠が無かった。
相手は仮初とはいえ不死を得た存在、根拠と確証の無い情報で動くのは、危険なのじゃよ」
「…………」
言っている事は分かるが、事実自分の母親の努力を無駄にされたのと同じ。
キリコにしては珍しく、不快な気持ちを余り隠さなかった。
「……それ以外にも理由は有る、ハリー自身に分霊箱が『六つ』だと印象付けたかったのじゃ」
キリコは不信感を更に高めた、ダンブルドアは説明していない、何故『六つ』と印象付けなくてはならないのか。
「……済まぬ、それだけはどうしても話せぬ」
「…………」
「話した方が良いのは分かっておるが、話せば全てが瓦解し、最悪ハリーが戦いから逃げてしまう可能性もあるのじゃ。
無論あの子がそんな、儂の様な臆病者でない事は知っておる、しかし……儂はどうしても、恐れてしまう」
……何故印象付けなくてはならないのか。
それは、ハリーに時が来るまで悟られてはならないから。
万一気付かれれば、自分の運命に恐怖するかもしれないから。
ハリーは、ヴォルデモートに殺されなくてはならないという運命を。
分霊箱は、合計『七つ』存在してしまっているのだ。
幾つもの分霊箱を作った事により不安定になった彼の魂は、ハリーに殺された時、一瞬だが散らばってしまった。
その時、一部が引っ掛かってしまったのだ。
ハリーこそ、『七番目の分霊箱』だったのである。
一応彼の見立てでは、一度死んでもトムの魂が死ぬだけに留まると推測している。
だが確証は無い、その一撃で彼は死んでしまうかもしれない。
死ななければ、帝王を滅ぼせない。
それを知った時ハリーがどう動くか、ダンブルドアは恐れていた。
その事実が、キリコから伝わってしまう事も。
「……時が来れば、おぬしらにも儂自ら全てを話す」
「……分かった」
キリコは取り敢えず、この疑惑を保留する事にした。
ダンブルドアの瞳に映る、良心の呵責は間違いなく本物だったからだ。
自分の口から話すのなら、尚更だ。
……しかしお袋の努力を無駄にされて怒るとは、俺にこんな面が有ったのか。
自分で驚きながら歩く彼等は、洞窟の中へ辿り着く。
「……頼むぞキリコ、それは事前に言った通りじゃ」
キリコは目の前に有る石の扉に向けて、自分の手を翳す。
「
スネイプから教わった呪文が、自分自身の腕を傷付ける。
ポタポタと滴る血が扉に染み込み、動き出した。
この扉は、血を捧げなければ開かないのだ。
苦痛に顔をしかめる彼に、ダンブルドアが直ぐ様治癒呪文を掛ける。
「……済まぬ」
申し訳無く頭を垂れる彼を一瞥し、キリコは先へ進む。
扉の奥には、広々とした、だがコールタールの様に真っ黒な湖が広がっていた。
そこの再奥の小島に有る、小さな台座。
キリコは備え付けられていたボートに乗り込み、島へ向かって漕ぎ始める。
「此処からは儂も知らぬ……覚悟しておくれ」
「…………」
如何にも何か潜んでいそうな湖だが、特に罠らしき予兆は無い。
島に上陸したキリコは、台座に置かれた皿を見る。
謎の液体に満たされた皿の底には、光るロケットの様な物が見えた。
これが、分霊箱か。
取り出そうと液体に手を突っ込み、ロケットを掴むが、それ以上引っ張れない。
……水をどうにかしないと取れない様だ。
続けて持っていたコップで水を救い取るが、一向に減る様子は無い。
飲んで減らせと言う事か、どうやら相当厄介な代物らしい。
得体の知れない液体を飲む事に嫌悪感を顕にしながらも、キリコは液体を飲み込んだ。
「ッ!」
瞬間、キリコの脳裏に衝撃が走る。
殴られたのとは違う、稲妻が走り回る様な、焼き付く様な痛みが。
巡る、記憶が巡る。
自分に寄り添い、永遠の眠りについたあの流星が。
目覚めて消えて、追って失ったあの赫奕が。
漸く会えると希望を抱き、絶望に変わったあの始まりが。
アーチに向かって落ちて、消えた友の姿が。
「……み……ず……!」
凄まじい勢いで、壊れたテープが回る。
混乱と錯乱、抉り出されるトラウマにキリコは喘ぐ。
この感覚、覚えが、在る。
一年の時、禁書に触れて掛かった。
黒ローブが仕掛けた、呪いと、同じだ……!
だがこんな惨たらしい罠に、慣れる訳が無い。
のたうち回りながらキリコは杖を構え、『水増し呪文』を唱える。
副作用か分からないが、喉が渇いて仕方なかったのだ。
「……出ない……のか……!」
性質が悪い事に、いや狙いなのか、呪文封じの結界が張られている。
水を得れなくなったキリコは、本能的に湖へ近付く。
明らかな罠だが、過去の牢獄に囚われた彼に思考する余力は残されていなかった。
「ッ!」
第三者から見れば予想通り、これこそ罠。
湖に近付いたキリコに、水底から這いずり出た亡者の群れが絡みつく。
遠目で見ていたダンブルドアは、この罠の狙いを理解した。
扉で血を使うのも、毒水でトラウマを甦らせ、喉を乾かせるのも、この為。
混乱する思考と失われた体力、亡者に抗う気力すら出せずに、侵入者は溺れ殺されるのだ。
罠は分かった、もう今の所用は無い。
直ぐにキリコを救出しなければと、半身が呑み込まれたキリコに向けて杖を振るう。
「感謝するキリコ、今助けよう!」
杖の先から、炎が現れる。
オーロラの様に広がった悪霊の炎が地上へ舞い降り、水面とキリコに群がっていた亡者は瞬く間に消し飛ばされた。
キリコは無傷である、これと同時に、彼の周辺に結界を張ったからだ。
「
続けて悪霊の炎を真っ二つに裂き、出来上がった一本の道沿いにキリコを呼び寄せ、そのまま受け止める。
ダンブルドアは直ちに気付け薬をキリコに飲ませ、彼の正気を取り戻させた。
「ッ!? 俺は……一体」
「お蔭で罠の突破方法が見い出せた、さて帰ろうかの」
完結に礼を述べ、素早く洞窟から脱出。
同時に姿くらましを行い、二人はホグワーツへ帰還した。
「…………」
疲れた、とキリコは天文台に凭れ掛かる。
彼を見たダンブルドアは、一杯の珈琲を持って来た。
キリコは無言でそれを受け取り、ちびちびと啜って行く。
「……おぬし程の精神力を持ってしてもこうなるとは、やはり予定通り行くべきじゃのう」
「…………」
「もう一つ言うべき事があるのじゃが、後日にしておこう」
ダンブルドアの声は殆ど聞こえていなかった。
俺の中に渦巻いていたのは、あの日の幻影。
そこから手を差し伸べてくれたのは、あいつだった。
……だが、それすらも幻影に成り果てた。
朦朧とする蜃気楼、全てが白昼夢に成る感覚。
過去は、俺を捉えて離さない。
悔やんでも、悔やみ得ぬもの。
届いても、届き得ぬもの。
狂おしいまでの無念が、覆せぬ道理が、殺意と闘志を育む。
心に地獄を持つ者同士の、理不尽なる茶番が、再来する過去を整える。
次回「纏」。
流される己の血潮で、差を埋める。