【完結】ハリー・ポッターとラストレッドショルダー   作:鹿狼

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暑い、熱い、厚い、篤い。
熱中症には気を付けよう。


第五十三話 「幻影」

ホグワーツ急行が、今年も動き出す。

 

「車内販売は───いかがですか───?」

 

ブラッド家から引っ張り出してきた、魔法薬に関する研究資料を読みながら、周りを見渡す。

何時もと変わらない景色に、何時も通りの空気。

突然消えるキング・クロス駅も、車内販売の老婆も。

 

だが、僅かな違和感がある。

薄暗い、暗闇を警戒する様な、震える緊張感。

子供でも感じ取れる、迫り来る死の気配。

今も尚、何処かで死体が増えているのだ。

それは、そう、気付かぬ内に、大黒柱を崩していく白蟻だ。

イギリスが終わる日も、近いかもしれない。

 

尤も俺にとって、イギリスがどうなろうが興味はない。

そもそもからして、ヴォルデモートに復讐するのが目的なのだ、国や、世界を守ろうという、きらびやかな使命感など持ち合わせていない。

 

では、この胸の内に溜まり、渦巻く危機感は何だ。

俺の脳裏から離れないのは、ダンブルドア、スネイプ、ムーディによる、数週間前の緊急会議の光景だった。

 

 

 

 

「───どういうことじゃ」

「先程申し上げた通りです、キリコには、魔力の片鱗を抑制し、更に魔法省にその才能……即ち、ホグワーツへ入学する資格がアリと、認識できなくなる、術が掛けられていました」

 

俺をヴォルデモートから守る為に掛けられていた封印術が明らかにしたのは、優しさなどではなかった。

 

「それが解除される条件は、彼が才能を自覚することのみ。

あの時は我輩が、魔法の才があると教えたことで、解除されたのです」

「───おい、おかしくないか?」

「左様、疑問なのだ。

キリコに才有りと分からぬにも関わらず、何故校長は、我輩をこやつの元へ遣わせたのか」

 

明らかになったのは、大いなる謎。

五年越しに暴かれた、歪な楔だったのだ。

 

「……儂はあの時、君が『時間があるので、案内を手伝う』と、梟便で報告を受けたのじゃが」

「違います、校長から梟便で指示を受けたのです」

「……お互いに矛盾した梟便が、届いていたって訳か」

 

あの時、そんなことがあったのか。

当時の事情を知らない俺は、じとり、と汗を流しながら、話を聞くしかなかった。

 

「ヴォルデモートが仕込んだ可能性は?」

「有り得ぬ、当時のヴォルデモートはまだ、実体を持たぬ幽鬼、ろくに動けぬ。

仮にクリィナス・クィレルが代わりに動いていたとしても、まだキリコが"ブラッド"の末裔とは知らなかった筈じゃ」

「……あの時は、校長がまた悪ふざけをしたのかと思っていましたが、まさか、こうなってたとは」

 

スネイプが悔やむように、頚を掻く。

だが誰もが同じ過ちをしている以上、責めるヤツは一人も居ない。

 

「だが、スネイプが来る前から既に、魔力を自覚してた可能性は無いのか?」

「確か……あの時……そうだ、こやつは我輩の「不思議な現象を目にしたことはないか」という問いに、肯定するような表情をしていた」

「……確かにした、だが、それが"魔力"によるものとは思っていなかった」

「では、何故肯定の意を示したのじゃ?」

「"異能"だ、その力が、不思議な現象を起こしたと思っていた。

だから魔力を自覚したことはない」

「なら、その可能性もナシか」

「ロッチナはどうですかな? 彼はキリコにご熱心な様子でしたし」

「……あいつがそこまで直接的な干渉をするとは思えない」

 

答えを得れずに進む会議は、苛立ちを募らせる。

しかし、手掛かりを掴むことはできた。

 

「じゃが、何者かが儂等を欺き、キリコをホグワーツへ導いたのは確かじゃ」

「ですが何故? そうなればそやつは、キリコの封印を知っていたことになります。

そして何故、ホグワーツへ入れたのか」

「……何か思い当たらないか?」

 

目的も、手段も、理由も分からない。

全く分からないが、感じ取ることはできた。

似ているのだ。

遥か昔に感じた、蜘蛛の巣に囚われたようなそれに。

まるで、"神"の手によって転がされた感覚に。

 

「……ワイズマン(賢者)

「ワイズマン?……誰だそいつは」

「まさか、お主の記憶にあった……?」

 

 

 

 

賢者

異能者

アストラギウス3000年に君臨した神

それらを僭称した、巨大コンピューターシステム。

それがワイズマン。

 

その強すぎる野心と闘争心を恐れられた異能者は、戦いの末銀河の彼方へ追放された。

だがヤツ等は、文明を発展させることで、アストラギウスへの帰還を果たした。

 

しかし、種としての寿命が近付いてたヤツ等は、恐るべき選択をした。

自身等の精神をコンピューターに組み込むことで、新たな一つの存在(ワイズマン)として生まれ変わったのだ。

 

全てを支配する愉悦、それを3000年に渡って味わったヤツ等だが、それでも、寿命は来た。

全てを失うことを恐れたヤツ等は、後継者を探しだした。

 

100年にも渡る戦争を巻き起こし、異能者を産み出す土壌を造り上げた。

産み出された俺を、自身の後継者にしようとした。

 

死の縁をさ迷った俺に、措置を施した。

フィアナと出会わせ、愛を覚えさせた。

クエントへ、俺を導いた。

そして、全てを受け継がせようとした。

 

……そして、俺はそれを拒絶した。

俺は、俺を利用し続けたヤツへの復讐を選び、フィアナと共に生きる道を選んだのだった。

 

その後、ヤツは復活した。

新たな後継者として、神の子を選び、俺をその養育者に任命してきたのだ。

 

無論また殺したが……まだ赤子の神の子を放ってはおけず、俺はワイズマンの神託に、意図せず従う羽目になったのだった。

それが神の始まりであり、最後の末路だった。

 

 

 

 

「じゃが、そやつはとうに滅ぼされたのではないのか?」

「その筈だ、だが……」

 

一度滅ぼしたが、復活された経験が、確証を否定する。

何より俺自身が、それを否定しかねないのだ。

 

「……転生していると、考えているのか?」

「ああ」

 

俺は元より、ロッチナの存在が拍車を掛ける。

 

「ロッチナも転生している以上、俺と縁が深いワイズマンが転生していないとは言い切れない」

「そういえば、あやつもお前の同類だったか」

「お主の記憶によれば、あやつはそのワイズマンの"目"だったようじゃが、あやつはワイズマンが居ると考えているのかの?」

「いや、だが……」

 

散々振り回されたお陰で、あいつの興味が俺に向かっているのは知っている。

もしかしたら俺を追い回す為だけに転生したかもしれないのだ、今更ワイズマンに従いはしないだろう。

 

それでも、何らかの形で協力しているのかもしれない。

つまり、嘘を吐いている可能性も、存在しているのだ。

 

「……信用ならない、寧ろ通じているかもしれぬ、か」

「では、このことはロッチナに気付かれぬようにしましょう」

「頼むぞ、セブルス」

「もしかしたらだが、ヴォルデモートが手にした"ペールゼン・ファイルズ"とやらも、そいつが置いたんじゃないか?」

「だとすれば、そやつは魔法省の奥深くまで、根を張っていることになるのう……」

 

ペールゼン・ファイルズ……か。

あれがこの世に在ると知った時、俺はワイズマンの存在を疑った。

その時は神秘部の闘いに急ぐため、思考の外に置いておいたが、こんな形で呼び起こされるとは。

 

「……仮定でこれ以上話を進めるのは危険だ」

「うむ、じゃが、居ないと仮定していれば、万一の時、大惨事を招く。

ヴォルデモートとの戦いと平行し、対策を考えねばならぬの」

 

 

 

 

「───間もなくホグワーツ───お降りの準備を───」

 

気付けば、目の前にホグワーツ城が見えていた。

大分考え事に没頭していたらしい。

ワイズマン……ヤツは、本当に居るのか?

一体何を企んでいる?

何を望んでいる?

巡る思考が、答えを出すことはなかった。

 

 

*

 

 

入学式兼、始業式。

去年は居なかった分、少し懐かしさを感じる。

筈だった。

やはり、この違和感は拭えてはいない。

 

毎年行われる、組分け帽子の歌。

それは毎年帽子が一年間掛けて作詞、作曲をしている、渾身の力作である。

だが、何時もなら明るく、剽軽な歌詞は、そこにはなかった。

 

警告

 

ヴォルデモートが、死喰い人が、戦争が。

迫り来る驚異に備えよ、組で力を合わせよ。

入学式に似つかわない歌詞に、新入生は不安を隠せずにいる。

 

戦争は始まっていない?

まだ安全だ?

違う、戦乱の足音は日常の地盤さえ、徐々に軋ませているのだった。

 

そんな不安を抱えたまま始まった初日の授業だが、一言で表すならば、暗かった。

手を挙げるヤツが居ない。

授業にまじるヒソヒソ声がない。

幽霊のように、という程でもないが、以前のような活気は明らかに失われている。

 

これが今の、ハッフルパフの日常だったのだ。

去年セドリックを失い。

今年キニスを失った。

セドリックが頼もしかったのもある、キニスが誰とでも親しかったのもある。

 

そうでなくとも、寮の仲間を二年連続で失ったことへの悲しみは、深く食い込んで離れはしない。

 

……しかし、俺に何ができるのか。

何もできはしない。

悲しんでいるヤツを慰めるやり方など、俺は知らない。

だから俺もまた、この肌と、体の芯を貫く寒さに耐えるしかないのだ。

 

 

 

 

だが、幸いにも、その空気は今日で大分払拭されることとなる。

それは意外にも、"魔法薬学"でのことである。

 

ホグワーツでは六年以降、受けられる授業に制限が掛かることがある。

七年生末に受けるN・E・W・T(ヤモリ)レベルの授業は、O・W・Lで合格点を録った生徒のみが受講できるようになっている。

 

勿論魔法薬学も例外ではない、というよりあの生徒にもやたらと高いレベルを要求するスネイプが、受講制限を掛けない筈がない。

寧ろ更に高い制限を掛け、"優"以外の生徒は受けれなくしていた。

結果多くの生徒が落ち、魔法薬学は今後受けれなくなったのである。

 

が、ここでまさかの人事が発生した。

 

スネイプが"闇の魔術に対する防衛術"の教員になったのである。

あの工作員、無能、ルーピン先生はまともとして。

偽物、人間のクズという、もう顔を会わせたくもない連中がオンパレードなアノ授業である。

実の所スネイプは、ずっとこの授業の教員を熱望していたらしい。

 

「闇の魔術は多種多様、千編万化、流動的にして、永遠なるもの。

言うならばそれは、幾つもの頭を持つ、不死身の化け物を相手取るに等しい。

頚を切り落としても、また別の、より獰猛で賢い頭が、更に生えてくるのだ。

諸君等の相手は常に耐えず変化し、破壊不能のものだといえよう」

 

その為か、何時もの授業前の演説が、やたら熱を帯びているというか、難解さが悪化しているというか。

ともあれ、随分と機嫌が良いらしい。

 

まあ、この人事異動に関して言うことは何もない。

……というより、ヴォルデモートの危機が差し迫っている中で、また今までのような連中が教員になっていたら、いい加減俺も怒っていたであろう。

 

そしてその日の授業は、"無言呪文"に関しての授業になった。

俺は既に、幾つかの呪文は無言で撃てるようになっているのだが、やはり専門家から受けるにこしたことはない。

 

が、教師がスネイプということもあり。

俺としては満足できる内容だったが、多くの生徒達は嫌みの数々に苦虫を噛み散らすのであった。

 

 

 

 

「初めまして、私はホラス・スラグホーンだ、この度スネイプ先生に代わり、魔法薬学を担当することになった、皆宜しく頼むよ」

 

そして魔法薬学の時間。

このセイウチのような雰囲気を醸し出す、少し小太りの人の良さそうな男が、魔法薬学の教員だったのだ。

 

「さて、さて、皆、秤と魔法薬セットを出して、それと上級魔法薬の教科書もだよ」

「あの、先生、僕何も持ってないのですが……」

「大丈夫、スプラウト先生から聞いているよ、何せスネイプ先生は"優"以外取らないと仰ってたからね」

 

この生徒は成績が足りず、受けれる予定ではなかったのだが、教員がこの男に変わったことで、誰もが受けれるようになったのである。

そのせいで、こういった事が起きてはいるが、見た目通りの人の良さなのか、あっさり教科書一式を渡していた。

 

「よし、皆に見せようと思って幾つかの薬を煎じてきた。

N・E・W・Tが終わる頃には、皆もこういうのを煎じられるようになっている筈だ。

これが何か分かる者はいるかね?」

 

この質問に答えられた生徒は、やはりというか、レイブンクローの生徒が主だった。

俺も幾つかは分かったが、名前と大まかな効能しか知らなかったりと、完全な知識とは言えない。

 

嘘を言えなくする"真実薬"、人を変身させる"ポリジュース薬"、"アルモルテンシア"……通称愛の妙薬。

一頻り答え終えた時点で、スラグホーンは満足したのか、レイブンクローに合計15点与え、授業に移ろうとする。

しかし、まだ何の説明もない薬があった。

 

極めて小さな黒い鍋の中で、ピチャリピチャリと、跳ねるような水飛沫を上げながら、一滴も漏れない金色の液体。

 

「先生、その薬は何でしょうか?」

「ほっほう」

 

ハッフルパフ生からの質問に、スラグホーンは正に"来たか"といった表情を浮かべる。

つまり、敢えて説明せず、向こうから質問させることで、より強い興味を引こうという魂胆らしい。

 

「これは数ある魔法薬の中でも、特に興味深いものだ。

さて紳士淑女諸君、これは"フェリックス・フェリシス"という名なんだが───分かりそうなのは……キリコ、分かるかな?」

 

何故そこで俺なのか。

突然の質問だが、答えられなくはない。

……実を言うと、寧ろ手に入れたいと考えていた。

 

「……幸運の液体」

「効果は?」

「名の通り、全てが上手くいくようになる。

だが、ドーピングと同じ行為なので、公的な場合での使用は禁じられている」

「素晴らしい、ハッフルパフに10点!」

 

満足できる回答に、スラグホーンはにっこりとほほ笑む。

気付けば教室の連中も、騒めきだっていた。

"幸運"その二文字が心を掴んで離さない。

 

「この薬はとても興味深い、非常に調合が面倒だし、複雑で、僅かでも間違えると酷い事になる。

しかし成功すれば、やる事なす事全てが上手くいくようになる」

 

やる事なす事全てが上手くいく。

俺はそこに興味があった。

全てが上手くいくなら、自殺も上手くいくんじゃないかと。

"異能"を打消し、死ねるんじゃないかと。

 

ヴォルデモートへの復讐がある以上、今使うつもりはないが、その後の事を考えた時、研究の為欲しいと以前から考えていたのである。

 

「そしてこの素晴らしい薬を、今回の褒美にしよう。

フェリックス・フェリシスの小瓶一本、効果は約12時間」

 

湧き出す生徒達の顔には、先程以上のやる気が溢れている。

餌でつるという、実に単純なやり方だが、効果的でもある。

成程、過去教えていたと聞いたが、それだけではなく、優秀なようだ。

 

「キリコが言っていたが、これを試験やクィディッチの試合等で使ってはならない。

これを使うのは普通の日だけだ、それによって、君達は普通の日がどれだけ素晴らしくなるか知るだろう。

課題は"生ける屍の水薬"、作り方は上級魔法薬の100ページに乗っている。

一番上手く調合できた者に、これを与えよう、では始め!」

 

弾かれた様に机に向かい出す生徒達、俺も例外ではない。

だからこそ、俺は教科書の知識だけに頼らない方法を選んだ。

 

思い出すのは、ブラッド家の研究文書。

異能の力、即ち『幸運』についての研究だ。

当然幸運を齎す、この薬についての記述もあった。

そこに書かれていた方法を思い出しながら、調合を進めて行く。

 

「うむ、うむ、あと少しで完璧だが……しかし、間違いなく一番だ!」

 

結果、見事フェリックス・フェリシスの獲得に成功したのであった。

だが取れなかった生徒達も、この盛り上がりを通じて大分元気を取り戻しているのが分かる。

俺は薬を獲得できた事以上に、この元気さに、嬉しさを覚えたのだった。

 

 

 

 

寮に戻って来た俺は、フェリックス・フェリシスを手元で転がしながら考えていた。

"幸運"とは何だろうか。

全てが上手くいくとは、どの程度なのか。

異能を打ち消す程、強力なのか。

そもそも自殺を幸運と、捉えてくれるのか。

 

いずれにせよ貴重な一本、使いはしない。

まずは研究、それに限る。

結論を出し、部屋に戻ると、そこには寂しくなった空間が広がっていた。

 

「…………」

 

より深く実感する、あいつが死んだのだと。

誰も居ないベッドが、それを強く主張する。

 

その思いと同じ以上に渦巻くのは、ワイズマンへの警戒心。

居るのか、居ないのか、何がしたいのか。

 

幻影が入り乱れ、複雑に混じり合う。

明日をも見えぬ霞の中を、俺は一人彷徨っていた。




この、とめどなく散らばる鍵は、輝く扉のためにあるとしたら。
今日という日が、明日のためにあるとしたら。
真実はこの疑惑の隣にあるはずだ。
ここはもう充分に見た、充分に。
たとえそれが驚愕の者であろうとも。
次回「未確認存在」。
だが、今日という日が、昨日のためにあるのだとしたら



去年からワイズマンの存在は疑ってましたが、この件でほぼ確信に近づいています。
しかし目的が分からないので、まだ警戒フェイズ位です。

キリコが幸運薬を使ったらどうなるんでしょうね、まだ使いませんけど。

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