だからといってキリコを暴れさせると
ホグワーツが滅亡する
そんなジレンマを抱えながら執筆しています。
談話室の中はいつもにまして賑やかになっている。生徒たちはマフラーや手袋を着けて防寒準備をしていた、しかしその格好はこの談話室内では暑すぎたようで汗をかいてしまっている。
中には賭け事に興じている連中もいた。賭けの内容はグリフィンドールとスリザリン、どちらが勝つかという内容。
つまり今日は俺達一年生にとっては初めてのクィディッチ観戦なのだ。この興奮はそのためである。
初戦の組み合わせはグリフィンドール対スリザリン。朝食の間からお互いの険悪さは普段より数割増しになっている。
そして今回、一年生でありながらグリフィンドールのシーカーとなったハリーはそのプレッシャーのせいか朝食にほとんど手をつけていなかった。
多少心配ではあったが、ロンとハーマイオニーが励ましていたので恐らく大丈夫であろう。
「キリコはどっちが勝つと思う? 僕はグリフィンドール! だってハリーに勝って欲しいからね」
キニスはそう言っているが多くのハッフルパフ生だけでなくレイブンクローの生徒もグリフィンドールの勝利を望んでいるようだ。というのもここ数年スリザリン寮が勝ちっぱなしのため、いい加減この流れを何とかしてもらいたいらしい。
ハリーを無理矢理シーカーにしたのもその一環なんだとか。
「…興味がない」
「あーやっぱり、デスヨネー」
実際そうだ、本当に興味がない。こんなものはバトリングと一緒で遊びでしかないからだ。
…ただしプロ同士の試合だと死人が出ることもあるらしい、やはりどこの世界でも人は危険に魅力を感じるものなのかも知れない。会場に引きずられながら俺はそんなことを思っていた。
防寒対策は正解だったようだ、試合会場は冷たい風が突き刺さり、生徒達はお互い身を寄せあっている。
教員席の方からアナウンスが飛ぶ、そろそろ試合開始のようだ、会場に選手達が入場していく。グリフィンドールは紅のユニフォームを、スリザリンは緑のユニフォームに身を包んでいる、選手紹介の間にハリーの様子を確認する、緊張はだいぶ抜けたように見える、あれなら大丈夫だろう。
選手紹介が終わると会場の中心にフーチがクアッフルとガタガタ震える木箱を持って入ってきた。あの中でブラッジャーが暴れているのだろう。現に勢いよく蹴り飛ばされた木箱の中からは凄まじい勢いでそれが飛び出していったのだから。
「正々堂々と戦ってください! 期待していますよ!」
そして放り上げられたクアッフルを最初に掴んだのはグリフィンドールであった、そして奪おうとするスリザリンを巧みなパスで翻弄し流れるようにゴールへ叩き込み、先制点を奪っていく。
「さぁさ、早くもグリフィンドールが十点獲得です。クアッフルはスリザリンへと移りました……おっと!グリフィンドールがクアッフルを奪った!パスの隙を狙った素晴らしいプレーです!そのままゴールへと向かい……ゴール!!絶妙なタイミングでフェイントを入れて見事ゴールを決めました!再び十点!この調子でグリフィンドールにはスリザリンをボッコボコにしてもらいたいです!」
「ジョーダン!!」
「おっと、失礼しました。では実況を続けていきます、スリザリンがクアッフルを―――」
あのジョーダンという男はグリフィンドール生のようだが、随分とグリフィンドール贔屓な実況をしている。マクゴナガルはそれに注意してはいるが、彼女自身グリフィンドール担当なのと、クディッチ狂いなのを考えると恐らくまともに止める気は無いだろう。
「HAHAHAHAHA!! そのまま地獄に叩き落としてやれぇ!!」
「………」
それに他の寮生もその実況に不快感を示していそうなヤツはスリザリン生しかいない。嫌われるのもここまで来るといっそ清々しく思える。
それにスリザリンもスリザリンでさっきから審判の目に隠れるように悪質な妨害行為を仕掛けている。これも一つの戦術なのだろうが、これではお互い様だろう。
そうこうしてる内に試合は五十対二十でスリザリンが勝ち越している。やはりキーパーが殺られたのが響いたか。
すると金のスニッチを見つけたのか突如ハリーが動き出した、スリザリンのシーカーも一瞬遅れて動き出す。
…グリフィンドールの勝ちだろう、あの一瞬は致命傷だ。
しかしそうはならなかった。ハリーは急に制御を失った箒にしがみつくのに必死になっている。
「スリザリンの蛇野郎ども! ハリーの箒に何かしやがったな!?」
…さっきから別人のように罵声を飛ばしてるこいつは本当に何なのだろう。
だがスリザリンのせいとは考えにくい、あれだけ露骨な妨害行為がバレない訳ないし、第一、試合直前に箒のチェックが入っている。
だから箒の不調でもない、
さっきまで順調だったのだからハリーの不調も考えにくい。
ならば…外部からの干渉か?
そう考えた俺は客席に注目する、そして不振な人物を教員席に二人見つけた。
クィレルとスネイプだ、あいつらは二人ともハリーの方を凝視し何やら口を素早く動かしている。
何かを凝視しながら呪文を唱え続ける。それは恐らく呪いの可能性が高い。呪いは継続的に掛けるのなら対象を凝視し継続的に呪文を掛ける必要があるからだ。
この場合、どちらかが呪いを、どちらかが反対呪文を唱えているのだろう、両方呪いを唱えていたらもう墜落済みだ。
それはどちらだ? 俺は二人を凝視する…
………煙?
突然スネイプのマントの裾が火をふいた。それに驚いたのかスネイプはハリーから目を離す、そしてその次に距離をとった観客に押されたのかクィレルが姿勢を崩す。
ハリーの箒が安定を取り戻したのはその瞬間だった。
…このタイミングから考えて、呪いを唱えていたのはクィレルなのだろう。
よく見ると観客席からハーマイオニーが勢いよく駆け降りていた、火をつけたのはあいつの仕業らしい。
多分ヤツは呪いを掛けているのをスネイプと勘違いしたのだろう、そうでなければスネイプに火をつける理由が無い。
その時、会場に歓声が響き渡った。
試合が決したのか?
会場の方に視界を戻すと地上にハリーが転がっていた。どうやらヤツはスニッチを追いかけ墜落してしまっ―――
いや違う、ヤツの口から金のスニッチが吐き出されている、ということはグリフィンドールの勝利か。
「グリフィンドールがスニッチを獲得!一七〇対六〇でグリフィンドールの勝利!!」
フーチの叫び声と共に、スリザリンを除いて会場に大歓声が巻き起こった。一方スリザリンは大ブーイングを巻き起こしている。
その後スリザリンのキャプテンが何やら抗議をしているようだったが、多分駄目だろう。
学校へ帰る道の中、俺はあの時の行動について考えていた。
クィレルはハリーに呪いを掛けていた。それは間違いない、では何が狙いなのだ?ハリーの命を狙っているというならもっと別の方法があるし、わざわざ他の教師や生徒に見つかる可能性を侵す必要はなかった。
スリザリンを勝たせたかった? いや違う、クィレルがスリザリンに肩入れする理由など無い、だったら呪いを掛けるのはスネイプになる。
「それにしても、あの時のハリーはどうしたんだろうね。キリコ何か分かる?」
「…………」
「キリコも分かんないか…ほんと何だったんだろ?」
結局この疑問がその日解決することは無かった。だがその答えは確実に近付いて来ているだろう、それが何かは分からないが居るのは事実だ。
この城に潜むもの、そいつの呼吸は確実に聞こえているのだから。
クリスマス休暇の時期になった、この時期は多くの生徒達が実家に帰省するため必然的に学校に残るのは少数だ。
無論俺も家に戻ったとしてやることは無いので、学校に残っている。
やっていることと言えば、何時もと変わらず大量の課題と、例の新しい呪文の研究だ、あの呪文だが、ようやく構想を作り上げることができた、だが完成させるにはあまりに資料が少なすぎる。とはいえ既に手掛かりになりそうな資料は読み尽くしてしまっている。これ以上の情報を求めるなら閲覧禁止の棚にしか無いだろう。
…そろそろ頃合いかもしれないな。そう考えた俺は本を棚へ戻し、大広間へ向かっていった。
休暇中、ホグワーツに残る生徒は少ない、故にたとえ今日がクリスマス当日だろうとクリスマスパーティーが行われると言うこともないのだ。
しかし、ここは流石と言うべきか。大広間に置かれた夕食はしっかりとクリスマス用のメニューとなっている。
前のハロウィンパーティーはトロールが乱入したせいでほとんど楽しめなかった。その分このクリスマスメニューを堪能させてもらうとしよう。
まず俺が手にとったのはクリームシチューだ、何故か、その理由は単純に寒いからである。
イギリスで冬とくれば寒くて当然、しかもこの校舎は吹き抜けや渡り廊下が多いせいで風がかなり入ってくるため校舎内もかなり冷え込むのだ。
そんな冷えきった体を暖めるためにシチューを一口頂く。とたんに俺の体はおふくろのような暖かさに包まれた。シチューのとろみは口の中に暖かさと優しい甘さをいつまでも響かせてくれる。具材はブロッコリー、人参、玉葱辺りだろうか、原型が無くなるまで煮込んだことにより野菜の甘味が溶けこんだスープからは複雑な甘味と旨味が漏れだしてくる。胃に染み渡るシチューによって得た暖かさと共に次の皿へ手を伸ばす。
次に俺が目をつけたのはオムレツ…では無くオムライスだ、日本料理まで網羅するホグワーツの屋敷僕にはもはや尊敬の念さえ抱く。
ふわふわ、されど肉厚な卵の皮をスプーンで抉り、中のケチャップライスと共に食べることで現れるのは卵とライスのハーモニー。甘さが酸味を、酸味が甘さを引き立てる相乗効果の威力は圧倒的だ、ライスもいい、玉子単品だとボリュームに欠けるオムレツを見事ボリューミーにしている。ふわふわの玉子はライス一粒一粒に挟まり、舌の上でとろける食感が素晴らしい。
シーザーサラダを食べながら次の獲物を選ぶ。
…あれだ、そして俺が選んだのは七面鳥の丸焼きだ。ただし七面鳥は既に切り分けられ取りやすく食べやすくなっている。
丸焼きというのだから当然基本は焼いただけである。しかしそれは逆に料理人の技量が直接出るということも意味している。さあ、当たりかハズレか…
ロシアンルーレットに挑んだ俺は見事当たりを引き当てた。
香ばしさ、パリパリに焼かれた皮に散りばめられた香辛料は肉の旨味を消しはせず、基本淡白な味の鶏肉によく似合う。基本淡白といったが、よく噛んでみるとそれが誤解だと気づかされる。噛めば噛むほど染み出てくる肉本来の旨味はどれ程たっても飽きることはない、いやむしろ香辛料とも組み合わせで食べる速度は加速する一方だ。気が付けばもう三本目に突入していた。
あの後ひたすら食べ続けた俺はほとんど動けなくなっていた。ふらふらとしながらも何とか自室まで戻ってきたが、何かに転んで倒れこんでしまった。振り返るとそこには幾つかのクリスマスプレゼントが置かれている。
…こんな俺にでもプレゼントをくれる物好きもいるんだな、そう考えつつ少し嬉しさを感じながら箱を開けてみる。
送り主の一人はハーマイオニーだった、中身は新品の羊皮紙セットに同じく新品の羽ペンとインクである。そこには一枚のメッセージカードも添えられていた。
「メリークリスマス、この前はなんだかよく分からないことになっちゃったから、改めて言おうと思って。あの時は助けてくれてありがとう。」
…この前の礼を兼ねているということか。プレゼントとカードをしまった後もう一つの方を開けてみる。
「メリークリスマス! 僕は今、旅行で海外にいるんだ。新学期に会えるのを楽しみにしているよ!」
カードと共に入っていたプレゼントには“ウドのインスタントコーヒー”と書かれていた。
…あいつは何処へ行っているんだ…?
それも一応大事に閉まっておく。まあ、貰ったものを粗末にすることもどうかと思うので一杯頂くことにしよう。
「アグアメンティ ―水よ」
呪文で造り出した水を暖炉の近くで温めカップにお湯とコーヒーを入れる。
…やはり、ウドのコーヒーは苦いな、まあ俺の知っているウドとは違うのだろうが。
コーヒーを飲みながら暇潰しとして借りてきた本を読む、たまにはこういうのんびりした時も大事だろう。
そろそろ例の計画の準備も始めなくてはならない、どうやって突入するか…何処から観察するか…俺は今後の計画を考えながらまどろみの中に落ちていった。
平穏な日常、穏やかな日々
しかしそこには一匹の虫が紛れ込んでいた
そうだ、戦いの疫病をばらまく死の害虫だ
どうやら何処へ行っても俺の行く場所は戦場になるらしい
だが俺の心が揺れることはない
何処へ行こうとやることは変わらない
ならばそこが、戦場こそ俺の日常なのだから
学校という汚れの海に、見え隠れする陰謀という氷塊。
どうやら、水面下の謎の根は深く重い。
少年の運命は、賢者が遊ぶ双六だとしても、
上がりまでは一天地六の賽の目次第。
石と出るか、蛇と出るか、謎に挑む敵中横断。
次回「観察」。
キリコ、敢えて火中の謎に挑むか
という訳で今回はクディッチ観戦とクリスマス回の日常回でした
日常回はもう少し続きます
その次? そんな先の事は知らない